まち歩きと建築関係のTV

卒業設計をしていて中々決まらないのは敷地。やりたいプログラムや形体はあっても、この敷地でやろうと初めから決めている人は少ないといった印象を受ける。敷地は「知っているか、知らないか」の二択でしかないのであり、いかに多くの土地を理解しているかというのが必要となってくる。卒業設計が始まるまでにいくつの土地を知っているかがダイレクトに自分の強みになると思う。
それで、いきなり不真面目になるのかもしれないが、マチ歩き番組と後は建築に役に立ちそうな番組を纏めてみようと思う。どうせなら楽しく、生産的にTVを消費しようではないか。(関東地方でやっているものを紹介するので、地域によってはごめんなさい。書いてある放送時間及び放送局は関東地方のものです。)

ブラタモリ 木曜 NHK総合 午後10:00〜10:43
建築史家の陣内秀信先生なども出る、古地図を元にタモリさんがその土地の地形を読み解く。

ちい散歩 月曜〜木曜 TV朝日 午前9:55〜10:30 金曜日9:55〜11:00
平日の朝はちい散歩でのんびりと。

ぶらり途中下車の旅 土曜 日本テレビ 9:30〜10:30
土曜の朝はぶらり途中下車。

世界ふれあい街歩き 金曜 NHK総合 午後10:45〜
アイラインでの撮影はまるで自分が旅をしているよう。中嶋朋子さんのナレーションが好き。

空から日本を見てみよう 木曜 TV東京 午後7:58〜
俯瞰からの視点で展開するので局所的にならないところが新しい。

渡辺篤史の建もの探訪 金曜 TV朝日 午前5:00〜5:25
早く起きた金曜の朝は建もの探訪。1000件以上を訪れた渡辺篤史の経験知はすばらしい。

完成!ドリームハウス 不定期 TV東京
不定期なので見逃す恐れあり。

劇的ビフォーアフター 日曜 TV朝日系列 午後7:58〜8:54
個人的にテーマ曲が若干……

モヤモヤさまぁ〜ず 木曜 TV東京 深夜0:12〜
疲れた木曜の夜には笑いながら街歩き。

東京日和 木曜 日本テレビ 午後9;54〜
時間がとにかくない!そんな時に東京日和で素敵な五分間を。


他にもまだあるかもしれないが、今回はこのくらいで。

*追記:建築系検索エンジンkenkenが他にもいくつか紹介しています

アーキメーション

久しぶりの更新である。
先日15日にコミティア90及びピクシブマーケットに行ってきた。好きな絵師さんなどの作品を求め東京国際展示場(通称:東京ビッグサイト)へと向かう。東京ビッグサイトでは就活で企業の合同説明会が行われていたためスーツ姿の人が多く異様な雰囲気。コミティアコミケほど規模も人も多くはないが、混雑はしている。総来場数は約1万〜1万5000人になるコミティアであるが、コミケの来場数は近年では、一日で15万人以上、三日間総計で50万人以上となっているので、コミケにも参戦している方は空いているなあという感想を持つのだろう。といった膨大な来場者を裁いている東京ビッグサイトという巨大な箱。例えばあの土地にコミケの一日の来場者15万人をどうしたらスムーズにそれぞれのブースへと運ぶことができるのか、ということを真剣に考えただけでも一つの建築として面白いテーマになる。平面的な広がりと垂直のバランスを考えて動線計画を…でも壁サークルの文化は残したいなあとか云々w 
それで戦利品を経て帰宅、ではなくて学校へ行って卒計ゼミの準備。。。(とても辛かった)
昨日ようやく開放されて深夜にやっていたNHK宮崎駿「プロフェッショナル仕事の流儀」再放送を観る。その中で語られていたアニメの創作プロセスが建築家:中山英之氏と重なる。宮崎駿氏はまず最初にイメージボートといって、そのアニメに登場しそうなシーンの絵を次々と描いていく。これは中山氏にとっても最初に行う断片的な空間のスケッチにあたる行為であろう。そして宮崎駿の作業は絵コンテへと進むのだが、完成までは一気に描かない。絵コンテの最後に「またれよ 次号」と描かれしばらく時間が空けられる。ようは完成形が見えないままどんどん進んでいくのだ。これがまた中山氏のゴールを設定しないで進んでいく設計プロセスと重なる。と、短絡的に比較するのはよくないのかもしれないが、単純に思考のプロセス、創作する脳は分野をまたがって共有できるものだと感じるわけである。(もちろん実際に扱う要素は全く異なるものであるのだが、その根源的な思考の源、発想の仕方において類似性を垣間見る)
これから卒計が本格的に始まり、忙しくなるが少しずつ更新していきたい。

建築夜楽校2009第二夜

「データ・プロセス・ローカリティ―設計プロセスから地域のアイデンティティを考える」
第二夜 プロセスとローカリティーの関係について考える(五十嵐淳、家成俊勝、井出健一郎、古谷誠章鈴木謙介濱野智史藤村龍至
まず三人の基調講演をまとめる前に濱野さんから前回の整理。
目的を設定することなくいかにデータを効率よく積み上げていくことができるか。アナログとデジタルの議論は不毛である。そして妄想としてSimCITYからBIMCITYへ。集合知、開かれたBIMが建築家の新しい未来(いかにデータ収集をしていくか)を切り開くという。そして今回はローカリティというものがプロセスを制限する枠(図と地でいう地に相当する)として働いてくるのではないかと述べた。

パネリスト三人の講演


五十嵐淳
「ORDOS100」と「HOUSE OF EDEN」の二つのプロジェクトについて話された。先に藤村さんのよるまとめを言うと、場所なき場所にどう固有性を生み出して言ったかという話である。「ORDOS100」は建築家を100組集めてヴィラを建てるというプロジェクト。砂漠のような場所にどういった建築がありえるのか。そこでコンセプトとして環境、用途、資産をリニアに捉えていくという手法をとることで普遍性のある建築を目指した。環境という言葉が大嫌いと述べる五十嵐さんは状態をどう解くか、それがその地域のセオリにどう近づくかだと考える。それは前記したリニアに要素を捉えるということに還元していると思う。そして両プロジェクトでは風除室を再解釈し、バッファーゾーンを設けることにより、人間を守るという建築の根源的意味を説いた。(「ORDOS100」では立方体6面をすべてバッファーに、「HOUSE OF EDEN」では散りばめた空間をバッファーでつないだ)

家成俊勝(dot architects)
「NO.00」「ホヅプロ」「Latest NO.00」の三つのプロジェクトについての説明。「NO.00」は阪神淡路大震災で被害を受け更地となった場所に住宅を設計するプロジェクト。設計するにあたって、震災から立ち上がるインフラではなく住民のコミュニティの結び付きを強く感じたという。ここで三人で構成されるdot architectsだからこそできる「超並列」型のスタディを展開する。それぞれの役割を図面・模型・詳細の三つに分け、どの部分からも案を広げていく、つまり順番をフレキシビリティにし、この案はどれが先だったのか分からないというところまで詰めていくプロセスをとる。「ホヅプロ」は製材所の寝床を(四畳半)を学生とワークショップでつくるプロジェクトである。設計者の人数を増やし、より発想を並列させていると言える。「Latest NO.00」は「NO.00」でできた住宅にどんどん増改築をしていくという架空のプロジェクト。手を加える時のルールとして重要なのは、他人が作ったものにどんどん手を加えるということと、自分の作ったものに執着しない事だと言う。これは共同設計による創作をより客観的に進めていく方法論の代表であると同時に、「超並列」型スタディの可能性を示唆していると感じる。

井手健一郎さん(rhythmdesign)
自身を「翻訳者的建築家像」(余条件を読み解く、新しい起伏を見つけ出す)として捉え、「面検索的設計プロセス」(あらゆる可能性をやるだけやる)によって一般の人(クライアント)に分かりやすい形で伝えていく。「武雄の週末住宅」ではまず施主からバンガロー的な住宅であること、週末住宅として利用し、開放的なものであること、とにかくお風呂が大好きであることなどの条件を要求される。施主に分かりやすいように「トップライトをつける」「キッチンとお風呂が近い」など分かりやすいタグを付けてスタディ(模型)を重ね、決して「〜空間」のような曖昧な言い方はせず、事実を事実としてはっきりと記述していく。そうすることで施主をプロセスに介入していく。井出さんは自分の思考に興味はないという。そしてそのスタイルを正に具現化したプロセスが「面検索的設計プロセス」(施主が納得するまであらゆる可能性を示す)ではないかと思う。

ここで議論がスタートする。さて今回の議論としてはローカリティがどうプロセスと結びついていくのかであり、藤村さんはここでいうローカリティは単純な地域性ということではなく、政治的な意思決定プロセスを含んだ地域性ではないかと述べる。それはつまり巨大な公共建築をつくる時、どう合意形成を図っていくのか。井出さんの「武雄の週末住宅」ですら半年かけて意思疎通をした。それでは物理的制約もある建築がこれからどのようなプロセスで合意形成できるのか。と言った事がメインテーマである。
まず社会学者である鈴木さんからWebの設計では保守・運用、作った後どう作動していくかが重要であるという事が述べられ、それに対して濱野さんが建築にはどこかで切断しなければない物理的制約を受けるとその違いを示す。(切断について詳しくは思想地図vol3)その制約を受けるならばどこかで建築家は完成形を示す必要がある事自体が、合意形成をする上で非常に難しい問題として見えてくる。(すべての人が納得するのは無理であり、納得する必要は本当にあるのか)
そこで古谷さんの鶴の一声があった。(私は非常に感銘を受けた)一般的に建築はつくったもの(ハードウェア)とその後の利用(ソフトウェアの一部)によって終わってしまっていた。しかし建築は本来もっと柔軟なものであり、作り出した後も将来的に変更可能、建築はいつも工事中であるという事。つまり建築家はつくることが目的ではなく、いかにして使わせるかが目的、そうしてできたものは使う者によって変容していく事が可能であり、建築家はその枠組みをつくるのべきだと述べる。事後的な変容を認めるならばそれは正にWeb的プロセスとして建築を捉えていくことを可能にしている。分かりやすくいえば無制限の合意形成プロセスだと言える。
そしてここにローカリティの新しい捉え方が存在している。家成さんはローカリティをネットワークだと解釈し、ステークホルダーをそのまま持ち込むのではなく、ある原形(建築)を持ち込むことでそこに新たなステークホルダーを生み出すことができるのではないかと言う。とここまで言うと藤村さんの言う事後的なローカリティがここに発生しそうな予感は十分期待できる。今まで最大公約数的に設計され、場所なき場所を形成してきた郊外や地方の公共建築(ロードサイドショップ等)に対して一つの建築家の新しい立場が提示されたように思った。

さて私が今回の議論で注目したいのはやはり井出さんのプロセスの共有化であった。五十嵐さんが最後に、プロセスは事後的に表せばいいと述べていたが……(藤村さんはこれを字義通り受け止めるなと注意。五十嵐さんはプロセスを非常によく考えられている。しかしこれは時間の関係で最後まで議論されなかった。空間性を語るだけではクライアントに十分伝わらないと述べる藤村さんに対して、五十嵐さんの気持ちいいとか、居心地がよいとかいうのは、好みを超えたプリミティブな問題であり、それは伝わるとするスタンスの違いも面白いと思ったのだが非常に残念)私は少なくともプロセスそれ自体の価値ではなく、プロセスの共有化の意味は確立しているのではないかと思う。井出さんの「翻訳者的建築家像」に準えれば、プロセスを分かりやすく翻訳することで施主と対話する。施主が見えていない先を建築家が見せる。そしてまた施主から建築家に対して新しい提案がされる。ここにプロセスの本質が垣間見える。第一夜でプロセスにどのツールを使うかの議論は不毛だという所以もまたここに存在する。そして先述した古谷的建築解釈によってプロセスは建築へと昇華し、終わることのない地域との対話が続いていくことだろう。

建築夜楽校2009第一夜

データとプロセスの関係について考える(中山英之、小嶋一浩、山梨智彦、難波和彦、江渡浩一郎、濱野智史藤村龍至
まずパネリストである三人の設計手法をまとめると


中山英之
思い付くシーンの断片を連続させ、実空間として立ち上げていく。思い付いたら2〜3秒でスケッチしていく行為はブックマークするという事に近く、全体のゴールイメージを設定せずあくまで部分を繋げて設計を進めていくという手法を取る。その理由として生活者も部分的なものの見方をしていて、建築とモノの差異を感じていないのだと述べる。

小嶋一浩
二つの事例についてそれぞれの設計手法を述べた。迫桜高校の設計では白黒設計図を集積回路のように組み立て、要素(教室、FLAなど)のレイヤ重ねていくという手法。また総合高校のカリキュラムという教育的要素、計画途中で敷地を半減させられる政治的要素、そして差し迫る設計期日と構造を成立のさせるための構法の選択(PCaPCを選択)という要素などプロセスの中には様々な事象も含むという事を述べた。
次にスペースブロックハノイモデルを取り上げる。ベーシックパターンを持つ二色(一色は透明)に分けられたスペースブロックによるスタディによって、多くの変数を扱うことができる。つまり普通の設計プロセスでは形態も自由であり、また設計期間も決まっているため、扱うパラメータは限られてくる。しかしスペースブロックを使う事によって、形態はそのブロックの組み合わせのみになり、様々な要素(プライバシー、熱環境、風通し)のスタディを効率よく膨大に行えるという事である。学生の情報収集と無期限の膨大なスタディによって成り立つこれは普通の事務所では無理で、藤村さんはそのプロセスをウェブ的手法と称す。

山梨知彦(日建設計
自身が「ヒューリスティック・アプローチ」と呼ぶその手法はBIMによる設計により、多くのパラメータを拾い上げることで、進化論的に発展していくプロセスだと言う。サイバースペースの中で一旦立ち上がり完成するBIMという手法。山梨氏はBIMを使う理由を「サボる」ためだと述べた。早くできるのであれば実際に模型を使ってもスタディを行う。

ここから議論が始まるのだが、まず中山さんと山梨さんの話を聞いて感じたのは、スケッチとBIMといった対極に位置するような手法のイメージが私の中で反転したことである。スケッチというのは(しかも部分的)抽象的なもので、BIMは即物的で具体的に空間を作っていくものだと思っていた。(もちろんそうとも言える)しかし実際にはBIMはパースを立ち上げたら勝手にサッシもドアも平面図や断面図も入り、それは容易に変更可能だといった「決めない」まま設計を進めていくことが可能なツールであり、一方中山さんのスケッチは確固たるシーンのイメージを決め、積み重なる事で進んでいくという点で、BIMの方があいまいさを包含しているのである。これは今回のプロセスの議論とは直接関係ないが一応ここに書き留めておく。

この議論の意図する背景にはリアルとバーチャル、固有性と効率化、アトリエと組織、さいては人間とコンピュータといった二項対立関係を打破するためにはどうしたらよいかということであり、それには「効率よく固有性を獲得する」しかないと藤村さんは言う。質問としては濱野さんのBIMをつくる人が偉いではないか、集合知による設計(進化論的)であるならば建築家は要るのかといった事がテーマである。
答えとして山梨氏はperfume中田ヤスタカに準えた。(中田ヤスタカボコーダー(建築でいうBIM)をどう使うか、中田ヤスタカの作家性は確かにそこにあるという事。また難波さんはそれとは少し違う意見でperfumeも彼女であるからこそ売れたという)つまり集合的意思決定などで設計が進むとしても建築家の作家性が現れるのは使い方のところでありより高次元であるといえる。BIMは確かに素人でも扱えるような簡単な機構にもなってはいるが、そのツールの良さとは無関係に質は決まる。山梨さんというスペシャリストが使うことに意味がある。最近の分かりやすい例で言えば展示にもなっていた徳山知永さんのCADプログラムを石上純也という建築家がそれでどうスタディするのかという問題である。とここまで言えばツールはツールでしかなくそれ以上の意味を持ちうることは希薄に思う。
スケッチ、模型、BIMどれを使うかといった議論は不毛であり、また江渡さんが最後にrubyというプログラミング言語を日本人が開発したものだが(それまではプログラミング言語は海外から来るものだと思われていた)使いやすかったため使われるようになり、それとBIMは同じで、他に使いやすいものが出てくれば取って代わるものだと述べた。
難波さんも指摘していたが、中山さんが住宅「2004」を設計した時にクローバーというデータ(敷地にクローバーが生えていてそれを足がかりに設計をスタートした)を拾った時に既に固有性が生じているのである。そしてそのいきなりのジャンプこそ人間にできてコンピュータにできないことであると難波さんは述べる。
コツコツとデータを集めログを取り設計としての完成度を上げていくのがコンピュータ、Web的プロセスの得意とするところならば、人間はそのジャンプにこそ固有性を見出すことができる。また小嶋さんがどれだけ素晴らしいものを知っているか、経験している事が建築教育の果たす役割であるというのにも頷ける。知らなければジャンプできない、個人では想像の限界があり、その限界の先を建築家が見せてあげることができる、そしてそれは直感とは違うと藤村さんも述べたように私も同感である。
以上発言が繋がるように時系列を少し入れ替えてまとめた。プロセスそのものの議論は第二夜へと続いていく。

(藤村さんがアルゴリズムを設計するのではなく、人をアルゴリズミックに動かす設計が可能で、それは驚くほど単純で形式的なルールによって成り立つと述べたところで私は青木淳動線体の概念を思い出した。動線体についてはコチラで少し書いた。ある無関係なルールがオーバードライブして空間が成り立ち、人が動くことによって空間が生成されるといったような内容である)

見えがくれする都市

『現在、我々の住む都市はかつてない変貌を強いられている。
そして我々はややもすれば、こうした急激な世のさまの移りかわりに目を奪われて、
対症療法的に事を処そうとする場合が多い。
そのなかで、変わらないもの、変え難いものを発見し、理解することが、とりもなおさず、
変えなければならないこと、変えうることの真の理解に必要であることはいうまでもない。』
見えがくれする都市 槇文彦著 p202

「奥の思想」の章からの抜粋である。1980年に出版されたこの著書から30年が経とうとしている今、
対症療法以外で持続的に長期スパンで都市計画されたものがいくつあったであろうか。
槇文彦氏の手掛けた代官山ヒルサイドテラスは今でも理想的な開発として鎮座している。
残念ながら目に見える多くのものが、槇文彦氏が求める都市を見る目とは違う視点から捉えられ計画されてしまっているように思う。
「奥の思想」は空間のひだが重層された日本のみにおいて発見される数少ない現象の一つであると著者は言う。
そしてその空間形成の芯とも称するべきところに日本人は常に「奥」を想定している。
私自身「奥」という言葉は「奥床しい」といった形容詞に代表されるように、深く神秘的な不思議なイメージを想起させる言葉であり、
否定的な言葉が褒め言葉にも転換しうる日本の空間を表す代表として相応しいものであると感じる。
西欧の象徴(中心)に向かう物理的な求心性とは違い「奥」という概念は精神的な心の豊かさをもって語られるべき日本の都市の構成である。
「奥」は今、都市のより深くに埋まり、見えにくく、感じにくいのかもしれないが、
それをまた見つけるのも日本の「奥」という思想であるのだろう。

「見えがくれする都市」の書評はコチラ

見えがくれする都市―江戸から東京へ (SD選書)

見えがくれする都市―江戸から東京へ (SD選書)

ディズニーランドの反対側で


JR舞浜駅浦安市中町地区〜を散歩した。
舞浜駅には何度か行ったことがあるけれど、ディズニーランドの反対側に降りた事のある人は少ないのではと思う。反対側には閑静な住宅街や団地が広がっている。

住宅街は首都高の騒音から断絶するようにフェンスと樹木によって囲まれている。またセキュリティ性からみて不動産価値も上がるようだ。日本は治安が悪いと思っている人が多いのか、何かそのうち住宅地のゲートがオートロックの扉になって、家の鍵をかけなくても大丈夫といったようなマンションやホテルの構成になるのではないだろうか。ジェイン・ジェイコブズが言うところのストリートウォッチャーという街をよく知る観察者が居ることでの安全性(日本の都市では殆ど皆無だろう)とは真逆の方法論である。前者がハード(監視カメラのよう。実際に付いている住宅地もある)で後者がソフト(人の目)。

勇気を出して(この住宅地の構成だと明らかに不審者)少し中を覗いてみても人が全然見えない。私も一般的な住宅地に住んでいるのでこの感じは一緒なのだなと思ったが、では一体住民は何処で胡坐をかいているのだろうかと不思議に思いながら住宅地を通り過ぎる。住宅地にポツポツと公園はある。でも良い時間だったが子供姿は見えなかった。きっと住宅地の計画に従って必然的に造らなければならなかったのだろう(避難場所としてなどの理由)という感じが滲み出るのは悲しい事だと感じる。

住宅地を抜けると川が見える。橋の下では釣りに勤しむ人たちが何人か居た。住宅地の人たちだろうか。まだ少ない。

川に沿って少し歩くと大きな公園があった。ならばそこが住民の集う場所なのだろうと思って行ってみるとやはり多くの人が居た。近くに老人ホームが併設され良い雰囲気であった。こういった大きなオープンスペースは密集する住宅街にとって非常に大切な要素なのだろう。でもこういったオープンスペースを付加価値として付け加えるのではなく、住宅地との共存した形ではありえないのだろうか。それは団地内やマンション敷地内にとられた外部の利用が殆どない、または禁止されているようなものではなく、万人が共有できるものとして。
住宅地はそこに住まう事が最終目標ではなく、社会と共に成長し、都市の一風景を形作るものだという事を忘れてはならない。たまには自分の住んでいる街を俯瞰して見つめることをしてみよう。


参考リンク
MSNの地図 この概観図は課題でお世話になっています。最後の写真がそうです。
ジェイン・ジェイコブス wikiですが一応……

原っぱと遊園地

『まず人びとが動き回れるように道があった。
そして、その動きをより活性化するために、あるいはその動きを一時的なものでなく定常的なものとして構造化するために、
道の一部がある特定の性格を帯び始めた。それが建築ではないか。』
原っぱと遊園地 青木 淳 P59より


何をするのかが分かる、行動の規定されている「遊園地」としての構造を持つ建築から、
はじめは無目的でも、そこで行われることによって場所としての性格が形作られていく「原っぱ」としての建築へ。
建築とは本来、そのくらい自然に近い形で存在すべきではなかったのか。
目的を持つ事の不自由さから、そして実用主義的に決められていく建築の窮屈さから解き放つようにこの言葉は投げ掛けられる。
青木氏の「動線体」の概念は「つなげられるもの」より「つないでいるもの」に価値を見出す。
劇場があって、神社があってつなげられるのではなく、つないでいるそのものに建築を還元する。
そして人が動く時にだけ建築が現れるのだろう。

原っぱと遊園地―建築にとってその場の質とは何か

原っぱと遊園地―建築にとってその場の質とは何か