どうしようもなく加害者でしかないのが悔しい

結局僕の身の回りで電気が止まることはなく、「計画停電」1日目は終わった。JR品川駅はいつものようにエスカレーターが稼働していて、乱れたダイヤで疲れた人々を階下まで運んでいた。今日の今日はさすがにエスカレーターを利用する気になれず、階段を降りながら、どうしようもなく自分は加害者なんだと思った。

 東電によると、14日に計画停電を実施したのは、茨城県南東部の鹿島変電所と、静岡県北部の岳南変電所の送電エリア。前日に示した「第5グループ」のなかに属する変電所で、東電によると、あらかじめ決めていた送電を止める順位の1位と2位だったという。

計画停電に被災地 「被災状況の考慮不足」と東電陳謝

被災地であるかどうかというよりも、この期に及んで東京が、首都圏が優先されるという事実になんともいえない気持ちになりながら、今日もどこかの人々がリスクを負っているのと引き換えに動く電車に乗って家に帰った。

原発のニュースを見て、首都圏に住む僕の生活は、こうしてリスクを背負った人々を踏み台にして成り立っているんだとつくづく思った。東北地方であるあの地で作られていた電気は東京電力のものなのだ。そして、そうした<彼らの>リスクがこのように見える形で提示されてもなお、僕は「明日うちは何時からかなー」と、相変わらず自分に降りかかるリスクだけを気にする。そりゃそうだ。そりゃそうだけど。

 第5グループでも、すべての地域で計画停電が行われたわけではない。企業には東電から詳しい場所の連絡がなかったため、無駄な労力が費やされた例も多い。

計画停電二転三転、企業は大混乱「手打てぬ」「頭痛い」

節電することは無駄な努力ではないと思うし、計画停電の対象から外れるということは、電気をたくさん使ってもいいという意味では決してないと思う。

信教の自由を踏みつける自由のほうが保護に値する、という判決

靖国合祀の取り消し認めず 那覇地裁が遺族の訴え退ける

「他者の宗教的行為に不快な感情を持つとしても、法的救済を求めることができるとすれば相手の信教の自由を妨げる」と指摘。靖国神社の「信教の自由」に基づく合祀を尊重する立場を示した。

自分の身内に対する他者の一方的な宗教的行為に不快な感情を持つとしても、法的救済を求めることができないとすれば、そんな自分の信教の自由はいったいどこに行ったら救済されるのか。

国の関与については「国の情報提供は合祀に一定の役割を果たした」と認めつつ、「戦没者についての照会への回答は時代の要請に応じた行為で、宗教的な色彩はない」と判断。

法的に介入してはいけないほどの宗教的行為に加担することに「宗教的な色彩はない」とは、いったいどういう理屈だろう。
また、時代は何も要請していない。主語を大きくぼかして「それっぽく」するのは卑怯な論法である。厚生省が名簿を渡した当時も今も、合祀を要請する人もいたし、それを望まない人もいた。両方満たされるのがまさに信教の自由であり、片方の主張のみ全面的にバックアップすることこそ、国が一番やってはいけないことである。これを政教分離っていうんだ、裁判長。

子供を産むことは<社会>にとって迷惑であるというメッセージ

星の旅

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s/社会/会社/g だろ、というブコメが散見されるが、いやいやこれは「社会」で正解だろう。元記事のような話は、ここに出てくるお店だけに見られる特殊な問題で、ようはこの店が特別ブラックなのであって、社会一般にそんなことはほとんどない、ブログ主さん逃げて!というような社会の状況であれば、ここは「会社」と書くべきだ。でも残念ながら社会はまったくそういう現状にない。だからここは「社会」が正しい。

というより、こうした元記事のような問題の解決を「会社」に押し付けてきたことが、まさにこの問題の元凶であるといえる。「社会」は何もしてこなかった。

個々の(特に中小以下の・特定業種の)企業にとっては負担で、かつ社会にとっては歓迎、という「世間」の意志は明確なのだから政府で負担するでFAじゃん、とずっと思ってる。

http://b.hatena.ne.jp/WinterMute/20100807#bookmark-23911020

そうだと思う。
たとえば社員15人の会社で、ひとりが月単位で抜けたらもう回らない。育児休業制度なんてものは所詮大企業のみに適用可能な制度であり、(人数的に)零細企業にとっては空論でしかない。だからこういうことは行政がすべき。

でも「社会にとっては歓迎、という「世間」の意志は明確」は残念ながら違うと言わなければならない。なぜ「社会」だと歓迎するのか、それは「自分はその中に入っていない」からである。社会が負担するとなれば、当然その負担は社会の構成員である自分の負担にもなるはずなのだが、残念ながらそういう思考になっていない人が少なくない。だから、「社会が子育てを支援すること」には賛成なのだが、その施策としての子ども手当や高校授業料の無償化については反対*1、待機児童とかまるで無関心。誰かの負担でやるのは賛成だが、自分が一銭でも負担するのは反対なのだ。

行政が何もしないのは、行政府がタコだからなのではなく、何かすることが支持されないからである。

*1:建設的な方向からの反対は含まない。財源財源鳴くだけのアホウが対象。念のため

そうかそうか書いて喜んでるお前。それが差別だ。

ぼくは創価学会の信者ではないし、ほかの何教も信仰していない。宗教に名を借りた何かであるという側面を持っているように見える点で、創価学会には立正佼成会あたりと同様の胡散臭さを感じているが、胡散臭いのは悪いことではないし、少なくとも利害関係もない外部の者がとやかく言うことではないと思っている。

ねずっち。そういうことだったのか。
はてなブックマーク - ねずっち。そういうことだったのか。

これは端的に差別である。学会員だったとして、何なのだ。何か不都合があるのか。まあたとえばあなたが日蓮宗の信者だったりしたら、ちょっと不都合かもしれないが。


理解できないものに対して嫌悪感、あるいは警戒感を抱くというのは、ある意味ふつうのことなのかもしれない。しかし、この前テレビでもやっていたように、学会員は800万人もいるらしい。考えてみれば、すごい数字だ。そのへんにたくさんいる、ということだ。そこでもうちょっと考えてみれば、そんな現状で今まで生きてきて、不都合なことは特になかった、と気づくと思う。ぼくの住んでいる集合住宅にも何人かいるが、会えばふつうに挨拶するし、世間話もするし、ダイレクトメールが山のように入っていたりはしないし、選挙前に押しかけてきたりすることも当然ない。当たり前の話だ。中にはご執心な人もいるかもしれないが、それもまた当たり前の話だ。本人がいいと思うものを、他人に勧める。何も宗教に限った話ではない。興味がないのなら、そう本人に伝えればいいだけの話。


っていうか、学会員の互助会組織クダラネーと本気で思ってるなら、テレビ見なきゃいいじゃない。あなたの視聴によって支えられているのですよ。テレビは。

高津区役所で590人分…の件でid:ruletheworldさんをdisった件について

他人をバカ呼ばわりしておいて今日は眠いと無視するのもなんとなく気が引けるので、エントリを起こすことにします。

流れ。元記事はこんな取るに足らないネタだったんだけど

DTIブログ サービス終了のお知らせ

川崎市高津区役所で590人分の子供手当てしてた アジア系の人いた
さすがに別室に連れてかれてた どうなったんだろう

どさっとアジア系の人が書類を窓口において
590人分のショルイアリマスと流暢な日本語で言ってた
ダンボールでもってきて、その半分ぐらいが書類でうまってた

高津区役所いってきた。
どうなった?ってきいたら個人のことなので詳細は答えられないが
手続きは順調に終了しましたと回答
ちょっと困った顔でした。

子供手当ての審査は即日なので
成立したっぽい

あーあー聞こえないを決め込むのか?と聞かれた(気がした)ので

で、この事態の可能性への懸念の表明に対し『呼吸するようにヘイトスピーチ』『レイシスト』呼ばわりしてた奴らは(∩゜д゜)あーあー聞こえないを決め込むのか? http://bit.ly/aDVRGp

http://b.hatena.ne.jp/ruletheworld/20100404#bookmark-20546571

反応することにした。

これ本気にする奴いないだろ。どこの役所が「どうなった?」って聞かれて「手続きは順調に終了しました」と回答するんだよ。そんな役所怖くて使えないよ!/いねーと思ったらバカ発見id:ruletheworld「この事態」って!

http://b.hatena.ne.jp/usankusa/20100405#bookmark-20546571

で、あー今日は疲れたー、とさっきPCつけたら

id:usankusa ネタっすかwww で、 http://bit.ly/bwucwI こんな通達一つで http://bit.ly/9DuWPe で指摘される事態は0にできるの?590がネタでも偽装で2,3人子どもが増える害人がいないとどう証明してくれるの?

http://b.hatena.ne.jp/ruletheworld/20100405#bookmark-20549933

とか言われててびっくり。え?通達?そんな話した?

ここから回答です。

証明できません。


役所というのは、どこかで線を引いて、ある程度杓子定規にやらなければいけない。「柔軟な対応」って悪く言えば「恣意的な対応」だから。で、杓子定規にやる以上、悪用しようとする奴は一定程度出る。当然、そういう抜け道を極力減らしていくように制度を整えていく必要がある。そういう意味で「0にできるの?」という問いは単に悪魔の証明と切り捨てていいとは思わない*1し、年に2回の面会とか、4ヶ月に1度の送金とか、現行制度でも扶養の事実を客観的に証明させようとする仕掛けはある。


でも「この事態の可能性」って児童手当の頃からあったから、これを根拠に自民党系の支持者が民主党叩きってのは無理筋(これはid:ruletheworldさんのことを言ったわけではなく、一般論)。そして一番思うのは、この悪用って、別に外国人だけができるわけじゃない。日本で生まれて日本で育った日本国籍所有者ならもっと簡単に、そしてもっと捕捉しにくい形で悪用できる。そこを含めた形で問題視せず、ただ不良ガイジン叩きをしたいだけなら、それはただのレイシズム

国松警察庁長官銃撃事件と警察不敗のシステム

1995年3月30日に起きた、国松(くにまつ)警察庁長官が銃撃された事件の時効が、今月の30日に迫っているそうだ。
wikipedia:警察庁長官狙撃事件
当時ぼくはまだ中学生だったので事件のことは名前ぐらいしか知らない。ゆえに、かどうかは分からないが、誰がやったかとかは正直なところ興味がない。ただ、このことを報じるニュースを見ながら、ああ、公訴時効って15年だったんだよな、と思った。

現在、殺人事件の公訴時効は25年だ。2004年以前は前述のとおり15年だったが、2005年から25年になっている。これは、捜査手法が向上したために時効を延長しても冤罪が起きやすくならない、また国民の処罰感情の高まり(逃げ得は許さない!)などによると説明される。それが事実であるのか、あるいは正しいのかはさておき、公訴時効が延長されてから5年で、今度は公訴時効の廃止という流れになっていて、すでに閣議決定されている。
法務省

15年から25年に延長されてから5年ということは、当然ながらまだ25年経過による控訴時効は1件もない。ということは、控訴時効を延長したことによる効果の検証なども、そもそも検証すべき対象が1つもないのだから当然行われていない。いいことがあるのかもしれない。あるいはマズいことが起きるのかもしれない。確実なことは、この社会はまだ何のデータも手に入れていないということだ。何も分からないまま感情論に突き動かされてまた一歩、戻れない道を進むのか。


事件の話に戻る。
昨今のニュースで、何か進展があるわけでもない15年前の事件が蒸し返されている理由は、他の何でもない、時効が迫っているからだ。警察庁のトップが襲われた事件の犯人が捕まえられないというのは、警察にとって大きな汚点である。


ああ、公訴時効の廃止って、そういう側面があるんだ。


「時効を迎える」ということは、警察の敗北が確定したことを意味する。これは公訴時効をいくら延長しても変わらない。しかし公訴時効を廃止してしまえば話は別だ。警察はいつまでも「捜査が継続している」ことを理由に一切の情報公開を拒めるし、タイムリミットがなくなるので決して敗北しない。
うわぁ…。

「被害者への謝罪、受刑者の4割が消極的」という読売新聞の記事がひどい

被害者への謝罪、受刑者の4割が消極的


 昨年度中に刑務所などを出所した受刑者のうち、被害者に謝罪していない人の約4割が「するつもりはない」など消極的だったことが16日、法務省が発表した調査結果でわかった。

 調査は出所時の3万1210人(有効回答90・5%)が対象。被害者に謝罪していなかった1万1877人のうち、48%が「謝罪したい」と答える一方、39%が「許してくれないと思う」(16%)、「特に考えていない」(12%)、「謝罪するつもりはない」(7%)、「謝罪しても仕方ない」(4%)――と回答した。

 被害弁償については「したい」が約39%だったのに対し、「決めかねている」など消極的な人が約42%を占めた。受刑生活で得られたことについて、12項目の複数回答で聞いたところ、約5割が「2度と犯罪を犯さない決意ができた」「家族のありがたさがわかった」と答えた。しかし、「被害者に対する謝罪意識が生まれた」を選んだのは約1割にとどまった。

(2010年3月16日20時44分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100316-OYT1T00893.htm

どこが「受刑者の4割が消極的」だよ!「わかった」じゃねーよ!全然分かってねーよ!タイトルから0クリックでバレる嘘をつくな!

本文の冒頭に「昨年度中に刑務所などを出所した受刑者のうち、被害者に謝罪していない人の約4割が」と自分で書いている。これは犯罪的な釣り記事だ。
刑務所を出所するに至るまで謝罪していない人だけでデータ取ったら、そりゃ「するつもりはない」率も受刑者全体のそれより遥かに上がるに決まってる。すでに謝罪している人が6割以上いるがそれはスルー。被害弁償についても、そもそも弁償できるような犯罪であったのか、弁償できるような経済力を持ち合わせているのか、被害者が弁償を拒んでいるかどうかなど諸々スルーして全部一緒くた。ただただ<元受刑者の4割は人でなしのまま>という悪質なプロパガンダを流したいだけ。
こういう印象操作が元受刑者への社会の視線をより冷たくさせ、社会復帰を妨げ、彼らを再犯へと追い込む。誰も得しない。元受刑者は社会復帰の機会を奪われ、再犯は新たな被害者を生み、彼らが社会復帰すればいずれは掛からなくなるはずの費用がいつまでも掛かる。繰り返すが、誰も得しない。それをお望みか?読売新聞。