いつか電池がきれるまで

”To write a diary is to die a little.”

山本弘さんと「と学会」と、ある『アイの物語』

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 山本弘さんの訃報を知って「今の世の中で、68歳で誤嚥性肺炎という死因は、若すぎるよなあ」と驚き、そういえば、もう5年くらい前から、脳梗塞とその後遺症で悩んでおられたな、と思い出しました。
 
 僕は中学校の頃に『コンプティーク』に連載されていた『ロードス島戦記』をきっかけにテーブルトークRPGにハマっていったので、「グループSNE」の一員であり(今回、Wikipediaではじめて知ったのですが、『ロードス島戦記』のディードリッド役のプレイヤーをやっていたのが山本さんだったのですね)、『と学会』の初代会長、そして、僕がこれまでに読んだ小説の中で、ベスト10に入る『アイの物語』の作者でもある山本さんの訃報には、寂しさを感じずにはいられませんでした。

 ああ、また僕が子供の頃に憧れていた、「ちょっと年長のサブカル者」が、またあちらに行ってしまった。


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 僕は学生時代に『と学会』が、1999年に人類が滅ぶ、という「ノストラダムスの大予言」の矛盾を「論破」していった本を読みました。
 当時は、どうせ1999年に、30歳にもならずに死ぬのかな、と、けっこう本気で思っていたのですが(「核戦争で人類滅亡」なんて想像が、今よりもずっとリアリティを持っていた時代でもありました。単にみんな「慣れた」だけかもしれませんけど)、この本を読んで、人類は1999年には滅びそうもないから、受験勉強しておいたほうがいいだろうな、と感じたのを覚えています。

 当時は、インターネット以前の時代ですから、マスコミや紙の本に書かれたことにはそれなりの権威があって、多くの子どもたちは、この「大予言」を本気で信じていたのです。いまは、当時の裏話的に「ああいうオカルトは、エンタメとして、あるいは売れるからお金のためにやっていた」なんていう制作側の言葉も伝わってくるのですが。

 山本弘さんが書かれている、当時の『と学会』の内部での諍いや「他人の誤りには徹底的にツッコミ、笑いをとろうとするけれど、自分の噓やミスに対しては認めようとしない会員」の話を読むと、なんだか悲しくなってしまいます。
 大人になってわかるのは、「組織の理念を守ろうとする人」と「仲間(あるいは自分自身の面子)を守ろうとする人」が対立したときに、大概、勝つのは後者のほうである、ということなんですよね。
 人は、「正しい人」よりも「自分を守ってくれる人」に従う。

 山本さんは、理念を守ろうとしていた人だけれど、唐沢俊一さんの盗作問題に関して、唐沢さんを擁護する発言を行ったとして藤岡真さんから厳しい批判を受けたこともありました。

 でもまあ、こういうのって、難しいよね。いろんな付き合いとかしがらみもあると。
 山下達郎さんが、ジャニー喜多川さんの性的加害について問題になっているときに、「自分にとってのジャニーさんはエンターテインメント業界に大きな功績を残した大恩人」というような発言をして炎上していたのを思い出します。

 山下さんは公人としては不用意だった。
 その一方で、僕は、山下さんは、友達や恩人を悪くいうのは忍びない、という情の人なのだな、とも感じたのです。
 言い方は悪いかもしれないけれど、僕の人間としての山下さんへの「好感度」は上がりました。
 性的加害を許容しているわけではないけれど。

 人は、「ネットに書く建前」と「本音」「日常の自分」を使い分けて生きていかなけばならなくなった。
 誰しも、心の中にドヤコンガを飼いながら生きている。

 どんなに社会に大きなうねりをもたらすような活動でも、それで10年、20年食べていくのは難しいし、同じことばかりずっと主張していても、忘れられたり、問題そのものが解決して時代遅れになってしまったりもする。
 その結果、どんどん瑣末なもの、放っておいても害がなさそうなものにまで難癖をつけてネタにしたり、極度にマンネリ化して同じことを繰り返すようになったり、炎上商法にはしったりする。自分自身が権威になると、自分がやってきたことを他人にやられて権威が揺らぐのを怖れるようになる。

 「と学会」は、インターネットの普及によって、役割を終えたところがあるけれど、「と学会」で採りあげられた「トンデモ」も、どんどん瑣末化し、単におかしな人を笑いものにしているだけのものが多くなっていきました。
 放っておけば、誰も気づかずに自然消滅していくようなものを、わざわざ引きずり出してきて「公開処刑」することに、意味があるのか?

「と学会」も、最初は「社会を、人々を不安に陥れる『デマ』『ニセ科学』を暴く」ものだったのに。
「インターネット」は、人々の立場や年齢、国籍などを超えて「直接対話による相互理解」を推進するツールとして期待されていたのに、普及してみたら、むしろ「党派の壁」で囲い込まれやすい面が目立っているのです。

 「インターネットによる検証」が、「と学会」をオワコンにしたのだけれど、その後のインターネットが通ってきているのは「と学会」が変容していくのと同じ、「お金のため、事業として続けていくために、どんどん、どうでもいいことを採りあげ、炎上で話題作りをする」という「修羅の道」のように見えるのです。
 
 ツールが変わっても、使うのは、人間。
 そして、ツールが進化するほど、人間は急速には変われない。

 晩年の山本さんは、思い通りに動いてくれない自分の脳に、ずっともどかしい思いをされていたのではなかろうか。
 僕は、インターネットの夜明け前に、山本さんたちがやってきたことは、もっと知られ、評価されてほしい、と思っています。

 あと、『アイの物語』は本当に素晴らしい作品なのでおすすめしておきます(当時、あまりに感動して、うまく感想を書けなかったのだよなあ)。

 
fujipon.hatenadiary.com
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