若者を政治から遠ざけた「内ゲバ」

 ロシアのプーチン大統領は5月9日、旧ソ連ナチス・ドイツに勝利したことを祝う「戦勝記念日」の式典で、核兵器使用をちらつかせてふたたび世界を恫喝した。

核使用で脅迫するプーチン(TBSサンデーモーニングより)

 ロシア軍はウクライナ第二の都市、ハルキウのあるハルキウ州の国境を越えて激しい攻撃を加えてきた。東部、南部でも攻勢を強めている。

 プーチンはこの侵略を「自衛戦争」と呼ぶ。戦争目的は領土を奪うことではなく、傀儡政権をつくってウクライナをロシアにとって「安全な国」にすることなのだ。だからプーチンは9日の演説でもウクライナを「ネオナチ」と呼び、その転覆をはかる。つまり、それまでは戦争をやめないということである。戦争が長期化するのは明白だ。

 毎週日曜の午後、新宿南口でStand with Ukraine Japanウクライナ支援を訴える活動をしている。募金する人は意外に多く、ウクライナを支援しようという雰囲気はそれなりに広がっているようだ。

子どもが募金していた。12日新宿南口にて(筆者撮影)

 それにしても日本では、ガザのジェノサイドへの批判や自民党の裏金問題をふくめ街頭での運動が非常に弱い。情報が浸透していないこともあるが、知ったとしても行動しない。労働運動の低迷もすでに長い。組合の組織率は低下し、争議もストもなく、政府が経済団体に要請して賃上げが実現するなどという異様な事態になっている。去年夏、西部池袋本店が1日ストライキしただけで「迷惑」の声が上がったのは記憶に新しい。

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 日本の政治・社会運動の不活発さは、欧米とだけでなくアジア諸国と比べても著しい。近年をみても香港、台湾、韓国などでは街頭行動が政権を揺るがす規模で行われてきた。街頭行動に限らなくとも、選挙の投票率の低さを見れば日本人のアパシーのひどさがわかる

 先日書いたように、60年安保から60年代を通して、一般の市民や若者がアクティブに行動する時期があった。それが、いまこれほど人々が「冷えて」しまったのはなぜか。
 いろんな角度から見ることができるだろうが、一つの要因として、60年代末からのいわゆる内ゲバ」が政治活動、社会運動に関わることへの激しい忌避感を社会に醸成したことがあるだろう。

 先日、『ゲバルトの森―彼は早稲田で死んだ』の先行上映会とシンポジウムが早稲田奉仕園で行われた。映画のほとんどは1972年に早大キャンパスで起きた革マル派による川口大三郎虐殺事件を扱っている。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%8F%A3%E5%A4%A7%E4%B8%89%E9%83%8E%E4%BA%8B%E4%BB%B6

シンポ登壇者は左から代島監督、本の著者の樋田毅さん、脚本の鴻上尚史さん(筆者撮影)

映画は25日から全国順次上映

奉仕園スコットホールは満席で現役の早大生の参加も多かった

 この事件自体は、早稲田大学の当局と革マルの癒着による暴力支配の構造が問題であって、内ゲバ事件ではないから、映画のタイトルには疑問を持った。ただ、監督の代島治彦氏の問題意識は、なぜ左翼党派が内ゲバで殺しあったのかにあり、その問題は重要だと思った。

 革マルと中核、社青同解放派など各派のいわゆる内ゲバ」で100人の死者が出ている。また1972年に発覚した連合赤軍同志間の大量殺人は常軌を逸していた。この陰惨極まりない政治運動の顛末は、若者を政治から遠ざけるのに十分すぎる効果を持った。

(つづく)

私がここにいるわけ その2⑤

 アサツキを鉢植えにしていたら、きょう花をつけた

アサツキ

 淡い紫の花が意外にきれいで見とれた。

・・・・・・・・

 連載にしながら、途中で別のテーマを書き出して、すっかり忘れてしまうことがよくある。3月の「私がここにいるわけ」の続きはどうしたんだ、とお叱りを受けて気がついた。失礼しました。

 いくつか注釈。

 連載の③で、テレビのスタジオに招かれた高校生が、「なぜ人を殺してはいけないのか分からない」と発言したがそこにいた著名な識者たちが誰も答えられなかった「事件」について。

 これは1997年夏のTBS「筑紫哲也ニュース23終戦記念特集「ぼくたちの戦争」でのエピソードで、スタジオには、筑紫哲也灰谷健次郎柳美里などの錚々たる顔ぶれがいた。社会に衝撃を与えた「酒鬼薔薇聖斗」が小学生の生首を校門に晒した「神戸連続児童殺傷事件」が起きたのは同じ年の春だった。

 また同じく③で、2000年代には「人を殺してみたかった」、「人を解剖してみたかった」と実験でもするかのような感覚で殺人をする若者が出てきたことについて。次のような事件が続いた。

▪️高3の男子高生が主婦を殺した「豊川主婦刺殺事件」(2000年)

▪️高1の女子高生が同級生を殺した「佐世保高1女子同級生殺害事件」(2014年)

▪️19歳の女子大生が77歳の女性を殺した「名古屋大学女子学生殺人事件」(2014年)

▪️北海道で19歳の男性が同じアパートの住人を殺害した事件(2015年)

 いずれも「人を殺してみたかった」「人を殺す体験をしたかった」と供述している。「佐世保事件」の女子高生は「人を解剖してみたかった」とも語ったという。

 

 では、以下、連載のつづき。これで終わりです。

《新しいコスモロジーとは》

 実はね、伝統的・宗教的コスモロジーが崩れつつあるのは日本だけじゃなくて世界のどこもなんだ。今や近代化の波は地球のすみずみまで覆って宗教を掘り崩している。そして鎖国したとしても近代化の流れは遅かれ早かれ進んでいく。ただ、他の国の崩壊は日本よりゆっくりでなだらかに進行しているのに対して、日本の崩壊スピードが突出して激しいようだ。

 少子高齢化が世界的に進んでいて、そのいちばん先頭に日本がいるよね。伝統的コスモロジーの崩壊も日本が最先端で突っ走っているみたいだ。
 
 じゃあどうしようかってことになるね。

 一つは伝統的・宗教的コスモロジ―に戻ろうという考え方がある。昔に戻ろうの動きは世界の各地で起きている。イスラム社会ではとくに激しくて、イランやアフガニスタンはじめムハンマドの時代に帰ろうという復古主義が興っている。アメリカでは宗教右派が家族の価値を守り、同性愛や堕胎に反対するなどの主張で、トランプ大統領登場を後押しした。日本では自民党右派、日本会議など保守勢力が、かつての「美しい日本」を取り戻そうと、家父長制や絶対天皇制的な価値観を復活させようとしている。でも、近代化は否応なく進むから、昔に戻ることは無理なんだ。世界各地の、昔に戻ろう運動は、長い目で見れば最後のあがきだと思う。
 
 そこで必要になっているのが、新しいコスモロジーだと思うんだ。

 この新しいコスモロジーは、宗教じゃなくて、現代科学をベースにしている。つまり、科学的コスモロジー。だから検証可能だし、新しい発見があれば、それを取り入れればいい。違った宗教ではコスモロジーが異なるけど、新しいコスモロジーは世界中の人が合意できる。宗教戦争みたいないがみあいは起こらないさ。

 ぼくたちはみな、宇宙の一部で宇宙とつながっている。このことを心の底から納得することで、ぼくたちの人生には無条件で意味があること、苦しくとも生きていく使命があることを自覚できる。そして人と人、人と自然が和していくべきだという倫理も明らかになっていく。なにより、宙くん自身が元気になるはずだよ。
 
 とここまで話して時間が来ちゃった。新しいコスモロジーの“すごさ”は次回もお話しするね。

 じゃあ宙くん、今年も元気で過ごそうね。

ストライキがあたりまえの暮らし

 若者による、パレスチナでのジェノサイドへの抗議行動が、アメリカに始まって世界に広がっている。

ジェノサイドを止めるのと卒業とどっちが大事なんだ、と。これに続けて「何が重要かを考えないといけない」と結んだ。この決意表明を「青臭い」と否定したくない。(サンデーモーニングより)

アメリカの大学での運動に感謝のメッセージをSNSで発するパレスチナの子どもたち(サンデーモーニングより)

 これについて田中優子さんがこうコメントしていた。

「先ほど出てきた1960年代の状況、ベトナム戦争で始まったんですね。

 アメリカからドイツ、フランス、イタリアと広まって、日本にも入ってきた。日本では日大と東大で最初起こります。それぞれの大学が持っている問題とベトナム戦争と、つまり身近な問題と世界の問題が当時もつながっていたんです。当時は4年生大学に進学するのは15%くらいですよ。今は50%ですが。学生たちが運動をはじめて65年から69年の間で、全国の大学の80%が何らかの運動に入っていたということが分かっています。高校にも広がっていました。

 ものすごく広い運動が世界中で起こっていたんですね。こんどもそういうふうになるかもしれない。だけれども以前の運動があまり実を結ばなかったのかというと、そんなことはなくて、あれをきっかけにいろんな人がいろんなことに気づいたんですね。気づくということが大事。

 あのときは安保体制って何だろうと思ってた。こんどはね、日本の場合には今私たちが引きずり込まれようとしている軍拡って何だろうとか、アメリカとの関係をどうしたらいいんだろうだとか、そっちの方にも気付いてほしいと思いますね。いろんなことに気づくきっかけになると思います。」(5日の「サンデーモーニング」)

 日本の大学の8割で「運動」があったというのは、あらためてすごいと思うが、さらに前の60年安保のころはデモに参加することは特別なことではなかったようだ。元NHKアナウンサーだった下重暁子さんは、当時をこう回想している。

女優の野際陽子(左)はNHKの1年先輩で名古屋放送局では同僚だった。テレビで若い頃の下重さんを見て私は「NHKのアナウンサーはきれいだなあ」と見とれていた。

 「1年上のディレクターに小中陽太郎さん(作家)もいました。彼らが中心になって、名古屋放送局の労働組合でデモに行きました。デモに行くのがごく普通の時代でした。

 いまNHKのアナウンサーがデモに行ったなんて聞きませんね。今年(昨年)6月にパリに行きましたが、いつ行ってもパリはデモだらけです。舞台スタッフのストでオペラが見られないとか、不便なこともあります。でもそれが日常茶飯事というのは、自分を守るための社会が進んでいる証拠だと思います。日本もかつてはそうでしたが。」(赤旗日曜版23年7月23日号)

 このころと違って、今の日本人は、デモやストライキに対してきわめてネガティブになっている。なぜだろうか。

 これを考えるうえで、ストライキがあたりまえの暮らしについて、フィンランドに住む社会学者の文章を紹介したい。

 「去年の11月から今年の春にかけて、フィンランドではストライキが頻発している。2月初めにはストライキの影響で国内の主要な空港が貨物と人の輸送を停止したため、フィンエアーは約550便を欠航させた。また国営鉄道VRや地方の交通機関ストライキを行っただけでなく、主要都市の各地で公立・私立を問わず保育園も運営を停止した。」

 このストライキは、経営者でなく政治に向けた「政治ストライキ」で、新政権の労働政策への反対を訴えるものだという。すごいのは国民の58%がこのストライキを支持、不支持の35%を上回ったことだ。

 筆者はだんだんストライキに慣れていき、こう考えるようになる。ストライキをする労働者ではなく、彼らがそうせざるを得ない状況に追い込む企業や地方自治体に問題があるのではないかと。

 「私がもし自分の給与が上がることを願い、病欠しても有給が保証されることを願い、自分の権利が侵害されることを嫌だと思うなら、なぜ他人のストライキを迷惑だなどと言えるだろう。だからストライキがあると不便はするが、ストライキは迷惑ではない」さらに―

 「人権を守ることが大切だという『お題目』なら、日本でいくらでも聞いた。けれども、権利を認めさせる方法を家庭や学校や職場で、見たり聞いたり、誰かと一緒にやってみたりしたことは多くなかった」

 「他人が権利を行使したり獲得したりするためにみんなで力を合わせる姿を見ることが普通なら、おそらくストライキをすることは特殊なことではなく、少なくとも『困るけれども仕方のないこと』と思えるようになるかもしれない」朴沙羅(ぱく・さら)氏の「ストライキがある生活」朝日新聞https://www.asahi.com/articles/DA3S15909374.html

 問題は、「他人のためにみんなで力を合わせる」ことができるかどうか、ではないだろうか。
(つづく)

いつか見たいちご白書がもう一度

 94歳の母親が入退院を繰り返しているので、病院に行く機会が多い。そのたびに思うのはガザのこと。砲爆撃で殺される人のその何倍も、医療を受けられないで亡くなる人がいるだろうと思う。

 ガザにはがん患者だけで1万人いる。推定5万人の妊婦がいるとされ、1日平均180人が出産する。避難中に陣痛が来たが出産できる医療施設がみつからず、避難先近くのトイレで出産したが、赤ちゃんは亡くなってしまったという母親もいる。ガザでは砲爆撃で負傷した人すらまともに治療を受けられない事態になっている。

 「床で患者の処置をせざるを得ないほど追い込まれた病院で、多くの子どもが肺炎で命を落としました。何人もの赤ちゃんも予防可能な病気で亡くなりました。糖尿病を抱えた患者、病院が攻撃を受け人工透析が続けられない患者はいったいどうすればいいのでしょう。これは報道されないガザの“静かなる殺害”です」と、MSF(国境なき医師団)の緊急対応責任者、マリカルメン・ビニョレスは問いかける。https://www.asahi.com/and/pressrelease/424710438/

 まさに Gaza's silent killings 静かなる殺害だ。

 映画マリウポリ20日間」では、鎮痛剤が切れるなか、負傷者が呻き声をあげていた。イスラエル軍と同様、ロシア軍も病院を攻撃している。医療機関を破壊することの非人道性に心から怒りが湧いてくる。 
・・・・・・

いつか見たいちご白書がもう一度 (千葉県 品川紀明)

腐っても「いちご白書」の起こる国 (神奈川県 伊藤 亘)

 いずれも「朝日川柳」より。

 「いちご白書」とは、原題The Strawberry Statement。アメリカの作家、ジェームズ・クネンによる1969年のノンフィクションおよび同書を原作にした1970年のアメリカ映画。本は、著者が19歳の時に書かれ、コロンビア大学での1966年から1968年までの体験、特に1968年の抗議行動(1968 Columbia University protests)および学生抗議者による学部長事務所の占拠についての年代記となっている。(wikipediaより)

 大学に警官隊が突入して映画は終るが、排除される直前の学生たちが声を合わせて歌ったのが「平和を我らに(Give peace a chance)だった。

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 即時停戦を求める安保理決議に4回も拒否権を使って葬ったアメリカ。文字通りのジェノサイドを連日進めるイスラエルを巨額軍事支援で支えるアメリカ。そのアメリカで若者たちが「虐殺への加担」への批判を噴出させている。デモ行進や座り込み、ハンガーストライキ、そしてキャンパス内での野営、占拠などの抗議が全米の大学に広がり、警官隊の突入が相次いでいる。大学がここまでの事態になるのは、ベトナム戦争反対のデモが全米に吹き荒れた1960年代末以来だ。

サンデーモーニングより


 アメリカの大学は独自の資金運用で運営されていて、多くの企業に投資している。学生たちは、イスラエルでビジネスをしている企業やイスラエルの組織と取引をしている企業はガザのジェノサイドに加担していて、それらの企業に投資している大学も同罪だと主張している。学生たちは大学当局にこうした企業への投資をやめろというのだ。
デモ隊の多くは4月末から、大学の要請を受けた警察の介入によって鎮圧・退去された。

 多くの大学がデモ隊一掃に乗り出したのは安全や秩序だけが理由ではなく、大学が「反ユダヤ主義を煽っている」と見られるのを恐れたためだという。
今年1月、ハーバード大学で有色人種の女性として初めて学長に就任したクローディーン・ゲイ教授は、在任わずか6ヶ月で辞職に追い込まれた。きっかけは「ユダヤ系学生の安全に熱心でない」とみなされ、ホワイトハウスや議会からも非難にさらされたことだった。 「反ユダヤ主義」のレッテルを貼られることはそれほど恐ろしいらしい。
 
 ということで、全米40以上の大学で2300人以上が逮捕・勾留されている

 アメリカの超大国としての犯罪性は突出している。しかし、同時に人々が声を上げ、ジャーナリズムが批判精神を失わないところは、やはりすごい。プラスマイナス含めておもしろい国だと思う。

 大学での抗議はオーストラリア、カナダ、フランス、イタリア、イギリスのキャンパスにも広がっている。日本でも先日、早稲田大学で抗議集会があったという。

 

 若者が声を上げるのを見るのはうれしいし私も勇気づけられる。しかし、日本の若者の動きは世界のなかではかなり「にぶい」。デモや集会は「悪いこと」だと思う若者が多いという。いや若者だけでなく、日本社会全体として「声を上げる」ことがタブー視されている。

 これをどう考えたらいいのだろうか。

戦争取材の意味―「マリウポリの20日間」を観る

 マリウポリ20日間』の全国上映が始まった。

 すばらしい映画で、多くの人に観てほしい。ロシア軍が攻め込んでに包囲されるなか、ウクライナ侵攻の実態を命がけで伝え続けたAP取材班の映像で構成され、ウクライナ映画史上はじめてのアカデミー賞受賞作品となった。

 最初から終わりまで、映像が描く戦争のリアルに圧倒された。また、戦争の現場になぜジャーナリストがいなければならないかを雄弁に物語っており、この作品の第二テーマと言えるだろう。

 ウクライナ東部のドネツクマリウポリは、ロシアが侵攻した2022年2月24日から激戦となり、最後は兵糧攻めにされながら5月20日ウクライナ軍降伏まで抵抗し続けた。

人口40万人の町の90%が破壊されたという(写真はNHKBSの番組より)

 ロシア軍が攻め込んでくるとジャーナリストはほとんど町から避難したが、AP通信(米国の通信社)取材班(ウクライナ人スタッフ)はそのまま残って取材を続けた

 はじめ市民たちはロシア軍は民間人を標的にしないだろうと自宅に留まっていたが、住宅地が砲爆撃を受ける。住民はパニックになるが、町が包囲されはじめ、逃げ場を失っていく。

 病院には次々に民間人の犠牲者が運び込まれる。幼い子どもたちが次つぎに息を引き取る。サッカー中に爆撃を受けた少年も。泣き崩れる親たち。

ロシア軍は緒戦からクラスター弾を市街地に落としていたことが分かる

 瀕死の負傷者が次々に運び込まれ、医師がカメラに叫ぶ「これを撮影しろ!そしてプーチンに見せろ!」と。鎮痛剤も切れ、治療に呻き声をあげる患者・・目をそむけたくなるシーンがつづく。廊下には負傷した人とその家族や行き場所を失った市民があふれる。

遺体が病院の外にまで置かれている

 通信施設が破壊され、テレビやネット、電話も切れてロシアのラジオ放送しか聞けなくなり、まともな情報が入らなくなる。最後の消防署が攻撃され消火活動もストップ。撮影を拒絶しカメラに向かって罵る人。商店に押し入って略奪する市民たちとそれに憤慨して怒鳴る兵士。「戦争はX線だ、人間の内部を見せる」という医師の言葉が印象的だ。取材スタッフもウクライナ人だが、同胞を美化したり英雄視したりせずにリアルに記録していく。

多くの死。その中で新たな命が生まれる。仮死状態で生まれた赤ちゃんがついに産声を上げると、医療スタッフが泣いた。

 この映画には私たちが当時観た映像がたくさん登場する。爆撃された産科病院のシーンは日本を含む世界に大きな衝撃を与えた。病院を攻撃するという戦争犯罪にあたる残虐行為を暴いたからだ。

産科病院が爆撃され、赤ちゃんを抱いて泣く母親。

この妊婦は、致命傷を負って、胎児とともに亡くなった。先に胎児が死んだことを知り「殺して」と叫んで息絶えたという。

彼女は役者で、全部が映画のセットで撮影されたとロシアが主張。

 ロシアはこれをフェイクニュースだとして、外相から軍の報道官、ニュースまでもが「反論」した。歴史に残る醜態である。なお、映画ではあの妊婦たちのその後も追っている。

テレビニュースで「フェイクニュース」だと放送。

外相までが「当時この産科病院はウクライナの過激派に占拠され、妊婦や看護師らは皆現場から排除されていた」と主張。

おなじみのロシア軍報道官。「あの空爆とされるものは演出された徴発行為だ」

 記録する者がいなければ、戦火の中にあるマリウポリで何が起きたのかを私たちは知ることができなかった。AP取材班の存在がいかに重要だったか。

 ロシア軍がついに市内に突入、APが詰めていた病院にも戦車が迫る。ネットも電話も切れて映像を送れなくなった取材班は、映像素材を送る方法を模索する。そこで、市民と兵士が取材スタッフをロシア軍の包囲を突破して脱出させるという危険極まりない行動に出る。「マリウポリで起きたことを世界に知らせてくれてありがとう」と感謝しながら。

脱出行はまさに命がけだった。ハラハラさせられた。

 命懸けで脱出させた理由を、一人の警察官が取材スタッフにこう告げた。

「もしロシア側があなたたちを捕えれば、あなたたちは、カメラの前に立たされて、今まで撮影したものは全てウソだと言わされます。マリウポリでのあなたたちの尽力や取材の全てが無駄になってしまうのです」

 戦争取材の意味、報道とは何かをあらためて考えさせる。今年一番のおすすめ映画です。

 なお、とくに危険地に取材スタッフを派遣しない日本の企業メディアの関係者は、じっくり観て反省してもらいたい。

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イスラエルを広島に呼ぶな!

 イスラエルのAIを使ったガザ爆撃に国際的な非難と憤激が高まっている。

 ガザ地区での死者は3万4000人を超えたが、建物の下敷きになっている遺体やカウントされない死者も多いことから、この数字はもっと膨らむと思われる。

 これほど多くの人々をイスラエル軍が殺戮するのは、AI(人工知能)を使用することが大きな要因になっているのではないか。その懸念が国際社会で強まっている。

《国連人権理事会に先月、提出されたパレスチナの人権状況に関する報告書では、「イスラエル軍が最初の数か月の軍事作戦で、AIを利用しておびただしい数の建物を標的として特定し、2万5000トンを超える爆発物を使用した」と指摘。

 これを受けて、人権理事会では今月始め、国際法違反の可能性がある軍事的意思決定を支援するAIの使用を非難する」という文言を盛り込んだイスラエルガザ地区での軍事作戦を非難する決議を可決した

 さらに今月、イスラエルのメディアが、イスラエル軍空爆の標的を選ぶ上で「ラベンダー」という名前のAIシステムに依存していると報道。過激派の疑いがある人物としてパレスチナ人3万7000人とその自宅がAIシステムに登録され、夜間、寝ている間にAIが自宅を探して空爆。人間が空爆の判断に介在する時間も短く、家族や周辺の一般市民が巻き込まれたなどと伝えた。》

 家族や隣人がみな殺しになっても、一人の「過激派」がその中にいればOKということで、膨大な犠牲が出るのは当然だ。そもそもAIがどうやって3万7000人という膨大な数の人々を「過激派の疑いがある人物」と判定するのか。

 ハマスという組織は、ガザの行政全般を担っているから、教育や福祉サービスの運営にも関わっている。AIが、ハマスが運営している幼稚園の先生まで「過激派」メンバーとみなす可能性はないのか。

グテーレス事務総長の表情も険しい(国際報道より)

《先週、国連の特別報告者5人が共同声明を発表し、AIによって民間の住宅が空爆の標的とされ、AIがDOMICIDE(ドミサイド)を招いたと非難している。

 DOMICIDEとは、意図的かつ組織的に住宅を破壊する行為で、ラテン語の「住宅」と「殺害」の造語。ガザ地区ではすべての住宅の60%から70%が破壊されていて、特別報告者たちはAIによるドミサイド=無差別的な住宅破壊と非難している。》(国際報道24日放送より)

国際報道より


 イスラエルはAIの最も邪悪な使い方をしているようだ。

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 21日の『サンデーモーニング』では、ガザの女性と子どもの惨状が取り上げられた

 「国連女性機関」が16日発表した報告書によると、死亡した1万人以上の女性のうち6千人が母親だった。その結果、1万9千人の子どもが孤児になったとみられる。また、100万人以上の女性と女児が飢餓に直面しており、清潔な水やトイレ、生理用ナプキンを利用できていない。感染症も蔓延している。

《報告書は「清潔な水を利用することは、1日に必要な水分やカロリーの摂取量が多い授乳中の母親や妊娠中の女性にとって特に重要だ」と指摘。女性が尊厳をもって月経を管理するためには、毎月1千万枚の使い捨て生理用ナプキンが必要だとも伝えている》(朝日新聞記事より引用)

 国連女性機関の報告書は「ガザでの戦争は女性に対する戦争でもある」と記している。

サンデーモーニングより

 スタジオで安田菜津紀さんがコメントした。

「これだけの、女性と子どもを含んだ凄惨な事態を、国際社会がなぜ止められずにいるのか。

 それに関連しては日本の中にも気になる動きがあって、8月6日に広島では平和式典が行われますよね。そこにウクライナに対する軍事侵攻を続けるロシアは招待されない一方で、イスラエルに対しては変わらず招待を送るということなんですよね。

 疑問に思ったのがその理由なんですけれども、イスラエルの攻撃については世界各国の判断が定まっていないため」というふうに広島市は説明しているんですけれども、じゃ、あと何人のガザの人が殺されたら、あと何人の女性たちが犠牲になったら、あと何人の子どもたちが孤児になったら、広島市は他国の顔色を見ずに主体的な判断ができるのか。

 少なくとも「国際平和都市」を名乗るのであれば、そういうダブルスタンダードではなくて人権だったり人道だったり、少なくとも国際法にもとづいた態度を貫くべきだと思います。

 まさに正論。言葉の使い方、話の流れも実に分かりやすく説得力がある。こういうのを「コメント力」というのだな。

 日本にいる我々にもやれることがあることを具体的に提示している点でも、すばらしいと思う。遠い国のこととあきらめずに、自分たちにやれることを見つけていこう。

ガザの惨劇が世界報道写真大賞に

 この間のパレスチナ関連のニュースから。

 まず、世界報道写真財団(本部・オランダ)が主催する2024年の「世界報道写真コンテスト」で、ロイター通信のカメラマン、モハメド・サレム氏が撮影したパレスチナ自治区ガザ地区で5歳のめいの遺体を抱きしめる女性の写真が大賞に選ばれた

サレム氏撮影

 サレム氏は昨年10月17日、ガザ地区南部ハンユニスにあるナセル病院の遺体安置所でシーツに包まれためいの遺体を抱きかかえて号泣する女性の姿を撮影。審査員は写真について「配慮と敬意を持って構成されており、想像を絶する喪失感が垣間見える」と評価した。(毎日新聞

 この写真が撮られたナセル病院で「集団墓地」が見つかったこれはひどい。世界に衝撃を与えている。

《[ジュネーブ 23日 ロイター] - 国連のターク人権高等弁務官は23日、パレスチナ自治区ガザの病院の敷地内で数百人の遺体が発見されたとの報告に「恐怖を覚える」と述べた。同氏の報道官が明らかにした。

 パレスチナ当局は今週、イスラエル軍が撤収した後の南部ハンユニスのナセル病院の敷地で多数の遺体が埋められていたと発表した。北部シファ病院でもイスラエル特殊部隊の作戦後に遺体が発見された。

 国連人権高等弁務官事務所のシャムダサニ報道官は「複数の遺体が発見されており、警鐘を鳴らす必要性を感じている」と指摘。「手を縛られた遺体もあり、これは言うまでもなく国際人権法と国際人道法の重大な違反を示している。さらなる調査が必要だ」と語った。

 その上でナセル病院で283人、シファ病院で30人の遺体が発見されたというパレスチナ当局の報告を裏付ける作業を進めていると説明した。

 報告によると、遺体は廃棄物の山の下に埋められており、女性や高齢者も含まれていた。》

今後発掘が進めばさらに200体以上が発掘される見込みとの報道も。(テレ東ニュースより)

 アルジャジーラ」によるとナセル病院では23日までに少なくとも310体の遺体が回収されたという。

イスラエル軍が侵攻したパレスチナ自治区ガザ地区南部ハンユニス最大のナセル病院で集団墓地が見つかり、23日までに少なくとも310人の遺体が回収された。中東の衛星テレビ「アルジャジーラ」などがパレスチナ当局の話として報じた。

 当局はイスラエル軍が病院を標的に攻撃を行い、ブルドーザーで遺体を埋めて犯罪を隠蔽したと非難している。アルジャジーラは遺体には女性や子供も含まれていると報じた。イスラエル軍は虐殺行為を否定している。

 米CNNは現地通信員の話として、1月に住民らが現地で戦闘に巻き込まれて死亡した人の遺体を仮埋葬した後、イスラエル軍が拉致された人質の遺体が含まれていないかを調べるために掘り起こし、別の場所にまとめて埋めたとする見方を伝えている。》(毎日新聞

 ロシア軍の虐殺に匹敵する残虐さ。この点でもロシアとイスラエルは双璧だ。制裁としてイスラエルを五輪から締め出すべきだと思う。

 イスラエルの蛮行はガザだけではない。同時にもう一つのパレスチナ自治区ヨルダン川西岸(約330万人が住む)でパレスチナ人への攻撃を大っぴらにやりはじめた。

《(CNN) 国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」(HRW)は20日までに、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸でイスラエル人入植者によるパレスチナ人への攻撃件数が、国連が関連データの収集を開始した2006年以降、最悪の水準にあると報告した

 昨年10月7日から今年4月3日までの間では700件以上を記録。これら攻撃のほぼ半数の現場で軍服姿のイスラエル軍兵士の姿が見られたとも指摘した。

 西岸地区での兵士や入植者による暴力の激化は、同じパレスチナ自治区ガザ地区で戦闘が勃発した昨年10月7日以降の現象と説明。子ども600人を含むパレスチナ人ら1200人以上が牧畜などを営む遠隔地にあった居住先を追われたと述べた。》

 さらに、軍事作戦も西岸地区はハマスではなく、アッバス議長が率いるパレスチナ自治政府が統治しているが、ここにもハマスの戦闘員が潜伏しているとして、20、21日にこの西岸地区で最大規模の軍事作戦を行った。

イスラエル軍は、この作戦でテロリスト10人を殺害したとしているが、一方でパレスチナ保健省は、民間人を含む14人が殺害されたとしている。トゥルカレムでは21日、イスラエル軍に殺害された14人の葬儀が行われ大勢の市民が集まった。このうち、2人の子供を亡くした母親は「助けに来た救急車にもイスラエル軍は発砲した」と強く非難している。》(FNN)

 イスラエルは数日中にハマスへの軍事作戦を強めるとして、ラファ侵攻を示唆している。

フジTV ニュースより

 UNRWA職員のハマス関与に「証拠ない」と検証チームが最終報告書を出した。

国連パレスチナ難民救済事業機関UNRWA)の職員がイスラム組織ハマスによるイスラエルへの越境攻撃に参加したとの疑惑を受けて、UNRWAの中立性を調べていた第三者検証グループは22日、最終報告書を発表した。中立性と人道主義を順守する「強固な枠組み」があると評価しながらも、「問題は残っている」としてUNRWAが運営する学校や職員採用のプロセスなどに関する50項目で改善を勧告した。

 一方、UNRWA職員の多くがハマスなどの関係者」などとするイスラエルの主張について、報告書は「イスラエルはその裏付けとなる証拠をまだ提示していない」と記した。UNRWAは2011年からイスラエル側と職員リストを共有しているが、懸念を示されたことはなかったとも指摘した。(略)

 検証グループはフランスのコロナ前外相をトップに、北欧の三つの人権研究機関が協力して2月半ばに作業を始めた。パレスチナ自治区ヨルダン川西岸やイスラエルなどを訪問し、職員を含む200人以上にインタビューした。

 報告書は「UNRWAパレスチナの人々の人間的、経済的発展になくてはならない存在」だと指摘。その上で他の国際機関と異なる課題として、3万人超とされる職員の大部分が現地採用で、同時にUNRWAの事業の受益者でもあることを挙げた。(略)

 報告書の提出を受けたグテレス国連事務総長は22日、UNRWAと協力して勧告の実行に向けた行動計画を策定するとの声明を発表した。グテレス氏はUNRWAは地域のパレスチナ難民にとっての「生命線」だとし、すべての当事者に改めて支援の継続を呼びかけた。

 UNRWAをめぐる疑惑を受けて、一時は16カ国が拠出金を停止したが、組織運営の改善策が進んでいるとして日本を含む少なくとも7カ国が再開を表明した。》(毎日新聞

 

 パレスチナを国連の正式な加盟国とするよう勧告する決議案が18日、安全保障理事会で採決にかけられ、理事国15か国のうち日本を含む12か国が賛成したが、アメリカが拒否権を行使して否決された

 いつもながらのイスラエルと一蓮托生の姿勢を見せるアメリカ。世界でどんどん孤立していくアメリカと一蓮托生なのが、わが日本だ。この間、日米の防衛協力、アジア太平洋での同盟協力が一気に拡大・強化しているが、この先、いったいどこに行くのか。

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 アメリカのウクライナ支援がようやく再開される見通しになった。

 米下院が20日約610億ドル(約9.6兆円)のウクライナ支援の法案を可決した共和党内の反対で半年も紛糾してきたため、ウクライナ軍が弾薬や防空ミサイルの不足に陥り、苦戦を強いられてきたが、ようやくアメリカからの軍事支援が再び動き出す。

 賛成311票、反対112票で、共和党では半数以上が反対したが民主党の大半が賛成に回って可決された。これには国内外からの声、圧力が大きく働いたと見られ、各国政府への市民からの働きかけが無駄でないことを示す。

 同時に米下院が可決したものに、イスラエル支援法案(約264億ドル)とガザなどへの人道支援(92億ドル)もある。UNRWAへの送金は禁止した。このちぐはぐさがアメリカ外交を引き裂いている。ここにもまた内外の世論の影響を見て取ることができる。

 今朝の『朝日新聞』の社説「米ウクライナ支援 孤立外交では道は開けぬ」は、今回のアメリカのウクライナ支援再開を明らかに支持している。

23日の社説

「この間の停滞は(略)米国の信頼を低下させた」「ナチスの侵略を黙認したチェンバレン首相か、決然と抗戦を選んだチャーチル首相になるのか・・・」「大戦後の秩序形成を主導した米国が、今の世界に無関心を決め込めば混迷は一層、深まる」などなど。

 朝日新聞が軍事支援を支持するとは・・・と、感慨深いものがある。

www.asahi.com

 ウクライナを支援する国々をよく「正義派」と「和平派」に色分けするが、ここからは、戦闘が長期化すると犠牲が増えるからウクライナは「正義」の追求を妥協して「和平」に向かうべきだとの議論になりかねない。

 しかし、ウクライナは「正義」のために戦っているのではなく、脅かされている命と暮らしを守るために銃をとらざるをえないのだ。このことを理解するならば、ウクライナへの軍事支援を歓迎するのは当然だと私は思う。