全然知らない歴史についての興味深いドキュメンタリー~『革命する大地』(試写)

 『革命する大地』を試写で見た。1969年のペルーの農地改革法を題材とするドキュメンタリー映画である。

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 全く予備知識なしに見たのだが、クーデターで政権を掌握し、大改革を行おうとしたフアン・ベラスコ・アルバラードの功罪についていろいろな角度から掘り下げた作品である。この映画はペルーには改革が必要だというスタンスで作られており、研究者や活動家などいろいろな人にインタビューしている。ペルー映画の引用フッテージが多いのも特徴で、昔の出来事についてのペルーで流布しているいろいろなイメージを喚起することでできるだけわかりやすく政治的な大変動を解説しようとしているようである。知識ゼロの歴史的事項についての作品なのだが、けっこうダイナミックで面白く、ペルーの農地改革についてもっと知りたいという気持ちになった。

大変重要な映画だと思うが、たしかにこんな映画はないほうがいい~『マリウポリの20日間』(試写)

 『マリウポリの20日間』を試写で見た。文字通り、マリウポリがロシアに攻撃された時の20日間の様子をAP通信のチームが撮影したドキュメンタリー映画である。

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 監督のミスティスラフ・チェルノフがアカデミー外国語映画賞を受賞した際にこんな映画は作られなければ良かったとコメントしていたのだが、まさにそういう映画である。突然侵略が起こっていきなり市民が犠牲になり、無抵抗の子どもなどがどんどん亡くなり、インフラがなくなり、病院まで攻撃される…というような様子がひたすらジャーナリスティックに撮影される。全体的に手持ちカメラで撮っているのでけっこう手ブレで気分が悪くなるところもあるのだが、内容が悲惨すぎて気分が悪くなるというところももちろんある。非常に重要な映画だと思うが、もう見たくないし、たしかにこんな映画は本来、なかったほうがいいと思う。しかしながらこのような映画が作られざるを得なかったという悲劇的な状況にきちんと向き合うべきだ。

A Night Out with Irvine Welsh

 リバティ・ホール・シアターで行われたA Night Out with Irvine Welshに行ってきた。アーヴィン・ウェルシュによる『トレインスポッティング』の一部朗読、トーク、質問のイベントである。ウェルシュは一時期ダブリンに住んでいたことがあるということで、その時のことも含めていろいろ楽しい話を聞いた。スコットランドの独立やアイルランドの統合についても以前よりもうちょっと突っ込んだ感じで話していた。なお、スコットランドアクセント(私がかなり苦手な訛り)でFワードをたくさん使うのでけっこう聞き取りがキツいとこもあった。

 

 

『ヴィクトリア朝時代のインターネット』文庫版帯にコメントを寄稿しました

 トム・スタンデージ『ヴィクトリア朝時代のインターネット』文庫版帯にコメントを寄稿しました。これは新入生に是非すすめたいと思っていたのですが入手困難で困っていた本なので文庫版が出てとてもよかったです。

 

 

演出とキャラクターの食い合わせが…『マクベス』

 Dock Xでサイモン・ゴドウィン『マクベス』を見てきた。

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 ウォーターフロントの倉庫みたいな場所での上演で、お客は舞台裏から兵士(スタッフが扮しているわけだが)が見張っている通路を通って客席に入るという変わった作りの劇場である。冷たい灰色の壁が全体的に寒々しい雰囲気を作るのに貢献している。衣装などは現代的で、雰囲気は完全に今の内戦だ。

 サイモン・ゴドウィンらしく現代政治を思わせるシャープな演出が多く、わりとセリフはカットしていてスピード感が重視されていると思う。魔女たちは戦争の被害を受けた一般庶民というような印象だ。マクベス夫人(インディラ・ヴァルマ)にもどうも魔女たちが見えているのでは…と思われる演出もあり、これはあまり見かけない演出である気がする。

 ただ、演出にこういう面白いところはけっこうあるのだが、キャラクター造形がどうも演出にあっていない気がした。マクベスレイフ・ファインズ)はわりともっさりした大人しそうな中年男で、とくに序盤のほうは穏やかそうなおじさまである。ところがマクベス夫人はたぶん夫より10歳くらい年下で、おそらく夫より階級が高い生まれなのでは…という感じがするゴージャスな妻だ。この戦争の惨禍から離れて屋敷にいるポッシュで内にこもった感じのマクベス夫人と、戦争の暴力に直接さらされている非常に庶民的な魔女たちとの間にはっきりした対照があるのはいいのだが、一方で夫婦の関係がもとからうまくいっていないように見える。マクベス夫人のほうがずっと夫よりも計略が得意そうで、再会した時も夫のほうは喜んでいるのにマクベス夫人のほうはしれっとした感じで、あんまり深く愛し合っていない。全体的に、年上のぱっとしない夫が、年下のゴージャスな妻に対して引け目を感じていて、そのせいで妻の言いなりに…みたいな話に見え、まあそういう演出はあり得るだろうが、この方向性だと『マクベス』にしてはちょっとスケール感の小さい家庭悲劇になってしまうような気がするので、政治劇っぽい演出との食い合わせがよいと思えず、あまりいいと思えなかった。

真面目な法廷もの~『死刑台のメロディ』(試写)

 エンニオ・モリコーネの特選上映で4Kリマスター英語版が上映される『死刑台のメロディ』を試写で見た。有名なサッコ&ヴェンゼッティ事件の映画化である。

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 全体的に真面目な法廷もので、イタリア系の移民で左翼であり、英語にも訛りがあるニコラ・サッコ(リカルド・クッチョーラ)とバルトロメオ・ヴェンゼッティ(ジャン・マリア・ヴォロンテ)が受けた裁判がいかにメチャクチャだったかということを描いている。どの程度史実に基づいているのかはわからないのだが、この映画に登場する捜査や裁判の様子は極めて不当なもので、いくらなんでも誇張では…と思うくらいひどい。この2人が実際の犯罪にどの程度かかわっていたのかについてはよくわからないと思うのだが、公正な裁判を受ける権利が侵害されていたということはよく伝わってくる展開である。また、サッコとヴェンゼッティの性格や裁判に対する態度の違いなどもわりと細やかに描かれている。

 モリコーネ作曲でジョーン・バエズが歌ったテーマ曲については、楽曲じたいは非常にいいと思うのだが非常に70年代初頭っぽい感じがある。1920年代が舞台である映画じたいの雰囲気とはそんなにあっていないかもと思う(今でも現代の音楽を時代劇の主題歌に…ということはあると思うが、もうちょっと曲調をレトロにするかわざとアナクロにスティックにする気がする)。ただ、このあたりも時代を感じさせて興味深い。

音楽はいいが…『ラ・カリファ』(試写)

 エンニオ・モリコーネの特選上映で日本で初めて映画館上映される『ラ・カリファ』を試写で見た。

 企業家ドベルド(ウーゴ・トニャッツィ)と、夫を労働争議で亡くした活動家イレーネ(ロミー・シュナイダー)が不倫関係になってしまうという話なのだが、正直そんなに面白くはない…というか、年も違うし政治的にも対立しているはずの2人がなんで恋に落ちるのかよくわからないまま進むのであまり説得力が無いと思う。そもそも労働争議をやっていたはずのヒロインがなんでそんな年上の敵対する相手と…という感じで、あまりにも男性に都合の良すぎる展開だと思う。ロミー・シュナイダーは綺麗だしモリコーネの音楽はとてもいいのだが、それ以上の見どころはあまりないと思う。