tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『燕は戻ってこない』桐野夏生


北海道での介護職を辞し、憧れの東京で病院事務の仕事に就くも、非正規雇用ゆえに困窮を極める29歳女性・リキ。「いい副収入になる」と同僚のテルに卵子提供を勧められ、ためらいながらもアメリカの生殖医療専門クリニック「プランテ」の日本支部に赴くと、国内では認められていない〈代理母出産〉を持ち掛けられ……。

めちゃくちゃ久しぶりに桐野夏生さんの作品を読みました。
どれぐらい久しぶりかって、前回読んだのは『顔に降りかかる雨』で軽く20年は前ですね。
本作『燕は戻ってこない』はこの4月30日からドラマ化されるとのことで非常にタイムリーではあるのですが、私が読もうと思ったのはドラマ化は関係なく、純粋にテーマとあらすじに惹かれたからでした。
そのテーマとはずばり「代理母出産」。
近年はLGBTQと関連付けて語られることもあり、個人的に気になっていた話題だったのです。


主人公のリキこと大石理紀は北海道の田舎から東京へ出てきて、病院事務の派遣社員として働く29歳の女性です。
体格には恵まれているものの学歴はなく、貧困に苦しむあまり同じ派遣仲間のテルに誘われて卵子提供をしようとクリニックに赴いたところ、思いがけず代理母にならないかという話を持ちかけられます。
国際的にも有名なバレエダンサーである草桶基 (くさおけもとい) とその妻である悠子は妊娠が望めないということが明らかになり、代理母を探していたのですが、リキが悠子に似ているということからリキに白羽の矢が立ったのでした。
リキは戸惑い悩みながらも代理母を引き受け、基の精子と自らの卵子を使った体外受精に挑むことになるのですが、個人的にはどうしても代理出産に対する生理的な嫌悪感が最後までつきまといました。
卵子はリキのものを使うので、リキが妊娠する子どもの遺伝子の半分はもちろんリキのもので、生物学上の母は間違いなくリキであるにもかかわらず、あくまでもリキは「代理」でしかなく自分の子とは呼べないというその前提がどうにも受け入れがたく、頭が混乱してきます。
そういう契約で、多額の報酬ももらうのだから、と言われても、理屈では理解できても心が受け付けない。
何かが根本的に間違っている気がする。
もちろん子どもを熱望しているのに授かることができない不妊夫婦の苦しみも理解できます。
それでも、何が何でも自分の遺伝子を受け継いだ子どもが欲しいという基の強い思いは、同情を覚えるよりはむしろ気持ち悪く感じられました。
妻以外の女性に妊娠出産してもらってまで子どもが欲しいという、その強すぎる願望が不気味に思えるのは、私が女性だからなのでしょうか。


本作は代理出産について肯定的な方へ傾くでもなく否定的な方へ傾くでもなく、ただメリットデメリットを描くというフェアな姿勢に徹しています。
それでも個人的には最後まで代理出産に対する否定的な思いを払拭することはできませんでした。
本作に登場する人物に関していえば、リキは貧困に苦しむ非正規労働者で、どこからどう見ても弱者の立場で描かれていますが、代理母になると決断し実際に体外受精が始まった後になって契約内容に反する行動を彼女が取ったことは、1千万円もの報酬を草桶夫妻に要求しておきながら身勝手だとも取れます。
しかし一方で、身勝手と言えばそもそも基の「どうしても自分の遺伝子を受け継いだ子どもが欲しい」という願望も十分に身勝手なのです。
そう、人間は強者とか弱者とかの立場に関係なく、根本的に身勝手な生き物なのかもしれません。
身勝手だからこそ、踏み込んではいけない領域がある。
それが代理出産なのではないでしょうか。
考えてみれば、代理出産というのは代理母を務める若い女性の身体を1年近くも拘束するに等しい状況を生むものです。
若いから遊びたいという気持ちだって、性欲だってある。
そういう視点が本当は大事なのに、代理出産にまつわる議論の中ではそれほど重要視されていないような気がします。
貧しい女性の生殖機能をお金で買うというのは倫理的、道徳的に問題があるとか、生まれてきた子どもに障害や病気があったらどうするのかとか、そういった議論だけではなく、実際に妊娠・出産に臨む女性の人生に与える影響ももっと考慮されるべきである。
それが本作を読んで私が新たに得た視点でした。


賛否両論の難しい話題を扱っていながら、ストーリー自体はそれほど重さは感じられず、どこかユーモアがありコミカルな部分さえありました。
ラストシーンにはすがすがしさや痛快さすら感じられ、読後感も悪くなかったです。
気軽に読めて、大事なテーマについてじっくり考えることができる良作でした。
☆4つ。

KOBUKURO FANSITE EXCLUSIVE LIVE 2024 "ALL SEASONS" @大阪城ホール (4/8)

今年初のライブ参加はコブクロのファンサイト会員限定ライブ。
近年はいつも春にライブをやってくれるのですが、今年は4月なのでちょうど桜の時期に重なってよかったですね。
とはいえライブ当日は花散らしの雨で少々残念でしたが、大阪城ホールの前景を満開の桜が彩る光景はとてもきれいでした。


今回は直前にリリースされたコブクロ結成25周年記念ベストアルバム「ALL SEASONS BEST」からライブタイトルが取られています。
コブクロの曲は季節感がはっきりしているものが多いので、彼ららしいベスト盤の編み方だなと感心し、名曲だらけのライブになりそうな予感にわくわくしながら参加しましたが、ふたを開けてみればベスト盤以外からの選曲も多くて予想外の部分もありました。
全体を通して思ったのは、インディーズ時代からある古い曲が多かったということ。
最初のブロックからして、「memory」「2人」「赤い糸」とインディーズ曲3連発からのデビュー曲「YELL ~エール~」ですからね。
こんなにインディーズ時代の曲を大事に歌い続けているアーティストもそう多くはないのではないかと思いますが、ストリート出身のコブクロにとって、ストリートで歌っていた曲たちこそが原点でありアイデンティティなのでしょう。
インディーズアルバムにしか収録されていない超レア曲「ボクノイバショ」はたぶんライブで聴いたのは初めてだったんじゃないかな。
あまりのレアさに驚いていたら、次の曲がまだ音源化もされていない新しい曲「雨粒と花火」という、いきなり25年という長い時間を一気に早送りしたような曲順にさらに驚かされました。
そして、極めつけは何といっても「おさかなにわ」でしょう。
昔のイベントでただの1回しか披露されたことがないという、もちろん音源化などもされていない、レア中のレアというかもうレアを通り越した幻の曲です。
私もタイトルは何かで聞いたことはありましたが、もちろん曲は聴いたことがありませんでした。
いかにファンサイト会員限定ライブといえども、参加者の中でも聴いたことがあるという人はごく少数だったのではないでしょうか。
「大阪なにわ」と「お魚には」をかけたダジャレタイトルということで、コミカルな感じなのかと思いきや、魚が登場する歌詞のせいか意外にかわいらしい雰囲気の曲でした。
超々レア曲を聴けてうれしかったですが、なぜ今この幻の曲を復活させようと思ったのか、超久しぶりに歌ってみてどう感じたか、どこかでじっくり語ってほしいところです。
また、この限定ライブのみで終わりというのももったいないので、今後の展開にも期待したいと思います。


季節的にやるだろうと思っていた「桜」や「風」をやらなかったのはちょっと意外でしたが、「天使達の歌」や「光の粒」といった季節感が強すぎて通常のツアーなんかではセトリに入れづらい曲が聴けたのはよかったです。
特に「光の粒」はステージいっぱいに瞬く無数のライトがまさに「光の粒」で、その美しさが曲とともに印象的でした。
この曲が本編ラストというのも、限定ライブならではという特別感がありました。


そんな限定ライブらしいレアさを満喫しつつ、一番心に響いたのは「風見鶏」でした。
黒田さんのスイッチが入ってギアが数段上がったのがはっきりわかる歌いぶりももちろんよかったけれど、個人的にコブクロのライブに行き始めて一番コブクロを聴いていた頃の曲なので、やっぱり思い入れがあるんですよね。
ライブで聴いたのはひさしぶりということもありましたが、いろんな思い出が頭の中によみがえって鼻の奥がツンとしました。
その次の「同じ窓から見てた空」でさらにノスタルジーに浸るという、この流れも完璧でした。


アンコールは「この1曲にすべてをかけます」と宣言された未発表新曲「RAISE THE ANCHOR」。
黒田さんが歌いだしに失敗して一度やり直ししたのですが、もういきなりクライマックスかというようなタイトルシャウト×2に、なるほどこれは瞬発力が試される難しい歌いだしだなと納得でした。
「錨を上げろ」というタイトル通り、鼓舞するような勇ましさのある楽曲です。
結成25周年を迎えたけれど、ここはまだ通過点、まだまだここから先へ進んでいくぞという思いが込められているとのことで、これは間違いなく新たなお気に入り曲になる予感がします。
今年はオリジナルアルバムを出すと言っていたと思うので、きっとこの曲がアルバムの核になるのではないかな。
懐かしい曲の数々で25年の時の重みを感じた後、最後に新しい未来、これからのコブクロを見せてくれました。


ツアーとはひと味違う限定ライブ、とても楽しかったです。
相変わらずMCは面白かったし (黒田さんの故障した車を直してくれたイケメンお兄さんが何者だったのか気になる!)、今年のツアーの発表を生で聞けてまた楽しみが増えました。
小渕さんの高音がつらそうなのはちょっと気にはなりましたが、まあ去年も春先は調子悪そうだったけどその後のツアーでは悪くなかったし大丈夫でしょ、とそこまで心配はしていません。
昨年のツアーの最後に体調を崩して入院していた黒田さんがすっかり完全回復して小渕さんのカバーまで頑張っていたので、何よりそのことが安心材料でした。
2人とももう若くないので (この歳になったらもう誰も指摘とか注意とかしてくれへんで、という黒田さんの小渕さんへのツッコミが同世代の私にも突き刺さりました……)、とにかく身体には気をつけてほしいですね。
まだ9月までは25周年祭が続くはずなので、ツアー以外の活動もこれから発表されていくのでしょう。
今年もコブクロに元気をもらいながら頑張っていきます。
またライブで会いましょう!!


*セットリスト*
01. memory
02. 2人
03. 赤い糸
04. YELL ~エール~
05. Bell
06. FREEDOM TRAIN
07. ボクノイバショ
08. 雨粒と花火
09. コイン
10. 天使達の歌
11. 風見鶏
12. 同じ窓から見てた空
13. おさかなにわ
14. 潮騒ドライブ
15. 轍 -Street stroke-
16. 光の粒
EN RAISE THE ANCHOR

『1(ONE)』加納朋子


大学生の玲奈は、全てを忘れて打ち込めるようなことも、抜きんでて得意なことも、友達さえも持っていないことを寂しく思っていた。そんな折、仔犬を飼い始めたことで憂鬱な日常が一変する。ゼロと名付けた仔犬を溺愛するあまり、ゼロを主人公にした短編を小説投稿サイトにアップしたところ、読者から感想コメントが届く。玲奈はその読者とDMでやり取りするようになるが、同じ頃、玲奈の周りに不審人物が現れるようになり……。短大生の駒子が童話集『ななつのこ』と出会い、その作家との手紙のやり取りから始まった、謎に彩られた日々。作家と読者の繋がりから生まれた物語は、愛らしくも頼もしい犬が加わることで新たなステージを迎える。

加納さんのデビュー作『ななつのこ』から始まって『魔法飛行』『スペース』と続いてきたところで止まっていた「駒子」シリーズに、なんと20年ぶりの新作が登場しました。
1月に発売されたのに読んだのが今になったのは、シリーズを読み始めてからあまりにも長い時間が経ってしまったので、既刊を再読してから読むことにしたからでした。
結果、その選択は正解だったなと思います。
これまでのシリーズで登場した懐かしいあれこれが散りばめられた、宝石箱のような物語でした。


とはいっても、いきなり「前書き」で「ストレートな続きではありません」と作者自身が宣言されています。
確かにそうかもしれない。
そして、「ミステリ色も強くない」とも宣言されています。
これも確かにそうかもしれない。
けれども、やっぱり本作は「駒子」シリーズの正統な続編で、ミステリ色は強くはないがちゃんとある、と私は感じました。
うっかりするとネタバレになりそうで、あまりあれこれ語れないのがもどかしいところですが、シリーズ読者なら「ああよかった」と思える物語です。
「ゼロ」と「1(ONE)」の二部構成になっていて、最初の「ゼロ」は女子大生の玲奈が「自分の犬」を手に入れるところから始まります。
ゼロと名付けられた子犬の愛らしさに魅了され、ちょっと過保護だけれど仲の良い玲奈の家族をほほえましく思いながら「ゼロ」を読み、続く「1(ONE)」はワンという名の黒犬が登場する物語で、あれ、この黒犬は「ゼロ」に出てきたあの子では?と思い読み進めていくうちに「1(ONE)」は「ゼロ」の前日譚なのだということがわかってきます。
そして、ある1行、いやある2文字で、ある重大な事実が明かされます。
こういうところは非常にミステリ的ですが、実のところ、シリーズ過去作を読んでいない人にとっては特に何の事実の開示にもなってはいません。
そこがうまいなとうならされました。
シリーズ読者だけがわかるように仕組まれた、遊び心あふれる仕掛け。
一種のファンサービスに、「おお!」と喜びの声が出そうになりました。


ミステリ色は強くないとはいえ、お話としては個人的に好きな要素がたくさんあって楽しく読めました。
犬のゼロやワンが人間の子どもを守ろうと奮闘する姿は愛おしくて涙が出そうなほどでしたし、「1(ONE)」に登場する小学生の男の子とその妹の赤ちゃんもとてもかわいらしい。
玲奈が小説サイトを通じて小説作者と交流する展開は、童話集の作者と手紙のやり取りをする『ななつのこ』における駒子を想起させますが、インターネットを通じたやり取りになっているのが時間の流れを思わせて感慨深いものがありました。
「1(ONE)」という数字と英語を組み合わせたタイトルも、ちゃんとシリーズものとしての意味が込められています。
ななつのこ』が全部ひらがな、『魔法飛行』が全部漢字、『スペース』が全部カタカナのタイトルなので、次は全部アルファベットかな、という構想は以前ある雑誌で加納さんが語られているのを読んだことがありましたが、ふたを開けてみれば今回は数字とアルファベットで、日本語として使える文字は全部使ったことになります。
これはある意味「伏線を回収した」と言えるのかもしれません。
同時にシリーズ最終作ということを宣言されているようで寂しくもありますが、「1」と「ONE」という言葉に込められた意味を考えると、最終作としてこれ以上にふさわしいタイトルもなかっただろうなと深く納得しました。
そう、あの時まだ女子大生だった駒ちゃんは、望んでいたものを手に入れたのだから。
もろくて不安定で、だからこそとても大切なものを。


加納さんは本作が加納作品初読みでも大丈夫と言われていますが、私としてはやはり『ななつのこ』から始まるシリーズ既刊3作をすべて読んでから本作を読むことを強くお勧めしたいです。
単純に「家族」の物語としても魅力的ではありますが、やはりシリーズ読者にしかわからない面白さを十分に感じないと損だとすら言えるのではないでしょうか。
シリーズのファンとして大満足の、そして何より20年経ってしまっても忘れずに続編を書いてくださったことへの感謝でいっぱいの、あたたかく優しい気持ちで満たされました。
☆5つ。




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