tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『1(ONE)』加納朋子


大学生の玲奈は、全てを忘れて打ち込めるようなことも、抜きんでて得意なことも、友達さえも持っていないことを寂しく思っていた。そんな折、仔犬を飼い始めたことで憂鬱な日常が一変する。ゼロと名付けた仔犬を溺愛するあまり、ゼロを主人公にした短編を小説投稿サイトにアップしたところ、読者から感想コメントが届く。玲奈はその読者とDMでやり取りするようになるが、同じ頃、玲奈の周りに不審人物が現れるようになり……。短大生の駒子が童話集『ななつのこ』と出会い、その作家との手紙のやり取りから始まった、謎に彩られた日々。作家と読者の繋がりから生まれた物語は、愛らしくも頼もしい犬が加わることで新たなステージを迎える。

加納さんのデビュー作『ななつのこ』から始まって『魔法飛行』『スペース』と続いてきたところで止まっていた「駒子」シリーズに、なんと20年ぶりの新作が登場しました。
1月に発売されたのに読んだのが今になったのは、シリーズを読み始めてからあまりにも長い時間が経ってしまったので、既刊を再読してから読むことにしたからでした。
結果、その選択は正解だったなと思います。
これまでのシリーズで登場した懐かしいあれこれが散りばめられた、宝石箱のような物語でした。


とはいっても、いきなり「前書き」で「ストレートな続きではありません」と作者自身が宣言されています。
確かにそうかもしれない。
そして、「ミステリ色も強くない」とも宣言されています。
これも確かにそうかもしれない。
けれども、やっぱり本作は「駒子」シリーズの正統な続編で、ミステリ色は強くはないがちゃんとある、と私は感じました。
うっかりするとネタバレになりそうで、あまりあれこれ語れないのがもどかしいところですが、シリーズ読者なら「ああよかった」と思える物語です。
「ゼロ」と「1(ONE)」の二部構成になっていて、最初の「ゼロ」は女子大生の玲奈が「自分の犬」を手に入れるところから始まります。
ゼロと名付けられた子犬の愛らしさに魅了され、ちょっと過保護だけれど仲の良い玲奈の家族をほほえましく思いながら「ゼロ」を読み、続く「1(ONE)」はワンという名の黒犬が登場する物語で、あれ、この黒犬は「ゼロ」に出てきたあの子では?と思い読み進めていくうちに「1(ONE)」は「ゼロ」の前日譚なのだということがわかってきます。
そして、ある1行、いやある2文字で、ある重大な事実が明かされます。
こういうところは非常にミステリ的ですが、実のところ、シリーズ過去作を読んでいない人にとっては特に何の事実の開示にもなってはいません。
そこがうまいなとうならされました。
シリーズ読者だけがわかるように仕組まれた、遊び心あふれる仕掛け。
一種のファンサービスに、「おお!」と喜びの声が出そうになりました。


ミステリ色は強くないとはいえ、お話としては個人的に好きな要素がたくさんあって楽しく読めました。
犬のゼロやワンが人間の子どもを守ろうと奮闘する姿は愛おしくて涙が出そうなほどでしたし、「1(ONE)」に登場する小学生の男の子とその妹の赤ちゃんもとてもかわいらしい。
玲奈が小説サイトを通じて小説作者と交流する展開は、童話集の作者と手紙のやり取りをする『ななつのこ』における駒子を想起させますが、インターネットを通じたやり取りになっているのが時間の流れを思わせて感慨深いものがありました。
「1(ONE)」という数字と英語を組み合わせたタイトルも、ちゃんとシリーズものとしての意味が込められています。
ななつのこ』が全部ひらがな、『魔法飛行』が全部漢字、『スペース』が全部カタカナのタイトルなので、次は全部アルファベットかな、という構想は以前ある雑誌で加納さんが語られているのを読んだことがありましたが、ふたを開けてみれば今回は数字とアルファベットで、日本語として使える文字は全部使ったことになります。
これはある意味「伏線を回収した」と言えるのかもしれません。
同時にシリーズ最終作ということを宣言されているようで寂しくもありますが、「1」と「ONE」という言葉に込められた意味を考えると、最終作としてこれ以上にふさわしいタイトルもなかっただろうなと深く納得しました。
そう、あの時まだ女子大生だった駒ちゃんは、望んでいたものを手に入れたのだから。
もろくて不安定で、だからこそとても大切なものを。


加納さんは本作が加納作品初読みでも大丈夫と言われていますが、私としてはやはり『ななつのこ』から始まるシリーズ既刊3作をすべて読んでから本作を読むことを強くお勧めしたいです。
単純に「家族」の物語としても魅力的ではありますが、やはりシリーズ読者にしかわからない面白さを十分に感じないと損だとすら言えるのではないでしょうか。
シリーズのファンとして大満足の、そして何より20年経ってしまっても忘れずに続編を書いてくださったことへの感謝でいっぱいの、あたたかく優しい気持ちで満たされました。
☆5つ。




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2024年4月の注目文庫化情報


新年度が始まりました。
私自身には特に何の変化もありませんが、気持ちだけはフレッシュに、1日1日を大切に過ごしていきたいです。


さて、4月は何といっても米澤穂信さんの「小市民」シリーズ最新刊の刊行でしょう。
待ちに待った「冬」、今の季節とは合いませんがそれもまたよし。
小鳩君と小山内さんが今度はどんな事件に遭遇するのか、楽しみです。
でも毎年4月の恒例「東京バンドワゴン」シリーズも楽しみだし、東野さん大崎さん有川さんと読みたい本がいっぱい。
今月は楽しく過ごせそうです。

『雷神』道尾秀介


あの日、雷が落ちなければ、罪を犯すことはなかった――。埼玉で小料理屋を営む藤原幸人を襲った脅迫電話。電話の主が店に現れた翌日、娘の夕見から遠出の提案を受ける。新潟県羽田上村――幸人と姉・亜沙実の故郷であり、痛ましい記憶を封じ込めた地だった。母の急死と村の有力者の毒殺事件。人らが村を訪れると、凄惨な過去が目を醒ます。どんでん返しの連続の先に衝撃の一行が待つミステリ。

龍神の雨』『風神の手』に続く「神」シリーズ……とのことですが、特にストーリー上のつながりがあるわけではなく、それぞれ独立した作品ですので本作から先に読み始めても全く問題はありません。
登場人物についても3作は全く異なります。
共通点は自然現象が謎解きにかかわってくるミステリというところでしょうか。
日本は自然災害が多く、またそうした自然現象と信仰が結びついた文化があり、小説の題材、特に因習めいたミステリの題材にはぴったりです。


冒頭で語られる、ある夫婦とその幼い一人娘の3人の間で起こった悲劇。
一人娘のある行為がきっかけとなり、母親は命を落とします。
その事実は伏せられたまま娘の夕見 (ゆみ) は大学生となりますが、ある日父親の幸人の前にひとりの男が現れます。
男は金を払わなければ秘密を娘にばらすと幸人を脅迫してきたのでした。
幸人は男から逃れたい一心で、夕見と姉の亜沙実とともに故郷の新潟県羽田上村へ向かいます。
そこで彼らは30年前に幸人と亜沙実、そしてその父母に起こった事件の謎に向き合うことになります。
現在の主人公の身に起こっていることと、過去に起きた事件、2つの出来事がリンクしますが、謎解きの焦点は過去の事件の方にあります。
過去の事件こそがすべての悲劇の始まりなのです。
雷神を祭る神社とそこで毎年行われる祭りという、いかにも地方の村にありそうな風習、そしてそこで起こった悲劇。
古き良き日本の推理小説にありそうな設定と、どこか暗く閉鎖的な村の様子がいい雰囲気を醸し出していて、ミステリ好きにはたまりません。


もちろん道尾秀介さんですから雰囲気作りが丁寧なだけではなく、伏線の張り方もパズル的な謎解きギミックも抜かりありません。
幸人の父親が神社の宮司から渡された手紙の謎に関してはヒントもあからさまに作中に書かれていたので、本気で頭を悩ますことになりました。
そうやって読者も謎解きに巻き込みつつ、一気にすべての伏線が回収されていき真相が明らかになる最終章は圧巻でした。
フーダニットとしては消去法的に真犯人にたどり着くことは可能です。
ですが本作の謎解きの、そしてストーリー的な面白さは、叙述トリックを応用した部分にあります。
ある「思い違い」が巧妙に真相を覆い隠しており、すべてが明らかになると「そういうことだったのか」と読者も主人公の幸人とシンクロした感情を抱くことになるのです。
人の視野がいかに狭く、思い込みにとらわれがちであるかがあらわになってハッとさせられます。
その視野の狭さゆえに疑心暗鬼になったり真実が見えなくなったりして悲劇につながる――本作で描かれているのはそういう事件です。
なんとも悲しい真相にしんみりしていたら、最後の最後に明らかになる事実にさらに頭をがつんと殴られました。
ある種のイヤミスとも言えるかもしれない結末に、道尾作品の油断ならなさを感じずにはいられません。


最初から最後まで道尾さんらしいミステリだなという印象でした。
ちょっと不気味でおどろおどろしくて、人間もどこか怖い。
そしてそれ以上に、雷の怖さに背筋が寒くなり、その自然現象を神と結びつけた昔の人たちの心情がわかるような気がします。
巧妙な謎解きも、悲劇的な物語も、どちらもさすがの出来でした。
☆4つ。




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