大丁の小噺

大丁です。読み方はタイテイが標準です。※大丁は、株式会社トミーウォーカーのPBWでマスター業務を行っています。ここで関連する告知を行うことはありますが、マスター契約時の規約により、ゲームに関するお問い合わせは受け付けられません。ご了承ください。

全文公開『漂着改竄者の着任』

漂着改竄者の着任(作者 大丁)

 マストの根元に設けられた足場から、フクロウのジェネラル級・亜人ディアドコイ)は、自分の船団を眺めた。
 座上する旗艦を含め、10数隻の古代ギリシャ風帆船の集まりだ。現在、このイオニア海において、船団を中心とした哨戒警備を行っている。
「ローマの『起源王ロームルス』が敗北して逃げ延びて来たらしい」
 黄色の眼を前に向けたまま、クチバシがパクパクと動いた。
 数人いる側近は頭を下げる。
「はっ、そのようで……」
「いずれは、奪われたイタリア南部を奪還する事になるだろうが、今は、その時では無い」
 ジェネラル級――『白のクレイトス』は静かに言葉を続ける。
「我らの任務は、イオニア海を敵に越えさせない事だ。デメトリオス坊ちゃんを戦死させたディアボロスは、次は、アンティゴノス様の領地を狙うやもしれないのだからな」

 新宿駅グランドターミナルでは、時先案内人による情勢の説明がなされていた。
 担当するのは、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)。
「敵の重要拠点『バーリ』を解放した事で、南イタリアから蹂躙戦記イスカンダルの軍勢を一掃する事ができました。これにより、南イタリアから海路で、蹂躙戦記イスカンダルの本国であるマケドニアや、ギリシャ方面へ向かう事も可能になったようですわ」
 いつものように伝達は、発車準備のできたパラドクストレインの車内で。
 ぬいぐるみ型の人形たちが、南イタリアからギリシャまでを含んだ地図を掲出している。
ギリシャがわの地域は『単眼王・アンティゴノス』が領地とし、複数のジェネラル級を従えて治めています。セレウコス領よりも面積は狭いのですけれど、その分、ジェネラル級が集中しているので油断はできません」
 続けて、依頼内容が伝えられる。
「攻略旅団の作戦により、ロームルスを追い、バーリから海路でアンティゴノス領の『オリンピア』に向かっていただくこととなりました。イタリアとアンティゴノス領の間にある『イオニア海』には、敵の海上戦力が警戒網を敷いているので、まずは、この海上の敵と戦う必要がございます」
 敵の本国となるので、簡単には上陸できないらしい。
 ただ、ゴルディオンから西に向かうルートに比べれば、時間もかからないはずだ。

「イタリア沖までは当列車で向かえますわ。敵の警戒区域に入った後は、自力で移動する必要があります。敵の哨戒部隊と接触後にこれを撃破し、今回のところは撤退してください。敵の戦力を低下させていき、後々決戦を挑んだり、アンティゴノス領へ入ったりできるようになります。その後の作戦方針については、攻略旅団でも提案してくださいませ」
 説明が続くあいだに、ぬいぐるみたちは二枚の画像を掲出した。
 どちらも、半裸の男性だ。ボディビルダーのように、筋肉を誇示したポーズをとっている。
「頭部がウーパールーパーのほうが、トループス級エンネアド『ウーパー戦士』で、サングラスのほうがアヴァタール級大天使『神の腕』ゼルエルです。獣神王朝やエゼキエル戦争から、蹂躙戦記へと漂着したクロノヴェーダですわ。キプロス島での訓練を終え、イオニア海の哨戒警備に着任したと思われます」
 ファビエヌによれば、彼らの任務遂行方法は海面すれすれの飛行だ。
 今回の攻略旅団作戦は、敵哨戒の突破よりも接触位置の情報収集が重視される。集めたデータは新宿島の専門家が解析し、海上の敵の拠点や、潜入に適したルートなどについて割り出す手筈になっている。
「皆様は、むしろ敵から発見されるように動いてくださいませ。自力で移動と申し上げましたが、『水中適応』などで潜水していくよりも、『水面走行』で走っていかれたほうが、戦闘も含めてよろしいかと」
 水かきのマネをするぬいぐるみの上を、もう一体が走る動作をしてみせた。

 資料を車内に残し、案内人は降車する。
「敵との会話で重要な情報は得られないかもしれませんが、旅団提案の作戦なのでアヴァタール級の言葉にはそれなりの真実が含まれるはずですわ。この大天使は、同型がキプロス島で教官をしていたことが判っています。よろしければ、イイコトにつかってください」
 見送りがてら、ファビエヌはそう付け加えた。

 腰巻の意匠にエジプトの名残りはあるが、亜人の命令に従う違和感は完全になくなったようだ。
 ウーパー戦士たちは、きっちりとした編隊を組み、ピンとはった尻尾と、背中の器官をたくみにあやつって、海面を低空飛行していた。
「進路に異常なし!」
「フンヌッ!」
「視界良好、異常物は発見されず!」
「フンヌッ!」
「さぁ、肯定の半分まできたぞ、もう一セットだ、ファイッ!」
「フンフンフンヌッ!」
 報告やリーダー格の掛け声に、皆が筋肉で応えている。
「俺たちは恵まれてるな。話のわかる教官だったし、上官として同じ部隊に配属してもらえたしな」
 暑苦しい調子でしゃべるエンネアドたちだが、顔はかわいいウーパールーパーのままだった。

「イタリア沖で海水浴なんてめっちゃ映えるじゃん♪」
 イーラ・モンコ(デイドリーム・ビリーバー・g09763)は、明るいオレンジ色のビキニを着て、トレインの戸口に立った。どこかにカメラマンでもいるかのようにポーズをとったりしている。
 風に髪をなびかせたまでは良かったが、すぐに背中を丸めておへそのあたりを手でおおった。
「……今が夏なら良かったんだがな。まだ4月だぜ」
 グラビア撮影の妄想から、我に返って寒そうにしている。
「でもま、身体は丈夫な方だ。腹ごしらえだってしたし」
 特級厨師らしく、車内でナポリタンを手際よく調理した。
「それにこういうの面白そうじゃん♪ やってやるよ!」
 覚悟を決めて、海面へと飛び込む。
 用意したエフェクトは、『完全視界』だ。水中活動専用ではないが、泳いだり潜ったりしながらの観察や警戒には、役立つだろう。移動そのものは、イーラ自身のスタミナとスピードを頼りにした、豪快なクロールである。
「でかい魚に見えるかもな~♪」
 さっきはモデル気取りだったのに、である。
 人間からすれば、アドリア海の遠泳はなかなかに途方もない。そこはディアボロスの身体能力だ。
「大天使ゼルエルも、敵ながら鍛え抜かれたいい身体してたな」
 しばらくクロールを続けたところでふと、時先案内人の説明と提示された画像が頭に蘇ってきた。
「あたしの技がどこまで通用するか戦ってみたくなるね。任務上、敵と接触してしまって構わないんだったな。発見されやすいよう、もっと派手な泳ぎにして、目立ってみるか」
 オレンジビキニのトップスを、水面から露わにする。
 両手で同時に水をかく、バタフライに切り替えた。

 先行した特級厨師は残留効果を借りず、身一つで泳ぎきるつもりだ。
 さすがに速度が落ちている。後からきた、竜の尻尾を持つ者が追いつきつつあった。
「イーラさん! その泳ぎでは消耗が激しいのではないか」
 泳ぎながら話しかけるドラゴニアン、ドラウ・スオーロ(攻防一体・g07947)だ。
「あーこれぇ? バタフライだよ、敵に見つかるのも任務だから、わざとなんだぜ」
「ばたふらい……? ふむ……どうするのが最善か……」
 気真面目そうな顔を波間に見え隠れさせていたが意を決し、畳んでいた翼を海面より上へ持ち上げた。
「ふらい、fly……『飛翔』だ」
 ドラウの身体全体も海面上に出て、速度も増した。
「哨戒部隊のトループス級は、低空飛行でこの海にいるらしい。ならば、私たちも低く飛べば……」
「優しいねぇ。ふふっ、私も使わせてもらおう」
 素直に提案を受けるイーラ。
 オレンジビキニのボトムスが浮かんでくると、彼女はやっぱり楽ちんだとドラウに謝意を伝えてくる。
「私で助けになったのなら良かった。こちらこそ、食事をすすめてくれた礼がしたかったのだ、特級厨師殿」
「絶品ナポリタンスパゲッティか。車窓から海を眺めながらみんなで食べられて楽しかったぜ」
 イーラは空中でもバタフライの動きをした。
 その成果があったのか、しばらく飛ぶと敵影と遭遇できることとなる。人型の集団が飛行しながら、ディアボロスたちのほうへと近づいてきたのだ。
 水かきの真似を取り止め、イーラはダイバーウォッチを見た。敵との接触時間をはかっているのだろう。小型防水ビデオカメラも回しはじめる。
「ドーガ(動画)は任せよう。私は可能な範囲でシャシン(写真)を撮っておく」
 こうした記録が、解析の材料になるのだ。
「事件終了後に新宿島の専門家に渡そう……私では分からないだろうから」
 ドラウは戦闘準備が必要な間合いまで、記録を続けた。

 トループス級エンネアドの姿がはっきりしてくると、海面スレスレを飛ぶ筋肉質な集団だとわかる。
「フンヌッ!」
 元は、魚の女神ハトメヒトの加護を受けた、屈強かつ従順な戦士だったと聞く。いまは、『亜人ディアドコイ)』の命令で動くよう、再教育されたのだろうか。
接触位置の情報収集は完了しております。次は、アヴァタール級からお話を聞くところでございますが……」
 エルマ・カナリー(不沈艦・g09987)が、淡々とした口調で任務の確認をする。
 クロノヴェーダの非道な行いを目の当たりにしたならば、この自称『令和最新版最強ロボメイド』も暴れ出すところだ。哨戒任務でうろつくだけの相手では、まだクールな態度を崩さない。
「うん。『神の腕』ゼルエルを呼び出すためにも、ウーパー戦士のみなさんとは、やり合う必要があるかもね」
 高遠・葉月(猫・g04390)は、拳をグッと握った。
 頭の上に乗っかっていたスフィンクスの『しゃけ』が、毛についた海水を払おうと、プルプルと首を振っている。高度が低いと飛沫をかぶる。
 結局、ディアボロスたちは攻撃を仕掛けることにした。
「炎の準備は完了しております。灼かれる用意は出来ておりますか?」
 エルマが砲撃を行う。
 特殊炸薬を内包した高威力の徹甲榴弾が、敵哨戒部隊の一体に命中した。
 強力な衝撃波を伴う弾殻の飛散と特殊炸薬の燃焼によって生じる高温で、命中した目標を中心に筋肉集団を炎で包み込む。
 編隊飛行からさらに数体が脱落し、黒焦げになって海面下へと沈むところが見えた。
「フンヌッ!」
 しかし、一部で火力が弱まる。直撃以外のトループス級が、鍛え上げた肉体をたよりに、ダメージ範囲から無理矢理抜け出るつもりらしい。
「やりますね。葉月様、活躍はお譲りいたします」
 炎の壁にあいた穴から、ウーパールーパーの可愛い顔がのぞいたところへ、デーモンイーターが急接近していた。
 振り落とされないよう、『しゃけ』は主人の頭にしがみついている。
「『knock face down(張り倒すわよ)』!」
 葉月の構えに一瞬、騎士型デーモンの姿が重なった。
 宿った膂力で力一杯に殴りつける。
 カウンター気味にきまり、拳はピンク色の顔へと深くめり込む。
「フンフンフンヌッ!」
「このっ!」
 最初の一体は、衝撃に吹き飛ばされていったが、後続のウーパー戦士は、葉月と近接格闘戦を繰り広げる。
 『ウーパーアーツ』は見た目通り、鍛え上げた肉体から繰り出される技だった。

「あたしだってなァ、格闘攻撃だったらよく鍛えてるんだぜ!」
 イーラ・モンコ(デイドリーム・ビリーバー・g09763)が、舞うような身のこなしで加勢に入ってきた。飛んでいるから、まさに宙を舞う、といったところ。
 数体のトループス級を蹴散らした。
 あるいは、ワイヤーで吊られたカンフーアクションか。
「あ、パスタの人よね?」
「そうそう、おいしゅうございました」
「なぁに、哨戒部隊から先手をとってくれて助かったぜ。ヤツラを写した記録媒体は大事にしまってある。特級厨師もいいが、こっからは破軍拳士ならではの動きを見せていくからな!」
 合流したディアボロスたちは気合十分。
 ウーパー戦士たちの猛攻に、真正面から向かっていく。イーラには、敵の顔のかわいらしさは影響しないようだ。
 むしろ、かえって憎さ倍増の可能性もある。
 味方にはお礼を言う等、ニコニコしながらの登場だったのに、ウーパー顔を殴るたび、イーラの表情は険しくなっているのだ。それにつれて、拳にのるパワーも上がっていく。
 トループス級のリーダー格は、同族が薙ぎ払われるありさまに、おののいた。
「あんなに鍛えたのに、俺たちの技が通じないのか?!」
 ディアボロスの独創的で、型にはまらない格闘術は、大天使からの訓練では教わっていない。攻撃が防御を兼ねているようだし、高速移動する動作の中で致命傷だけは僅かにずらされ、『ウーパーアーツ』を受けきられている。
「テメーらなんか、どーってことねえわ、コンチクショウっ!」
 いまや、ブチギレした鬼みたいな形相だ。
 元『獣神王朝』の戦士たちが、あらかた撃破された。
「そーいえばむかし、こんな顔を見た気がする。男神ひとりをめぐって女神ふたりが……」
 自分に向かって飛んでくる拳士にリーダー格は、滅んだディヴィジョンの神話を思い返していた。ほんのわずかな時間だったが。
「アヴァタール級はまだ来てねぇけど残ってるのはオメーだけ。あたしに殴らせろっ!」
 三角関係の修羅場で逆上した、恐ろしき恋人のごとく。
 イーラの絶好調は、ダメージアップが乗っていたから。怒りが増幅されて、上昇ぶんが三倍になっていた。
「『サカナギ』ぃ、オラぁっ!」
「きょ、教官どのォ!」
 蹂躙戦記に漂着したエンネアド。
 亜人として生きた時間も短かった。
「どんなもんだい! うまいメシを料理するのも、クロノヴェーダを料理するのも、あたしにお任せってね♪」
 振り返ったイーラは、ガッツポーズで仲間に微笑む。
 白い翼の筋肉男が姿を現したのは、それから少したってからだ。

 ロッカ・スターアニス(スノウホワイト・g09145)がバタバタと羽ばたいた。
「来ました! ものすごい怒ってます!」
 敵指揮官を見つけたらしい。デーモンの翼でぴゅーんと飛んでいくので、仲間のディアボロスたちは彼女に続いて突撃態勢をとる。
「ねぇねぇ、みんな! サングラスの人、後ろから来るですよ!?」
 露木・ささら(流血の狩人・g02257)が、引き留める。
 鬼人の鬼狩人が指差す方向にこそ、アヴァタール級大天使の低空飛行があった。『神の腕』ゼルエルで間違いないだろう。
「ボクはふつーの狩人なのです。だから、捜索活動はふつーに得意なのです」
 姫カットの8歳男児は、えっへんと胸を張る。
 では、ロッカが何かを見間違えたのか。皆が視線を送ると、ちょっと離れた位置でデーモンのスノウメイジは振り返った。
「私は! 敵が向かって来たら、背中を見せてでも距離をとりたいんです!」
 意外な返答だったので、普段は閉じこもりがちなイフ・ノクテ(Myosotis serenade・g05255)までが、驚きの声をあげた。
「『飛翔』のレベルアップで加速までしていたのにですか?!」
 天使の吟遊詩人は、真っ黒なスフィンクス『お父様』を抱く力を強めた。ロッカは気にした風もなく、堂々と言い放つ。
「それが、敵の嫌がらせになるのでしたら! ほら、もっと怒って迫ってきます。皆様こそ、アヴァタール級になにか用事があったのでは?」
 なるほど、配下を殲滅した上でわざと逃げ出すのも挑発にはなる。
 感情を操るような、思慮深い行動かもしれない。
「ボクとはやり方が違うだけでしたか。用事って情報収集です? ボクは別に。戦闘なら任せてほしいのですよ!」
 ささらが、仲間と敵影を見比べている。イフはおずおずと答えた。
「わたしも……交渉や説得は少々苦手で……」
「さっきも言ったけど、私は嫌がらせがしたいだけです」
 結局、手をあげる者はいなかったので、この場で敵哨戒部隊の指揮官撃破に集中することとした。
「ふふ、お父様。楽しい舞台にしましょう」
 イフの表情が明るいものへと一変し、スフィンクスとともにさらに高く舞い上がった。天使の翼を羽ばたかせ、回転する無数の輪が出現する。吟遊詩人らしく歌いながら、『リングスラッシャー』をリズミカルに放った。
 ヒョウ柄のパンツ一丁の神は、むき出しの肌を切り裂かれ、細かな傷を幾つも負う。
「むむ?! 逃げ出したかと思えば不意打ちとは。鍛え上げられた筋肉に不可能は無い!」
 『神の大腿四頭筋』、ゼルエルは空中で半回転すると、揃えた両足を前にして飛んでくる。フライングドロップキックで、リングスラッシャーを弾き返し、イフへと迫った。
「狩技……『天彗箒星(テンスイホウキボシ)』」
 ささらが蹴り技を合わせて、ゼルエルの両足キックをインターセプトする。
「ぐ、うわわぁ」
 大天使は態勢を崩して落下した。鬼狩人の技は、天彗脚で発生させた運動エネルギーを余すことなく蹴撃へと変える。
 軌跡には、霧状になった血を含む衝撃波が発生していた。
 ささらに蹴り返されて海まで落ち、背中から水しぶきをあげるかと思いきや。
「『神の広背筋』だ。おお、我が鋼の背筋に支えられた翼の羽ばたきの何と力強い事か!」
 サングラスごしにも、自分に酔っているとわかる。
 上機嫌で加速し、ディアボロスたちに飛翔攻撃を仕掛けてきた。
「さっきより速いのです?! まぁ、どーにかなるですよ」
 狩人は、自分から敵の急襲にぶつかっていく。そして、仲間の技に賭けた。
 敵指揮官をそのスピードで引き離した、デーモンの翼に。
「どちらかと言えば、パワー。それもチクチクと攻撃を続けることの繰り返し、ですけどね!」
 ロッカが期待どおりに、『竜翼翔破』で空中戦に混じってくる。
 近づいては離れ、離れては近づく。
 嫌がらせにはなっているようで、ゼルエルは苛立たしげに空中に留まると、グッとポーズを取った。
 決着を急ぐつもりだ。
「『神の上腕二頭筋』をくらえ!」
 力こぶから放たれたマッスルビームの光が、ディアボロスたちをつつむ。

 アヴァタール級大天使、いまはイオニア海哨戒部隊の指揮官。
 『神の腕』ゼルエルの放ったビームを遮ったのは、イーラ・モンコ(デイドリーム・ビリーバー・g09763)が咄嗟にばらまいたマジックカード『ガールズトランプ』だった。
「ほんの一瞬だったかもしれねえが、あたしや仲間が超狙いにくいだろ♪ 手練れどうしがやり合うんだ。その一瞬が命取りさ……!」
 ここまで積み重ねたガードアップも効いている。
「おのれ、ディアボロス。次は避けられまい」
 海パンサングラスが、ボディビルダーのようにポーズを変えた。
「敵ながら見事な筋肉だなあ、神の腕さんよ。あたしの体も温まったことだし、ポージングで勝負しようぜ♪」
 明るいオレンジ色のビキニで、イーラも体幹の良さをアピールする。
「ふふ、お父様。わたしたちは舞台のお手伝いをしましょう」
 イフと黒スフィンクスが、浄化の力をのせた演奏を行使する。その音楽にのせて、オレンジビキニはセクシーなダンスを踊った。
 彼女の身体を支えているのはサキュバスの翼と、ドラウやロッカが高めてくれた飛翔。葉月とエルマによる身体強化だ。
 対する力こぶからのマッスルビームが、見劣りしている。
「むむむ。我が上腕二頭筋こそ、『神の腕(物理)』の面目躍如だというのに!?」
「どうした、どうした! マッチョなポーズでもあたしの勝ちか?」
 イーラは宙がえりをきめると、片手親指だけの逆立ちで静止する。それは、ささらが発生させた『血の衝撃波』を利用した、エアライドだった。
 逆さのまま空中ジャンプし、敵の頭上へと急接近する。
「『アイアンハンド』! カッチカチに鋼鉄みてえに硬化させた拳だぜ。喰らいな!」
「し、しまった! ポーズに気を取られて……」
 肉体を誇示するわりに、飛び道具が主体のアヴァタール級であった。
 サキュバスの魅惑が、イーラの肌をピンク色に染める。
 スピードと体重、さらには光り輝く全魔力の乗った拳が振り下ろされた。
「ああああッ! 俺の、無敵の、筋肉の……!」
 ゼルエルのビームが肩ひもをかすめたが拳は止まらない。サングラスをぶち割り、首が変な角度になるほど殴りぬいた。
 白い羽根が舞い散る。
 大天使の漂着者の一体は、消滅したのだった。
「あたしの技がどこまで通用するか試してみたけど、やっぱみんなの力を合わせてこそだったぜ♪」
 任務の第一、敵哨戒部隊の情報も得られた。
 今後の情勢がどう変わっていくかは分からないが、自分たちの連携が攻略を進めていくだろう。
 ディアボロスたちはそう確信し、パラドクストレインへと戻っていった。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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シナリオ『集合住宅のキマイラウィッチ』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『集合住宅のキマイラウィッチ』のオープニングを公開中です。
火刑戦旗ラ・ピュセルを舞台とした、『最終人類史、バルセロナの霧』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

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全文公開『西進! リグ・ヴェーダ海域へ』

西進! リグ・ヴェーダ海域へ(作者 大丁)

 攻略旅団提案による作戦を伝えるため、時先案内人の姿はパラドクストレインの車内にあった。
ごきげんよう。ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)ですわ。まずは、こちらをご覧ください」
 掲出されたのは、ディヴィジョンの支配地域が色分けされた世界地図。
「アルタン・ウルク海域から台湾島に帰港し、補給と整備を済ませたフライング・ダッチマン号で、蛇亀宇宙リグ・ヴェーダの海域の探索を行う事となりました」
 差し棒の代わりに、操り人形が地図上を跳ねる。
「船はまず台湾島から西へ移動いたします。130kmほどですぐリグ・ヴェーダの領域に入るので、あとはひたすら西進し、本来は広東省海南省ベトナム……といった海域の、ディヴィジョン境界付近を移動していっていただきます。この地域には、既にリグ・ヴェーダに滅ぼされた『邪仙郷』なるディヴィジョンがあったとされますわ。何を探索するかなどは、現場の判断に任せるので、心置きなく探索を行ってくださいませ」
 数度の利用で、フライング・ダッチマン号には速力があるとわかっている。
 それでもこの距離だ。探索以外の過ごし方を考えてもよいだろう、とのことだった。
「南下とともに気温も上がりますから。一足早く、夏の海を楽しむのもよろしいかと存じます。いずれ冥海機の警戒部隊と遭遇しますので、敵に接触後は、ある程度情報収集を行い、敵を撃破しつつ撤退してください。東南アジアは、ヤ・ウマトの勢力圏となるので、長居は無用ですわ」

 ファビエヌは、いくつか注意事項をあげた。
「調査範囲が非常に広く、調査には時間がかかるのは間違いありません。幸い、フライング・ダッチマン号までは、パラドクストレインで往復可能なので、随時、人員を入れ替えながら調査する事も可能となるでしょう。探索は自由と申し上げましたが、具体的に何をどのように探索するか計画を立てるのは重要ですわ。あべこべに……」
 人形たちがキョロキョロと何かを探すジェスチャーをした。
「『広大な海域で漂着したクロノ・オブジェクトを探す』などでは、実現性が低い為、成果を得る事は難しいでしょう。やはり、皆様の工夫次第といったところでしょうか。イイコトをなさってくださいませ」
 目をまわしてへたりこむ人形たち。

台湾島では、新式艦艇の建造が行われているようですが、フライング・ダッチマン号の価値は変わらず高いですわ。冥海機ヤ・ウマトだけでなく、ディヴィジョン境界の霧で海路が繋がるディヴィジョンでの活躍が期待できますから。船の安全を確保しつつ、可能な限りの情報を持ち帰ってきてくださいますよう、お願いします」
 小芝居も終わり、去り際にファビエヌは、ひとこと付け加えた。
フライング・ダッチマン号であれば、多少の攻撃には耐えられるので、敵の大軍に包囲されるような事が無ければ、切り抜けて撤退できますわ。ご武運を」
 列車は、ディアボロスの乗船を待つ島へと出発した。

 三本のマストと、風をはらんだ三角帆。
 クロノ・オブジェクトのガレオン船台湾島を出港しようとしている。
「これが件のフライング・ダッチマン号……なかなかの快速ですね、そして頑丈。戦闘の拠点としては申し分ありません」
 テレジア・ローゼンタール(魔剣の騎士・g01612)は、甲板から後方の陸地を見渡した。
 その景色がぐんぐんと離れていくのだ。帆走だけでなく、ガレー船のように両側から突きだした櫂の列が動き、水をかいている。
「漕ぎ手もなしに、か」
 乗組員としての働きが必要だと思っていた月鏡・サヨコ(水面に揺らぐ月影・g09883)は驚いていた。今は舵輪を握っているが、これも一度方角を決めれば、あとは勝手に進むらしい。もちろん、西に合わせてある。
「まあ、現地到着まで海の様子を監視するなり、過去の戦いの資料や教本を読むなり、やることはあるだろう……」
 帆を張ったり緩めたりといった作業もなく、いささか拍子抜けだ。
「春の海を帆船で進むのは気持ちの良いものですね。戦闘海域に入るまでは、ゆるりと船旅を楽しむとしましょうか」
 ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)が気楽そうに言った。
 乗っているディアボロスの大半がそんな感じだった。なにしろ、今回の航海は期間が長い。
「インドも邪仙境も気になっていた場所だから、到達できる手立てが出来たことは純粋に嬉しい。この船には頑張ってもらわないと」
 船首に立ち、心地よい海風を浴びるシャムス・ライラ(極夜・g04075)。
 傍らで不安そうな様子の一・百(気まぐれな狐・g04201)の頭を、よしよしとなでてもいる。
「船旅……落ち着かないんだよな、海の上ってのが……」
 されるがままの百は、なんとかシャムスの顔を見た。
「……でも、俺だって船を楽しんでるよ」
 フライング・ダッチマン号の機能で揺れが軽減されている。船酔いの心配はなかった。しばらくすると島影もはるか後方で、それもすぐに見えなくなったことから、西へ一直線なのは確からしい。皆は、船上を思い思いに過ごしはじめた。
「イルカでも見れたら嬉しい」
 ソレイユが、舷側から身を乗りだすと、船尾方向から大きく水の跳ねる音がする。
「え? 本当にイルカが付いてきているのですか?!」
 もしそうなら、船と並列して泳ぎ跳ねる姿は、きっといくら見ていても飽きない筈。
 海面を探して、甲板の上を急ぐところへ、シャムスと出くわす。
「ソレイユ、何かあった?」
「水音だけですが! 泳ぐものが!」
 敵との遭遇が起こるには早すぎるが、船の周囲に注意を払うことは忘れていない。シャムスは用意していた双眼鏡を片手に、ソレイユの指差す方向を見てみる。
 確かに、船の斜め後方に白い航跡があった。
 青い模様がついている。
「あれは……。テレジア殿でしょうか?」
「……はい」
 ソレイユは、クーラーボックスから取り出した魚を掴んだまま、苦笑い。水音と航跡の正体であるテレジアは、船尾に結んだ紐に引っ張ってもらっていた。
 やがて、紐を手繰り寄せて甲板に戻ってくる。
 青いビキニ姿だ。ソレイユとシャムスが揃って出迎えたので、彼女は何をしていたのか説明する。
「『水中適応』の残留効果を自前で用意するのは初めてで。慣らし運転というわけではありませんが、海に跳び込んでみたのです」
 あー、とふたりそろって声をあげる。
「呼吸も活動も支障なし……改めて不思議な力ですね、残留効果は。……ソレイユさん、それは?」
 自分たちも『完全視界』や『パラドクス通信』を用意しようか、と考えていたところに、手にした魚を見つけられた。
「イルカに会えるなら、一緒にランチは如何と、誘うつもりでした。海のなかには、何かいましたか?」
 照れた笑いを浮かべるソレイユに、テレジアは首をふる。
「私も、手頃なサイズの魚を見つけたら、捕まえて夕餉の品をひとつ増やそうとしていたのですけれどね」
 するとそこへ、船室にいた百が皿やバスケットを抱えて上がってきた。
「おや? みんないる。見晴らしのいい場所でお弁当タイムする?」
 船内に倉庫はあったが、元はクロノヴェーダの持ち物だ。食事をしない彼らは、酒類などの嗜好品以外は飲み食いのための設備を作っていなかった。台湾島での整備で、ごく簡単に調理ができるようになったので、百はそれを使っていたらしい。
「一回、爆発した。お茶は用意してたが、お弁当は考えてなかったから、あるものでなんとかして……」
 別に黒こげの料理が出されたわけではない。
 皆も、持ってきたものを広げて分け合う。
「今日は卵、キュウリ、カンピョウ入りの海苔巻きだ」
 と、シャムス。
「こういうピクニックも良いものですね」
 ソレイユは、ポットに温かい紅茶を用意して、スモークサーモンとクリームチーズバケットサンドを出した。
「ありがとうございます。休める時はしっかり休むのも戦士の仕事。ゆっくりさせてもらいますね」
 テレジアは、ビキニのまま輪に加わり、まだ調べものがあるからというサヨコも引き込んで座らせた。
「任務の方が私の性に合う……まぁ、情報交換も任務か」
 海苔巻きやサンド、いくつかの軽食で腹ごしらえをしながら、あれこれと会話もはずむ。
 百も料理で気が晴れたのか、元気になったようだ。
「落ちたら嫌だが、海の中は気になる。魚いないかな……。キューを投げ込んだらとってくるかもしれない」
 ジンに命じようとするのを、シャムスが止める。もう、テレジアが実験済みだと。
 彼女は百に頷いて、遠方に目をむけた。
「キングアーサー……ブリテン島の内陸で育ったので、こんなに広い海原をじっくりと眺めたことはなかったですね」
「ああ。何度見ても海って広いよな。こんなに水があるなんて」
 百も頷き返す。
 しかし、イルカはともかく、魚が見られないのはなぜか。シャムスが、新宿島から持参した資料に目を通した。台湾からインドにかけての海底の地形、潮の流れ。
 最終人類史のものだから同じという訳ではないが、参考にはなる。
「台湾から西の海は遠浅。南は隆起してフィリピンの方に続いている、と」
 サヨコも、横から顔を出して、いくつか意見を加える。
「海産物が豊富だったのは、東の太平洋側か。もっと南ならば、そこも漁業がさかんだった。しかし、ある種のイルカはこの海域にも生息していたようだし、船の速さの問題かもしれない」
「速度と言えば、航海ってどれだけかかるんだったか?」
 百が調理場に下りたのも、その間の食料を気にしてのことだった。目的海域までは一週間と聞いたものの、それも途中で起こることによってはわからない。
「随分前に南蛮のヨアケの民から仙人の話を聞いた事もあった。あの巨大昆虫料理のインパクト……」
 『大戦乱群蟲三国志』があったころの話だ。
 大陸南方の探索で、蟲将から逃れた人々と出会った。彼らは現地の大ムカデや、大ジバクアリを罠でとらえて生きながらえていたのである。
「そう言えばリグ・ヴェーダの住人の主食って何だろう? やっぱりカレーかな。亀は食べるの禁止とか。亀の背中で野菜とか栽培してたら全部亀味(?)のような気もするけど」
「え、亀味? そんなのあるのー?」
 百の真顔に、ほかのディアボロスたちから笑いがもれる。食後のまったりとした時間。でも、百の話題は食べ物のこと。
リグ・ヴェーダも色々混ざっていたからな……。神様と動物っぽかったし。食べないでも平気だったりして……」
 そこはクロノヴェーダだから、食べない可能性はあるだろう、と数人が指摘する。
 テレジアは折り畳みのデッキチェアに寝そべって、日光浴をしながらそう言った。新宿島は春だが、ここはもう夏のような暑さ。汗ばむ陽気が心地良い。
 ただ、そのテレジアも百も、そしてソレイユも、三国志奪還戦には参加していたものの、リグ・ヴェーダの種族であるアーディティヤ軍とは別の戦場にいたのだった。
リグ・ヴェーダは亀の上にディヴィジョンがあると聞きましたが、滅ぼした邪仙境の土地も亀の上に乗ってしまうのでしょうか。それとも亀とは別地扱いなのか。何か糸口が掴めると良いですね」
 ソレイユの言葉には、サヨコが推測と前置きしつつ。
「戴冠の戦で起きる『不可逆的統合』が、七曜の戦における地球の状況の常態化を指すと仮定して……。リグ・ヴェーダの蛇亀が常時存在するようになれば、絶大な脅威になるのは間違いない。その時までに可能な限り力を削ぐため、今回の情報収集は重要だ。蹂躙戦記イスカンダルで得られた情報によれば、境界の霧を越えればあの『亀』の上の領域に問題なく渡れるらしい。だが、それは地続きの場合の話。海から海に渡る場合にいかなる事象が起きるかは未確認だ」
「インドか……。東と西……どっちからの方が早くつながるかな」
 百はそこまで言ってから。
「いや、ってことは、繋がっても浮いてるから海までしかたどり着けないのかな? どこまで行けるか興味津々」
 いまはまだ何もない海を進んでいく。
 ディアボロスたちは、時折パラドクストレインで乗員を交代しながら航海を続けた。時間が経つにつれ緊張感は増し、警戒態勢に務めるようになる。
 出港時の顔ぶれに戻ったころ、ソレイユはマストの上の見張り台から双眼鏡を使っていた。
 完全視界も使用し、出来るだけ敵影には先手を取れるようにしたい。サヨコは、リグ・ヴェーダ海域への移動の余波で船の転覆や座礁が発生しないよう前方を警戒していた。
 百はジンのキューコンを出して船の周囲を偵察する。シャムスは水中方向だ。
「いざという時は即飛び込む準備もしておこうか」
 初日のテレジアの様子が思い浮かぶ。百は、海への感情がぶり返した。
「飛び込む? ……そうか、そうだよな、その可能性があった……」
 耳と尻尾を垂れしょんぼりする彼に。
「百、その時は私につかまってね」
「うん、シャムスに頼る」
 既にきゅっとつかまってる。
 そうさせておきながら、彼は見つけた。海面に航跡。
「ソレイユ!」
 マストの上に届くよう、大声を張り上げる。
 皆が、シャムスの示すさきを見た瞬間。
 一頭の灰色のイルカが、高くジャンプしながら縦回転をきめたのだった。
「わぁ……!」
 イルカの空中スピンを見られたのは、その一回だけだった。
 餌のキャッチこそ叶わなかったが、ソレイユは満足だ。『フライング・ダッチマン号』は、いよいよ生き物のいない海に入っていく。
「……ここからは未知の領域」
 サヨコは、船が窮地に陥ることがないよう細心の注意を払う。

 東南アジアは邪仙境海域と接していた。
 情報がなかったころは、『仙人ディヴィジョン』などと呼んでいた場所だ。その痕跡を追うとなれば、やはりリグ・ヴェーダとの境界の霧を探すことが近道のように感じられる。
 ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は、操舵担当に海図とコンパスを渡し、本来であれば中国大陸の陸地があったであろう方角の参考にしてもらっていた。
 行先の目星がついたのだろう。ソレイユのいる見張り台の上からでも、フライング・ダッチマン号が慎重に回頭していると判る。
「名前がわかった今でも、手に入った情報はごく僅か……」
 海原を見渡すよう、双眼鏡を目に当てる。
 甲板では偵察役の交代がなされていた。
 担当方面の引継ぎをし、八栄・玄才(井の中の雷魔・g00563)は、『水中適応』や『水面走行』などの効果を確認する。中国海の航海には日数を要したが、そのぶん必要な残留効果が揃ったようだ。
リグ・ヴェーダか……。邪仙境を滅ぼし、他のディヴィジョンとの戦いでも優勢をとる強者、興味がわかねーハズがないぜ」
 エフェクトを借りた仲間に、合流した意気込みを伝える。
「気になるのは、七曜の戦の大規模戦闘の予測に『冥海機ヤ・ウマトVS蛇亀宇宙リグ・ヴェーダ』のマッチアップがなかった点なんだよな。アイツ等、あんま闘り合ってねーのか」
 玄才がそうもらすと、数人が頷いた。
 確かに気になる、あるいはその視点はなかった、等々。
「哨戒任務中の冥海機から有益な情報を聞き出すためにも、この辺りの海域の戦況をあらかじめ把握できればな……」
 すると、玄才の持つ『パラドクス通信』にマストの上のソレイユから連絡が入った。
 霧の痕跡を探すのと同時に、冥海機の接近も警戒している。
「おそらく本当に霧が出ているなら、冥海機もそれなりに哨戒を行っている筈ですからね。現在はどちらも発見されず、異常なし。この間に偵察へ出てください。玄才も気をつけて」
「おう! 船は任せたよ!」
 玄才は勢いよく海へダイブした。
 事前に伝えられていたように、探索できる範囲は広い。海底にあるものすべてを調べるわけにはいかないが、それでも敵影のほかに見つけたいものはあった。
(「ヤ・ウマト戦力が戦っていたなら沈没船なんかが存在するハズ。亡くなった人からは冥海機が生まれるが、乗ってきた船までリサイクル率100%ってわけじゃあないだろう。もし船の残骸なんかがあれば、その破壊痕からアーディティヤによってどのような攻撃手段が取られたか、看破できるかもしれねーしな」)
 無いなら無いで、両ディヴィジョンの接触が激しいものではないという仮説に、一定の補強がなされるだろう。
「いた……ぜ」
 魚類のシルエットが、鋼鉄のような鈍い輝きを反射した。
 距離はかなりある。長い髪がふわりと浮かび、女性型の上半身をもつことから冥海機と思える。玄才は深度をとって動きを止めたが、先方が反応した様子はない。『完全視界』でこちら側からだけ覗き見できているのかもしれない。
「よーし、『光学迷彩』も足すぜ」
 じっとしたまま観察すると、人魚と潜水艦を混ぜたような冥海機は、複数からなる部隊とわかった。決められたコースを辿るような泳ぎ方であり、しばらくすると遠のいて、姿は見えなくなってしまった。『フライング・ダッチマン号』の航路とも重ならない。
 玄才は海面に出ると通信機で報告を行った。
 船でも、そうした敵の哨戒部隊を発見したという。早期に察知したので、戦闘を避ける事ができたらしい。
 ソレイユによれば、仲間たちとの推察はこうだ。
「冥海機は『リグ・ヴェーダへの侵攻を狙っている』のではなく、『リグ・ヴェーダからの攻撃を警戒している』ようなのです」
「海底に戦場跡も見当たらない。本当に、闘り合ってねーかもな」
 その後も、海中と見張り台とで敵哨戒部隊を見つけては進路をずらし、『フライング・ダッチマン号』は境界へと迫る。
「出くわす回数が、増えてきやがったぜ……あん?」
 また、素通りするかと思われた冥海機が、海中で留まっている。玄才は距離をたもったまま様子を伺った。
「戦闘態勢か? 別の敵でも現れたのかよ」
 一体が長魚雷を振りかぶったのだ。
 そして、もう一体の手には何かが抱えられており、魚雷はその物体に叩きつけられて爆発を起こした。物体も粉々になったよううだ。
「あのトループス級が『グリッピア級潜水艦』だとすると、『長魚雷爆殺戦術』だな」
 パラドクスを使ってまで破棄したかった、手持ちサイズの物体。
 先方に見つからずに監視できる位置からでは判別はつかない。少なくとも、沈没船ではなかった。
「わけわかんねーが、深追いせずに戻ったほうが良さそうだぜ」
 玄才が後退しはじめたころ、『フライング・ダッチマン号』でも発見があった。
 ヤ・ウマトとの境界に、『薄い霧』である。
「ええ。甲板からでも見えますか? ディヴィジョン境界の霧でしょう。通常なら気づかない程度です」
 通信機に話しかける見張り台のソレイユは、ふいに思いつきを口にする。
「ディヴィジョンを渡り歩く能力が高い『フライング・ダッチマン号』に乗っているからこそ気づけた、のかもしれない……」
 操舵担当は霧への接近を試みている。
 ソレイユの脳裏に、アルタン・ウルクとの遭遇が浮かぶ。
「霧を抜けると即みっちりでしたから……あ、敵影発見、停止してください!」
 海上の航跡は、当方に寄せてきている。
「ついに捕捉されましたか……。境界に近づくにつれて敵の態勢が厚くなっていったのは確かです」
 口では報告しながら、視線を霧にも向ける。
 皆で話した推測が、確信に変わってくる。
 本船を利用すれば、アルタン・ウルクと同様に、リグ・ヴェーダのディヴィジョンに飛び込む事ができるかもしれないが、先がどうなっているか判らないので危険だろう。
 蹂躙戦記イスカンダルでの情報によれば、境界の霧を通ってリグ・ヴェーダへ侵入した場合、宙に浮く『大陸上』へ移動できるとのことだ。つまり陸地へ移動するわけで、侵入した瞬間にフライング・ダッチマン号が座礁して動けなくなり、放棄せざるを得なくなる危険性がある。
「侵入するにしても、この海域の哨戒部隊を駆逐する必要がありますね。現在行っているフィリピン方面の攻略を進めて、東南アジア諸島から冥海機ヤ・ウマトの勢力を一掃してからでないと」
 舵輪の周辺で、ほかのディアボロスたちも同じ結論になったらしい。
 接近してくるトループス級は、『グリッピア級潜水艦』。その対処を優先させる。

「ふむ、色々と収穫はありましたね」
 ソレイユ・クラーヴィア(幻想ピアノ協奏曲第XX番・g06482)は見張り役を交代し、甲板に降りてきた。操舵担当によれば、『フライング・ダッチマン号』の現在位置は、ベトナム北部の港湾都市ハイフォンに相当する海域付近だという。
「あとは現地の方に聞いてみるのが一番でしょうか」
 船首にまわって冥海機たちの様子をみる。ソレイユが顔を出すと、『グリッピア級潜水艦』の驚いた表情がわかるほどの距離だった。会話もできそうだし、相手の話し声も聞こえてくる。
「ディ、ディアボロスぅ!」
「エルドラードの船に、ディアボロスが乗っているのだが?!」
「ただの船舶ではないですぞ。形状から、第一級危険指定の大型海賊船フライング・ダッチマン号で確定……」
「こ、攻撃を加えて拿捕すべし。……で、いいよね?」
 あまり軍人らしくもなく、早口で言い合っているが、驚きでテンパっているのは間違いない。手にした長魚雷をぎゅうぎゅう抱きしめている個体もいる。
 すっくと立ったソレイユは、軽い一礼からはじめた。
「初めまして、冥海機の皆さん」
 ピタリと止まる、相手の早口。
「貴方達の哨戒区域に侵入した事はお詫びします。察しのとおり、私達はディアボロスです。リグ・ヴェーダ、そして邪仙境の調査で当海域を航行しておりました」
 努めて、明るい声で話しかける。
 それに反して潜水艦たちは、めいめいがボソボソと独り言をもらし、声質は低く沈んでいくようだった。ソレイユはかまわず続ける。
「ご存じの通りリグ・ヴェーダは一筋縄ではいかぬ相手。ディアボロスも今だ明確な対抗策は打ち出せないでいます。敵の敵は味方とも言いますし、リグ・ヴェーダについての情報を交換しませんか?」
 この『交渉』に対して、怒鳴り返そうと息を吸い込んだ一体に、トループスのリーダー格が片手をあげて制した。
 話を聞いてみようということらしい。
 彼女たちの口にはマスク状のパーツがあり、大人しくしていると感情も反応も読み取りづらくなった。リーダー格は返事の代わりに顎をしゃくってソレイユに促す。
「私達の把握している情報は、彼らのディヴィジョンは巨大な亀の上にあり、境界の霧を超えると亀の背にワープするという事です。海が主戦場の冥海機にとっては、知らずに突入すれば危険極まりないのではないかと」
 無言で見つめてくる、『グリッピア級潜水艦』。
「対価として臨むのは、先程貴方達が破壊していた漂流物についての情報です。それはリグ・ヴェーダ、もしくは邪仙境から漂着したクロノ・オブジェクトではないですか?」
 かわらず無言で、反応も伏せているものの、交渉には興味があるようだ。もちろん、本当に味方になるつもりはないと、ソレイユにも判っている。こうしているだけでも彼女たちには利があるのだ。
「他ディヴィジョンのクロノ・オブジェクトを利用するのは珍しくありませんが、破壊するというのは何か理由があるのでしょうか」
「ふうむ……」
 口元の見えないリーダーが、呻く。
 彼女らで『フライング・ダッチマン号』を拿捕するには数が足りないだろう。こうして時間稼ぎをしていれば、他の哨戒部隊にも発見させて戦力を増やすことができる。
「それは……漂着したクロノ・オブジェクトを放置すれば、排斥力の低下につながるかもしれないからだ」
 ゆえに、真実を含んだ回答で話を繋がねばならない。
「冥海機たちは、排斥力の低下を防ぐために、漂着物を破棄している……」
 ソレイユのなかに、情報を得られたという確信めいた手ごたえがあった。リーダー格は成り行きを見守り、長魚雷をぎゅうと抱く。

 代表が『交渉』するあいだ、『フライング・ダッチマン号』のディアボロスたちは成り行きを見守っている。
 バレないように唸る、麗・まほろば(まほろばは超々々々弩級戦艦ですっ!・g09815)。
「……ううん、それにしてもアルタン・ウルクにエルドラード、そして今度はリグ・ヴェーダ? たーくさん、ヤ・ウマトに侵入してきて……まほろばはもう、考えることいっぱいでおなかいっぱいだよぉ」
 その肩をうしろから、身長差のある男性がポンと叩いた。
 八栄・玄才(井の中の雷魔・g00563)だ。
「オレとしちゃあ、リグ・ヴェーダに行くためにも排斥力は下がってほしいし、漂着物もどんなモンか、まだまだ気になるけどな」
 偵察から帰還し、甲板上にいた。
 目撃した手掛かりから、情報を得られたことは喜ばしい。だが、まほろばの言うような満腹にはならずとも、敵の時間かせぎに付き合うのもそろそろ終いと感じていた。
 それを肯定する合図を、船首のソレイユも送ってくる。
「今回は探して持ち帰る余裕はねーが、邪魔はさせてもらおうか!」
 甲板を走りだす、玄才。
 他のディアボロスたちも一斉に動いた。
「さぁ! クロノヴェーダを蹴散らすよ!」
 まほろばは、『水面走行』を展開して舷側から降りるつもりだ。
 玄才は直進し、船首マストの傾斜を駆け登っていた。
「貴重な境界超え能力を持つ船を壊されたくねーんでね」
 先端から勢いよくジャンプすると、『グリッピア級潜水艦』のリーダー格に、直接蹴りをくれてやる。
「ちょ、おま、いきなりなんだが?!」
 マスクからこぼれる慌てた声と泡。
 どぼーんと水柱をあげて、冥海機と玄才はもろとも海中深くに沈んだ。
 黙っているように指示した者がいなくなったために、トループス級はまたわちゃわちゃと喋りだす。誰かが、『フライング・ダッチマン号』を攻撃しろと叫んだので、長魚雷を発射する個体もいた。
 船体に迫る航跡を、水面を走ってきたまほろばが、横からすくい上げる。こちらも長い棒状のものを使った。
 『51センチまほろば砲』の砲身である。
「第一級危険指定――やっぱり冥海機たちはフライング・ダッチマン号をどうにかしなきゃと考えてるのは間違いないらしいね」
 空中に放られた長魚雷が破裂し、爆風が金髪をなびかせる。
 破片や煤が吹き付けるのも構わずに、まほろば砲へと三式弾『草那藝之大刀』を装填した。
まほろばはまだ漂着できるけどね、絶対に失わせないし、まして鹵獲なんてさせないよ!」
 仲間たちとともに、海賊船の周囲を固める。
 グリッピア級潜水艦は、長魚雷を野球のバットのように持ち替えた。
「爆殺戦術ぅー!」
 近接戦で突破するつもりだ。
 女性型の上半身だけを海面からだし、スピードを上げる冥海機たちに対し、ディアボロスも引かない。
「三式弾とは炸裂させることで高速で飛ぶ戦闘機を狙い撃つ事ができる弾丸で、他にも基地攻撃のように地上を2次元に焼き尽くすためにも使ったりするものなんだよ!」
 まほろばは、砲身を構える。
「なにがいいたいのか。この弾丸はクロノヴェーダを焼き尽くすことができるということだ!」
 発射音が低く響きわたり、海面に黒煙が次々と立ち昇る。
 やみくもに突っ込んできた冥海機たちが、順番に撃破されていく。やはり、会話を担当していたのはリーダーだったのだろう。アヴァタール級の指揮もない哨戒部隊は、きちんとした陣形を組めていなかった。
 海中の敵味方は、ますます沈み込む。
(「泳力じゃ言わずもがな向こうの方が上、機動力で翻弄されないように密着しての殴り合いに持ち込もう」)
 玄才は、グリッピア級潜水艦の肢体を掴んで離さない。
 もがく相手は、あいだに魚雷を差し入れて逃れようとしている。訳の分からない叫びが聞こえた。
「こらー! 顔がいいからってなんでも許されると思うなよー!」
 怒っているのか、恥ずかしがっているのか。
 隙を見て、玄才はパラドクスを使用する。
(「『八栄流・蛇咬の一刺し(ヤサカエリュウ・ジャコウノヒトサシ)』……!」)
 軽く曲げて牙に見立てた人差し指と中指の二本拳で、魚雷の持ち主を突いた。気脈の流れを破壊されたことで、抵抗に使っていた長柄の武器が手からスッポ抜ける。
「あっ! あああ~!」
 その時にはもう、拘束をといて自分だけ浮上していく玄才。
 『グリッピア級潜水艦』のリーダー格は、もてあました魚雷の爆発に巻き込まれ、二度と浮かび上がることはなかった。
「オー、ハデに逝ったな。身の丈に合わねぇ武器はこれだから怖いんだ」
 玄才の肩を後ろから、今度はまほろばが掴んで海面に引き上げる。
「いたよぉ! 船の向きを変えてぇ!」
「ありがとさん」
 哨戒部隊のひとつは退けたが、すぐにまた別の敵が現れるだろう。ディアボロスを乗せた『フライング・ダッチマン号』は、東へと舵をきった。
「にしても、船でリグ・ヴェーダに行くのは不可能ではなくてもリスキーか。流石に空の上はなかなかどうして距離が遠いぜ」
 玄才だけでなく、皆が境界の薄い霧を、船尾からいまいちど眺める。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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シナリオ『硫黄島から託されたモノ』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『硫黄島から託されたモノ』のオープニングを公開中です。
冥海機ヤ・ウマトを舞台とした、『硫黄島沖海戦~翔鶴決戦前哨戦』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

tw7.t-walker.jp

全文公開『断頭に赴く火刑の乙女』

断頭に赴く火刑の乙女(作者 大丁)

「復讐……! わたくしたちは、復讐に目覚めたのです」
 黒い水着のような格好に、コウモリの翼を生やした女性たちが、一般人の村を襲っている。
 鞭を振り、家屋を焼いて、人々を広場に狩りたてるのだ。
 ここは火刑戦旗ラ・ピュセル内の南部。特徴のない、平凡な村だ。ただ、進軍中の彼女らの前にあったというだけで、蹂躙をうけるはめに。
「怖れなさい、存分に。死の寸前まで!」
 女性が手をふると、空から刃が降ってくる。
 ストン、コン。
 軽い音で、いくつもの生首が広場の方々に転がった。まるで、断頭の処刑である。

 依頼参加のディアボロスたちは、パラドクストレインの車内で時先案内人を待っていた。
 ロングシートのうち、ホームの向い側に座っていた者は、窓越しに珍しいものを見ることになる。
 ぬいぐるみを抱えたまま全速力で走っている、ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)の姿だ。
「……ハァ、ハァ、ハァ。急ぎの作戦にお集まりいただき感謝いたしますわ。火刑戦旗ラ・ピュセルから、決戦間近の断頭革命グランダルメに対して、増援が行われている事が判明したのです」
 荒い呼吸は、すぐに整った。
「皆様の活躍によって途絶えていたラ・ピュセルからの増援が再開されれば、奪還戦の戦いが不利になるかもしれません。攻略旅団の作戦によって出現した当列車でラ・ピュセルに行き、グランダルメとの境界である霧地帯に向かおうとしている、キマイラウィッチの集団に対して攻撃を仕掛け、撃退してくださいませ。キマイラウィッチのグランダルメへの移動を阻止する事で、グランダルメ奪還戦におけるキマイラウィッチの軍勢の数を減らす事ができるでしょう」
 案内も駆け足気味だが、必要事項に漏れはない。

 掲出された地図によれば、ラ・ピュセルの霧地帯付近、キマイラウィッチが進軍して来る村の近くに到着できるようだ。
「キマイラウィッチは、ディアボロスと決戦を控えている事で、気分が高揚しているのでしょう。一般人の集落を発見すれば、決戦の景気づけだと、住民の虐殺をはじめてしまいます。この悲劇は回避可能ですわ。キマイラウィッチが到着する前に、住民の避難を行った上で、村を襲撃しようとするキマイラウィッチを迎え撃ち、撃破してください」
 トループス級は、アヴァタール級に先んじて現れる。
 種族はアークデーモンだが、習性はキマイラウィッチと同じとのことだった。
「すなわち、『アラストルの乙女』は復讐を力に変えて戦うのです。特に、自己の復讐心を雷の剣として実体化させ、空から降らせる技は、あたかもギロチンのような鋭さで、注意が必要です」
 遅れて同じ戦場にやってくるのは、『ビューロー兄弟』。
 亀から二本の首が生えており、それが兄と弟なのだ。
「こちらは、キマイラウィッチの指揮官です。亀の甲羅に備えた大砲を撃ってきますわ。村人の避難が滞りなく進めば、この砲撃で家屋に被害がでることはありません。できれば、村の外で戦えるとイイですわね」

 発車の直前に、ファビエヌは申し添えた。
ラ・ピュセルがグランダルメと密約を結んでいるのは間違いないでしょう。グランダルメ奪還戦の勝利の為に、キマイラウィッチの戦力を減らしておくのは、イイコトですわ」

 村の周囲には、城壁どころか柵のようなものさえなかった。
 そのかわり、建物は接し合いながら円形に配置され、石組みの一階部分の堅牢さだけが頼りになっている。木造の二階、あれば三階まではひょろ長く、板葺き屋根の勾配も急角度で、全体に痩せた印象がある。
 状況を探るため、ディアボロスたちは時代に寄せた服装で村に近づいた。
 入口にあたるのは、建物どうしの間に差し渡されたアーチだった。門扉のようなものはない。そこから中の様子がうかがえる。
 地面には石畳が敷かれ、玄関口側に囲まれた部分が、おそらく事件の起こるはずだった広場だ。
 集められた一般市民にむけて、刃が降ってくるという。
「平穏としてありふれた、穏やかな村であるな」
 アルトゥル・ペンドラゴ(篝火の騎士・g10746)が、ホッとしたようにもらす。
 予知にあった虐殺は、案内人から聞いているあいだも顔をしかめてしまうような、ひどいものだった。はたして、避難に割ける時間はどれほど残っているのか。
「民の安全を優先せねば」
「ああ。キマイラウィッチは、本当に自国民にもなりふり構わずだな……」
 外套のフードのなかから、エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)がうめく。
「虐殺などさせない。救おう」
 誰にも咎められずにアーチをくぐる。
 できれば、村長などの代表者に話を通してから行動を起こしたかったが、また曇っていくアルトゥルの表情を見たエトヴァは、手順をとばしたほうがいいと判断する。仲間も同意した。
 装備の携帯スピーカーの電源をいれ、村全体に拡散するように大声をだした。
「キマイラウィッチが来るぞ!」
 いきなりだったが、広場中央の井戸を使っていた女性がすぐに振り返り、いくつかの玄関扉が開いた。
 まだ、村人全員ではない。『避難勧告』も発動させる。
 赤い光が明滅しサイレンが鳴り響く。
 この効果が発揮されるということは、やはり危険は間近だったのだ。
 トレイン内に掲出されていた地図によれば、自分たちが入ってきたアーチ側の道が、キマイラウィッチの来る方角である。エトヴァはマイクでそう伝え、アルトゥルは避難のための手助けにまわった。
 はぐれる者がでないよう、病人やケガ人がいないか確認する。
「動ける男性は、女性と子供に付き添ってくれ。老人にもだ!」
 村の外では耕作が始まっていたものの、隠れられるような場所ではない。森の中に木こり小屋があることも判っていたので、そこを逃げる目印にしてもらう。
 エトヴァの音声も続いていた。
「家族や隣人に声を掛けて、一塊の集団を作って逃げるんだ。しばらく隠れていてほしい。奴らが通り過ぎるのをじっと待つんだ」
 避難は大きな障害も起こらずに済みそうだ。いっしょに森まで行くような必要もない。
 最後にアルトゥルが、残った村人がいないことを仲間に伝えてくる。
 ディアボロスたちはもう一度アーチをくぐり、キマイラウィッチ迎撃の準備をはじめた。戦闘の巻き添えで損害が出ないよう、村から距離をとる。あの、ほっそりした屋根では、アヴァタール級の砲弾ひとつでポッキリと折れてしまいそうなのだ。
 陣を決めると、アルトゥルは戦旗を掲げた。
 まだ曇った顔をしているので、エトヴァが大丈夫か、と声をかけると。
「……この時ばかりは、攻勢に長けた計略ばかりの自分を嘲りたいものなのだ。いや、気にしなくていい。護るための戦いを、始めさせてもらう」
 仲間は頷いて、それ以上は追及しなかった。
 キマイラウィッチの気配がしてくる。

「……そんじゃ、アタシも荒事の方に備えるかね」
 ヌル・バックハウス(名も無き自由・g10747)が合流してきた。避難誘導を担当したディアボロスたちにひとこと礼を言う。エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)によれば、敵との遭遇まではあとわずかとのこと。
「偵察や奇襲の猶予もなさそうですね」
 エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)も、『神護の長槍』と『神護の輝盾』を構えて隊列に加わる。
 この陣は、村へと続く道を遮るようにして組んだものだ。地形の起伏で見通しは悪いが、音は聞こえていた。
 集団の揃った靴音である。
 黒い水着のような恰好のアークデーモンたちは意外にも、きっちりと行進してきた。
「全体、止まれ! ……武装した者たちが、前方を塞いでいます」
「軍旗のようなものも見えます。出迎えの自動人形(オートマタ)でしょうか」
「いえ、境界を越えた様子はありません。それに、『断頭革命』にはまだ距離があるはず……」
 リーダー格はいるが、指揮官のキマイラウィッチの姿は見えない。
 トループス級『アラストルの乙女』は、予知での残虐な行いに反して静かで落ち着いている。まだ、村を発見していないからかもしれない。
 エトヴァは、仲間に目配せした。
 あらかじめ決めておいたことだ。念のため村へ意識を向けさせないよう、話しかける。
「やあ。そんなに楽しげに、どこへ行くのかな。もしかして、ディアボロスを探してる?」
ディアボロス?!」
 トループスたちはざわめきだした。
「やはり、私達はすでに境界の霧地帯をまたいでいたのでしょうか?」
「『火刑戦旗』が侵攻されているのかもしれません」
「どちらでも構わないでしょう。決戦に備えて、かの者たちを襲って『復讐』の力を研ぎ澄ませては?」
ディアボロスが相手なら、かえって好都合。私たちの復讐を早めても、それは軍規違反とはなりません!」
 口調は丁寧だが、彼女らの会話は不穏な方向へと流れていく。
 もし、予知のとおりに村を見つけたのなら、なされていただろう残虐な相談を思わせる。エイレーネは眉をひそめた。
 合図も連絡もないが、ディアボロスたちは呼吸を合わせられる。アラストルの乙女のリーダーが、エトヴァに返事をしようと一歩踏み出したところで、『神護の長槍』が投げつけられた。
「聖なる槍よ! 悪しき者どもを一人たりとも逃すことなかれ!」
 エイレーネが、『降り注ぐ影の槍(ドーリ・スキオン)』の詠唱をした。投擲した一本の周囲に、幾つもの幻影の槍が出現する。
 敵隊列の前面に直撃し、こちらにまで聞こえていたお喋りたちの身体を串刺しにしていく。
「お、おのれ、この恨みは……!」
 リーダー格には実体の長槍が突き立つ。が、それはすんでのところで避けられたもので、しかし穂先はアークデーモンの翼を貫通していた。
「あなた達が何者であろうと、キマイラウィッチと同じ振る舞いをするなら、われらも同じように遇します。無辜の民を害する怪物を待ち受ける運命は、死をおいて他にはないと心得なさい!」
 『神護の輝盾』をかざして走り出す、エイレーネ。
 仲間たちも同時に突撃した。
「殺されるのはお前たち。ディアボロスのほうです!」
 『復讐乙女』により、敵の二列目以降の足元から、炎の鞭が飛び出した。エイレーネたちはあえて撒き散らされる炎にむかっていき、鞭のしなりを飛び越すようにして接敵した。
 おされた敵トループスは、陣形が乱れる。
「――『迷って道を踏み外そうが……それで答えに辿り着くなら、ソイツが答えなんだよ!』」
 ヌルは、『偽真の自由(ギシンノジユウ)』を展開する。
 様々な道を提示した疑似的な迷宮に、あぶれた敵を誘い込む。
「これで時間稼ぎはオッケー。その間にこっちは少しでも数を減らすためにちょいとつついておく、っていうね」
 クロノヴェーダの関心はじゅうぶんにひいていたが、敵隊列を乱したかわりに村へとまわりこむ個体が出ないとも限らない。エトヴァらの話では、完全な避難までには時間がかかりそうだった。
 見通しの悪い地形に、ヌルの迷宮は効果的だ。
 会敵時のきっちりとした行軍は見る影もなく、いまは水着の女性がうろうろするだけである。迷うと言えば。
「いやぁ、相手の格好はヒトによってはとっさの攻撃に迷いそうでまぁ……目のやり場に困るってのはありそうだよなぁ」
 炎の鞭にだけは気をつける。
 策略にイラつき復讐心は高まり、鞭の温度も高まっているから。
 ふたたび長槍を手にしたエイレーネは、リーダー格に打ちかかっていた。
「魔女の名を瀆した蛮行の罪は、命を以て償っていただきます!」
「私たちをキマイラウィッチと認めてくださったじゃありませんか」
 高熱鞭のしなりと槍のすばやい突き。
 互いに恨み言を吐きながら、攻撃に緩むところなどない。
「今回は、目のやり場に困るヒトはいなさそうねぇ。……アタシも特段こういうの気にしないんだけどっ!」
 ヌルは両手に斧を引っ提げ、迷宮に捉まったアラストルの乙女たちを一回二回と斬りつけていく。
「地獄の刑執行長官の名の下に!」
 抵抗する彼女らは、四肢に地獄の炎と雷を纏った。
 復讐を司る魔神に準ずることで隊列も戻っていく。アークデーモンたちが口にした規律や、丁寧な口調もその長官とやらに由来するのか。
 迷宮を破るいきおいに、タワーシールドを掲げたエトヴァがフォローに駆け付ける。
「この先へは行かせない」
 細い手足で繰り出される炎の打撃も、魔力障壁とコートで防ぐ。
「懸命に暮らす人々を踏み躙ることも、グランダルメへの進軍も、何一つさせはしない。『Wunderfarber-β(ヴンダーファルバー・ベータ)』!」
 シールドは浮かせ、両手に銃を構えると煙幕弾を放った。
 敵の視界を塞いで攪乱しつつ、連携の分断を仕掛けるのだ。
「復讐を叫びながら、虐殺を生むその姿、禍以外の何物でもない。ここで討ち果たそう」
 エトヴァは、敵味方の双方にむけて宣言した。
 両手の銃からの弾丸と、ヌルの両手斧の斬撃とで狙いを合わせ、消耗したトループス級から撃破していく。
「ああ、アラストルよ、私に復讐のエネルギーを……!」
「これで残るはあなただけですね」
 エイレーネの眼前にいる火刑の乙女は、さすがリーダー格だけあって初撃からずっと戦い続けてきた。だがそれも、ディアボロスたちのより緊密な連携によって打倒される。
 長槍と斧、そして銃弾の。
「復讐とかそんなの知ったこっちゃねぇっての。こっちは今ある自由を謳歌したいってもんよ」
 ヌルはいったん迷宮を解くと、アヴァタール級が追いついてくるであろう方角を睨む。

 エトヴァ・ヒンメルグリッツァ(韜晦のヘレーティカ・g05705)は慎重だった。
 村の方角を護るような位置取りを続ける。救援機動力で駆け付けたアンゼリカ・レンブラント(光彩誓騎・g02672)も、敵を引き付ける方針をすぐに理解した。
 待ち受けていると、敵指揮官は道をたどってのそのそと現れる。
 陸亀の甲羅に何本もの大砲を積み、首は二本。
「来ましたか、『魔女』どもの指揮官」
 クロエ・アルニティコス(妖花の魔女・g08917)は眉根をかすかに寄せた。エイレーネ・エピケフィシア(都市国家の守護者・g08936)も同意して頷く。
 このアヴァタール級は、ふたつある頭部のそれぞれに意識を持つ。
 右のやつが叫んだ。
ガスパール兄さん! アークデーモンの女たちがぜんぶ、やられちまってるぜッ!」
「なんだとぉ。おい、ジャン。自動人形(オートマタ)が言ってたのと、話が違うよなぁ?」
 左のやつがうつ向いたまま、目だけを上げて睨みつけてくる。
 兄と弟だから、『ビューロー兄弟』だ。クロエは静かな怒りで、亀兄の眼力を弾き返した。
「人形皇帝とお前たちの間に密約があったか、それともただ暴れにきたのかは知りませんが。お前たちが感情のままに暴虐を尽くすというなら、私も私のやりたいようにするだけです。お前は殺します」
「誉れなき人形皇帝は国土を護らず、ただ己の命脈を保つために異邦の怪物をのさばらせています。グランダルメの地を襲う亜人と、キマイラウィッチ……どちらにも無辜の民を傷つけさせはしません。魔女の名を穢す忌まわしき怪物よ、覚悟なさい!」
 エイレーネは、『神護の長槍』の穂先をさしむける。
 激昂してくる亀弟ジャン。
「お前らこそ、なんだかわからねぇが、ぶっ飛ばして『断頭革命』への道をあけてやるぜッ!」
「キマイラウィッチは相変わらずだな……」
 エトヴァは両手の銃を構えつつ、ため息だ。
「先に行かせる訳がないだろう。復讐がしたいなら俺たち相手に力を振るえ。ただし、こちらも手加減はしない」
 敵勢力の増援を、ここで仕留めきりたい。
 亀兄は悟ったようだ。
ディアボロスなのか……。ジャンよ、弾をケチることはない。戦いはもう始まっていたのだ」
「そういうこと! グランダルメ奪還戦の勝利の為に。目指すは全土奪還、さぁいくよっ」
 アンゼリカは宙に、六芒星を描きだす。仲間たちも一斉に動いた。
 そこへ、兄の合わせた照準どおりに、ビューロー弟は背中の大砲から炸裂弾を放ってくる。
「全部燃えるがいいや!」
 たちまち、辺り一面が火の海となる。クロエは、その兄の視線から、砲塔のねらいを読む。
 赤薔薇の種に魔力を注ぎこんだ。
「種子に宿るは我が抑圧、芽吹け『ラードーン・ローザ』!」
 負の感情を注ぐことで急成長させ、ギリシャ神話の怪物『ラードーン』を象った植物の怪物を作り出した。二本の首どころではない。この怪物には百本の首を模した茨が絡み合っている。
 エイレーネは地を駆け、敵が砲撃の狙いを付けづらいように、敢えて懐に飛び込もうとする。やがて、旋回していた砲台に、ラードーンの百の頭が絡みついた。
 茨で締め上げ、さらに狙いをつけさせない。
 キマイラウィッチの姿は亀だ。手や足など甲羅から露出した個所も狙い、茨の棘を食い込ませる。
「イテテテテッ! ガスパール兄さん助けてくれッ!」
「ジャンよ、痛いのは私も同じだ。狙いは正確ではないかもしれんが、大砲ならまだある。一斉に撃て」
 でたらめな砲撃をされたら、重い一発をくらわないとも限らない。接近したエイレーネは、『神護の輝盾』を構えて防御姿勢をとった。
 クロエは射線を読むだけでなく、兄弟のやりとりも聞いている。
 ラードーンの茨を遮蔽とすることで直撃を避け、砲撃後の隙を狙って首をくびりにいく。
「痛い痛い痛いッ!」
 弟の泣き言は大きくなり、代わりに砲撃は小規模になった。耐え凌いでいたエイレーネは、素早く攻勢に転ずる。
 兄のほうの首に、槍を突き立てた。
「この身を燃え盛る流星と化してでも、人々に仇なす者を討ちます! 『舞い降りる天空の流星(ペフトンタス・メテオーロス)』!」
 強い信仰心が生み出す加護によって物理的な推進力を生みだす。
 纏う、燃え盛る炎は、炸裂弾の熱を上回る。槍の穂先は、甲羅の隙間にねじ込まれ、長い首を深々と貫いた。
「二本の首を引っ込められるかは分かりませんが、出来るとしてそうされる前に素早く攻め立てましょう」
「よっし!」
 接近戦を挑む仲間を援護するように、アンゼリカは同じく遠距離攻撃の仲間と挟み込むよう位置取っていた。
「こっちも力いっぱいパラドクスの砲撃をお見舞いだよっ」
 『命中アップ』を積み上げ、照準を助ける光の導きを増やしていく。エイレーネはその間も前線で戦い続け、注目を惹くことで仲間の更なる技へと繋いでくれている。
ガスパール兄さん、生きてるかッ? ディアボロスは結構強いぜッ!」
「ああ、ジャン。私たちは命を共有しているのだ。復讐心もな。砲撃は任せる」
 囮役は当然のこと、茨の防壁も無傷とはいかなくなってきた。
「当たれば痛いけどね!」
 亀の甲羅とはいかずとも、アンゼリカは肉体を強固にする『ガードアップ』を重ねる。
「何より奪還戦前の熱いハートはこの身を強くするからねっ。お前たちの復讐には負けないよ!」
 気を張り、足を止めずに撃ち込むポイントを探る。
 魔法の六芒星は、常にアンゼリカの前へと追従してきた。挟み撃ちの相手を務めているエトヴァは、魔力障壁と耐衝撃コートで全身を護りつつ、タワーシールドを構えて直撃や爆風を防いでいる。
「ああ、『魔女』の復讐は、ここでおしまいだ」
 戦況を観察しつつ、包囲の位置取りへと動いていく。エトヴァは、なるべく甲羅よりも首や脚、柔らかい部分を狙い、看破した隙を見逃さずに狙い澄ました弾丸を、十字に撃ち込んだ。
 いっぽうでクロエとエイレーネは、巨亀の甲羅によじ登っている。
「何も導かず、何も生み出さない。お前たちに相応しい呼び名は魔女ではなく怪物です」
「民を護らぬ暴君の領地であれば、好き勝手に暴れられると考えたのでしょうが……地上に悪がはびこる限り、わたし達復讐者が見逃すことはありません!」
 茨と穂先で、大砲をひとつずつ潰す。
「みんなで協力し、追い詰めていく。いつだってそれが私達の強さだからね!」
 アンゼリカは、仲間のラッシュに合わせ呼吸を整えた。
 パワーを溜めた一撃を放つために。
「今こそ最大まで輝け、心の輝き! 『終光収束砲(エンド・オブ・イヴィル)』、人々を護る光となれぇーっ!」
 増幅魔法『六芒星増幅術(ヘキサドライブ・ブースト)』を使用し、収束させた光の砲撃。
ガスパール兄さんー!」
「弟よぉ!」
 二本の首が悲鳴をあげているあいだに、クロエとエイレーネは百本首の茨に抱えられて、甲羅の上から脱出していた。
 そこへアンゼリカの『魔砲』が命中して、破片が周囲に散らばる。
 露呈した弱点だ。
 エトヴァは、敵の背後から正面へとまわる。
「これ以上、キマイラウィッチに力をつけさせる訳にはいかない。グランダルメへの増援も、ラ・ピュセルの増強もさせないから」
 静止した状態で二丁銃の狙いを定めた。ビューロー兄弟は、どちらの首もぐったりしている。
「いつかこの地の人々にも、安らぎと日常が訪れるように。……結束を力と成せ! 『Sternenkreuz(シュテルネンクロイツ)』!」
 急所を目掛けて十字型に5つの銃弾を連射した。
「ぐ、ぎゃあああ!」
 火刑を再現するかのようにキマイラウィッチの胴体は燃え上がる。兄弟の悲鳴は同じものだった。かれらがもう、『断頭革命』にたどりつくことはない。
 ほぅ、と息をついたエトヴァは、避難させた村の人たちを呼び戻すと申し出た。
「怖い魔女が来てもディアボロスが守るからと、安心させたいんだ」
 アンゼリカや他の仲間も賛成し、クロエとエイレーネもそうした。ただ、最前線で砲撃に耐えたふたりにはまだ、戦闘の影響が残っていた。その場で休んで、パラドクストレインを待つことにする。
 ただ、排斥力はまだ高い。
 迎えがくるまで、行けるところまでいってみるかたちだ。エトヴァは木こり小屋へと向かった。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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シナリオ『漕ぎ出す先は退路』オープニング公開

表題のとおり、トミーウォーカー社のプレイバイウェブ、チェインパラドクスにて、『漕ぎ出す先は退路』のオープニングを公開中です。
黄金海賊船エルドラードを舞台とした、『太平洋上、白鯨海賊艦隊からの脱出』に関する事件です。
ご参加、よろしくお願いします。

 

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全文公開『取り引きはモスクワで』

取り引きはモスクワで(作者 大丁)

 湯の色は真っ赤。
 薔薇の風呂、などではなく、貯めた血でおこなう湯浴みだ。
「ダリヤが倒され、拷問館は燃やされた」
 ジェネラル級ヴァンパイアノーブル『死妖姫カーミラ』は首まで浸かりながら、しかしその表情は曇っていた。
ディアボロスがここに攻め入って来るのも時間の問題かも知れないわね」
 天井を仰ぎ見る。
 クレムリンの宮殿内に設えられた浴室の天井は高く、血を搾り取られた美女の死体が釣り下がっている。
 メイドの運んできたワインを、カーミラはあくまで優雅な手つきで受け取った。
 一口含んだあと、小さな唇が命令を下す。
「市街地を見張り、ディアボロスの奴らのモスクワ市内での活動の兆候があれば、すぐに迎撃して撃退するように伝えなさい」
「はっ」
 控えていた配下は、短く返答した。
 指示は具体性に欠いている。ディアボロスの情報を調べ、カーミラに伝えるはずだった『ダリヤ・サルトゥイコヴァ』がその前に倒されており、有効な命令が出せないのだ。
ラスプーチンを倒したディアボロスを撃退すれば、私の地位も盤石となる事でしょう」
 『死妖姫』は片手で血をすくい、余裕の表情でその赤を眺めてみせる。

 『吸血ロマノフ王朝』行きの車内。
 ファビエヌ・ラボー(サキュバス人形遣い・g03369)はぬいぐるみに結わえた糸を手繰りよせ、依頼の説明に利用する。
ラスプーチンとの、ボロジノ会談では、様々な情報を得ることが出来ましたわ」
 発表をさらにまとめた資料を人形たちに掲出させた。
「まずは、ジェネラル級ヴァンパイアノーブル『死妖姫カーミラ』が支配する、モスクワを解放するのが先決となります。物流が止まったモスクワ市街地は、食料不足により窮乏している様子。市民への食糧支援を行い、それを見て駆けつけてくる、カーミラ配下のヴァンパイアノーブルの部隊を撃破してくださいませ」
 今回の支援場所と、敵拠点の位置関係を記した地図も広げられた。
「敵は戦力の逐次投入をしてくるので、それを各個撃破していく事で、カーミラの拠点であるクレムリンの戦力が低下、カーミラに決戦を挑む下準備を整えることが出来るでしょう」

 つづけて、クロノヴェーダたちの画像が張られる。
 トループス級『ロマノフ白軍精鋭兵』は、ラスプーチン派閥の影響下にあるヴァンパイアノーブルで、モスクワ市内で支援活動を行ってくれるらしい。
 今回の依頼中は『協力者』だ。
「末端の派閥構成員であるので、ラスプーチンの生存は知らないようですが、上からの指示に従って、様々な工作を行ってくれています。ディアボロスの食糧支援がある事を市民に知らせて列に並ばせたり、その情報をクレムリンに伝えて、カーミラ配下の迎撃部隊を派遣させたり、ディアボロスと迎撃部隊の戦闘時に、市民の避難を手伝うなど、裏方仕事をしてくれますわ。ラスプーチン派の支援を利用すれば、カーミラ派の戦力を削っていくのも難しく無いでしょう。イイコトですわね」
 微笑みながらファビエヌは、注釈をつけた。
「ただ、ラスプーチン派のモスクワでの影響力が強くなりすぎるのも問題と言えば問題。今後の方針によっては、モスクワのラスプーチン派の戦力を削っておく必要も出てきます」
 状況によっては作戦行動中の『ロマノフ白軍精鋭兵』への攻撃もありうる。
 それは、依頼参加者の現場での判断に任せる、とのことだった。他の二枚のヴァンパイアノーブルの画像は、カーミラ配下の迎撃部隊のものだ。
 撃破することで、依頼達成となる『敵』である。
「トループス級『ブラッディサクリファイス』は、生贄にされた娘たちが元になっています。すでに助けることはできなくなっていますわ。自身の手首を切り裂き、血液から鞭や霧をつくって攻撃してきます。アヴァタール級『無頼商人アクサナ』は、見た目は健康そうな女性で、兵器や毒を召喚する能力を持っています。それらを商売や取引とよんでいるらしいですわね。食料支援の仕方もそうですが、戦い方でも市民の鼓舞を意識してくださいませ」

 ひととおりの案内が済むと、ファビエヌは人形たちとともにプラットホームへ降りた。
ラスプーチン派の一般人への対応は『一般人は殺すのではなく、エネルギーを絞り取る為に生かすべきだ』という、クロノヴェーダの都合によるものなので、全面的に支持できるものではありません。モスクワの統治方法などは、攻略旅団で決めることになるので、ご意見があれば、攻略旅団で発言してくださいませ」
 見送りながら、依頼解決後の話も添える。

 荒れ果てた路地で、囁き合う市民。
クレムリンにいる貴族様は、若い女を攫って連れて行くだけで、まともに政治をしやしない」
「まったくだ。俺たちには今日食べるものがあるのかさえ、不確かなのに……」
 決して大きな声ではないが、聞かれた相手によっては危険な会話だ。こぼさずにはいられないほど、モスクワ市民は困窮していた。
 もうひとりの男性が、周りを伺いながら加わる。
「なあ、ココツェフ伯爵の配下だった人達が食料をわけてくれるらしい」
「本当に?!」
「た、助かった」
 安堵するふたりに食料支援の場所を伝えながら、男性はさらに声を低くした。
「それに、クレムリンの貴族様を追い出す準備もしているって……」

 モスクワ入りしたディアボロスたちは、汚れた路地とそこに座り込む人々の姿をいくらでも見かけることになった。
 靫負・四葉(双爪・g09880)が呟く。
「軍に居た頃は、疲弊しきった非戦闘員そのものは珍しくもありませんでしたが……。僅かでも頼れるものがいるといないとでは、人々の疲弊の度合いはこうも違うのですね」
 いまは街の様子を伺うために、目立たぬようにしている。
 やがて、約束どおりにヴァンパイアノーブルが現れて、困窮する市民たちを誘導しはじめた。
 白い軍服に、初老の顔。『ロマノフ白軍精鋭兵』だ。必要な確認はできたと、レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)は頷いた。
「ここにいるラスプーチン配下は末端……戦力的にもトループス級でしかありません。削ることに意味はあります、が……人民の皆様の前で『仲間割れ』は避けたいですね」
「はい。手を出す利点は薄いですね。主目的を優先するべきでしょう」
 四葉も応え、精鋭兵がつくっている行列に先んじて、広場へと向かった。そこでは、炊き出しの準備が進んでいる。レイラは、新宿島からこの時代のロシアでもなじみ深い食材を持ち込んでいた。
 鍋で出来上がりつつあるのは、温かいボルシチ。赤いスープを一口すすり、味をみる。
 温まるものの他にと、四葉は日持ちのする食料も多くそろえていた。
「一人一人がより長期間食い繋げるようにと考えまして。あと、なるべくかさばらないものが良いかと」
 ジャムをはじめ、攻略旅団推薦の排斥力に排除されない物資の中から見繕った。
「本来ならすぐ底をつくでしょうが、【口福の伝道者】様々ですね」
 四葉がほほえむと、レイラがさっそくそのエフェクトをかける。ボルシチを一皿とり、誘導されてきた市民にいきわたるように増やした。
 食糧支援がはじまると、ディアボロスたちは積極的に話しかけ、さきほどの視察と違って人目につくようにする。
「今はこうして皆様のご助力をすることしかできないこと、お許しください。大きな声では申せませんが、皆様が以前の生活に戻れるよう、今の支配者を追い落とす作戦を『ココツェフ伯爵の元配下』たちと立てています」
「おお、やはり……!」
「噂は本当だったんですね」
 市民のなかには、嬉しさをあらわしつつも、より調子をおさえて囁く男性もいた。
「あなたは吸血鬼のようだ。差し支えなければどこから来ているのか、お教えいただけませんか」
 帽子の下の顔は汚れていても表情は実直そうだ。
 レイラは打ち合わせどおりに『正体』を明かす。
「私たちは革命軍です。北欧より皆様の支援にやって参りました。私たちは人民の皆様を不当に支配し、害する者たちを決して許しません」
「なんと……そうでしたか!」
 男性は周囲にいた数名の仲間にも、支援の手を差し伸べてくれたのが革命軍であると話す。その情報は、さざなみのように人々のあいだを伝わっていった。
 増やしたジャムを手渡しながら、四葉は市民を勇気づける。
「今、とても厳しいことは承知しています。もう少し自分達にも力があればよかったのですが。ですが希望は捨てないでください。遠からず、状況は大きく変わります。変えてみせます。どうかその時まで耐え抜いてください」
 はたして、モスクワを支配しているヴァンパイアノーブルを、この『革命軍』は退けられるのか。
 証明する機会は間近にせまっていた。
 支援の済んだタイミングに合わせるよう、ラスプーチン配下が上手くやってくれたらしい。カーミラ側のトループス級が、広場へと乗り込んでくる。
 赤い目をした若い女性たち。『ブラッディサクリファイス』だ。

 後から現れたヴァンパイアノーブルたちの剣幕がただならない。
 食事が終わった市民たちは、一気に青ざめた。自分たちが罰せられるのではないかと恐れおののいている。もちろん、トループス級が受けている命令は、ディアボロスの撃退だ。
 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)はボルシチの鍋から離れ、戦闘態勢に早変わりした。
「予定通りですね。こういった工作はカーミラ配下よりも『ココツェフ配下』の方が得意のようで」
 あえて伏せた名前。ラスプーチン派に声をかけておく。
「敵の相手は私が。人民の皆様の避難はお任せいたします」
「心得申した」
「レイラ、自分も最初は一般人のところへまわります。……市民の方々、ご安心ください」
 靫負・四葉(双爪・g09880)も配給係から護衛役へと転身する。
「自分達の活動に対し、カーミラの配下共が妨害に現れるのは想定通り。彼女等を恐れる必要などありません。この程度の部隊には負けませんので。大丈夫。今はどうぞ白軍の方々の誘導に従い、落ち着いて避難を。何も心配はありません、自分はこれより迎撃戦闘に移行します」
 支援をしながら、交流していたことが役にたつ。四葉の説明を、モスクワ市民は受け入れてくれた様子だ。
 パニック状態は収まった。
 話のとおり、『ロマノフ白軍精鋭兵』が、カーミラ派が入ってきたのとは逆のほうから一般人たちを逃がしはじめる。
 レイラは、針状の細剣『惨禍鬼哭血革針』を抜き、『ブラッディサクリファイス』たちを食い止めた。敵トループスは、自身の手首を切り裂き、傷口から溢れる血液を武器として使う。
 鞭となった脈動。
 打ち据えられるレイラは、多少の切り傷には耐える。針の剣で払えるものは払い、直撃を避けつつ勇ましく宣言した。
「支配に抗うには意思だけでは足りず、力が必要です。人民の皆様のみでは力が足りないというのであれば、私たち革命軍がその力となりましょう!」
 剣先に、赤い光が灯る。
「私たちはいずれ……いえ、近いうちに、死妖姫カーミラを追い落としてご覧にいれます。これが大言壮語ではないこと、今この場で勝利を以て証明いたしましょう!」
 惨禍鬼哭血革針を高く掲げた。『天上奉仕・灯火(メイドインヘブン・アガニョーク)』により、赤い革命の光が、敵トループスたちを貫く。
 白い防寒着が、攻撃による負傷で赤く染まる。数体を撃破する。
 ここで慌てて攻勢に出ることはしない。光を高くし、避難の列の最後尾のひとたちにも見えるようにする。ディアボロスたちがモスクワで行っているのは、民衆を鼓舞するための戦いなのだ。
「お、……おおぉー!!」
 人々の反応を確認した四葉は、あとを白軍に託して動く。
「さて、余裕を与えて、万一市民の方々へ矛先が向いても事です。迅速に攻めるとしましょう」
 浮遊腕の爪を差し向けた。
 ブラッディサクリファイスは応じ、自らつくった傷からの血液を、今度は『ブラッディブレード』に変えている。四葉自身も一気に間合いを詰める。
 血の剣は、浮遊腕で受け止めるが、数が多い。抜けてきたぶんの斬撃を、どうしても身体にくらってしまう。
(「市民から見えないように隠し、誤魔化しましょう」)
 四葉のチョーカーにあるひし形の飾りは、『玖式高次元被膜結界器』だ。次元断絶現象により構成された、フィルムスーツ状の『着る結界』を生み出す。
(「幸い敵の武器は鮮血そのもの。流れた血が敵のものだと思わせるのは難しい話ではありません。痩せ我慢は得意な方ですしね」)
 せっかく起こった熱狂を、冷ましたくはない。レイラの熱弁を振るいながらの戦闘も続いている。
「生存と自由を求める人民の意思が絶えることはございません。そしてそれがある限り、革命の灯火もまた消えることはございません」
 『勝利の凱歌』も響いてきた。一般人の心に勇気と希望を湧き上がらせるエフェクトだ。
 残った敵は、逃げこそしないが、広場の雰囲気に怯んでいる。白い防寒着の集団へと、四葉は浮遊腕を放った。血の剣が振り回されるが、注意を引き付ける策に引っかかった証拠だ。
「『次元干渉式・赤――起動』!」
 四葉のパラドクスも、赤い光として認識される。
 三次元空間を対象ごと切断し、光がどこからか切り取ってきた別の次元を挿入する。
「『赤の断絶(アカノダンゼツ)』!」
 傷を戦闘に利用していたブラッディサクリファイスたちだったが、許容を越える引き裂かれかたをして、赤く散る。
 殲滅部隊との戦闘には勝利した。市民たちは、高揚感を抱きながら広場を去る。
「ちょっと、ちょっとぉ。勝手に商売をはじめないでくださいますぅ?」
 いれかわりに、場違いな明るい声がする。
 全滅させたトループス級とはうってかわって薄着の女性のものだ。しかし、彼女もヴァンパイアノーブル。
 アヴァタール級『無頼商人アクサナ』だった。

「貴女にはそう見えるのですね」
 レイラ・イグラーナ(メイドの針仕事・g07156)は、無人となった食料支援所をチラと振り返りながら言った。敵指揮官に対して、静かな怒りがこもっている。靫負・四葉(双爪・g09880)も否定の言葉を投げかける。
「何故この地で和服……というには色々と、こう……奇矯ですが。いえ、まあそちらではなく」
 薄着を指摘しても詮無いこと。
 配下を葬った浮遊腕を、いったん近くに引き戻し、発言も仕切り直した。
「勝手な商売と仰いますが、完全な無償提供ですので的外れです」
「そのとおり。私たちは商売をしているわけではございません。よって、聞き入れる必要はございません」
 問答を繋ぎながらレイラは、小声で仲間に伝える。
「人民の皆様の避難は……完了しているようですね。これならば何を持ち出されても人命に被害が出ることはなさそうで安心しました」
「ええ、ですが、その兵器にどんなものを取り出してくるかしれません。ここは一気に距離を詰めましょう」
 浮遊腕の爪と、銀の針。
 ふたりはそれぞれの得物を押したて、アヴァタール級がふんぞり返っている、広場の入り口がわへと駆けだした。
「あなたたちがお店を開いてないのなら、お客になってもらおうかしら。……こちら、入荷したてでございます!」
 『無頼商人アクサナ』は、むき出しの脇をみせるように、両腕を掲げる。
 警戒していたとおり、パラドクスで取りだした兵器だろう。背後にある路地から、土煙とともに何かが近づいてくる。
 レイラは敵の態勢が整う前に一太刀浴びせようと急ぐが、突撃を提案した四葉のほうが呼び止める。
「いえ、待ってくださいアレは……まさか!」
 二つの車輪を並列させた、奇妙な物体が転がってくる。
「噂に聞くパンジャンドラム、珍兵器もあるとは聞いていましたがあんなものまで!?」
「ほほほっ。驚いていただけたようねぇ♪」
 アヴァタール級が自慢げに笑う横を二輪車が通過し、ディアボロスたちに迫る。四葉はその、歴史上の珍兵器の姿に反応を示してしまったが、驚きはまだ続いた。
「まさか、パンジャンドラ……あ、あれ?」
 聞いていたよりも高さがあった。
 ヴァンパイアノーブルのアクサナは、人間と変わらぬ大きさだとして、車輪の直径は彼女の数倍ある。
「せいぜい人の背丈よりちょっと上程度のはず……」
「靫負様、危険です」
 とまどう指先を、レイラがぎゅっと掴んで引き寄せる。謎の兵器は危ういところでディアボロスたちをかすめた。攻撃は外れたが、奥までいくとすぐにバックしてくる。市民らを追わなかったのは幸いか。
「正体はわからなくとも、とりあえずパンジャンと仮称しておきましょう」
「そ、そうですね。ありがとう、レイラ」
 ふたたび、ディアボロスたちを轢き潰しにかかる二輪を、無頼商人は笑って見ている。すると、どこかから聞こえる、何かで拡声された声がかぶさってきた。
「救援用ゴーレム派遣であるあるある……」
 パンジャンの前の地面から、にょきにょきと生えてくる、土くれの人形。
「商人の女! これはゴーレムの宣伝目的であり怪しくは無い。安心!」
 欺瞞に満ちた声は、フルルズン・イスルーン(ザ・ゴーレムクラフター・g00240)のものだった。建物の上からしゃべっていたのをアクサナは見つけ、ゆえに指揮官の視線がずれたすきに、二輪車はゴーレムの上に乗り上げてしまって、一時回転を止める。
 地上のディアボロスは頷きあい、アヴァタール級から離れて、巨大パンジャンドラムへと向かった。
 敵が狙いを定めにくいように、四葉とレイラは高速突撃をジグザグに交差させている。
 フルルズンはそのまま、建物の高さをあいだにおいてアクサナと対峙していた。
「これよりプロト・ゴーレム小隊を投入する! 『生まれよ 土なる 者』!」
 瞬間錬成でボコボコと地面から湧いてくるは土くれのゴーレム。必要要素を満たしただけのシンプル構成。地面があればどこにでも出せるのだ。
「量産性って大切だよね! 商売女もそう思うでしょう?」
 新たに生まれた人形が、よたよたと歩いてくるのを眺めてアクサナは、苦笑した。
「やれやれ、商品を隅々まで行きわたらせるってコトなら同意だわ。私もストックを開放しましょう」
 胸の谷間から、呪符の束を取りだす。
 展開されると、広域に呪いと毒を撒き散らした。フルルズンの立つ場所にも立ち昇ってくる。けれども、彼女は落ち着いていた。
「偉い人はいいました。数は力だよ。と」
 ゴーレムの錬成を続けていれば、呪符など気にすることはない。とにかく敵本体を四方八方取り囲んで圧殺すればよい。
「パラドクスという土台が同じなら、ドコドコ駆け寄って殴りに来るのは立派な脅威! たまにはトループスみたいな出てきてやられるだけのよりは、まともに数で制圧することの重要さを知らしめたいよね」
 確かに毒よりも、フルルズンの声は拡散していた。
 『烈風神葬撃』で全身に暴風を纏っていた四葉は、突撃しながら『ブラッディサクリファイス』に思いあたる。
「ああ、売り買いは全くなかったわけでは無いですね」
 パンジャン車輪の片方を打ち破った。
「先ほど、そこで倒れている方々に喧嘩の押し売りを受けて高値で買わせていただきましたよ」
 指揮官のほうに向きなおって言い放つ。
「対価はたっぷり叩きつけましたのでこの有様というわけです」
「いいのよぉ。どうせ雑魚なんだから安いもの。けど、こっちの雑魚人形もうっとうしくなってきたわねぇ」
 わらわらと集まるゴーレムに、アクサナの姿も沈みつつあった。フルルズンは、珍兵器の破壊具合がわかって、さらに錬成に勤しむ。
「どうせ火力は他に任せていいのだ。被害を受け止める分厚い物量の素晴らしさを説いてあげやう」
「幾らかの被弾は仕方なしです」
 四葉はまた、レイラに声をかけた。パンジャンドラムは傾いたままで転がり始めている。
「また、連携をとっていきましょう。靫負様は、もう一度穴あきの車輪を狙ってください。……気をつけて」
「……パンジャンの直撃を喰らう不名誉だけは避けたいところですからね」
 散開し、挟み撃ちになるよう、二枚の車輪を両側面から捉える。
 車輪の直径は、フルルズンのいる高さにまでとどくほどだったが、導きの光が構造上の弱点へといざなった。
 レイラは銀の針を投擲する。
「浸す眼窩、泥濘む尾鰭。渇く夜風が波紋を望む……『手製奉仕・跳(ハンドメイドサービス・プルィジョーク)』!」
 魚が水から空中に跳ねるように。
 地面を跳ねた針が、回転する車輪を貫き、車軸を折った。
「人民の生命も、自由も、売り買いできるものではございません。人民が自由に生きることのできる在るべき世界のため……お覚悟を」
 怒りの増幅が、破壊力を増す。
 パンジャンドラムは両輪ともをひしゃげさせて横転した。召喚した主にも、その衝撃が伝わる。
「ぐ、ううう! モスクワの倉庫にあったデッドストックなのに、もう壊れるなんてぇ!」
 アヴァタール級ヴァンパイアノーブル『無頼商人アクサナ』は、折れた車軸と同じ姿勢で身体を曲げた。そこへ、土くれの集団が殴りかかる。
「ゴーレム万歳。物量万歳。商人の在庫の底を尽きさせろ!」
 呪符の毒も晴れていき、敵にトドメをさせたとわかる。フルルズンは、仲間のもとへと降りてきた。レイラは救援の礼を言う。四葉がまた疑問を口にした。
「それにしても、どっから倉庫とやらに運んだのでしょう。あの、パンジャンドラム……」
「ボク、知ってる。あれはツァーリたん……えーと、なんだっけ?」
 幼い少女に戻ったフルルズンはしかし、記憶があいまいだった。
 ともあれ、ラスプーチンとのモスクワでの取引のひとつは完了したわけだ。

『チェインパラドクス』(C)大丁/トミーウォーカー

 

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