虫を蹴りに

思い出だけに生きるひとが死ぬ
そして
かたちは向こう岸で針金として曲がる
そろそろ
友達が死ぬ季節だから
まるいドーナツを頬張り雷鳴を聞く
缶の中で暮らすひともいて
夕陽には文字の気配さえ映らず
あの日生きていたことをただ伝えたくて
言葉は湯船の中で消えてゆく
路面電車にいる幽霊たちが
ペットボトルのお茶をにぎりしめて
その先にある渇きに備えている
犬の慰めが猫に噛まれる時間の反転の中で
泳いでいるうちは溺れないと
冒険家は信念を脳につむいで
実家の自転車が盗まれていないか気になり始める

怪物の夏

黄金
と夏
あなたを殺したのは私です
なぜあの時あなたを殺さなければならなかったのか
今でも私ははっきりとそれを語ることができないでいます
他の人ではなく
あなたでなければならなかったこと
記憶の鎖のようなものがいつまでも私から消えないままです


黄金
と夏
「やわらかい手ですね」とあなたは最初言いましたね
私があなたにはじめて触れた時の感触
皮膚の裏側から蛆があふれているような映像が流れました
生と死がこんなにも繊細な造型に閉じ込められていること
火が私のお尻をさする
あなたのからだの中心に彗星のようなものが見えた時
人が人でないかたちに変化する時に発する言葉でない言葉
私はあなたを殺しました


黄金
と夏
私は晴れた日にもずっと眼球の奥に雨を秘めて立っていました
村において私なんて存在していなかったのです
埃の多い蒲団と汚れた血が付着したラジオ
幽霊との唯一の違いは肉体と呼ばれるものに私が乗っていたことです
肉体の操作は本当に単純で愉快で悲惨なものでした
「神」と一体となる瞬間をあなたの喉を締め上げながら感じました
私もまた平凡な殺人者の一人であったのでしょう
雷鳴がごろごろと空襲のように鳴っています


黄金
と夏
夢を見る
私が私以外としてこの世界の産道から生まれてくる
名前のない者たちと工場で一日中労働をおこなっている記憶
区画された空間の中できれいな顔をした私は鏡を見ている
月光が内臓を照らす時刻にラジオのリクエスト曲が私を殺人へと誘い出す
私には残念なことに才能があった
だから人間としての輪郭を与えられて人間を殺すことが許された
田園の中に肉体を沈めてあなたのことをずっと待っていた
あなたが今日まで生きていて
これから私によって殺されるのだと知った時に踏みつけた虫の死骸から
魂が笑いながら転げ落ちていた


空洞
から
滴る
水の
音を
聞く
のだ


黄金と夏
私は白い壁に衣服のように一日中引っ掛けられていた
憎しみのような低い価値の感情は私には一切ありませんでした
それでも女の肉体と魂を二度ずつ奪う方法を実践しなければ
時代を乗り越えることはできないと私には確信のようなものがありました
慢性的な下痢に悩むことはあった気がする
眼球に寄生している古い詩の一節の扉から入って出て行く
青い光の中であらかじめ決められた楽曲に耳をすませて
その日は桃をゆっくりと剥くことでしか儀式は完成しないと直感した
滅びの中で鳥と会話しながらデモをする人間たちが私より残忍に見えた
私は永遠に捕まらないだろう

AI

論争の下で橋を渡った
犬の「棒」が静かに渦をつくる
海苔と餅
風が吹いたら映画館に行くべき(さ)
舞台上で激しく動揺する才能が川を泳ぐ
熊とは別居しながら(いない)通信している
死体を見るのは(いない)はじめてだった
性交の理由を枝に尋ねる
(いない)夜だ
「支配されているのは末端部分でしょう」
些細な出来事の未完の羅列が
滑舌の悪い無機質の使者に犬の「棒」を咥えさせるから
希望などないのだ
書く(打つ)といつも「嘘」と罵られたから裸で死んだ
「気にしなくていいんだよ」
「炙られる」と枝が呟く煉獄の中心でお前は呪いそのものだ
「じゃ、死ね」
つぶされている(いない)とは(いない)だからいい
呼んでも誰も出現しない食卓で卵は血の沸点を演じる
「からかわれたの?」
星の寝返りとは豊かな国家の残像であるから裸で死んだ
言語は(いない)狂っていたのだ
「選択」そして「選択」そして「選択」のみの味噌汁を吸う
熟女の乳首の地底で生首が未来を語った先でぶつかる(いない)
答えは渦の中で熊がいつまでも(いない)泣いていたことだ

名無しの首

首に出会ったのはいつだろう
正確なことはすべて燃やした
首は無口でまるで死んでいた
金属のような瞳と腐乱した唇
事実は不幸な音しか奏でない
生きようとする意志の廃墟で
履歴書には「首」とだけ書く
役に立たないものを生かすと
世界が変化する気持ちがする
黙ったまま私の中に首がいる

軽蔑

犬が入った袋に
ちいさい人間が
粗末な札を持って
生きていた


死んだ人間のために
詩をひとつ書いて
貨幣に交換すると
ファミレスで贅沢をした


ちいさい人間は
成長できず
硬貨よりちいさい自分を
手軽に憎んだ


殴られて
ある日
気付くと死んでいた
詩はまだ書かれていない

ひょっとこをなめるな!

「なめちゃダメだ」
怒りのシンジはつぶやいた
六畳一間の孤独なサイドにて
巫山戯た体操座りなぞをしながら
そのつぶやきは下品にかがやきながら
死の世界に突き刺さる石碑となる(嘘)
雄と雌のあいだで交わされる無意味
石碑を読み上げながら笑うタヌキたち
目覚めながら眠る覚醒反転の世界
足のみじかい猫の恋が果てしなく続き
「水晶のような肌をお持ちですね」
未来はいつまで待っても来ないバス
強がる弱者にも幸あれよと
棚から落ちた神様は花粉症
小沢健二の新曲で朝を迎える

あなたは我々によって生まれた

わたしたちは
廊下に立たされながら
バケツなどを持って
「ヒットの確率のはかなさ」について
真剣に考えていた
チャイムのベルがなっても
タカハシの授業に出ることはなかった
「売れる!」と確信して
隣にいるタカノリの
肩をこわすくらい叩いた


その日地球が生まれた