2010/01/21

高田渡と父・豊の「生活の柄」』を昨日から読み始めた。
それで日が変わって、今日読了。
少し物足りなさは残るものの、ボクの知らなかった高田渡さんがそこにいて、何だか懐かしい気持ちになった。
父親のことが主に書かれていて、渡さんのことは、後半に出て来て、あっと言う間に亡くなってしまうのだけれども、その間のことを書くにはまだ時間が必要な気がするし、この物足りなさは、それはそれで良かったのかなと思った。
生誕祭も還暦で終了し、(とても残念だったけれども、映画の撮影直前で参加できなかった)このような本も出てあとはひとりひとりの心の中で、渡さんは生き続けて行くのだろう。
ボクが映画を作り始めた頃、トリュフォーのドワネルシリーズを観て、思ったのはボクに近い人がそこにいると言うものだったけれども、この本を読んでいて、ボク以上に、ドワネルは高田渡さんだったんだなと思った。
今になって、そんなことを思う。
そう思うと、何か、忘れ物をしたような気がしてならない。

2010/01/20

ツイッターと言うのをやってみたのだが、何だか登録したら英語になってしまい何が書いてあるのかわからず、簡単らしいが、どう簡単なのかもわからない。
まあ、いいやとなってしまわないよう対策を練らなくてはならない。
とは言え人のつぶやきを読んでいると可笑しい。
鳩山さんなんかのは公人なので、杓子定規だけれども何だかわからない会話が交わされていて、入り込むと面白い。
でも、短文だからな。ボクはひょっとして短文は苦手なのかも知れないな。
×  ×  ×
年末年始は、『春との旅』の小説を書いていて、悪戦苦闘。
本当に辛かった。
病気の方もあるんで、なかなか呑むのにも勇気がいるので、煙草ばかりとなるが、酒が減ると煙草もやや減る。でも、書いているので、その分は増えて、まあ、いつもと変わらずといったところだ。
唐桑で年末年始は過ごそうと思っていたのだが、寒波来襲で、凍りついてしまい、文章なんか書けたももんじゃない。手はかじかむし、ぶるぶる震えて眠るにも眠れず、外ではカモシカが親子でドシドシ走り回っているので、怖い。
本当にこれは怖い。
いつ壁に突進して、突き破ってくるのか。
そればかり気になる。
カモシカを見たことのない人はか細いエゾ鹿なんかを思い浮かべるのかも知れないが、カモシカは牛のようでもある。
しかも何だか汚い。
そんなものが親子で家に入ってきたらどうしようもない。しかも壁を突き破ってきたら、ボクは押しつぶされて死んでしまうだろう。
そんな状況ではハラハラして小説など書けない。
なので、東京に舞い戻り、ひとり年末年始を迎えた次第。
一応、小説の方は、編集者に渡して、今はゲラを待つのみで、ようやくボクにとっては正月休みになったのだけれども、世間はみな仕事なので、ひとり遊んでるわけにもいかずに、まったくもって理不尽な新年を迎えたと言うことだ。
×  ×  ×
フランスで、一月二十七日より、『愛の予感』が公開される。
もし観てない人がいましたら、ご覧下さい。

もう去年になってしまいました。怠惰で、ごめんなさい。

2009/10/31
銀座で、打ち合わせ。
奥さんと別れて、豊洲へ。
低血糖気味なので、「プロント」で、パスタとビール。
エクセシオールカフェ」にて、ラテで、栄養補給。

2009/11/01
朝から、息子の友だちが来て、大騒ぎ。
ドタバタとうるさい。
ボクは、旅の疲れが出たのか、寝たり起きたりの繰り返し。

2009/11/02
東映ラボで、タイトルラッシュ観る。
帰りの車の中で、「国会中継」を聞く。
町村さんの挑発的な、質問を聞いていて、苛立つ。
「何だか、こう言う、秀才っていたよなぁー。口だけが達者な奴な」
ボクが、言うと、奥さんは、黙っている。
「きっと、IQが高いだけなんだろうな」
と、また、ボクが言う。
「仮にも、総理大臣に向って、あんたなんて言うかなー。人を小馬鹿にしたようなもの言いな。こう言う奴に限って、亀井さんなんかには、何も言えなんだよな。こう言う弱い者虐めする奴がいるから、自民党は潰れたのにさ、そのことをまだ判ってないんだなあ。ま、以前から、この人の立ち回り方っては、好きじゃないんだけどさ!」
と、またボク。
「大体さ」
と、また言おうとしたら、奥さん、
「うるさい! 聞いてるんだから!!」
だと。
いずれにしてもプロ対アマチュアの闘いだ。
もちろんボクは、アマチュアの方がいいと思っているくちだ。
映画作りと同じように。
一旦、帰ってから、家族で豊洲へ。
「スタミナ苑」へ。
ボクは、豆腐チゲとご飯。
息子と奥さんは、肉食べている。
マスターに挨拶して、店を出る。
ららぽーと」へ。
雨が降り出したので、電気だけ買って、帰る。
色んなところで、雪が降っていると言う。
間もなく、冬到来か…。

2009/11/03
「はままつ映画祭」へ。
『白夜』の上映の後、QAを行う。
国内での、『白夜』のQAは、初めてのことで、どきどきしていたけれども、それなりに楽しく、話すことが出来た。
終わってから、パンフにサインをしたのだけれども、
「これで三回目です」
なんて言う人もいたりして、嬉しかった。
多分、マキダイファンだと思うけれども。
晩御飯は、ボクのリクエストで、うなぎ。
医者に禁じられていて、この何年か食べなかったのだけれども、前回、浜松に来たとき、うなぎを食べて、その美味しさが忘れられず、また、食べてしまった。
申し訳程度に、ご飯を残したのだけれども、肝も一串食べたのだから、何の意味もない。
しかし、今度、うなぎを食べるのは、いつのことだろう。
もうないのかも知れない。
鳥鍋も。
そう思うと、切ない。
「シネマイーラ」と言う劇場で、クロージングセレモニー。
この劇場は、元、浜松東映なのだそうで、閉館するので、居抜きで、浜松東映の元支配人が、引き受けて、改装して、オープンしたらしい。
『ワカラナイ』もこの劇場で、掛かるようだ。
チラシを持ってくれば良かったな。
予告も、掛ければ良かったな。
セレモニーが終わって、パーティー
劇場の中での飲み食いは、最高!
これでタバコが吸えたらなと浅ましく思う。
最終の新幹線で、戻る。
国内の映画祭に呼ばれたのは、久しぶりで、やはり、日本の映画祭は、最高だな! と、感じ入る。

2009/11/04
クリニックへ、診断の結果を聞きに行く。
糖尿の数値は聞いていたので、あとは、おどかされるだけだと思っていて、気楽な気分で行ったのだけれども、とんでもなくて、大変なことになってしまった。
言葉もない。
車に戻り、気を落ち着かせる。
奥さんが、支払いを済ませて戻ってきたので、車をクリニックのパーキングから移して、路上パーキングに置いて、昼食。
博多ラーメンの店で、ラーメンを食べる。
奥さんは、明太ごはんも食べている。
茶店で、時間つぶし。
移動して、浜松町に出る。
それから、虎ノ門テレビ東京へ。
Fさんと久しぶりに話す。
事務所に行くと言う奥さんを飯田橋に残して、ボクは、東新宿の音響スタジオへ。
春との旅』、ようやく全ての作業が終了する。
帰宅して、ビール。
また、クリニックで言われたことを思い出す。
もう映画は、作れないのかもしれないなと、呟く。
言った先から、
「いや、あと一本ぐらい」
とも思う。
まだ戻っていない、奥さんに電話。
「水炊きが食べたいので、手羽先を買ってきて欲しい」
と告げる。
昨日、またもや、あれだけ禁じられていたうなぎを食べたと言うのに、今日は、殊勝に、低カロリー食だ。
全く、ボクは、ゲンキンなもんだな。

2009/11/05
事務所で、『ワカラナイ』の取材受ける。
面白かった。
終わって、事務所を出るとき、先日行った、高校生への試写のことを、宣伝の神田から、聞く。
映画を観て、主人公に共感する人たちが沢山いたとのこと。
凄く、嬉しかった。
ボクが少年時代、『大人は判ってくれない』と出会えて、どれだけ、救われたことか。
そのことを思い出して、『ワカラナイ』は、数は少ないかもしれないけれども、そう言う人たちに確かに、伝わったということだし、これからも伝わっていくだろうと思うと、この映画を作った甲斐があったと言うものだ。
神田と別れて、ラムラの地下の店で、ワインを飲む。
Kさんが来たので、「翁庵」へ。
また、少し、呑み直す。
明日は、病院なのだが、もう随分呑んでしまったので、行かないことにする。
「病は、気から」
だと、うそぶく。

2009/11/06
スタッフ、キャストは、映画が仕上がると、大体解散して、次の仕事などにつくのだけけれども、映画の監督だけは、ずっと、それが公開されるまで、ひきずっていて、いつ開放されるのか、ワカラナイ。
次の映画の撮影があったとしても、また、その作品に還ってきて、ああだこうだと、考えている。
今日は、またクリニックに行き、別の病院の診断書を貰ってきた。
前に貰った診断書の病院は、入院費などがベラボーに高いので、やめにしたのだ。
診断書をもらうだけなので、ものの五分も掛からず、大門のあたりを散策しようと思ったが、やはり、気が滅入っていて駄目なので、「ららぽーと」までいって、奥さんは、買い物。ボクは、カフェラテとチョコクロで、一服。
映画も観る気にならない。
でも、サム・ライミの新作が掛かっているようなので、明日か、明後日には、行ってみようと思う。
奥さんの買い物が終わったので、帰宅。
少しだけ、「国会中継」を見る。
でも、上の空。
そばにあった、「足利事件」の本を読み始める。
他にも、読みたい本が沢山あるのだけれども、手がつけられない。
色々夢はあったけれども、そろそろお終い。
ボクの人生、こんなもの。
「人は何のために生きるんだろう?」
と言う大それたテーマで、映画を作ったが、作り終えた今、ただ空虚感が残るのみ。
徒労か?
そう言えば、緒形さんが、「俺は徒労の話が好きなんだよ」と、言っていたな。
徒労の話ばかりの新田次郎さんの著作で、やりたいもんがあるんだと言っていた。
孤高の人」は、ボクの大好きな本だけれども、これも徒労の話だった。
剣岳」もそうだけれども、映画の『剣岳』には、そんな、空しさと徒労感が感じられない。
つまり、この映画の作り手たちには、新田次郎氏の持っている挫折感がないと言うことなんじゃないだろうか?
だから映画はヒットしたのだろうが、言うまでもなく、橋本忍脚本の『八甲田山』には遠く及ばない。

民主党が政府与党となって、鳩山首相は、この政変を「無血革命」と言ったが、それに続く国会の混乱を、国民はどう見ているのだろうか?
言い切る勇気が必要なのに、なかなか言い切れない。
決断を下せない。
マニフェスト選挙だと言いながら、早くも、辻褄あわせに奔っている。
これじゃ駄目だよとは、言いたくないが、決断はして欲しいものだ。
ならば、タバコ増税もやぶさかではないが、増税の理由が、健康への悪影響と言うのも、何ともいただけない。
なんなら嗜好品と言う嗜好品をすべて増税し、その代わりに、医療費はタダ。国民年金の支給額を、今の三倍にして欲しいものだ。
七万やそこらの年金では、補助金の意味しかないだろう。
でもそんなことは、マニフェストにないから、やることはないのだろう。
しかし、ならば、タバコの増税も、マニフェストにはない。
暫定税率が廃止され、それに代わるものとして、エコ税なるものが出来るという。
ガソリンについは、一度、暫定税率を廃止し、ガソリンの価格を安くし、しばらく経ってから、エコ税として、課税すると言う。
つまり、しばらくたったら、また、二重取りというわけだ。
こう言うのを子供だましと言うんじゃないか?
普天間基地の問題にしても、八ッ場ダムの問題にしても、駄目なものは駄目。
それで良いではないかと思うのだ。
何せ、民意を勝ち取った政府なのだから。
自民党もつべこべ言ってないで、マニフェストを実践せよ! だけでいいのだ。
余計な御託は、何も要らない。
それで日本がアメリカにそっぽを向かれようと、国債が何十兆円になろうと、知ったこっちゃないだろう。
何せ、それが民意なんだから。
揚げ足取りの不毛な議論なんかしてないで、さっさと行動に移してもらいたいものだ。
何せ、それが民意なんだから!

2009/11/07
昨夜も良く、眠れた。
いつものように、一度だけトイレに起きたが、また、眠った。
風呂に入ったからだろうか?
それとも、溜まりに溜まったストレスが、少しは軽減されたのだろうか?
仕事部屋に篭り、仕事。
夜は、家族でバーミヤン
食べる前に恒例の乾杯。
息子はいつも水だ。
小さなジョッキのビールを飲みながら、最近、毎回、乾杯しているなと思う。

むさぼるように焼飯を食べる息子を眺めていて、愛おしさがつのった。
多分、ボクは息子が成人するまで生きられないだろうが、そう思うと尚更だ。
帰宅して、ビール。
そして、焼酎。
最近、焼酎がとても不味く感じる。
なぜだろう?

2009/11/08
今日も朝から息子の友だちがやって来る。
昨日は三人だったけれども、今日は一人。
メンバーは何人かが入れ替わりで、昨日は久しぶりに顔を見せる子がいたので、
「久しぶりだね」
と声を掛けたら、
「うん」
と、答えた。
「随分顔を見なかったけど、何してたの」
と訊いたら、
「他の子と遊んでた」
と言う。
うちの息子もそうだけれども、急激に親しくなったかと思うと、さっと離れていく。
そして、また集合。
その繰り返しのようだ。
なかなかコミュニケートが取れないのは大人も一緒だが、まだ幼いのだから、喧嘩ぐらいしてくれないと困るのだけれども、そうはいかないようなのだ。
いずれにしても、困ったものだ。

2009/11/09
飯田橋の病院へ行く。
医者から言われて、
「ああ、そんなになるんだ」
と、改めて感じたけれども、三年半ぶりに、またこの病院に帰って来てしまった。
目の前が白くか黒くか霞んでくる。
気が遠くなったと言い換えてもいい。
またもや消沈して、病院を出て、薬局に行き、薬を貰う。
また、薬だよ。
明日は、検査で、今夜は九時以降、何も食べられない。
でも、ビールぐらいはいいだろう。
で、奥さんと昼飯。
その後、ひとりで銀座に出て、「伊東屋」をふらつき、豊洲で、コーヒー、&焼酎。それに餃子ライス食べる。
久しぶりに何だか学生に返ったようだ。

2009/11/10
飯田橋の病院で、検査。
朝から行って、下剤を飲まされ、午後一時過ぎにようやく、検査開始。
初めてカテーテルを大腸に入れる。
何とも苦しい。
腹の中を管がのたうってるような感じがする。
2,30分と言っていたのに、いくつもポリープが見つかり、一時間半もかかる。
たまらない。
終わったころはフラフラで、どうすることも出来ない。
「少し休んで行ってください」
と看護婦さんは言うが、とてもその気にはなれない。
一刻も早く退散したい。
それで、さっさと会計を済ませて外へ。
足元がふらつく。
ガスが抜けてから食事と言われていたが、このまま帰ることも出来ない。
とにかくどこかで、息をつきたい。
タバコも吸いたい。
それで、「尾張屋」に入り、きしめんを頼む。
奥さんは、木の葉丼のセット。小鉢のきしめんがついている。
何口か食べるともう満腹。
腸に空気が溜まっていて、胃が圧迫されているのだろう。
水を飲んで、タバコに火を点ける。
とたんにトイレへ。
ガスが出る。
ほっとして、トイレから出ると、テーブルについて、また箸を持つ。
それでも、もう気分的に喉を通らない。
すごいショックだ。
たまらないほどの屈辱感。
もう良いよと泣きたい気分だ。
奮発してタクシーで帰宅。
疲れ果てて、横になったとたんに眠ってしまう。
夜、目覚めて、おかゆ
すごく美味い。
奥さんに感謝。
で、また、眠る。
夢の中では、まだ検査中だ。
夜なかに何度も跳ね起きる。
そして、ホッとしてまた眠りに着く。

2009/11/11
朝、息子らと一緒に起きる。
それから、奥さんと色々と今後のことについて話すが、つい苛立ってしまう。
済まないと思う。
夜まで、何だかんだと事務的なことをしたりゴロゴロとしたりして過ごす。
小説の登場人物の年表を書き始める。
そして、仕事場に入って、小説の続きを書く。
昨日休んだから、今日は書かないといけない。
まだ序盤で、二日休むのは危険だ。
とにかく一ページでも書かないとと机に向かう。
深夜までで、三ページほど進む。
昔ならば平気で十ページは行けたはずだけどなと、遅筆(?)の原因は、年齢と決めつけるが、あながちそれだけでもないだろうと思いなおす。
では、何なのか?
面倒なので、その先は考えず、パソコンの電源を切る。

2009/11/12
何をしたか覚えていない。
映画を観たいと思っているが、なかなか観られない。

2009/11/13
夜八時に新宿のホテルで、横山と待ち合わせ。
チェックインをしてもらい、朝春館で、夕飯。
とは言え、ビールを少しと、ビビンパを少し食べただけ。
ホテルに入り、少し寝る。
一時に、「ジョナサン」へ。
Yさん来る。
一緒に、バルト9へ。
なかなかの劇場で、驚く。
トーク開始。
横山くんの進行でうまくいく。
終わって、「池林坊」にて、ビール。
これはYさんのおごり。
ありがとう。

2009/11/14
『ワカラナイ』初日。
12時に新宿のホテルを出て、博多ラーメンで、朝食。
タクシーで、ヒューマントラストへ。
満員盛況とのこと。
ホッとする。
第一回上映の後、舞台あいさつ。
ペケの歌。
渡辺、ペケ、下田、八瀬らとコーヒー。
戻って、第二回上映の後、ティーチイン。
何人かで、少し飲んで、解散。
ボクは、インディラのカレー食べる。
タクシーでホテルへ。
少し、眠る。
一時に、「ジョナサン」。
コーヒーを飲んで、トークの考えまとめる。
二時過ぎに、バルト9入る。
三時過ぎから、トーク
終わって、「池林坊」にて、乾杯。
タクシーで帰る。

2009/11/15
夜明けに帰宅。
奥さんと少し話して、寝る。
夕方、起きて相撲見る。
九州場所、初日。
あまり面白くなかった。
夕飯を食べてまた寝る。

2009/11/16
息子より少し早く起きる。
朝御飯を食べて、また、横になる。
相撲も見ずに、一日、寝て過ごす。
映画の入り、悪く、がっかり。
色々と反省点を考えるが、意味がないのでやめる。
『ワカラナイ』は作ってよかったと思いたい。

2009/11/17
深夜一時に、目覚める。
アイスコーヒーを作って、溜まっていたブログを書くが、これは、アップはしないことにする。
ボクの個人的、日記。
それが一番と思う。

2009/11/18
何をしたか覚えていない。
駄目だな。
日記は少なくとも、翌日には書かないと、どのんどん忘れていってしまう。

2009/11/19
三時に起床。
ずっと、『春との旅』の小説に向き合う。
すごく寒い。
真冬のような気温だろう。
ガンガンに仕事場の暖房をたくがなかなか暖まらない。
それでも午前中は、机に向かう。
遅々としてはかどらず。
二時に家を出てラボへ。
もう完成したのだから観なくともいいようにも思うが、これが最後なのだからと自分に言い聞かせて雨の中をラボへ行くことにする。
午後四時から『春との旅』初号。
長かったこの映画もようやく完成する。
戻って、「バーミヤン」へ。
ビールで、ひとり乾杯。
野菜炒めとシューマイと発芽玄米。
戻って、もう一杯、ビール。
11時に寝る。

2009/11/20
起きてもろぼんやりしているだけ。
それでも仕事場に入り、小説に向かう。
今まで書いたところを直しているのだが、これがきりがない。
ほどほどのところで止めて、先を書かないと、中断してしまう恐れがある。
しかし、直し作業は思った以上に時間がかかり、暗澹たる気持ちになる。
昼はラーメン。
腎臓のことが気になり、恐る恐る食べる。
それでも麺だけは平らげた。
塩辛さが舌に残り、水ばかり飲む。
今日は酒を一滴も呑まずに、寝る。

2009/11/21
豊洲のカフェで、今まで書いた原稿を読み返す。
ところどころ赤を入れて今までの流れを把握するが、まだ始まったばかりなので、この先のことは皆目見当がつかない。
随分と長い間カフェにいて、昼食もここで済ませた。
ベーグル一個。
夕方になって、さすがに腹が減ってきた。
バーに入り、ビールとピクルス。それにドライトマトを頼む。
ドライトマトをひとつ齧るが塩が利いていて、これはまずいと吐き出して、ピクルスだけをつまみに、ビール。
お代わりを頼んで、更に呑むが、二杯目は半分ほどでやめる。
ぜえぜえ言いながら帰宅。
やはり呑むと帰り道がやたらとしんどい。
心臓がドキドキする。
これも病気に起因しているのかも知れない。
あまりアルコールも呑まないようにしよう。
そう自分に言い聞かせる。
夕飯は鍋だったが、これもほんの少し食べたきりで、風呂に入り、テレビを見る。
ニュース番組で、大相撲の結果を見る。
初めての大入りとか。
しかし相撲の方はあまり面白くない。
大関陣がふがいないのが原因だろう。
千代大海も初日は勝ったが、それからは負け続けている。
カド番でこれでは、来場所は大関から外れると言うことだ。
魁皇の方はまあまあだが、何とか大関の地位を維持しているだけという感じ。
11時過ぎに寝る。

2009/11/22
七時半に起きる。
トイレに行きたくて目が覚めたが、なかなか起きるまでいかない。
布団の中で、我慢している。
ようやく起きだして、朝御飯。
昨日の炊き込みごはんを温めて、食べる。
仕事場に入り、昨日の直しをPCへ。
読み返したりしていたので、随分と時間がかかる。
いよいよ勢いだけでは先に進まない。
先のことを考えてからにしようとあれこれ考えるが全然まとまらない。
午後遅めに昼食。
また炊き込みご飯。それに昨日の鍋の残り。
息子の友だちが来てるので寝室の布団に入って構想を寝るが案の定、眠ってしまう。
奥さんに起こされて、ようやく起きるが、もう夕飯の時間だ。
鳥のモモ焼きと野菜を少し食べて、しばらく椅子に座っているが、退屈でしかたがなく、また寝ることにする。
寝てれば気が休まる。
しかも良く眠れる。

2009/11/23
ハ時に起きる。
デリーのカレーに昨日の鳥のモモ焼きを入れてもらう。
久しぶりの辛いものですごく美味く感じる。
仕事場で原稿書くが、また進まない。
何だか惰性で書いているようで、うんざりしてくる。
休むしかないか。
昼食は、うどん。
うまい。
また仕事場に入るが、全然だめ。
明日から旅なので、今日は書けるだけ書いておきたいのだが、難しいようだ。
ま、こういう日もある。
諦めよう。
原稿とメモリーは持っていくので、旅先で考えることにする。

2010/01/20 その2

今週末から『ワカラナイ』が大阪で公開されます。
何やら変てこな公開で、九州とか名古屋ではすでに上映されているのに、大阪がやっと言うのが、理解できないのですが、いろいろあるんでしょう。
別にどうでもいいことではあるんですが、少し、この映画に対して、配給も宣伝も冷たかったんじゃないかと思えてなりません。
悔いは残りますが、この映画が公開前に、マスコミ試写を行った際の、マスコミの拒絶反応と言うのは想像もできなかったことで、ブログなどで心ある人たちが誉めてくれているのが、救いでもありました。
ボクはこの映画を何の魂胆もなく、作ったつもりですが、そうでなく観た人たちがほとんどと言うのは、何やら、ボクへの報復のような意味あいもあったんだろうと思います。
同じように、昨年作った、『白夜』と言う映画についても、一刀両断で切り捨てる毎日新聞のような人たちもいて、何も観てないだろ! と腹立たしい気持ちです。
でも、なかなか『白夜』と言うのは難しい映画で、恋愛経験のない人には理解しがたいもののようですから、「死ぬ思いで人を好きにならなくて良かったね!」と、毎日のk君なんかには祝福してあげたい気持ちです。
×  ×  ×
ところで相撲ですが、今日もまた駄目で、何と言うか、やはり、日本人で根性のあるのが出て来ないとどうにもならないのですが、それがいないと言うことは、もっともっとインターナショナルにして、オリンピック競技にでもしなくちゃどうにもならないとも思います。
ま、アメリカで相撲が広まらなければ、それも無理だとは思いますが。
生きているうちはこのままでいいけど、死んだ先は、何とかその方向でと一門から外れた人あたりにお願いしたいところです。
×  ×  ×
アバター』のことを書かなければとずっと思っていたのだけれども、なかなか書けずにいる。
とにかく、素晴らしい。
大傑作!!
と、それだけは書いておきたい。
『ダークナイツ』以来の傑作で、こう言う映画を観ると、映画を作るのが嫌になる。
未見の人はぜひどうぞ!
と、言うことで、今日はこの辺で。

『ワカラナイ』上映会+「首都圏高校生集会」ディスカッション


現在、深刻な不況の影響下、経済的な事情で満足に教育を受けることができない子供たちが増加しています。
そのような状況下、11/1(日)に、首都圏の定時制高校の生徒たちが中心となり、授業料の無償化を訴え署名活動を行う「首都圏高校生集会」を開催しました。当日は、署名活動の後、深刻な貧困の中で生きていく少年の姿をリアルに描いた映画『ワカラナイ』を上映、自身や仲間が困難な状況にある13名の高校生たちによるディスカッションを行いました。


──『ワカラナイ』を観てどうでしたか?

「胃が痛いです(笑)」

「最後のほうは感動しました」

「お母さんが辛いとか死にたいとか言っていたけれど、俺だって辛いんだよとか、何で俺ばっかりこんな辛い目に遭わなくちゃいけないんだよとか普通は思うと思うんだけど、どうにかしようとがんばっているのは、やっぱりお母さんを嫌ってなかったからだと思う。なんでこんな家庭に生まれたんだろうとか、こんなところで生まれたくなかったという思いもあるはずなのに、主人公はすべてをがんばって必死だったから、強いなと思った」

「主人公が弱音をはかなかったのは、やっぱり頼れる人がいなかったからというのもあるし、信じられる人がいなかったから。いつ自分たちがこうなるか解らない。もしかしたら私たちがこういう環境になっていたかもしれない、それとも明日そうなるかもしれない。お金のことばかり社会に問い詰められてしまうようになってしまう。そういういたしかたない現状があるけれど、ホームレスなどに偏見のあるいまの世の中と日本のなかで、貧困やお金のない若者たちがどういう思いで、どういう状況でそのようになってしまうのかが描かれている。そのような偏見が取り除けるかもしれない映画だと思いました」

「僕の母親は病気で、兄2人で支えてるのですが、主人公と重なる部分もあるかもしれないけれど、不思議とそうでもなかった。どんな状況でも、僕の母親はそういう悪いことに手を染めることを激しく嫌っていたので。でも考えさせられるところはありました」

「主人公はレジ操作で犯罪をしているけれど、親が病気で寝たきりで働いて、それで食いつなぐのがやっとみたいな状況で。それが発覚して友達のクラスメイトを突き放したりっていうシーンがあったけれど、もっと冷静に自分も対応したり、もっと周りの人が助けることも必要だと思うし。でも、どうしていいのかが解らないというのがいちばん大きなことだと思う」


──最後もお父さんに頼らないで、そこから離れていくでしょ、みんなだったらどうする?お父さん世話してよ、っていうふうにならない?

「でもお父さんとしては、今は平和な家庭を持っているわけだし、今頼ったらその家庭を壊してしまいそうだから、今は自分は頼らない方がいいと思ったんじゃないかな。その後ひとりでとぼとぼ歩いていったのは、とりあえず自分でなんとかしようということだと思う」

──どうしたらもうちょっといい状況になると思いますか?

「題名がワカラナイだし、どうしたらいいか解らない、主人公にも解らないだろうし、見ている僕にも解らないところが多い」

先生「おまわりさんが「君はサッカー選手を目指していて、夢があるじゃないか」という言葉にものすごいギャップを感じた。サッカーなんかできる状況じゃないじゃないですか。お金がないとき、食べるものがないときは、ほんとうにプライドを捨てるしかない。僕だったらお母さんの手を握り返さないで、結婚指輪を持っていってしまうと思う。そんなときに、おまわりさんが「娘の誕生日なんで」と出ていってしまう。周りの同級生にしろ先生にしろ、繋がりがなさすぎる。食べることもできない生活で、がんばってくださいって何をがんばったったらいいのか」

「でも、指輪を握り返したのは、そのままお母さんに天国に持ち帰ってもらいたかったからじゃないの?」

先生「それは解るけれど、死ぬほど腹が減っているときに、プライドを捨てることがどれだけ辛いか。自殺するしかないんじゃないか、そういう状況の時に、俺は指輪を握り返せるのかなって思った。ゆりかごから墓場までという社会じゃないってことだよね。母親が死んでも誰も助けてくれない。そんな世の中でいいのかって観ていてほんと頭がきた。そういう意味では、人間関係のない貧困がほんとうによく描かれている映画だと思った」

──あの後、あの少年はどういう生き方をするだろう?施設送りになってしまうんだろうけれど、そこから出て、強く生きるのか、逆に犯罪に手を染めていくのか。みんなが主人公の立場になったとき、あの映画以降、どう生きる?

「そのまま母親についていってしまいます。その時点で私の人生は終わってしまっているから」

──それからおうちで宿題みたいなのをやってるじゃない。そこで学校に行ってるんだということは解るけれど、先生が一度も出てこないですよね。あんな状況のときに、勉強なんかするのかな?

「あれは自主勉だと思う」

「私たちの周りにはみんな、学びたいけど学べない人もいるし」

──今の社会で自己責任ということが言われますけれど、なんでも自分でやれ、父親がいなくなっても自分で生きていけっていうことですかね。

先生「どうしたらいいかもわからない、でも生きていかなければいけないからね」

「ひとりじゃ生きていけないですけれど、もしひとりになってしまったらあまりなにも感じなくなるんじゃないかな」

──主人公は作品中2回ぐらいしか助けを求めないんだけれど、みんなだったらどうする?

「先生に助けをもとめちゃう(笑)」

「もしかしたらこういう(首都圏高校生集会のような活動をしている)バカ正直な先生がいるかもしれないじゃん」

[構成・文:駒井憲嗣]

「マクベス」の長い旅④


2009/10/30
東名を走って、帰宅。
車中、ずっと「国会中継」を聞く。
もちろん、タバコ増税に関しての質疑応答は、ない。
タバコに関しては、与野党は一致と言うわけか?
しかし、鳩山さんなら、許すと思うから不思議だ。
麻生さんの葉巻が懐かしく感じるような時代になるのだろう。

旅にもならない旅だったけれども、何か、懐かしい、追想の旅だった。
あと、何年生きられるのか?
いや、何ヶ月かも知れない。
先のことは、ワカラナイ。
もともと悔いたりはしないと心に決めて、映画作りを始めたので、何事にも、悔いることはないのだけれども、それでも、一抹の寂しさがある。
一抹だけどね。
また、「マクベス」を思い出した。
我がまま放題やってきたマクベスが、手下に裏切られて死んでいくのだけれども、マクベスは、人生を全うした気分だったのではないか?
そんなことを、思った。
仲代さんの言葉ではないけれども、ボクもとっくに、ラストランは、始まっていて、それは、きっと、映画を作り始めた時からだったんだなと思うと、少し、すうーっとする。
「胸一杯、息を吸ってみるといいよ」
と、自分に言う。
「出来る限り胸一杯に息を吸うんだ。
そうすると、何か、気分が晴れる。
晴れなかったら、もう一度だ。
晴れるまで、続けるんだよ。
タバコなんて吸ってちゃ駄目だけどさ!」