僕が住む東京都では、判明しているだけで毎日の新規感染者が3万人を超えています。自分は家族もいないし人付き合いも希薄だから感染のリスクは薄いだろうと思っていたのですが、それでも感染してしまいました。
発症したのは2022年7月9日で、2日後の11日に発熱外来へ行って陽性が判明しました。そこから7月19日まで自宅療養となりました。
今は(たぶん)完全に回復したので、ここに自分が感染した記録を残しておこうと思います。
感染前までの普段の行動
会社は在宅勤務を推奨していましたが、僕は毎日出社していました。社内で人がいるときは自分はマスクを外すことはなかったものの、自分に近い席に座っていた人がマスクを外した状態で会話したことはありました。後にその人が僕よりわずかに早くコロナに感染して、それを知ったから自分も病院へ行って検査を受けたので、高い確率でそこが感染源ではないかと思っていますが、断定はできません。
会社の業務以外での他者との会話はほとんどなく、あったとしても小売店や飲食店の店員さんとの会話くらいです。最近はアイドルのライブのようなイベントへ行くことも一切なく、休日のレジャーは密にならないように散歩やサイクリングをする程度でした。感染のリスクは会社の中と、強いて挙げるとしても満員電車くらいのものでした。
発症から感染が判明するまで(7月8日~11日)
7月8日(金) 夕食時に感じた違和感
8日も普通に会社へ行って、夜の9時頃に会社を出ました。この日に起きた大きな事件が気になったこともあり、昼食を食べていなかったので極度の空腹状態で、帰りにとある飲食店に立ち寄ったのですが、この頃から妙なだるさがあり、食べ物の味やにおいをあまり感じられないような感覚がありました。
このとき食事中に舌の裏側に血豆ができてしまい、つぶしたあとの痛みに4日ほど悩まされることになります。空腹で食事して血豆ができることはたびたびあるのですが、できた場所が悪かったようです。これも今思えばコロナが多少影響したのかもしれません。
7月9日(土) 朝から高熱。一時は39.0度まで上昇
朝起きたら、昨夜から感じていただるさが増していました。体温を測ったら38.5度もありました。その後、昼頃には最高で39.0度を記録しました。39度に達するほどの高熱は、20年前に経験して以来でした。
ただ、20年前に高熱を出したときは、頭の痛みなどもあって寝ていることしかできないほど苦しんだ記憶があるのですが、このときは軽い倦怠感があるくらいで、そこまで体調が悪いという感覚はありませんでした。食欲も普通にありました。
のどの痛みや咳など風邪っぽい症状もあり、「まさかコロナに感染したのでは?」との思いもよぎったのですが、前述のとおり感染リスクは低いと思っていたのと、症状自体は軽かったので、ただの風邪なのかなと思うことにしました。
7月10日(日) 参議院議員選挙の日。体調は回復に向かう
朝に体温を測ったら37度台後半で、前日よりは熱が下がりました。この日は参議院議員選挙だったので、午前中に自転車に乗って投票所へ向かい、万が一コロナに感染してしまった場合を考えて(実際には感染していたわけですが……)できるだけ息を潜めながら投票をすませました。帰りにドラッグストアで食料品や風邪薬を買って、さっそく風邪薬を飲みました。薬が効いたのか、夜には平熱の36度台後半に戻りました。
これでもう安心だろうということで、夕食時には選挙特番を見ながらビールを飲んでいました。この時点では味覚や嗅覚の違和感はなく、体調は戻ったと思っていたのですが……。
7月11日(月)午前 社員が感染したと聞かされ、自分も感染を疑う
朝に体温を測ったら37.5度と、また熱が出てしまいました。それでも体調はそこまで悪いわけではないので、いつもの月曜日のように出社しました。
そして会社に着くと、近い席に座っていた会社の人が、コロナに感染して会社を休むことを知りました。ここに至って、土曜日の朝の発熱がコロナによるものだという疑いが一気に強くなりました。家から持ってきた風邪薬を飲んだあと、すぐに帰宅して、在宅勤務に切り替えることにしました。
まさか自分がコロナに感染するなんて思っていなかったので、感染が疑われる場合にどうすればいいのかもわかっていませんでした。すぐにネットで検索して、保健所に聞くと病院を紹介してくれるとのことだったので、管轄の東京多摩府中保健所に電話をして、家から近い発熱外来がある医院を教えてもらいました。
昼前に、その医院に電話をかけたところ、まずはホームページで問診に回答してほしいということ、本日中の診断ができない可能性もあることを聞かされました。7月前半の時点でもオミクロン株の新規感染者は急激に増えつつあったので、すぐに診察できなくても仕方ないのかなと思いながら問診に回答しました。その後2時間ほどして医院から電話が来て、夕方のある時刻に来てほしいと言われました。本日中に検査ができるということで、ひとまずは安心しました。
今は感染者や濃厚接触者があまりにも多すぎて、東京に限らず全国で発熱外来が順番待ちの状態とのことなので、この時期に感染したのはある意味では運がよかった、と前向きに考えることにしています。
7月11日(月)午後 発熱外来で検査して、陽性が判明
医院まで自転車で5分ほど。「駐輪場に着いたら電話してほしい」と言われたので、指定の時刻の5分前に電話をかけました。発熱外来に入って待つように言われたので、医院の本棟と少し離れたところの建物のドアを開けて、中で待機します。発熱外来はエアコンと椅子と、少しの医療器具が置かれた6畳そこそこの部屋でした。
しばらく待つと、防護服を着た医師が来ました。まずは体温とパルスオキシメーターの計測をして、そのあとで鼻の穴の棒を2回突っ込まれての抗原検査・PCR検査。鼻の奥を突かれるのはつらいものでした。
抗原検査の結果は即座に出て、その場で陽性だと言われました。発症したのが7月9日だと伝えたら、7月19日までが自粛期間なので自宅で待機するか、ホテルで療養するなどしてほしいと言われました。
コロナの検査自体は無料ですが、診察料などはこちらで負担する必要があります。医師はサンプルを厳重に消毒して、僕が支払った千円札3枚も注意しながら持っていきました。このあとのことは電話で連絡するので、しばらく部屋で待っていてほしいとのことでした。
5分ほどして、医院のスタッフから電話があり、発熱外来の外のドアノブにかけられていた薬や書類や診察料のお釣りを受け取ったあと、あらためて今後の療養についての説明を受けました。療養期間中は、医師から定期的に電話で体調の確認をするとのことでした。書類には、体調が悪化したときの医療相談の窓口や、宿泊療養を申し込む際の連絡先、療養中に食品などの支援を依頼する相談窓口などについて書かれていました。
もらった薬は熱やせきに効く風邪薬でしたが、結果としてここから症状が悪化することはなかったので、ひとつも飲むことなくすべて残っています。
家に帰ってからはこれといって体調に変化はなく、体温は37度程度に戻りました。ただ気になったのが、顔色が日焼けしたか酔っ払ったかのように赤みを帯びていたことでした。
夜11時すぎに、携帯電話のSMSに東京多摩府中保健所から連絡が来て、My HER-SYSの案内と登録をしてほしいとのことなので、とりあえず登録をすませました。
自宅での療養生活(7月12日~19日)
7月12日(火) 食品などの支援物資を受け取る。嗅覚に異常が発生
自宅での療養生活が本格的に始まりました。ひとり暮らしなので、さすがに宿泊療養を選ぶ理由はありません。この日を含めて8日間、自宅に引きこもることになります。仕事はもちろん在宅勤務です。
朝の体温は36.9度と、ほぼ平熱でした。多摩府中保健所から、My HER-SYSに記入するようにSMSに連絡が来たので、体温と現在の体調、基礎情報として身長や体重などを記入しました。体調の項目は「表情・顔色」「咳・鼻水」「息苦しさ」「全身倦怠感」「嘔気・嘔吐」「下痢」「意識障害」「食事困難」「排尿がない」。この中で、「息苦しさ」のみ若干の自覚症状があったので「はい」と回答しました。
12時過ぎに、多摩府中保健所からSMSが来ました。あらためて7月19日まで外出を控えることと、今後の流れや困ったときの連絡先などに関する案内が書かれていました。
その中に「パルスオキシメーター貸与、保存食配送の申し込み」ができる東京都自宅療養サポートセンターのリンクがあったので、16時頃に申し込みました。ホームページによると、「段ボール3箱分」の食料品が届くとのことです。パルスオキシメーターも、体調が急変してしまう可能性に備えて、念のために送ってもらうことにしました。
また、前日に医院で受け取った書類によると、東京都だけでなく武蔵野市でも3日分相当の食料品や日用品を支援するサービスをしていましたが、ひとまずは東京都の支援物資だけでよさそうだったので、電話はしませんでした。
17時過ぎに、診断してもらった医師から電話があり、PCRでも陽性だったと告げられたあと、朝の体温や今の体調について聞かれました。この日の朝から夕方にかけて嗅覚が明らかに鈍ったので、そのことを伝えました。喉の渇きも平時以上の感覚。夜に体温を測ったが平熱の36.7度。
この日の体調は、嗅覚の異常および鼻づまりに加えて、のどがいつもより乾きました。ただし、オミクロン株の典型的な症状であるのどの激しい痛みは一切ありませんでした。ほかには多少の倦怠感があったのと、平衡感覚がやや鈍った感覚がありました。
顔はまだ少し赤い感じだったのと、あとは皮膚が弱っているようで、鼻の下に皮膚炎ができました。
下痢の症状もあったのですが、これは平時でもたまに起きていたことなので、コロナのせいかどうかはわかりません。
この日の夜の体温は、平熱の36.7度でした。この後も毎朝体温を測りましたが、発熱することはありませんでした。
7月13日(水) COCOAの登録を促すSMSが届いたのですが……
嗅覚は前日と同じく鈍いままで、通常の2割くらいの感覚です。その他の倦怠感などの症状は薄れていきました。
多摩府中保健所からのMy HER-SYSに関するSMSへの連絡は、19日まで毎朝続きました。指示に沿って、My HER-SYSの画面に体温などを毎日記入しました。
この日は、「COCOAに登録するリンクをすでに送っているので、登録してほしい」というSMSも保健所から届きました。でも過去のSMSを見直してもそんなリンクはなかったので、たぶんミスなんでしょうね。感染者が急増していた時期なので仕方ないことかと思います。
医師からの電話は3時頃で、ここからは2日ごとの連絡となりました。
前日に申し込んだ食料などはまだ届きません。申し込んだのが12日の遅めの時間だったから、13日に発送して、14日に届くスケジュールでしょうか。
顔の赤みは引いてきました。この日も下痢気味でした。
7月14日(木) 東京都と武蔵野市から食料品などの支援品が到着
鼻づまりの症状はほぼなくなったものの、嗅覚は戻りません。後遺症として嗅覚が鈍ったままだったらどうしようと、だんだん不安になってきます。
多摩府中保健所からSMSが来て、今回はCOCOAのリンクが送られてきました。とりあえずアプリをインストールして登録をすませました。
この日の午前に、武蔵野市の自宅療養者支援センターから電話がありました。現状のヒアリングに加えて、食料品と日用品を支援してくれるという案内があったので、送っていただくよう伝えました。なんと、今日の夕方までに届けてくれるということ。早いですね。
昼前に、東京都自宅療養サポートセンターからの物資が届きました。届く直前に電話で連絡があって、そのあとで家の前に段ボールを置いていくという流れです。届けられたのは大きい段ボール2個と、2リットルの水のペットボトルが6本入った段ボール1個、そしてパルスオキシメーターです。
さっそくパルスオキシメーターで酸素飽和度を計測したら、数値は96でした。95以上が正常とされるので、正常値ですね。この後も毎日計測したのですが、94以下になることはありませんでした。
パルスオキシメーター自体の写真を撮り忘れてしまったので、通販サイトから画像を拝借しました。指にはめて、脈拍と酸素飽和度を測ります。
そして気になる支援品の中身ですが、大きな段ボール2個に、保存がきく食べ物がたくさん入っていました。レンジで温めるごはんやレトルトのカレーや中華丼、カップ麺、缶詰などのほか、のどを痛めた人への配慮なのか、ゼリータイプの食べ物やおかゆ、野菜ジュースなどもありました。
こちらの箱には2リットルのミネラルウォーターが6つ入っていました。ひとりではすぐには消費できませんが、災害に備えて保管しておくとよさそうです。
夕方6時半ごろに、武蔵野市からの荷物も届きました。こちらは段ボール1個分の荷物で、食品のほかにティッシュペーパーやトイレットペーパーなどの日用品もありました。ありがたいですね。
7月15日(金)~19日(火) 特に何もなく療養期間は終了。嗅覚は何日かして回復
15日以降も同様に自宅で過ごすことになりました。外出できないのはたいへんでしたが、大量の食料品を送ってもらえたので、食料について不安はありませんでした。
発症日を含めて12日が過ぎた7月19日。陰性を確かめるための診療などはなく、医師からの最後の電話連絡をもって療養期間は終わりました。
19日の時点でも嗅覚は100%戻っていなくて、平衡感覚も少し怪しい感じがありました。それも数日程度で治りました。パルスオキシメーターは、送られたときに同封されたゆうパックの袋に入れて、22日にポストに入れて返却しました。
コロナの症状がほぼ発熱と嗅覚の異常だけだったのは幸運で、ほかの人はのどの痛みに苦しんだ例も聞きますし、僕自身も後遺症の可能性がゼロではないので、できることなら感染したくないですね。