私の知っている優秀な営業マネジャーは,営業日報を添削して営業マン本人に返します。営業マンには「日報に書くことが無い時は,お客様のネクタイの柄や,何回自分の目を見たかでも良いから書け」と言います。日報からは,営業マンの嘘や本音や悩みを見抜きます。

 ある営業の大先輩と同道したことがありますが,お客様との面談での緊張感,目線,話の受け方,流し方,重要なことを話し出す切り口やキッカケ…,全てが勉強になりました。SEの頭と営業の頭は全く違います。

 「商品ではなく人間を売る」の真意は,お客様への観察力や気配り,コーチング,ラポール(お客様との共感による信頼関係)の形成です。優秀な営業マンは世間話の中で巧妙にシグナリング(意図的に相手にシグナルを送り,それにより自分の立場をより好ましくする戦略的行動)を展開し,相手の心理をつかんでいきます。そこらが,営業の最大スキルです。

 でも,組織の法則(?)は,以前にも説明したように「2:6:2(優秀な人が2割,普通の人が6割,役立たずが2割)」です。優秀な営業はやっぱり2割です。ですから,営業プロセスを機能別に分解し,科学的に再構築しなければなりません。2割しかいない優秀な営業に,なんでもかんでもやらせるのは全くムダです。そこらを組織として見直す必要があります。ローコストの人間でもできることやバックヤードでできることは,優秀な営業マンの担当業務からドシドシ外す。つまり組織営業です。

 マーケティングとは,体系化された市場攻略の戦略です。お客様の事業やニーズ,起り得るケースを網羅的に深く考えることです。営業はマーケティングに包含される部分です。それを理解し,実践している企業は意外と多くありません。

成熟市場への変化で濃密営業は続けられなくなった

 トヨタの強さはJIT(ジャスト・イン・タイム)やカンバン方式に代表される,高い生産能力です。この高い生産能力で吐き出される商品(車)をガンガン売る部隊が,自動車ディーラーでした。高度成長時代は大量生産・大量販売,いわゆる松下幸之助さんの水道方式が主流です。水道方式は,日本が豊かになるための宗教のようでした。

 営業マンは需要の創造者です。欲しくないものを,粘りで売ります。新規アポなんてあり得ませんから,飛び込みです。水をかけられたり名刺を破られたり犬に吠えられたり…,まさに営業道です。SE道なんて,はるかに凌(しの)ぎます。

 でも,豊かになりモノが溢れれば,訪問販売や濃密な人間関係を,お客様は受け入れません。成熟市場における顧客や環境の変化を考えると,高い営業コストで需要を無理矢理創造するという濃密営業を今後も続けて行くのは至難です。

 車の情報も,インターネットからカタログ情報だけでなく,ユーザー視点の本音情報もふんだんに取得できるようになりつつあります。試乗できるぐらいが,ディーラーの優位です。とは言っても,試乗したい車種グレードがディーラーにいつもあるわけではありません。米国ではレンタカー会社が,購入検討中のユーザーに向けた試乗サービスを始めつつあるようです。自動車ディーラーの生き残り策は何なのでしょうか?

 顧客との濃密なリレーションは自動車ディーラーの財産(正確に言うと営業マンの財産)です。トヨタもディーラーのルートで色々な商品を流通させようとしました。しかし,成功したのはやはり車だけです。深い人間関係といっても,いたって脆弱なんです。

 そんなディーラーの生きる道は,販売代理店から購買代理店になることです。コンシューマ・エージェントです。ユーザー視点に立脚した購買代理店です。しかし,日本の自動車販売は,多くの業種でサプライヤーから顧客にヘゲモニーが移るこの時代に,全く転換できていません。全業種を見渡しても,全く希有なことです。

 安売りを得意とする大規模電器店の出現により,松下電器産業が誇る水道方式の特約店網「ナショナルショップ」はほとんど壊滅しました。今の自動車ディーラーは顧客志向の購買代理店になれるでしょうか? 彼らはメーカーの販売下請業という位置に長年甘んじてきました。経営力やお客様視点なんて醸成されていません。このままでは,全国の販売店パワーはドンドン小さくなり,結果として,自動車業界では「顧客にヘゲモニーが移る」どころかメーカーの覇権がさらに進んでいくでしょう。

徒弟制度で伝えるコミュニケーション力は模倣困難な競争優位

 国内の自動車市場は成熟(衰退)市場に縮小していきます。しかし,ボストン・コンサルティング・グループのPPM(Product Portfolio Management)という手法でも説明されているとおり,成熟市場でのシェアアップは金のなる木です。縮小市場での少しの差別優位が市場ではテコの原理として働き,頭一つ抜け出せます。

 話を戻しましょう。需要創造型の夜討ち朝駆けの伝説的営業は,自動車業界に限らず少なくなりました。しかし,お客様の琴線に触れる,すり合わせ型営業の暗黙的ノウハウは,どんなにCRM(顧客情報システム)やSFA(営業支援システム)が導入されても,あるいは組織営業や科学的営業になっても,色あせることはありません。

 営業力はコミュニケーション力でもあります。偶有性に満ちた人間に関わるスキルは,マニュアルで伝えられるものではありません。ネットの時代は,逆にフェイス・ツー・フェイスの全人格的コミュニケーションが与える影響力が倍加します。全ての職種で必要です。徒弟制度でなくては伝承できないことこそが,摸倣困難な競争優位になります。