あまりに長くなってしまってタイトルが付けられん、ちゅー^^;
夢で、何か凄い重要な、これから生きていく上で、だか、金持ちになるヒントだか、そんなすばらしい啓示を受けたような気がして、えと~何だっけ何だっけ・・と今朝からずっと思い出そうとしているのだが、もうすっかりさっぱり思い出せない。
・・と、書くと、実は何やら秘められた凄いモノを洗剤的に、違った、潜在的に持っている人のように思われるかも知れませんが(誰も思わんっちゅー)所詮、私、である。
思い出せたとしても、何だソレかよ~^^;てなもんで、忘れちゃったから何やらすごい事だったという自己暗示にかかっているだけであろうよ。(何だ、この長いのに中身の無い前置きは^^;)
さて、そんなことで。
先日、凄い能力っぽい子の本を読んだ。
ベストセラーになっている(らしい)『学年ビリのギャルが偏差値を40上げて慶応に受かった話』とか何とか言う本である。
しかし、ところで。。
本にしろテレビ番組にしろ、長~いタイトルが当たり前のようになったのはいつからであろうかね。
『別府・湯けむり殺人!老舗旅館に渦巻く愛憎劇の果てに失踪した二人の女の謎の過去を追いかける木工職人刑事が追いつめた先に見たものは!?』(適当)
だとか何だとか、もうそのドラマを半分観たようなもんである。
んで、どうかすると『セレブ妻殺しの犯人は夫の愛人!?』などと、じゃあ、夫の愛人は犯人じゃないじゃん、と観る前から犯人が絞られる(絞られてはいないが)やつだとか。
・・あれ?サスペンスばっかりか^^; 普段サスペンスなんぞ観てないけど。
で、話は戻りますが、その『学年ビリのギャル』の本である。
ハウツーもんは大嫌いなのに何で読んだかっちゅーと、ホントかどうか知らんが
このギャルさん。
例えば
『聖徳太子ってチョー可哀想だよね。いくらデブだからって名前にまで付けなくたっていいのに。』だとか
『菅原道真って知ってる?』と先生に聞かれて
『う~ん・・えんぴつ?』と答える。
えんぴつて。 あっ!そっか!道真をどうぐ、と読んだんか!(笑)
んで、確か勉強関係の名詞だったよな・・との気憶との合体か?
・・と、そんな子が慶応に行った、ということにちょっと興味が引かれたのだ。
そこにどのような面白い道のりがあったんだろうか、と。
それがこの本を読ませる狙いだったんでしょうけど。
だからハウツー本つーより、私は、うーんと・・例えばトランプで大貧民が大富豪になった、みたいな面白さを求めて読んだのですな。図書館で借りられたし。
で、読み終えた結論。
やっぱ世の中、金かよ!
・・である^^;
あと、強いて言えば、恐ろしく素直。スポンジのように何でも吸収出来る体質だから、か。
実は・・もしや、勉強嫌いな中3の娘にも適用出来るんでは?とのやましい気持ちで読んだという理由もあったが全くの無駄であった。
素直&金持ちという2大要因が全く無かった(笑)
このギャルの家の場合は、何百万もの塾代その他を注ぎ込んでの、その結果なのだ。
最初、母である『あ~ちゃん』(失礼だが、ナニがあーちゃんだよっ^^;)は無理解だった夫に頼らず、貯金を切り崩してパートなぞして塾代を払っていたが、しかし結局会社経営の夫に頼むんだ。
夫も、このおバカな娘がもしかしたら慶応なんちゅーところに入れる・・?と思ってくるや、結局、金を出す。
何だ、金持ちなんじゃん。。
歴史漫画を全巻取り揃えたり、1週間ホテルで勉強したり、何校も受けたり。
多分、この本を読んだ多くの人たちはそんな感想を持たないと思うけど^^;
それに、そんな土壌に妬むのは抜きにしても、もう大富豪で勝ち抜いてきている時点でだんだんつまらなくなってしまった。
これはノンフィクションだが、例えば海外モノのフィクションで言うと、シドニィ・シェルダンのような、大貧民が知恵と勇気で成り上がっていったり、大富豪がちょっとした階段の踏み外しから次第に没落していく様、なんかを描いた話の方が私しゃ面白いのだ^^;
きなこさんが自身のブログに書かれている言葉がある。
合格の秘訣は。
貧しいことである。
いつもは事前無許可で勝手にトラバさせてもらっているが^^;今回はちょっと躊躇してしまった。(結局させてもらったっつー^^;)
きなこさんが書かれることにいつも私は共感を持ちつつも、かといって、私もね、、なんて軽い気持ちで例を挙げることなぞ出来ないという思いがある。
例えば、命に関わるような病気をしている人の話を聞いて、『私もこの間風邪ひいちゃってさ~』と言うような。それは極端でしょうけど。
自分も、さぞアナタと同じなのよ、と例を持ち出して、だから頑張って、とはげましているようで、逆に傷つけている。
友人には車椅子の子供がいる。
24時間テレビなどで、車いすの傷がい者が出てきて感動を与える、というエピソードが大嫌い、だと言う。
さんざん悩んで苦しんで悲しんで、それでやっと今の生活なのだ。
普段はそれを踏まえての平穏な生活の中での、家族団らん中のテレビなのだ。
それをまたほじくられて突きつけられて、更に健常者目線で、感動しました、とやられる。
だから嫌なのだと。
私の父が大病をした時に、ある人から『私の叔父も同じ病気でさ~病院たらい回しにされて云々』と話されたことがある。
その人は単に、病院をたらいまわしにされた、ということを話したかっただけなんだろうけど、結局はどうなったの?叔父さん、死んじゃったんだよね?と思った。
父と同じ病気の例を挙げて、結局死んじゃった、って話じゃん、と。
それが例えなぐさめようとしてくれて『助かったんだよ』という結果だったとしても、それはその人の場合だよね?と思う。
安易に、そうそう、私も(私の○○もね、)なんて言えることじゃないのだ。
・・・で、くどくど書いてきて何が言いたいかと言いますと^^;
だから。
きなこさんが書かれたその言葉は、きなこさんの生きざま(・・って書くとそんな大げさな^^;と苦笑されそうですが^^;)から吐き出された言葉であり、私はコメントに、名句です!なんつって軽く書いてしまったけれど、トラバさせて頂いたきなこさんの記事の重みとは全く違うながら、私も私の中で、『合格の秘訣は。貧しいことである。』との言葉に共感したい、ということが言いたかったのですな~^^;
単なる、私の場合は・・と例を出すにあたっての言い訳?でありますかな^^;
んで。私の場合。
今まで最大に勉強した、と思うのは、車の免許、である^^;
狭い日本、必要ないと言えば必要ないのだが、その時は必要だと思った。
年老いてきた親が動けなくなった時の為に送り迎えがしたかった。
・・・と言えば何か親孝行な娘っぽいけど、単に車の運転がしたかったっつーことと、身分証提示で、車の免許証か何かお持ちですか?と聞かれて、いえ、ありません。と答えるのがくやしく、かと言って保険証を持ち歩きたくなかった、っつー理由の方がでかい。^^;
で、高い教習所代。 1円たりとも余計に払いたくなかったのだ。
学生の時は授業中に鼻くそほじくっていたりしたが(うそうそです!^^;)車の教習所に於いては、もう、学科なんぞ一言でも教官の話を漏らさじ、てなもんであった。
だから技能も学科も一発合格ではあったが、学科は100点満点じゃなかったので(満点の人だけ名前が呼ばれた)どこが間違えていたのかと教官に自分の答案を見せてくれと詰め寄った。
うそです。ちょっとその必死さが恥ずかしくて出来なかったが、そのぐらいの気持ちであった^^;
だって、その間違えたところを間違えたまま車社会に飛び出すことが不安であったからして。
いくら99点取ったとて、1点の問題で、信号は赤で渡る、と間違えていたら大変なことじゃないか。(そんなことあるかい!^^;)
しかし。
何で答案返してくれないかね。めんどくさいんでしょうけど。
で、結局。
車維持費と駐車場代が払えずに車を売ってしまって現在に至る。
単なる身分証明としての役割はあるものの、来年1月の免許更新の金が惜しいっつー。
私は貧しさから合格を勝ち取ったようで貧しさに負けた・・・のか?^^;
貧乏って・・何だ(笑)
最近のあれやこれや。
●八百屋の店先にでっけーハロウィン用のカボチャが置いてあった。
何やら紙と鉛筆も置いてある。
重さ当てクイズをやっていた。
当たってこんなでっかいカボチャ貰ってもな。食用じゃないし^^;と思いつつ、よく見たら・・[一番近い重さを書いた人にはお正月にミカン1箱差し上げます]と。
なぬ!?(なぬって未だに言う人いるのかね^^;)それなら話は別だぞ!
ミカン1袋も高くて躊躇してるっつーのに、無料でミカン1箱ってかなりオイシイ話じゃないか!
試しにちょっと持ってみた。かなり重い。動かん。
うーむ・・と考えて82.3キロと書いた。 夫の体重である 爆)
夫を丸めて持ったこと無いけどまあ、これぐらいはあるであろう。
家に帰り、ミカンゲットの予告をしたらば『そんなに重いわけないじゃん!!せいぜい40キロぐらいじゃないの?』と総ツッコミされた。
あ・・そうなの^^;
箸より重いものを持ったことが無いんだからしょうがないではないか。
ウソだけど。
また寒い正月か~(笑)
●ハロウィンと言えば、クリスマスの次に嫌いな行事であるよ^^;
何つーか・・日本でやる意味がわからん、と言いますか。
だって子供の頃はそんなの無かった・・もん・・確か。
だから、なじみがないちゅーか、得体が知れないと言いますか。
まず、何をやったらいいか分からん。無理にやることもないけど。
まぁまぁ、堅いこと言わずに、おばけのカボチャなんて可愛いじゃないか、お菓子食べて楽しくやればいいじゃないか、変装したって面白いじゃないか、つー話だけど。
しかし近所の子供が『トリックオアトリート!?』なんつって家にお菓子をねだりにきても(来そうなのだ。これが^^;)悪いけど人様にあげるお菓子の用意なんぞ無いので、魔女の恰好をして鎌持って、『デスオアアライブ?ひひひ・・』などと反撃してみようかと思う。
●で、ハロウィンなどのお祭り騒ぎはまだ可愛いもんだが、カジノ解禁のお祭り騒ぎである。
ホント、ばかじゃないかと思う。
あの人は、経済復興の為には何でもやっちゃうんだなと思う。
国民のことなんぞ爪の先ほども思っちゃいない。
じっちゃんの名にかけてだか知らんが、ただただ日本は凄い国だと世界に知らしめ、自分の功績を歴史に残したいだけであろうよ。
カジノはお金持ちの間でぐるぐる回ってりゃーいいけど、そのうち加速が付いて飛び火してくるのだ。
被害を受けるのは庶民なのだ。
誰かが金品を奪われ、誰かが殺され、またはギャンブル依存症になったお父さんに泣かされる家族が出てくるかもしれん。
『カジノで遊ぶ金が欲しかった』・・との犯罪理由が一つ増えるだけだっちゅーのに。
さて~。急に話は変わって、最近観たテレビドラマの感想なぞ。
◆『相棒』2時間スペシャル。
長い。長かった^^; やっぱ1時間でちょうどよいなぁ。
それにしても相変わらず会話中の出演者同士の顔が近い。近すぎる。
そのうちキスするんじゃあるまいか。
◆『MOZU』
人は恋すると瞳孔が開く、ということを思い出しました。(遠い目)
◆『世にも奇妙な物語』
見た人しか分からんでしょうが、『ファナモ』がそれまでの話を全部覆した感(笑) 私もファナモでいいや・・と結構な数の人が思ったんじゃないかね^^;
◆『きょうは会社休みます。』
いや、観てないし観る気もないが、家の近くで撮影をしているようで職場の人が見に行ったらしい。
主役と相手役が二人で並んで出てきたシーンを見たけど、全然オーラが無かったよ?と聞いて、そうなのか~となったのだが、もしかして地味な役どころなのでオーラを消していたのかもよ?と。
役作りでオーラを消す俳優。それならすごい。
何か・・気配を消す忍者みたいだのぅ。
◆『Nのために』
しかし、この人の本って登場人物に想い入れが出来ないのに何故かページを捲ってしまうんだなぁ~。
このドラマも1回目は観てないのだが、さっき再放送をちらりと観た。
切なく苦いミステリーぽい。
しかしそれより、原作を読んだはずなんだがさっぱり覚えていないことの方がミステリーなのであった。
(単に物忘れが激しいだけじゃ~ん^^;)
*きなこさんがトラバして下さったです。
こんなに『ファナモ』について深く洞察された方はきなこさんしかいないんじゃあるまいか!と。
私も欲しいとは思いました。また、介護の場ではこんな楽そうなものはないですな。
しかし、きなこさんが書かれたように、
あの、ファナモの手術が行われたセレブなエステサロンのような場所。
きっとお高いんですな。そんな感じだもの。
まだ庶民が気軽にファナモに手が届くにはあと数年かかるんであろう。
だから、私はきっと忸怩たる思いで公衆トイレを探し彷徨っているであろう。
蝶
なんつーこともなく
かろやかに
ひらひらと
悠々と
今わたしの目の前を横切ったけどさ
アンタこの間の嵐 乗り切ったんだよねぇ
あんな 風のなかで
あんな 雨のなかで
そんな 薄っぺらい羽で
そんな か細いからだで
でも
わたしがどんなに感心しようと どんな賞賛の目で見ようと
そんなことはどうでもいい という風に
また次の蜜を探しにいった
生きるために
生き延びるために
きらきらとして
読書の秋だったり。
●今、村上龍の『55才からのハローライフ』っつー本を読んでいる。
同じ著者で何年か前に出た『13才のハローワーク』をタイトルだけ知っていた人は、私のように、『55才からのハローワーク』だと思っていたに違いあるまいて。
で、13才ならば前途洋洋な感じで、希望とか夢、などの単語が浮かぶが、55才からのハローワークって・・何だか身に詰まされるもんがあるのぅ・・と勝手に重く考えていた。
そんなことでいつも図書館でその本が目につく度に素通りしていたのだが、改めてよく見たら、ハローワークじゃなくてハローライフか!と(笑)
うーむ・・と悩んだけど、結局借りてきた。
最初でいきなり婚活をしている女性の話が出てきたのでもう読むのやめようかと思ったけどそのまま読んでいたら、何となく読み進んでしまった。
しかし。
このぐらいの歳でハローとか付いちゃうタイトルだと、結局なかなか思うようにいかん就活模様、みたいな話になって、そんな中で中年の落ち着いた恋なんぞも混ぜ込んで・・となるのだなぁ。
何だか今の生活と地続きのような感覚で読んでいて、現実から離れて楽しめない^^;
やっぱ本の世界に入るならば私しゃ全く違う世界に行きたい、とも思った。
今の自分の境遇と照らし合わせながら本を読みたくないのだ^^;
この間読んだ『清須会議』なんぞ現実を忘れて楽しかったし。
ま、そんなことを思いつつ、ハローライフは、なかなか引きこまれたりしてはいるんだけど^^;
で、これ、ドラマにもなってましたのね。
●しかし図書館つーところはいつから私語が黙認になったかね。
私の地元だけか。
何故に司書の人たちは注意しないんだろう。
よく利用している図書館は温水プールが隣にある。
で、親子なんぞがプールから上がって図書館に来る。
来るなりバタバタと走る。
『パパー!本借りるぅー!』
『いいよー!じゃあパパはあっちにいるからね~!』
・・と、プールテンションのままである。
全くもってうるさいのだ。
『アンタらはもう一回プール入ってこいっ!
そんで喋る気力が無くなるまで泳ぎ疲れてこいっ!』
・・と、叫んだ。
心の中で^^;
よく図書館の入り口にマットが敷いてあり、[靴の泥をよく落としてお入り下さい]などと書かれているけど、そこに[プールテンションも一旦落としてお入りください]なんつってついでに書いて欲しいもんだ。
地元の図書館(てか図書室か)は全て何かの施設の中に入っている。
小学校にあるところなんぞは、階上から子供たちの授業の声が聞こえている。
音楽の時間などは歌声、リコーダーの音などでにぎやかだったりする。
また、地域センターでも常にどっかの部屋からカラオケだのウクレレの音などが聞こえている。
それはそういう目的の部屋、空間、時間であるからして、例え図書室からそれらが聞こえてきたとしても、何となく耳が別物としてとらえているので気にならない。
休み時間も音楽の時間も、小学生皆がしーん・・となってたら逆に不気味で気になるところだよ。
で、図書室ちゅーところは一旦ドアから中に入ったが最後、そこだけは静かにせねばならない空間なのだ。
その区別が出来とらんちゅーことが問題なのだ。
前に、図書室でぺちゃくちゃと喋っている二人組がいて(こっそり見たら近所の奥さんだった^^;)傍で読書していたおじさんがとうとう声を上げた。
『ねぇねぇ!何でうるさいの?何で喋ってんの?』
・・と。
静かにせんか!などと言うのではなくて、何でアンタらはうるさいのか、との疑問付きの怒り。
そうなのだ。
大人ならば、そこに元々図書館は静かに本を読んだり書き物をしたりするところである、という前提を当たり前に踏まえているだろう中での、その地声でのおしゃべりは何だ?って話なのだ。
図書館は静かに本を読むところである、という当たり前のことはもう当たり前じゃなくなったのかねぇ。
●つーことで、今夜は台風一過の十三夜。
8時頃犬の散歩に出て空を見上げたら、もこもこと雲が覆っていて、空に穴がぼこぼこ開いたみたいであった。
月は遠慮がちに雲の切れ目から顔を出していた。
明日は仕事が休みであるよ。
もうこんな時間だけども、寝ながら本を読むことにする。
だって寝ちゃったらすぐに明日が来ちゃうではないか。
勿体ない。
読むのは~
まどみちおの『いわずにおれない』
(『ハローライフ』じゃないのかぃ^^;)
生き延びることと生きること。
あるサラリーマン(今はサラリーマンって言わないか)が深夜、一人社内で猛然と仕事をしていた。
退社しようとした矢先、上司に急に理不尽な仕事を押し付けられての残業である。
あと数時間後の会議までにこれを終わらせなきゃならない。
何で俺だけこんな目に遭わなきゃならないんだ。
怒りと時間が無いことの焦りで目の前のPC以外にはわき目もふらず一心不乱に仕事をしていた。
ふと、背後に気配を感じた。
後ろは壁である。
あー?
何気なく振り向くと、壁から女が生えていた。
黒く長い髪をざんばらに垂らし、飛び出た目をした女が上半身を男の方に乗り出すようにぐにゃりと屈みこみ、にやり、と笑った。
・・・チッ・・。
男は一瞥をし、舌打ちをして、そのまま再びPCに向き直った。
ようやく何とか形になったところでPCを閉じ、書類をコピーし終えて会社を出た。
ふぅー・・。
家に帰り、人心地ついて朝風呂に身を沈めた時だった。
あれ・・何だっけ・・。
途端に、数時間前に見たアノ女の姿を思いだし、温かいお湯に浸かっているにもかかわらず、ゾッーと身体が冷えたのだ、と言う。
これは、一般募集された所謂実話怪談の話である^^;
真偽は別として、最初にお化けが出たところで全然何とも驚きもせず、そのまま仕事を続けた体験者が不思議だった。
でも、お風呂に入ってようやっと自分を取り戻した途端に思い出し、はじめてそこで怖くなった、というくだりで、あぁ分かる!・・と思った。
もう必死である。この仕事を終わらせなければ家に帰れない。
頭の中はソレしかなく、そして怒りも加わりいっぱいいっぱいだったのだ。
そこにきての、霊の出現。
見たけど見てなかったのだろう。そんな余裕もなかった。
そして、脳のどこかでソレは『めんどくさいもの』『今は必要が無い、排除すべきもの』として処理されたんだと思う(笑)
中身がどうであれ、今必要か、そうでないかのざっくりした二者択一で。
いや、分かると書いたものの、実際に自分がそんな目に遭ったらどんな状態でも気を失っていたとは思うけど。
『はじめての短歌』ってやつ。
ってやつ、って失礼な言い方じゃないか。
穂村さんの短歌やエッセイは何冊か読んだことがある。
何つーか、すごく柔らかいけど強いような、しなるような、歌を書く人だな、という印象。
でも私には、歌よりエッセイの方が面白い。
つか、ある一句で私は彼のことがあまり好きでなくなった^^;
その一句はうーんと。。何か書きたくないので書かんですけど^^;>
で。
一冊を通して彼は、『生きる』ことと『生き延びる』ということについてをメッセージしていて、生き延びる=生活をしてゆくことであり、息をする為に食べて、働くことでありそして、
生きる=生き延びている上で生き生きとした何かを見つけていること、っつーようなことを書いていた。
だから、短歌は、生きていることを書かねば面白くならない、云々と。
まあ、生き延びていることをそのまま短歌にしたような歌とて、その歌が読み手にとって歌として生きていると感じたなら面白いと思うけど。
その怪談の体験者も、必死に残業をしているのは生き延びる為で、その仕事を放り出して帰る➝数時間後の会議に間に合わん➝上司に怒られる➝重要な仕事を任されなくなる➝もしかしたら左遷される➝給料が減る➝もしかしたらリストラ➝仕事が無くなる➝金が無くなる➝生活出来なくなる➝死ぬ。
という、(直結過ぎるけど)恐ろしい行く末を無意識にでも描いて、だから必死だったのだろうて。
それは、生き延びる、という図。
そこにきて、霊が現れた。
それは、生き延びるとは何の関係もない、どうかすると生き延びるのに邪魔な存在である。 そんなものにかかわって驚いたり慄いたり仕事を投げ出して帰っていたりしたら生き延びられん、のだ。
その人の場合、それがだから極端に排除された。
で、帰ってきて、ゆったりとお風呂に浸かる、生き返ったような心持ちになって初めて思い出した。
やはり生きることより、生き延びることの方が強いよなぁ現実は・・としみじみもし、また、そのギャップというかそんなのが面白い話だと思った。
子供がまだ赤ん坊だった頃、必ずと言っていいほど、夜中の3時に突然泣き出す日が続いていた。
しぶしぶ起きてミルクをやる。
当たり前だが周りは真っ暗、夫も寝こけている。
何故に夜中の3時きっかりなのだ、何かあるのか、何か見えたのか、なんつーことなんぞ全く考えなかった。
考える余裕も無かった。怖さの入り込む隙間も無かった。
そんなことでいちいち怖がってミルクをあげないとかやっていたら生き延びられなかったし。
怪談を楽しむというのは、心に余裕があるからだよなぁ、、と思う。
勿論今の私の生活に余裕なんてないけど。
怪談を読んだり、ブログを書いたり、花を綺麗だと思ったり、面白い雲だと眺めたり、そういうことは、生きる、ということで。
単に生き延びているだけじゃつまらん人生だし、かと言って生きる為には生き延びねばならん。
生き生きと生きていたら生き延びていたっつーのが理想なんだけどなぁ。
仇討が許されるなら話は別だけど。
今日の朝刊を読んで、はぁ?と思った。
死刑囚の絵画展を有志の人が開くと言う。
展示者の中にはオウムの加害者や、アノ林真須美もいる。
コンセプトは、死刑制度を考え直すきっかけに、だそうだ。
死刑廃止の為の活動も行っている主催者は某死刑囚の従妹。
『こんなに繊細な絵を描く人がなぜ犯罪を犯したのか。死刑制度を考え直すきっかけになれば』云々との理由。
あの・・絵が上手いことと犯罪を犯すことって全然違う問題なんすけど・・と、読みながら思った。
冤罪ならばとんでもないけれど、まっとうな裁判を得て死刑が確定したっつーことは、そこに情状酌量の余地も無い、死刑に値する犯罪、っつーことでしょ。
理不尽に殺された人は、当たり前だが、絵を描くことすらもう出来ないのにさ。
新聞には2枚の死刑囚の絵が載っていた。
その一つのタイトルが『潔白の罪』
単純に思うに、この死刑囚はもしかして潔白を訴えている??
もしそうならば、もし本当に潔白ならば、とんでもないことであろう。
で。
もし、潔白でも何でもなく、本当に死刑に値する犯罪を犯した上でそんなタイトルを付けたなら・・
アンタ、何を言うか。・・である。
その人がどんな罪を犯したのか知らんけど。
私は死刑制度廃止には反対だ。
仇討制度が適用になったり、犯罪者の悔恨の度合いによって死者が蘇るっつーなら話は別だけど。
理不尽に私の身内や友人を殺した人がどんなに涙を流して後悔しようと、例え罪を許されてシャバに出たらまっとうな人間になると言う保証があろうと、私は絶対に許せないし、どうやって考えたら自分の子供を殺した犯人を許せるのか見当もつかんよ。
反対に、もしも私の子供や親、夫などの身内が死刑に値するような殺人を犯したら・・
やはり、死刑にしないで下さい、どんな罪も償いますからどうか生かしてあげて下さい、と願うだろう。
でも、しょうがない、よ。
もし死刑が廃止になって無期懲役になったとしたら、長く不自由な牢獄生活の中だとて、もしかしたら一瞬でも笑うことがあるかもしれない。
牢屋の中で好きな本だって読めるだろうし、ご飯だって貰える。
でも、あなたが殺した人はもうそんなことすら出来ないんだ。
だから、可哀想だし身も張り裂けそうだけど、しょうがないね。
死ぬしか。
そう思う。
そしてきっと私も一緒に死ぬだろう。
・・・って、勝手に身内が加害者設定で書いてしまいましたが(笑)
死刑が確定していたが、無実だと分かって何十年も経ってからようやく釈放された人も少なくない現状だ。
当時のずさんな捜査や、その人の無実、真実を見抜けなかった裁判官に対しては本当に腹立たしい思いである。
本当なら普通に仕事してご飯を食べて好きなことをして・・という生活だったろうに。
その人たちが失った日々を誰が返してくれるのだ、と。
そんな冤罪の可能性も鑑みて、死刑制度を廃止にしようということも分かる。
でもさ。
死刑が無くなったら確実に犯罪は増えると思うよ。
例え一生牢獄で生活する身であろうと、自分は生きているんだもん。
でも、憎っくき相手はこの世にいなくなる。ざあまみろ。
そう思って殺す奴だって出てくるよ。
もし今、母や子供が目の前で殺されたら・・
私は間違いなく犯人を刺すであろう^^; 夫だったら・・えと・・(笑)
そしたら死刑になったって何だって構わない。
自分が死んでも構わないと思って殺人を犯すような、そんな奴が一番厄介なんだろうけど^^;
浅き夢みし。
疑似体験
仕事から帰って来て、まずビールを一杯。ふぅ~と人心地ついてから夕飯の準備までの間が私の好きな時間である。
大概は寝っころがって本を読む。
その瞬間が一番好き。
で、暫しページを捲っているうちに目で追っている字が理解出来なくなり、訳わからん雑念が入ってきたら、やばい。眠くなってきた証拠だ。
必死で本の内容に没頭しようと思うのだけどいつのまにかウトウトしてしまう。
面白い本だろうが何だろうが。 それがくやしい限り。
ビール飲んじゃうのが一番の原因なんだけど^^;
で。
昼寝はそれでも眠りが浅いからか、半分ぐらいは現実の音が聞こえている。
この間も娘たちが『相棒』の再放送を見ている間、私はウトウトしていたのだが
突然、娘の実際の声が夢の中でも聞こえてきた。
『明日の相棒のタイトル、何だろうね。』
途端、唐突に『150円』と言う答えが浮かんだ。
合っている、という確証があった。
しかし残り半分の頭が、何か違うんじゃないか、と訴えている。
何か違うぞ、との感はあっても、でも言わずにいられなかった。
『150円。』
はっきり口に出して言ってから目が覚めた。
娘たちのポカン・・とした顔が見えた。
何で、何が150円だったんだ^^;
前も起き掛けに『タグが長いよねー』と口ばしったことがあった。
起きる直前に脳裏に浮かんだのが、宇宙人の顔で(マンガっぽい)その口がチャックだった。そのチャックを何故か『タグ』という名前だとしていて(夢の中で)その横幅がいやに長かったから(笑)
どうも私には昼寝の起き掛けに直前に聞いた声や脳裏に浮かんだことを口走りながら起きる、という習わし?があるらしい^^;
怪談を読んでいると、何かに憑りつかれて自分の意志とは裏腹に何やら言ってしまう、という話がよくある。
大概その言葉を発している時に意識はちゃんとあるのだが自分ではない何かに言わされている感じ、だと言う。
自分で自分の声を聴いている。あれ~何で私、こんなこと喋っているんだろう、と頭の片隅では思いつつも。どうかすると泣いてたりなんかして。
今まではそんな話を耳目にして、ふ~ん・・とただ思っていたのだが・・それがこれか!と疑似体験した感じだ。(そうなのかな?^^;)
前々から思っていたんだが、このダイドードリンコ、という会社。
素直にダイドードリンク、でいいではないか。
何故、ドリンコ、と最後がコ、なのだ、と。
アレ?ダイドードリンクさんですよね?
いえ、ドリンコ、です。
と、社員はわざわざ訂正しなければならんという面倒くささよ。
しかも、ドリンコ、って何だかちょっと可愛い子ぶっている感じがする。
最後に♪またはღでも付けそうな感じ。
『今日ゎばいとが休みなので、かずたん(彼氏)のおぅちでまったリンコしました♪』なんぞとブログに書きやがる書く自分ラブ女子みたいじゃないか。(読んだことないけど)
ドリンク、をドリ~ンコღ と書く、みたいな。(誰も書かないと思うけど)
その会社名を耳目にするたび、そこがすごく引っ掛かっていた。
ダイドードリン・・ときて、最後に『コ』で裏切られた、という感じ。
で、あまりにもうるさいので(自分が)とうとう調べてしまった。語源を。
すると、最後のコは、CompanyのCoなんですと。
つまり『ダイナミックに活動するドリンク仲間』という意味らしい。
ダイナミックに活動するドリンク仲間。。
あんまりダイナミックに行動出来ない私はそんな仲間には入れてもらえんだろうと思う^^;てか、いいや。。
自販機の隅っちょでコーヒーを飲んでいる感じでいいです。。
まあ、コーヒーは美味しいけど。
あの赤くて丸いやつ
テレビの刑事モノで普通の車に乗っていたのがいきなりの事件発生で、よし!現場に直行するぞ!と勢いこみ、あの赤くて丸いクルクル回るサイレン(回転灯?赤色灯?つーんですか)を助手席から手だけ出して車のルーフにポコンと雑に取り付ける。
ソレを付けても付けてもずり落ちてしょうがない、という夢を見た(笑)
・・えと。ただそれだけです^^;
多分、普段からその場面を観るたびに、ずり落ちないのかなぁ~・・と、知らず知らずのうちに心配していたんだと思われる。
ケータイ
とうとうこの間、中3の娘のケータイを買いに行った。
ケータイは高校に入ってから、と思っていたのだが、姉のアイフォンが壊れて新しく買う際に一緒に買う方が安くなるようなので仕方なく。
そうは言っても周りから、別にスマホでなくとも月々2千円ぐらいのケータイはいっぱい出てきてるよ、とも言われていてどれにするか迷ってはいた。
で、とにかく近くのauショップに行き
『世間では安いケータイがいっぱい出てますが、おたくのアイフォンが、いやいやこれの方がいいですよ、と言えるような、それに対抗できる値段の安さとかシステムや機能ってあるんですか?』と聞いてみた。(どんな聞き方だ^^;)
そんな変なおばさんにも若い店員は親切丁寧に、アイフォンにするメリットをいろいろ説明してくれた。
結局、今までauで貯めたポイントやら何やら、またはギガの多さなんかを総合して検討すると、やはり月々2千円ケータイやガラケーよりアイフォンの方が安いのだ。
本体はタダ、月々6千円ちょっと、で手を打った。
家族で私と夫はガラケーである。
私の月々の支払は千円ちょっと(笑) 持ってなくてもいいんじゃない?^^;とまで言われているが、いやいや、メールは(タダだし)するんだからさ。
頑張って持っていたのだが、この間、キーロックがはずせなくなってどうにもこうにも操作が出来なくなったことがあった。
はなからキーロックするこたぁないんじゃ、とお思いでしょうが、ソレはずしていると勝手にボタンが押されて(バッグとかポケットの中で)どこかに電話がかかってしまうのだ。
どうにか直ったけど、それ以来キーロックは怖くて掛けていない。
なので相変わらず『電話した?』などと電話が来て迷惑をかけている。
ブログ友がこの度、スマホを購入したということで、やはりこちらの方が安いとのこと。
もうすぐ私もそちらに行きます(笑)
な~んかでも、画面むき出しですぐ壊れそうだなぁ・・とか、慣れたら慣れたで指紋が減るんじゃないかと今から心配している。
あれですな。私しゃ、始めて写真を撮られる際に魂を持っていかれるんじゃないかと心配していた明治の人か!^^;
ブログ時間
実際に会って話をするのと手紙をやりとりすることとの間が『ブログでのやり取り』ちゅーことで、ここでは現実の時間とはまた違ったブログ時間、つーのが流れているような気がする。
1年前のことなのに、ブログを読み返すと10年ぐらい前のことのような気がするのは何故かしらん。
かしらん、って初めて書いた。
ちなみに、何故(なにゆえ)とか、いかんせん、のっぴきならない、さりとて、などの言葉って割りと好きである。
で。
何故、そう感じるのか(同じ歳月でもブログの方が早いと感じること)と考えてみた。
きっとねぇ。
想像するから、ではないか、と思う。
ブログは、読んでいる時に勝手な想像がオマケで付いてくる。
その人の顔や表情、状態が見えない分。
相手の顔はぼんやりしながらも、内容から情景を浮かべている。
自分で場面を勝手に組み立てて、あたかも目の前で、側で、語られているような気になっている。
一緒に笑ったり感心したり悲しんだり怒ったり・・
その時の自分の状況や心境までもが閉じ込めてある。
それがあらためて読み直すことによって封印を解かれる、と言っては大げさですが、直接の情報が目から入ってはいなかった分、じわじわといろんなことが思いだされるのだ。
えと・・懐かしい曲が単に時代的に懐かしいだけではなく、その時の自分の感情までも思い出される、厚みのある懐かしさ、ちゅーか。上手く言えないけど。
まあ、昔からの(てか、書きはじめて3年目ですが)ブログ友に限って、だけど。
これが、ハウツーものばかり書いていると全然懐かしくも何ともないだろうな。。まず読まないけど^^;
あれ、いつのまにか雨が上がって晴れてきた。洗濯物干さねば。