Coda  about  log  antenna  
■2024/03/18 『雨雲』
 ふと通り過ぎた風に雨の気配を感じたような気がして。空を仰ぎ見てもそこには明快な青空だ。冬の透明な青。間もなく終わろうとしている冬の空。西風が強い。遠く全てが飛び去って行くのではないか、と、飛び去ってくれるのではないか、と、どのような年齢で立場で境遇で精神で居場所の中ででもそう素朴に期待してきた、得難い空だ。しばらく歩く。ふと、また雨の気配を感じる。顔を上げればどこにもそんな雨雲は無いはずなのに、柔らかく細やかな雨が一しずく二しずく顔に落ちるのを感じた。

 晴れ間と晴れ間の間に。雨雲が湧きあがることもあるだろう。湧きあがった雨雲が世界を暗く濡らして道を重く染め上げることもあるだろう。冬の終わりの冷たい雨に思いがけず打たれながら、すべてが終わったような気持ちになることもある。すべてが終わってしまえと思うような気になることもある。でも僕は、しかしながら僕は、残念ながら僕はもう知ってしまっている。晴れ間を。雲一つない空を。春を。一切は過ぎて行くということを。その暖かさとどうにもできなさを。一方で僕はもう知ってしまっている。体の芯まで冷え切りながら、そのどうしようもない優しい柔らかさをいつもどこかで期待してしまっていることを。そしてそこここに疼痛のように滲むどうやらそれこそが、生きているということであるらしいということを。

 いつしか雨雲は頭上にたれこめて。その匂いの中に春の気配を感じる。冬は終わるのだ。そう冬は終わる。道々に落としたきり見失ってきたものの残滓と降りしきり淀む澱を連れて、重い足を引きずりながら雲の先の春に向かう。そこは淡く霞んでいてなんとも心もとない。
お名前

メールアドレス

なにかありましたら

Coda©2007 Akira Goto.