移転リニューアルのお知らせ

 
 読者各位


『そして私はひとりになった』運営者の藤永です。

本ブログにおいて、読者に語りかけるような文体は初めてなので、ちょっとドキドキです。


さて、この度、Word Press(『そして私はひとりになった(hyper)』)へ移転することになりました。

はてなダイアリーでの更新は、2014年5月21日分の記事をもって休止とし、今後はWord Pressでの更新となります。

また、過去ログは直近数ヵ月分のみの公開とさせていただきます。移転先でも同様の扱いです。これは現時点で予定されている出版との兼ね合いですので、今後の状況しだいでは全公開に戻すかもしれません。ご理解のほど、よろしくお願いいたします。


移転先→ https://yukarifujinaga.wordpress.com/


では、移転先でお待ちしています。

 

記憶の箱

 
朝、目が覚めてベッドから這い出すと、何かよくないことが待ち受けているような不吉な予感がした。前の晩にベッドに入ったときには、わけもなく心が浮き立っていて、どう考えてもこの先には絶望の楽園か、幸福の断崖絶壁しか待ち受けていないというのに、翌朝目が覚めたら、部屋の隅に薔薇色の時空の切れ目が現れて、理想の世界へと連れていってくれるような気がしていたのだ。ところが、目が覚めて真っ先に自分を襲ったのは、得体の知れない不安だった。見慣れたはずの部屋が急によそよそしく感じられ、いつも自分の味方でいてくれた恋人の顔にかすかな翳りを見たときのような、遠くから迫りくる灰色のスモッグをなすすべもなく呆然と眺めているような心持ちだった。向こう見ずな10代の少女のように、傷つきたくない一心で自分から別れを切り出して、家から逃げ出すわけにもいかず、ただ事態の修復を願い、息を詰めて様子を見守るしかなかった。自分名義の賃貸契約を放り出して失踪するほどの勇気は、いまのわたしにはなかった。

午後にもなると、部屋との関係は徐々に修復されてきた。たとえ腐れ縁でも、家賃さえ支払っていれば関係が途切れることはないと気づいたからだ。気持ちが落ち着いてくると、日常にいつものような平穏な無為さが戻ってきた。なめはじめたばかりの飴を噛み砕いては破片を2メートル先まで飛ばし、ベランダのフェンスに止まるばかりで近くに置かれた餌には関心を示さないスズメを観察し、ドーナッツクッションを頭にのせてバランスを取る遊びにも飽きたころ、ようやく探し物をしなければならないことを思い出した。1冊の本だ。

まずは本棚から捜索するも、発見には至らず。つづいてクローゼットの上の棚を捜索。紐でしばった本の山がいくつか収納されているはずだった。しかし、押し込んでいたラッピング用品を頭からかぶり、買い込んでいた歯みがき粉を床に落としただけで、肝心の本は見つからない。残るはベッドの下だ。ベッドの下にはダンボール箱2つ分の本が眠っている。最初に軽いほうのダンボール箱を開けると、ナチュラルライフと菜食生活を取り上げた雑誌が顔を見せた。わたしが肉類をいっさい摂らず、ペスクタリアンとして暮らしていた頃に人から譲り受けたものだった。なかば信仰がかったナチュラルライフに気持ちがついていかず、パラパラとめくったきり部屋の隅に積み重ねられ、やがてダンボール箱に居を移していたのだ。いずれ返すかもしれないと思っていたが、返すこともなく数年が過ぎた。再び封をし、もとの場所に戻した。不都合な問題は、極力直視しないほうがいい。

もうひとつのダンボール箱には、資料やテキストの類が入っているはずだった。処分した覚えもないのにくだんの本が見つからないということは、このダンボール箱に紛れ込んでいるとしか考えられない。ところが、手前のベッドフレームが邪魔になって引っぱり出せないのだ。マットレスの接する面が一段高くなっていて、フレームの外枠下側の開口部より高さがある。この内部の空洞を収納に利用したのだが、押し込んだときには持ち上がったはずのベッドが今回は持ち上がらず、ダンボール箱を引っぱり出せなくなってしまった。どうしよう。もう捜索は諦めて、同じ本を買うしかないのだろうか。

そのとき、意外なものが目にとまった。這いつくばって奥をのぞくと、見覚えのない平たいダンボール箱があったのだ。引っぱり出してみると、それはもう何年も前に買ったパソコンの入っていた箱だった。しかし、肝心のパソコンは表に出ているし、不要になった古いパソコンは最近処分したばかり。となると、これは──。

箱から出てきたのは、90年代初頭に製造された旧式のワープロ専用機だった。もともとの持ち主は母方の伯父で、独身だった彼が亡くなり、母方の親戚で部屋の後片づけに赴いたときに父が譲り受けたものだった。カーボンリボン式のプリンター付きで、大きさはiPad2の4倍ほど。わたしが10代のときに学内の体罰問題を外部に訴えるべく、文書を作成したのもこのワープロだった。どこかに提出する目的で、このワープロでまともに文書を作成したのは、後にも先にもこのときだけだったように思う。それからまもなく発表されたWindows95とともに実家にもパソコンがやって来て、ワープロはすっかりタンスの肥やしになってしまった。それをなぜ引っ越す際に持ってきたのか、自分でもわからない。ともかく一度も電源を入れないまま、長い歳月が過ぎていたのだ。

伯父はこのワープロを主に仕事用に使っていた。そこには、資料というかたちで仕事上のトラブルや苦悩が記録されていたという。伯父には鬱病の既往歴があった。そんな彼も東京での仕事をやめて帰郷し、新しい仕事を得、かつての明るさを取り戻したように見えた。兄弟姉妹の家族を自宅に招いて料理を振る舞うこともあったし、そういうときの伯父はいつも上機嫌だった。しかし、所帯持ちの兄弟姉妹のおかれた状況、特に時間の制約の問題は、独身の伯父、まして男性に家庭的な面や細やかさがさほど求められなかった世代の伯父にとっては、なかなかわかりづらかったのかもしれない。伯父の鬱病の再発とどちらが先だったか、しだいに交流は少なくなっていった。やがて仕事上の悩みも抱えるようになり、ある日、伯父は失踪した。それから数日たって隣県で警察に保護され、もう1人の伯父が迎えにいった。さらに数週間後、伯父はふたたび失踪した。次に伯父が発見されたのは山中で、風邪薬を大量に服用してすでに息絶えたあとだった。

伯父の2度目の失踪から幾日か過ぎたある日。夕食を摂っていると、どこからともなく流れてきた微風が頬をなでた。風のない夜で、窓もすべて閉まっていた。母はふと箸を休め、「あら、風」とつぶやき、不安げな面持ちで表を見やった。その日は、伯父が亡くなったされる日だった。


──箱から出してからしばらく、ワープロをためつすがめつしていた。収納式の取っ手がついているものの、あまりに重く、持ち運びは難しそうだった。薄型のキーに慣れた指には、凹凸が大きく深いキーも打ちづらかった。何か残っているだろうか。そう思ってコンセントを差し込み、ワープロの電源を入れてみる。たが、画面が7色に光るだけで起動はできなかった。もう役目を終えたのだろう。わたしはワープロの電源を落とし、iPhoneを手に取った。そして、区役所のサイトを開き、粗大ゴミの回収を申し込んだ。
 

その夜、パーティで

 
霧雨の降る肌寒い夜、街外れに立つ奇妙な黒いビルは地上からのライトに照らされておぼろに佇んでいた。正面玄関の脇には大黒天の石像が鎮座し、柔和さのなかに不気味さを秘めた笑みを浮かべて来客を迎えている。大黒天の横の正面玄関前には小さな車寄せが設えられていた。
その夜、車寄せに1台のタクシーが到着した。臨時で雇われたドアマンは条件反射で玄関のドアの取っ手に手をかけたが、目には生気がなく、客が通っている途中でいつ手を離すとも知れなかった。見慣れた緑色のタクシーから降り立った亜由子と翔は、ドアマンの危うい挙動にそれとなく注意を払わざるをえなかった。


皮肉なことに、翔と亜由子が知り合ったのもコンビニのドアの前だった。亜由子は早出の出勤前でスーツを着、翔は建設現場に向かう途中で洗いざらしの作業着を着ていた。その朝、そのコンビニに立ち寄らなければ、2人は知り合うこともなかったはずだった。亜由子はコンビニから程近い場所に住んでいたが、翔が住んでいたのは3駅先。現場に向かう途中、地下鉄の階段をのぼり切ったところにあるそのコンビニに立ち寄り、缶コーヒーを買うつもりでいた。

翔は一瞬の迷いもなく、亜由子に声をかけた。彼はどんな社会的な障害も、誠意を示せば乗り越えられると信じていた。亜由子は警戒心もあらわに翔を一瞥した。面倒な男に絡まれたかと思ったのだった。しかし、翔は冷たい一瞥にもめげず、自分の気持ちを率直に伝えた。翔は端正な顔立ちで、筋骨隆々とした肉体を備えていることは作業着の上からも見て取れた。その彼が自分に一目惚れしたという。亜由子は理性よりも情欲を優先した。翔の肉体的な魅力に抗えなかったのだ。軽いデートとデートの数だけの肉体関係が重ねられたが、真剣な付き合いには至らなかった。少なくとも最愛の夫のいる亜由子にとっては、遊びにすぎなかったのだ。だが、翔はただの遊び相手では満足しなかった。深入りを避けるために亜由子があえて聞いていなかった家族や自分の生活について事細かに話し、より深い関係を求めるようになった。ほぼ毎日メールをよこし、亜由子の1日の出来事を知りたがる。翔の執着を察知した亜由子はそろそろ距離を置こうと思いはじめていた。そんな矢先、あるパーティに招待されたのだった。

パーティの参加条件はただひとつ。異性の友達を1人連れて行くというものだった。参加者本人が友達と認識していれば、元恋人や元配偶者であっても構わないという。亜由子は欠席することも考えたが、主催者との関係上、逃れることは難しかった。さらに悪いことに、結婚以来、男友達との付き合いが薄くなっていた彼女にとって、同伴者を見つけるのも至難の業だった。そこで白羽の矢を立てたのが翔だった。そもそもは体裁を取り繕うためだったが、胸の内には、パーティでいい出会いがあれば翔も別の人に関心を持つようになるかもしれないという思惑も潜んでいた。

亜由子たちが会場のホールに入っていくと、大勢が一堂に会し、すでにお互いの腹の探り合いをはじめていた。服や持ち物で相手の財力を値踏みし、ところどころに飾られたアート作品の感想を求めては相手の教養を推し量った。場慣れした参加者がグラス片手にやって来ては、翔に意地悪な質問を投げかける。ある男は株の仕組みを知らない翔に投資を勧め、しどろもどろになる彼を見ては小さく笑った。有象無象がうごめく会場のなかに、ひとりだけ誰に対しても礼儀正しく接する男がいた。亜由子に向けられる憂いを含んだまなざし──。亜由子が学生時代に付き合っていた伸洋だった。昔は地味だった伸洋もすっかり垢抜け、いまではデザイン関係の仕事をしていると風の便りで聞いていた。その彼がいま、自分の目の前に現れた。亜由子はさりげなく伸洋の左手薬指に目をやった。指輪はなかった。亜由子は自分の薬指から指輪を外そうと思ったが、いま彼の目の前で外すのは不自然すぎた。それに、亜由子が結婚したことは共通の友人を通して伝わっているはずだ。

伸洋は亜由子と視線がかち合うと、警戒心を抱かせまいとするかのように、昔と少しも変わらない困ったようなはにかみを浮かべ、ゆっくりとした足取りで近づいてきた。
「まさかこんなところで会うとはね。元気にしてた?」先に口火を切ったのは伸洋だった。
「まあね。そっちは?」と言いながら、亜由子はグラスを口元に運んだ。
「ぼちぼちってところだね」伸洋は視線を落とし、亜由子の左手をちらっと見やった。わずかな間をおいて言葉を継いだ。「そういえば、結婚したって?」
「うん。気づいたらそんなことになってた」
「いいな。俺も気づいたらそんなことになってないかな」軽口を装っていたが、伸洋の心臓が早鐘を打っていることは、不自然な息つぎや顔色からも間違いなさそうだった。

伸洋ととりとめのない会話を続けながら、亜由子は翔の姿を目で追っていた。最初はおどおどして落ち着きのなかった彼も徐々に場に慣れ、悠然とした足取りで会場内をさまよい歩いていた。それでも天性のそそっかしさは変わらず、トレーを捧げ持ったボーイとぶつかりそうになり、避けようとしたところで背後にいた若い女とぶつかった。女がよろめくと、翔はあわてて彼女の腕を取って抱き起こした。彼女は翔のたくましい腕につかまって顔を見上げた。そこには野性的な男の姿があった。スーツに着られている感もあったが、かすかに乱れた肩や二の腕のラインは彼のたくましさを声高に主張しているようでもあった。
女の目つきが瞬時に変わった。欲望と理性のはざ間で葛藤しているのだろう。やがて女は、彫りの深い翔の顔の、特に印象的な目に向かって秋波を送りはじめた。亜由子がそうだったように、彼女もまた翔の魅力には抗えなかったのだ。

目の前で新しい欲望の火花が散った瞬間を見ていた伸洋は、翔からほかの参加者に視線を移しながら苦笑まじりにつぶやいた。「こんなパーティ、誰が考えたんだろうな。連れがほかの誰かとデキて、もう片方の連れは置いてけぼりを食らう。自分が恋愛市場でいかに無力か思い知らされるよ」
「もしかして、あの女性って伸洋の?」
「そう。合コンのメンバーを集めてほしいときと、ひいきのミュージシャンのチケットが捌けないときだけ連絡をよこす女」
「なにそれ」亜由子は笑った。適材適所というところなのだろう。「じゃあ、ふたりしてあぶれたわけだ」
目の前で起きていることから目が離せなくなっていた伸洋は生返事をしたあと、不意に亜由子のほうを振り向いた。「あぶれたって?」
「彼女の相手の男、私の連れなの」
伸洋は愉快そうにもう一度、翔と女のほうを見やった。「知り合い?」
「まあ、寝るには申し分のない相手。付き合うには物足りないけど」
伸洋の顔から笑みが消え、戸惑いが広がった。亜由子は伸洋の戸惑いには応じず、先をつづけた。
「ねえ、このあと、階上のバーで飲まない? 伸洋と私とあのふたりで」
「あのふたりと?」何か物言いたげな伸洋を無視して、亜由子は“あのふたり”のもとへ向かった。伸洋も渋々あとをついていく。

バーに移動してからというもの、4人はそれぞれに対して他人行儀に振る舞った。お互いに自分のことを根掘り葉掘り聞かれるのを嫌がっているようだった。自分のことを話してまで親しくなりたいとも思っていなかったし、話す気力もなかったのだ。既知の関係は関係の詳細を話すまいとし、新しい関係はそれを人に邪魔されまいとした。特に女は亜由子に微笑みかけ、お互いにいい雰囲気でしょ、と不可侵を求めて無言の圧力をかけた。虚実入りまじった当たり障りのない会話から、全員がそれぞれの関係を漠然と把握していたのに、暗黙裡に奇妙な団結をして、決して真実は口にしようとしなかった。亜由子と伸洋はただの同窓生を、伸洋と連れの女は取引先の社員同士を、亜由子と翔は清く正しい遊び友達を演じた。肉体関係があることを少しも感じさせないという意味において、このときの亜由子と翔は完璧だった。

一致団結と高度なバランスの上に成り立っていた新しい人間関係は、会計を済ませて階下に下りる頃にはすっかり元に戻ってしまっていた。パブロフの犬と化したドアマンは、エレベーターホールから近づいてくる4人の姿を目にすると、表情を少しも変えず機械的にドアを開けた。だが、長時間立ちっぱなしのドアマンはその頃にはもう、自分の手先に意識を向ける気力すらなくなっていた。不意に腕から力が抜けてだらりとぶら下がり、その反動で最後に通過していた翔がドアに挟まった。表に出ていた3人は気遣う言葉をかけるでもなく、その様子を漫然と眺めている。迷妄の宴はすでに終わっていた。

近くにタクシーの姿はなく、後ろを振り返ると、死んだ魚のような目をしたドアマンが大黒天の石像の横に立ち尽くしていた。4人は表通りまで歩くことにした。最初にタクシーをつかまえたのは伸洋の連れの女性だった。これも一致団結、というよりは彼女以外の3人の意思によるところが大きかった。

彼女を見送ると、伸洋は手首を内側に曲げて腕時計を街灯にかざした。「終電間に合いそうだから、俺、電車で帰るわ」そして、胸ポケットから携帯を出しかけたが、少し宙を見つめてからポケットに戻し、亜由子と翔に向き直って会釈した。「それじゃ」

彼の姿が見えなくなると、翔はようやく獲物にありついた野獣のように、亜由子を背後から荒々しく抱きしめた。亜由子の思惑は外れたようだった。
「あの男、誰?」出し抜けに翔が言った。
「学生時代のカレ」
「いまでも惚れてる?」
「まさか」
「でも、向こうはそうじゃなさそうだったけどな」
亜由子が何も答えずにいると、翔は顔をかしげて亜由子の耳に唇をつけた。「やきもち焼いてくれた?」
「何に?」
「さっき、バーで。俺、あの女の人と仲よくしてたけど」
「どうだろうね」亜由子はくすっと笑った。「でも、仲よくしてるように見せたいなら、名前ぐらい覚えなきゃ。翔、彼女の名前、2回も聞き直してたでしょ。思い出せなくて」
「いや、3回」
「もっと悪い」
翔が低く笑う振動が背中づたいに亜由子に伝わった。突き放すには心地よくなりすぎていた。もう後戻りできないところまで来ていることは彼女にもわかった。

「俺、いつまで我慢できるかな。この頃、亜由子のすべてが欲しくてたまんなくなることがある」
「すべてはあげられないけど、1割ならいいよ」
「1割じゃ足りない。もっとほしい」翔は切羽詰まったような声でささやいた。「旦那と幸せ?」
亜由子は何も言わず、翔の腕に頬を重ねた。翔は亜由子の髪のなかに顔をうずめ、か細い声でつぶやいた。
「……ごめん」

いつしか雨は上がり、雲の切れ目から月が顔を出していた。いまにも折れてしまいそうな下弦の月はしばらく雲海を漂っていたが、やがて分厚い雲の向こうに姿を消した。
 

カップからあふれたコーヒー、割れたソーサー

 
アクシデントというのは実に厄介なものだ。不利益を被るだけでなく、ときにはアクシデントに直面したときの行動によって、自らの本性をさらけ出してしまう。冷静さと温厚さを兼ね備えているように思えた人が、自分のエゴにかかわる問題になると、怒りを制御できなかったりする。親切で利他精神に富んでいるように思えた人が、いざ自分の身に危険がおよぶと、これから起こす自分の行動を耳当たりのいい言葉で説明して、笑みをうかべながら逃げ出したりする。アクシデントはその人物の器の大きさが露呈してしまう悲劇のひとつかもしれない。たとえば、1杯のコーヒーが命取りになることもあって──。

平日の午前中の名画座は、いつも似たような顔ぶれで埋まる。暇をもてあましたシニア層、夫や子供を送り出したあとに急いで支度をして出てきた感じの主婦、それらの複数形。つまり、夫婦連れや友達連れだ。上映作品によっては、社会問題に関心を持っているような学生の姿が目にとまることもあるが、朝いちばんの上映回ではあまりお目にかかれない顔もある。スーツ姿の男性だ。それも、外回りに飽きてサボっているわけでもない、映画を見る気を感じさせる顔つきというのはめずらしい。そういう意味において、その日の朝いちばんの名画座はふつうではなかった。

上映開始まで5分を切ると、観客たちの椅子取りゲームは本格化する。時間ギリギリに入場した観客たちは、限られた空席のなかからベストな席を確保しようと躍起になるのだ。そのとき、わたしはすでに最後列の中央付近に腰をおろしていた。自分としてはベストな席で、おまけに前に座っているのは小柄で座高の低い女性だった。スクリーンまでの視界も問題なく、あとは上映がはじまるまで漫然と椅子取りゲームを見物するだけだった。そこに現れたのがスーツ姿の男性だった。年齢は30歳前後。どこか神経質そうな面持ちで、片手にコーヒーショップの袋、もう片手にビジネスバッグを持って席を探していた。しばらく場内を見まわしたあと、彼は最後列から数列前に席を見つけた。座席にいったんバッグを置き、脱いだ上着を丁寧にたたんで自分の腕にかけ、バッグを座席から床に移し、ゆっくりと腰をおろした。そして、コーヒーショップの袋を開け、取り出した紙コップを肘かけのドリンクホルダーに収めた。一連の動作には全神経が注がれていて、まるで映画鑑賞前の儀式のようにも見えた。

ところが、その儀式に水をさす者が現れた。前もって席を確保していた女性がトイレから戻ってきたのだ。小太りの彼女は席に挟んでおいたバッグを取り上げ、窮屈そうに腰をおろそうとした。そのとき、彼女の腕が隣のドリンクホルダーの紙コップに触れた。紙コップの8分目まで注がれていたコーヒーは衝撃に耐えられず、わずかにこぼれ、そのこぼれた液体は男性の上着と太ももにかかった。固まる男性。「どうしよう。すみません。どうしよう」と座るに座れず、中腰のままうろたえる女性。コーヒーから湯気は立ち上っておらず、火傷の心配はなさそうだったが、男性は微動だにせず、正面の背もたれの一点を見つめることで怒りを抑えているようだった。男性は無言で席を立ち、すでに薄暗くなった場内からロビーへと向かった。シミの範囲を確認するためだったのだろう。何も声をかけてもらえなかった女性はいぜんとして中腰のままうろたえている。男性はしばらくして戻ってくると、「ちょっといいですか?」と女性に声をかけて連れ出した。

上映前の予告CMが終わる頃、男性がひとりで戻ってきた。通路側の席に置かれていた女性の荷物を内側の席にずらし、かわりに内側の席から自分の荷物を取り上げて通路側に腰をおろした。本編がはじまって10分あまり過ぎた頃、ようやく女性が戻ってきた。男性に言いつけられたのだろうか(女性はそこまで気の回る人には見えなかった)、彼女の手にはコーヒーショップの袋が提げられていた。彼女は申し訳なさそうに身を縮め、いつの間にか荷物が移動されていたひとつ内側の席に腰をおろした。それから2時間近く、男性も女性も上映前の不運など忘れたかのように映画に集中していたが、エンドロールが流れて場内に明かりがつくと、女性はバッグから財布を取り出した。「すみませんでした」と恐縮しきって財布を開く彼女に、男性は「少し待ってください」と冷淡に告げ、明かりの差し込む出口付近に移動し、これ見よがしに上着のシミを確認しはじめた。その間、女性は不安げな面持ちで待ちつづけていた。

汚されたかわりにクリーニング代を請求するところまでは稀にある話だが、男性の怒りはそれでは収まらなかったのだろう。さほどこぼれていないコーヒーの代わりを買いに行かせ、上映中に逃げられないように(あるいは少しでもコーヒーのかかった可能性のある席に座りたくないために)女性の荷物を内側に移し、人目につかないロビーでの精算も可能だったのに、わざわざ上映が終わるのを待って場内でクリーニング代を払わせた。男性は怒りを抑えるために、女性に屈辱という罰を与えたのだ。恥をかかせないための配慮などせずに。

わたしはしばらくスクリーンに注目していたが、目の前で起きた出来事の緊迫感に気圧されて落ち着かなかった。ふと気になって女性のほうを見やり、またスクリーンに注目しては女性のほうを見やる。そんなことを繰り返しているうちに、過去にデートした男が走馬灯のように目の前に現れては消えはじめた。そして、走馬灯は徐々にスピードを落とし、ある男のところで静かにとまった。


──その頃、わたしは深刻な自信のデフレスパイラルに陥っていた。何かをしては結果が思わしくなくて落胆し、別なことをしてはまた思わしくなくて落胆する。その繰り返しでなけなしの自信貯金は底をつき、いよいよ高利の自信キャッシングに手を出す段階にまできていた。そんなとき、あるひとりの男性から食事に誘われた。ろくに知りもしない人だったが、わたしに好意を寄せてくれ、その“好意”を実際的な“行為”に昇華させようという意思だけはよく伝わってきた。わたしが自信のなさから弱気な発言をしても、謙虚と勝手に解釈してくれるのもありがたかった。相手の弱気な発言を聞いて、「どうせ、そんなことないよって言ってほしいだけなんだろ? 承認欲求からそんなこと言うんだろ?」と勘ぐったりしない素直さが彼にはあったのだ。ただ、彼の素直さは、裏を返せば愚直さでもあった。
迷いに迷った末、誘いに応じることにした。生きていくのに必要な最低限の自信を取り戻したかったのだ。そのためには多少の投資も必要だった。恋愛市場に限定するならともかく、男を通して自分の価値全般を計り、あわよくば自信を取り戻そうとするなんて愚の骨頂とわかっていたが、もうわたしに残された道はそれしかなかった。

土曜の夜、ちょっと気の利いた料理を出すダイニングに向かった。午後いっぱい友達とフットサルをしていたという彼は、出かける前にシャワーを浴びてきたと言い、それからまもなく自分の発言を別な角度から検証したのか、「あ、いや、そういう意味じゃないんだけど」と註釈をいれ、「あ、いや」と再度註釈をいれようとして思いとどまった。わたしが吹き出すと、彼もつられて吹き出し、そこから話は昔の恋愛の失敗談や、元恋人のちょっと変わった趣味というありがちな方向に進んでいった。出だしはなかなか悪くなかった。店を出て駅方面に向かって歩きはじめても会話は尽きず、途中にいい雰囲気のバーかカフェがあれば寄るつもりでいたが、カフェといえばスターバックスくらいで、これという店は見当たらなかった。

「疲れてない?」
「大丈夫」
「ならもう少し歩いてみよっか。いい店があるかもしれないし」

そこでおもむろにスマホを取り出して店を探したりせず、なりゆきに任せる彼の鷹揚さも好印象だった。

ところが、歩けど歩けどいい店は見つからない。妥協してスタバに入ろうかと話していたとき、小さな木陰が目にとまった。ビルの横にあるその木陰にはベンチが設置されていて、表通りからほどよく遮られていた。噴水の底に設置されたライトの光が水越しにおぼろに広がり、あたりを幻想的な明かりで包み込んでいた。次の店が見つからずにさまよっていたわたしたちにとって、これ以上の場所はないように思えた。

ふたりでベンチに腰かけ、たわいない話をつづけた。小さなベンチとたわいない話はぎこちなかったふたりの間に親密さを生み、その親密さはやがて理性の堤防を突き崩した。軽いキスはまたたく間に愛撫の域に到達し、彼はわたしの手を取ると自分の太ももへと導いた。表を行き交う車の音も、さざめく人声も、わたしたちの耳には届かなくなっていた。「さすがにここでは」とためらう自分と、「欲望のままに行動してもいいのでは」とそそのかす自分。耳元でささやき、ときおりうめく彼。欲望が勝とうとしていたそのとき、彼の声色が突然変わった。

「ヤバい」

どのヤバさだろう。懸念と艶情のないまぜになったものが全身を駆けめぐった。しかし、そのヤバさはわたしが真っ先に想像したヤバさではなかった。彼は突然立ち上がると、歩くことを覚えたばかりの小鹿のような足取りで軽やかに走り去った。彼の太ももに置かれていたわたしの手は宙をさまよい、重力のあるべきかたちとして下に垂れ下がった。置き去りにされ、わたしとわたしの手は戸惑った。これからどうしたらいいのだろう。そこに足音が聞こえてきた。彼が戻ってきたのだろうか。音のするほうに目を向けると、彼が恐れをなしたとおぼしきヤバさの元凶が屹立していた。制服を着た警備員だった。

「あれ、行っちゃった」警備員がいまはなき小鹿の軌跡を目で追った。「まあ、お客さん、よそでやってくださいよ」という警備員は同時に複数のメッセージを発していた。苦渋と好色と好奇と同情をにじませた顔で、声は妙に厳粛で。まるで愛してると言われながら刺されたような気分だった。そうした矛盾したメッセージを発しつつも、警備員の態度は決然としていた。欲望のオアシスからていよく追い出され、残された手とともにビル街を歩きはじめた。

街灯のなかにぽつりぽつりとカップルの姿が浮かび上がり、また暗がりに消えていく。スポットライトが当たって高揚するのは一瞬で、つぎの光が当たるまで暗がりを手探りで進むだけ。その姿は崇高でもあり卑しくもある。それでも彼らの理性の堤防は堅牢で、相応の密室にたどり着くまで決壊しないであろうことは容易に察せられた。

その後、彼からパニックを起こして逃げ出したことを詫びるメールが入ったが、わたしは返事をしなかった。その頃には、緊急の借り入れが必要になっていた自信貯金もかろうじてプラスに転じていたのだった。
 

間違われた電話は最後に笑う

 
本当は必要ないのに、見栄のために持っているものは多い。ときにはほんの少しでいいものを必要以上に持っていることもある。それでも見栄で持っているということは、自分の意思であるから理不尽さは感じない。これが見栄ではなく、尊敬や信用を得るために持ちつづけているのであれば結構な重荷だ。

かつての一般世帯における固定電話は必需品であり、文明生活の友でもあった。昔は固定電話を引くとなると、数万円にも及ぶ加入権を購入しなければならず、懐が寂しくなると加入権を担保にして借金する人もいたという。90年代も後半になると、携帯電話が広く普及しはじめたが、固定電話の地位はまだ安泰だった。しかし、2000年代に入る頃には、ひとり暮らしをはじめるにあたって固定電話を引かず、携帯1本ですませる若者も増えてきた。一般世帯に占めるインターネット普及率が現在ほど高くなく、ネットの利用に際して固定電話を引く必要がなかったのも一因かもしれないが、ネットの普及によって固定電話の契約者数が増えたかといえばそうでもなかった。スマートフォンなどの簡便な接続手段の登場も重なり、従来型の加入電話IP電話を加えた固定電話の加入者数は減少しつづけているという。

時は流れて2010年代、いまや個人で事業をしている人はおろか、“ひとり法人”で固定電話を持たない人まで出てきた。たしかに個人で事業をしていると外出することも多く、固定電話にかけてもつながりにくい。なかには、固定電話を設置していながら、昼夜を問わず鳴りつづける電話への防御策として、簡単に電源の切れる携帯電話の番号のみ名刺に記載している人もいる。一時期、「名刺にフリーメールのアドレスのみ記載して、プロバイダメールのアドレスを記載しないのは信用面でどうか」という言説をよく目にしたが、名刺に携帯電話の番号しか記載していない人に対しても同じような印象を抱く人はいるのだろう。それを押してでも無駄を排し、合理性を優先するという選択肢もあるのだ。

なぜこんなことを考えたかといえば、わたし自身が固定電話の解約を検討しはじめたからだった。実に10年あまり同じ番号を使いつづけ、さまざまな連絡をこの固定電話を通して受けてきた。嬉しい連絡もあれば、悲しい連絡もあり、なかには一生忘れられないであろう衝撃的な連絡もあった。

当初のメインは固定電話で、携帯電話はあくまでもついでに持つものという認識だった。受電数でいえば、すでに携帯のほうが多かったが、それが2000年代も半ばに差しかかると、感覚的な主役も固定電話から携帯電話へと移っていった。ちょうどその頃、Skypeが誕生した。インターネット電話やテキストチャットに対応したスマートフォンアプリがなかった頃は、パソコンでSkypeを使っていたが、Skypeの弱点はオンラインでなければ相手とリアルタイムに連絡が取れない点にあった。そこで固定電話を持っていて、もろもろの事情を勘案してこちらの固定電話の番号を教えても差し支えない人にはそれを教え、携帯でかけてきても長電話になりそうなときは料金の安い固定電話に切り替えて話していた。しかし、Skypeスマホに対応し、やがてViberやLINEといった優れたアプリが誕生した。こうなると、固定電話を維持しつづける理由とは何だろう。一応、フリーランスという立場を考えると、固定電話を持っていたほうがいいのかもしれないが、かかってくる電話の9割9分は携帯宛だ。

個人情報の登録に際して、固定電話と携帯、両方の番号を登録していても、業者からは十中八九、携帯にかかってくる。親しい人はViberやLINEでかけてくる。近年、固定電話は主に姉との長電話用だった。いっときはSkypeで話していたが、いちいちアプリないしソフトを立ち上げてオンラインにする手間が面倒で、結局、固定電話に戻ってしまった。手の空いたときに、あるいはちょっと集中力の途切れたときに、ふと思い立って話そうと思うのに、メールなどでSkypeをオンラインにするよう要請するのはどうも興を削がれてしまうのだ。そんな彼女もスマホに買い替え、かかってくる電話といえば、某区役所の駅前事務所との間違い電話ぐらいになった。どうしてこうも頻繁にかかってくるのかと思って調べてみると、なるほど、市外局番を除く8桁のうち1桁しか違わない。あまりにも頻繁にかかってくるので、いつからか、間違い電話とわかると、その旨を伝えたうえで正しい番号を案内するという無償のサービスを提供しはじめた。下町の気のいいおじさん、いかにも山の手の上品なおばさま、少ないボキャブラリーでどうにか要件を伝えようとする若年男子など、あらゆる層の人からかかってきたおかげで、わたしは彼らの口調を習得し、声帯模写として内輪で披露するまでになった。


声帯模写のネタを仕入れられなくなるのは残念だが、きっと、いまが潮時なのだ。インターネットもケーブルテレビの回線を使っているから問題ない。そう思って電話会社に連絡すると、40代ぐらいとおぼしき女性が電話口に出た。解約の旨を伝えると、確認のために名前と電話番号を言えという。それらを告げると、解約日や工事の日程を決める話に入った。そこで彼女が言った。

「解約日を過ぎますと、お電話はつながらなくなります。“お友達”からかかってきた際に、お困りということであれば、携帯電話などの番号を案内する音声を流すこともできますが、いかがいたしますか?」

最初はふんふんと聞き流していたが、ふと引っかかりを覚えた。いったん来た道を引き返し、けつまずいた場所を探す。“お友達”だ。“お友達”とはどういうことだろう。ここは“お知り合い”と言うべきところではないだろうか。彼女は、わたしにかかってくる電話の多くは“お友達”というフランクな間柄の人からで、地域や社会との関係が希薄と見なしたのだろうか。そもそも契約時に生年月日を記入しているのだから、わたしの年齢はわかっているはずだ。そのくらいの年齢になれば、人間関係の幅も多少広がり、気心の知れた友達とだけ付き合うわけにもいかないと想像できるのではないだろうか。契約時の書類に未婚や既婚を問う項目があった覚えもない。原因は3つ考えられた。

(1)わたしの声が異様に若く聞こえた。
(2)「所帯持ちは社会的信用の観点から固定電話を持っているのが当たり前で、いくら不要だからといって固定電話を解約するのは気楽な独身者ぐらい」という認識が彼女にはあった。
(3)契約者名にはわたしの名、すなわち女性名が書かれている。所帯持ちで固定電話を契約する場合、一般的には夫の名前となるため、わたしを社会的信用を気にしなくてもいい、地域との付き合いの薄い独身者と見なし、主に電話をかけてくる相手を“お友達”と想定した。

1の可能性は低い。少なくとも20歳やそこらに間違われる声質ではない。となると、2か3、あるいはその両方だろう。下等生物と見なされている感がすさまじかった。世界中から食料が消えて人類が飢えに苦しみはじめたら、ごく当たり前ように捕食されるかもしれない。え、だって、これ、食料でしょ? みたいな顔で。

「固定電話は社会的信用の証、携帯電話は補助的なもの」と考える人が一定数存在することは理解していたが、たぶん、彼女自身はそうした考えをにじませた言葉を選んだことに気づいていない。黒髪でセミロングの、天パなのか本物のパーマなのか判別のつかないごわごわのパーマをかけた、一重まぶたでアイメイクはいっさいしていない、口紅はスティックから直接塗る派の40代既婚女性の姿が目に浮かんだ。

流通系カードはかろうじて作れたけれど、わたしに社会的信用がないのは間違いないだろうし、その点については反論するつもりもないが、見ず知らずの黒髪セミロングごわパー女に、何の責任も負わなくていい気楽な独身者のように思われたことには納得がいかなかった。たとえ事実だとしても。ここでまた別な考えが脳裏をよぎった。もしかすると、パーティガールだと思われたのでは? だから、「“お知り合い”より、さまざまな意味を含んだ“お友達”のほうがこの場合適切だろう、ちょっと揶揄まじりに」と踏んだのではないだろうか。バブル世代の固定電話至上主義者なら、誘いの連絡は家の電話で受けると思っているだろうし。ないだろうけど。

こうして3月のなかばに決断した固定電話との別れは当月末に訪れ、新年度とともにひとつ身軽になった。別れの数日前には感傷的になり、まだやり直せるかもしれない、月々2000円弱の維持費に目をつぶればいいだけだ、とも思った。でも、子機を手に取ったところで思い直した。どう考えても無用の長物だ。買った当時も少数派だった感熱紙ファックスと、ずっしりと重い子機が10年あまりの歳月を感じさせた。電話線を抜こうとしたところで、留守禄のランプが点滅していることに気づいた。再生ボタンを押すと、住民票について尋ねるメッセージが朗々と流れてきた。間違われつづけた電話らしい、みじめで輝かしい最期だった。
 

ネギ泥棒と春の宴

 
北風が吹き荒れる寒い夜、わたしは家路を急いでいた。トラックや乗用車が車道をときおり通り過ぎる以外は音らしい音もなく、しんと静まり返っている。四方八方から忍び寄る冷気がひび割れる音や、夜空を支配する星のきらめきく音が聞こえてくるようだった。

しばらく歩いていくと、歩道に細長い光が伸びていた。コンビニの明かりだ。表に置かれた棚には、大根、にんじん、ごぼうといった根菜類をはじめ、りんごやみかん、洋梨といった果物類が並んでいる。このコンビニは最近よく見かける生鮮食料品も扱っている店で、野菜や果物の品揃えが異様によく、近所に大型スーパーが開店してやる気をなくした八百屋よりははるかに多くの品物を扱っていた。そういう事情から店の前を通ると、とくに必要なものがなくてもついつい立ち寄ってしまう。いつものように端から順に眺めていくと、ある1束の野菜に目を奪われた。白と緑のコントラストが美しい──地域によってはほぼ緑一色の──長ネギだった。それも細めのものが20本ほど紐でくくられている。値札を見ると100円──。わが目を疑った。これが100円? ひと抱えほどもある長ネギが? あたりを見まわすと、ビルやマンションが立ちならび、いいあんばいに酔っ払ったカップルがお互いにもたれかかり合いながら千鳥足で通りすぎていく。何かの手違いで田んぼの真ん中の無人販売所に降り立ったわけではなさそうだ。嬉々としてかごに放り込み、次なる標的の赤かぶを手に取ったところで、ある人の顔が脳裏をよぎった。


「オレ、学生時代はネギ畑の真ん中に住んでたからさ、金欠になったり、ちょっと鍋やるとかなったりすると、畑から何本か抜いてきてたんだよね」
犯罪者というのは、秘密を抱えている苦しさから解放されたくて、あるいは緻密な犯罪計画を思いついた賢さを認めてほしくて、内心では自分の犯した罪を暴露したくてうずうずしていると聞いたことがあるが、彼に関してはどちらも当てはまらなさそうだった。単に、話題として、それも愉快な話題として提供してくれているようだった。当時、ネギ泥棒の彼は社会人になってひと月もたっておらず、過去に犯した悪徳の打ち明け話としては鮮度がよすぎた。
「でも、それって商品作物でしょ? いや、家庭菜園であっても立派な泥棒なんだけど」
「いやいやいや、泥棒じゃないって。だって、アパートの目の前、ぜんぶネギ畑なんだぜ? オレの大学のやつら、みんな持ってってたもん」
それが彼、ひいては彼の母校の学生の道徳観念を暗に示しているとも気づかず、ネギ泥棒Aはヘラヘラ笑うと、Tシャツの袖からのぞかせた太い腕をピクピクと震わせた。この腕だったら、地中深くに埋まったネギを引き抜くのも簡単だったに違いない。彼は常々、原付バイクを持ち上げられることを自慢にしていたが、幸いにしてわたしはその力自慢イベントを拝見する栄誉にあずかっていなかった。

「大学のやつら、みんな持ってってた」と数の論理を持ち出す、ネギ泥棒22歳屈強男子に対抗するにはどうしたらいいのだろう。自分の考えるモラルは必ずしも万人に共通するわけではないと理解しているつもりだったが、こうも堂々と楽しげにネギ泥棒の過去を告白されては反応に困る。「サイテー、泥棒じゃん!」と非難したところで、畑から無断でネギを引き抜くことに何の罪悪感もない彼が突然悔悛して、ネギ農家に菓子折りを持って謝りに行くとは思えなかったし、かといって「すばらしい、実にすばらしい。そなたは得難い経験をなさったのですな! これぞ若者のダイナミズム!」と青春の冒険譚を称賛するのもまた違うように思われた。世の中には凶悪犯罪に手を染めずとも、犯罪スレスレで生きている人が一定数いて、そういう人はスーパーの商品を万引きするとか、道端の自転車を拝借するといったことに何の後ろ暗さも感じない。ネギ泥棒Aは厳しいしつけを受けて育ったようだが、その反動か、あるいはスポーツ一筋でやんちゃを好む同胞と長年苦楽を共にしてきたせいか、ネギ泥棒や軽犯罪程度ではまったく胸が痛まない強靭な精神力を備えていた。

とはいえ、ネギ泥棒Aはネギ泥棒以上の悪事は働けないように思えた。人の心の機微に疎いうえに、表情や言葉尻に本心が出てしまい、考えていることがすべて筒抜けだったからだ。
「ネギつながりでいえばさ、好きな女がさ、スーパーのビニール袋からネギはみ出させて歩いてたら、ヒクよね。ぶっちゃけ」
そこで突如、わたしのなかの反骨心が目を覚ました。ネギ泥棒Aに何と思われようと構わない、むしろ嫌ってくれと希っていたが、ビニール袋=ネギ問題だけは聞き捨てならなかった。
「それは生活感のある人が嫌ということ?」と満面に笑みをはりつけて。
ネギ泥棒Aは背もたれに身をあずけ、半開きにした口にタバコを差し込み、紫煙をくゆらしながらあごを前後にカクカク動かした。仕上げに首をひとまわし。「えー、だって、みっともないじゃん? 自分の女にはそういうみっともない格好してほしくないんだよね」
“みっともないの定義って?”となおも食い下がろうとしたが、食い下がったところで納得のいく回答を得られるとは思えず、急きょ質問を差し替えた。
「じゃあ、あなたに恋人がいてさ、どっちかの家で料理をするときにネギが必要になったらどうする? 目の前の畑から何本か抜いてくる?」
「あはは、それいいね。っていうか、ネギ畑の真ん中に住んでたころ、現にやってたし」
ダメだ。皮肉が通じない。
その後、わたしは、ネギがいかに万能な香味野菜かをとうとうと説明した。和洋中に使えるだけでなく、日本ではあまり手に入らないポロネギの代用品にもなるし、豊かな食生活を送るうえでなくてはならない野菜なのだと。自分の名誉を守るためなら、生活感を薄めるためなら、1000年前の料理大全でも引っぱり出してこようという勢いだった。
「まあ、都会じゃネギを育てるわけにも、近所の畑から拝借するわけにもいかないから、どこかで買ってくるしかない。たいてい、近所の八百屋やスーパーで買うから移動手段は徒歩か自転車になる。そうすると、ビニール袋なりエコバッグからネギがはみ出、それが通りすがりの人の目に触れてしまうのは致し方ない問題ということになるね」
完璧な弁論のはずだった。ところが、ネギ泥棒原付筋肉男は妙なところで鋭かった。彼はニヤニヤしながら言った。「あれ、もしかすると、そっちもネギはみ出させちゃう感じなの?」
わたしはこの十数分間、自分の名誉を守るためだけに闘っていた。そもそもネギ泥棒上腕二頭筋男に気に入られたいとは、はなから思っていなかった。もうこの男には二度と会わないだろう。告白の瞬間が迫っていた。
人間は一定の年齢になると、やり過ごすということを覚えるようになる。パートナーや恋人が浮気をしていると勘づいていても、さも幸せそうに笑顔で振る舞う。裏切りを前にしたら、すぐさま逃げ出していた小娘は遠く過去の住人となり、年を経るごとに狡猾さを身につけ、何も問題など起きていないかのようにやり過ごすほうがたやすいと理解するようになる。情熱と引き換えに安寧を手に入れるのだ。しかし、安寧は思いのほか脆い。放っておけば、たいていは自然崩壊に至る。ただ、ときには自然崩壊を待つのではなく、自ら振り下ろす鉄槌で突き崩すほうが効果的なこともある。もちろん、鉄槌の柄は極力長いものにしたほうがいい。振り下ろしたときに、飛び散った破片を浴びないように。
「ビニール袋からネギをはみ出させるの? そんなの、ひとり暮らしをはじめた18、9の頃からやってるよ」
「マジで? うわー、ショックだわ」
大げさに嘆くネギ泥棒筋肉増強男を見て、まんざら悪い気はしなかった。ビニール袋からネギをはみ出させるような過激な生活感が外部に──少なくとも彼には──漏れ出していなかったと知って。
いつの間にか自分の目の前に鉄槌が置かれていた。手中に収まった鉄槌は鈍く光っていた。たぶん、振り下ろすときがきたのだろう。
「それにわたし、よくネギ食べるから、ひょっとすると体臭もネギ臭いかもしれない」
「ええー、なんでそんなにネギ食うの?」
「だって、美味しいから」自分でも悲しいくらいシンプルな理由だった。

こうしてビニール袋=ネギ問題の第一幕は、ネギ泥棒Aをどうにか煙に巻くことで一件落着となった。ところが、ネギ泥棒Aもなかなかしぶとかった。ビニール袋=ネギ問題から2年、わたしのもとにはいまでも月1のペースでネギ泥棒Aからメールが届く。一度も返事が返ってこないのにメールを送りつづける精神力は、さすがスポーツマンと思わせるものがあった。はがねの精神力だ。メールの文面は必ず「元気?」「飯いこう」「飯いこうよ」のいずれか。決まって5文字以内なのは何かの暗号なのだろうかと解読を試みたこともあったが、食後の快楽の交歓をこいねがう旨以外に重大なメッセージが隠されている様子はなさそうだった。


──コンビニで野菜を買い込み、表に出ると、飽きもせずに北風が我が物顔で吹きすさんでいた。コートの襟を立て、ゆるやかな坂道を無言でのぼる。悪天候のなかを無言で歩くと、なぜか手と足を鎖でつながれて運動する囚人のような気持ちになる。坂をのぼりきると、正面の歩行者用信号が青から赤に変わろうとしていた。いままさに浴槽から水が溢れようとしている様子をぼんやりと見つめているような心境だ。一刻も早く水を止めなければならないのに、もうどうせここまで来たら状況は変わらないと思って、浴槽から水が溢れる非日常の光景に見惚れ、傍観者として立ち会ってしまうのだ。

信号が完全に赤になり、垂直方向の信号が青になった。ぽつりぽつりとトラックや車が往来していく。車たちを照らし出す街灯がビニール袋からはみ出したネギの上にもこぼれ落ち、頭を垂れた葉が青々と光っていた。ビニール袋の取っ手を腕に通し、ひじの内側にじりじりと食い込む重みを感じながら電話を取り出した。「飯いこう」が彼からの最新メッセージ。彼のメッセージ一覧を削除し、電話帳を開く。削除しようか考え、ふと妙案が浮かんだ。こみ上げる笑いをこらえながら、登録名を「ネギ」に変更した。ごく少数の人を下の名前で登録している以外は、ほとんどフルネームで登録しているわたしにとって、これは画期的な方法だった。いま、わたしは、ネギからメールが届くのを心待ちにしている。
 

魔の時間、死の扉が開くとき

 
人の一生は舞台やドラマによく例えられる。ただ、実際の舞台はひとつの物語につき、わずか数時間で終わりをむかえる。客の入りが悪ければ早々に打ち切り、連続ドラマで視聴率が悪ければ途中で打ち切りになってしまうこともある。しかし、これが人となると、客の入りにかかわらず上演を続けなくてはならない。ときには、ひとりも観客のいない劇場で自分を演じつづけるのだ。自分劇は片田舎の芝居小屋で上演されることもあれば、都会の大劇場で上演されることもあるが、都会は劇場数が多い分だけ、さまざまな舞台を目にすることができる。ふらっと入った劇場でやっていた舞台がたまたま好みで、常連として通いつめるようになったりするかもしれない。ただ、ときには知らない劇場に迷い込み、見るつもりもなかった舞台に立ち会ってしまうこともある。それが劇場最後の日、ちょうど幕が下りる瞬間だったとしたら――。


突然鳴り響いたパトカーのサイレンが、静寂に包まれた明け方の西新宿を切り裂いた。サイレン音は四方八方に広がり、地上では吸収しきれなかった分が高層ビルを駆け上がっていくようだ。スピード違反の車でも見つけたのだろうかと周囲を見渡したが、車の影はまばら。ときどき通る車もいたって安全運転で、警察に目をつけられそうなものはなかった。パトカーの姿に気がとがめたのか、車が来ないのを見計らって赤信号を渡ろうとしていた若い男は歩道の端で立ち止まり、黒いコートをはおった背中を丸めて信号が青に変わるのを待ちはじめた。日中はさまざまな人が足止めを食らうこの場所も、いまは彼とスーツケースを引きずった若い女、そしてわたししかいなかった。パトカーは張り詰めた寒さのなかを縫うように走り、やがて闇の奥に消えていった。交通違反の取り締まりでないということは、何かが起きて現場に急行したのだろう。遠くでこだまするサイレン音を聞きながら、わたしはある予感がしていた。外れるに越したことはないが、当たってしまうかもしれない。仮にそうだったとしても確認する術はない。信号が変わり、若い男の黒い背中を横目に追い越した。何事もなかったかのように、西新宿にはふたたび静寂が戻っていた。

いつもの道をいつものように通る。それだけのことが叶わないこともある。しばらく歩いていると、前方に救急車の赤色灯が見えてきた。まもなくその隣にパトカーが横付けされた。止めた向きから察するに、パトカーはわたしの横をすり抜けていったもののように思えた。いったん路地に入った救急隊員がすぐに戻ってきた。担架は救急車から半分出されたまま放置され、出番を待ち受けていた。西新宿、早朝、年末、すぐに動き出す気配のない救急車と警察車両。散歩中の老女ふたりが憂い顔でちらりと路地を見やった。それとほぼ同時にすれ違ったので、彼女たちがどんな顔をしていたのかはわからない。通りすがりざま、救急隊員が出入りしていた路地を見やると、暗がりの奥に質のよさそうなコートを着た男性がうつぶせに倒れているのが見えた。微動だにしない。頭をこちらに……向けていたはずだった。錯覚かもしれない。でも、錯覚ではなかったのだろう。頭があるはずの場所には何もなかった。落下の衝撃で首が完全に折れてしまったようだった。事故の可能性もなくはないと思ったが、男性が倒れていた両側のマンションはいずれも路地に面して外階段がついていた。外階段、時間、服装、そして西新宿。事故と考えるのは難しかった。わずか1、2秒、路地に向けていた目を正面に戻すと、ある女性と視線がかち合った。第一発見者、あるいは関係者だったのかもしれない。その顔には憔悴や戸惑い、怒りや悲しみなど、あらゆる感情が浮かんでいた。かけがえのない存在をこういうかたちで亡くすと、突然荒野に放り出されたような思いに駆られる。最初は混乱して考えがまとまらないが、やがてどうにか状況を受け入れようとしはじめる。相手の選択を正当なものと考えたり、自分にはどうしようもなかったと言い聞かせてみたりするが、最後に残るのは「そうだとしても、どうして?」というほろ苦い不条理感だ。

ひと口に西新宿といっても広いが、再開発地域にはホテルやマンションといった高層の建物が多い。そうした環境に加えて、不安定な職業につく住人も多く、自ら死を選択する人も少なくない。記憶に新しいところでは、藤圭子がそうだった。真夏の早朝、彼女は西新宿の高層マンションから転落した。そのわずか数十分後、わたしは何も知らず現場の前を通っていた。救急車や警察車両が止まっていたが、すぐに搬送する様子がないところから、救急車に乗るはずだった人は軽症で済んだのだろうと思った。救急車や警察車両が並んで止まっているにもかかわらず速やかに搬送する様子がないと、ふだんは真っ先に自殺の可能性を考える。それもこれも、父をはじめ身近に自殺者が多いせいなのだが、なぜかこのときは例外で真っ先には考えつかなかった。状況から自殺を連想しても不思議ではなかったのに、近くの交差点まで歩いて、ようやく、もしかしてと脳裏をよぎった。わたしにしてはめずらしく生を謳歌しているような、とても前向きな時期だったので、死という方面に思いが至らなかったのかもしれない。

ひるがえって、最近は程よく後ろ向きに戻ったせいだろうか。明け方の西新宿を走り抜けていくパトカーを見て予感がしたのだ。きっと、またそうなのだろうと。きっと、また誰かが魔の時間に引き込まれたのだろうと。希死念慮があったり、精神的に追い詰められたりしている人にとって明け方というのは魔の時間だ。知らず知らずのうちに死の扉に手を伸ばし、油断した隙に扉を押してしまうのだ。特に希死念慮がなくても、一晩中起きていて、ふと心もとない気持ちに駆られるのもこの時間だ。テレビをつけたり、誰かにメールを送ってみたり、コーヒーをいれにキッチンに立ったり、ベッドに潜り込んだりして気持ちをなだめようとするが、心もとなさはなかなか消えてくれない。夜明けの静寂は自分を自分との対峙にいざない、夜明けとともに自分が溶けて消えてしまうような漠然とした不安に陥れるのだ。

いま見た光景、どちらかといえば道路にうつ伏せに倒れた男性ではなく、憔悴と不条理感に満ちた女性の表情を思い返しながら、近くのコンビニに立ち寄った。外の暗さから一転、店内の明るさに目がくらんだ。店内に客の姿はなく、猫背の店員は手持ち無沙汰そうにパンコーナーをうろつき、商品の配置をところどころ変えていた。わたしはATMで現金を引き出し、レジのところで先の店員に払込票を手渡した。ふと目にとまったチロルチョコも2粒、彼の前に差し出した。彼は気だるそうにレジを打ち、わたしはそれを漫然と眺める。彼はいまさっき目と鼻の先で起きたことなど知らず、手持ち無沙汰に時が過ぎるのを待っていたのだろう。そう、このとき思ったのだ。目と鼻の先で人が飛び降りようと、生真面目にあるいは怠惰に生きてきた人が追い詰められて自ら命を絶とうと、期せずしてその瞬間に立ち会おうと、近くにいながらまったく気づかずとも、それでも人生のコマは進んでいく。どんなに退屈でも、どんなにスリリングでも、自分劇場はそう簡単に幕引きにはならないのだ。だが、観客の求めに応じて演出がすぎれば疲れ果て、やがて引退を考えるようになる。つらいときには休演してもいい。観客も無理強いはしないで、のんびりと再演を待てばいい。演者も観客もそんな心持ちだったらと思った冬の朝だった。