あなたはITソリューションの営業担当者。突然、上司から「明日からは商材(パンフレットなど)を客先に持っていってはならない」と命令されたとする。あなたはどう思うだろうか。「この人、頭がおかしくなったのとちゃうか」「売るのをやめろってこと」「営業せずに済むぞ、バンザイ!」。まあ反応はいろいろだろうが、その真意は分からない。実は、これがトップ営業への道、本物のソリューション提案への道だったりする。

 吉岡英幸さんというファシリテーターが自身の連載コラムで『空っぽの営業カバン』という話を書いていたが、その話がまさにこれ。この人が求人広告の営業マンをしていた時の話で、ITソリューション営業と直接は関係ないが、抜群に面白い。なんでも、売れない営業マンだったこの人、ある日上司に「オマエのヒアリングは売ることしか考えていない」とダメ出しされ、営業カバンから商品パンフなど営業資料をすべて抜き取られてしまったのだという。

 売るという重圧のなくなったこの人は開き直って、顧客である地方企業の社長の話を聞くことに集中する。社長の苦労話はとても面白く、好奇心全開でのめり込むように聞いたそうだ。そうすると相手も喜び、肝心の求人広告も面白いように採れるようになった・・・そんな話だ。詳しくはオリジナルを読んでいただければよいが、要は、「聞く」ことが顧客とのリレーションを作り、人材確保の面などの課題が見えるようになり、求人広告というソリューションの提供につながったというわけだ。

 実はこれと似た話を以前、中堅のITサービス会社の社長から聞いたことがある。古いブログに書いた話だが、改めて要約して紹介すると次のようになる。以前は販社だったこの会社、SIerに事業モデルを転換するべく様々な施策を打つが、肝心の営業担当者の意識改革はなかなか進まない。ソリューション提案と称しても、顧客の課題も聞かず、ひたすら自社のことや製品の話をするので顧客から相手にされない。そこで、業を煮やした社長は「商材を客先に持って行くな」と命令する。

 パンフレットやカタログなんかを持って行くと、営業はその商品の話をしたくなる。だから営業担当者から売るモノを取り上げ、「まず客とディスカッションして、客の課題や要望を持ち帰る」ことを徹底させたという。こうした取り組みは、営業現場でどれだけ徹底できたのかは定かではないが、少なくとも営業担当者がソリューション営業を身に付ける契機となったようだ。

 さてもう一つ、似たような話。これはシステムコンサルタントに聞いた話だが、勘違いコンサルタントの典型例はひたすら顧客に対して語って聞かせる人だそうだ。「自分の知見を一所懸命に相手に示し、尊敬を得てプロジェクトを進めるのが、コンサルタントの仕事だ」と勘違いしているとのこと。しかし、これでは全くの逆効果で、満足いくコンサルテーションなど出来ないと話していた。

 コンサルでも一番大事なのは、やはり「聞く」ことだという。経営トップやCIOクラスになると、課題について認識しているか、少なくとも言葉にできないだけで気付いてはいる。だから聞き役に徹して、「それは、こういうことですね」と的確な言葉で課題を定義してあげることが重要なのだという。そうすると顧客は「こいつは出来る奴だ」と評価し、コンサルタントからは何も言っていないのに「今日は良い話が聞けた。これからもご支援をお願いしたい」ということになるとのことだ。

 というわけなので、ソリューション提案、あるいはソリューション営業の真髄は「聞く」ことになりそうだ。考えてみれば、「聞く」ことの重要性は、日常のすべてに当てはまることだろう。だが、本当の意味で「聞く」ことは、恐ろしく難しい。身近な例では、部下や後輩から相談されたのに、相手の話をろくすっぽ聞かず説教モードになっている人がいかに多いことか。これでは、相談した方は「こいつには絶対相談しない」と心の中で思っていることだろう。

 売りたいモノがあるソリューション営業では、顧客の話を聞くことはなおさら難しい。だから、以前に比べ目を血走らせて“モノ売り”に走り回らなくて済む今の機会をとらえて、「商材を客先に持っていかないプラクティス」にチャレンジしてみてはいかがだろうか。うまくいけば、仕事以外でもプラスになる。ただ何度も書いたが、リレーションのできていない初対面の客に「なにかお悩みのことはありませんか」と聞くのは下の下なので、ご注意を。