兄と妹の陰惨な人間ドラマ~『モルフィ公爵夫人』

 レイチェル・バグショー演出『モルフィ公爵夫人』をサム・ワナメイカー・プレイハウスで見てきた。

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 『モルフィ公爵夫人』は一度イギリスで見たことがあり、日本ではあまり上演されないが、イギリスでは女優の技術の見せ所としてよく知られた作品である。現代にも通じる人間関係を扱ったスリラー的な作品だが、一方で狂気を見せ物とするなどいかにもジャコビアン…というところもある。サム・ワナメイカー・プレイハウスは何しろろうそくの光で上演できる設備を備えているので、秘密と闇にあふれたこの芝居にピッタリの舞台である。

 『モルフィ公爵夫人』はもともと近親相姦的な感情をめぐる物語なのだが、この演出ではかわいらしい妹に執着する兄のねじれた愛情が非常に強調されている(ちょっと『暗黒街の顔役』を思い出した)。モルフィ公爵夫人役を低身長症のフランセスカ・ミルズが演じているのだが、愛らしくてほかの兄貴2人とは比べものにならないような気品があり、兄のファーディナンド(オリヴァー・ジョンストン)はこの妹が可愛くてたまらないし、手放したくないと思っている。この演出では、登場人物はだいたい現代風な衣装を着ており、ジャズの生演奏があるのだが、一番最初にモルフィ公爵夫人がキラキラした白いドレスを身につけて舞台に登場し、ジャズアレンジのシザー・シスターズの'Filthy/Gorgeous'に合わせて踊るところは、まるで暗い舞台に光るキャンドルみたいにチャーミングである。ところがやっと寡婦になったと思った妹が、自分の意志で身分の低い執事アントニオ(オリヴィエ・ハバンド)を選んだと知った途端、ファーディナンドは妹をとられたと思って完全に狂乱する。この「妹萌え」みたいな感情が一瞬で強い加害欲に変わるところが凄まじく、妹を虐待し始めたファーディナンドは全然幸せそうに見えないし、みるみる精神の安定を失っていく。毅然として逆境でも優雅さを失わないモルフィ公爵夫人と、理性を失ったファーディナンドの対比がはっきりしている。もうひとりの兄である枢機卿(ジェイミー・バラード)はあまり弟妹への愛情がなく、お金のことばかり考えているみたいで、このあたりの対照も明確だ。全体として兄と妹の陰惨な人間ドラマで、妹をひとりの人間として尊ぶのではなく、自分の持ち物のように愛してしまったファーディナンドの暴力性と、それに立ち向かわざるを得なくなるモルフィ公爵夫人の強さを描いている。

 なお、このプロダクションの特徴としては、セリフを詩みたいなキャプションとして背景のいろいろなところに投影するというのがあるのだが、これはあんまりいいと思わなかった。席によってはほとんど見えない。また、詩みたいな書き方になっているので字幕としての実用性もそんなにないのでは…と思う。

KUNILABOのブックトークに参加します

 5月25日(土)19時より、「KUNILABO春のブックトーク 西村紗知『女は見えない』」に参加することになりました。ダブリンからのオンライン参加になります。お気軽にご参加くださいませ。

 

 

 

包括的性教育教材『コロカラBOOK』にインタビューが掲載されました

 正進社から出た中学生向けの包括的性教育教材『コロカラBOOK』にインタビューが掲載されました。pp. 98-99でフェミニスト批評の話をしています。包括的性教育はとても重要だと思うので、是非中学校で使ってほしいと思っています。

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警察における人種差別~サム・ワナメイカー・プレイハウス『オセロー』

 サム・ワナメイカー・プレイハウスでオラ・インス演出『オセロー』を見た。

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 舞台は現代ロンドンのスコットランド・ヤードで、完全に警察ものになっている。舞台はキプロス島ではなくロンドンのウォーターフロントだし、オセロー(Ken Nwosu)が戦っている相手はドラッグカルテルだ。奈落から突入用の装備みたいな格好でオセローたちが上がってくる場面もあり、序盤は刑事ドラマみたいな感じである。手話通訳が常に舞台上にいて、一応その場にいないことにはなっているはずなのだが、けっこう場面に組み込まれている。

 ロンドンの警察が舞台になっているせいでわりと全体的に身近な感じの話になっている。とくに序盤は『オセロー』にしていはかなり笑うところが多い。オセローがブラバンショー(Ché Walker)たちにデズデモーナ(Poppy Gilbert)との結婚のいきさつを説明し、なんとか事態が片付くところでは、それまでいかにも堂々と論理的だったオセローが他の人々が退場した瞬間、緊張が完全にほどけて周りのみんなに感謝し、(そこにいないことになっている)手話通訳にまでねぎらいの動作をするので、そのギャップが非常に笑える。

 それがどんどんまずい方向に転んでいくのだが、このあたりも大がかりな悪巧みというよりは職場で上司に嫉妬したイヤなやつのちょっとした計略みたいな感じで、わりと身近なスケールで話が展開する。イアーゴー(Ralph Davis)は男社会で出世欲が人種差別と結びついてボスを陥れようとする器の小さい男という感じで、あまりスゴい悪党という感じではない。そういうわりと卑近な環境で展開していた話なのだが、最後はちょっと通常の『オセロー』と違って、オセローが死なずに逮捕され、‘Black beast'などと悪し様に罵られて終わる。これはロンドンの警察のようなところでいかに人種差別が根強いかということを批判する終わり方なのだが、ちょっとすっきりしなくて掘り下げ不足な感じはする。面白いプロダクションだが、いくつか改善点はあるかなという感じだ。

 

『芸術新潮』映画レビュー最後の連載では『ミセス・クルナスvs.ジョージ・ブッシュ』をとりあげました

 『芸術新潮』映画レビュー連載の最後の回で『ミセス・クルナスvs.ジョージ・ブッシュ』をとりあげました。グアンタナモに収容された息子を取り戻すべく戦うドイツのトルコ移民のお母さんを描いた、実話に基づくお話です。1年間の連載、どうもありがとうございました。

 

リッチモンド・バラックス&ゴールデンブリッジ墓地ウォーキングツアー

 歴史的建造物であるリッチモンドバラックスの歴史ウォーキングツアー2種類に参加してきた。

 

 まずはリッチモンドバラックスからキルメイナム刑務所までのツアー。

リッチモンドバラックス。

かつては英軍の施設だったのだが、今は市立図書館とか文化センターが入っている。

 ここからキルメイナム刑務所まで歩いていく。行く途中のいろいろなところに歴史上の有名人のプラークがある。

 

戦争詩人フランシス・レドウィッジが住んでいた場所。

マイケル・ハートネットは『インチコア・ハイク』という詩集を出しており、俳人らしい(詩形は全然俳句っぽくないとのこと)

エメットホール

リッチモンドタワー。奥に現代美術館がある。

このキルメイナム刑務所前のオブジェは、イースター蜂起で処刑された14人を象徴しているそうだ。

 お昼からはゴールデンブリッジ墓地のウォーキングツアーに参加した。ゴールデンブリッジ墓地は19世紀のカトリック解放の際、初めておおっぴらにカトリックのやり方で埋葬ができる墓地として作られたそうだ。提唱者のダニエル・オコンネルはイングルーシヴな方針だったので、カトリックだけではなく誰でも埋葬できる墓地として作られたらしい。中にはイースター蜂起の流れ弾にあたった子どもとか、いたましい亡くなり方をした方のお墓もあった。

墓地入り口

墓地内。

 

書肆侃侃房にて1年間の連載『素面のダブリン市民』を始めました

 書肆侃侃房にて1年間の連載『素面のダブリン市民』を始めました。ダブリンでのサバティカルについてゆるーく書く感じの連載です。初回はプロローグということで、「サバティカルとは」「アイルランドはどこにあるのか」みたいな話をしています。

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