滝原啓允『欧米のハラスメント法制度』

 大東文化大の滝原啓允先生から、『欧米のハラスメント法制度』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 滝原先生がJILPT時代にまとめられた「労働政策研究報告書No.216 諸外国におけるハラスメントに係る法制」を基にした本で、イギリス・アメリカ・ドイツ・フランス・EUのハラスメント関連法制が紹介されています。EUについてはわれらがhamachan先生こと濱口桂一郎先生が登場されていますね。
 終章ではこれら諸国(除EU)の法制の横断的比較と我が国法制への示唆がまとめられ、最後に修復的正義(restorative justice)に関する解説と労働法との接点についての補章が置かれています。
 修復的正義(司法)については私の認識は教育関係者が学校のいじめ問題との関連で取り組んでいるものという程度にとどまっており、まあ少年なので応報的司法との相性はあまりよくなかろうからオルタナティブとしてはあるのでしょうがそうそう上手くいくとも思えないなと懐疑的に感じていたわけですが、なるほどハラスメントも職場におけるいじめという側面はあるわけで、応用可能性はあるのかもしれません。勉強してみたいと思います。
www.jil.go.jp

ビジネスガイド5月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』5月号(通巻945号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号の特集は「パワハラ対応事案」「令和5年度重要労働裁判例」「賃上げ促進税制の活用ポイント」の3本となっています。重要裁判例は例年同様千葉大の皆川宏之先生が担当され、経産省事件やアメックス事件などの注目事件も含めコンパクトに解説されています。八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保険」は今回は「賃金上昇の要件」が取り上げられ、助成金や税制による政策の限界と、生産性向上につながる制度改革の必要性が指摘されています。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は、本年の労基則改正を受けて「労働条件明示義務」が取り上げられて広範に解説されています。

菅野和夫・山川隆一『労働法第13版』

 菅野和夫先生・山川隆一先生から、『労働法第13版』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 菅野先生が東大法学部長を務められた時期の第6版以降、お弟子さんである山川先生と、やはりお弟子さんの同大の土田道夫先生が改訂を補佐されていたことは各版のはしがきに記されていますが、今回から山川先生との共著ということになったようです。
 この間の労働法の複雑化を反映して、第12版で1,200頁を上回ったぺージ数が第13版には1,500頁に迫る内容の充実ぶりです。構成的には、非正規労働者関係が節から章に格上げされ、個別的労働関係の最後に回っているのが目をひきます。引き続き座右に置いて参照させていただきたいと思います。

あえて非正規

 週末の日経新聞に掲載された「「あえて非正規」若者で拡大 処遇など新たな設計必要」という記事が一部で話題になっているようで、若干気になるところもありましたので書いてみたいと思います。いわく。

 非正規の働き方をあえて選ぶ人が増えている。25~34歳のうち、都合の良い時間に働きたいとして非正規になった人は2023年に73万人と、10年前より14万人増えた。「正規の職がない」ことを理由にした非正規は半減した。正社員にこだわらない働き方にあった処遇や、社会保障の制度設計が必要になっている。

 総務省労働力調査非正規社員の数と、その理由をまとめている。
 23年の調査で非正規として働く25~34歳は237万人で、13年に比べ64万人減った。このうち「正社員の仕事がない」と答えたのは30万人と、54万人減少した。非正規で働く理由を回答した人の比率では23年に13.1%と、半分以下になった。
 一方、理由として増えたのが「自分の都合の良い時間に働きたい」との回答だ。23年で31.9%と、13年と比べて10.6ポイント上がった。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA213A20R20C24A2000000/ 、以下同じ

 同じ調査によると25~34歳の雇者数は1,068万人とのことですので、非正規雇用労働者比率は22.2%となります。さすがに全年齢に較べるとかなり低いですね。比較対象にされている2013年は雇用者が1,117万人、非正規雇用労働者は237+64=301万人で同比率は26.9%なので、かなり低下していることが見てとれます。この数字で計算すると非正規に占める不本意非正規比率も(54+30)/301≒27.9%から30/237≒12.7%と低下しており大いに改善していると申し上げられるでしょう。記事中にもこのグラフが掲載されていますが、なんか数字が違ってるような気もしますがまあ気にしない(笑)。このあたりまではたいへん良好な方向といえましょう。
 それに対して「自分の都合の良い時間に働きたい」が増えていることはどう見たらいいのでしょうか。もちろん、選択可能な働き方が広がることそれ自体は結構なことではあるのですが…。

 都内で働く25歳のある女性は大手IT(情報技術)企業の正社員から、非正規社員として音楽業界に転職した。「多少給料が減って安定しなくても、やりたいことを追求したい」

 東大大学院の山口慎太郎教授は「プライベートを充実させたい人も増えた。仕事への価値観が変化している」と話す。
 都内の飲食店でアルバイトをしている25歳の女性は、所属する事務所での芸能活動と両立させるため非正規で働いている。「芸能の仕事の忙しさに合わせて、働く時間を調整できる」と語る。

 これは非常に既視感のある話です。バブル景気はなやかなりし当時に拡大したフリーアルバイター、その後省略されてフリーターと言われるようになりましたが、その当初の典型が「プライベートを充実させたい」働き方であり、正社員として伝統的な企業組織に組み込まれて拘束度の強い働き方をするのではなく、比較的高給のアルバイトなどで自由度高く働いてプライベートを重視するのが、当時は「格好いい働き方」とされていたわけです。実際、バブル下の人手不足でアルバイトの時給も上がり(いまウラ取りはしていませんが都心のファストフードなどでは時給2,000円でもアルバイトが集まらないとかいう話もあったと記憶)、典型的には半年間は待遇のいい仕事を求めて掛け持ちして長時間働いてしっかりおカネを稼ぎ、残る半年は失業給付を受けながら(当時の)生活費が安かった海外でバックパックをする、といった働き方/生き方が「格好いい」とされたわけです。これは当時(今もですが)「モラトリアム型」として分類されました。これに対して、記事にある「所属する事務所での芸能活動と両立」のような働き方は「夢追い型」と呼ばれています。
 さて周知のとおりバブル崩壊とその後の労働市場の急速な悪化によって、フリーターは一転して社会問題となり、支援の必要性が訴えられるようになりました。その支援の一環として紹介予定派遣のような制度が導入されたり、正社員として雇用されやすいような能力開発支援などが行われるようになり、そうした働き方は「ステップアップ型」と言われています。記事にある「音楽業界に転職した」という方は、まあこれと夢追い型の折衷のような類型でしょうか。そしてもう一つの類型として追加されたのが「やむを得ず型」であり、記事にある「正社員の仕事がない」フリーター、不本意非正規だったわけです。
 さて近年若年の不本意非正規が減少していることはたいへん好ましいことであるわけですが、なぜ不本意非正規が問題なのかということを思い返すと、記事がいうように「あえて非正規」が増えるのがいいことばかりかどうかはわかりません。
 もちろん記事も「正社員にこだわらない働き方にあった処遇や、社会保障の制度設計が必要になっている。」との問題意識は提示しているのですが、最も重要な「キャリア」の観点が抜け落ちているのはかなり残念と言わざるを得ません。不本意非正規の最大の問題点は、正社員のような社内育成・社内昇進の人事管理に乗らないので、スキルが伸びにくい結果として賃金などの待遇も伸びにくい、という点にあったわけですね。でまあこれは他の類型にも通じる課題であり、「ステップアップ型」はそれなりにスキルアップしていくことが想定されている(実際、製造派遣の人材ビジネスでは「派遣先での正社員登用」を目標に掲げる企業が少なくない)わけですが、「音楽業界」といわれると少々首を傾げなくもない。「夢追い型」も、夢のほうでそれなりの達成をみることができるという保証はないわけですね。したがって、雇用失業情勢が改善して非正規でやりたい仕事をやったり夢を追うのと両立できるようになってよかったですね、あとは処遇と社会保障ですね、で済むかどうかというとそうでもねえなと思うわけです。
 記事の後段では全世代に射程を広げて「育児や介護のために非正規を選ぶ人」の問題を取り上げていますが、こちらもキャリアの面で同様の課題を抱えていることは言うまでもありません。もちろん、全世代となると配偶者との家庭内分業を踏まえたキャリアを考える必要がありますので、総体的に社会保障の在り方などの問題が大きくなるわけではありますが。
 逆に言うと、この先「専門的な技能等を生かせる」ことが中心的な関心事で、それをさらに伸ばすということの重要性が相対的に低い(年金が支給されるため生計費も確保しやすい)高年齢者については、非正規で専門的な技能を生かして時間的自由度高く働くことはたいへん望ましい働き方といえるでしょう。能力の伸びる仕事は将来の可能性の大きい若い人に配分したほうがいいとも思いますし。
 ということで、ちょっと「キャリア」の観点が薄すぎないか、と思ったので書いてみました。まあねえ。

日本労働研究雑誌2・3月号

(独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』2・3月号(通巻764号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 例年通り2・3月は合併号で「学会展望」が掲載されており、今年は労働経済学の順番のようです。特集は「モノを運ぶ仕事の労働問題」で、いよいよ「2024年問題」のその年を迎える中非常にタイムリーなものです。掲載論文5本のうち4本が特集タイトルどおりに「モノ」を運ぶトラック労働者に焦点をあてたものとなっています。勉強させていただきます。

第一生命編著『ビジネスおたすけノート第19版』/吉田寿『入社1年目の仕事学』

 (一社)経団連事業サービスの大下正さんから、経団連出版の最新刊、第一生命編著『ビジネスおたすけノート』と、吉田寿『入社1年目の仕事学』の2冊をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 第一生命のものは1991年の初版以来改訂を重ねて今回が第19版とのことです。いずれもビジネスパーソン初心者向けの仕事入門といった趣の本で、新年度を控えたタイミングでの刊行ということのようです。

「今春闘を契機に」

 先週水曜日、金属労協の主要労組が一斉に要求書を提出し、今次春季労使交渉・労使協議がスタートしました。すでに序盤戦の協議が進んでいることと思われますが、今年も経営サイドは賃上げに積極的とのことでもあり、協議を尽くして誤りのない解決に至ってほしいと思います。個人的には物価上昇をカバーしてさらに余りあるベースアップを期待したいところです。
 ということで、今日は連合総研の機関誌『DIO』に掲載された市川正樹同所長の巻頭言「低迷する日本から成長する日本への転換」をご紹介したいと思います。

 今春闘は、低迷する日本から成長する日本へといった大転換の絶好の機会とよく言われる。
 具体的にどのようなことなのかを、賃下げ・賃上げを起点に追ってみることにする。…
 「低迷する日本」では、まず「賃下げ」が続いた。…これが低迷の出発点だった。経営側はコスト削減という後ろ向きの「係長」的な発想で業務に注力する。なお、現在、原材料価格などを転嫁する必要性が言われるが、コストという後ろの側から考えている点で実はコスト削減と発想は同じである。設備・研究開発・人的資本への投資も抑制され…余剰資金はどんどん積み上がっていく。…消費や住宅投資は減少し、更に企業の設備投資も抑制されれば、国内の需要全体は減退し、GDPは増えない。…
 一方、成長する日本はどうであろうか。まず、一般労働者の数が拡大するとともに、賃金が上昇する。…経営者はコスト削減のように後ろを向くのではなく、新しい高品質・高価格の製品・サービス開発を目指し前を向く。結果として高価格で販売でき売上も増加する。コスト増を反映させた単なる値上げとは異なる。要するに質が高いので価格も高くできるのである。また、コスト増の転嫁とは逆の発想で、経営者は取引先などに対し、自分は新しい製品・サービス開発に取り組みたいので協力して欲しいと要請する。こうした連鎖がどんどん続いていく。いわば、開発のトリクルダウンである。また、このためには、設備・研究開発・人的資本への投資拡大は必須である。資金需要も旺盛となり、お金をためておくこともなくなる。以上により、需要は拡大し、名目GDPや一人当たり名目GDPも拡大する。
 今春闘を契機に、このような転換が是非とも実現してほしいところである。
https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio393.pdf

 上記リンク先で全文がお読みになれます。
 基本的にはたいへんもっともなご所論と思いますし、連合総研の所長さんの論説ですから「賃下げ・賃上げを起点に」すればこういう話になるというというのもたいへんよくわかります。
 ただまあこう要約してみると基本的にレッドオーシャンブルーオーシャンの話であり、たしかにごもっともですが賃上げとかあまり関係なくねえかこれ。いや当然ながらレッドオーシャンではコスト削減に迫られて賃金は上がりにくい、ブルーオーシャンなら比較的賃金は上げやすいというのはそのとおりと思うのですが、じゃあ賃金上げればレッドオーシャンブルーオーシャンになるわけではないよねえと、思わなくもない。
 もちろん市川氏としては経営者たるもの「コスト削減という後ろ向きの「係長」的な発想で業務に注力する」ばかりでなく、ブルーオーシャンを目指せとおっしゃりたいのだろうと理解しますが、それはそれとして資本主義社会においては経営者こそ緊縮的なのであり、「係長」以下の労働者は「企業業績など俺たちの知ったことか、賃金上げろ」というのがスタンダードなんじゃなかったっけ。hamachan先生が指摘されるとおり係長も経営視線でコスト削減に取り組むのはわが国にかなり特有のものだろうと思います。このあたり手厳しくやりこめたおつもりかも知れませんがけっこう空振っているような。ときに市川氏は(省略部分ですが)この「係長」の代表例としてカルロス・ゴーン氏を上げておられ、いや私もゴーン氏がいいたあ思いませんし彼が逃亡中の刑事被告人であることも事実ですが、グランゼコールを2つ出たフランス財界の大立者が「係長」というのもどうかねえとは思いました。まあ官庁エコノミストの最高峰であるESRI次長から見ればそんなものなのかもしれませんが。
 また、市川氏は経営者に「取引先などに対し、自分は新しい製品・サービス開発に取り組みたいので協力して欲しいと要請する」べきだとのご所論でありもちろんそのとおりなのですが、この間経営者がそれをやってこなかったかというとそうでもないとも思います。実際、この間も官民で頑張って研究開発投資は伸ばしているわけであり、その結果として、パソコンの処理速度、掃除機の重量、自動車の燃費などなども大いに改善しました。
 ところが、残念ながら「結果として高価格で販売でき売上も増加」「質が高いので価格も高くできる」とはならなかったのが、この時期の日本経済の最大の問題点だったのではないかと私は思います。この時期の消費者の値上げに対する抵抗感は甚だしく、政権与党の閣僚経験者までもが「値上げするなら賃下げせよ」と真剣に主張していた(https://roumuya.hatenablog.com/entry/20120502/p1 。「連合は本気で怒れ」と書いているな(笑))くらいですし、元日銀総裁が渡辺努先生の調査結果をもとに「家計の値上げ許容度の改善につながっている可能性がある」と発言したら大炎上したりしたわけで、値上げが懲罰的な買い控えにつながるリスクも高く、市川氏が言うように簡単に値上げができるような状況ではなかったわけですね。さすがに、業界でカルテルを組んで横並びで価格転嫁するのが経営者の仕事だとは言えないでしょう。ニンテンドースイッチはかなり画期的な新商品だったのではないかと思いますし、あれだけ品薄だったわけなのでもっと高い価格で売っても良かったのではないかと私などは思うのですが、消費者の意識は「一定の利益が確保できるのであれば価格は消費者にとってアフォーダブルであるべきだ」というものだったのであの程度の価格にとどまったのでしょう(結果として転売屋を潤すことになってしまったわけですが)。
 ということで、結果として企業が努力して研究開発投資を続けた成果のかなりの部分は価格の維持低下という形で消費者に分配されてしまい、労働者はその働き(高品質)に見合った賃金の伸びを享受できなかったという状況ではなかったかと思います。そう考えると、わが国においては概ね消費者≒労働者であることを考えれば、まあ労働者も(言葉は良くないですが)共犯だったよねえと、思わなくはない。 もちろん、賃金の伸び悩みがその一因であることは否定しませんが、労働組合サイドも(リーマンショックの経験もあり)非常時の雇用確保につながるなら内部留保の強化もベアゼロも受け入れるという判断をしてきたわけですね。これはその後のコロナショックの際に現実化したことを考えると、あながち誤った判断であったともいえないだろうと思います。
 とはいえ、最近では価格改定が企業業績の改善につながる例も増えているようであり、国民のデフレマインドもかなり緩和してきて、これまでのように値上げするととたんに販売数量が落ちるという状況は脱しているようでもありますので、いよいよ市川氏の述べられる「結果として高価格で販売でき売上も増加」「質が高いので価格も高くできる」といった環境が整ってきたようにも思われます。であれば、私も市川氏同様に「今春闘を契機に、このような転換が是非とも実現してほしいところ」だと思います。いや本当にがんばれ労使