九月になれば

同人誌印刷 トム出版 http://www.tomshuppan.co.jp/


九月になれば

夏コミの季節が終わった。気がぬけたようだ。あの喧騒と眩暈がするほどの緊張感は経験した者でしか分からない。
4日だったか、5日だったか、、いや、ほとんどこの一週間ばかりは満足に寝てはしない。

自我を忘れ、ただ無欲で品質の出来栄えに神経を尖らせ、時計を気にしながらCTPコンピューターのキーを叩く。
時間がない。失敗は許されない。印刷オペレーターは神に祈るような気持ちで排紙開口部のガラス越しに張り付き、色の乗り具合のチェックに微動だともしない。

マシン速度八千。サクションカップの音が高速になった。汗が額を伝う。-----

注文のアナログ原稿が、まだ事務所のデスクに山のように積み上げてある。
すると突然、受付の女性が、ドアをガチャビシャ開け、
「まだいけます--!!」
語尾の跳ね上がった悲鳴に似た叫び声をあげながら室内に飛び込んできた。乱立した原稿の隙間から、、ねね、いけるでしょ、、いれてあげて。、、お願い、困ってらっしゃるんだから、、。


正に絵に描いたようなギリギリ入稿の飛び込みである。
「うむ!」・・・
私は一瞬怯んだ。やす請け合いはできぬ。もし間に合わなかったら、、、
そんな不安が頭をよぎった。


データ入稿はもう満杯。まだアナログ原稿ガ山ほど積まれたままになっているのに。これ以上一体どうなるというのだ。
腕時計を透かしてみた。午後11時半を回っている。発送は明日の晩だ。PPを貼る時間があるかどうかだ。


ねねぇ、男性って「義を見てせざるは勇なきなり」、、って、言うじゃない?、 ね。やってあげてよ。社是にもあるでしょ。誠実・親切・迅速じゃなかったかしら?
ねぇ、分かってんの。
同人誌印刷の会社ってのはねぇ、ここで値打ちが決まるのよ。


作業中の回りの者がどっと笑い声を上げた。


「分かったよ。よし! やろ!」
私は思わず苦笑した。


おーい、みんな!今晩は徹夜だ、シンドクなったら談話室の2Fで仮眠してくれ。
私は大声でそういって、改めて自分の消極姿勢を恥じた。
初めから逡巡などせねばよかったのに、手遅れか。


「九月になれば、休暇を取ってくれ。」
私は再び大声でみんなに向かって叫んだ。


九月になれば、か、。おや、待てよ、この文句どこかで聞いたことがあるような。
come the September〜、、、、あぁロックハドソンとジーナロロブリジータだったなぁ。


さあ、明日の晩まで渾身の力をこめて。、頑張ろうなぁ、、と自分にいい聞かせながら、ふと振り返ってみると。
あの巴御前みたいな受付嬢は、いつの間にか消えていた。


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