遅れるウクライナへの軍事支援2

 英公共放送BBCは17日、ロシアがウクライナに全面侵攻を始めてから死亡したロシア兵が5万人を超えたと報じた。(一方、ゼレンスキー大統領は2月、ウクライナ軍の死者は3万1千人と発表している)

 これはロシアという国家と軍の本質、また戦術の特徴、そしてなぜ今ウクライナの前線でロシア軍が前進できるのかまで分かる非常に優れた報道だった。

 BBCとロシアの独立系メディア「メディアゾナ」がロシア国内70カ所の軍人墓地にある墓を数え、航空写真や当局の発表、新聞やソーシャルメディアも独自に調べ、確認できたかぎりでの死者数だという。

お墓で一つひとつ数えて確認していったという(BBCより)

航空写真で墓の面積が2倍になるのが分かる

BBCより

 ロシア政府が犠牲をいとわず多数の兵士を送り込む、いわゆる「肉ひき器」作戦を推し進めた侵攻2年目の12カ月間では、死者数が1年目より25%多い2万7300人以上が死亡した。

1年目はほとんど職業軍人。2年目は軍務に慣れていない受刑者などが大量に投入されたことがはっきりわかる(BBCより)


 BBCは東部ドネツク州のバフムートやアウジーイウカでの戦闘を通じ、ロシア側の死者数が急増したと分析。また、侵攻前は軍と無関係だった戦死者が4割に上るという。

 この「肉ひき器」作戦の要は刑務所の受刑者の部隊。前線での6か月と引き換えに自由の身になれる。BBCは受刑者1000人以上について軍務についてから死亡するまでの期間を調べた。するとなんと半数以上が前線に着いて12週間以内に死亡!!している。

受刑者を大量にリクルート

前線に着いてから死亡までの期間。衝撃的だ

 「肉ひき器」作戦はこうだ。まず受刑者部隊がしゃにむに前進しウクライナ軍の陣地を攻撃する。ウクライナ兵は姿を現わして交戦せざるを得ない。すると後ろに控えた「真の部隊」が弱体化したウクライナ軍の陣地に攻撃できる。

 こうやってロシアは2月にウクライナの防衛拠点の一つ、アウジーイウカを占拠した。ふつうの軍隊ならば、こんな作戦は犠牲の多い、割に合わないものなのだが、今のロシア軍では効果的な戦術とされている。ロシア軍はこの方式でこれからも攻勢をかけてくるだろうと見られている。

 なんと非人道的な国家であり軍隊なのだろうか。

 BBCは5万人という数字は公的に確認できるだけで、実際はこの2倍になる可能性もあるという

 ソ連が1979年にアフガニスタンに侵攻した戦争では、89年に撤退に追い込まれるまでの10年でソ連側は1万4000人以上が戦死した。そして直後にソ連は崩壊した。アフガニスタン侵攻と比べれば、2年で5万人超の死者というのはすさまじい。(ちなみにベトナム戦争で死亡した米兵は5万8千人超)

 ただしプーチンは、刑務所だけでなく貧困地区や少数民族から多くの兵士を募集している。犠牲の多さが大都市のロシア人にどこまで響くか。

 昨年末、アメリカの諜報機関は、ロシア軍の死傷者が31万5千人に達したとしていたが、ロシアはここ数カ月、ウクライナで戦略的軍事的優位を得ており、ますますロシアに有利な方向に向かっていると見られている。

 

 ロシアにはいくつもの優位点がある

 まずは中国の支援で制裁を逃れることができている戦車・ミサイル製造のための超小型電子部品の9割、弾道ミサイル製造のための工作機械の7割を中国から輸入できている。中国から軍事利用の可能性のある製品の輸出が22年以降3倍以上に増加しているという。(米国家情報長官室 年次脅威評価)

 ロシア国内の軍需工場での増産が急ピッチで進んでいるうえに、北朝鮮、イランからミサイルはじめ兵器弾薬を入手できている。

 これに対して、ウクライナへの外国からの軍事支援が弱まっている。

 「ウクライナが待ち焦がれる欧州からのF16戦闘機 約束は45機 当面の納入は6機か」。

朝日新聞4月14日(日)

 これはニューヨークタイムズ(3月11日)の一面に載った軍事・外交のベテラン記者、Lara Jakesの記事を朝日新聞(4月14日)が翻訳したもの。結論はF16が実践配備されるのは7月になり、しかも少数だろうというもの。

F16

 NATOのF16供与には混乱と混迷があるという。

 「ウクライナの当局者たちは、大砲、防空ミサイル、戦車といった一連の最新兵器の提供に抵抗する欧米の姿勢をくつがえしてきたが、ジェット戦闘機が勝利に必要な最後の主要兵器だと語っていた。バイデン政権はしぶしぶながら、ウクライナの要求に折れ、同盟国がF16を提供することを認めた」。ウクライナに押されて、はじめは渋っていたNATOが供与に踏み切ったのだった。供与するのは、各国が次世代戦闘機に買い替える上でいらなくなる「おふる」のF16。

 問題は、操縦できるパイロットだったソ連式の機体と戦術とは違う技量が求められる。パイロットは英語の勉強も含めて10カ月の訓練を経る必要があり、デンマーク、英国、米国で12人が訓練中だ。通常は数年かかる座学、シミュレーション、飛行訓練をぎゅっと圧縮してやっている。

 訓練は昨年8月、デンマーク南部の空軍基地で始まったが、語学力や西側式の飛行技術の知識が不足していたため、進捗が遅れた。飛行準備が整ったのは1月になってからだった。

 また、F16の機体の問題もある。これまで、デンマーク、オランダ、ノルウエー、ベルギーが、小規模の3個飛行隊に十分な約45機をウクライナに送ると約束している。デンマークは今春の終わりに最初の6機、さらに13機を年内から2025年にかけて送る予定だ。他の国々は納入時期を決めていない。オランダはウクライナの受け入れ準備が整うまで自国で機体を保有しておくという。

 機体を適切に整備できるのかという問題もある。

 兵器の供与とは、外交上のかけ引きから人材育成、メンテナンスまで、けっこう大変なことだなというのが粘り強い取材でよくわかる記事だ。

 軍事専門家によれば、最大45機のF16(しかも最新型ではない)では戦局を決定的に変える「ゲームチェンジャー」にはならないだろうという。ただ、兵器弾薬が不足、あるいは枯渇の危機にあるウクライナでは、少数であってもF16は有益だと見られる。

 F16はロシア軍の航空優勢を減じ、短・中距離ミサイルを搭載して空から地上軍の支援に力を発揮するだろう。

 ウクライナの戦争に関するイギリスとアメリカの優れた調査報道。日本のジャーナリズムも見習わなくては。

遅れるウクライナへの軍事支援

 畑ではエンドウがかわいい花を咲かせていた

エンドウの花。白いのもある

 ノビルがたくさん生えていた。みなさん「そんな雑草いらない」というので、私が摘んでもち帰る。味噌とマヨネーズをつけて極上の酒のつまみになった。

誰も要らないというので、私が一人占め

 春は畑が楽しい。

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 ウクライナの防空能力が危機に瀕している。

 先日、キーウ州最大の火力発電所はじめ多くの電力インフラがロシア軍の空襲で破壊されたことでわかるように、ウクライナは飛んでくるミサイルを迎撃できなくなっている。地対空ミサイル「パトリオット」はほぼ枯渇しているとみられる

 17日にはウクライナ北部のチェルニヒウで3発のミサイルによって市内の20棟以上の集合住宅が被害を受け、少なくとも17人が死亡、78人が病院に運ばれた

チェルニヒウで集合住宅にミサイル攻撃。ミサイルの破壊力はすさまじい。(テレ朝ニュースより)

 私が昨年の取材で知り合ったウクライナの人々のことを思うと、焦燥感がつのる。

 17日夜に臨時で開かれたEU首脳会議にゼレンスキー大統領がオンラインで出席。イランのドローンとミサイルによる攻撃をイスラエルだけでなくアメリカなど同盟国も加わってほぼ防いだことに触れ、「ウクライナの空、我々の隣国の空も(イスラエルと)同じように安全であるべきだ」と協力を呼びかけた。

PBSのインタビューで、キーウの発電所が破壊された際に迎撃が困難だったと述べるゼレンスキー大統領。

 15日に公開された米公共放送PBSのインタビューで、ゼレンスキー大統領は防空ミサイルが枯渇していたためキーウ州最大の火力発電所への攻撃を防げなかったと認めている。

11発のミサイルが向かってきた。最初の7発は撃墜したが、4発が発電所を破壊した。

 なぜ?われわれが持っていたミサイルはゼロだったからだ。ミサイルは残っていなかった。

 そして、こうまで言った。

率直に言って(アメリカの)支援がなければ、ウクライナが勝利する可能性はない」。

 ロシアは住民の暮らしを支える施設を狙って攻撃しており、このまま重要なインフラが破壊され続けていけば、国力を消耗させて戦闘を効果的に遂行できなくなる。最近のゼレンスキー大統領の表情、コメントに危機感、悲壮感が強く表れており、痛々しい。

 EUは首脳会議でウクライナに防空システムを緊急で供与することを決定。ミシェル首脳会議常任議長は「数日か数週間のうちに供与する」と記者団に述べた。今後は加盟国に対し、防空システムの生産スピードを上げるよう求め、在庫で使えるものは先に供与していく考えだという。

 それにしても、欧米のウクライナに対する軍事支援はずっと遅れ遅れになっている。

 昨年6月に開始されたウクライナの反転攻勢は「不成功」に終わったが、その大きな理由は欧米の軍事支援の遅れにあったとされる。

 ゼレンスキー大統領は昨年11月30日、反転攻勢で「望んだ結果が得られなかったことは事実だ」と認め、「我々は人員を失っている。要望した兵器のすべてを得られなかった」とも述べて米欧諸国による武器供与の遅れにいらだちを示した。陸上での攻防に不可欠の戦車については、ドイツの「レオパルト2」と英国の「チャレンジャー」がウクライナに供与されたのがロシア侵攻からほぼ1年たってからだった。

 ウクライナ国民の中に、「欧米はウクライナを勝たせようとは思っていない」という声が聞かれるのも故無しとしない。

 軍事支援の質と量、その時期が適切だったら戦況は大きく変わっていただろう。ウクライナ軍の攻撃にロシア軍が総崩れになって広大な占領地を解放した一昨年秋の勢いをかって、早めに反転攻勢を始めていればと多くの兵士が嘆いていた。しかし、十分な兵器と弾薬がなく、攻勢開始の時期が遅れたため、ロシア軍に二重三重の強固な防衛ラインを準備する余裕を与えてしまった。

 小泉悠東京大学先端科学技術研究センター准教授と高橋杉雄・防衛政策研究室長という、日本を代表する軍事評論家二人が、昨年夏の対談でこう指摘する。

「高橋:今年(2023年)の一月に西側からの戦車供与が決まったわけじゃないですか。待てば待つほどロシア軍の守りは固くなるので、ウクライナ軍としてはなるべく早めに反攻を仕掛けたかった。ただ、訓練の期間を考えると、出来るだけ時間はとったほうがいい。その結果、ベストな選択として導き出されたのが、六月上旬の反転攻勢だったのだと思います。

 これは逆に言えば、西側がもっと早く供与を決定していれば、戦車の数も訓練状態も最高の形で今年の春を迎えられていたかもしれない。判断の遅れが致命的だったと言わざるを得ません。

小泉:同感です。例えばですが、「レオパルト2」が2022年の秋に入ってきていれば、今年の春になって地面が固まってきたところで、バーンと電撃反攻を仕掛けられましたよね。そのタイミングであれば、ロシア軍の陣地もここまでガチガチに要塞化されていなかったはずで、完全に時期を逃してしまった感があります。」

 高橋氏が、ウクライナ軍の課題として「航空阻止」(戦闘爆撃機や長距離ミサイルを使って敵の後方を攻撃し、第二梯団が前線まで出てくるのを防ぐこと)ができていないことを挙げると—

「小泉:(航空阻止のためには)ある程度まとまった数のF16戦闘機を手に入れなければなりませんが、肝心のアメリカの腰が重い。(略)

 2022年の秋に西側諸国が戦車供与の決断をしていれば、今ここまで酷い戦況にはなってなかったわけですよね。逆に言うと、この夏の間にちゃんとF16の供与を始められれば、来年の春や夏にはもう少しマシな戦いが出来る可能性があるわけです。

高橋:そうそう。今年八月にF16の訓練がシステマティックに始まるとすれば、来年の春には六十~八十機程度の戦力が投入できる。半年以上あるわけだから、それなりに高度な作戦もこなせるようになるはずです。ウクライナ軍が来年、有意義な戦いができるかどうかは、本当にバイデン次第ですね。

(小泉悠『終わらない戦争~ウクライナかた見える世界の未来』文春文庫2023より)

 この対談で登場するF16は遅まきながら昨年の広島サミットでバイデン大統領が供与を宣言した。しかし、そのF16戦闘機がいまだに実戦配備されていない。

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 不思議に思っていたが、『ニューヨークタイムズ』紙の軍事・外交のベテラン記者の記事が詳しくこの間の事情を報じていた。
(つづく)

対人地雷の被害に苦しむウクライナ 

 節季は清明。「清浄名潔」という言葉を訳した晩春を表わす季語だという。

 空気が澄み、花が咲き乱れる美しい季節。沖縄では「清明祭」(シーミー)が行われ先祖の墓の前で歌い踊って楽しく過ごす。

 5日から初候「玄鳥至(つばめ、いたる)」次候「鴻雁北(こうがん、かえる)」は10日から、末候「虹始見(にじ、はじめてあらわる)」は15日から。

 南国からツバメが海を渡ってきて、ガンはシベリアへ帰っていく。空気が潤ってきれいな虹も見られるようになる。
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 畑が黄色に染まっている。アブラナ科の仲間が花をつけたからだ。

 私が見た範囲では、小松菜、芥子菜、のらぼう菜(江戸東京野菜)、水菜、大根、蕪、ブロッコリー、チンゲン菜が咲いていた。これらはみな「菜の花」だ。

蕪の花が意外にゴージャス

小松菜がいちばんきれいだった

 花が咲いたらもう硬くなって野菜としては終りなので、根っこから抜く作業をした。小松菜が一番きれいだったので何本か持ち帰り、花瓶にさして楽しんでいる。
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 ウクライナへの侵攻を続けるロシア軍は11日、ウクライナ各地にミサイルや無人機による大規模な攻撃を行い、キーウ州で最大の火力発電所が破壊された。

 また東部ハルキウ州では、エネルギーのインフラ施設が被害を受け、20万戸以上で停電が起きているという。

 ロシアは、侵攻が始まってから最大規模のインフラ攻撃を行っていて、ここ数週間で火力発電所の8割、水力発電所の5割以上が攻撃を受けたという。

 問題は、ウクライナの防空システムが弱体化して、ロシアのミサイルやドローンを迎撃するのが困難になっていることだ。とくに地対空ミサイル「パトリオット」が枯渇した恐れがある。

 最大の軍事支援をしているアメリカの議会がいまだにウクライナ支援を盛り込んだ予算案を通さず、昨年末に資金が尽きている。予算案の議会通過を妨害している元凶はトランプで、共和党全体がトランプ党化しているという。

 ガザの事態を見ても、アメリカが世界の秩序形成をリードする時代が終わったことがはっきりした。今、世界史の画期に生きていることを感じる。

 

 侵攻が長期化するなか、前線では、ロシア軍が仕掛けた大量の地雷による被害があとを絶たない。被害を拡大させているのは、対人地雷PFM-1だ。対人地雷は、国際条約で使用・製造が全面禁止されており、ウクライナを含む160以上の国と地域が加盟しているのだが、ロシアは非加盟だ。

対人地雷がまかれた面積はウクライナ全土およそ60万3600平方キロの4分の1以上になる。ドイツ、イタリアの国土の半分にあたるという(国際報道10日)

 このPFM-1地雷は「花びら地雷」または「バタフライ地雷」とも呼ばれ、12センチほどと小さく、緑や茶のプラスチックで覆われている。空からばらまくと草原や畑、森のなかでは保護色で気づきにくく被害を大きくする。ロケット弾一発に300個以上搭載でき、一度に5千個を150ヘクタールにまくことができるという。

兵士がこの「花びら地雷」で手足を失うケースが激増しているという(国際報道)

地面に埋めるのではなく、上からばらまくので草や葉にまぎれてしまう(国際報道)

戦場で「花びら地雷」を踏んで足を切断した元兵士。義足を合わせるために6回手術をしたという。各人の状態に合わせた義肢をつけるのは簡単ではない。

 ソ連が80年代からアフガン使いはじめたもので、いったんまかれればほぼ永久に爆発の可能性が残る。昨年6月にはじまったウクライナの反転攻勢をはばんだ要因の一つがロシアがまいた大量の対人地雷だったといわれる。

 昨年、私はウクライナドネツク州で、このPFM-1地雷の除去作業を取材している。当時の取材メモより―

 「これは人命を奪わない程度の、例えば足首や足指がもげる程度の怪我を負わせる。すると、怪我を治療する人員や医療資源が社会に負担となってのしかかる。さらに、障害を負った本人と周りの人々の戦意を削ぐ。殺害するよりも敵に物理的、心理的に大きなダメージを与えることを目的に考案された、悪意に満ちた地雷である。

 春には緑、秋には茶色と季節により違う着色をして空からばらまく。すると地面に落ちた地雷は保護色で見分けにくくなる。かつてソ連軍が侵攻したアフガニスタンでは、好奇心でさわった子どもたちが多数大けがを負った。ウクライナでもすでに住民に被害が出ているという。

 処理班の一人が「お国からいただいたものです」と指し示したのは、金属探知機だった。日の丸とJICA(国際協力機構)の字が記されている。ウクライナで初めて見る日本からの支援品に少しほっとさせられた。

 自宅近くに地雷があっては安心して暮らせない。しかし現在はダムなどの生活インフラの地雷除去が優先され、農地や森、住宅地はほとんど手つかずだという。処理が終わるのはいつになるかと地雷処理隊のリーダーに尋ねると、つらそうな表情で「誰にも分からない。まずは戦争を終わらせないと」と答えた。」

私たちがウクライナで見たPFM-1。現地ではバタフライ地雷と呼んでいた(筆者撮影)

日本から贈られた探知機を持つ遠藤さん(筆者撮影)

 まかれた数の多さと広さがとてつもなく、特に一時戦場になったりロシア軍に占領された地域では、ロシア軍を追い出したあとも畑や森に安心して入れない状態が続いている。

 これは戦争後、何十年もつづく問題で、あらためてロシアの蛮行に怒りが湧いてくる。

 ウクライナ政府は地雷除去に国際的支援を訴えている。日本の得意な分野でもあり今後積極的に支援したい。

拉致問題の膠着を破る鍵について5

国立高校そばの歩道橋から

 東京の桜の名所の一つ、JR中央線国立(くにたち)駅の前から伸びる「大学通り」で満開の桜を眺めてきた。桜が心をうきうきさせるのか、行き交う人々に笑顔が浮かぶ。
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 台湾の大地震。痛ましい被害の映像がニュースで流れたが、同時に、被害の復旧、被災者への支援のすばやさ、的確さには目を見張った。

避難所にはプライバシーが保てる個室スペースが用意された(TBS報道特集より)

中にいるのが怖い人には外のテント

 地震から4時間後に設置された避難所には冷房完備、十分な食糧はもちろん、電話、充電設備、シャワーからボランティアのマッサージ、心のケア相談窓口、子どもの遊び場まで用意されていた。傾いたビルは地震の翌日から解体工事が始まっていたという。すごい。感銘を受けた。花蓮市幹部は日本の東日本大震災岩手県を訪れ、災害対応を学び、毎週、市の職員は災害対応を練ってきた、その成果が表れたのだそうだ。

子どもの遊び場まで用意されていた(報道特集より)

 日本は百年前から被災者は体育館に雑魚寝。「遅れている」ことをはっきり自覚すべきだ。近年、かつては日本をお手本にしていたアジアの諸国に見習うことが多い。

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 北大西洋条約機構NATO)は、4日で創設から75周年を迎えた創立時の12カ国からスウェーデンが3月7日に正式に加盟して32カ国になった。

 4日に行われた75周年の記念式典後、ストルテンベルグ事務総長はウクライナのクレバ外相と共同声明を発表。「ウクライナ支援が予測可能で、公平な負担分担で、そして長続きすることを保証する必要がある」と訴えた。

 これに対しクレバ氏は、「ロシアはウクライナを地図から消し去ろうとしている。記念日を台無しにしたくないが、私のメッセージは(地対空ミサイル)パトリオットだ」と述べた。ロシアは連日、ミサイルやドローンでウクライナのエネルギーインフラを含む生活基盤を破壊している。NATOが防空システムの供与を加速できるかが問われている。
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前回のつづき

 3月27日の集会で最初に挨拶に立ったのは、参議院拉致問題特別委員会の委員長、松下新平参議院議員だった。

 松下議員といえば、『週刊文春』で彼が「外交顧問兼外交秘書」にしていた中国人女性が風俗店を整体院といつわりコロナの持続化給付金を騙しとった疑いで書類送検されたことが報じられたばかり。

(2月28日号、https://bunshun.jp/denshiban/articles/b8122

 この女性は、中国が各国に置く「中国警察の海外拠点」の疑いのある秋葉原の「福州総会」の元幹部だった。松下議員とこの女性の関係についてはすでに21年12月23日号で記事になり、松下議員は週刊文春を名誉棄損で訴え、裁判中だ。

 集会には立場の異なる多様な顔ぶれが参加して興味深かった。主催した和田春樹氏をふくめ報告者の所説には同意し難いものも多々あったが、全体としては、今の「救う会」が主唱する「全拉致被害者の即時一括帰国」路線からの大転換をめざすことで一致していたと思う。

 つまり、拉致問題における安倍政治の否定である。

 ジャーナリストの有田芳生さん参議院議員時代、250本の質問主意書を出し、拉致問題の前進を活動の重点に置いていた。

集会で報告する有田芳生さん

 有田さんは2点を主張した。

 一つ、政府は、2014年に北朝鮮側から生存情報がもたらされた田中実さんと金田龍光さんについて具体的なアクションを取れということだ。

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 田中実さんは、日本政府が認定した拉致被害者だが、家庭の事情で養護施設で育ち「家族会」には誰も入っていない。田中さん、金田さん以外の拉致被害者の新たな情報がないという理由で、二人の生存情報を記した報告書の受け取りを拒み、その情報を国民に隠蔽したままもう10年が過ぎた。

 日本に田中さんの家族はいないが、かつての担任の先生は「田中を頼むぞ」と田中さんの友人たちに言い残して亡くなったという。また、親友の同級生は、田中さんが帰国したら空港までみんなで迎えに行きたいと有田さんに語ったという。田中さんは今年7月で75歳。これ以上放置することは人道上も許されない。

右が田中実さん、左が親友で今も田中さんを案じている

 もう一つは、横田家とキム・ウンギョンさんのことだ。

 2014年に横田滋さん早紀江さん夫妻が孫娘であるウンギョンさんの一家が面会できたことは、大きな喜びだった。しかし、孫と会うのがこの1回で終わりというのではあまりに酷い。「救う会」は反対するだろうが、ぜひまたお孫さんと会ってください、今度はウンギョンさんを日本に招きましょうと政府が提案すべきだ

 滋さんの生前、横田夫妻は、ウンギョンさんを日本に招きたいと思っていた。そして滋さんが「ウンギョンさんが日本に来たら、ディスニーランドに連れていきたい」というと早紀江さんが「いや、おとうさん、(横田家が新潟に来る前に住んでいた)広島や歌舞伎も見せたい」などと楽しい夢を語り合っていたのだ。滋さんは間に合わなかったが、早紀江さんをぜひウンギョンさん一家と再会させてあげたい。

 再会の実現は、北朝鮮との交渉を促進するチャンスにもなる。14年3月の横田夫妻とウンギョンさんの面会を実現するための北朝鮮との接触が同年5月の「ストックホルム合意」(北朝鮮が「拉致問題は解決済み」としてきた立場を改めて、「特別調査委員会」を設置し、拉致被害者を含む日本人行方不明者の調査を行うと約束)に結実した。

 人道問題から外交的成果へとつなげることをめざすべきだ。

 有田さんの二つの提案は、説得的で理にかなったものと私には思われた。
(つづく)

 

拉致問題の膠着を破る鍵について4

 ガザで米NPO「ワールド・セントラル・キッチン」の車がイスラエル軍の攻撃を受け、7人のスタッフが亡くなった。この団体はキプロスからガザに支援物資を海上輸送していた。

Newsweekより

 米国までが激怒する蛮行に、イスラエルは「ミス」、「誤射」と逃げるが、明らかな狙い撃ちである。この事件でNPOは支援活動を中断することを決めたが、これはイスラエルの望むところだろう。

 イスラエルはシリアのイラン大使館の爆撃までやっていて、暴走が止まらない。在外公館をしかも他国の領土奥深く入って攻撃するとは・・・。少なくともオリンピックはじめ国際交流イベントからはイスラエルを締め出すべし。

・・・・・・・

 きょう4日の朝日新聞夕刊に、故海老原宏美さんの思いを引き継いで活動する仲間たちの今が特集記事になっていた。

朝日新聞4日夕刊1面

 海老原宏美さんは筋肉が次第に衰える難病を患いながら、障害者が自立して生き、人々の意識を変えようと活動していた。彼女を被写体にした映画を観、彼女が書いた本を読んで衝撃を受け、障害に対する見方を変えられた。3年前に44歳で亡くなった。

海老原宏美さん

 海老原宏美さんの『まぁ、空気でも吸って』という本に収められた「私の障害のこと」という文章から―

 私は、脊髄性筋萎縮症Ⅱ型(SMA type2)という、ちょっと珍しい障害をもって生まれました。「type2」という響きがカッコイイと思っています。一説には、この病気の発症率は四万人に一人とも言われています。両親共に原因となる遺伝子をもっていて、それを一つずつもらい受け二つそろったときに、めでたく発症します。ということは、祖先たちが代々、この遺伝子を受け継ぎ保因者として生きてきたからこそ私もそれを引き継いだわけで、それは一体、何百年、何千年さかのぼる旅だったのだろう? と思うと、この障害が愛おしくてたまりません。

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 生命の原点に立ち返ることを迫られる。
・・・・・・

 前回、「救う会」が「家族会」をコントロールし、安倍政治とつるむことで拉致問題の進展を妨げたことに触れたが、集会では、救う会」の被害者家族に対する卑劣きわまりない恫喝も暴露された。

 2014年3月、横田滋さん、早紀江さん夫妻は、めぐみさんの娘で二人にとっては孫娘にあたるウンギョンさんの一家にモンゴル・ウランバートルで面会した。三日間にわたり、水入らずの親密な時間を過ごしたことは、そのときの写真の輝くような笑顔に表れている。

ひ孫の智恩ちゃんを抱くうれしそうな横田夫妻有田芳生氏提供)

 早紀江さんは、滋さんが亡くなったとき、この面会がなかったら、お父さん(滋さん)は何も良いことのない人生になったところだったと語っていた。それほど二人にとってうれしい時間だったのだ。

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 その時の写真を、有田芳生さんが横田さん夫妻の承諾を得た上で『週刊文春』で公開した。

 すると早刷りが出た水曜の夜、「救う会」とそれとつるむ政府の一部の高官が横田夫妻に恫喝を加えたのである

 そもそも「救う会」はウンギョンさん一家との面会を横田夫妻から事前に知らされておらず、もし知っていたら反対したはずなのだ。加えて、夫妻が満面の笑みを浮かべていることが気に食わない。「うれしい、楽しい」と思うのは、北朝鮮拉致問題を「おしまい」にしようという狙いにはまってしまうことになる(?!)、というのだ。

 夫妻にとってウンギョンさんは血を分けた孫である。祖父母が孫と会って笑顔を見せて、どこが悪いのか。家族水入らずの笑顔を否定するのは非人道的な政治主義であり、「救う会」が拉致問題を本気で解決する気があるのかを疑わせるに十分である。

 水曜の夜、横田家の電話が鳴る。

 救う会西岡力会長、櫻井よしこ氏、中山恭子参議院議員のほか「政府のエライ人」から次々にかかってきた。特にすさまじかったのは櫻井よしこ「こんな写真を出したら、めぐみちゃん、殺されちゃいますよ!!」と、テレビなどの前で見せるソフトな声色とは別人のような激しい口調で早紀江さんを脅迫したという。しかもその後、櫻井氏はもう一度電話をかけてきてダメ押しの恫喝を行っている。

 こうした非難と脅迫の波状攻撃の結果、横田さん夫妻は、有田芳生さんへの非難文を書かされることになる。年老いた二人に対してなんとむごいことをするのだろうか。

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 「モンゴルでの楽しかったウンギョンちゃんとの面会をみなさんにも見ていただきたい」と、有田さんの写真公開をよろこんで了承した横田さん夫妻は、この“事件”のあと、写真の公開は望んでいなかったし、これからも公開しないという声明を発表させられる。

 だが横田滋さんが亡くなったあと、早紀江さんはモンゴルでの面会の写真を、キャンペーン用に、新潟と川崎のバスの中に掲示することを了承している。横田夫妻の思いがどちらにあったかは明らかである。

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  「被害者家族の意に沿う」と言いつつ、実際には「救う会」は家族の意思を押しつぶしながら、自らの政治的意図を優先してきたのである。

そしていよいよ、田中実さん、金田龍光さんを見殺しにした「救う会」=安倍路線の罪である。
(つづく)

拉致問題の膠着を破る鍵について3

 プーチンを刺激するからロシア本土は攻撃しないように!」と米国から命じられたにもかかわらず、長距離を飛ぶドローンのおかげでウクライナ軍は、国境から1200キロも離れたロシア中部タタルスタン共和国を攻撃した

 ウクライナメディアによると、同国国防省情報総局は、ドローン攻撃が露軍の自爆ドローン製造工場などを標的とした特別作戦だったことを認めた。

破壊された工場では自爆ドローン「シャヘド」を製造していたとされる。(Ukrainian News)

 タス通信によると、ロシアによるウクライナ侵略の開始後、タタルスタン共和国へのドローン攻撃は初めて。

 兵器、兵員とも圧倒的に劣りながらもロシアの侵略に必死に抵抗するウクライナにt対して「敵を刺激するな」は理不尽きわまりない。今回狙ったのは、ウクライナに連日空襲で使われる自爆ドローンの生産拠点で、当然の攻撃対象。今後ウクライナはロシア本土深くを攻撃するはずで、プーチンの核使用の脅しに怯えるアメリカとの確執も予想される。

 一方、ロシア軍による虐殺で世界を震撼させたキーウ近郊のブチャで「解放2年」の記念行事が行われた。ブチャは一昨年のロシア侵略の緒戦で28日間占領され、ロシア軍は誘拐・拷問・性的暴行、子どもを含む市民の殺害などを行った。犠牲者はブチャだけで509人にのぼる。記念日に合わせて、ウクライナ国家警察は戦争犯罪に関与したとする100人以上のロシア兵を特定し、公表した。

ロシアの全面侵攻直後のブチャの虐殺は世界を震撼させた

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 この町での蛮行が明るみに出たことで、ウクライナ人はロシアの統治の下に入ることが何を意味するかを知った。これでウクライナ人は「投降」できなくなったウクライナの対ロシア感情を決定的に変え、「徹底抗戦」を決意することを後押しした。

 虐殺で注目されたこともあって支援が集中し、街はかなり復旧が進むが、人々の心は修復できていない。これからも厳しい日々がウクライナには待っている。

78人の遺体が見つかった「死の通り」といわれたヤブロンスカ通りに新たな公園が整備され、犠牲者を追悼する植樹が行われた。木には犠牲者の名前のプレートが付けられた。(NHK国際報道より)

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前回のつづき

 蓮池透さん拉致被害者蓮池薫さんの兄で、「家族会(「北朝鮮による拉致」被害者家族連絡会)」の結成時から事務局長を担ったが、途中から支援団体の「救う会北朝鮮に拉致された日本人を救出する会)」の方針に対立して家族会を離れた

 彼の報告で興味深いのは、「家族会」が「救う会」に取り込まれ操られていく過程だ。

 「抗議文や声明文は、当初は救う会佐藤勝巳会長単独で出していたが、徐々に家族会代表横田滋救う会会長佐藤勝巳の連名で出すようになっていった。内容もしだいに過激になっていき、それはすべて救う会が作っていた。

 横田家に原案がファックスで入って、それを横田さんが追認するという形で、連名の文書になった。私も、とても滋さんが書くような文章ではないなと思いながら、連名の文書を発表していた。」

 「デモをするときも先頭を歩くのは家族である。その後ろに隊列ができているわけだが、後ろに行くにしたがって、どこか怖い人たちが増していく、一番後ろには、太いストライプのスーツにサングラスをした、いかにもという人がいる」という状況だった。

 運動は次第に右翼の政治勢力に侵食され支配されていった。

 「家族会は毎年春には『今年の活動方針』を策定するのだが、これもすべて救う会が作る。家族会は単なる追認機関だったのである。そういう状況を見て私は、家族会の発起人である兵本氏(元国会議員秘書)や石高氏(元テレビ局プロデューサー)にも相談をもちかけたことがある。石高氏に言わせれば『こりゃもうアカンわ』、兵本氏は『う~ん、困ったね』という調子だった。発起人も、もう出る幕ではないという状態となり、家族会は完全に救う会の下部組織になり下がってしまったのだ」

 つぎに「救う会」=「家族会」の主張、方針について、安部首相と救う会・家族会は蜜月関係で、「一体化」してきたと蓮池さんは言う。

 拉致問題に関する「国民大集会」は救う会・家族会が主催するものだが、「日の丸の旗を持ってきている人が目につき、旧陸軍兵士の格好をした人、ゲートルを巻いてサーベルを持っているかのような人たちが大勢集まってきていた。」佐藤勝巳会長は「核武装」を唱えていた。

去年11月の国民大集会(首相官邸HPより)

 「家族会の主張として、議論のスタートラインに、まずは全員生存を前提に全員帰してくれということは理解できる。しかし、その次に『全員一括帰せ』というようになった。今は『拉致被害者の即時一括帰国を実現せよ!』である。それでは、たとえばめぐみさんが見つかった、生きている、帰りたいと言っている、となっても、彼らはノーを出すことになる。『一人じゃだめなのです。一括なんです』。これは欺瞞、あるいは詭弁である。わざとハードルをあげて、無為無策の安倍首相に助け船を出していたのだ。これは、この後の菅政権、岸田政権へも同様だ」。

 「最近思うのは、家族会は本当に救出を望んでいるのだろうか、ということだ。少なくとも救う会の目的は、『救出ではなくて北朝鮮打倒』だ。また、右派の政治家たちにとって拉致は、日本が持っている唯一の『被害者カード』なのである。拉致問題は未解決のまま長続きした方がいい。なぜなら、拉致問題が彼らの生業だからなのである」。

 拉致問題が二進も三進も行かない膠着状態に陥って、これほどにも長い時間が経ってしまった元凶は、救う会が入り込んできたためだと、私は考えている。」

(救う会と家族会の関係については以下を参照されたい)

takase.hatenablog.jp

  蓮池透さんとは意見が違うところもあるが、以上の点についてはほぼ賛成する。もっと言うと、救う会やその背後にいる「日本会議」、自民党安倍派など右派政治家の目的は「北朝鮮打倒」というよりそれをスローガンにした国内政治の右傾化—憲法改正や米軍との連携強化、反共体制構築、ジェンダー・人権問題での反動化、家族・皇室観の戦前への回帰など―ではないかと私は見ている。

 家族会を極右イデオロギー代理人のような存在にすることにより、日本会議統一協会など右派の政治勢力にとって、拉致問題は教科書問題と並ぶ大成果をおさめたテーマとなったのである
(つづく)

拉致問題の膠着を破る鍵について2

 国連安全保障理事会は28日、北朝鮮に対する制裁の履行状況を監視してきた「専門家パネル」の任期を1年延長する決議案を否決した。日米など13カ国が賛成したが、常任理事国北朝鮮との関係を深めるロシアが拒否権を行使。中国は棄権した。約14年続いたパネルの監視が止まることになり、北朝鮮が核やミサイルの開発などを加速させることが懸念される。(朝日新聞

 3月7日付けで専門家パネルの最終報告安保理に提出された。パネルが消滅するのでこれが最後の報告となる。615頁にぎっしり書かれた詳細な調査結果の報告だ。

専門家パネルの報告書

 はじめの「要約」では、北朝鮮が国連の制裁逃れや違法な経済活動で大量の資金を得、核・ミサイル開発がいっそう促進され、「朝鮮半島の政治的、軍事的緊張がさらに高まった」と結論づけている

https://www.un.org/securitycouncil/sanctions/1718/panel_experts/reports


 今回の報告で注目されるのはサイバー攻撃で、「パネルは2017~2023年に朝鮮民主主義人民共和国により暗号通貨関連の会社に対してかけられた約30億ドル(約4,500億円)に相当する58回のサイバー攻撃を調査しており、この資金は大量破壊兵器の開発に寄与するとされている。偵察総局所属のハッカー集団による大量のサイバー攻撃は続いてきたとされる」(「要約」)

 報告本文では、違法なサイバー攻撃で得た資金が北朝鮮の外貨収入全体の50%にもおよび、核を含む大量破壊兵器の開発資金の40%が違法なサイバー攻撃から得られると推測されることに触れている。

北朝鮮サイバー攻撃を詳細に調査(報告書より)

 また、北朝鮮ハッカー集団は、NGOや学術機関になりすまし、相手をだます巧妙なメールを作成するにあたって生成AIを使った疑いがあるという。

 去年から北朝鮮は、韓国の半導体企業を狙ったサイバー攻撃を集中的に仕掛けている。国家情報院によれば、北朝鮮は兵器製造のため半導体の需要が高まるなか、制裁で外国製の入手が困難になっており、そこで情報を入手して自国での半導体製造を準備しているのではないかと見ている。

29日朝日新聞夕刊

 北朝鮮の動きを広く深く調査する専門家パネルがなくなることは、監視の目が緩むことを意味する。今回ロシアが拒否権を行使したのは、もちろん、砲弾やミサイルなどウクライナ攻撃のための兵器供給に見られるように、北朝鮮との軍事的な関係を急速に強めているからだ。ロシアのウクライナ侵略は極東の緊張にも影響を与えている。
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 前回、横田めぐみさんの「遺骨」について触れ、夫の金英男氏の説明には疑問が残ると記したが、これを裏付けるのは蓮池薫さんのテレビ朝日のインタビューに答えた以下の証言だ。

news.tv-asahi.co.jp


Q:めぐみさんのものとして提出した遺骨について北朝鮮は「夫の金英男氏が97年から保管していた」と説明していますが

蓮池薫さん
「97年というと少なくても97、98、99年くらいまでは、我々はその部屋にしょっちゅう行っているのに遺骨がなんでないのって話ですよ、見たこともないし。めぐみさんがもし亡くなったということを知ったら我々に言うわけじゃないですか。それから遺骨の相談もするでしょうし、一切ない。あり得ないんですよ。だから彼の言っていることは、作られた話を言わされている。私はこれは間違いないと思います」

 金英男氏は薫さんの同じ職場の同僚で親しく交流していた。この薫さんの証言はリアルである。

 

 さて、福澤真由美さん日本テレビ報道局社会部拉致問題取材班キャップを務め、20年以上にわたって拉致問題を取材しつづけてきた。通常テレビ局では記者は2年か3年で取材の担当を交替する。そのなかにあって福澤さんのようなスペシャリストはきわめて少なく貴重だ。

 福澤さんは朝鮮労働党幹部で日朝交渉を担当する“ミスターX”の後任の“李先生”と知り合い、中国の北京、瀋陽北朝鮮平壌で十数回取材し、北朝鮮を6回訪問している。「拉致問題は私の記者人生の原点であり、ライフワークともなっている」と福澤さんは言う。

 福澤さんが取材でつかんだ横田めぐみさんの精神状態はとても痛々しい。

 1983年、忠龍里(チュンリョンリ)招待所にめぐみさんが転入してきたが、そのときにはすでに情緒不安定で躁鬱状態になっていたという。めぐみさんは19歳くらいだったはずだ。忠龍里招待所については本ブログで何度か記した。

takase.hatenablog.jp


 《毎日、指導員に向かって机を叩き、大声で「帰せ!」と言ったりしていた。蓮池夫妻は、めぐみさんの部屋で「拓也・哲也」という双子の弟の名前が書かれた紙を何度も見たことがある。また、めぐみさんが拉致されたときにカバンに入っていたディズニーの「101匹わんちゃん」のイラストが描かれたアルミの弁当箱や、母の早紀江さんから誕生日にもらった赤い爪切りを大事に持っていたという。》(福澤さん)

 めぐみさんは田口八重子さんと一緒に3号舎で暮らしたが、《二人が部屋の中でプロパンガス自殺を図ったという話がある。すぐに発見され,二人とも無事だった。》

 その後、めぐみさんは韓国から拉致された金英男氏と結婚。蓮池、地村夫妻とともに86年、太陽里(テヤンリ)招待所に移る。

 めぐみさんは蓮池祐木子さんとバドミントンをするとき、ワインレッドのジャージを着ていたという。めぐみさんは新潟の寄居中学ではバドミントン部で、部のジャージはワインレッドだった。それをめぐみさんはそのまま着続けていたようだ。

《あるとき、めぐみさんはお気に入りの赤い服を焼却炉に入れて燃やしていた。しかしその2,3日後に(地村)富貴恵さんに「私の赤い服は知らない?」と尋ね、自分で燃やしたことを全然覚えていないようだったという。》

 わずか13歳のとき暴力的にあらゆる絆を断たれ、たった一人で異次元の世界に放り出されためぐみさんが心を破壊される過程を想像するに、切なさ、悲しみとともに怒りがこみあげる。

 福澤さんのコメントでもっとも衝撃的だったのが、日本人拉致被害者を殺せという金正日の指令だった。

《1987年11月に大韓航空機爆破事件が起き、翌年の88年に金正日氏より「拉致してきた日本人を殺せ」という指令が下された。蓮池さんと地村さんの指導員は、「蓮池も地村も共和国で一生懸命がんばっている。トラブルにならない」と言って組織と交渉して、必死に守ってくれた。蓮池夫妻、地村夫妻の4人は処刑されずに済んだが、他の人がどうなっているかわからないという》

 これが事実であるとしても、1994年に義州の隔離病院に送られためぐみさんは「処刑」されなかったことになる。

 福澤さんは「非常にセンシティブな話で、確認の術もない」が、あえて今回そのまま公表したという。ただ、蓮池、地村夫妻4人の指導員が必死で命乞いをしたということは、何らかの「処置」が指示された可能性は否定できない。

 あらためて思うのは、帰国した拉致被害者の証言はきわめて重要で、もう一度しっかり検証されるべきだということだ。拉致被害者本人への直接取材は、驚くなかれ、今もしてはいけない建前である。

《家族会と救う会は、拉致被害者5人の帰国直前に、マスコミの集団的過熱取材を懸念し、日本新聞協会・日本民間放送連盟日本雑誌協会に、5人に対する直接取材を取りやめるよう申し入れ、マスコミ側もそれを受け入れた。2002年以来22年間、この直接取材の禁足令はいまだに解かれていない。直接取材の代わりに、5人の拉致被害者に接している家族や支援団体、官邸や拉致対策本部、警察などが私たちの取材対象となった。そのため、支援団体や当局によって一部の報道にバイアスがかかったのも事実である》(福澤さん)

 福澤さんは制限をくぐりぬけて、「こっそり」拉致被害者接触して情報を集めていったという。今回初めて明かされた事実には、今後の対北朝鮮交渉に役立つ情報もたくさん含まれていた。

(つづく)