ひでシスのめもちょ

今度は箱根登山鉄道に乗ってみたいと思っています

クリスマスに家で一人でもサボらずに仕事をするたった一つの冴えたやり方

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こんにちは。西岡めぐみです。

早いものでもう師走になりまして、年末進行や確定申告の準備でバタバタしています。みなさんはどうお過ごしでしょうか。

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めぐみです。お絵かきとものづくりが趣味で、最近Vtuberを含む事業を法人化しました。

最近自宅で仕事することが多いのですが、少し困ったことがあります。一人で作業をしていると気が散ったり眠くなって布団に入ったりしてしまって作業が進みません。フリーランスになって初めて知ったのですが、会社員の人が通う職場には、人を仕事する気にさせる仕掛けがいっぱいです。
人間、やっぱり人の目がないとダメですね。

ぬいぐるみを置いてみた

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マイメロディきっての常識キャラであるクロミちゃん

ということで作業机の端にクロミちゃんを置いてこちらを監視してもらうようにしました。
フーコーは、監視し裁く権力が私たちに視線を送ることが匿名化・常態化することで、私たちが自発的に規律の中に取り込まれるという構造をパノプティコンと呼びました。フリーランスは自分の仕事場の中では自分が権力の中心ですから何をやってもいいわけですけども、「とは言ってもちゃんと仕事をしなきゃな」という薄っすらとした焦燥感がパノプティコンなんですね。

クロミちゃんはマイメロディきっての常識キャラです。周りのことを考えずに我を通すマイメロディの尻拭いをさせられる、そんな健気な少女に視線を送られると、自然と背筋が伸びます。
ちなみに、机の上に置かれている60度ぐらいが赤く塗られている分針のない時計は自作の「仕事集中タイマー」です。ダイソーで買った時計の時針をむしり取って自分で時計板を赤く塗りました。針が赤いところに来ている10分間は休んで残りの50分は集中する、というサイクルを時刻を気にせず行える便利ツールです。

ただ数カ月すると、クロミの黒色がThinkPadの保護色になっているのもあり、背景に溶け込んでしまいました。クロミちゃんの存在感が薄れてピリッとした空気が薄れつつあります。残念です。

人間を置いてみた

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フィギュア萌え族なのでフィギュアを瓶詰めにして遊んでいます。オタクの夢は等身大フィギュアですよね。

「作業する姿を監視してほしい」「存在感が欲しい」という欲求を正直に表現した結果、Twitter等身大フィギュアになってくれる人間を募集することにしました。
ぼくはオタクだからフィギュアが好きだし、作業に集中するために人間には動いたり喋ったりして欲しくないし、等身大フィギュアが生きていたら素晴らしいと思ったからです。

非常に嬉しいことに3人の有志の方からご連絡をいただきました。はじめに連絡を頂いたのはアメリカ在住の方です。「周りにコーン畑しかなく退屈だ」とのことでしたが、地理的に遠く会うのが難しいため断念しました。最後に関東圏在住の方から連絡をいただきまして、実際に等身大フィギュアになっていただきました
4時間もの間、ぼくのくだらない妄想にお付き合い頂きありがとうございました。夢のような時間でした。メイド服が似合っていてすごく良かったです。無理なポージングを頼んでプルプルしているのに気付かずに、税務署に電話をかけたりしてごめんなさい。おかげさまで仕事が捗りました。

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写真を撮らせていただけなかったのでイメージだけお楽しみください。from: ぱくたそ

ただ一つだけ難点がありまして、一人の人間にはその人の人生があるということです。フィギュアのように瓶に詰めて並べたり、ぬいぐるみみたいに衣類圧縮袋の中に入れて真空パックにして押入れにキープしておいたりすることはできません。人間は一時的に等身大フィギュアとして振る舞うことはできても、変身はいつか解けてしまうものなので。

作ってみた

ということで作ってみることにしました。これまでの試行でどういったものに部屋にいてもらえればいいのかがだいたいわかったので以下にまとめます。

  • 人の形をしている
    • 監視者を人間の形にすることによって「本当に監視されている」気分になります
    • 実際に監視が行われているかどうかではなく、それが監視者めいた形をしていることが重要なんですね。中国語の部屋です。
  • 人間と同じ大きさ
    • ものの大きさが引き起こす存在感って重要です
    • 人間の形をしているのだから人間ぐらいの大きさがあったほうがいいです
    • ぼくはもの派の芸術作品が好きなんですが、やっぱりデカいものが置かれているとそれだけで「オッ」って思いますよね

早速アマゾンで注文してみました。材料は以下の通りです。しめて2万円程度でした。

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材料

  • メイド服
  • エアートルソー
  • 21インチFull HDモニタ
  • FITUEYES テレビスタンド 23~42インチ対応 キャスター付き

変ゼミで市河が自室にマネキンを置いてるのを見て、「マネキンって安価な等身大フィギュアになりそうだし欲しいな〜」「でも部屋にあったら絶対邪魔」「マネキンの素材になってるFRPって普通に捨てられないし大変そう」と思っていました。「物を買うときはそれを捨てるときのことを考えると良い」とはある友達の弁ですが、そのとおりだと思います。
ここで目をつけたのがエアートルソーです。不要になっても空気を抜いたらコンパクトになって収納がかんたんなので、うれしいですね。

黙々と組み立てて完成しました!

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弊社所属の環境系Vtuberリコピンめぐみです!

できました!弊社所属の環境系Vtuberリコピンめぐみです! このマネキン様の物体のことを「モニタメイド」と名付けます。

裏側ではFaceRigでモデルを動かしていまして、Webカメラに写った顔の表情に応じて表情が変わります。
インターネットに繋いで誰かに表情の入力ソースをやってもらえばリアル監視者として機能する高機能なメイドです。

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リコピンめぐみと同じ、環境活動家のグレタさんです*1

顔の部分は普通のモニタなのでかんたんに差し替えることができます。HDMI入力に対応しています。

果たして、仕事は捗るのか

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リコピンめぐみのクリスマスツリー
結論から言うとこのモニタメイド、監視されている感が半端ないです。人間と同じ大きさなので存在感がすごく、めちゃくちゃ見られている気がします。今回はかかった材料費は2万円ですが、2000円のフィギュアを10体並べてもこの威圧感は出ません。
これでクリスマスに家で一人になっても淡々と作業が捗りますね!

ぬいぐるみ フィギュア 人間 モニタメイド
価格 3000円 2000円 売買は違法 2万円
存在感 ×
収納 ×
ラバーダッキングの相手として ×
動力 なし なし 完全栄養食COMP 3.6万円/月 商用電源 700円/月
VGA入力 × × ×
DVI入力 × × ×
HDMI入力 × × ×
スピーカー機能 × × ×
表示色 × × × 約1670万色
PCリサイクルRoHS指令 × × ×

今回作ったモニタメイドが最もコスパがいいことがお分かりいただけると思います。

これから寒くなる季節だと思います。クリスマスは部屋に暖房を入れて、恋人がいる人は恋人を・等身大フィギュアを持っている人は等身大フィギュアを電飾やオーナメントで飾り付けて、楽しいクリスマスを過ごしてください。ぼくもお仕事頑張ります。

みなさんも仕事が捗るアイディアがあったらぜひ教えてください

それではみなさん、さよなら〜〜〜。

*1:「環境問題は実際に起こっていて解決する方法も明らかになっているのに、大人たちは行動していない。そんな世の中で『学校へ通って環境問題について学ぶ』なんて既存のシステムに沿った行動をしても無駄だ。だから私は学校へ行かない」という彼女の主張は死への欲動を感じさせていいですよね。TVインタビューに「早く逮捕されたい!」と答えながら破壊・犯罪行為を犯す過激な環境保護団体と方向性が似ていて好感が持てます。庶民に残された既存のシステムを根本的に変える方法は、あらゆる意味で《テロリズム》しかないので。

著者と語る『ダークウェブ・アンダーグラウンド』読書会

闇の自己啓発会は2月24日、都内某所に集まり、『ダークウェブ・アンダーグラウンド』の読書会を行いました。なんと今回は、著者の木澤佐登志さんご本人が参戦! 最初は緊張していた一同でしたが、おもむろに抜いた歯を見せたり、動画を再生したりして、和気あいあいとした雰囲気で進められました。(ひでシスがサボっていたせいで掲載が遅れました。申し訳ありませんでした。)
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参加者一覧

江永泉(以下江永)
文学理論や文芸批評、やる夫スレやネット小説を読んできた。好きなホラー小説は、双桑綴『釈迦ノ脳髄』。

役所暁(以下暁)
学生時代は政治学などをしていました。ブラック企業を経て現在編集職。好きなライトノベルは、藤原祐『ルナティック・ムーン』。

木澤佐登志(以下木澤)
無職兼文筆家。著書に『ダークウェブ・アンダーグラウンド』。好きなノワール小説はジム・トンプスン『この世界、そして花火』

ひでシス(以下ひで)
農業経済学専攻→インドネシア農村研究→農薬メーカー→ネット起業。好きな女装漫画は『ゆびさきミルクティー

はじめに

【木澤】 ぼくはどういう立ち位置でこの読書会に参加したらいいんですかね?
【ひで】 著者が読書会に参加されると、やっぱり特権的な立場になってしまったりしてやりずらかったりしますか?
【木澤】 あまり特権的な立場から物を言いたくないので補足と言うか、書いていなかったけどこういう話もあるとかそういう話ができれば。
【江永】 エルサゲートの話とかもあると思うので、そういうこともうかがえれば。

概論、本を読んでみた感想

【江永】 そういえば最近、初めて親知らずを抜いたんですが、見ますか? というか、これです。
【暁】 僕も親知らず抜いたな〜。

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江永氏の親知らず
モザイク無し写真はこちらから
【ひで】 おもったよりグロいですね
【江永】 抜いたときについていた血がそのまま乾いた感じですかね。
【暁】 僕は歯茎切開してトンカチ?で歯を割って摘出したので、抜いた歯は凄いことになってました。それと比べると綺麗ですね。
【江永】 そう、歯の状況次第では歯茎切開するんですよね。これの場合は、歯の土台のところがしっかりしていて、口内の肉を傷付ける生え方でもなかったので、虫歯になっていなかったら抜かなくてもよかったかもしれない、と言われました。日々の生活でも、すぐそこにあるのに気付かない、知らないことさえ知らないことってあるのだな、と改めて意識させられて。余計な話をしてすみません。本の話に移りましょう。
【暁】 はーい。雑な感想ですが、読んでみて知らない世界がめっちゃ書いてあったので、この本が出版された経緯とか、どういうバックグラウンドで木澤さんがこういう話を収集されていたのか気になりましたね。
【ひで】 経歴は書いてましたよね。国際経済学科卒。
【木澤】 そこはあんまり繋がっていなくて。もともとはダークウェブの関心からスタートしてて、Noteにダークウェブの記事を書いていたんですけども、そこにイースト・プレスさんが目をつけられて執筆依頼が来たんですよね。それでダークウェブについて調べてるうちに、ダークウェブで共有されている一種のリバタリアニズム思想に興味が出てきた。たとえば、児童ポルノフォーラムの「ペド・エンパイア」の運営者Luxは「私は言論の自由の狂信者だ」って言っていて。ブラックマーケット「シルクロード」の運営者DPRも、自己所有権――リバタリアニズムにおけるセントラルドグマで、自分の身体は他者からの干渉なしに自分で管理するという考え方――の観点から、ドラッグを摂取する自由について説いています。ダークウェブって暗号化技術から成り立ってますよね。その根源をたどるとサイファーパンクに行き着く。サイファーパンクの中心人物にティモシー・メイという人がいるんですけど、その人はリバタリアンであると同時にニーチェを信奉してて、自分の飼い猫にニーチェって名前をつけてるほどなんですけど……。そこでニーチェの超人思想とリバタリアニズムがつながるんですよね。
リバタリアニズムニーチェの思想の親和性ということを考えたときに思いつくのは、たとえばアイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』という小説。アイン・ランド白系ロシア人の家系で、十月革命の後にアメリカに亡命してきて執筆活動を始める、まあ要はバリバリの反共主義者なわけですけど、そのランドの長編小説でその後のリバタリアニズムにも多大な影響を与えたのが『肩をすくめるアトラス』。これは一部のエリート的なリバタリアンたちが一斉にストライキを起こしてどっかの山中に移住して自分たちのコミュニティを作った結果アメリカが滅ぶという話で、アトラスというのはギリシア神話に出てくる天球を支えている巨人。つまり、その巨人であるところの自分たちリバタリアンが肩をすくめたら世界はどうなってしまうのか、という話。他には1997年に出版されてるジェームズ・デビッドソンとウィリアム・リース=モッグによる共著『主権ある個人(The Sovereign Individual: Mastering the Transition to the Information Age)』(未邦訳)という本。これはサイバースペースの勃興とそれに伴う暗号化技術や暗号通貨の登場によって国民国家の役割が衰退して、代わりにテクノロジーを手にした一部のエリート――主権ある個人――が台頭してきてポスト国民国家の世界を支配していくだろう、といった予言的で黙示録的な本。要するにリバタリアンニーチェの超人思想です。ちなみに、この本の熱狂的愛読者のひとりがあのピーター・ティールで、ティールはおそらくこの本に影響された形でPayPalを立ち上げているんです。だから、ダークウェブ→暗号化技術→リバタリアニズムニーチェ→ピーター・ティール→新反動主義といった感じで、一見繋がっていないようでいても、繋げようと思えば繋げられるんですよね。
【暁】 なるほど。流れが少し分かった気がします。ありがとうございます。

【ひで】 暗号通貨技術って、たとえばビットコインとかって取引履歴がコイン内に書いて公開されているんよね。一方で現金の方はトレースできない。だから、木澤さんのおっしゃるように「暗号通貨はリバタリアン」っていうのは直感的ではなくて、現金でやり取りしている現状の国家のほうが税金を取るのが難しくてリバタリアン的だと思うんですが。
【江永】 ビットコインなどが普及すれば、国家による通貨発行権の独占がなくなって、戦争しようにも戦費が調達できなくなり、国家間の戦争が起きなくなるかもしれない、みたいな話が坂井豊貴『暗号通貨vs国家 ビットコインは終わらない』(2019.2,SB新書)の冒頭に書いてありました。木澤さんの説明を聞きながら、個人が国家から自立するというか、国家並みに自律した個人になるというか、何かそういう精神性が、ダークウェブ~新反動主義の繋がりに通底しているものなのかな、と改めて考えさせられました。
【ひで】 なるほど、国によって管理された通貨に対抗するものとしての暗号通貨というイメージなんですね。
nakamotoinstitute.org
サトシ・ナカモトの論文集

【江永】 木澤さんの方で、読者がどういう反応をしているかを知りたい部分とかはありますか?
【木澤】 どこに興味を持たれたのかっていうのは気になりますね。個人的にはダークウェブがメインのつもりで書いたのに、新反動主義とかニック・ランドに注目が集まってる感じがするので意外な感じがしました。
【ひで】 ぼくはダークウェブよりもオルタナ右翼とか新反動主義とかそういうののほうが、ほかではあまり見ない記事なので勉強になりました。
【暁】 自分はダークウェブという響きに惹かれて…(笑) 読んでみたら5章が一番興味深かったです。
【江永】 私は、ニック・ランドが気になっていました。前半の方だと、3章の内容に一番刺激を受けました。こういう実録ホラーと犯罪ジャーナリズムの境界線上のものに関心があって。あと昔、新宿の画廊で、死体写真家(?)の写真というのを買ったこともあったので。そういう設定がつけられた、作り物の写真だったのかもしれませんが。

【木澤】 ISISの処刑動画とかすごいですよ。ポストプロダクションの段階でかなり編集されていて処刑動画とは思えない滅茶苦茶スタイリッシュな仕上がりになってる。
【江永】 映像作品の仕上げ方を知ってる人、クリエイターなり、デザイナーなりが制作に関わっている、ということでしょうか。
【ひで】 動画って光って音が出て絵が動くから、おサルさんでも何でもジッとみちゃうんですよね〜
【暁】 下手な記事を書くよりも動画を作る方がその物の魅力も伝わりやすいし、より多くの人に見られると思うんですよね。
【ひで】 でも動画って文章に比べて作るのにかかるカロリーは大きいですよ。だから魅力が伝わりやすいと言ってもそんなに量産はできない。
【木澤】 エルサゲート(子供にとって不適切な内容の動画が子供向けの体裁で流されてしまうこと)のように既存のパターンを組み合わせて自動生成的に作られる動画もありますよね。「フィンガーファミリーソング」みたいな自動生成で作られた虚無のような数十万本の動画をYouTubeで幼い子供が自動再生機能を使って無限に見続ける、という地獄のような世界が広がっていて。誰がどういう目的で作ってるかわからなくて。
youtu.be
(ひでシスも前職の飲み会の二次会でエルサゲートを見せたりしていました)
【ひで】 たしかにエルサゲートによる半自動生成動画がたくさん見られているというのはありますね。エルサゲートが作られている目的は広告費による収入じゃないんですか?
【木澤】 大半はそうです。だけど中には生身の人間が演じていて、かつ暴力的なものがあったりとか、そのモチベーションがよくわからなくて。
【江永】 子供向け番組っぽい体裁を借りた物騒な作品だと、アニメの『ハッピーツリーフレンズ』(Happy Tree Frends,1999~)とかを連想します。
www.youtube.com
【暁】 子供って虫をいじめたりとか、結構グロいの好きじゃないですか?たまたま目にしてハマっちゃったら怖いですね。
【ひで】 ぼくはエルザゲートで子供に英才教育するの面白いと思いますね。売れ筋の同人誌で抜くことで、世の中の流行りや好みを分かっていくみたいな。

【木澤】 単純にコンテンツとして面白くなくて生産性がないのが問題だと思うんですよね。
【ひで】 たしかにエルサゲートは単純な組み合わせですから面白くはないですが、セイキンの動画みたいな感じで、見続けていると一周回って面白くなってきませんか?
【木澤】 発想が子供と言うよりオッサンなんですよね。『ハッピーツリーフレンズ』みたいな破壊的創造性がないというか。
【木澤】 本当に幼い子供はコンテンツを自分で選ぶ能力がまだないんですよね。YouTubeの操作方法すらわからないから。だから自動再生機能でアルゴリズムが選んでくる動画を親から渡されたiPadで延々と見てしまう。
【暁】 それを規制することってできないんですか…?
【ひで】 YouTubeとしては動画をたくさん見てもらえれば広告で売上が立って勝ちなので、幼児を釘付けにする動画を流し続けるアルゴリズムを“改良”するインセンティブはないですよね。
【木澤】 もっと言えば、作る側も子供に向けてではなく、アルゴリズムに向けて作っている。やたらタイトルを長くしたり、アルゴリズムが拾ってくれるような作りにわざとしてる。『ニュー・ダーク・エイジ』の著者ジェームズ・ブライドルもTEDでエルサゲートについて語ってる動画がネットにアップされてますが、とても面白いのでおすすめです。
www.ted.com
【暁】 視聴者ではなくアルゴリズムに向けて作る、というのがSF感あっていいですね。
【江永】 すみません。さっき自分がイメージしていたのは、3DCGアニメの『ポピーザぱフォーマー』(2000-2001)でした。ごっちゃになってた。どっちも物騒とシュールの一線ギリギリを攻めてる内容でしたけど。

※以下、各章ごとに振り返りつつ、意見交換していきます。

序章 もう一つの別の世界

  • 分断されたインターネット
  • フィルターにコントロールされた「自由」
  • 「唯一にして限界なき空間」
  • 日本での議論
  • インターネットのもっとも奥深い領域

【ひで】 ダークウェブにアクセスしたことのある人!
【一同】 ・・・・・・
【ひで】 っていうのも、表層Webのほうが人が多いし満足してしまうっていうのがあって。
【ひで】 日本でダークウェブに潜っている人たちのペルソナ像ってわかりますか?
【木澤】 ハッカー界隈ではCheenaさんとか。彼はもともとダークウェブにあった某弁護士界隈のフォーラム「恒心教サイバー部」で活躍してた人なんですけど、いろいろあって逮捕されたあとはホワイトハッカーに転身してますね。某弁護士界隈については『ダークウェブアンダーグラウンド』では書きませんでしたが……。
【ひで】 やっぱり某弁護士界隈がダークウェブに潜ってた理由って、違法なことをやってて身元を隠さなければならないっていう外的な要因が主なんでしょうか。
【木澤】 そうです。あと、それこそ三次児ポ界隈とかもそう。でも日本だとセキュリティ意識が低くて、表層WEBで、しかもクレカで買っちゃう人たちが多いんですよね。デジテンツという、その界隈ででは有名なサイトがあって、最初は盗撮とゲイが専門だったんですが、だんだんパンチラ系の年齢が下がっていって、最終的に児童ポルノばかりになった、みたいな。今は名前を変えて児童ポルノ抜きでやってるようですが……。外国の方が児童ポルノに対する処罰が厳しいんですよね。持ってるだけで10-20年とか食らっちゃうぐらい。日本だと単純所持が違法になったぐらいでまだ甘いので。それこそ興味本位で買っちゃうみたいな。
【ひで】 児ポに関しては、ペインが十分に大きいから、外国ではダークウェブが流行ったのかと思いますよね。
【江永】 それにしても、さっきここ(読書会の会場)に移動する道中、暁さんに指摘されて確かにそうだなと思ったことなんですが、某弁護士界隈にせよ、あるいは淫夢界隈にせよ、誰か特定の人々のプライベートを侵害するような要素が中核にある文化に知悉していないと日本のネット文化を語れない感じは、なんなんだろう。

第1章 暗号通信というコンセプト

  • ダークウェブとは何か
  • イメージと実情
  • 国家安全保障局との攻防
  • 革新的な暗号化技術の誕生
  • 「数学」というもっとも美しく純粋なシステムによる支配

【暁】 この章は、ダークウェブの成り立ち、歴史の話でしたね。勉強になりました。後半戦の方が喋りたい人が多そうなので、サクサク進めて行きましょう。

第2章 ブラックマーケットの光と闇

  • 「闇のAmazon
  • シルクロード」の革新性
  • 思慮深きマーケットの支配者
  • DPR逮捕の内幕
  • インターネットの二面性

【ひで】 闇のアマゾンって儲かるんですかね?
【木澤】 シルクロードはかなり儲かってたらしいですよ。
【ひで】 いくらエスクローって言ったって、ダークウェブだと信頼を得られなくないですか?(※取引において買い手と売り手の間にエスクローエージェントと呼ばれる第三者が介在し、代金と商品の安全な交換を保証するサービス。例えばヤフオクでは、まず落札者が代金をヤフオク本部に支払い、商品が落札者に届いて初めてヤフオク本部から出品者に支払われる。)
【木澤】 DPRのカリスマ性というのもあります。
【ひで】 カリスマ性というのは主義主張の一貫性と強固さ、それと……
【木澤】 マルチシグニチャーで技術的に解決した
【ひで】 あ〜それですね。これには膝を打ちました。

【江永】 2章の「シルクロード」の顛末で、皮肉に思ったのは「システムは大丈夫だったけど、人間がだめだった」ということですよね。人間がセキュリティの穴になっていた。

第3章 回遊する都市伝説

【江永】 3章はなんというか、都市伝説と実録の狭間みたいな雰囲気が一番濃いですよね。「スナッフ・ライブストリーミング」の話が気になって。ただ、現に「スナッフフィルム」に実体が認められるのが、2007年の「ウクライナ21」なんですね。それも勉強になりました。
【暁】 報道写真展とか行くと普通に死体写真があるので、スナッフフィルムはそんなに価値のあるものだったのか、という驚きがあります。
【ひで】 ぼくは親族の葬式の動画をインスタに上げたい派ですけど。
【木澤】 スナッフフィルムの希少性は、動画にするために殺すというプロセス自体にあるんです。
【江永】 撮影するために人を弑するのがスナッフフィルムだとすると、J.F.ケネディの映像、ザプルーダー・フィルム(1963)なんかは、撮影者の意図とは無関係にたまたまそこで頭部を銃撃された人の姿を記録した映像という意味で、天然もののスナッフですよね。そこから少し経つとアメリカではベトナム戦争の報道写真が話題になる。エディ・アダムズの撮影した『サイゴンでの処刑』(1968)とか。で、アメリカのホラー映画史を振り返るアダム・サイモン監督のドキュメンタリー映画アメリカン・ナイトメア』(2000)では、先程言及したような写真・映像が、同時代のホラー映画と関連付けられて紹介されています。これを観てると、露悪的に言えば、その頃のホラー映画には、こういう天然もののスナッフにインスパイアされた面もあったのだな、と思わされます。で、これも悪趣味な物言いになりますが、死を報道する写真も一種のスナッフ写真でありうるし、そう捉えるなら、死を報道する機関は自分の手を汚さずにできあがった屍を利用する、フリーライダーなのだと言えるのかもしれません。諸々の敬意や徳を欠いた言い方になりますが。
【ひで】 殺すのは人間じゃないですけど、YouTuberも蟻の巣に溶けたアルミを流し込んだりもしてますよね。
www.youtube.com
(スナッフフィルムを貼るわけにはいかないのでこちらで)
【木澤】 YouTuberでも動画のために人を殺すYouTuberが出てくるんじゃないですか?
【暁】 そういう人ってなんのためにやってるんですかね。
【ひで】 やっぱりビューは稼げるんですよね。そしてそれがお金になる。
【江永】 オリジナリティを演出する安易な方法としては、やはり、タブーを犯すというのがありますよね。
【ひで】 スナッフフィルムって性的興奮のために撮ってるんじゃないですか? 『猟奇エロチカ 肉だるま』とか『手足切断ダルマロリータ JUMP』というAVもありますし。
【江永】 おそらく、性的興奮よりは、タブーを破っているという興奮が大きいのではないかな、と。
【暁】 なるほど。自然発生した死体ではなく、動画のために人を殺すというシチュエーションに滾るというのは、共感はしないけど理解できました。

第4章 ペドファイルたちのコミュニティ

  • 児童ポルノの爆発的な拡散
  • フィリピンのサイバー・セックス・ツーリズム
  • ハードコアな情報自由主義者
  • 知識共有と意見交換
  • おとり捜査
  • その後の議論

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デザートをいただきつつ読書会は続きます

【ひで】 おとり捜査をやっていたという話には震えました。
【暁】 三次元児ポのオリジナル作品を作った人のランクが上がるシステムのサイトはヤバいなと思いました。虐待動画を作る動機が生まれてしまうので。
【暁】 江永さんは一家言がありそうなので感想を聞きたいなと思ってました。
【江永】 いや、ここで紹介されている諸々は、知らなかったことばかりで。
【木澤】 最近のこの界隈での問題っていうのは、女児自身が自分で写真を撮ってアップしちゃうんですよね。最近は主にライブストリーミングですけど。
【暁】 なんで上げちゃうんですか?
【木澤】 承認欲求じゃないですか。ちやほやされたいとか。
【ひで】 それって動画を上げた女児本人が逮捕されちゃうんですか?
【木澤】 海外では本人が逮捕されちゃうこともありますね。高校生が彼氏に裸の写メを送ったら逮捕された、みたいなニュースもあったり。
【ひで】 デジタル写真って劣化なしにコピーできるのが現況ですよね。
【江永】 想像するなら、扶養者に制止されない環境があり、また他に娯楽をもたないような未成年が、手っ取り早くスマホを使って、そういう仕方で承認を得る、みたいなのはありそうに思えます。ちなみに、YouTubeだと、アメリカの未成年で、ティーンエイジャーとか、あるいは年齢一桁くらいからラップのMVをアップロードしてるアーティストが結構いたりします。That Girl Lay Layとか、Brooklyn Queenとか。Baby Erinなどはニューオリンズバウンス系の曲で、ジャンル特有の声のループが破壊力あります。Baby Kaelyなんかは、5歳の頃のMVがアップされてます。とはいえ、いま名前をあげたアーティストは、映像とか音楽とか、ちゃんと制作してるっぽい人たちなんで、扶養者なり後見人なりが、きちんと関わってるんでしょうけど。日本でもMC Limeとか太郎忍者とかが小学生ラッパーとしてMVを上げてますよね。ただ、こういうノリが雑に広まったら、不穏なライブストリーミングも増加してもおかしくはないだろうとは感じます。
【木澤】 今はスマホがあるからどこでもできますからね
【暁】 無料の娯楽で何を選ぶかって大事ですね。ちなみに僕の子供の頃の娯楽は、RPGツクールなどで作られたフリーゲームでした…。ネット上ですら人と関わるのが苦手で、何もかもが自分の世界の中で完結していたので、ある意味救われていたのかな。

【江永】 私は小中学生くらいの頃は新古書店などで、よく立ち読みをしてましたが、動画サイトにアクセスできる環境があったら、動画漬けになっていたかもしれません。で、自分もチャンネルとか持って、個人情報などを自分から流していたかも。
【木澤】 感覚的にはダークウェブ系の児童ポルノの供給源の約半分ぐらいはウェブカム系自撮りという印象がありますね。
【ひで】 女児がTorを使ってるわけではないですから、表層Webで流れ出たものがダークウェブに流れ着いてるっていう感じですよね。
【木澤】 そうですね
【江永】 児童に自己決定権というか、自分の個人情報を管理する能力があるのかどうか、みたいな話になってきそうですね。
【木澤】 自己決定権があるという前提を置いちゃうと、成人と児童との性交や結婚も自己決定権の観点から合法化しなきゃいけなくなるので、線引きが難しい問題ではある。
【暁】 後悔先に立たずってこともあるし、子供のうちにまずいことだよって教育しないとヤバくないですか?例えば、デンマークとか性教育が早い上に充実してるらしいので、性教育が早い国と遅い国で、自撮り児ポの数がどうなのか比較分析すれば、教育の効果が測れそうな気がします。承認欲求そのものもをどうするかということへのアンサーにはならないですけども…。
【ひで】 その比較はできそうですね。

補論1 思想をもたない日本のインターネット

  • 根付かない「シェア」精神
  • アングラ・サブカルとしての消費
  • アメリカのインターネットが反体制的な理由

【ひで】 日本のダークウェブはスレッド式の匿名掲示板だけど、海外ではフォーラムだから識別名はあると。
5ch.net
5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)と
www.reddit.com
Reddit

【木澤】 そうですね
【江永】 大塚英志が何かの対談で、個々が意見をやりとりするインフラとしてのインターネットは整備されたけれど、そこでどう意見を交わして議論して合意を形成するか、そういう技術は洗練されてない。それが日本の現状での課題ではないか、と述べていました。だから、空気なり世論なりだけが大きく扱われて、いわゆるポピュリズムになる、みたいな論調で。

【木澤】 90年代の悪趣味系カルチャーの文脈でクーロン黒沢という人がいるんですけど、彼は過去に海外の初期インターネットにおけるグロ系文化――TasteLess――を日本に紹介してて。今はその人は在タイ日本人向け雑誌『シックスサマナ』を発刊してて、私はそこにダークウェブの連載を持っているという謎の縁があったり。僕の好きな悪趣味系文化人に青山正明っていう人がいて、彼はドラッグ、児童ポルノ、神秘思想、テクノなどに精通していた編集者で雑誌『危ない一号』とかを作っていた。でも結局鬱病で自殺しちゃってるんですよね。僕が今少し気になっているのは、なぜ青山正明は神秘思想やニューエイジに関心を持っていたのにインターネットに行かなかったのか、あるいは希望を持たなかったのか。海外だとニューエイジからサイバースペース思想にすぐ繋がっていく傾向があるのに。つまり、ニューエイジにおける「意識の拡大」や「変性意識状態」をサイバースペースにおける拡大したネットワークにアナライズする流れですね(『serial experiments lain』はわりとこうした流れをちゃんと汲んでるのですが)。このあたりに日本の特殊性があるのかもしれない。ちなみに、『ダークウェブ・アンダーグラウンド』は柳下毅一郎さんの『新世紀読書大全』を意識して書いてた部分があるんですが、その柳下喜一郎さんに発売当初からお褒めいただいたのは嬉しかったですね。
新世紀読書大全 書評1990-2010
【ひで】 うれし〜
【暁】 うれし〜
【江永】 うれし~
【木澤】 海外のアングラな事件やノンフィクションを翻訳して日本に紹介する、みたいなところを受け継ぎたいなあと思ってて。でも読者は新反動主義がどうとか、そういうインテリ系の人たちが思想書として読んでるみたいなので少し困惑してます。偏差値40ぐらいの本を書いたつもりだったので。
【ひで】 ラジオライフとかそういうところで連載すればよかったなじゃないですか。
【木澤】 『週刊新潮』で西田藍さんという方が書評を書いてくださったんですけど、「この著者はネットでは異常でヤバイ人という評判だが…」みたいに書かれてて、これはとても正しくて、異常でヤバイ人間がなんだか異常でヤバイ本を書いた、という認識が正解だと思います。
【暁】 書店では『GAFAを読み解く!』みたいな意識高いコーナーに置かれてましたし、思惑からズレた販売路線になっちゃったんですね…。
【江永】 話が前後しちゃいますが、日本の陰謀論やスピリチュアル系の物言いに対して、せっかく謎の電波とかが話に出てきても、せいぜい電波避け(?)のお守りめいたもの、ヘルメットなどをつくるくらいで、後はなぜか人付き合いや心掛け、生活法や食事法など、心一つ、身体一つで何とかなりそうな話に収斂していって、機械を使うことには総じて無頓着であるような印象を抱いてきたのですが、どうでしょう。
【暁】 確かに。雑な印象ではありますが、テクノロジーに強いスピリチュアル系って見ないですよね。

【暁】 自分がここの補論ですごく共感したのは、アメリカは建国の由来からして独立だけど、日本って戦後の民主化は上からのものなので、自主自立を草の根でやっていこうぜって意気込みがないよねということ。
【木澤】 日本では民主主義もインターネットも外部から入ってきたものとして受け止められている
【江永】 戦前のエログロナンセンスも、割と輸入物由来のカルチャーみたいな感じがします。明治期に精神病理学として入ってきた議論が、大正期には巷間に流布して、昭和期にはエログロナンセンスな小説とかの味付けとして使われてしまう、というような。「変態性欲」とか「変態心理」とかいう言葉が、学問からエンタメにひろまっていく。
【木澤】 そういうサドマゾの文脈が、60年代になると澁澤龍彦とかに繋がって、日本のサブカルや悪趣味系に繋がっていくという側面もありますね。
【暁】 デモとかも輸入された文化って言えるのかな。一揆とかは昔からあったけども(笑)
【江永】 国会図書館のデジタルコレクションで明治期の著作権切れの小説とかエッセイがいろいろ読めるんですけど、当時の女権運動ディスとか、女学生ディスには、Twitterで飛び交う罵言と大差がないという印象をいだきました。
【木澤】 人間の知性は普遍的に愚か、ということですね。
【暁】 この前テレビで見たのが、アメリカで戦車…とまではいかないけれど、いかつい車椅子の人たちが、障がい者の権利向上デモで抗議をして車道を塞いでも、みんな嫌な顔しないで応援してくれるというやつ。一方日本では、飛行機に乗れなかったと抗議した障がい者の人が滅茶苦茶叩かれた。権利を主張・拡張していいんだという文化がない感じがある。
【木澤】 少しズレちゃいますけど、戦車みたいな車椅子ってエンハンスメント(人間強化)ですよね。テクノロジーと機械を使って人間の能力を補助/拡張するというサイボーグ/ポストヒューマン思想。アメリカではノーバート・ウィーナーのサイバネティクス以降、そうした思想は連綿とありますが、とりわけ最近はシリコンバレーでそういった思想が復権している傾向がある。それこそテクノロジーを使って不死を実現するんだ、みたいなプロジェクトにピーター・ティールが出資してたり。
【暁】 僕も自分の脆弱な肉体が嫌いなので、戦車に脳ミソ乗っけたいなってよく思います。
【江永】 戦車じゃないけど、『2025 大阪万博誘致 若者100の提言書』で、パワードスーツ着用の高齢者がブレイクダンスで若者と対決みたいな企画が記載されていたのを思い出します。あの提言書は、本当に、香ばしい。「モブシーンスキル」(MorphThingなどに代表される顔画像合成の技術を指すのだと思いますが……)を使って、「自分の顔と人種が違う人の顔を合成し、あたかも自分が他人種になった体験をする」とか。参照される技術と、その使い方とにギャップを感じ、めまいがします。
【暁】 ざっと見た感じ、人類館事件とかの反省が生かされてなくて「うわぁ…」となりましたね…。
【木澤】 それこそ今の日本の思想界にも言えることで、人文知とエンジニアリングを接合させた言説があまり出てこないという情況に近いのかなと。

【暁】 僕、政治学科出身なんですけども、テクノロジーと政治をつなげるという話は全然されていなかったので、もっと勉強しなければなと思います。
【江永】 以前、暁さんとひでシスさんと読んだ、ギャビン・ニューサム+リサ・ディッキー『未来政府』(2016.9,東洋経済新報社)とかは、実務家の目線でそういう話をしてましたね。
【木澤】 ニック・スルニチェクという左派加速主義の人が『Inventing the Future』という本の中でテクノロジーを政治と繋げて論じてて、たとえば労働の全的オートメーション化によって人間は労働から解放されるべきだし、ベーシックインカムで人々が生活できるようにしていかなければならないと主張している。日本ではテクノロジーと政治をつなげて語るっていうのはあまりないですよね。
【暁】 そもそもパソコン触ったことないような人がサイバーセキュリティ大臣やってる国ですからね。
【ひで】 テクノロジーと政治をつなげるというと、落合洋一なんかじゃないんですか? 人文系ではどういう評価をされているんですか?
【暁】 詳しくないですが、界隈によって賛と否がはっきり別れてる感じです。
【江永】 以前にTwitterでバッシングされていたとき、非難する人たちは「理系の知識を付けた古市憲寿」みたいに扱っていた気がしました。今まで未読だったんですが、最近、読もうと思うようになりました。

第5章 新反動主義の台頭

  • フェミニスト・セックス・ウォーズ
  • 良識派への反発
  • 哲学者、ニック・ランド
  • 「人類絶滅後の世界」
  • 拡散する実験、そして崩壊
  • 暗黒啓蒙(ダーク・エンライトメント)
  • 恋愛ヒエラルキーの形成と闘争領域の拡大
  • 「男らしさ」に対する強迫観念

【ひで】 ダーク・エンライトメントを試しに読んでみたんですが、英語がよくわからなくて挫折しました。
【木澤】 新反動主義は主にブログ界隈で流行ったんですが、わけのわからない秘教的な文章でダラダラと長文を書き連ねるというのが新反動主義のスタイルなんです。 暗黒啓蒙(ダーク・エンライトメント)はまだマシで、とりわけニックランドが90年代に書いていたテクストの英語はかなり電波入ってて、翻訳不可能なんじゃないかな……
【ひで】 なるほど
【江永】 ニック・ランドの論文を試しに日本語にしようと思って、少なくともパッと見では文章が壊れてない「Machinic desire[機械的欲望]」(1993)を冒頭から訳そうとしたんですけど、あれでも自分は心がボキボキに折れました。映画『ブレードランナー』の挿話から始まっているみたいなんですが、なんだかレプリカント(宇宙での作業のために生産された短命な人造人間)が「人工的な死の側から来たインベーダーである」とか、香ばしいパワーワードが並んでいて。語彙は絢爛だけど話の運びが荒々しいというか、あらっぽいんですよね。「煌めくテクノカラーの外宇宙的(extraterritorial)暴力がマトリックスから溢れ出す。/サイバー革命。」みたいな。一応、extraterritorialは治外法権と訳すのが無難らしいのですが、意味の通る日本語にできなかったので字義的にテリトリーの外部だろうと解して「外宇宙的」をあてました。
www.urbanomic.com

【木澤】 「外宇宙からの暴力」というのはもしかしたらクトゥルフ的な文脈があるのかもしれません。なんかフィクションが地の文に侵入してきちゃってるみたいな。こういったフィクションなのか論文なのかわからないスタイルはセオリー・フィクションとか呼ばれてて後継者までいたりするんですが……。
【江永】 これは効くわ〜、みたいな…。
【木澤】 読むアンフェタミンですよね
【江永】 ガンガンキマりますね。そういえば、ニック・ランドの論文が『現代思想』2019年1月号で翻訳されてましたね。タイトルが「死と遣る」で、これも日本語になってますが、いかつい感じでした。
【木澤】 90年代初頭のドゥルーズ論で、まだ論文としての体裁をかろうじて保っている頃のものですね。
【江永】 ざっと眺めましたが、一段落とか、下手したら一文ごとに、よくわからない合成語とか、何を踏まえて書いてるのか明示されてない言葉が出てくる感じがしました。
【木澤】 翻訳者の方の解説が載ってたんですが、「ニックランドの英語は難解でよくわからないのだが…」みたいなかなりぶっちゃけたことが書いてありました。
【ひで】 こういうのって普通の人はよくわからないじゃないですか。どれぐらいの人がわかっているんですか?
【木澤】 新反動主義も一応Redditにコミュニティがあるんですが、登録者数が1万5千人ぐらいいます。
www.reddit.com
【江永】 新反動主義は、国際政治オタクとか架空戦記オタクみたいなものとテック系のものがちゃんぽんになって、人文学っぽい装いでまとめられた、というイメージでした。ウィキぺディアの新反動主義の項目などを眺めていると、技術者や実業家がはまっているっぽいイメージ。
【木澤】 少なくともブログで長文をかける人のイメージ。

【暁】 この章で自分は、ゲーマーゲートのところが興味深かったですね。ゲームにおけるジェンダーバイアスを批判した人がネットで滅茶苦茶叩かれたという話。日本でもこういうのありますよね。でも、そういうゲーム批判が実際にゲームに反映された例もある。異性婚しかできなくて批判されたゲームが、次回作でほんの少しだけ同性婚できるキャラを実装したりとか。まあその申し訳程度感がまた色々なサイドから叩かれたわけだけど、言わないよりは言ってみた方が運営に届く確率は上がるから…。個人的には悲恋エンドや、恋愛・結婚ではない男女の関係性を復活させてほしいんですよね。
【江永】 要望は要望として出したり、作中の要素から道義的な問題を取り出したり、設定を深読みして思考実験したり、それこそ、フォーラムというか色んな意見を出せる場があるといいんですが。ネットの掲示板で色々あるかもしれないけど。掲示板があっても、ユーザー同士で、意見の強引な統一や潰しあいに陥っちゃうと、キツいですね。

第6章 近代国家を超越する

  • 既存のシステムからの脱出
  • 排他性を孕む結論
  • ブロックチェーン上のコミュニティ
  • バーチャル国家が乱立する未来

【暁】 既存の国家に拠らない、ネット上でのブロックチェーン国家ができるかもって話が面白かったです。ブロックチェーンなら手続きや証明とかの手間がなくなって、行政・利用者の手間が省けていいのになぁ。現行の行政って煩雑な手続きに追われてしまって、より良い政策実現とか考える余裕が無いようなので。
【ひで】 市民・マスコミの監視の目があるから、どんどん手続きが煩雑になって、サービスの質が低下していくというのは、誰も幸せにならないですよね。

補論2 現実を侵食するフィクション

【ひで】 TSUKI Projectはすごく面白かったです。
systemspace.link
【木澤】 日本ってそういうのないですよね
【暁】 日本の作品が元になってるのに、宗教に対するアレルギーが凄いからか、日本ではないですね。
【木澤】 あとTSUKI Projectは割とダイレクトにSFを参照している
【江永】 宗教ではないけれど、異世界に転移したり転生したりして、そこから成り上がりするタイプの小説、ある種のなろう系小説とかは、救済感がある気がします。神もちょいちょいでるし、その割には世界の管理とかスキルがどうとか、SFというかゲームっぽい感じもあります。
【木澤】 日本ではTSUKI Projectの代わりとしてなろう系があるのかもしれません。
【ひで】 あと地下アイドルにエネルギーを注ぎ込んでいたりとか
【暁】 そういうコンテンツがまさしく信仰の拠り所で、偶像崇拝の対象なんでしょうね。

【ひで】 童貞救済を掲げるVTuberの『しましろより』は成功はしなかったですね。
【#00】はじめまして!架空の教祖「しましろより」です!【バーチャルYoutuber】 - YouTube
【江永】 教祖の養成とか教義の制作は、難しいですね。何が信じられやすいのかという問題と、何かを信じるとはどういうことなのかという問題が、絡み合ってる気がする。
【木澤】 最近だと地球平面説のコミュニティとかありますよね。地球が丸いというのは実はNASAの陰謀で、本当は地球は平らなんだと主張してるかなりトチ狂った人たちが今アメリカで急増してるらしくて、地球平面説の支持者同士をマッチングさせる出会い系サイトがあったりとか。ネットフィリックスにもドキュメンタリーがあって見たんですけど、これヤバいな〜とか思ったのは、地球平面説の支持者同士で内ゲバがあって、お互いに「アイツはNASAの手先だ!」って言い合ったりとか、陰謀論者同士がお互いにお前は陰謀側だと指弾し合うという地獄的な情況が顕現していてかなり暗い気持ちになりました。
www.netflix.com

【江永】 そういえば、まだ入手はしてないんですが、気になる陰謀論を見つけて。高山長房『人類はアンドロイド!電波によって完全にコントロールされる世界』(2014.5,ヒカルランド)っていう本です。紹介を見る限り、怪電波+爬虫類人+イルミナティの登場する、よくある陰謀論なんですが、「この世はほぼ奴らの作った組織だから、仮面社畜になるしかない。そんな世界でも金を得て楽しく生きることはできる」と、ライフハック本みたいになっていく。
【木澤】 今や陰謀論の世界も資本主義リアリズムなんですかね。しょせんこの資本主義に「出口」はないっていう。なんかどん詰まりな気持ちになりますね。
【ひで】 成功している宗教って勧誘行為がルーチンの中に組み込まれているんですけど、TSUKI Projectはどうなんですかね?
【木澤】 そういう勧誘プログラムはないですね。

【ひで】 この章では、「現実を侵食するフィクション」がおもしろかったですよね。鳩羽つぐちゃんとか。つぐちゃんは2000万円集めてるからすごいですよね
【暁】 西荻窪行きたくなりますもんね。今度ねんどろいども出るので、買おうか迷ってます。
camp-fire.jp

【ひで】 ネットミームに現実が上書きされるという話について、OKサインとかピースサインが意味が上書きされるのがありますよね。
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【暁】 メタ宗教のフライングスパゲティモンスター教も、一部がガチになっちゃったという話をふと思い出しました。
【江永】 ワード・ポリティクス、ではなくて。アプロプリエーション(我有化)と呼ぶのがよいのでしょうか。例えば、「クィア」という呼称が、かつては侮蔑語としてマジョリティから押しつけられるものだったけど、それを肯定的な意味で使いなおす、押しつけられるのではなく、その呼称を、自らのものにして定義しなおす。そういう方法をアプロプリエーションと言ったりすることがあるみたいなので。
【木澤】 オルタナ右翼は60年以降における左派のアイデンティティポリティクスを我有化している側面はありますよね。
【江永】 そうですね。そうしたメソッドを我が物にしている印象があります。
【木澤】 マジョリティ側のアイデンティティ政治というか。左派だったら黒人やLGBTといったマイノリティが自分たちのアイデンティティを主張してきたという歴史があるわけですけど、今や白人が白人としてのアイデンティティを主張するようになってきている。白人というアイデンティティは彼らにとって一番手近なアイデンティティですから。マーク・リラという左派知識人は、リベラル左派のアイデンティティ・ポリティクスの失敗がオルタナ右翼の台頭とドナルド・トランプ大統領をもたらしたと批判してますね。アイデンティティ・ポリティクスは結局連帯ではなく分断をもたらしただけだと。だから、これからはアイデンティティではなく普遍的な価値を打ち出していかないと左派は駄目だと主張している。フェミニズムLGBT理論でも最近は交差性とか言って階級や人種の視点を導入して相対化しようとしてるらしいですけど。
【ひで】 大阪のレインボーパレードに参加したときも、基地問題を言っている人がいました。
【江永】 そこの辺りだと、最近考えさせられたことがあって。日本でアイン・ランドを紹介しているアメリカ文学研究者の藤森かよこは、実は日本で90年代に開かれたシンポジウムに基づくらしい論集『クィア批評』(2005.1,世織書房)の編著者で、この論集には「リバタリアンクィア宣言」というのを寄稿していたりします。
それこそ、元々クィア理論は、ジェンダーセクシュアリティの差異とエスニシティや階級の差異とが入り乱れるなかで、違う人々が連帯できる点、また逆に無理にひとまとめにしてしまうとまずい点を探す、みたいな動きが出発点に含まれていたはずなんですが、さらにそこからリバタリアニズムへと伸びていく方向もあるのか、と。SNS上だと、アイデンティティ政治みたいな話題って、自分の視野に入る限りでは、差別のあらわれを摘発して誰彼のマジョリティ根性を炙り出す、という方面、要するに、敵叩きや裏切者探しにどうしても関心が向きがちだと感じているのですが、それだけではなくて、どんなところにも相応のマイナー性というか、普遍ならざる普遍性みたいなものがあり、それを活かすべく推し拡げるみたいな、仲間づくりや呉越同舟みたいな方面でも、こういう批評理論が、使えるはずなんだよな、と。「リバタリアンクィア宣言」の内容自体は、連帯よりむしろ味方っぽい相手にも議論を吹っ掛けていくような論調なんですが、それを読みつつ、連帯するとはどういうことか、と改めて考えさせられました。

【江永】 そういえば、ニック・ランドから思弁的実在論への流れは、今日、まだ話してなかったですね。
【木澤】 思弁的実在論について簡単に確認しておくと、要するにカント批判から始まった哲学運動。カントは一言でいえば物自体には直接アクセスできないって言った人で、それ以降の哲学では対象は常に主観との関係性の上でしか論じることはできないということになった。こういった立場は相関主義といって、カント以降ポスト構造主義までこのカント主義から完全に脱せていないという批判から思弁的実在論はスタートしてる。ムーブメントとしての思弁的実在論は2000年代以降に出てくるけど、ニック・ランドは80年代後半の時点ですでに「Kant, Capital, and the Prohibition of Incest」という初期の論文の中でカントを批判している。一言でいえばランドは、カント主義における対象=他者を主観性へ還元する表象作用に啓蒙主義以降における帝国主義の端緒を読み取っている。つまりカント哲学のうちにすでに他者の植民地化の契機が存在していたと批判しているわけです。こうした近代を特徴づけるカント主義における相関的循環の<外部>へ突破して他者=物自体へ直接アクセスしようというのがニック・ランドと思弁的実在論者が共に共有しているスタンスと言えるんです。この点から、思弁的実在論と加速主義を架橋する存在としてのCCRUという見方が出てくる。思弁的実在論と加速主義は一部主要プレイヤーが被っていて、それはレイ・ブラシエとイアン・ハミルトン・グラント。ふたりとも90年代にはCCRUに所属していて、その際グラントは加速主義の聖典の一冊とされているリオタールの『リビドー経済』、あとボードリヤールを訳したりしてます。ちなみに思弁的実在論と加速主義を語る上で外せない出版社アーバノミックの編集者ロビン・マッケイもCCRUに所属していました。用語としての加速主義は2008年に批評家ベンジャミン・ノイズがブログ上で提唱したものですが、ムーブメントとしては2010年9月にロンドン大学ゴールドスミス・カレッジにおいて開催された加速主義についてのシンポジウムがメルクマールと言えます。そこでの登壇者の名前を挙げると、マーク・フィッシャー、レイ・ブラシエ、ベンジャミン・ノイズ、ニック・スルニチェクなどで、ニック・ランドの著書『Fanged Noumena』の刊行に合わせる形で開かれたということもあり、ランドへの言及も結構あったようです。
加速主義といえば、シンギュラリティ(人類に代わり人工知能が文明の主役となること)界隈が結構頻繁に『マトリックス』を参照しているんですよね。たとえば『マトリックス完全分析』という、レイ・カーツワイルやニック・ボストロムも寄稿している結構面白い評論集があるんですけど……。『マトリックス』はボードリヤールの『シミュラークルとシミュレーション』を参照しているんだけど、それが結構でたらめで。ボードリヤールは現実はすべてシミュラークル化してて、現実とシミュラークルを区別すること自体に意味がない、なぜなら現実はすでに消滅しているから、ということを言ってるわけだけど、『マトリックス』では現実世界に帰還することができる、レッドピルを飲んで覚醒さえすれば、という話になってる。ここに至って、『マトリックス』は虚構の世界/真実の世界という古典的な二項対立に回帰してて、その二つの世界を媒介するのはレッドピルであり、またそれによって覚醒した超人的な救世主である、という……。このレッドピルというガジェットが、今ではインターネット・ミームとなり、とりわけオルタナ右翼に愛用されているというのは示唆的な話だと思っています。
【ひで】 シンギュラリティってそんなにすぐ来ないでしょ?
【木澤】 レイ・カーツワイル2045年って言ってますね。
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【暁】 結局、理想の社会に近づけるには、ピーター・ティールみたいに何らかの形で財を築いて、自分の信条に近い政治家に投資するしかないんですかね…。それかその社会からExit(脱出)するしかないのかな。世知辛いですね。
【木澤】 ティールはともかく、僕ら一般人はニック・ランドのように上海にExitするか、マーク・フィッシャーのように資本主義リアリズムのもとで鬱病になって消耗していくか(そしてその帰結としての自殺という究極のExit)の二択しかないのかもしれませんね……。
【江永】 ハーシュマンだと、Voice(発言)、Exitの他に、Loyality(忠誠)って言ってましたよね。確か。滅私奉公ではなく、しかし、組織側がExitされたり内部告発されたりしたら現に困るように、組織内の地位なり権能なりを掌握しておく。そこに賭けたい気もします。

終わりに

今回は著者ご本人が参加してくださるという、びっくり企画となりました。なんと、木澤さんは次回読書会にも参加してくださるそうです。次回は『ニュー・ダーク・エイジ』の予定です。

また、木澤さんは2019年5月にまた新しい本を出されるとのことです。今回の読書会でも言及したニック・ランドや新反動主義、さらには加速主義についても掘り下げて書いてるとのこと。
ニック・ランドと新反動主義 現代世界を覆う〈ダーク〉な思想 (星海社新書)
ダークな思想が、現代社会に浸透している。新反動主義とニック・ランドを起点に、最注目の書き手が世界の暗部を縦横に抉り出す快著!

ワクワクが止まりませんね。それでは皆さん、またお楽しみに!

品川の中心で不平等を語る 『不平等との闘い ルソーからピケティまで』読書会記録

品川の中心で不平等を語る 『不平等との闘い ルソーからピケティまで』読書会記録

闇の自己啓発会は品川の某所で『不平等との闘い ルソーからピケティまで』(稲葉振一郎)の読書会を開催しました。以下、その模様を再現していきます。

■参加者プロフィール

ひでシス(以下ひで)

農産物貿易・途上国の農村研究→サーバーサイドエンジニア。在学時代は資本論読書会を行う。著書に『シェア・ユア・ライフ』、『独習KMC Vol.4』などに寄稿。

江永泉(以下江永)

文学理論や文芸批評、やる夫スレやネット小説などを読んできた。『Rhetorica #04 ver.0.0』や、『ボクラ・ネクラ』などに寄稿。

役所暁(以下暁)

政治思想、地方自治論などをやっていました。数々のブラック企業を経て現在編集職。

まずは、本書を読んだ各自の印象などを。

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【暁】稲葉振一郎はデビュー作がオタクの本(『ナウシカ解読 ユートピアの臨界』)だから、失礼ながら色物かなぁと思ったけど、この本はとても読み応えがあった。ある程度の前提知識は必要とされているけど、自分のレベルには合っていた気がする。経済については試験勉強的なテクニカルなことばかり抑えていたのを反省しつつ、政治と経済を体系的に学ぶことの重要性を再認識した感じ。
【江永】稲葉振一郎は経済学の啓蒙書をいろいろ書いていて、『経済学という教養』も読みやすい。あとは『政治の理論』みたいな著作もある。たしかに政治も経済も相互行為というか、プレーヤーが複数いることを前提に考えている点で通じあってる気がする。
【ひで】ミクロの教科書を読むといいですよ。奥野とかマンキューとか。
【ひで】今回の『不平等との闘い』は全体として論の立て方がきれいだった。マルクス好きのひでシスとしては第2章なんかはマルクスの理論をかなり捨象して書いているなという感じはするけど、本として見たときに道筋がきれいなのでシックリくる。
【江永】差し当たり、文系・理系という呼称で、考え方のクセを分けてみる。理系の人はまず定義を覚えてから計算を解く、文系の人はその定義の由縁とか謂れを問うのが得意。稲葉振一郎は学部時代に現代思想を読んでいて、学問的には労働研究に取り組んで、そこから政治哲学・倫理学へ行き着いた人。そういう風にいろいろ領域横断しているからだと思うけど、理系っぽい人と文系っぽい人、どっちの人がどういう説明をして欲しがってて、どういう観点が抜けがちになるのか、というのをわかっていて、そこを補って書いてくれている感じがする。
【暁】そう、自分が突っ込む前に著者が既に突っ込んでるから、隙がないなぁと思った。
【ひで】たしかにマンキューとか奥野でも定義・仮定は置くけど、なぜそうするのかについては分厚い説明は与えていない。というのも仮定をおいた上で計算をしてどういったことが言えるのかを説明するのが主だから。この本はそういった現代の経済学で置かれる仮定がなぜそう置かれているのかについてちゃんと説明してあったので、久しぶりにこういう説明に目を通すことになって勉強になった。
【江永】これ一応ピケティの便乗本なんですよね。もっと早く読みたかった。
【江永】この後に書かれた『新自由主義の妖怪』では新自由主義という用語の内実とか使われ方について経済思想史の観点から解説している。

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読書会の様子です

『不平等との闘い』

目次

■0 はじめに 18世紀のルソーから、21世紀へのピケティへと回帰してみる

ルソー『人間不平等起源論』/スミス『国富論

■1 スミスと古典派経済学

資本主義のもとでの不平等

■2 マルクス 労働力商品

「労働力」の発見/技術革新が失業者を生む?/原因は“資本蓄積”/技術革新の思想

■3 新古典派経済学

民主化の時代の成立/「誰もが資本家になりうる」可能性/「人的資本」という視点

■4 経済成長をいかに論じるか

新古典派はなぜ成長と分配問題への関心を低下させたか/技術革新と生産性との関係

■5 人的資本と労働市場の階層構造

労使関係の変容/「発展段階論」による歴史変化の説明/労働者間の格差は「人的資本」

■6 不平等ルネサンス(1)

はっきりしない「成長と分配」の理論

■7 不平等ルネサンス(2)

「生産と分配の理論」のモデルを考える/格差は温存されるか、平等化が実現するか

■8 不平等ルネサンス(3)

不平等は悪なのか?―ルソーとスミスの対決からピケティへ

■9 ピケティ『21世紀の資本

インフレを重視/「r〉g」は歴史的に常態

■10 ピケティからこころもち離れて

ピケティの論敵たち/論じていない格差問題

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朝食を食べながら話を始めました
*以下、各章ごとに振り返りつつ、意見交換していきます。

第0章 はじめに

【江永】政治哲学っぽい話をフワッとしている。
【暁】ルソーの導入みたいな感じですかね。
【ひで】ぼく啓蒙思想って全然わからないんですよ。啓蒙思想ってなんなんですか?
【江永】イメージとしては「人間には知性がある。知性があるから教育できる。教育でよい人間をつくろう」って感じ。高校の倫理とかでも、ロックは『人間は白紙で生まれる』と述べた、とか書いてありますよね、確か。適切な教育さえ得られれば、同じようによい方向になるはず。なので知識を集めて辞典を作ろう、という動きと一緒に出てくる。
【暁】そしてフランス革命の前ぐらいの、ホップズ、ロック、ルソーあたりが主張していた近代国家の成り立ち・有り様を説明する一連の思想群のことを、(政治分野における)啓蒙思想って言いますよね。
【江永】事典的な説明を調べるなら、スタンフォード大学がやってる、専門家が色んな専門用語について解説しているStanford Encycropedia of Phylosopyとかを読むのが一番いいのでは。
【江永】人間を含む自然というか世界は神が常時ワンオペで運用しているのではなくて、人間にもわかるルールに則ってオートに動いているのだ、という考え方をしてみる。そしたら、神の決めたルールなら変えようとしてはならないし変えられないはずだけど、そうでないものはルールのフリしたマナーじゃないですか。で、有害無益な迷信じみたマナーは変えましょう、というので、啓蒙する。
【暁】ちなみに悪名高いマルキ・ド・サドは実はこの近代啓蒙思想の流れから出てきてる人。今まで自明視されてきた神という権威から離れ、「自然」について考えてみよう、っていう文脈でああいう本を書いた。
【江永】「悪事は楽しい」を自然のルールに最初にぶっこんだら?みたいな感じ。

【ひで】成長か格差かという話がこの本の根幹なってるんですよね。
【江永】ルソーは不平等の起源を所有権制度の確立(それを支える国家権力の成立)に求めました、っていうことらしいけど。
【ひで】スミスは基本的に市場はええもんだよって言ってて、所有権制度とそれを基盤とする市場制度はたしかに不平等をもたらしているのは確かだけども、それによって貧困者の底上げもされているからいいよね、みたいな
【ひで】でも所有権制度が不平等の起源だ!って言って破壊したら、原始共産制になっちゃうよね。
【江永】ルソーはよりましな国家・よりましな社会契約について『社会契約論』で論じているらしい。
【暁】『社会契約論』では、有名な「一般意志」などの概念も出てくるのですが、この解釈については色々あり複雑なので今回は割愛しましょう。

第1章 スミスと古典派経済学

【ひで】スミスは生産要素市場を見出した。スミス以前は労働は個別具体的なものとして議論されていたが、それらを抽象化して議論を始めたのがえらい。
【江永】そういえば、稲葉振一郎の本を読んで初めて、経済学はパイの分け方を議論するだけではなくて、パイを大きくする方法を議論する学問でもあるのだなと意識しました。
【ひで】パイを大きくすることを議論する方法には2つあって、1つは生産に必要な生産要素の組み合わせを最適にすること、もう一つは動的な世界の中で技術革新を考慮に入れること。後者の技術革新については、まだ経済学の中でうまく取り入れられていない。

第2章 マルクス 労働力商品

【ひで】マルクスの新しさというのは何かというと、労働力商品というものを導入したことですね。土地とか肥料とかという生産要素と、労働力商品の違いをマルクスは説明した。マルクスは労働価値説と言って、基本的に価値の源泉は人間の労働だということにしたんです。

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図を書いて説明するひでシス
【ひで】マルクス的な価値観の労働組合の目的をザックリいうと「労働者の賃金を伸ばして、資本家の取り分を減らそうよ」というふうになってる。労働価値説で行くのなら、価値の源泉は労働なので、本で書かれていたような『投下肥料価値』みたいなのは考えることができないはず。こういう考え方は考え方は新古典派的だ。
【ひで】あと本で商品の価格について市場で決まるみたいな触れられ方をしていたけど、マルクスは商品の価格に関して、市場で決まるみたいなことは明確には言っていないはず。
【江永】経済学をやってる人から説明を受けると、この本が各理論を、どう組み合わせて首尾一貫した話にしてるのかというのがわかる。0章の啓蒙思想の話もうまいパッチワークなんだろうと思った。
【暁】自分の大学では、マルクスの経済理論にはあまり触れなかったけども、ここではマルクスを色物扱いせずに長所と短所、その先見性などをフラットに書いてくれていてよかった。基礎教養的に読める。

第3章 新古典派経済学

【江永】新古典派民主化に伴う福祉国家志向を背景に生じたが、古典派経済学に比べて分配の問題に関心が低かった、と。
【ひで】というのも、限界革命(収穫低減とか)が経済学の中であったことで、市場が効率的であればすべてが上手く行く、最大化が最適化であるというのが理論的に示せたため。
【江永】あとは著者曰くの注目ポイントとしては、マーシャルの人的資本というアイディアが入ってきたこと。労働者と資本家という区分が崩れた。
【ひで】労働者は資本家にもなれるんだよと。アイディア次第で、資本市場からお金を借りて、自分のアイディアを市場で試して資本家になることができる。たしかにこの考え方って革命以降・民主化以降っぽいですよね。マルクス以前の時代なんかは貴族階級なり資本家階級というのは固定されていたわけなので。
【江永】かつ、それによって格差もまた緩和されうるというようになったわけですね。
【暁】早く資本家になりてぇ…

第4章 経済成長をいかに論じるか

【ひで】たしかに、古典派とマルクスでは、いわゆる技術革新による経済成長というのは十分にモデル化されていなかったんですよね。マルクスでは技術革新のモデル化は若干やってたんだけど、技術革新によって労働力が節約できて、賃金が下がって、恐慌が起こる、みたいなことしか言ってなかった。
【ひで】古典派とマルクスが、資本家と労働者階級の質的な違いに焦点を当てていたのに対して、新古典派では資本家と労働者を特にわけずに個人の富の連続的な変化に焦点を当てている。
【江永】新古典派も技術革新については、いい感じにモデルに組み込むことができなかった。だから、途上国が先進国に追いつこうとするみたいな事例に代表される、技術が外から降ってくるイメージになる。
【江永】新古典派も、労働者が資本家になれるというアイディアを除けば、定常状態についてのイメージは古典派とそんなにかわらないっぽい。
【ひで】むしろ、理論的に資本家と労働者というのを区別なく個人として扱い、生産の最適化と分配の問題を全く別物として扱えるという定式化がなされたせいで、成長と分配問題への関心が低下した。収穫低減というアイディアで資本労働比率・労働生産性・生活水準が収斂するだろうという予想が出たことで、自由な市場は分配の平等かさえ達成するという考えが生まれた。
【暁】p94-p98あたりの総要素生産性と技術革新の話がよくわからったんですが。
【ひで】技術革新というのは、総要素生産性が前年度に比べて上がること。でも新古典派は未だになぜ技術革新が起こるのかについて有効なモデルを提示できていないということを言ってる。実証研究レベルでは教育投資が重要だよねみたいな話はあるけども、マクロモデルで教育投資と技術革新の関係性を組み込んでみんなが納得できるモデルはまだ提示できていないという状況かな。

第5章 人的資本と労働市場と階層構造

【ひで】第5章は、前半はなぜ労働者が資本家になることができるのか――つまり、誰でも金融市場でお金を借りて事業を起こすことができるというはなし、
【暁】後半は労働組合の話。
【江永】分配問題が階級問題から個人間の所得や富の分配問題へと移行した、と。
【暁】金融システムの発展によって問題の有り様が変わったという話ですね。
【ひで】後半の労働組合の話。マルクスのときの労働組合は、専門職のギルドみたいなのvs資本家の集まりという階級闘争的な側面を帯びていたが、
【暁】現代では企業労働組合になっているので、解雇された人は救えなくなってしまった。
【江永】労働の代替性がなくなってしまった。
【暁】すると労働者側の交渉力が低下しますよね。個人的にはすごくわかるなぁと思います。日本でブラック企業問題とか色々あるから労働組合への期待が高いはずなのに、むしろ加入率はすごく下がって、ますます労使交渉での存在感は低下している。で、ブラック企業は一向に良くならない…
【暁】個人的な体験を言うと、以前は労働組合は政治色が強くて敬遠していた。でもあるブラック企業を辞めるときに、みんな自分をボロ雑巾みたいにしか扱わなかったけど、労組の人だけは親身になって相談に乗ってくれたので、印象が変わった。雇い主と完全にこじれる前に相談すると、ブラック企業がアリバイ作りに置いてるだけの相談窓口よりも余程役に立つ場合もあるというのは、サバイバル技術として知っておくといいかも(余談ですが)。
【江永】マクロレベルでの分配問題への関心が低下すると、個々の企業内での分配に問題が押し込められてしまうわけで、むしろ逆に生産と分配は不可分だという話に逆戻りしてしまう。でもそれが大事だった、みたいな。

第6章 不平等ルネサンス(1) クズネッツ曲線以降

【ひで】クズネッツ曲線――つまり、経済発展の度合いが低い国では格差が大きく、ちょっと発展すると格差が縮小し、もっと発展すると格差がまた拡大してしまうという曲線が発見されて、なんでかな?という話になった。でもなぜかはっきりしない。
【ひで】不平等な国は発展せんのや!っていう人もいるし、経済発展には人々を平等にする力があるという人もいる。
【江永】今までの新古典派も、生産から分配へと結びついているという話をしていたけれども、分配から生産へという話に関しては、クズネッツ曲線をどう解釈するかという議論とともに関心が高まってきたみたいですね。
【ひで】ちなみにこれはひでシスの個人的な意見なんですけども、先進国になるとむしろ格差が広がるのは、労働に必要とされる技能が上がりすぎるからだと思っています。100年前はよくある糸巻きの仕事に就くにはちょっと頑張って仕事を覚えるだけで済んだのだけども、現代においてはプログラマになろうとお持ったらめっちゃ大変。そういう基礎的な仕事に対する要求水準の高まりが、キャッチアップできる人間とできない人間で格差を生み出している気がする。

第7章 不平等ルネサンス(2) 成長と格差のトイ・モデル

【江永】成長と分配の理論における定番のモデルとでもいうべきものが未だ確立していないので考えていきましょうという話。
【暁】数式はブログにアップするって書いてある。今どきな感じがしますね。
【江永】ブログも見なきゃいけないのかな。
【ひで】マクロ成長の理論の話に今から入っていくわけです。この話をするときによく使われる経済主体に対する仮定の方法が2つあって、1つ目がラムゼイ・モデル――つまり無限に長く生きるdinastyが生涯効用を最大化するように動くというのと、2つ目が世代重複モデル――短命な命を紡ぐ者たちが子孫に対して残す資産を最大化しようとするモデルです。この2つの経済主体を作ったモデルに試しに組み込んでみて、最近のマクロ成長モデルのベンチマークを取るという感じです。
【江永】今回はその2つのモデルを、資本市場が完全であるときと、欠如しているときの2パターンで見て、大別して4つの場合に分けているんですね。
【ひで】ぼくはマクロ成長についてわからないので、とりあえず結果だけ見てみましょうか。
【ひで】ラムゼイで資本主義が完全な場合は格差が維持されるけども、それ以外の場合は格差が縮小する傾向にある。ここに生産技術のスピルオーバーを仮定として加えると、どの場合も格差は縮小する傾向になる、ただ格差の縮小する速さと、経済成長率には差が出てきてしまう。
【ひで】資本市場が完全な場合は、格差が縮小するのも早いし、経済成長率は同じでも絶対的な資本量は高くなることになる。これは市場が完全なので当たり前の話なのだけど。
【ひで】かつ、初期状態において格差が大きければ大きいほど、格差が縮小するのにも時間がかかる(当たり前やろ!)。かつ格差縮小に時間がかかってしまうので、その間は経済効率的ではないため、最終的な経済成長率が同じになるとしても、絶対的な資本は格差が少なかったときのほうが大きいことになる。
TODO: 本の図を引用する
【ひで】この本の2つの図を見るときは、図1は最初のA・B・Cの資本が同じ点から出発していることに注目するとわかりやすい。同じ状態から出発しても、資本市場が完全化欠如しているかで、格差が収斂した後の資本の絶対量に差が出てくる。ただ経済成長率――線の傾きは変わらない。
【ひで】図2については、Bは同じだけどA・Cの開き具合が大きくなっているかどうかで最終的にどうなるかを見るとわかりやすい。経済成長率は同じになるけども、格差が縮小するまで資本は有効利用されないので、絶対的な資本量に差が出てきてしまう。
【暁】体感としてはまあそうだよねということだけど、モデル化すると逆にわかりにくくなりますね…

第8章 不平等ルネサンス(3) 資本市場の感性か、再分配か

【ひで】不平等をどうするか! 成り行きに任せるか、資本市場を整備するか、政府からの収奪を許すか。
【江永】政府による再分配についても、フローを再分配するのかストックを再分配するのかで2通りの方法があるらしい。
【ひで】現代的な政府ではフローで再分配してますよね。
【江永】本でも、ストックを一挙に再分配するのは、「あまりに革命的ですので、しばらく考察からは除外しましょう」って書いてある。
【江永】ZOZO TOWNの前澤社長が100万円配ったやつの時にも、やっぱり資本家が財産を再分配しても、恣意的にしか配らないことが明らかになった、だから資本家から金を取って適切に配る国という装置が必要だ、という主意のツイートが4桁ほどRTされててびっくりした。個人的にはみんなそんなヤバいことを考えているのかとビビった。
【ひで】でもこれって普通じゃないですか? 国ってそういうものだと思いますけど
【暁】私もひでシスさんに同意するけど、現実的には国家は適切に分配できていない。例えば生活保護なんかは不正需給よりも、本来需給した方が良いのに需給できてない人が圧倒的に多いとか。そして資本家から税金をたくさん取るとタックスヘイブンに逃げちゃうし。どこまで取ってどのように配るかは難しい課題ですよね。
【江永】これは杞憂かもしれないけど、なんか各所から「資本家を懲らしめてやる!」みたいな気配を感じていて、不穏だった。「今月はたくさん稼いだから今日はおごるわ」って言った人間が叩かれるのか?
【ひで】前澤のやったことは自由財産の処分でしかないからね。
【江永】「租税制度をちゃんと整備しよう」っていう方向性の議論とか、「もっと団体交渉やっていこう」という意識ならわかるのだけども、「やりたい放題やってるやつは叩いていい」だと良くないと思う。
【ひで】人的資本は資本市場に馴染むのか、っていう話がありますけども、馴染まないですよね。
【ひで】というのも大学入試に面接導入なんかは、お金持ちの子供が若いことから海外旅行に連れて行ってもらって豊かな経験をして面接でいいことを喋れるようになったやつが受かるようになるわけで、世の中が全体的にそういう方向に進んできている。
【暁】私みたいにコミュ力低くて記憶力だけが取り柄の人間が、逆転するチャンスがなくなっていっていますよね。
【江永】試験の方が面接より公正でしょという話か。
【暁】大学に超多額の寄付をしている人間の子供を、面接で「人間性」を理由に落とすことができるのかという話もある。
【暁】フランスの大学入試の話もTwitterに出てましたよね。「フランスを見習えよ」というのが、人文学不要論への対抗という形で出てきていたけども、結局ああいう試験を通るには、哲学的な素養を積むことができるような経済的ないしは教養的なバックグラウンドが必要になるわけで、階級の再生産になっているんじゃないか、という点も考慮したほうがいいという話になっていた。
【ひで】ほんとに人的資本はイコール資本になってるんよね。
【暁】この章では「企業がお金を出して留学させた人間が仕事辞めるのを止めることはできない」と書いているけど、一方で某省庁は税金で留学した人間がすぐに転職した場合、留学に対してかかったお金を返せよ、ってのをやっていますね。

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デザートの時間です
【ひで】再分配政策は政治的に選ばれるのかという話。
【ひで】ここで書かれている中位投票者理論によると、政治的に選ばれるはずとなっている。投票者の層として、資本家層と中位層と貧困層を考える。政党として資本家党と貧困党を考える。もし社会が少数の資本家に資産が集まっているという状況なのならば、中位層は相対的に貧困層に近いという状態になるので、中位層と貧困層が貧困党に投票して、再分配政策を行う党が当選するという話。
【暁】今の日本は格差拡大って言われているから、この理論だと民主党系などの貧困寄りの政党が当選するはずだけど、実際は資本家寄りの政党であるところの自民党が選ばれていますね。
【ひで】民主党が当選しないのは、前回政党を取ったときにむちゃくちゃやって、かつ自己批判もしなかったことに国民が懲りたからでしょ。
【暁】それと、本書では経済学的な側面から投票行動を規定しているけど、政治学の分野で見るともっと色々な投票行動論や政党論がある。例えば日本の政党政治は、世界でも特異なものとして分析されていたり。独裁でもないのに一党が政権与党を(たまに途切れつつも)こんなに長く続けるなんて、なかなかできることじゃあないよ、みたいな。はたまた自民党内の派閥が政党のような形で競争して「政権交代」しているという論もあったり…(以下略)。
【江永】高校の政経って単位数が少なくてみんな政治経済学的な知識が少ないのでは。だからなのか、学問的なものの代わりに通俗政治経済論みたいな価値観で生きちゃってる気がする。例えば歴史に関しても、歴史学の中で議論された話の代わりに、百田尚樹司馬遼太郎みたいな小説家に由来する歴史観がなんとなく広まっていると言われたりする。そういう話が、政治や経済についても言えるんじゃないか。
【江永】やる夫スレとか、なろう系小説を読んでいると、そんな風に思う。本当に通俗的だったり、商業は出版できなさそうだったりするような価値観も流布されている。
【暁】一方で中には修士以上出てるやろみたいな人間が書いた物語もあり、玉石混淆ですよね。
【江永】こういう状況は、明治期の啓蒙的な小説とかが読まれている頃と似ているのかも。

第9章 ピケティ『21世紀の資本

【江永】ピケティが不平等ルネサンスにおける実証研究の主導的存在になっているんですね。
【ひで】ピケティの『21世紀の資本』の4つのエッセンス。1つ目は「物的資本の分配問題に再度着眼したよ」。
【暁】政府統計から導き出したんですよね。でも日本政府の統計データってほんとに使えるんですかね…?(笑)
【ひで】ちょっといま統計データの信頼性が問題になってますからね。
【ひで】2つ目。「ちょっと前は格差が少なかった理由は、経済発展の段階が格差の少ない段階だったからという理由ではなくて、ケインズ福祉国家の政策が投票によって選ばれていたからという認識が周りの社会学者と合っている」ということ。で、最近格差が拡大してきているのは新自由的政策が行われているのが理由だということ。
【ひで】3つ目。「インフレーションの再分配効果への注目」。資本家の資産が目減りする。ほかにインフレが何が嬉しいかってわかります?
【江永】借金が目減りすること。インフレするとお金の価値が減るので、借金が実質的に減ることになる。
【ひで】あと消費や投資が刺激される。いま現金を持っている人は、どんどん価値が目減りしていくことがわかっているので、今使っちゃおうってなる。
【江永】4つ目。90年代のクズネッツ曲線に依拠した理論家に対して、実証研究により理論の見直しを迫る立場への転換。ようするに数理モデルとともにシンプルな成長の見通し・対応関係をつけることを断念している。
【ひで】4つ目は2つ目とも対応していますよね。成長モデルを描くことを断念していて、格差の問題は政治の問題だと言っている。
【江永】2つ目と3つ目も関連してるんじゃないですか?
【ひで】ケインズ福祉国家政策は不可避的にインフレーションを引き起こす、というのが1970年台のアメリカの頭痛の種だったので。でもピケティ的には、インフレーションは資本家の資産を目減りさせることで格差縮小にも効いていたと。

第10章 ピケティからこころもち離れて

【ひで】なんで『平等が望ましい』のか、って話をしなきゃいけないんですよね。
【江永】そもそも平等とは何かという話もしなきゃいけない。
【暁】ロールズは無知のベール――自分がどういう立場で生まれるかわからないという仮定をすると、人々はどういう社会を構築しますか?という話。自分は奴隷なんかになりたくないから、最低限の保証があるような社会制度をデザインするのではないかと。
【ひで】ロールズは自由の平等と基本財の分配。
【江永】ロールズはいい話に理屈をつけるために思考実験しているという印象。一方でセンは、いい話がそのまま利益に結びつくと説いているという印象。
【ひで】センは個人の潜在能力アプローチでしたっけ。
【暁】そうそう。センは開発を従来的な工業化の促進という意味だけでなく、自由をも促進し、みんなを物心ともに豊かにしていくより広い概念と定義している。自由は開発の目的であると同時に経済発展に欠かせない手段でもあると。
人が経済的に困窮する原因である潜在能力の欠乏を解消することで、そういう豊かな社会を実現するという感じ。まあ、開発独裁に対するカウンターパートみたいなイメージかな。
【江永】ピケティはロールズとかセンの「平等というのはいい言葉(として使おう)」という前提に乗っかって議論を進めているので、なんのための平等かというところの打ち出しが弱い、ってことなのか。それに対して、この本で紹介されているのだと、例えば功利主義のデレク・パーフィットは「重要なのは人々の間の平等よりも弱者の救済なのである」という優先主義を取っている。道徳哲学者で『ウンコな議論』の著者のハリー・フランクファートは、「ロールズ的な権利保証は平等主義というよりは最低限の水準保証なのではないか」という十分主義を取っている。
【江永】で、どういうことになるのか。えーと、稲葉さんが深読みするところによれば、ピケティの言いたい平等が、弱者救済なのか、公的な政治参加の機会の保証なのかちょっとブレている。そのせいで、資本家からごっそり取るより、中流から広く浅く集めた方がいいじゃん、っていう議論に対して反論できない問題がある、と。
【ひで】最後なんかまとめづらいですね。稲葉さんが書きたかったことをモロモロモロと詰め込んでいるという感じがある。
【暁】センやロールズの説明がかなり短いので、復習して振り返った方が良さそうな感じ。

おわりに

【ひで】う〜ん。最後に「平等化はある程度であれば、成長を犠牲にしてでも追求すべき目標である、しかしそれを説得的に論じきるだけの用意はまだ足りでいないのです」って書いてあるけど、わざわざそういう話をする必要ある? 普通の経済成長モデルを描けば、平等であれば経済成長する過程でもより資本配分が効率的になることが示されてるわけだし。
【暁】この本を読んで、とりあえずピケティを読まなきゃな〜って気になりましたね。
【江永】あの鈍器みたいな本をね。
【暁】この本はピケティの本の前座としてよかったのかもしれない。
【暁】わたし、こういう学部横断的な本って結構好きですね。自分の強いところにも、弱いところにも触れることができたし。
【江永】用語がちゃんぽんになっているわけでもなかったので読みやすかった。自分は用語ちゃんぽんしまくっちゃうので、反省。この本はホントは辞書や事典ともに読むのがいいのかもしれないですね。

【ひで】まぁでもこの本論がキレイで読みやすかったですね。勉強会向きというか。
【暁】勉強会向きですかこれ? エッセンスが凝縮されてるので、本の内容についていくのがメインで、他分野の人たちと読むことで本に対する理解は深まったけども、本の内容に立脚して自分の問題意識を論点にするような勉強会はやりにくかった気がしました。
【江永】さっきの二分法を持ち出して言えば、前者は理系の教科書の読み方、後者は文系の評論の仕方、って感じでしょうか。小説の批評、とか言うと、書かれ方の技術批評もあるけど、割と個々の問題意識を掘り下げるためにその小説をどう使ったのか、みたいな話になりもする。
【ひで】なるほど。ぼくは結構前者の読み方をしちゃってました。

こんな感じで毎月読書会をやっていこうと思っています。よろしくお願いします〜!

漫画『シェア・ユア・ライフ』のダウンロード販売を開始しました

こんにちは、ひでシスです。

コミティア122で『シェア・ユア・ライフ』を頒布しました。このダウンロード販売をboothとnoteで開始しました。300円です。

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表紙はこんな感じ。

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人間が生きるのに必要なものは実はすごく少ない。すべてを所有しようだなんて考えは傲慢でコストが高くついて非効率だから、すべてを分割して残りの分は他人とシェアして欲しい。そういう想いを伝えたくて、漫画を書きました。

 

OLの今風の生活を描いています。読んでいただいた方からは様々な意見を頂いています。

 

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お金で解決できることはお金で解決した方がいいのかも……。

 

 

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私たち労働者は「自分の時間を切り売りして」生活を送っています。なら、居住空間やプライベートも切り売りしていってもいいんじゃないでしょうか。

 

 

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ダウンロード場所について

どの場所でも300円です。

boothはこちら

zipとpdfで頒布しています。

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noteはこちら

スマホで読みやすいかも。

note.mu

note.mu

 

ではでは。

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阿部洋一『 #それはただの先輩のチンコ 』、あるいは切断されたペニスをめぐって

こんにちは。男根妄執者のひでシスです。

 

阿部洋一の『それはただの先輩のチンコ』が先日公開されました。男性からペニスを切り取っても再生するこのに気付いた女子たちが、例えば先輩のペニスを切り取ってペットにしてみたり、妄執的に様々なちんこを集めてバスタブ一杯に貯めてちんこに埋もれてみたりする話です。

webcomic.ohtabooks.com

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阿部洋一といえば、セーラー服を着た女子が顔を赤らめながら股間に生えた蛇口を「ガチャガチャ」と音を立てさせて公園の水道の蛇口と絡ませるシーンですとか、そういう男根を想像させる描写をよく使ってました。ぼくとしてはこの漫画を読んで「ついに来たか~~」という感じです。

 

切断されたペニスをめぐって

「ペニスの切断」と聞くと、最初に頭に浮かんでくるのは去勢不安ではないでしょうか。歯の付いたヴァギナとかのイメージです。ただ、阿部洋一の『それチン』については、エディプスコンプレックス的な去勢恐怖に着眼すると論点がぼやけてしまいます。

 

阿部洋一『それチン』で注目すべきは、「強い男性像」から「性的な男性の部分」を切断し、弱い(踏めば潰れてしまうような)性的なオブジェクトとして、性の主体となった女性の所有物とする、という構造でしょう。

性的に強いこと・力が強いことは古来から一体のイメージとして「強い男性像」として捉えられてきました。しかし相対主義と男女平等の進んだ現在においては、「男性の力強さ=性的な主体性」の等式は徐々に地位を失い、今やむしろ現実社会において弱い男性に対して自らを勇気づけるファンタジーとして供給されるのみという状況に落ちぶれています。では女性が性的な主体性を手に入れたとき、どのように描写されるのか?という話ですけど、内田春菊オードリー・ヘプバーン的な「自分の力で生活を営み、自分の人生段階に応じて最適な男性をパートナーとして乗り換える」だったり、もしくは「自分の身体に挿入される≒自分を支配するペニスを否定するために、ペニスを切り取って自分のものとする」だったりするのかなと思います。

 

『それチン』では第1話で帰巣しようとしているペニスを無理に引き留めてペットとして飼う描写に、女性の性的な主体性→性的な男性がオブジェクトとして扱われることの構造が見て取れます。そしてそのペニスは高熱を出して寝込む。阿部洋一の描くペニスは従来のペニスの熱くて鉄のように固いイメージと違い、柔らかく、小さく、弱いものです。性的な主体性に欠けた男性。女性の意思に翻弄される男性。

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第2話では、「男性のペニスを切り取ってペットとして扱うこと」が社会的に少しずつ流行している描写が出てきました。もはやそこに人間としての男性は存在しません。添い寝フレンドのその先の世界です。

 

私たちは今、労働時間を切り売りして、日銭を稼いでいます。これも切断です。AirBnBで、使っていない間 自分の部屋に他人を泊めてお金を稼ぐこと、これも切断です。思えば、人類の最初の労働は売春でした。私たちの時間を、居住空間を、性的な私を切断して他人に提供することは避けられない流れなのかもしれません。

 

さて。せっかくなので、ペニスの切断史というか、切断されたペニスの表現史について、ひでシスと一緒におさらいしましょう。

 

意思を持って這うペニス

榎本俊二『えの素』

www.amazon.co.jp

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意思を持って這うペニスといえば、まずえの素でしょう。『これチン』で描かれていた、切断されたペニスの帰巣本能の描写も出てきます。榎本は天才です。

 

てる『ちん兄ちゃん』

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[R-18] 【漫画】「【創作R18】ちん兄ちゃん」漫画/てる [pixiv]

商業ではないですし、かつ切断ではなく人間が陰茎に変身する話ですが。ペニスになった主人公がディルドとして使われて萎びてしまう描写に興奮しました。

 

切断されたペニス

現実の世界ではラスプーチンの巨根展示阿部定事件不倫弁護士陰茎切断事件などがありますが、フィクションだとどうでしょうか。

x51.org

阿部定事件 - Wikipedia

gendai.ismedia.jp

師走の翁『精装追男姐』

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ぼくの一押しはこれです。

かわいい男の子がちんぽをイジメっ娘たちに切断されてしまう話です。切断されたペニスの間隔が本人と繋がっているリンク型です。さまざまにペニスが使われていく中で、ペニスに経験値が蓄積され、それが持ち主の手元に戻った時に驚くべき進化をもたらす。みたいな話でした。

ストーリーライン的にはやはり男性にペニスが戻ることで男性が強力な(性的な)主体性を取り戻す、という感じなんですが、それはまぁエロ漫画なので仕方ないかもしれません。

 

はらだ『ポジ』

薬を飲むとちんちんが取れて、搾乳機に入れられて「止めてくれ〜〜」ってなる漫画が収録されてました。ペニスが本人から切断されてモノとして扱われる中で、ペニス自身の本人に対する他者性がどのように暴かれるのかと期待して読んだんですが、そういう描写は薄かったですね。

 

ワープするペニス。どこにでも出現するペニス。

切断描写がなくてペニスが生えてくる系だとこっちです。AVだと飛び出る生チ○ポが人気の○○シリーズが有名でしょう。

 

かるま龍狼『非日常性バイアス』

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非日常性バイアス (バンブーコミックス COLORFUL SELECT)

アイディア賞です。ぼくもこういう特殊能力があれば、仕事中にオフィスで机の上にペニスをいっぱい生やして、林を作りたいですね。

 

magifuro蒟蒻『ちんちんを踏む話。』

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www.pixiv.netいや~よかったですね。足で踏むのはモノ扱いの中でも上級といった感じですので。magifuro蒟蒻氏はわかってます。ただペニスを自由に取り外して持って行けないところが残念でした。ただ生えてるだけだと、キノコ採集みたいな自然現象っぽさが出てしまうので。

 

最後に

ちょっとだけ宣伝します。ひでシス『愛根妄執』は事情により絶版状態にあります。今読めるひでシスのペニス漫画だと『月3万6千円の部屋には陰茎が住んでいた。』とかでしょうか。かなり古いですが。ペニスをいっぱい飼育するペットショップの話かとかも書きたいと思ってます。

 

今度の11月23日(祝)東京コミティアにて新しい本を出します。

女性の肉体にはペニスが存在しません。でもペニスの持っていない女性が性的な主体性を持ったら……。ネックレスやストッキングの線で分割されたその身体に、去勢されたペニスが現れることになります。私たちの時間を、居住空間を、性的な私を切断して他人に提供することは避けられない流れとなった世の中で、どのような生存戦略をとるのかが今 問われています。

 11月23日(祝)東京コミティア、スペースは「く28b」です。是非遊びに来てください。

 

 

動物園とストリップとセックスできる猫

今週末に上野動物園に動物を見に行って、それからストリップ劇場に人間を見に行った。その話。

https://twitter.com/hidesys/status/916472579895857152

 

友達が関西から来ていたので一緒に遊びに行った。

https://twitter.com/hidesys/status/916472579895857152

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上野動物園は東京都が補助金を出しているみたいで、入園料が600円と非常に安い(ただ、天王寺動物園は500円だけど)。年間パスは2400円だ(天王寺動物園なら2000円)。1シーズンに1回来たら元が取れる計算だ。

 

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まず初めに目に入ってきたのは、パンダの檻をの周りに群がる人間だった。パンダはやはり人気があるらしい。

パンダを単体で見て、「そんなにかわいいか? 世間の評価に騙されていないか?」と思う。お尻の毛だって土で汚れて薄茶色になってる。関西では和歌山みたいな田舎ですら見れるパンダを関東の人間は嬉しがって見ている。でもWWFロゴマークもパンダだし、パンダを可愛いと思うのは世界共通の発想なのかもしれない。

 

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パンダの近くには鳥の展示スペースがあった。タカとトンビは身体の大きさが違うだけで同じ種らしい。

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鳥は脳みそが大きくなくて、餌や光や音に反応して動くので、よくできた自動人形に思える。私は実家で犬を飼っていたんだけど、彼女は賢かった。家族内の人間関係を理解していたし、私たちが彼女にした指示もちゃんとわかっていた。哺乳類は脳みそが大きいので、知性がある。

 

奥へ進むとライオンの展示スペースだ。右側の窓からはライオンが見えなくて、友人に「人の集まっているあの別の窓のところへ行こう」と言われたんだけど、「ライオンをこうやって見に行くことでこれからの人生に何かしらプラスがあんのか?」と軽口を叩いた。

左側の窓を覗き込むと、ライオンが1匹だけ、放育場の真ん中に張り合いの無い顔をして座っていた。ここは外敵の心配がないし(百獣の王なんだからサバンナでも外敵の存在はないか)、餌の心配もないし、日々やることが無くて暇なんだと思う。

奥へ進むと、またかなり広いスペースにゴリラがいた。おっさん座りをして、暇そうに膝に付いた藁指でつまんでは取り除いている。それ以外に何もすることがないのだろう、彼らが閉じ込められている動物園という場所は衣食住が保障された空間なので。

 

私がゴリラのように動物園に入れられて衣食住を保証されたら……、難しい哲学の本とかを読んで日々を過ごすと思う。メガネをかけて、ポニーテールにして、勉強机に座って机の上に積まれた本に挑む。昔の動物園では黒人や原住民を展示していたと聞く。あの人たちはどうやって暇をつぶしていたんだろうか。

というか、そもそもゴリラに「暇」を理解する知性はあるんだろうか。お腹が空いた、腰が痛いなどの不快の概念は、互いに別のものとして理解されているんだろうか。私たちには言葉があるから概念を分けて理解し、操ることができる。でもゴリラは……。

とか友達に話していたら、「ゴリラは喉の構造的に複雑な言葉を発することができないけども、歌を歌うような動物はある程度様々な概念を脳の中で操っているって何かで読んだことがある」と言っていた。 f:id:hidesys:20171007131241j:plain

 

ゴリラの檻を通過すると、広い憩いの場のスペースに出る。歩き疲れたのでベンチに座って少し休憩をする。足元をハトが歩いていた。

ゴリラなんて十分賢いのだから、ジャングルなんて言わずも東京のコンクリートジャングルの中でも生活していけそうな気がする。ハトは都市ならどこの公園へ行っても見ることができる。カラスは完全に都市に適応して野生になっている。ドブネズミだってそうだ(この前新宿ですごく大きいドブネズミが道を走っているのを見た)。インドでは野生の牛が汚い繁華街に住んでいて、ゴミを漁って暮らしている。

 

動物と人間の関係には様々な姿がある。

人間の移住区域外でありのままの姿で生活をする(そかしそれは意図的に設定された自然保護区なのかもしれないが)、農村や都市など人間が人間の為に環境を改変した空間で人間に管理されずに野生として暮らす、人間の経済的利益のために全生活を統制された家畜になる、愛玩の対象としてペットになる、半ば研究・半ば興行のために動物園や水族館で飼われる、医療の発展のために実験動物になる……。

もちろんこれらの関係はスパッと明確に切断される違いがあるのではなく、例えばロシアのシベリアで放牧されているトナカイたちの群れは野生の群れと混じり合っていて個体が行き来していたりする。

 

人間と人間の関係はどうだろうか。

人間は社会的動物というだけあって、社会に包摂されている。動物園のゴリラは衣食住の心配をする必要がないが、私たちは衣食住を得るために半ば強制的に労働に従事させられている。これが資本主義のシステムというものだ。食を得るために労働に従事させられている存在といえば、水族館で芸を仕込まれているイルカもそうである。

 

www.pixiv.netそういえば状態変化界隈でOPQというペンネームで活動している人が居るのだけど、その人の最新のショートストーリーがそんな話だった。寂れた水族館で働いていた女性が、客寄せのために人魚になる手術を受けるように懇願される。人魚になるとエラを付けた関係で言葉を喋れなくなってしまう。最初は従業員たちも自分が元人間であることを認識していてくれるのだが、スタッフが変わっていくなかで引継ぎが上手くされず、いつの間にか自分が人間であったことが忘れ去られてしまう。餌も人間等の定食ではなく生魚になってしまい、イルカと同じように芸を仕込まれてしまう……。といったストーリーだった。性的にすごく興奮した。

この話でもキーになるのは「言語」である。

 

私の住処には少し部屋にスペースが余っている。ここにペットを飼うことができるだろう。中学生の頃は金魚をペットとして飼っていた。でもペットを飼うのなら、犬のようにどうせなら知性があって人間の言葉が分かる方がいい。ハムスターは人間の言葉を理解できない。一番人間に近くて心情もよく理解できるのは人間だ。でも人間を飼ったら食費が大変そうだ。配合飼料でどうにかならないかな? 食べなかったらご飯抜き。動物園のイルカみたいにちゃんとしつければ、人間でも配合飼料で飼うことができるかもしれない。人間の言葉を理解して、セックスのできる猫。

 

芸が仕込まれた人間。ということで、上野動物園を見終わった後は近くの浅草にストリップ劇場を観に行くことにした。イルカと同じで、衣食住の為に芸を仕込まれている。

 

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そうして私たちは上野駅から銀座線に乗り、浅草のロック座に来た。日本一のストリップ劇場らしい。バックダンサーがいたりしてすごいとのこと。大人は1人5000円(カップルだと8000円)だ。

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席数は150席ぐらい。大阪の東洋ショーや京都の東寺よりも広くて大きくて、舞台の段も高かい。

 

今回は「1001 nights」がテーマとのことで、全体的にアラビアンナイト風の劇となっていた。私はアラビアンナイト風の衣装が好きなんだけど、テーマのわりにあんまりそういう衣装は出てこなかったので少し残念。

始めの演出は本当に綺麗だった。影絵みたいな感じで女性が奥手踊りながら脱いでいく姿がスクリーンに映されていて、時折手や足などをスクリーンの隙間からこちらに出して手招きをしたりする。それ以降の踊りは、東洋ショーのものとあまり変わりがなかった。

 

女性が舞台から出てきて花道を通り、舞台真ん中の円形のステージ(ベッドと呼ばれる)に横たわる。ゆっくりと踊りながら衣装を脱いでいく。でも足や胸に巻いたネックレスは外さない。

ストリップを観るといつも思うことがある。こういう性的な裸体というのは、強いライトで照らされていて毛穴が無くてツルツルで、ネックレスで分割線が作られていて、まるでマネキンのようだ。数多の視線が女優を包み込む。数多の期待を込めた視線に照らされた彼女は、自分で自分の性感を高めるようなやり方で肉体をほめたたえる。女性の身体の動きがスピードを落とすほどエロティックになっていく。まるで無重力空間に肌色の性的なオブジェクトがゆっくりと浮かんでいるようだった。ここに現実のセックスは存在しない。

 

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ストリップで踊っているのは20-30代ぐらいの女性だ。顔立ちもSKE48ぐらいからモー娘。ぐらいの感じの人たちで、わりとレベルが高かった。

ストリップを観に来ているのは30代がちらほらで50代~が主要層という感じだった。大阪や京都だと60代とか70代とかの、パソコンが分からなくてエッチな動画を見ることができなさそうなおじいさんが多かったんだけど、東京はまだ活気があって客側の年齢層も若い。

女優と観客の関係だけど、大阪や京都のストリップでは手拍子もしっかりやったり拍手も盛大だったり、衣装にお金をねじ込む時間があったり、ボール(物理)をお客さんと女優で投げ合ったりすることがあったり、あとオープンタイムといって女優と一緒に写真を撮ってもらえる時間もあったりして客と女優の間隔が近いと思う。ロック座は、その舞台や花道の段が関西のストリップに比べて高いことに象徴されているように、あまり近しい感じではなかった。まぁでもこれぐらいがアイドルと客の距離なのかもしれない。関西のストリップの方が幾分地下アイドルに近い。

 

お客さんは何を見にストリップに来ているんだろうか。もしそれが「女性の裸」でしかないのなら、女優側は苦痛だと思う。まるで動物園で檻に入れられた動物を、人間がマジマジと観察する関係のようだ。誰だって私のありのままを客体として切り離した上で消費されるのは気分の良いものではない。なのでストリップはダンスを取り入れることで、演技を見せている私・ダンスを見に来た俺たちといった関係性の幻想を作り出すことにした。観客は女性の裸を見に来ているのではなく、ドキドキやワクワクを楽しむために来ている。

 

衣食住のために芸を強いられているという意味では、イルカも私たちも変わりがない。この前、上司の前で上司の判断を「たしかにこうやった方が○○が△△になって、よいですね」と答えたら、「西柿さん、そんなにサラリーマンしなくていいんだよ」って言われた。

ディズニーのダンボのように、サーカスで訓練される中でプロ意識を持って、スターになるのが正解なんだろうか。ダンボが空を飛べたのは生まれつき耳が大きいという生得的な要素によるものだった。ナルトでも結局 天才であることが大切だと説いていた。ダンボのように耳が大きくない私たちはベッドの上で服を脱いで裸体を見せつけることしかまだ知らない。私たちはセックスできる猫として生きる方が楽なのだろうか。カラスから「この魔法の羽を持っていれば空を飛べる」という暗示を掛けられたところで、飛ぶことができるのだろうか。

 

#railsgirlskyoto 7thでコーチをしてみたら良かったお話

こんにちは。ひでシスです。2017年3月10日-11日に、Rails Girlsというプログラミング初心者向けのRuby on Rails勉強会にコーチとして参加してきました。

railsgirls.com
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ぼくはこういったオープンソース界隈の活動・イベントに参加するのは初めてです。初めてだったのでドキドキしながら参加してみたら、思ったよりも楽しくて、得るものも大きかったです。

この記事が執筆された時点で、今回のRails Girlsについて

書いていらっしゃいます。
この記事では、ぼくはジェンダー視点と参加者との交流に軸足を置いて個人的な感想を述べたいと思います。

イベントの概要

アファーマティブアクション

Rails Girlsは名前の通り参加者に女性を主眼として置いています。「なんで参加者を女性とする必要があるんだろう……」と思って調べてみたら、アファーマティブアクションの一つであるみたいです。

アファーマティブアクションとは、弱者集団(たとえば民族、人種、出自による差別、性別により不利益を被ったと思われる集団)の不利な現状を歴史的経緯や社会環境を考慮した上で是正するための改善措置を取るという考え方のことです。単に女性だからという理由だけで女性を「優遇」するためのものではなく、これまでの慣行や固定的な性別の役割分担意識などが原因で、女性は男性よりも能力を発揮しにくい環境に置かれている場合に、こうした状況を「是正」するための取組です(出典:Rails Girls)。

簡単に言うと以下の通りです。資本主義が進んでいく中で労働者の再生産(つまり家事労働+出産・育児)はコストが大きかったが故に十分に市場化されることはなく、家に幽閉された女性に押し付けられ不払い労働として搾取されるという構造がありました。こういった歴史的経緯の上にある「女性のIT技術者が少ない」という現状を積極的に是正していくために「女性を主眼として」プログラミングの勉強会をするわけです。

写真を見てもらうとわかるのですが、肉体的な性に関しては、コーチは全て男性、参加者は全員女性でした。オーガナイザーのにゃんこさん(id:nyanco15)も言及していたのですが「IT技術者に女性が少ないという現状がある」とのことです。

ぼくの意見としては、男性が女性に物事を教えるという構造の再生産を避けるために、できればコーチにも女性が居ればよかったんですが……。オーガナイザーの方が女性だったのでそこについてはある程度はクリアという感じではないでしょうか。できるだけそういった感じにならないように配慮はしたつもりです。つまりキャバクラ的な意味合いの「わからな~い」「えー! すごいですねっ」といった発言が発されるような空気ではなく、各人の好奇心と学習を尊重した場作りが為されるようにしたつもりです。
教材に沿って開発を進めますので、わからないところは何でも聞いてくださいという感じですね。

進行

3/10(金)に18:30から参加者のPCに開発環境を用意するインストレーションが行われました。10(土)は10:30からワークショップが開始されました。開発は休憩を挟みつつという感じです。16:30にいったん終了して、懇親会をしました。
参加者:コーチの比率は1:1で、かなりやりやすかったです。大学の情報系の学部でTAの割合が他学部に対して非常に高いという話があるんですが、やはりプログラミング的な話は講義形式よりも懇切丁寧に教える方が理解が早いなぁと思いました。

教材

正直、プログラミング初心者に1日でかっちょよくて実用的なWebアプリを作ってもらうのは無理です。
ぼくは、Rails自体の勉強会は5・4年前にKMCで行ったり、今年も1か月でWebサービスを作る勉強会を行っていたりしました。ここらの勉強会では1回当たり90分で8~15回程度勉強会を行っていたので、サイズ感が違います。

ぼくのチームは、とりあえず作ったWebアプリがHerokuで動くことを目標として進めました。

オフィシャルでかなりいい教材が提供されています。とりあえずインストラクションに従っていればそれっぽいものができるようなガイドですね。
http://railsgirls.jp/railsgirls.jp
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ただ、技術的内容については書いていないので、コーチが説明する必要があります(自学自習には向いていません)。よって、よく理解するにはコーチと参加者のコラボが必要です。

RailsからGemからbundlerからGitまで、各トピックを説明しようとしたら無限に詳しく説明できてしまうので、匙加減に気を付けました。魚の獲り方をもっとよく伝授したかったんですが、時間が限られていて厳しかった部分もあります。ぼくが担当した参加者のmuttanさんは、最初のbundlerのところからかなり詳しく質問されて、好奇心と理解しようという姿勢がよく感じられたので、すごくやりやすかったです。

成果

とりあえずHerokuで動かすことができました。「おめでとうございます!」とくす玉も割りました。よかったですね。
あと最初のRubyRails周りの概念的な話はかなり詳しくできたので、自学自習するための基本的な知識は身に付けていただけたかなぁと。

ぼくも初めての方に上手く説明するという経験をさせていただいて練習になりました。

交流

懇親会

16:30から懇親会が行われました。プログラマーなのでピザを食べます。
写真を探したんですが、みんな疲れていた+達成感の中にあった+ピザのいい匂いが漂う中でずっと我慢していたせいか、あんまり写真がありません。代わりにおやつタイムの写真を載せます。

下記に、懇親会で聞けた色々な話を書きます。

オーガナイジング

イベントの開催経緯や開催方法をid:nyanco15さんやid:Pasta-Kさんに聞きました。なるほど~という感じですね。こういったイベント開催経験者に会って話を聞くことってほとんどないので、貴重な体験です。やはり人脈がモノを言います。

会社外の人との接点

就職したら会社外の人と交流する機会がなかなかないということなんですが、今回のイベントは様々な人と話せてめちゃくちゃよかったです。ぼくは4月から東京なんですが、できればこういったイベントに顔を出せればと思いました。

企業・Web業界の雰囲気

今回スポンサーになっていただいた各企業、すなわちnota inc.(Gyazoの開発元でひでシスの元バイト先)、Hatena、Happy Elementsなどの社員さんといろいろ話をしました。あと転職をどんどんやっていくWeb業界の雰囲気とかですね。SIer・SE業界とWeb業界は雰囲気が違うんですが、参加者の方にもそこら辺の事情を少し知っていただけたかなぁと。

フリーランス

企業の社員として企画などに関わりたいか、フリーランスエンジニアとしてプログラミングの傭兵でありたいかとかいう話です。あと不安定な収入と上手くやっていけるか、自分で営業を掛けられるか、人脈から仕事を貰えるかとかそういう話です。なるほど~~~~~。本当になるほどという感じです。ぼくには社員の方が合ってますね。

最後に

今回コーチになることを誘ってくれたid:Pasta-Kくんには感謝しきりです。本当に良い機会でした。にゃんこさんも、あと他の参加者・コーチの方もお疲れ様でした。はじめはビビっていたんですが、思ったよりも楽しくて、得るものも大きかったです。参加者の人にも楽しんでいただけましたかね。

また他のOSS系のイベントにも参加してみたいな~と思いました。みなさんもこういった活動に興味のある人は試しに友達と一緒に参加してみると楽しいかもしれませんよ! どうもありがとうございました。