松田侑花
出典: ニコプチのモデルを目指すJSのためのWiki 『ぷちぺでぃあ』
プロフィール †
- 松田 侑花(まつだゆうか)
- 1996年3月24日生まれ
- おひつじ座
- AB型
- 福井出身
- 元研音所属
どうやってプチモになった? †
- 旧オーディション出身
- ニコプチ創刊号で募集された「第1回ニコプチモデルオーディション」に応募。応募総数2854人の中から、前住愛美と共にグランプリを受賞する
- 2007年春号より専属モデル(プチモ)
プチモとしての歩み †
- ニコプチの専属モデルオーディションは、2012年に第1回が実施された現行のプチモオーデがあるが、松田が合格したのは2006年に創刊号で募集された旧オーディション
- 旧オーデは「第1回」と銘打つも、その後、第2回が行われることはなく自然消滅。そこから5年のときを経て、改めて2012年に「第1回」が行われると、以後、現在(2017年)に至るまで、毎年1回実施されている
- なお、ウィキペディアにある松田のページには「創刊号のモデルオーディション(現在のコーディネイト選手権)でグランプリを受賞」と書かれているが、上記の通り、創刊号のオーデは現在のプチモオーデの前身であり、原則として専属への道は無い読モ選出のコーデ選手権と全くの別物。よって、ウィキペディアの記述は完全な誤りである
- 応募した動機は「母が勝手に応募してしまった」。2次審査となるカメラテストでは、実はかなり怒っていた
- オーデには本名の「下 侑花」で合格。合格発表も同名
- オーデ合格後、編集部の仲介により研音に所属。これを機に、芸名である松田姓(下の名前はそのまま)とする。なお、当時のプチモは、事務所に所属していない場合、研音もしくはアミューズが引き受けていた
- その後、研音を退所。オフィスジュニアへ移籍する
- 登場2冊目となる2007年夏号では、イキナリ初表紙に抜擢された上、しかもひとり表紙。以後、2009年の卒業までトップモデルとして活躍することになる
- 2008年の夏、ニコプチ初となる沖縄ロケに選抜。初めて飛行機や、沖縄の海と、ソウキソバ、美ら海水族館などなど、2泊3日のロケを満喫する
- 2009年6月号で、第2期ニコプチ卒業生としてプチモ卒業。プチモ歴は2年2ヶ月。表紙回数は3回。うちソロ1回