想い出の風景。

川崎に輝くフレアスタック

■心の帰る場所

初めて人を誘って工場を観に出掛けたのは、静かに白煙の揺蕩う深夜の川崎臨海工業地帯。
友人男女と共に、工場好きな人達と港に面した公園に集まり、潮風の中を一晩語り明かした。
ベッヒャー夫妻や畠山直哉氏の写真集の事、ビートニクスのアルバム『出口主義』の事、そして何より底から沸き立つ様なプラントの美しさに就いて、気持ちの赴く侭にいつまでも言葉を交した場所。
自分にとって起点となるそんな空間を、久し振りに知人達と一晩観て歩く事になった。
夕方前の川崎駅近く、以前に20名近くでの工場巡りをした時に集まった場所で落ち合い、今回は4人での長閑なプラント散策。
他では味わえない距離で間近に見上げる景色は相変わらず力強く、その非現実的な景観を長閑に見詰めながら気侭に過ごす。
順番に案内して廻る馴染みの場所は、見上げる様な真新しいプラントが屹立していたり、風情のあった工場が既に更地にされていたりと変化が著しく、悠久を感じるこの巨大な建造物達も、時の流れを刻み付けながら生きている事を実感する。

流行歌を唄うグループのシングルジャケットに使われていた事を最近知った大好きなプラントも、暫く御無沙汰している間に綺麗に模様替えを施されて、少し得意げに澄ましている様にも見えてくる。
そうして夕陽に染まった鋼の塔に灯りが点り始めると、周囲は徐々に闇へと落ちて行く。
人通りの少ない道を見下ろす様なシルエットを楽しみながら、魅力的な工場を求めて橋を越え、車は深夜まで走り続ける。
人の存在を忘れた頃に擦れ違う車の光の中を言葉少なく佇みながら、それぞれのペースでゆるやかな工場散策は続く。
やがて、青く空を染めながら朝が訪れると、幻想的な一瞬と共に港へ現実が帰って来る。
個性豊かな工場が奏でる様々な情景に包まれた一夜が過ぎ、機械的に流れるサイレンの音を周囲に轟かせながら夜通し動き続けていたガントリークレーンを横目に、未だ眠りから覚めない街へと車は戻り始めた。

(写真/工場と猫を心より愛する管理人さんの居る港)