RE: 続・正常化...

続・正常化...
返事を書こう書こうと思ってたんだけど、どうにもまとまらなくてずるずるきてしまいました。
状況もどんどん変わってくるし、このままだと完全にタイミングを逸してしまいそうなので、いまひとつ書ききれていない感覚が残るままだけどアップします。

パニックについて

友人の指摘のとおり水の売り切れ騒動に代表されるある種のパニックです。
(中略)
その意味では、安全を信じられる程度の情報を流すことより、ここまできたら終わりだよという情報を同時に流通させることの方が、人々にパニックではない決定をうながせられるのだと思います。

ここ、私の書き方が悪かったのかもしれないけど、あれはパニックだとは思っていないよ。不安になっていつもより買う人が増えたって、それはパニックとは呼ばないと思うんだ。もちろん、パニックになって買いだめした人はいると思うけど、観察する限りそういう人は限定的だと思う。


で、にょしの意見はたとえば「放射線が何μSv/hを超えたらまずい」といったような情報が流通し、それが権威*1として機能することが必要だという意見だと思う。
で、それはある程度同意できるんだけど、でも、その情報は既に流通しているんじゃないかな。
明確な線引きはされてないけど、100mSvの被曝がひとつの目安になることわりとみんな知ってるよね?*2放射線の強さも計測されているから、今自分が置かれてる環境でどの程度被爆することになるのか計算できるし、リスクを知ることはできる。
また、福島で言えば福島第1原発から20km圏内は避難指示、30km圏内は屋内退避指示が出ているから、それが安全ではない領域との線引きと考えてよいと思う。*3
ただ、それをどれだけ信頼できるかというところで人によって違いが出るし、全員を納得させることはできないのだと思う。実際、この状況で本当に安心することなんか無理なんだから、自分で考えてリスクを判断するしかないんだよ。
そのためにも、正しい理解が広く伝わることが重要なのだと思う。


まあ、それはそれとして情報公開のやり方がまずいってのはあるよね。公開された情報が咀嚼されずに報道されて誤解を呼んでいる面もあるかな。そのあたりは改善されていくべきだし、今回の災害から学ぶべき教訓のひとつだろうね。

「安全デマ」に加担することになっているんじゃない?

友人にはむしろ「危険は承知で生活している」と言っておいてほしい。

んー、ここは私の実感と大きく違う。私としては、「自分でリスクを評価し、十分に許容できる範囲だと判断して生活している」なんだよね。
こないだの水道水について言えば、ここら辺を読んで考えれば、少なくとも今私が心配する必要はないという判断は下せる。*4


他にも、何かあったらここから情報を手繰っていけば、自分で判断できるくらいの情報は手に入る。


情報収集はしているし、それなりに根拠を持ってリスク判断している。*5
盲目的にひたすら安全だと思い込んでいるわけではないのと同様に、危険に怯えながらビクビク暮らしているわけでもない。


また、こういう私の言説が「安全デマ」を補強してしまう場合があるなら、個別に反論はするつもり。周囲を見て危険な楽観が蔓延るようであれば、その危険性を指摘する発言をするつもりでもいる。
自分の発言が及ぼすかもしれない影響については、ちゃんと意識して*6発言しているよ。

現状の認識とそれへの対応について

また戦場うんぬんという比喩はあくまで状況から脱する選択肢があるということを忘れないで欲しいという意味で書いています。端的には疎開ですが。

最終的にそういう手段は取り得るという意味だと思うので、的を外したツッコミであることは承知の上で書くけど。
事実上、現在その選択肢はないよ。
できる人はいるし、したい人はすれば良いと思うんだけど、普通の勤め人ではまず無理。無理にでもするなら生活基盤を失う覚悟が必要だし、その危険を冒すことを合理化できるほどのリスクはないしね。*7
国なり自治体なりが補償にも言及したうえで勧告するまでは疎開が現実的な選択肢になることはないし、今回そういった勧告が首都圏で出る可能性は限りなく低いと思う。


あとやっぱり、東京の現状についての誤解がかなりあると思う。誤解というよりも、解釈の違いかな。
東京は被災地で、今は非常時*8なのだけど、そこでの生活はやっぱり日常で、慣れるのは当たり前なんだよ。
それを見て、平常時からの乖離が云々言っても意味がないと思うよ。

リスク評価と対応について

だからといって科学的根拠を持ち出そうとしても、それは信用できないわけです。私たちの今までの被曝量は人によって異なるでしょうし、もともとの遺伝的形質は、まさに人によって異なります。私の人生は私にとって特別なものであり平均値などで表現できるものではないという単純な気持ちは、なかなかときほぐせないと思います。

こういう話もあるし、ただ科学的に正しいというだけで合意が形成できると考えるのはまずいよね。
科学的正しさでは納得できない人達も含めてどのように合意を形成していくのか、とても難しいテーマだと思う。*9


でも、だからと言って科学的な正しさが不要であるということにはならないし、それを伝えていく努力も放棄するわけにはいかないよね。「気持ちはなかなかときほぐせない」だろうけど、根拠にできるのはそれしかないんだし。
だから、インテリゲンチャとしてのにょしの活躍に、とても期待しています。
がんばってねw

*1:みんなが信頼し、判断する根拠となるという意味で。

*2:知らないかな? ネット中心で生活してるから、みんなと前提がずれてても分からないんだよね。

*3:この線引きの正しさには疑問があるけれども、一応どこまでが危険かという情報は流通しているよ、という意味で書いてます。

*4:ここにあげた人達は以前から注目していて、個人的にかなり信頼している。もちろんそのまま鵜呑みにしちゃだめだし、複数の情報源にあたるのは必須だけれども。

*5:念のために言っておくけど、ここからたどった情報だけで判断しているわけじゃないよ。

*6:私の影響力がほぼゼロに等しいことも含めてw

*7:それに私の場合、実家に戻ったってより日常から遠くなるだけだしw

*8:とは言え、返事を書きあぐねていた間にもかなり平常に戻ってきたけど。

*9:「信頼」がひとつのキーワードになるだろうとは思うけど、難しすぎてよく分からんので今回はパス。

RE: 正常化バイアスかかってませんか?

主に私宛だそうなのでお返事です。
当然のことながら、このお返事は私個人のごく限定的な視点からの認識をもとに書いたものです。念の為。

正常化バイアスについて

「正常化バイアス」に見えるってのは分かるし、そういう部分もないとは言わないけど、やっぱりなんか違うなぁ。
地方では相当ひどいように報道されてるんだろうね。
私はテレビ見ないから雰囲気が良く分からんけど、岩手の父が心配して電話よこすくらいだもの。まずそっちを心配しなよ、って話。

現状認識について

外野から見た状況が酷い(ほんとうは酷くないかもしれませんが、とりあえず酷いとしておきます。ここは重要なポイントです。にもかかわらず平穏な暮らしをしているように見える。

まず、前提が自体が間違っている。
そんなにひどくない。
地震の被害は軽微*1だし、物流も戻りつつある。
計画停電は影響の大きい話だし、死活問題になってる人もいると思うけど、ごく個人的なことに限って言えば、不便だなってくらいの影響でしかない。もっと言うと、墨田区は停電しないので不便というのも申し訳ないくらいのもの。
原発はたしかに不安要因ではあるけれど、東京に住んでいる限り、今の段階で放射線を心配するのはナンセンス。


政府や東電の発表を信用するのか、って言われるかもしれないけど、今回に関しては信用してる。
つか、隠してることもあるだろうとは思うんだけど、放射線は誰でも計れるからねぇ。明らかにおかしい情報があれば誰かが指摘するよ。*2
一応「東京が」ってことに限定するけど、危機になれば間違いなくアラートは出ると考えている。
この判断に私は自分の安全を賭けているわけだけど、まあ、そんなに間違ってないと思うよ。


あと、最後の方、ちょっと引っかかったんで言っておくけど、「放射線を甘く見て良い」「ナメてかかれ」という方向性の発言、私はしてないからね。
たしかに積極的に危険を訴える発言はしてないし、あくまで「現在」「ある限定された条件下」で心配する必要がないという発言はしたから、それが「放射線安全神話」に加担しているように見てしまう人はいるだろうけど。
でも、やっぱり今は放射線よりパニックのほうがずっと怖い。
かなり通常に近い生活しているけど、それでも今は非常時でみんな不安な気持ちでいることは間違いない。
昨日今日で水が店から姿を消したし、みんな敏感になってる。
そういう状況で、意味なく不安を煽るような発言は有害だと私は思う。
本当は危険なことを安全と言うのはダメに決まっているけど、ちょっと不安だからって騒ぐのも、この状況ではかなりダメじゃないかな。

じゃあ、お前は何も心配していないのか?

まあ、現在の状況についてはこんなもんだけど、実はかなり心配してることもあるんだよね。
それは電力供給のことで、おそらく今年の夏までには以前の水準には復活しないと思われる。
ってことは、特にお年寄りを中心に相当数の人が暑さでやられることになることが容易に予想できるよね。当然、それは医療のリソースを消費するし、間接的にしわ寄せを受ける人達も増えるはず。
また、電力が使えないと企業の活動や消費もかなり限定されるから経済も停滞する。
ってことは失業率とか自殺率とか、まあ、あまりうれしくない類のお話が出てくるんじゃないかなぁ、と。


というわけで、電力がいつどれだけ回復するのかってのは、今後最大の問題になると思うんだ。
電力消費の少ない頃に戻れば良いじゃないかってことを言う人もいるし、まあ、そういう方向もなくはないとは思うんだけど、今あるシステムは大量の電力が安定供給される前提で回っているものだから、すぐに切り替えられるわけじゃないよね。*3
少なくとも移行期間を賄うだけの電力は必要だし、社会の仕組みを移行する作業にだって電力は必要になる。*4


どう考えても、やっぱり一度は電力供給量が復活する必要はあるはずだと思うんだ。
それをどうやって実現していくのか、していけるのかってのが最大の関心事で、それに比べればちょっとモノがないくらいは心配するに値しないのですよ。

*1:軽微と書いたのは、実際に被害を受けた方もおられますし、軽率だったかもしれません。今回の震災で被害の大きい地域ではない、という程度の意味で理解していただけるとありがたいです。

*2:あ、ちなみに「誰か」ってのは信用できる誰かってことだよ。広瀬隆とかじゃダメだからね。

*3:それは東京で電車網がどれだけ発達していて、人の生活がそれにどれだけ依存しているかを考えれば、自明だと思う。

*4:ちょっとずれるけど、例えば原発反対という主張はもっともだと思う部分も大きいのだけど、即刻全ての原発を止めよ、とか極端なこと言う人はもう少し現実的に実現可能な方法を提案してほしいな、と思う。

イタコとホメオパシー

next49さんの記事を読んで、もやもやしたので、ブクマでメモを残しておりました。

tobiaki なんかモヤモヤするけど、まとまらないのでメモ。イタコ研究は問題視する気はない。でも、ホメオパシーでも癒されている人がいる。カウンセリングへの応用に限定するならホメオパシーの研究も許容される? 2010/08/15

まだまとまっていないのですが、書きながら整理してみようと思います。

どこがモヤモヤしたか

ホメオパシーは既に科学的に否定されたもの。こちらは、実際に癒されている人がいて、そのメカニズムを流用したいので分析しますという話なので、全く違うものと理解している。

ごく大雑把に、イタコの研究*1OK、ホメオパシーの研究NGって結論については特に異論はないです。ですが、ホメオパシーが既に科学的に否定されたものだからNG、というところに違和感を感じました。


イタコやホメオパスは、オカルトやニセ科学をツールとして「癒し」を与えます。そして、その「癒し」効果はオカルトやニセ科学、またそれを行うイタコやホメオパスへの信頼に由来するもので、テクニック的な違いはあっても、基本的には同じメカニズムではないかと想像します。
で、オカルトはどちらかというと信仰の問題にも近いので、科学で否定とかには馴染みません。となると、科学云々を根拠にして判断してしまうと、オカルトはOKで、ニセ科学はNGという理屈になってしまいかねないのではないでしょうか?

じゃあなんで私はホメオパシーはNGだと思うのか

「まぎらわしいから」と「実害が出ているから」*2だと考えています。
科学的に云々というのは重要なことですが、イタコとホメオパシーを比較する場合、さほど意味があるようには思えません。率直に言って「大差ない」と感じます。
それよりも、それを認めたときの社会的なメリットとデメリットから語る方が筋が良さそうです。
ホメオパシーに限って言えば、その研究を認めることによって、ホメオパシー側がお墨付きが与えられたかのように振る舞うことは容易に想像がつきます。それによって主流の医療が妨げられるケースも増えるでしょう。でも、イタコによってそういう事態になることは考えにくいと思うのです。

ここまで書いて気付いた

私が、下記の前提を持っているから違和感があったようです。

  • イタコの「癒し」の効果について、ホメオパシーと「基本的には同じメカニズムではないか」と考えている。
  • イタコもホメオパシーも、最終的にカウンセリング手法の研究に帰着する。

つまりは科学的にはどちらも大差がないと考えていて、そのときに片方だけを認める(or認めない)ときの理屈として、科学を持ってくるのは難しいと感じたんですね。
でも、イタコとホメオパシーには根本的な違いがある、もしくはあり得ると考えていれば*3、その区別に科学をもってくることもアリですね。


とりとめないですが、個人的になんとなく腑に落ちましたので、ここまでにしておきます。

追記(2010-08-14 20:00)

治療の話と遺族のケアの話をごっちゃにして考えちゃったのは筋が悪かったな、とちょっと反省。

追記(2010-08-19 00:07)

研究することの可否と、研究を助成するのことの可否もまた別ですね。そこも分けて考えなければ。

*1:この場合の研究は、カウンセリングやケアに応用することを前提とした、通常の人文・社会科学的な研究よりも踏み込んだものを想定しています。

*2:と言いつつ、イタコに実害があるかどうかは知りません。ごめんなさい。

*3:そしてそう考えることは特段おかしくないですね。

安部英医師「薬害エイズ」事件の真実

安部英医師「薬害エイズ」事件の真実

安部英医師「薬害エイズ」事件の真実

つい10日ほど前まで、いわゆる「薬害エイズ」事件において、安倍医師、厚生省、ミドリ十字は「悪いこと」をしたのだと思って、疑ってもいませんでした。それが、ここまで事実と乖離していたとは…。
もちろんこの本は弁護側の視点から書かれたもので、それなりにフィルタリングしたことしか書かれてはいないでしょう。ですが、それを割り引いても、事件の枠組みは思っていたのとかなり違っているようです。
一時は悪の権化のごとく考えていたことを思うと、ただ自らの不明を恥じるばかりです。

マスコミの偏向の問題、また社会におけるリスクとベネフィットのトレードオフを考える上で、一度は読んでおくべき本だと思います。

統計

ザル頭を水に浸す作業。
今月のテーマは統計学でした。なんどやっても理解できた気がしない統計学を、連休も利用して、ホントにはじめからやり直してみました。とりあえず入門書を3冊読めたし、t検定あたりまではなんとか一度頭に通したので、今回はこんなもんで良しとしましょう。
来月からはまた別テーマをやることに決めているのですが、いずれまた統計学の勉強も再開するつもりです。今度は分散分析と回帰分析のはじめくらいまではいきたいな。その次はベイズ統計学もざっと理解しておきたいところ。今後2,3年くらいで、そのあたりまでの知識を自分の中に定着させるのが目標です。まあ、そのあたりまでやっておけば、専門でない人間にとってはひとまず十分かと。

はじめての統計学

良い教科書でした。演習問題の質も良くオススメ。他の教科書とはアプローチが異なるので、そのあたりは若干戸惑うかも。

はじめての統計学

はじめての統計学

わかりやすい統計学

個人的には合わない教科書でした。構成的に悪い教科書とは思わないのですが、どうもイマイチ相性が悪かったです。

わかりやすい統計学

わかりやすい統計学

完全独習 統計学入門

小島先生の本はピンと来ないことが多い*1のですが、これは良い教科書だと思います。最初にこの本をざっと読んで、次に「はじめての統計学」を演習問題を解きながらやるのが良さそうな気がします。

完全独習 統計学入門

完全独習 統計学入門

*1:相性の問題だと思います。なんと言うか、物事の理解の仕方が私とはかなり違うんだな、という感じを受けることが多いのです。

定額給付金

決まりましたね。今回の定額給付金は、もらったらすぐに浪費することをここに宣言しておきます。


やー、この状況で、まさかここまで景気対策の実行が遅れるとは思わなかったなー。
私、一度だけですが、今回の定額給付金は無駄だと思うという意見表明をWeb上でしてしまったんですよね。あれはちょっとまずかった。
実質的には無駄だとしても、なんらかの景気対策を素早く行うことには意味があったはずだと思うんですよ。「ピンチのときにはちゃんと動ける国ですよ」っていうポーズを示すだけでも、市場に与える安心感は違ったんじゃないかなぁ。たとえわずかでも、その足をひっぱる言論に加担してしまったことを後悔しています。
なにより、よく理解していないことについて軽はずみに発言してしまったのがよろしくない。ホントに無駄なのかもしれないのだけど、発言できるほどちゃんと考えたわけではありませんでした。以前の地域振興券のイメージに引っ張られてしまったよな…。あれ、景気対策だったはずなのに何故か途中から福祉政策になってたし、結局ウチの家計には一切入ってこなかったしで、すごいイメージ悪かったんですよね。(いいわけ)


というわけで、今回の宣言はその償いの意味もあります。
まあ、宣言せずとも、蓄財*1にまわす金額は月々固定しているので、それ以外の収入は何らかの形で消費するんですけどねw

*1:ちなみに、これも単なる貯蓄だけではなく、それなりに分散して投資にもまわしています。含み損が結構ひどいことにw まあ、どうせ2,30年先のためのもの。短期の損は気にしない気にしない。

「ニッポン社会」入門—英国人記者の抱腹レポート

「ニッポン社会」入門 英国人記者の抱腹レポート (生活人新書)

「ニッポン社会」入門 英国人記者の抱腹レポート (生活人新書)

在日本の英国人記者の目から見た日本、というありがちなネタではあるのですが。日本を必要以上に褒めるわけでもなく、かといって貶すわけでもなく、バランスの良いエッセイでした。まあ、若干日本人読者に対してリップサービスしてるかな、という感じがしなくもないですけどw
ジャーナリストという職業によるものか訳者の腕なのか、文章もうまく、すいすい読めます。ところどころ怪しげな情報も含まれていますが、エッセイなのでご愛嬌でしょう。「ガイジン」から日本がどう見えるのか、興味のある方は読んでみることをオススメします。