別れ

決心が鈍らぬうちに、いろいろなものに別れを告げはじめる。
パイプを、ひとつひとつ断ち切っていくような感覚。
気づく。息さえしていれば、人は生きるもの。
なんて多くの、パイプを体に突き刺してたのかしら。


そして、わかった。
別れが告げられるものは、もう一度、逢えるもの。
二度と逢えないものには、別れすら告げられない。


諸事情により、この日記はお引っ越しすることになりました。
近日中に、新しい場所ではじめます。
こんな日記でも、たまには読んでくださっていた皆様。
本当にありがとうございました。
とくに最近は、励ましのメールなどをいただいたりして、感謝しています。

できる限り新しい日記の所在をお知らせしたいと思っています。
はてなで親しくしてくださっている方や、アンテナに加えてくださっている方には、
なんらかの方法で新しいページがわかるようにアプローチします。

どうぞ、これからもよろしくお願いします。

もしかして、私の日記とは最後になってしまうかもしれない方々。
読んでいて下さっていたのに、私の勝手でこんなことになってしまい、申し訳ありません。
今まで本当にどうもありがとうございました。

かなたまで

sumikko2005-03-28

今日は兎の匂いがする。
幼い頃、祖母がくれた兎の足のお守りは、所持するのも拒むのも残酷すぎて、心に強く突き刺さった。
それは、獣の、神聖な、匂い。
ほんのりと温かく、実際の重量以上に重い。

どこに、潜んでるの、兎。
でておいで。今なら、おまえに私の足をあげる。
でも。
待って。あの地平線の向こうまで、歩いていってもいい?
わがままな、私の最後の願いを君の足で、叶えて。
そしたら、私の両足とも持っていっていいよ。
もう二度と、歩いて戻れぬように。


午後 2時丸ビルの35階から雨に煙る東京の街をみる。眼下のビルの屋上からは水蒸気がもくもくと立ちのぼり、向かい にある建設中のビルのフロアの工事の閃光は雷のよう。
ここは本当に35階なのかしら?
眼下には雲。目の前に雷。私は天空の、核シェルターから東京の街並を目に焼き付けようとする。下界でのいざこざは些事。この出来損ないの脳に、刻みつけられるだけ刻みつけて。
30分の睡眠しかないこんな日に限って打ち合わせは3本。帰社して夕暮れからの最後の会議では、窓の外の桜の枝に連なった無数の雨粒を、眺める。体と心が離れると、やけに視界が鮮明で、吐き気をもよおす。ワックスを思わせる香水と、おそらく風水の教えにしたがって選んだ赤のジャケットを羽織った部長の説教を30分聞く。どうしたらそんなに厚化粧になるのかいつか機会があれば訊いてみよう。薄暗い中庭のコイの池には雨の波紋が現れては消え、私は、私の人生があの波紋のうちの一つであることを思う。かん高い、部長の声の向こうには熱帯魚のヒーターの音。ああ、ここは病院の待合室みたい。フルーツ牛乳を、買ってもらうのよ。楽しみなのよ。


その人は、「興味ない」と世界を切り捨てる私を、無関心で不真面目と叱ったけれど、だって私は、今そこにいるその人だけが私のすべてで、見えてない部分を想像すればおそらく苦しくてつらくて死んでしまう。その人がずっと大きな世界を見ている傍らで、私は彼とそこにつながる世界しか、見えない。分からない。


愛した。間抜けなほど。


強いとか弱いとか信じるとか裏切るとか、
どうでもいいわ。そんなのしらない。


約束を求めないこと。
今だけを愛すること。
笑顔だけじゃだめなこと。


過酷な決まりは、乗り越えるにはあまりに険しい氷山で、
冷たくて痛くて、もう、無理なのよ。
ここで立ち止まっても、氷の中に閉ざされるだけ。
温暖化で、溶けだして、数十年後蘇るのは嫌なのよ。


覚悟が、できたのねようやく。


声も姿も遙かかなたにすら、見えない遠くまで、逃げればやがて、想いは消えるだろう。
まずは800キロから。
やがて海を越えて。


そろそろ、凡庸な、26歳の女が住むべき世界に還ろう。

アンダーカレント

アンダーカレント

魔法

sumikko2005-03-27

「ブリジット・ジョーンズ」鑑賞デート帰りの美少年から電話があり、ブリジットがスクリーンに映るたびに君のことを思い出した、と。わはは。うーれーしーいーーー:-)

深夜、喉が渇いて目が覚めて、水をごくごくと飲んだ。部屋の酸素が足りない気がする。ベランダに出ると月が見える。でっぷりと太った月。
電気を消したままごろりと床に寝ころぶ。ぶーんと冷蔵庫の唸る音。冷却装置が止まるとき、ぶるると震える冷蔵庫はとてもキュートだと思う。数軒先のアパートからは、深夜のバラエティー番組らしき音がする。そして、銀色の月の光の音。ざくざくと、アスファルトに、ふくらみ始めた桜のつぼみに、ベランダの手すりの金属に、当たって弾ける音がする。お腹に手を当ててみる。おそらく今日は私が卵を産んでいる日。異様に眠くなったり、夜半急に目が覚めたり、軽く鋭い痛みがその証拠。不思議なこと。月の周期と女性の周期はほぼ同じ。不思議なこと。

数ヶ月に一度、私には異様に結婚願望が芽生える。今日もものすごく結婚がしたかったので、結婚指輪とかウェディングドレスとか、結婚式の招待状の下見に行ってみた。その後新婚旅行とか結婚式場のパンフレットをどっさりもらってきた。あー。結婚したい。
しかし、よくよく考えてみると、結婚生活とか人妻という立場に憧れているのではなく、単に指輪が欲しくて、旅行がしたいだけだ。私はアクセサリー好きで、死ぬまでに一度はペアリングをしたいという野望があるのだが、生憎今までの恋人はアクセサリーをしてくれる人たちではなかった。だからもしペアリングをするならこれはもう結婚というイベントに便乗するしかないと思っている。もうひとつは、旅行好きだから。旅行する機会は少しでも多い方がいい。ということで、別に結婚しなくてもいいことが分かった。結婚願望は鎮火した。
久しぶりに美味しいワインが飲みたい。西武の地下のヤマザキに行き、ソムリエ(だと思うが資格は確認してない)のアドバイスを参考に、フランスの南西部マディラン地区の赤ワイン、シャトーラフィットテストンのラフィットテストン ヴィエイユヴィーニュを買う。私の敬愛する伯父の好んだカオールに近いと聞けば買わずにはいられない。かなり重めのコクのある赤なので、今日は肉だな。牛のフィレ肉を買い、久しぶりに料理をする。と言っても野菜を茹でて、肉を焼くだけなのだけど、瑞々しい緑が美しいアスパラやブロッコリーはパリっとして風味がよく、粗塩とオリーブオイルだけで素晴らしく美味しい。赤ワインはどっしりとして男性的。渋みのバランスもよく、なかなかのものでした。
こんなにいい女なのに、一人で食べる。こんなにいい女だから一人で食べる。
まあ、嘘をつくな。結婚なんてどうでもよくて、一緒にいたいだけでしょう?ああ、そうさ。でもあの自己中男には、こんないい女はもったいなくて、もったいなくて、本当にもう、ばか、と思いながら、満たされてるんだが満たされてないんだか、よく分からない心で、食器を洗ってお風呂に入って、ああ、まだ 9時なのね。でもいいわ。今日はいつもより2時間早く10時に魔法が解けるかもしれないし、仮にいつも通り 0時だったとしても、たまには解けた魔法に愕然とするまえに眠るもよし。おやすみなさいませ。

餞別

sumikko2005-03-26

ここのことろ結構仲良くしている、腰までのゆるいウェーブの小柄な彼女は、男のだめな部分をいつも一身に背負ってしまうという、不幸な人生を送っている。この一年間で私が「まあ友達としておもしろいかなと思って」紹介した、面白いけどセックスアピールの破片すらないいわゆるもてない男たちと、あれよあれよと寝てしまっては、捨てられて来た。まず私は、「あの奥手の恋愛下手そうな真面目そうな(いけてない)」男がすさまじい勢いで彼女をデートに誘いその日にラブホまで至った情熱が驚きだし、その次に、すごい勢いで彼女を落としたにもかかわらず、彼女が将来について話し始めると、途端に逃げ出して消えてしまったことが驚きだった。「あんなにいい人そうに見えたのにね」。結局、やれればそれで良かったってことね。不細工でモテなさそうだからと言って優しく誠実だとは限らない。結構それにだまされる女は多い。だからハンサムでお洒落でかっこいいからといって軽薄だとは限らない。容姿の善し悪しは誠実さや優しさとは関係ない。だから。私は、容姿の良い男の子が好きなんです。みかけが良ければ自分がラク。「彼ってかっこいいのに優しいの」「彼って誠実さにかけるけど、あんなにかっこいから仕方ないよね」。ほらね。て話しがずれたけど、もちろん、彼女にも問題があって、なんとなく大人しそうで年のわりに幼く見える。すごく弱そうに見える。「あなたのみっともない部分も私の弱い部分も全て受け入れあいたいの」。堕ちていく恋愛っていう表現が、ぴったりな気がする。自信喪失気味の男には彼女は女神に見えるだろう。普段はなかなか相手にされないタイプの男だしさ。そりゃもう夢中になって引っ張り込んで、やり遂げた途端自信をもつ。オレってもしかしたらそう悪くないんじゃん?なんて高慢。もてない男典型。そもそも人としては、映画や音楽や文学などに造詣が深く、おもしろい男。女なんてやっぱ面倒だなって気がついて、あっさり捨てる。だけど「友人を傷つけた」と私に責められるのを畏れているらしく、私の顔色を窺う。言い訳をしようとする。もてない男の話なんか、私には興味ないよ。勝手にして。問題なのは、その度に半狂乱になる彼女。深夜に鳴り出す私の携帯。憔悴の訴え。そして今日は、またまた私が紹介した 3人目の男とデートをしている。「ホテルに行かないように 11時半に電話して」。・・・もてない女の話にも、興味はないよ。でも、友情ってやつが・・・。


今日は12時30分に、かつての大会社の同僚の転職のお祝いをしようと新宿で待ち合わせていたのだが、目覚めたのが12時15分だった。慌ててシャワーを浴びて家を飛び出す。頭が割れるように痛い。目が腫れている。体にはセックスの後の倦怠感のようなものが残っているが、まて、昨日は絶対にやってない。朝6時まで飲んではいたが、そのまま静かに帰宅して倒れて眠り込んだのだ。そうか。アルコールを飲まないセックスなんて、もはや思い出せない。たいてい、かなりの量を夜更けまで、もしくは夜明けまで飲んでからだったので、私は、朝までハイテンションで飲み続けた身体的精神的疲労をセックスの後の倦怠感と誤解していたのかもしれない。なるほどー。もしかしたらセックスを避ける理由が一つ減ったかもしれないわ。でもわかんないよね。今度飲まずにやってみて、この倦怠感がなければ証明されるわけだ。でも、もはや飲まずにセックスすることはないだろうなー、この先一生。
昨日は合コンで、久しぶりに朝まで飲んだ。結構楽しい飲み会でかなり上機嫌だったのだけど、私はうっかり「恐竜好き」だと言ってしまい、確かに子供の頃恐竜が好きでいろいろと本を読んだり紙粘土で恐竜をつくってペイントしたりしていたのだが、別に今とくに恐竜が好きなワケじゃない。しかし昔取った杵柄ってやつで、プテラノドンとかトリケラトプスとかイクチオサウルスとか、何年も口にしていない単語がぺらぺら口から出てくる。折しも夕方電車の中で「大恐竜展」ポスターを見ており、絶対行きたいと強く主張してしまった。私は、あの恐竜好きの女ね、と彼らには記憶されてしまうわけ。く。不本意だわ。
人間やればできるもので、 13時 10分に新宿に着く。場所は?「南口のホテルの 19階にある日本料理店」。今日は晴れ。新宿は人混み。駆け足の私はホットペッパーを配るとうがらしの着ぐるみとぶつかり、よろめき足に痣をつくる。アスピリンのおかげで頭痛は消えたが体は重い。目の奥も痛い。エレベーターに乗り込むと一気に霞む新宿が広く大きく下に広がっていく。体に重力がかかり、私は大きな鳥に背中をつかまれ上空に連れ去られていくのじゃないかと思う。待ち合わせの日本料理店からは、東京が一望できて、それはそれは良い気分だった。しかし。特選花かご弁当4200円。 fuck。金持ち OLめ。皆同期で同い年だが、大企業の総合職で私の年収より200万は高い上、一人は親に買ってもらったマンションに住む独身、もう一人はダブルインカムの主婦。ノスタルジーな赤のニットに黒パンツ、ベージュのパンプスに白のスプリングコートなんか羽織っちゃって、化粧っ気もアクセサリーっ気もないが、鞄と財布は免税店で買ったヴィトン。4200円のランチが私にとってどれほど衝撃的かはわかるまい。まーしかし、お祝いだお祝い。考えてみれば、恋人と 4200円のランチを食べることはあり得ないし、 なにより私は彼女たちが大好きで、最初の会社で 3ヶ月間しか一緒に働かなかったけど、彼女らに出会えた。私はあの会社に入って良かったと思う。
見た目には美しいが、特に美味しくも不味くもない4200円の懐石ランチを食べて別れる。私はデパートのアクセサリー売り場をふらふらとする。今日はやけに幸せそうにアクセサリーを選ぶカップルが多い。死ぬまでに一度はペアリングといふものをやってみたいのだが、残念ながらその願いは叶いそうにない。こんな晴れた午後、ちょっと一緒にお買い物にでかけたり、公園にでかけたり、というのは、ものすごく容易に見えるが、私にとってはとても難しかった。ここにいる多くのカップルは、どのぐらいの努力を重ねてショッピングに来てるのかしら。その幸福をどれほど噛みしめてるのかしら。どこにいってもやたらカップルが多く、ばんばんぶつかってしまうので、ジュンク堂に寄ってさっさと帰ることにする。帰り道、ちょっと丘を歩いたら、淡い夕焼けに梅が本当に美しかった。丘を越えたところに住む人は、このところ生きてるか知らない。別の女の子と遊んでるんだが、眠っているんだか、考え事でもしてるんだか。
疲労が体に急に来る。想いが溢れないうちに、帰って眠ろう。この倦怠感が消えるまで。ずっとずっと眠ろう。

仕掛け

女の子同士でセックスの話をするのは楽しい。私が一番気になるのは、まさにそのとき他の恋人たちがどんな会話をしているかということで、私自身は、あんまりべらべら喋られたくない派です。もちろん、一言耳元で囁かれたりするにはすごく刺激的だし、ちょっとした希望を告げられたりするのはいいけれど、あーしたいだのこーしたいだのどーだいだのひっきりなしに言われると、あー、うるさい、ちょっと黙れ、と思う。何度も言っているように私は全日本ロマンチスト選手権代表を目指す超ロマンチストなので、雨の音とか、新聞配達のバイクの音とか、その人の心臓の音とか、そういうことが非常に重要なんです。それに浸らせて欲しい。ただ、それも好みの問題で、私の友人 Aは乗りつっこみの練習をさせられたときすごくもえたらしいし、 Sはむしろ自分からどうなのどうなの?と訊いてしまうらしいし、 Tにいたっては明日の夕ご飯のメニューについて話し合うらしい。それで、みりんが足りないな、などと思って明日忘れずに買おう、と思うらしい。それからはずっと、みりんみりんと思いながらやるらしい。みりん。みりんか。本当に、人それぞれですねー。


このところ物欲を押さえつけていた。もう笑えないほど貧乏だった。それは今でも全く変わりないのだけど、このところあまりにも不景気で、恋も仕事も、髪型さえうまくいかない。笑う門には福来たる、というがその反対も絶対ある。このままじゃあうまくいくものもいかないわ。しかも午前中は、デブでマザコン童貞無能で不能の上司のセクハラに曝された(いやだわいくらでも悪態がつけちゃう)。耐えきれなくなって会社を飛び出し(取材にでかけ)銀座三越をふらりと訪ねた。ああ!!
正面入り口に設営されたランコムの特設スペース。明日発売予定のジューシーシェリーの先行発売をやっている。そこだけが明るく輝いているように見える。この数ヶ月、無理矢理押さえつけていたランコムへの愛情が一気に開花した。カウンターで新しいルージュを手に取る。店員さんがやってくる。カウンターに導かれる。あの、世界で一番幸せな空間。ずらりと並ぶ春の新色から、明るいピンクに大粒のラメが鏤められた日本限定色388番を選ぶ。筆にたっぷりとって、唇に重ねてもらう。この春めいた、幸せ色のリップに合わせてアイシャドウもつけてもらう。ローズからピンクまでが4色セットになったキャトルオンブル300。ああ。かわいいわ!なんてキュートな色。ローズ系のアイシャドウはすでに腐るほど持っているけれど、やっぱり去年のものじゃだめ。洋服や髪型に流行があるようにコスメにももちろん流行があって、毎年少しずつ色味が違う。古い色にすがっていると確実に時代遅れの顔になる。パール多めの淡いチークをブラシで大きく入れる。ランコム会心のマスカラ「イプノーズ」の新製品、ウォータープルーフを試す。すばらしくなめらかで、睫一本一本がすらりと伸びていく。
カウンターに座る前と後とでは、人生が違う。どんなに不機嫌でも、哀しくても、私はランコムで新しい化粧品を手に入れれば、少なくともその日一日は輝く。福沢諭吉の一人や二人がなんだ。私は、この世界にランコムがあって良かったと思う。感謝する。ロレアルサンキュー。
たぶん最も素直な感情が表せる所だから好きなのだ。本当にこんなもので美しくなれるとは思っていない。新色をはりきってつけてみても「昆虫みたい」と恋人に言われるばかり。でも、美しくありたいという願いが、なんの後ろめたさもなく素直に言える場所。受け入れられる場所。セックスの最中にべらべら喋られるのはいやだけど、その後のお喋りは好き。愛を告げたり、ずっと一緒にいようとか、いい加減だけどその場では唯一の本心を語ったり、自由に振る舞える唯一の時間。何の後ろめたさも嘘もない。ランコムのカウンターの幸福は、それにちょっと似てる。

あー。なるほど。そっか。つまりは、言いたいだけなのか私は。
愛してる。
美人になりたい。
だったら、言えばいいのにね。素直に。
本当に、 26歳の女が素直になるには、いろいろな仕掛けが必要なのね。大切な福沢諭吉を手放したり、寡黙なセックスを望んだり、そんなめんどくさいことしなくても、いいのに。全く。
さて。ネイルを塗り直して、寝ることにします。おやすみなさいませ。

カフカ短篇集 (岩波文庫)

カフカ短篇集 (岩波文庫)

軽さ

成瀬巳喜男の「放浪記」を観た。良かった。女性の表情が実に多様。一人の女がもついろいろな側面が描かれていて、すごい、と思った。女のだめさ加減がとてもいい。たぶん女があれを描いたら、赤裸々になりすぎてちょっと白けてしまうんだろう。来週は「山の音」。これも絶対みにいくぞー。なんてったって原節子がでるからさ。


ダイエットをしよう、と思って忘れていた。今日、ヒルズのヴィヴィアン・タムの前を通りかかって、憧れていたデニムを見て、あっと思い出した。はてなで下半身出しをするとか言いながら、全然だめ。あー。ダイエットダイエット。でも私、空気を食べても太っちゃう体質なんだよね。超低燃費。エコライフ。未来型。あー。燃費の悪い体になりたい。


先日の修羅場以来、疎遠になっていた美少年が不機嫌にやってきた。夕方の駅前の人混みの中でも彼は目立って美しく、私は今でも、この人が本当に私を待っている人なのかしらと疑いながら、近づく。やがて彼は私を認識し片手をあげる。私はこの現実に、感動する。雑多な居酒屋で焼き鳥とビール。美少年の不機嫌は続く。二人で黙々とビールを飲む。カシラ、軟骨、紫蘇ささみ。ボンジリ、レバー、手羽先梅和え。食べた部位で鶏が一羽組み立てられないかしら。ぼんやり新種の鳥を描いていたら、ずっと黙り込んでいた美少年がようやく口を開く。
人を愛したことがある?
私は、思わず吹き出して、彼をさらに不機嫌に追いやる。さすがに私も大人げないと思い、無邪気に彼の機嫌をとってみる。ようやく、いつもの彼が戻ってくる。だけど珍しく何かに傷ついた風情は魅惑的で、私はそれが消えてしまうのは、少し惜しいと思う。
私は未だに週末の夢(もしくは悪夢)から醒めなくて、体のどこかが痛いと思って過ごしている。現実に、肉体に刻みつけられた痛みすらなければ、どこで痛みを感じていいかもわからぬままに、なにかが痛いと思って過ごしてしまう。いつものように痣を見つめられたらラクなのに、と思って、いかんこれじゃあマジでMだわ!と髪を掻き乱し頭を振る。ふと、私を見つめる彼の視線に気づく。こういう空気は知っている。どこかで歯車が狂っていく。違う二人になる。ああ、もう。どうしよう。ビールでもぶっかけてみようか。
「そりゃあ、あるさ」。答えて、いきなり自信が揺らぐ。
人を愛したことがあるかしら。
店をでる。駅まで歩く。外は霧雨。寒くはないけど、息が白い。
昨日もいたわ、この駅に、ほぼ同じ時間に、夢中で。まだ24時間前のことなのに。
電車に乗る。電車を乗り継ぐ。もうすぐ別れる駅が来る。相変わらずのきれいな瞳で美少年は、自分のことが好きか、と訊ねる。かつて愛した男に習って、なにより目の前のこの人を真似て、私も嘘、偽りはやめてみる。
好きだよ。
言った途端に涙が溢れる。嫌悪。
誰に対して?先日、君を愛する女の子を、いともあっさり傷つけた、君に対する嫌悪はそのまま自分へ向かう。報復じゃないよ、分かってる。それが君の愛し方。だから、私は私自身がラクになるために、君と同じラインに愛を持っていった。でも。
嫌だ。
それは私の愛し方じゃない。
この涙の意味は不明だろう。でも、涙の意味はいつだって誰だって不明なんだろう。
そして、この美少年もまた、永遠に彼の望む形の愛は手に入らないのかもしれない、と思う。
「存在の耐えられない軽さ」という本があったね。映画にもなってた。まあ本と映画は別物だと思った方がいいけど。いや、その本や映画の内容とは全く関係なく、ふとその字面だけが頭の中をくるくる廻った。


できるだけ、軽くなりたい、と思う。でも体質はあるのだ。無理して軽くなっても、絶対リバウンドしてしまう。そう私は、食べても食べても食べても太らない君たちとは違うのよ。むしろ食べたものどころか、食べてないものまでどんどん身につけてしまうような。

だけど、やっぱりあなたは言うのかしらね。
抱きしめがいがあるから、君はいいね、と。

愛着

去年の春、私は、すべてが、わからなくなって耐えきれなくなって、8日間、消えることにした。
消えていた8日間は夢。でもその夢の中の夢ですら私は、その人のことを想った。
目覚めていても、夢見ていても、なにも変わらなかった。
結局8日間の不在は、その人には全く何の影響ももたらしてはなくて、それは、失望したけど、安堵もした。
それだけ、自由に愛せると思った。
告げることは無意味だと、思った。


愛している、と言う。
愛している、と言わない。
どちらにせよ、そこには二人がいて、交わす言葉と体はあるのだ。だから、そこに大差はないような気がした。愛しているという言葉の向こうにあるものも、お互いに全く異なるのだから。


だけど。


この週末は、感情がフィヨルドだった。それが、本当に奥深くまで抉られたとき、あまりにも海水が冷たくて、久しぶりに友人に、この瀕死の私の心の内の、言葉をぽつりぽつりと絞り出してみると、いつもは一捻りある返答が爽快なその人の口から「でもそれほどまでに人を深く愛せるなんてすばらしいことじゃん」とごくありきたりな言葉がでてきて、驚いたことに私は、ドトールでばらばらと泣いた。26歳にもなって。初めての恋でもないのに。まるで少女のように。このあまりの絆のはかなさが、とにかく哀しかった。異様に透明な涙だと思った。でも、そうね。すばらしいこと。


3日間の連休は最後の夜だけが重要で、ここのところ体調が優れなかったので、最初の二日は体力を温存することにつとめた。前日は「明日会わないよ」というメールが来た場合に備えて、あらかじめ返答を用意した。幸いにもそれは無駄な準備だった。たぶん、次に私と付き合った人はものすごく得だと思う。デートの約束がきちんとできれば、私はその人のことをすばらしい人間だと思う。約束の時間ぴったりに来たら、驚いてお礼を言って、よくわからないけど謝りさえすると思う。
訪れたレストランは、くつろいだ雰囲気のおしゃれで美味しい店で、これは東京特有のものだと思う。他のどこにもあり得ない。私は、とても東京らしい人と東京らしい場所で、東京らしい時間を過ごす。これ以外のものなんて私の人生にはない。そして、わかってもいる。ここがゴール。これ以上のものも、ない。
だから、再び逃げ出したくなる。
今度はどこへ?
どこでもいい。正しい場所へ。凡庸な、ただのひとりの女が住むべき場所へ。
それでも、ぐずぐずしているのは、逃げ切れないとわかっているから。800キロ離れようと、海をいくつ隔てようと、私は絶対に逃げ切れない。だから、駄々をこねて、見え透いた幼いデモンストレーションを繰り返す。


お願い。逃して。


深夜、切望していた梅を見た。路地で、肩におでこをつけた。私は振り切って駆け出す。危うく車に轢かれそうになる。轢かれれば良かったのに。丘をひとりで上る。そして、思う。その人に纏わるすべての記憶を消す薬があれば、私はその薬を飲むだろう。好きになるより嫌いになるほうが、ずっとずっと難しい。



セックスの後の絶望よりもずっと深い、悲しみをたたえて霧雨の朝のホームで電車を待つ。そして、いきなり、その悲しみの原因がわかった。
その人は、私が出会ったときにはすでに逃げ出してしまった後だったのだ。
そして、どうやらうまく、逃げおおせたらしい。
もう、戻ってくる気はないらしい。
遠く、遠くにいるのね。だから、私の言葉も涙も、届かない。情熱も。


体温も?


流れ込んできた電車の窓ガラスに映る、ふわふわのニットを着た私は、部屋の隅に転がるぬいぐるみを思い出させた。6歳のときに買ってもらったクマのぬいぐるみ。10歳のとき、初めての上京にはそれを連れてきた。大学進学で上京するときも連れてきた。今でも、私のアパートに佇んでいる。
すがるのは、愛着だけ。
今すぐアパートに帰って、抱きしめたくなる。いつまでも一緒にいて、て。