2023年は…
2023年は両親のケアが本格化し、それに伴い6月から大きく生活を変えることになり、「自分の時間」が激減。精神的に苦しい年でした。
新たに深川福々の公式サイトを立ち上げ、公開にこぎ着けることができました。
(旧サイトは東海亮樹が管理していたため更新できなくなり、その後サーバーも運営終了となったため、6年間休止状態でした。)
自由が制限されると、「したい」ことへの渇望が募ります。今は旅が夢のまた夢。夜に出かけにくくなったのもつらい。夜遊びしてえーー!
話は変わって、今年の8月末、noteにて、東海亮樹の文章を公開する「東海亮樹プロジェクト」を始めました。
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ではまた絶対元気で会いましょう。来年もよろしくお願いします!
木母寺に
7月29日、東海亮樹の納骨を兼ねた七回忌の法要を行いました。
諸事情で、この6年間お骨はずっと我が家にあったのですが、七回忌を前にようやく良いところを見つけることができました。墨田区の木母寺(もくぼじ)で、そこの納骨堂です。
能の「隅田川」ゆかりのお寺です。平安時代に京都で人買いにさらわれ、この地に連れてこられて亡くなったという少年、梅若丸を祀っています。
東海の祖父までの墓は青森県弘前市の天台宗のお寺にあるのですが、東海は割とルーツに思い入れがあって、一緒に大阪に住んでいた頃、比叡山延暦寺に2回行きました。
といっても信心があったわけではなく、東海自身の葬儀は無宗教でしたが、
天台宗のお寺に供養してもらうのはいいと思ってくれるのではないかと考えるようになり、今年になってネット検索して、自宅からそれほど遠くはない今回のお寺と出会いました。
そういうわけで今まで木母寺のことは知りませんでした。
が、実は能の「隅田川」は観たことがあって、「あ、あの隅田川の!」と思うことが出来たのです。以下、ちょっと脱線。
そら庵に偶然来店してくださったことで知己を得た能楽師の安田登さんは、長年都内のお寺で能や芸能、古典など多岐にわたる内容のワークショップを企画、開催されていましたが、2013年頃に「隅田川」の公演を行われるにあたり、作品を楽しむための予習的なワークショップを実施されました。そこでお店が終わってから、頑張って広尾まで何度か通ったんですよ。あの頃はめちゃくちゃ忙しかったけれど、気分転換を兼ねて楽しみに参加していました。
どこでどうつながってくるか、わからないものですね。
本ブログを検索したところ、観劇したのは2013年の3月でした。
恥ずかしながら感想を書いています。
話を戻すと、そういうお寺の由来も魅力的でしたが、隅田川のそばであることや(「そら庵」とのつながりが感じられ)、お寺の入口付近の、東白髭公園のガーデニングも素晴らしくて、どんどん気に入って一大決心。
ただしちょっと「アナログ」な納骨堂です。
最近都内では、ICカードをかざすとお骨が墓石とともに運ばれてくる納骨堂など、
デジタルでお参りに伴う大変さがない施設が増えているようです。
お供えは一切できませんが、誰にとっても楽だと思います。
でも個人的に、そういう場所で東海のお参りをすることに違和感があったのでやめました。木母寺の納骨堂は40年以上前に建てられ、階段を上る必要がありますが、
自然の風が入り、小さめならお花のお供えや線香もOKです。
法要当日はきっと猛暑だろうと思っていましたが、やっぱり猛暑に。
親族、それから友人数名に見守っていただき、無事納骨まで終了しました。
納骨に際し、戒名を授けていただきました。
私自身にこだわりはありませんでしたが、必須だったことと、さらに追加料金はかからなかったのでお願いしました。
打ち合わせのときに、東海の人となりや仕事についてご住職にお伝えし、
そのときは、「それじゃ智とか才ですかねえ」とおっしゃっていたのですが、
当日見せていただいた戒名には、意外にもどちらも入っていなかった。
でもとても東海らしい字を考えてくださいました。
写真をご覧ください。
以下は一応のお知らせです。
木母寺
東京都墨田区堤通2-16-1
東武スカイツリー線「鐘ヶ淵」駅より徒歩約10分
https://www.mokuboji.org/
場所は納骨堂の3階で、入ってすぐに見える棚の左から2列目上段です。
東海家と書かれていますのでわかると思います。
仏壇式です。扉が閉まっていたら開いてお参りください。
小さな花瓶を置いています(はさみなど、必要なものはあります)。
本堂に声をかけずにお参りいただいて大丈夫ですが、
ご住職がいれば案内してもらえると思います。
2022年の大晦日に
手前味噌ですが、「深川福々」は概ねどれも充実した内容だったと思います。1900字のインタビューの執筆を3回(正確には2.5回)担当しました。面白さと難しさと取材した方への責任と。人さまのことを書く以上、よりよいものが書けるようになりたい。
「深川福々」は結構試行錯誤してやっています。インタビューの対象者は編集会議の直前まで決まっていないことの方が多いし。いろいろ改善すべき点もあるので、また一つ一つやっていきます。
彼の言葉が響くのは、私が近くで見ていたから、、、だけではないと思っています。
(一番最後のは本当に耳が痛い!)
書かれたものは、2018年、19年と偲ぶ会を開催した際に少しまとめましたが、来年夏を目指してネット公開を始める予定です。年が明けたら少しずつ準備します。
みなさま、今年も誕生日の通知を失礼します。生誕54年となりました。
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ではまた新年に。良いお年を!
3年ぶりに東京を脱出~八木愛子さんのこと
今年もここまで目まぐるしく過ごしていました。
元気だったということですから、感謝しないといけないですね。
深川江戸資料館の再オープン記念として8月2日に『小名木川物語』の上映会を開催し、無事終えることができて、大きな責任からは解放されました。少し息抜きの時間ができたけど、コロナと暑さがひどかったのでどこにも行かないまま夏が終わり、9月は「深川福々」秋号(なんともう第70号です)の制作で過ぎていきました。配布も終わった10月半ばごろから、また息抜き中です。
で、3年ぶりに新幹線に乗り、静岡に行ってきました。
それもそら庵の縁で。
2009年と10年にそら庵で3回朗読を披露いただき、『小名木川物語』にもご出演いただいた朗読家・八木愛子さんが長年暮らした藤枝が目的地でした。
八木さんは2021年1月、突然旅立たれました。訃報の2日前に年賀状をいただき、お元気そうで良かったと思ったばかりでした。享年74。前の年の秋、藤枝に伺いたいと思ったのに、コロナが始まった年で断念してしまったことを悔やむばかりでした。
今回は娘さんにお会いして、お墓参りと供養をするのが目的でしたが、朗読を自分の道と定めて芸を極めた八木さんの素晴らしさに改めて触れ、八木さんに直にお会いしたかのような濃密な時間に。
それから藤枝の野菜と柑橘が美味しく、駿河の国の豊かさを実感。お天気も良くて、すべてが八木さんのおかげに思えました(本気で)。
朗読家として、人として、たぐいまれな人だったことを再確認してきました。
いずれ映画の公式サイトかどこかに八木さんのことをきちんとまとめます。今日はこのへんで。
こういう、さりげない風景がいいんですよね~。
過去の投稿
2010年4月20日 「4月の語りの会、ゲスト 八木愛子さん」
https://sora-an.hatenablog.com/entry/20100420/1271775659
2010年4月25日 「大川端語りの会でした」
https://sora-an.hatenablog.com/entry/20100425/1272210764
2010年11月28日 「朗読の午後と大豆の味」
https://sora-an.hatenablog.com/entry/20101128/1290962518
2021年の大晦日に(2):ゼロ地点
大晦日だから文章を書こうと思ったら、『小名木川物語』パンフレットの個人的な話をしっかりしたくなったので、こちらは簡単に。
いま人生何度目かのゼロ地点にいる気分です。長い間、正確には9年ほど携わってきた一つのことが終わったから。『小名木川物語』はこれからも機会があるごとにお披露目することになると思うし、作品としてまだまだ育ってくれることを願っているけれど、ようやく手が離れた。あの仕事が終わったら、また映画のことをやらなければ…と思うことは、もうないだろう。
今年2021年はこの作品と一体となって進む最後の年だったと今改めて思う。9月初めにオンライン上映会の実施、アフタートークの企画と事前収録、「小名木川物語」展の開催を決めてからはパンフレットの制作追い込みと同時並行となって怒涛の毎日だった。でも最初の上映から4年経ってもこんな機会があることがありがたい限りだったので何とかやれた。上映会も展示も企画してくれた黒崎亜弓さんのフレッシュなエネルギーのおかげでもあった。
自分事であるのは間違いないが、作品のことを考えたり、PRなどをやっていると、どんどん自分が二の次になり、自分がなくなっていくような、自分を守ることを忘れてしまうような気がした。映画なのでチームワークの産物なのだが、作者の一人として作品と自分が一体化して、ある意味では自分が消えた。
世の中に自分の作品と言えるものが存在していることは幸せだと思う。また映画製作にかかわっていただいた方とはすっかり長いお付き合いになっている。かけがえのない、とはこのこと。映画と直接関係のない、そら庵での数々の出来事、出会いも。
そうしたことを心の糧としてゼロ地点に立っています。
ゼロ地点、なんだか風通しがよくて心地いいです。
詳細は書きませんが夏頃は一時体調が悪くなり、不安な毎日が続いた。あの頃のことを思うと、その後の4か月走り続けてこられて本当によかった。
お心遣いいただいたみなさまに感謝です。
2021年の大晦日に(1)『小名木川物語』パンフレット&DVD
とてもホッとしています。
ようやく映画『小名木川物語』のパンフレットが出来上がりました。
このほど作品DVDも発売となり、こちらもそこに至るまで長い時間がかかったので感慨深いのですが、パンフレットは写真以外ほぼゼロからの制作で、私自身が編集を務めたので感無量です。
クラウドファンディングの返礼品でもあったので早く作りたかったのですが、その気持ちとは裏腹に構想と準備期間ばかり長引いていました。
東海亮樹が亡くなった翌年、活動を再開する際にリマスター版の制作と再上映を優先したことと、フリーペーパー「深川福々」を年に何回か編集発行していたため、時間のやり繰りが難しかったのが理由です。
そうして2018年、19年が過ぎてしまい、2020年こそと思っていたらコロナが始まって、会って打ち合わせするのが難しくなってしまう。でもここで進めるしかないと仕切り直しておおよその内容を決定。一年前から、デザイン担当で映画の重要スタッフでもあった胡舟ヒフミさん、そしてロケ地マップに一緒に取り組んでくれたイラストレーターの福田紀子さんと一つ一つ進めてきました。
とはいえ途中中断が何度かあってもたついてしまいましたが、一足先にお目見えしたDVDに続き、パンフレットも11月下旬、「小名木川物語」展を開催していた清澄白河のカフェ、Ginger.Tokyoさんの物販コーナーに並びました。
全44頁になり、パンフレットとしては十分な内容になったと思います(手元の映画パンフレットは25頁だったり、31頁だったり)。ただそれなら、もうひと頑張りして内容を増やしても良かったかも、という思いが出来上がってから湧いてきたのですが、初単独編集の仕事だったので、後でいろいろ気づくのは仕方ないのかもしれません。でも一年前に構想していたことは形にできました。内容にお褒めの言葉もいただけて、じんわりと喜びを感じています。
【内容】
●監督・大西みつぐインタビュー
●深川出身の詩人・小説家、小池昌代さんの寄稿
(映画本編で小池さんの作品を引用したシーンがあります)
●プロデューサーが語る本作
(東海亮樹と私が出演したラジオ番組の文字起こし)
●ロケ地マップ
●映画に登場した場所などのガイド
●出演者、スタッフの紹介とコメント
●シナリオ
●『小名木川物語』製作物語:私が執筆した長いあとがきです。
『小名木川物語』を良いと思っていただいた方にお読みいただけたら嬉しいです。
あくまで作品や舞台となった深川(とその周辺)についての一冊として、またプロデューサーとして内容を構成しましたが、自ずとそら庵や東海亮樹を懐かしく思い出していただける内容ともなっています。
ロケ地マップは範囲内の川と橋の名前をほぼすべて掲載し、さらに主な暗渠も掲載したという独自の地図となっています。道路よりも川と暗渠、がコンセプト(笑)。まちの歴史や記憶は『小名木川物語』のテーマの一つなので、あえて暗渠をクローズアップすることにしました。イラストレーター福田さんにかわいいイラストも描いていただき、すてきな仕上がりとなりました。
パンフレット、DVDともに以下のオンラインショップで販売を開始しました。
DVDが2,970円、パンフレットが1,430円で、DVDとパンフレットのセットが3,960円とお得になっています。2018年に発売したサウンドトラックCDも販売しています。現在は送料無料です。
また「小名木川物語」展を開催していた清澄白河のcafe Ginger.Tokyo にて2022年1月末まで設置販売しています。
更新が追い付いていませんが映画公式サイトです。