矢沢 久雄 グレープシティ アドバイザリースタッフ

 皆さんは,コンピュータがIC(Integrated Circuit,集積回路)と呼ぶ部品から構成されていることをご存知でしょう。主要な部品であるプロセサ,メモリー,I/Oなどの高機能なICは,LSI(Large Scale IC,大規模集積回路)とも呼ばれます。ただし,LSIだけがコンピュータの構成要素ではありません。AND演算やOR演算などを行うだけの小さなICもあります。このようなICは,機能が単純なことから「じゃり石」と俗称されることがあります。ICの内部で使われている半導体の材質が石の一種だから「石」なのです。じゃり(砂利)とは,「ちっぽけな」という意味です。

 20数年前にパソコンが登場したばかりの頃は,その内部に数十個~数百個のじゃり石が使われていました。現在では,複数のじゃり石が1つのLSIの中に集積されているので,パソコンの内部にあるのは,わずか数個のLSIだけです。つまり,じゃり石の機能はブラック・ボックス化されてしまったわけです。そのため,アンプやスピーカーなどをつなぐだけでオーディオ・システムを組み立てられるのと同様に,LSIをつなぐだけで簡単にコンピュータ・システムを作れるようになりました。思えば便利な時代になったわけですが,誰でも一度はブラック・ボックスの中を見てみたいと思うでしょう。

 この連載では,じゃり石の機能に目を向けてみます。大きなLSIの中に集積されてしまったとはいえ,小さなじゃり石が持つ基本的な機能を組み合せてコンピュータが動作していることは事実だからです。じゃり石の機能を知れば,コンピュータの動作原理をより深く理解できます。コンピュータにますます愛着がわき,楽しい気分になれるでしょう。

 できるだけ短く簡単に説明させていただきます。決して難しい話はしませんので,どうぞ軽い気持でお読みください。連載の第1回となる今回は,回路図で使われる記号の説明をしてから,最も基本的なじゃり石であるAND回路,OR回路,XOR回路,NOT回路を紹介します。

●まず回路図の記号を覚えよう

 電子回路の設計図を「回路図」と呼びます。回路図では,様々な部品を図記号で表し,それらを結ぶケーブル(電線)を直線で表します。この連載の中で使われる図記号を表1に示しておきますので,ざっと目を通しておいてください。スナップ・スイッチやプッシュ・スイッチは,情報(1または0のデジタル・データ)の入力に使われます。LED(Light Emitting Diode,発光ダイオード)は,情報の出力を点灯の有無で確認するために使われます。入力された情報を演算し,その結果を出力するのがICの役割です。

表1●回路図で使われる主な図記号

図記号部品名用途
直流電源ICに電源を供給する
ケーブル部品を電気的につなぐ
IC様々な機能を提供する
抵抗電流を制限する
LED情報の出力に応じて点灯する
スナップ・スイッチ情報を入力する
プッシュ・スイッチ情報を入力する

図1●ケーブルの交点の表し方
図2●ICのピン番号の数え方
 回路図でケーブルが交差している場合には,その交点に小さな黒丸(●)があれば接続されていて,黒丸がなければ接続されていません(図1[拡大表示])。

 ICには複数のピンがあり,1番からはじまる番号が付いています。ICのボディーには,半円形の切り欠きなどで印が付いていて,これが左側になるようにICを置き,左下のピンから反時計回りでピン番号を数えます(図2[拡大表示])。

 個々のICには,電源(+5Vと0V)を接続する必要がありますが,それを回路図に示すと複雑になってしまうので,省略するのが一般的です。この連載の中でも電源を省略することがあります。

●AND回路,OR回路,XOR回路,NOT回路

 コンピュータは,「情報の入力」「情報の演算」「情報の出力」という3種類の動作を行う機械です。情報の演算の基本となるのは,「論理演算(ろんりえんざん)」であり,AND演算(論理積),OR演算(論理和),XOR演算(排他的論理和),NOT演算(論理否定)の4種類の演算があります(論理演算については,こちらの連載をご覧ください)。個々の演算を行うために専用のICがあります。

 東京の秋葉原や大阪の日本橋などの電気街に行けば,ICを購入できます。ICには,機能を表す型番が付けられています。74シリーズと呼ばれるICの型番を表2に示しておきます。同じ型番のICが複数のメーカーから市販されていることがありますが,型番が同じなら機能は同じです。一つのICの中には,同じ論理演算を行う回路が複数入っています。

図3●4種類のAND回路を内蔵した7408の内部
図4●4種類のOR回路を内臓した7432の内部
図5●4種類のXOR回路を内蔵した7486の内部
図6●6種類のNOT回路を内蔵した7404の内部
表2●74シリーズICの型番と機能
ICの型番機能
7408AND演算を行う回路が4個入っている
7432OR演算を行う回路が4個入っている
7486XOR演算を行う回路が4個入っている
7404NOT演算を行う回路が6個入っている

 ICの機能は,数多くのトランジスタによって実現されています。ただし,ICを使う人は,内部の仕組みをトランジスタのレベルまで詳細に理解する必要はありません。ICの個々のピンの機能だけがわかればよいのです。そのため,演算の種類を表す図記号(MIL記号と呼ばれる。MIL記号の意味については,こちらの連載をご覧ください)を内部に書いてICの機能を示します(図3[拡大表示],図4[拡大表示],図5[拡大表示],図6[拡大表示])。

 どのICにもあるVccとGNDというピンには,それぞれ+5Vと0Vの電源をつなぎます。個々のICは,単独で動作する立派な装置です。ICが動作する(論理演算を実行する)には,電源が必要になります。

●簡単な実験回路の作成

 最後に簡単な実験回路を作ってみましょう。ここでは,AND演算を行うICである7408を使ってみます。AND演算の演算結果を表す「真理値表(しんりちひょう)」は,表3のようになります。1が真を表し,0が偽を表しています。ICを使う場合は,入力+5Vが1(真)を表し,0Vが0(偽)を表します。この回路では,入力をスナップ・スイッチで行い,出力をLEDで確認するようになっています。スナップ・スイッチに接続された抵抗は,ショート防止のために使われています。LEDに接続された抵抗は,電流制限のために使われています。あまりにも単純な回路ですが,真理値表どおりの動作を行う物理的な回路が作れることに注目してください(図7[拡大表示],表4)。

表3●AND演算の真理値表
入力X入力Y出力X AND Y
1(真)1(真)1(真)
1(真)0(偽)0(偽)
0(偽)1(真)0(偽)
0(偽)0(偽)0(偽)
表4●図7の実験回路の動作
入力スナップ・スイッチX入力スナップ・スイッチY出力LED
OFF(1,真)OFF(1,真)点灯(1,真)
OFF(1,真)ON(0,偽)○消灯(0,偽)
ON(0,偽)OFF(1,真)○消灯(0,偽)
ON(0,偽)ON(0,偽)○消灯(0,偽)

図7●7408を使った実験回路
 「私はソフトウエアのことが専門なので,ハードウエアのことはわかりません」という人が多いようです。コンピュータは,ソフトウエアとハードウエアの集合体です。どちらか一方だけを知っているのでは,何とも不安な気持になるでしょう。ウソかマコトか,昔はソフトウエアで特許が取れなかったので,ソフトウエアの機能をハードウエアの回路図に示して特許申請をしていたそうです。このようなことができるのは,ソフトウエアとハードウエアが表裏一体のものだからです。ソフトウエアの知識と同等までハードウエアの知識を高める必要はないかもしれませんが,せめて可愛い「じゃり石」の種類と仕組みだけは知っておきましょう。絶対に損はないはずです。絶対に楽しいはずです。

 次回は,NAND回路を紹介します。NAND回路は,工夫次第でAND回路,OR回路,XOR回路,NOT回路と同じ機能が実現できるという何とも便利なものです。お楽しみに!

【今後の予定】
第2回 これ1つで何でもできるNAND回路
第3回 ゲート回路で通せんぼ
第4回 記憶を実現するRSラッチ
第5回 入力を捕らえるDラッチ