古い日銀に戻った方がいい人たちがそれなりに多いのはなぜか?:リーク(地ならし)問題異聞

古い日銀のひとつのパターンは、リーク問題がある。これについて簡単にメモ書きをしよう。個人的にはこのリーク問題を重視してすでに20数年経過する。黒田日銀では、詳細な政策のなかみが事前に漏れることはほとんどなかった。だが植田日銀はそれを手段として利用しているし、また政府はそれを放任している。昔の日銀も金利とリークの二つの手段で、古い日銀なりの「物価安定」と「金融システムの安定」のふたつの目的を果たそうとしていた。その昔の状態に戻ったというわけだ。だが、古い日銀の「物価安定」とは、デフレ安定であり、「金融システムの安定」は金融市場で日銀に近い勢力を保護するということだった。そこには日本経済や日本で生活する人たちのことは発想外にあった。

 

さて植田日銀のリークは今回は、おはよう寺ちゃんでも時系列的に発言してきたが、だいたい2月29日(木)、3月1日(金)あたりで「日銀は三月の政策決定会合でマイナス金利解除をするかもしれない」という地ならしが本格的に始まっていたと思われる。去年までの二回のYCC修正とは異なり、かなり時間的な間隔があり(過去二回はほぼ直前である)、また複数の経路からこの地ならし(リーク)はでてきた。いままでと異なる背景としては、これは推測だが、1月にいつものリーク手法でマイナス金利を解除する予定が、能登半島地震で狂ったためだろう。より大規模なリークが行われたのはそのせいかもしれない。

 

そして土日をはさんで、3月4日(月)からの週でなにが起きたかというと。「マイナス金利解除が三月にある」という観測の本格化である。こうなるとマーケットはそれを織り込む。高橋洋一さんが正しく指摘していたが、マイナス金利解除が事実として起こると確信している市場関係者が多ければ、やることは基本的に格言「buy the rumor sell the fact」どおりになる。なぜならリークはこの植田日銀では必ず起きるからだ。その意味では為替リスクも株などの資産リスクも大きく軽減される。「儲け」の方向を教えてくれるのだからこれはおいしいだろう。特にリークを先に知ったり、リークの意味することを先に解釈できた人たちは特にである。

 

994回 マイナス金利解除の異論 - YouTube


実際にマーケットは大きく反応した。3月5日(月)のドル円レートは終値150円48銭だったが、この週はずっと円は買われ続け、円高方向に進行し、8日(金曜)の終値は147円4銭で終わった(土日も海外市場では円高続く)。まさに「噂を買った」わけである。

株価も為替レートと似た動きをみせる。日経平均株価だとそもそもこの指標だと偏りがあるので、TOPIXでみてみるとわかりやすい。やはり「噂で買う」かのような動きを示している。噂(地ならし)が始まった29日のTOPIXは2675.53だったが、そこからは上昇傾向を示し、「噂で買う」期間中の最終日である8日(金)には2,726.80に達した。

 

出所:Google

 

さて3月第二週は、地ならし(リーク)の最終局面である。「噂」がほぼ「事実」化するのである。「事実」化は日銀が三月に行う可能性がある政策修正が、三つでてきたことだ。1)マイナス金利解除、2)YCCのさらなる修正(撤廃)、3)ETF手じまい、というものだ。これがこの週には具体的メニューとしてあがり、マスコミも連日流した。「噂」は「事実」化したわけである。これだけ詳細なメニューがリークされたということは「事実」に信ぴょう性を繰り返し重ねただろう。

となると今度は、「事実で売れ」だ。この週は為替レートは図表の⇒で示したが、円が売られ11日(月)は146円台後半から決定会合直前まででは15日の終値は149円台まで円安は進行した。もちろんこれはすでに「噂を買う」ことをしていたことと表裏一体である。つまりはリーク(地ならし)をもとにした投機的動きだ。


株価も同様である。TOPIXをみてみると、⇒が「事実で売れ」のリークをもとにした投機的な期間になる。

 

以上がリーク(地ならし)をもとにしたざっとした為替レートと株価(TOPIXにしたが日経平均も類似の動きをしている)をみたものだ。この一年、植田日銀はリークを政策手段に利用した。政府もそれを放任している。そしてリークが投機的動きを上記の仮説のようにもたらしたとすれば、リークに先にふれたもの、リークの意味にきがついたものは、得をするだろう。ただ動きとしては特定小集団へのリークではなく、まさにリークを市場の地ならしに使っているため、日銀の情報操作に市場の過半がふりまわされているといった方がいいだろう。そこで儲ける人も多いのである。いいかえると日銀がリークによって、為替リスクと株価変動リスクのいくばくかを事実上ひきうけているから、「buy the rumor sell the fact」が実現できるのだろう。なので日銀にリスクをひきうけてもらい儲けた人たちは、この日銀のリークには好意的になるか、あからさまな批判はしないだろう。するふりはするかもしれないがw。なかには、この植田日銀のリークの仕組みを知っている人は自分の投資眼の正しさだとして営業に利用するかもしれない。いずれにせよ、野心のある投資家にとってこれほどいい中銀はいない。もちろん市場は大いに歪んだ。

 

ちなみにするふりではなく、ガチでしている批判としては以下の記事を参考されたい。

【コラム】異例の規模の日銀リーク、真剣な調査を-リーディー&モス - Bloomberg

「しかし、他の中銀ではこれほどの規模のリークに悩まされることはないようだ。これは日本が取り組むべき問題であることを示唆している。情報セキュリティーの甘さが、機密情報を共有する枠組みである「ファイブアイズ」のようなグループから外されている理由の一つである日本にとって、この問題は最大の懸案事項であるはずだ。」。

 

また決定会合で「噂」も「事実」もすべて本当の事実(変な形容だが)だとわかったわけである。その後の株価や為替レートの動き(特にこちらは米国の中立金利の引き上げも関わる)の動きについては、例えば永濱利廣さんが以下の番組で、大橋ひろこさんを相手に「事前の織り込み済」+「緩和視線」+「株高」、そして米国の中立金利引き上げについて指摘している。もちろん今日のブログの関係でいえば、「事前の織り込み済」とはリークによる投機的な動きを指しているのはいうまでもなく、現状もその慣性が働いているということだろう。

【為替・金融政策の注目ポイント】円安どこまで続く?(第一生命経済研究所 首席エコノミスト 永濱利廣さん)[為替のリアル] - YouTube

 

なお「株高」と円安傾向との関係は、上の番組で永濱さんも指摘しているが、外国人投資家の為替ヘッジである。以下の記事を参照。

アングル:日本株高、海外勢の円売り需要惹起 投機追随で影響広範に | ロイター (reuters.com)

 

また「緩和視線」は早晩修正されるだろう。よくてかく乱要因である。引締めへのレジーム転換が起こり、予想されたように次なる利上げが噂されている。リークは次なるリークを招くのではないか。




 

 

ゾンビ企業(仮)と高圧経済の必要性

ゾンビ企業というワードがある。個人的には経済学者が安易につかう想像力が不足しているワードだと思う。何年も前からいっていることだが、景気が悪いと「ゾンビ企業」といわれる企業が増えて、景気がよくなると「ゾンビ企業」が減っている。つまり単に総需要不足では、素晴らしい財やサービスを提供できたり、できる機会があっても実現できない、ということにすぎない。もちろん常識的に「こりゃだめだ」という企業もあるだろう。だが、ゾンビ企業と経済学者やマスコミが濫用しがちなこのワードにはいつも注意が必要だともう20年近く思っている。

 ゾンビ企業仮説についての批判は、岩田規久男先生の本についてのこのエントリーなど参照。

 

また景気が回復するとゾンビ企業が減る、つまり企業の経営が好転することでゾンビという偽のレッテルがはがれる、という効果があると思う。以下のデータをみても景気回復局面では「ゾンビ企業」が減少している。

 

例えば木野内栄治さんの『高圧経済とは何か』に収録された論説からの図表。

以下は上記のグラフにもでてきているBIS基準と営業CF基準だけを対数ではなく比率でみたもの。東京商工サーチより。

 

さらに中小企業に絞ったもので、ゾンビ企業の基準を、Caballero, Hoshi Kashyap(2008)の基準「金融機関からの支援の有無のみ」とFukuda and Nakamura(2011)の基準「CHK基準に加えて、負債比率が高い、営業成績が悪いを加える」。植杉 威一郎 氏は以下の動画のプレゼンで、以下の図表でFN基準の方が中小企業のゾンビ企業の実態を表しているとして掲示。ここでもやはりアベノミクス期間中にゾンビ企業は減少している。

中小企業金融の経済学-金融機関の役割 政府の役割 #1(プレゼンテーション)【RIETI BBLウェビナー】 - YouTube

 

上記から、つまりは高圧経済もしくは景気回復を促す政策的環境こそが、ゾンビ企業を減らす。中小企業の生産性の低さがゾンビ企業のウェイトの大きさによるのならば、高圧経済もしくは景気改善のマクロ経済政策が効果的である。

 

ちなみに近年ではコロナ禍で経済状況が悪化したために、「ゾンビ企業」が増えているといわれている。それならば答えは経験則的には高圧経済(財政と金融の総需要刺激政策の継続)の実現が望ましいだろう。

コアコアCPIで物価目標超えても黒田日銀が引締めしなかった理由はコストプッシュが主で、需要要因でみると物価目標に至っていないため緩和継続すべきと考えた。物価目標を超えてもしばらく続けるオーバーシュートが起きてるとは微塵も思っていない。また日本は米国とは違うとも明言。またコアコアCPIが2%を超えたのは2022年10月からというエントリー

ちなみにコアコアCPIが物価目標2%を超えたのは、2021年10月ではなく、2022年10月から。



そしてこれ以降、総合、コア、コアコアが物価目標を上回っても、それが物価目標を政策対象としての物価がオーバーシュートしたとは黒田日銀はまったく思っていない。

 

例えば22年11月の黒田総裁講演では、日本での総合、コア、コアコアが2%超えてても需給ギャップはマイナスで、物価が高いのはコストプッシュ要因でありそれはやがて減衰。需要面から物価上昇が高まっていないと判断したので金融緩和継続。

 

現状がオーバーシュートしていても緩和維持など一言もない(以降もない)。あくまで需要面での物価上昇が目標を超えても緩和継続するという趣旨なのが、黒田日銀のオーバーシュートコミット。また日本と米国の違いも需要面の強弱。米国と日本を比較してインフレ目標2%を両国がこえてるからといって、それでオーバーシュートコミットメントの成否を議論するのは正しいとはいえない。

 

 

「景気実勢」と東証株式時価総額についての試考

 たまたま中里透先生が数年前にsynodosに寄稿した論説を読んだので、そこに掲載されていた図表を現時点まで拡張してみた。

 なお名目GDPは四半期、株式時価総額は各四半期の最後の月データを利用。


アベノミクス以降での上昇傾向は明らかだが、少なくとも昨年末までは「景気実勢」(上記の中里論説の言葉を拝借)を大きく離れている印象はない。

 

ただ今年の第一四半期は急上昇してる可能性が大きい。おおかたの予想では、能登半島地震の影響やまた暖冬での消費の低迷などで名目GDPもそれほど前期比では拡大はしないかもしれない。暫定的にだが、2024年2月末の東証株式時価総額977,208,019 (百万円)と、現時点での政府の今年度(2024年度)推計の名目GDP615兆円を比べると、その比率は約1.59となる。昨年の第四四半期が1.45なのでかなりの増加である。もちろん今年の第一四半期はさきほど書いたようにマイナス成長の可能性が高い&三月末の株価も二月末に比べて高いということをくらべると、1.6を大きく上回る可能性もある。これを「景気実勢」とみるかそれとも過熱気味とみるか。もちろんここで試考しているのは、マクロ的な観点での評価にすぎないが興味深い。

 

単純比較できないが、あえて比較すると、バブル最終期の1989年12月29日の東証株式時価総額は611,151,873 (百万円)。名目GDPは約405兆円ほど。比率は、1.51程度である。つまり単純比較はできないが(何度も念為)、昨年末までとは異なり、今年に入ってからすでにバブル期を大きく上回る比率になっている可能性がある。

 

とするとマクロ経済的な観点からは下方への調整局面が生ずるかもしれない。あくまでもひとつの試考であり、今後のデータなどで見直していきたい。

 

現場からは以上であるw。

 

おまけ