「空気」と「世間」

「空気」と「世間」 (講談社現代新書)

「空気」と「世間」 (講談社現代新書)

「共同体の匂い」を感じるだけでも、人は元気になります。バラバラだと思える私たちが、じつは同じ集団に属していて、同じ感覚を大切にしている、と感じるだけでも生きる勇気がわくのです。
 お笑い番組が隆盛なのは、「笑って嫌なことを忘れたい」という理由が一番でしょうが、同時に、「他人と同じものを笑うことができる」ちおう「共同体の匂い」に惹かれているからだと思います。
 私は孤独じゃない。私たちはバラバラじゃない。なぜなら、同じものを見て、一緒に笑える人たちがいる。同じものを見て、腹から笑える人たちの中に私がいる。それは「共同体の匂い」です。そして、「共同体の匂い」を呼吸することは、人を安心させるのです。
 逆に言えば、不安な人ほど、「共同体の匂い」を求めるということです。
 自分の発言が場の「空気」を乱していないか、自分は「空気」からはみ出ていないか、今、どんな「空気」が場を支配しているのか。
 不安になればなるほど、敏感になり、場の「空気」を探り、従おうと思うようになるのです。

ああ、私のことが書いてある…と思わされた部分。
痛くて面白くてためになった一冊。

英語ハックス

楽しく、ラクに、シンプルに! 英語ハックス

楽しく、ラクに、シンプルに! 英語ハックス

低いハードルが跳べないのに、どうして高いハードルなら跳べると思うのでしょうか。留学で一定の成果を出すほうが、あるいは外資系企業に転職するほうが、ネイティブ並みになるよりもはるかに簡単なのです。

「朝起きてから夜寝るまで」の英語表現

朝起きてから夜寝るまでのような単純な活動について、英語が無意識のうちに出てこないようでは、スムーズに英語を話せるようになるはずがありません。

朝一番に思いついた英語をとにかく書いてみる

「脳に警戒心を抱かせたら、どんなことも続かない」
→ばかばかしいほど小さなことから始める

あれよ、あれよと言う間に科学論文や口頭発表を英語でできるようになる人は、「必要十分の英語しか学ぼうとしない」「失敗を恐れない」という点で皆似ています。
彼らの目的は、何も英語の達人になることではありません。「論文を書きたい」「学位を取りたい」という欲望が、最短距離で必要な英語を身につけることへと駆り立てているのです


目標をはっきりさせること。
でも高望みをするのではなく、自分に出来ることから一歩ずつ。

何より、失敗を恐れない。恥じない。

うつからの脱出

うつからの脱出―プチ認知療法で「自信回復作戦」

うつからの脱出―プチ認知療法で「自信回復作戦」

以下気になったフレーズ。

・考えるより<感じる>トレーニン
・失敗して数をこなす。「人は自分を変えようとするとき、400回の刺激を受け、40回失敗して初めて変化する」
「大丈夫。まだ頑張って、37回失敗しなくちゃ」
・"本当の自分"ではないと感じるとき、ほとんどの場合、複数の自分がかみ合わないで、ある自分ががまんしている状態を表現していることが多い。
・フォーカシング
・数え呼吸法(100まで数を数える)
・「私は、不安(怒り、悲しみ)があるけれど、それとともに生きていく。不安があるけれど、やるべきことはやれる」
・動作法
・細切れ目標達成法
・私の回復日記
・7対3で行こう
 いくつかの気持ちが対立するとき、どちらかの案に偏らない
・"成功したイメージ"の力を借りる
 過去の成功体験を十分にイメージし、次に今取り組んでいる課題が成功した姿を実体験のようにイメージする
・いいこと探し30
 意識して世の中の快刺激を見つけるトレーニン
・悪いサイクルに入っていると自覚したなら、まず最悪を考えさせてくれる自分の"思い"に、声を出して「ありがとう、私を守ろうとしてくれて」と感謝する。うそでもいい。繰り返しているうちに本当になる。
・一つのことを変えたからといって、それで全てが一気に変化するという期待は捨てるべきだ。魔法はない。
・「この病気は治りませんよ」と言った医者に、(今は生き生き暮らしている)彼の笑顔を見せてやりたい。


うつ病の人に対して
・まず、聞くことが大切。うまく話せない時は、積極的に相手の気持ちを予想し、こちらからそれを言葉にしてあげる。要約する。
・しかし、共感だけだと落ち込む。
・治るということを説明してあげる。
・何度も同じことを繰り返してあげる。うつの"波"と"不安や意欲の低下は症状である"。
・課題達成に目を奪われてはならない。


マドンナ (講談社文庫)

マドンナ (講談社文庫)

最後の、サラリーマンと老人の話が好き。適度な距離感や礼儀って重要だけど、人によって感覚が違うから難しい。


サウス・バウンド

サウス・バウンド

元大物活動家の両親に振り回されながらも冷静にたくましく生きる息子二郎、小学六年生。
自分は父のような破天荒な生き方はしないだろう、でもお父さんは僕の自慢だ−。
六年生にしてあまりにバランス感覚に優れた二郎君がかっこよすぎ。いい男になるであろうなー。

どうしてフィギュアスケートが好きなのか。

動画で、デニス・テン選手(カザフスタン)の2009年世界選手権の演技を見た。
当時弱冠15歳ながら、フリープログラムを完璧に滑って総合順位8位に食い込み、話題になっていた彼。


youtubeの小さな画面なのに、観ていて泣きそうになってしまった。


この世界的には無名の小さな男の子が見せる洗練された演技に驚き、興奮する観客。
最後のステップでは会場一体となった拍手が送られる。
ラストのポーズをとり終えるやいなや、茫然自失といった風情で頭を抱え込むテン。
観客からは賞賛の嵐。


フィギュアの試合で、ミスの無い完璧な演技が見られることはそうそう無い。
それは世界トップクラスの選手であっても。
むしろ、上位を狙うような選手は難度の高い大技を組み込んできているので、失敗のリスクは誰よりも高いかもしれない。


試合で結果を出すために大変な努力をしているのに、100%の出来で演技を終えることが滅多にない。
フィギュアスケートというのは、他競技と比べてもフラストレーションの溜まりやすい競技なのかもしれない。
別問題だが、二転三転している採点方法にも、選手観客双方から批判の声が多い。



それでも多くの人を惹きつけるフィギュアの魅力。
完璧な演技という、思いもかけない奇跡のような瞬間に立ち会える感動。
そのために様々なものを捧げてきた競技者が達成感に打ち震える姿を見られる喜び。
素晴らしい演技には演技中から拍手が沸き起こり、国籍や年齢を超えて人々の気持ちが一つになる。



2008年グランプリファイナルの男子シングル・アボット(米)の優勝の時も同じ感慨を覚えた。
実力はトップクラスと言われながら、メンタルの弱さのせいか本番で100%の力を発揮できずにいた彼が見せた完璧なフリープログラム。


こんな瞬間があるから、フィギュアファンは止められない。