拉致問題の膠着を破る鍵について1

 きのうは衆議院第一議員会館での拉致問題の膠着を破る鍵とは何か」という集会に参加した

 これは26日刊行の北朝鮮拉致問題の解決』(和田春樹編、岩波書店)の出版を記念したもので、こじんまりした学習会かと思っていたら、大きなフォーラムやシンポジウムを行う国際会議室が会場だった。

会場の国際会議室

岩波書店

 参加者は超党派の国会議員、議員秘書など含め100人超。ジャーナリストや、なぜこの人が?と思うような著名な国際派の識者も顔を見せた。個人的には平沢勝栄衆院議員や蓮池透氏などご無沙汰していた何人もの旧知の人たちに挨拶する機会を得た。

 出版された本は、和田春樹東大名誉教授が主宰した「日朝国交交渉30年検討会議」の成果をまとめたもので、その執筆者が拉致問題についてコメントした。最後は員鈴木宗男参院議員元外交官の佐藤優が、小泉総理時代に北朝鮮と秘密交渉にあたった田中均をボロクソに非難して参加者を唖然とさせる一幕もあったが、全体として非常に興味深かった。

 拉致問題にもようやく転換点がきたのだなとの感慨もあった。

 統一協会と裏金の問題によって自民党安倍派が「雪隠詰め」状態になっている。安倍総理の「呪縛」が解けてアベノミクスは失敗だったとされ、ついに日銀が金融政策を転換した。同様に、拉致問題の進展を妨げてきた安倍総理救う会日本会議の路線の否定が始まったと感じる。

 まず、執筆者の発言のなかで私が知らなかった重要な指摘がいくつかあったので、そこから紹介したい。

 日本の歴代政権は拉致問題に関する重要な事実をきわめて政治主義的に扱い、きちんと検証しないばかりか、事実の隠蔽までしてきた。とくに酷いのは安倍政権で、その一例が2014年に北朝鮮が日本に渡そうとした調査報告書をめぐる事態だ。田中実さんという政府認定の拉致被害者の生存情報を握りつぶしてきたことについては本ブログで繰り返し指摘してきた。

takase.hatenablog.jp

 そんな隠蔽事例の一つが、めぐみさんの遺骨をめぐる事態である。

 2004年11月、拉致問題の再調査のため、政府代表団(団長:藪中三十二外務省アジア大洋州局長)が訪朝した。その際、めぐみさんの前夫の金英男氏がめぐみさんのものとされる「遺骨」を藪中団長に手渡したとされる。

 12月、細田博之官房長官は会見で「遺骨をDNA鑑定の結果、他の2人の骨が混ざったものであることが判明」と発表。これは北朝鮮が別人の遺骨で日本を騙そうとしたという意味になる。しかし、鑑定を行った帝京大法医学研究室講師の吉井富夫氏は「火葬された標本の鑑定は初めてで、今回の鑑定は断定的なものとは言えない」と語っている。

 高い温度で焼くとふつうは鑑定は無理とされている。吉井氏の結論は、単にめぐみさんではない二人のDNAが検出されたということで、それは遺骨を触った人の手の皮膚のDNAではないかと当時から言われていた

 その数ヶ月後、吉井氏はいきなり警視庁科学捜査研究所法医学科長に転職し、公務員の守秘義務を理由に取材はできなくなった。「吉井隠し」と見られても仕方がない。他の、例えば外国の研究機関でも鑑定を試みたらどうかという声もあったが、資料を使い切ってできないとされた。

 この遺骨の問題では、政府が隠している「ウラ」がもっとありそうだ。

 コメントした執筆者の一人、福澤真由美さん日本テレビ拉致問題取材班のキャップを長年務めた)がこう証言している。

《他にもいまだに謎に包まれていることがある。2006年7月、藪中調査団のメンバーの一人が私のオフレコの取材に対し、「金英男さんが藪中さんに渡した「骨壺」に、骨以外に歯が混じっていた」と話した。そして歯の所在は、「帝京大学科学警察研究所か官邸にある」と証言した。また藪中調査団には、北朝鮮当局から横田めぐみさんのものとされるカルテも渡されていた。かなり分厚いものだったという。その中にめぐみさんの歯の治療や、歯を抜いたり差し歯にしたりする記述があり、いろいろなデータが残っていた。「骨壺」に入っていた「歯」は、そのカルテにある歯のデータと符合し、横田めぐみさんの本人の歯のようだという。しかし、金英男さんの話では、一度埋めていた「遺骨」を友人三人と掘り出し、火葬して、例の「骨壺」に入れたということになっている。1500度を超えるような温度で骨を焼いたら、歯はすぐに溶けるはずである。「だから、なぜ歯が「骨壺」に入っているのか謎なのよ」と、調査団メンバーの一人は疑問を呈していた。「遺骨のDNA鑑定云々というよりも、歯が入っていることで金英男さんが説明したストーリーがおかしいということになる。なぜか、警察側はずっとこの情報を極秘にしている」と、こっそり教えてくれた。

 その踏査団のメンバーは、こんなことも明かした。「横田めぐみさんの分厚いカルテは、かなり悲しいものがあった。めぐみさんは、一人きりのときに、いつも日本語でぶつぶつしゃべっていた。血圧はすごく低くて、上の数値が100も行かない。昼まで寝ていて、午後起きて、夜中まで徘徊してたりしていた」。》

 めぐみさんは精神のバランスを崩して平壌工作員専用の915病院に入退院を繰り返し、その後、中朝国境近くの49号予防院に送られたが、その時期のカルテと考えられる。

 そして福澤さんの証言はさらに、「すべての日本人拉致被害者を抹殺せよ」という金正日の極秘指令に及んだ。まさか・・事実なのか・・私は戦慄を覚えた。
(つづく)

・・・・・・・

 

 きょうのニュースに旧知の弁護士がたまたま3人も登場した。おやおや。

 まず、松本人志が「週刊文春」の記事に関して文芸春秋に5億5千万円の損害賠償を求めた民事訴訟の第1回口頭弁論が東京地裁であったというニュースで、文藝春秋代理人喜田村洋一弁護士。彼は私が「よど号」犯に名誉棄損で訴えられたときに代理人として2年におよぶ裁判を闘ってくれた「戦友」である。

東京地裁にて喜田村弁護士(デイリースポーツより)

 それから、この裁判がどうなるかをNHKで解説したのが佃克彦弁護士。彼も私が代理人にお願いしたことがある。当時は若手だったが、もうすっかりベテランの風格。おなつかしい。

佃弁護士(NHKニュースより)

 また、宝塚歌劇団の劇団員の女性(25)が死亡した問題で、歌劇団側が女性の遺族に直接謝罪したというニュース歌劇団が否定してきた上級生(先輩劇団員)らによるパワハラを、遺族側が約半年かけて認めさせた。この遺族側の代理人川人博弁護士北朝鮮による拉致で一時期一緒に活動したことがあり、彼の東大のゼミに招かれて講義したこともあった。相変わらずお元気のようで何より。

川人弁護士(朝日新聞より)


 松本人志VS文春の口頭弁論は約4分で閉廷、松本自身は姿を見せなかった。

 原告(松本)側は、週刊文春の記事に登場するA子さん、B子さんの氏名、住所、生年月日、携帯電話番号、LINEアカウント、容姿の分かる写真を求め、これを提出しないと認否ができないと主張したという。これについて喜田村さんは記者団に「弁護士を40何年やってきて、こんなこと初めて」、「名前が分からなきゃ、認否できないなんて、そんなアホなことがあるかいなという感じですね」と語った。

 喜田村さんは、文春が報じた松本の言動を「それ自体、特異的なものであり、通常人が日常的に行う動作等とは明確に異なっているから、存在したとすれば記憶に焼き付くはずである」とし、「全く身に覚えがないというのであれば『原告の記憶喚起』の必要はない」とばっさり切って捨てた。

 さらに「このような情報が必要であるとすれば、原告が2015年の秋ないし冬にかけて、六本木のホテルにおいて、本件記事で描写されたような言動を複数(3人以上)の女性に行っていたという場合しか考えられない。多数の女性を相手に、本件記事で報じられたような行為を行った記憶があるために、そのうちのどの女性がA子さんなのか、またB子さんなのかわからないから、これがわかるような情報が欲しいと、原告は求めているのである」としたうえで、「『原告は本件記事で描写されたような言動(時期・場所含む)の記憶が複数あるため、準備書面1で求めた情報の提示を求めている』と理解してよいかを原告は明らかにされたい」と要請したという。

 たしかに認否にあたっては、記事に書かれたような行為について、身に覚えがなければ女性を特定するまでもなく「そんなこと一切していません」で済むだろう。

 しかし、原告(松本)側が「写真を見せられて初めて『うすうす思い出してきた』閣僚もいたので、顔写真や名前などを示してもらうと、うすうす思い出すかもしれません」と主張したりして・・・(笑)

ガザの大量殺戮を操るのはAIだった

 ウクライナは兵器・弾薬においても兵員数においてもロシアに対して劣勢な現状をなんとか変えようと、無人機(ドローン)など先端技術にもとづく兵器システムの開発を目指している。その中にはAIの軍事利用も含まれる。ウクライナはロシアの侵攻後、欧米の支援も受けてAI兵器を戦闘に本格投入し、「AI戦争の実験場」といわれている

「量的に勝る敵に対して質で上回るために、非対称な解決策を模索している」とシルスキー総司令官(NHK国際報道より)

 AIの軍事利用について『朝日新聞』が大きな特集を組んだ。

 記事に「パランティア・テクノロジーズ」という米データ解析企業が登場する。この会社はイスラエル(テルアビブ)に2015年に事務所を解説、ハマスへの報復攻撃でイスラエル軍を本格支援した。また、ウクライナ(キーウ)にも事務所を構え、ウクライナ軍が同社のAIシステムを戦場で活用しているという。

3月25日付け朝刊1面と2面に特集

 この記事に、イスラエル軍のガザ侵攻でのAIの具体的な使用例が記され、そのあまりに危険な実態に身が震える思いがした。以下、少し長いが引用する。なお、これは私が以前、ガザに詳しいジャーナリストから聞いた話と完全に符合する。

《・・2019年、イスラエル軍ハマスの能力をそごうと新部署を創設。衛星情報や無人機映像、通信傍受、行動監視などで得た膨大なデータをAIで解析することで、ハマス幹部の居場所を突き止めるのが目的だ。

 導入したAIツールについて、同軍のアビブ・コハビ前参謀総長は昨年6月、地元メディア「Ynet」のインタビューで、「AIの力を借りて膨大なデータを、人間より効果的かつ迅速に処理し、攻撃の標的に変換する機械だ」と説明した。

 同氏はその効果について、諜報員などでは「1年に50カ所」程度だった標的探しが、AIツールの稼働で「1日に100カ所」の攻撃目標を洗い出せたとも明かした。

 後に同軍が「ハブソラ(福音)」と名付けたAIツールは、攻撃目標を次々生み出すことから「標的工場」とも呼ばれた。同軍によれば、ハマスへの報復攻撃で約1ヵ月間で1万2千の「標的」を割り出し、ガザへの地上侵攻部隊にも提供された

 地域を破壊する大規模な空爆と民間人の犠牲の多さは、ハブソラ導入と無関係ではない、と欧米メディアは指摘する。

 イスラエルの調査報道メディア「+972マガジン」は、軍がハマスイスラム過激派の幹部だけでなく、若手メンバーまで狙い、民間の建物も対象に加えて熾烈な空爆を繰り返していると批判し、ハブソラを「大量殺戮工場」と呼ぶ。

 民間人の犠牲が膨らむのは、AIの精度に問題があるのか、それとも民間人の犠牲もいとわない軍の方針のせいなのか。軍は昨年12月の発表で「できるだけ多くのハマスの軍事目標を攻撃する戦略に転換した」と、標的選別の正確さより被害の最大化を重視する立場を示唆している。

 参謀長時代、「標的探し」でAIを本格導入したコハビ氏が、同軍のガザ侵攻前のインタビューで語ったことが興味深い。「AIは我々に非常に重大なリスクをもたらす。既に『魔神』は瓶から飛び出している」。そしてこう続けた。

 「懸念するのは、ロボットが我々を支配することではなく、我々が自分たちの心がコントロールされていることに気がつかずに、AIに取って代わられてしまうことだ」(以下略)》

 さまざまな情報を総合してハマスが潜んでいる「攻撃目標」を探る作業が、諜報員など人間がやると「1年に50カ所」程度だったという。その困難さから言えば、これでもすごいと思うが、AIツールでやると「1日に100カ所」もの攻撃目標をパパパッと提示するというのだ。そして今回のガザ侵攻では約1ヵ月間で1万2千!!の「標的」を割り出した。これではいくら攻撃してもしきれないし、殺戮対象のほとんどがハマスと無関係な人々になるのは当然だ。

 連日のすさまじい殺戮はAIの示す膨大な「攻撃目標」を破壊しているからだろう。ガザがAIにコントロールされた未来の戦争図に見えてくる。

モスクワ襲撃事件の政治利用に要注意

 モスクワ郊外のコンサート会場で133人が死亡した襲撃事件。真相はまだはっきりしないが、プーチンの反応に危険なものを感じさせる。ウクライナの関与を決めつけ、テレビ局がウクライナ要人が関与を認めたなどとするフェイクニュースまで流している。

 プーチンは謀略で権力につき、権力を維持してきた人物で、そのためなら人命など配慮しない。いくつもの爆破事件を自作自演した疑いすらあり、その後には「テロリストとの戦い」を口実に残虐非道の戦争、弾圧、暗殺へと突き進んできた

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 ウクライナではロシアがこの事件を利用して「テロとの戦い」、「報復」を口実に、ウクライナ住民の生活を破壊する攻撃をいっそう強化する可能性が指摘されている。また、ロシア国内のさらなる軍事化や軍事動員、言論圧殺、そして国際社会への「どっちもどっち論」の浸透に利用する懸念もある。社会がパニックになっているときに実施される一種の「ショック・ドクトリン」だ。

 このところ、欧米によるウクライナ支援が停滞する中、ロシア軍の空からの攻撃が激化している。22日には150機のミサイルとドローンによる大規模なインフラ攻撃があった。ウクライナ軍はうち90機を迎撃したとするが、相当数が主に各地の電力関係のインフラを破壊し100万戸以上に停電をもたらしたという。

日テレニュースより

22日の大規模攻撃は、ウクライナが国境越えの攻撃を行ったことへの「報復」だという(日テレニュース)より

 米シンクタンク、戦争研究所は、この日のエネルギー施設に対する大規模攻撃は「ウクライナの防衛産業の能力を低下させることを目的とし、ウクライナの防空ミサイルの不足を利用しようとしている可能性が高い」とした。

 地対空ミサイルなどが不足し、ウクライナの迎撃率が下がっていると言われる。ミサイルの迎撃はむずかしい。機銃や大砲では無理で、地対空ミサイルが要る。それも百発百中とはいかない。いまウクライナは、アメリカの地対空ミサイルがのどから手が出るほど欲しい。

 実は、そのミサイルを日本が間接的にウクライナに供給することになっている。昨年12月のこと―

政府は、米国企業のライセンスに基づき国内で生産している地上配備型迎撃ミサイル「パトリオット」(PAC2、PAC3)を、米国に輸出する方針を固めた。政府が22日にも見直す防衛装備移転三原則とその運用指針に基づく措置。2014年の三原則の制定以降、直接的に人の殺傷や物の破壊を目的とする武器の完成品を輸出するのは初めてとなる。近く国家安全保障会議NSC)を開き、方針を承認する見通し。関係者が19日、明らかにした。

 現行の三原則の下で、装備品の完成品の輸出は、フィリピンへの防空レーダーのみで、装備移転政策の大きな転換となる。

 現行ルールは、海外企業に特許料を支払い、日本で製造する「ライセンス生産品」を厳しく制約。米国のライセンスで生産した装備品の「部品」に限って米国やそれ以外の第三国に輸出でき、完成品は米国を含め輸出できない。》(毎日新聞

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 アメリカがウクライナに最大の軍事支援をしているが、どんどん兵器を渡してしまうと、アメリカ自身が国防体制のために保有すべき兵器の量を割り込んでしまう。そこでウクライナに送る分をどこかで調達しなければならない。

 昨年、韓国はアメリカに砲弾33万発を輸出した。これはウクライナの砲弾不足を補うものだった。韓国は戦争当事国に武器を輸出できない。そこであくまで「アメリカ向け」だとして輸出し、砲弾数に余裕ができるアメリカは米軍が持っている「お古」の砲弾をウクライナに出す。日本によるパトリオットの対米輸出は、このからくりをなぞったものだった。

 いま英国、イタリアと共同開発する次期戦闘機を輸出できるかどうかが問題になっているが、すでにミサイルの輸出を決めているのだ。

 今回は、速やかに対応するため、いま自衛隊が持っている「パトリオット」をアメリカに送るという。

 日本のウクライナに対する「間接的」軍事支援には賛否があろうが、日本の大方針の転換であり、閣議で決める問題ではないだろう。近年の自民党政権は、大事な問題をつぎつぎと閣議で決めている。これはやめさせなければ。

 日本はウクライナへの軍事支援にもすでに深く関与している。ウクライナの戦いは、遠い国の私たちに関係ない戦争ではない。

私がここにいるわけ その2④

 中村哲という希望』の出版以来、中村哲医師について話す機会が増えている。

 きのうは名古屋に出張。ワーカーズコープ(労働者協同組合)主催の映画『中村哲の仕事・働くということ』の上映会で、200人の観客にアフタートークの講演をしてきた。鋭い質問を連発され、こちらが学ぶことが多かった。中村さんについて語るのはやりがいのある活動なので、今後増やしていきたい。

名古屋駅前は高層ビルが建ちならぶ

 名古屋で降りるのはほんとうに久しぶりで、9年前の「ガイアの夜明け」の取材で南医療生協を訪れたとき以来だ。上映会に、そのとき取材させてもらった医療生協のスタッフが複数参加しており、互いに当時の思い出をなつかしく振り返った。ご縁である。

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 ミャンマーで国軍がクーデター後初めて各地で軍事的に守勢に立たされている。

 国軍と戦っているのは、少数民族各派と民主派の「国民統一政府」の軍事組織。去年10月27日に3つの少数民族武装勢力が東部シャン州で一斉に攻撃を開始し、民主派勢力とも連携して攻勢を強めているという。国軍から大量の投稿兵も出て、国軍が統制不能になりかかっているとの見方もある。

凱旋する民主派の兵士らを歓呼して迎える人々(NHK国際放送より)

村人に関係される民主派学生組織AGSDF兵士ら(国際報道より)

 ミャンマー少数民族に通じている私の友人が、去年秋から「国軍が総崩れになっている」との情報を伝えてきたが、国軍が武器や人員の点で圧倒的に優位なので私は半信半疑だった。どうやら本当らしい。

 そこで国軍が打ち出したのが徴兵制4月下旬から徴兵制を開始すると発表している。徴兵制は旧軍事政権末期の2010年に導入が決まったが、実施は見送られていた。
 18~35歳の男性の1%に当たる約6万人が1年間に徴兵されるという。期間は2年間だが、非常事態時には最長5年間となる。女性も対象だが、「当面は除外」とされた。

 徴兵された人々は国内の最前線に投入される可能性が高い。国軍は戦死や逃亡、投稿などによる兵員不足を徴兵で補い、国民同士を戦わせるつもりだろう。この決定で、多くの人が徴兵を逃れるため国外に出ようとしている。

 最近は報じられることが少なくなったミャンマー情勢だが、一つの転換点に来ているのかもしれない。さらに注目しよう。
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 「私たちがここにいるわけ~高校生に語るコスモロジー」つづき。

《日本の神仏儒習合のコスモロジー

 じゃあ、日本の伝統的・宗教的コスモジーは何かというと、それは神仏儒習合と言われてる。神道、仏教、儒教道教、祖先崇拝などいろんなものがごちゃまぜで一緒になった形で信じられてきた。山形のおばあちゃんの家には、仏壇と神棚の両方あっただろ。昔は、道ばたのお地蔵さんにも、ご神木やお天道さまにも手を合わせ、「悪いことをすると地獄におちる」とかの教えが民衆の心にはしっかりと根付いていた。

 家(いえ)のために働いて跡継ぎをのこし、親孝行してご先祖を敬い、まじめに生きる。死ぬと”祖霊“となって高いところから子孫と村の行く末を見守り、ご先祖さまとして末永く子孫に祀ってもらえる。そう信じて、誰もが安心して生きて、安心して死んでいけた。

 明治維新のあとの強力な近代化政策や神仏分離、そして戦後の占領占領政策の中で、伝統的コスモロジーは崩れていく。宙くん、『男はつらいよ』って映画知ってる? あの主人公の車寅次郎は、東京の下町のだんご屋の甥という設定で、あの中では昭和期まで庶民の中に残っていたコスモロジーの片りんをうかがえるセリフが出てくる。

 「そんなことをするとバチがあたるよ」、「おてんとうさまは見ているぜ」、「草葉の陰でおとっつぁんが泣いてるぞ」、「おまえの死んだおやじに申し訳がたたねえ」とかね。

 伝統的コスモロジーのなかでの民衆がどう生きていたかを知りたかったら、幕末から明治初期に書かれた記録に現れている。長く鎖国していた日本が国を開くというので、外国人がおおぜい訪れた時期だよ。外国人の目に日本はどう映ったか。

 幕末に来日したイギリス人のジャーナリストでブラックという人は、日本人のホスピタリティに感激している。

「彼らの無邪気、率直な親切、むきだしだが不快ではない好奇心、自分で楽しんだり、人を楽しませようとする愉快な意志は、われわれを気持ちよくした。(略)通りがかりに休もうとする外国人はほとんど例外なく歓待され、『おはよう』という気持ちのよい挨拶を受けた。この挨拶は道で会う人、野良で働く人、あるいは村民からたえず受けるものだった」

 当時、外国人なんて究極のよそものなのに、野良仕事をする農民が気おくれすることなく声をかけたというんだ。

 別のイギリス人のディクソンは、明治初期、日本で教師をつとめた人だが、東京の街頭の人々の上機嫌さに驚いている。

「西洋の都会の群衆によく見かける心労にひしがれた顔つきなど全く見られない。頭をまるめた老婆からきゃっきゃっと笑っている赤児にいたるまで、彼ら群衆はにこやかに満ち足りている」。(注:ブラック、ディクソンとも、渡辺京二『逝きし世の面影』(平凡社)より引用)

 ぼくたちのご先祖は、こんなに親切で陽気で愛想のよい人々だったんだって。今のぼくたちとの違いはコスモロジーから来ると思うんだ。ご先祖たちの伝統的コスモロジーが崩れ去って、無味乾燥な近代合理主義のコスモロジ―にとってかわられた。で、日本から笑顔が消えちゃったってわけ。

(つづく)

欧州を揺さぶるロシアへの警戒感

 ふと気づくと、啓蟄も終わりに近づいている。

 初候「蟄虫啓戸(すごもりのむし、とをひらく)」、次候「桃始笑(もも、はじめてさく)」を過ぎて今は末候「菜虫化蝶(なむし、ちょうとなる)」。

アシビ(小金井市の八重垣稲荷神社)

 きのう今日はさすがに暖かい。20日はいよいよ春分だ。桜も咲きはじめた。年を取ると加速度的に時間がはやくなるというが、一年経つのがほんとにはやい。

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 ガザでは食糧危機が進み、人口220万人中、50万人がフェーズ5(最悪)の「飢饉」状態になり、赤ちゃんの3割が栄養失調で、どんどん亡くなっているという。

TBSサンデーモーニング17日放送より

 イスラエル軍は、ラマダン中で日没後、家族が集まっているところを狙って空爆。国連の配給施設を攻撃し職員を殺し、配給を待っていた人々に銃撃して21人を殺害している。食糧はじめ人道支援物資の搬入をイスラエルが止めて飢餓を意図的に作り出していることは紛れもない犯罪だ。

 この地獄のような状況のなか、ネタニヤフ首相は140万人が避難しているラファへの地上侵攻計画を承認した。

 日本はイスラエルには断交覚悟の強い姿勢で抗議し、イスラエルに軍事支援するアメリカにも抗議すべきだ。傍観は罪である。
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 きのうはウクライナの戦争が私たちに問いかけるもの~日本人は危機の時代をどう生きるのか」と題してZOOM講演をした。これは私もお世話になったAFSという留学機関の「友の会」が主催なのだが、FBなどで広報したら希望者が増え、参加者はピークで100人を超え90人以上が最後まで聞いてくれた。ウクライナへの関心が低下しているなか、今後も講演を続けていこう。

 『中村哲という希望』のおかげで、中村先生の関連の講演依頼も増えてきた。

 20日には名古屋で『中村哲の仕事 働くということ』の上映会で講演に呼ばれている。10:00~、14:00~の2回で私の講演は14時の会の上映後。場所はウィンクあいち小ホール2(JR名古屋駅近く)。
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 ロシアで大統領選挙が行われている。

 クリミアはもちろん、ロシアが「併合」したとするウクライナの部・南部4州(ドネツク州、ルガンスク州ザポリージャ州、ヘルソン州)でも投票が行われたという。既成事実化が進み、今後徴兵を実施してウクライナ人同士を戦わせることも懸念される。

 一方、ロシアへの警戒が欧州を揺さぶっている。

 12日から行われているNATO軍事演習は冷戦終結後最大規模で、9万人以上の兵士と1,100両以上の戦闘車両が参加するという。日本の航空自衛隊も参加する。

 デンマークではフレデリクセン首相が13日、女性を徴兵対象にする方針を発表した。

 欧州ではノルウェースウェーデンに次いで3カ国目となる。ロシアのウクライナ侵略をにらんだ国防強化策の一環で、26年に導入する。デンマークでは現在、徴兵の対象は18歳以上の男性のみだが、「男女平等」にしたうえで、 徴兵期間も4カ月から11カ月に延長するという。

 さらにモルドバのサンドゥ大統領が7日、フランスとの防衛協定に署名した。

サンドゥ大統領は会見で「侵略者を止めなければ、侵略者は進み続け、前線は近づき続ける」と述べた。

 ウクライナと接するモルドバを巡って、ロシアが情勢不安定化工作を再開させていると懸念が高まっている。防衛協定は訓練や定期的な協議、情報共有のための法的枠組みを定めている。

 サンドゥ大統領になってモルドバは親欧州路線が強まり、ウクライナ戦争以降、ロシアとの関係が一段と悪化している。モルドバ東部の沿ドニエストル共和国は親ロシア派勢力が約30年間実効支配しており、ロシアが軍を駐留させている。沿ドニエストル共和国の議会は先月、モルドバ中央政府の圧迫からの保護をロシア側に要請する決議を採択した。

 欧州は大変な時代になってきた。プーチンが大統領に再選されたあと、どんな動きをするか、欧州で起きる事態に注目しなければ。ウクライナをめぐる状況もそれによって変化していく。

私がここにいるわけ その2③

 プーチン大統領が核の脅しを公言するなか、ウクライナの隣国、モルドバで怪しい動きが・・。

 ロシアの大統領選挙を前に、2月29日、プーチン大統領、内政や外交の基本方針を示す年次教書演説を行い、ウクライナでの戦闘を「国民の主権と安全を守るため」だとして侵攻を続けると表明、さらに「戦略核兵器は確実に使用できる準備が整っている」と世界を脅迫している。

NHK国際報道より

 その一方で、ウクライナの隣の旧ソ連構成国のモルドバで、国内の親ロシア派が相次いでロシアに「保護」を求める動きをみせている。

 2月28日、モルドバ東部を実効支配する親ロシア派勢力沿ドニエストル共和国(国際的には独立国と認められていない)の議会が「モルドバ政府から圧力を受けている」として、ロシアに「保護」を要請した。沿ドニエストル共和国」は1990年にモルドバからの独立を一方的に宣言した地域で、20万人以上のロシア系住民が暮らし、ロシア軍も駐留している。

NHK国際報道より

沿ドニエストル地方はウクライナモルドバに挟まれた地域

 モルドバ政府の報道官は「沿ドニエストル地方で緊張など高まっていない。プロパガンダに過ぎない」と反論している。

 また、親ロシアを掲げるモルドバ南部「ガガウズ自治共和国のグツル首長も3月6日、ロシア南部のソチでプーチン大統領と会談、モルドバからの圧力を理由に支援を求めた。ガガウズ民族が住むこの自治区は、モルドバ中央政府EU加盟路線に反対しており、強い親ロシア路線を採っている。

ガウス地方。自治共和国として大きな自治を認められている

 アメリカのシンクタンク戦争研究所は、EU=ヨーロッパ連合への加盟を目指すモルドバを揺さぶるための“ハイブリッド作戦”として、「ロシアが2つの地域を利用しようとしている」と指摘しているが、それだけなのか。

 ロシアはこれまで、ロシア系住民や親ロシア派住民が抑圧されているなどの理由をつけて他国への軍事侵攻を繰り返してきた。沿ドニエストル地方はウクライナと接しており、不気味な動きとして警戒する必要がある。

 モルドバの危機感は強い。モルドバ共和国のサンドゥ大統領は7日、フランスでマクロン大統領と会談、両国の防衛協力に関する協定を締結した。サンドゥ氏は「ロシアがモルドバの民主主義を弱体化させようとしている」と指摘し、欧米への接近を図ることでロシアの脅威に対抗していく姿勢を改めて示した。

 要注目。
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「私たちがここにいるわけ~高校生に語るコスモロジーつづき。

《なぜ人を殺してはいけないのか?》

 さらに言うと、日本人は、人として何をしていいか、してはいけないかという倫理もあいまいになっている。宙くん、「なぜ人を殺してはいけないか」、答えられる?

 あるテレビの特別番組で、スタジオに高校生を招いて戦争について語り合う生放送があった。そこで茶髪の高校生が、「なぜ人を殺してはいけないのか分からない」と発言して議論になった。で結局、スタジオにいた著名な識者たちが誰も答えられなかったんだ。これは大きな話題になって、雑誌が特集を組んだり、その題名の本が何冊も出たりした。

 なぜ人を殺してはいけないかがわからないとなると、もう倫理というものが成り立たなくなっちゃうね。

 今の日本では、倫理とか道徳を語ること自体が、かっこ悪いことのように思われてるけど、最近の犯罪を見てると、ときどきゾッとすることがある。2000年代には「人を殺してみたかった」、「人を解剖してみたかった」とまるで実験でもするかのような感覚で殺人をする若者が出てきている。昔なら、犯罪というといわゆる不良の犯行だったのが、遊びのように人を殺す最近の殺人犯が、はた目にはごく普通の“いい子”だったりする。不気味で背筋が寒くなるよ。

コスモロジーとは》

 実はこうやってぼくが宙くんに毎回話をしているのは、宙くんに心が健康で元気になるコスモロジーを持ってほしいと思ってるからなんだ。“コスモロジー”って耳慣れない言葉だと思うけど、「世界がどういう秩序になっているかということを語る言葉の体系」だといわれてる。ぼくたちの人生観のベースになる、この世の中がどういう成り立ちでできているかという世界認識のことなんだ。ぼくたちはコシモロジーにもとづいて、生き方を決めていく。え、そんな難しいこと考えないって? いやいや、人はだれも、意識しなくても何らかのコスモロジーがあるはずだよ。

 これまでの長い人類の歩みのなかで、コスモロジーは伝統的に宗教が担ってきた。例えば、キリスト教の場合だったら、コスモロジーはこうなる。

 まず人はどこから来たのか? それは神が自分の姿に似せてつくってこの世に送り出したとされる。人はどう生きるべきか? これの答えは、人はこの世に神の国を実現するために生きるということになる。そして、死んだら神の元へ帰る、具体的には世界が終わる時、すべての人が神の審判を受け、生前の行いによって永遠の命の国に行くか地獄行きになるか決められる。神という絶対のものに支えられてるコスモロジーだよね。

 キリスト教を信じる人なら、このコスモロジーで、人が生きて死んでいく意味は何か、何のために生きているのか、そういう根本的な人生の問いにちゃんと答えられる。なぜ人を殺してはいけないのか?と問われれば、神の子同士が殺しあうなんて神が許さないし、最後の審判で地獄行きになっちゃうから、とはっきりした理由がある。だから、人は安心して生きて死んでいけたし、たしかな倫理感を生き方の指針にすることができた。

 でも、こうした伝統的・宗教的コスモロジーは、近代の合理主義によってだんだん崩されていく。宙くんも歴史の授業で教わったと思うけど、近代科学がキリスト教の教義とぶつかったんだ。キリスト教側からの反発は激しく、地動説をとなえて火あぶりの刑になった人もいたし、進化論も教会に弾圧された。でも結局、科学が勝利して、しだいに伝統的・宗教的コスモロジ―に替って、近代合理主義のコスモロジーが登場してきた。それによると「神はいない。人間とモノだけがある」となって人を超える絶対のものがなくなってしまう。すると「自分の存在には絶対の意味はない」し、倫理なんてその時代その時代に人が勝手に作ったものに過ぎない、「絶対的な倫理はない」となってくる。この世に絶対の意味はないという考えをニヒリズムという。でも、生きてる生身の自分が楽しい悲しい、おいしいまずいと感じるのはたしかだから、自分の快不快を基準に生きるエゴイズム、快楽主義に行き着く。結果、人が生きて死んでいく意味がわからなくなっているというのが、近代合理主義のコスモロジ―の決定的な欠陥だと思う。

(つづく)

私がここにいるわけ その2②

 お知らせです。ウクライナ取材のZOOM報告会をやります。関心のある方はどうぞ。無料です。

★AFS友の会「ZOOMネットワーキング3月の集い」へのお誘い★
ウクライナの戦争が私たちに問いかけるもの~日本人は危機の時代をどう生きるのか」
■ 講師: 高世 仁さん
■ 日時: 2024年3月14日(木) 20:00~21:30
■ 会場: ZOOM オンライン
*参加申し込みされた方にはミーティングIDをお送りします。
■ 参加費: 無料
■ お申し込みは下記ウェブページよりお願いいたします。
    申し込む (https://bit.ly/3uMrKOv
    「tomo@afs.or.jp(共有なし)アカウントを切り替える*必須」 という表示が出てきますが、この表示は無視して下のお申し込み画面に進んでください。
■ 申込締め切り: 2024年3月13日(水)
■ 主催: AFS友の会

 

 ウクライナでは、戦争遂行のために民間の寄付を募る動きがさかんになっている。

 私は昨年10月に現地を取材して、ウクライナが世界第二の軍事大国に屈しないで戦えるのは国民の士気以外には、国際支援とボランティアによる支援だと思った。欧米からの支援が激減するいま、もう一つの柱により多く頼らざるを得ないのだろう。

 弱体なウクライナの航空戦力を補ってきたのがドローン(無人飛行機)だ。ロシアによる軍事侵攻直後、首都キーウの近郊まで攻め込んできたロシア軍を撃退し押し返すことができたのは、ドローンの貢献が大きかったといわれる。昨年の取材で、前線部隊がドローンをNGOから贈られたという例を知ったが、SNSでさらなる寄付を呼びかける兵士も出てきたという。

SNSでドローンの装備品などを購入するための寄付を前線の兵士みずからが呼びかける動きが拡がっているという。ドローン戦には、飛行の長距離化、映像の画質の向上、妨害電波への対処など不断の改良が求められる。(NHK国際報道より)

 ただ先日ZOOMで交流したマックスというボランティアは、戦争が長引き、ウクライナ経済の厳しさが続くなか、カンパを集めるのはより困難になっているという。交流会に参加してくれた人たちから寄せられたカンパを3日前にウクライナに送金したが、大変喜ばれた。「いまのウクライナには、額の大小にかかわらず、どんな寄付でも貴重です」と返信がきた。支援を続けたい。
・・・・・・・

 自転車で近くの川沿いの道を通りかかったら、早咲きの桜が満開だった。寒い日が続くが、確実に春が近づいてきている。

東村山浄水場近くの空堀川沿い。たぶん河津桜(筆者撮影)

 「私がここにいるわけ~高校生に語るコスモロジーのつづき。

《人生の目的は「自分が幸せになる」ためか》

 きょうはいい機会だから、ぼくが何のために138億年前のビッグバンで宇宙がはじまってからの話を延々と宙くんに語っているのか、そもそもの話をしようか。

 はじめに宙くんに質問。「この世でいちばん大事なもの」は何だと思う?
 そうか、宙くんは「自分がいちばん大事」なのか。それ以外の答えなんて考えられない、みんな、そう思ってるはずだって? そうかな。

 じゃあ次の質問。「人生の目的は、自分が幸せになることにある」。これはどう?

 その通りだと思うんだね。「楽しくなければ人生じゃない」という考え方は? これも賛成、なるほど。宙くんの友だちもそう思ってるんだね。

 宙くんはそういう考え方は、ごくあたりまえで、世界中みんな同じだと思ってない? 実はさっきの人助けの調査のように、あたりまえじゃなくて、日本は特別なんだ。そしてね、同じ日本でも昔はそうじゃなかった。たとえば、ぼくくらいの世代だと、子ども時代に「この世でいちばんn大事なのは自分だ」と言う人は、あまりいなかったと思う。それ言ったら、ちょっと恥ずかしい感じがしたはず。これが戦前、第二次世界大戦前の日本、例えば明治時代なら、いちばん大事なのは「家(いえ)」とか「国」とか「村」という答えになっただろうね。もっと前だと、家の名誉を守るために切腹したり、なんていうのを時代劇で見たことあるでしょ。“自分”より大事にするものがあったんだ。

 そんなのかわいそう、今の時代に生まれてよかった、と思うかもしれないけど、ぼくが言いたいのは、価値観の根本のところが時代によっても違ってるってことなんだ。いまの宙くんの価値観、人生観は、世界であたりまえでもなければ、日本人が時代を超えて持ち続けてきたものでもない。こういうのを"相対化“するっていうんだけど、頭を柔軟にして、別の価値観、人生観があるということを想像してみてほしい。 

 そしてね、大事なのは、今の日本でほとんどの人が持ってる「私がいちばん」という考え方だと、心が元気にならない。宙くんたち十代の若者の死因を調べると、自殺が1位なのは主要国では日本だけ(注1)。日本の若者が、自己肯定感、つまり自分は今の自分でいいんだと自分に自信を持つ感覚がとても弱いのは、国際調査でもはっきり出ているんだ。子どもだけでなく、大人もそうで、日本人は総自信喪失状態で総“うつ”状態。ちょっと言い過ぎかな(笑)。さっきの国際調査でわかるように、人に対する"やさしさ“も持てなくなってる

 ぼくは外国出張から日本に帰ると、笑顔が少ないなと感じる。カンボジアに住むぼくの友人が、東京のデパートでカンボジアシルクの手織りを実演することになった。そこで、カンボジアの田舎に住む、織りの名手のおばあちゃんを日本に呼んできた。山手線で移動中に、おばあちゃんが友人に不思議そうに尋ねた。「なんで、みんな怒ってるの?」って。電車の中は、むっつり押し黙っている人々ばかりで、おばあちゃんにはみんな怒ってるように見えたんだって。そのくらい、日本から笑顔が消えてる。

(つづく)