これ、こんなに明るい話なのかな…?『オープニング・ナイト』

 イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出『オープニング・ナイト』を見てきた。ジョン・カサヴェテスの1977年の有名な映画ルーファス・ウェインライトの音楽でミュージカル化したものである。

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 舞台の大女優マートル(シェリダン・スミス)は新作の役柄になかなか納得できずにいたところ、自分のファンであるナンシー(シラ・ハース)が車に轢かれて死亡してしまうところを目撃する。それ以来、マートルはナンシーの幽霊を見るようになる。マートルは台本通りに役をやらなくなっていくが…

 話はかなり映画に忠実だが、設定は現代になっている。もともとの映画にあった葬儀のくだりとかはカットして、ほとんどが劇場か家で起こるようになっており、マートルの心理とそれを取り巻く人々に重点を置いていて親密感のある雰囲気で展開する。イヴォ・ヴァン・ホーヴェらしく映像を使った表現が特徴的で、作品について記録するというドキュメンタリーチームが撮った映像が上のスクリーンに映るようになっている。

 シェリダン・スミスの演技は大変いいし、途中でマートルとナンシーの幽霊の間にクィアな感じのつながりが生まれるのも面白い。ルーファス・ウェインライトの音楽はミュージカルっぽさはそんなにないのだが、エモーショナルだったりちょっと憂鬱だったりユーモアがあったり、メリハリがあって大良かった。音楽にちょっとクィアな感じがあるのも、マートルとナンシーの関係を引き立てていると思う。

 全体的に明るくて、最後もどうにか切り抜けられて良かったね!みたいな感じで終わる。映画のほうがやや憂鬱で内省的な雰囲気だったのとはけっこう違う印象だ。笑うところも意外とある。たぶんここが問題なんじゃないかな…と思うのだが、ジーナ・ローランズがもとの役を演じた時は40代後半でけっこう落ち着いた感じに作っていた一方、シェリダン・スミスはまだ40代前半で、年齢よりも若々しい活動的な女性で、「老いを気にする」みたいなのがしっくりこないところがある。そもそも女性が老いを気にするというのが70年代よりも現代においてはやや扱いにくいテーマになっているところもあると思うので、あまり暗くて内省的な話にしなかったのはいいと思うのだが、さすがに幽霊譚だともっとしっとりした話を望む人のほうが多いのでは…という気がする。この作品はあまりお客さんが入っておらず(私が行った時もけっこうあいてた)、予定より早く終演することになったらしいが、たしかに好みは非常に分かれるだろうと思う。

 

 

 

トリニティ・カレッジ・ダブリン図書館

 トリニティ・カレッジ・ダブリンの図書館で簡単なスタッフツアーをしてもらった。ここは『ケルズの書』を持っており、いつも大混雑である。13年前に一度見たことがあるのだが、多少展示は変わっていた。

何度来てもすてきなジェダイ公文書館ことロングルーム。

ロングルームのらせん階段

シェイクスピア

像が男性ばかりだったので女性の像が追加されたらしい。これはオーガスタ・グレゴリー。

 

現代アメリカの政情を考えると非常に切実な映画~『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』

 フィリス・ナジー監督『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』を見た。

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 アメリカで中絶が合法化される以前に実在していたジェーン・コレクティヴの話に緩く基づく映画である(ただし名前などはけっこう変えてある)。シカゴの郊外に住むミドルクラスの主婦ジョイ(エリザベス・バンクス)は2人目を妊娠するが、急に体調を崩し、このまま妊娠を継続すると命にかかわる危険があることがわかる。ところが病院は法律を楯に中絶を許可しない。にっちもさっちもいかなくなったジョイは「ジェーンに電話を」というサインを見て電話をかけ、女性たちの支援組織で違法な中絶を受ける。創始者のヴァージニア(シガニー・ウィーヴァー)の誘いでジョイは支援組織の運動に全面的に関わることになる。

 もともとは保守的な郊外の主婦だったジョイの中に潜んでいた正義感を、ぶっ飛んだヴァージニアが引き出していく過程が面白い。いったい人はどういうところからフェミニズム運動にかかわるようになるのか…というようなことをうまく見せている映画である。この2人を演じるバンクスとウィーヴァーの演技がとても良く、ウィーヴァーにはコミカルな見せ場もあって笑うところもある。一方で当時のフェミニズム運動が白人ミドルクラス女性中心的だったことについても、登場する黒人女性キャラクターであるグウェン(ウンミ・モサク)が作中で厳しく指摘しており、あまり深掘りされているとは言えないがおそらく史実には基づいた描写なのだろうと思う。

 時代の限界をそのまま描いているため、ちょっと物足りないところもあるが、けっこうよくできた映画だと思う。しかしながら現代アメリカの政情を考えると、出来がどういうという以上に非常に切実な映画だと言える。この映画はロー対ウェイド裁判で中絶がアメリカで合法化されるところで終わっており、ハッピーエンドと言えるのだが、現在のアメリカではこの判決が覆され、中絶が州によっては違法になっている。ヒロインのジョイが命にかかわる健康上のトラブルを抱えているのに中絶できないという最悪の状況に陥っており、いかにも「中絶する正当な理由がある女性」なのはたぶんこういう政情が背景にあるのだろうと思う。本来は正当な理由うんぬんなしに女性には生殖についての自己決定権があるはずなのだが、現在のアメリカの状況ではジョイみたいな女性でも中絶できないことが実際にある。そういう危機感を持って作られたからこういう映画になったのだろうと思う。

宗教権力による子どもの運命の変転~『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』(試写)

 マルコ・ベロッキオ監督新作『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』を試写で見た。

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 1858年にボローニャユダヤ人であるモルターラ一家に突然兵士たちがやってきて、まだ小さい息子のエドガルドを連れ去るところから始まる。なんとエドガルドは勝手に使用人によりカトリックの洗礼を受けさせられており、カトリックだからそれにふさわしい教育を受けさせねばならないというのである。モルターラ一家は息子を取り戻そうとさまざまな活動をするが、一方でエドガルドはだんだんカトリックの学校に馴染んでいくようになる。

 実際にあった事件を映画化したもので、非常に重い話である。両親どころか子ども自身すら知らないところで勝手に子どもがカトリックにさせられていたというのはショッキングだが、一方でそもそも子どもは親の宗教で育てられるべきだということも一概には言えないので(このケースだと勝手な洗礼は児童の人権侵害にあたるが、一方で親が子どもの意志に反して特定の宗教を強制することもよくある)、宗教というもののふたしかさを考えさせられる話でもある。モルターラの一家は大事な子どもであるエドガルドをなんとか取り戻したいと一生懸命頑張って政治的にもいろいろなところに働きかけるのだが、エドガルドは小さいうちからカトリックとして育てられてその文化に馴染んでしまったので、親の努力にあまり感銘を受けず、そのうち拒否するようになるというのがなかなかつらい。一方で時として「よそ者」扱いが顔を出す時もあり、そのあたりもリアルである。この話ではヴァティカンはだんだん世間が世俗化していく中で形式にしがみついているので、ある種の腐敗した権力と言えると思うし、近年の児童虐待問題の経緯などを見ると、その影響はイタリアのみならずカトリック国のいたるところに残っているのではと思うところもある。

ポストモダン・ジュークボックスライブ

 ポストモダン・ジュークボックスのライブに行ってきた。ポストモダン・ジュークボックスはジャズミュージシシャンのスコット・ブラッドリーがやっているプロジェクトで、最近のヒット曲をジャズアレンジで演奏するグループである。YouTubeでバイラルになって世界中でツアーをやっており、ダブリンにも10年ほど前に一度来ているそうで、「前回も来ました」という人もけっこういた(バンドが途中で「前も来た人いますか?」ときいていた)。スコット・ブラッドリーがピアノの即興をやったり、ジャズスタイルのスーパーマリオでタップダンスがあったり、アンコールではダブリンだからということで"I Still Haven't Found What I'm Looking For"をやっていた。

ちょっとバーレスク



王道のスポーツ映画~『リバウンド』(試写)

 『リバウンド』を試写で見た。

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 人数減少で廃部寸前の釜山中央高校バスケ部をコーチのカン・ヤンヒョン(アン・ジェホン)があの手この手で盛り上げようとする…というお話である。緩く実話に基づいているそうだ。あまり予算はかかっていないみたいで地味な作りだが、展開は王道のスポーツ映画といった感じだ。学校がパッとしないバスケ部をつぶそうとする…ものの、だんだんバスケ部に活気が戻ってきて、高校生たちもバスケの試合の結果を気にするようになる様子がコミカルに描かれている。試合の場面などはけっこう気合いが入っている。

全然知らない歴史についての興味深いドキュメンタリー~『革命する大地』(試写)

 『革命する大地』を試写で見た。1969年のペルーの農地改革法を題材とするドキュメンタリー映画である。

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 全く予備知識なしに見たのだが、クーデターで政権を掌握し、大改革を行おうとしたフアン・ベラスコ・アルバラードの功罪についていろいろな角度から掘り下げた作品である。この映画はペルーには改革が必要だというスタンスで作られており、研究者や活動家などいろいろな人にインタビューしている。ペルー映画の引用フッテージが多いのも特徴で、昔の出来事についてのペルーで流布しているいろいろなイメージを喚起することでできるだけわかりやすく政治的な大変動を解説しようとしているようである。知識ゼロの歴史的事項についての作品なのだが、けっこうダイナミックで面白く、ペルーの農地改革についてもっと知りたいという気持ちになった。