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ここがヘンだよ クローズアップ現代「マグロが捨てられる!?海の恵みをどう守るか」

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事実誤認とミスリードばかりの番組が放映されたので、ツッコミを入れていきます。

あらすじはこちら

番組では、政府による漁獲枠規制のごり押しを問題視して、解決策として千葉のキンメダイなど漁業者の話し合いによる自主管理の成功事例を紹介したうえで、国は漁獲規制を強引に進めようとせず、漁業者が自主的に話し合いでルールを決めるのを待てと主張しました。

番組の趣旨は、こちらのゲストのコメントに要約されています。

「これについては、やはり漁業者がそれぞれみんなで決めて時間をかけて決めたことだから、国が管理しなくても監視しなくてもしっかり守ってもらえるという大事な制度がワークするような状況になるんです。ただ、国がそのことを無視して出口管理だけ強めるというと、これは反発が起こりますよね。やはり、リスペクトが大事。現場に対するリスペクトがあって、ベストミックスに持っていくのが大事かと思います。」

 

漁業者の自主規制が機能するには、国の規制が不可欠

この番組が根本的に間違えているのは、漁業者の自主規制と、公的機関の規制はバッティングしないということです。むしろ、公的機関が適切な規制をしないと、自主規制は殆どの場合に機能しないのです。

漁業者の自主管理が可能なのは、話し合ってルールを決められる範囲に限られます。都道府県をまたぐ資源や、巻き網や定置網など複数の漁業が利用する資源では、そもそも利用者が話し合う機会が無いので、漁業者の話し合いでルールができることは期待できません。

自主的な取り組みが機能するには以下の条件があります。

  1. 定住性の小規模資源などグループで排他的に利用できる資源
  2. 漁法や漁船規模がほぼ均一、
  3. 漁業の将来を考えて、理論的に行動できるリーダがいる。

番組で紹介されたキンメダイの自主管理は、上記の①~③を満たしています。この取り組みを行っている漁業者のことは昔から知っているのですが、漁業の未来のことを考えている立派な人たちです。こちらは2017年のツイートです。

https://twitter.com/katukawa/status/871666472229117953

キンメダイの自主規制は良い取り組みではあるのですが、クロマグロの漁獲規制の解決策にはなり得ません。クロマグロのように、回遊性の魚種で、一本釣り、定置、巻き網、引き縄など多くの漁法が、北海道から沖縄まで広範囲で利用する資源の場合は、すべての漁業者が集まって話し合いをすること自体が不可能です。また、多岐にわたる漁法を、禁漁期や網目の制限などで公平に規制できるはずがありません。漁業者の話し合いと、漁具・漁法の規制(入り口管理)では、クロマグロなどの大規模資源は管理できないのです。

広域回遊をして、複数の漁法で利用されている資源は、「自分たちが獲らなくても、他の誰かが獲ってしまう」ということで、我慢した人が損をするだけで、規制になりません。千葉のキンメ漁師とは、クロマグロの漁獲規制を国に訴える際に連携したのですが、「キンメは自分たちで管理できるけど、サバやクロマグロは国にしっかりしてもらわないと困る」とぼやいていました。

広域資源で自主規制を機能させるには、ルールについて話し合いができる範囲まで、漁獲枠の個別配分を早急に進める必要があるのです。都道府県をまたぐ資源では、全体の調整ができるのは、国しかありません。国は漁獲枠の設定を急がずに、漁業者の自主的な取り組みを待つべきだという主張は、ナンセンスです。

過去70年間、自主規制は殆ど機能してこなかったという現実

クロマグロは国際機関WCPFCによる漁獲規制が導入されていますが、それ以外の国内資源について、日本政府は現在までほとんど規制をしていません。過去70年以上、漁獲規制については、現場をリスペクトして、漁業者に丸投げしてきたのです。みんなで話し合ってルールを決める時間は、十分にあったわけです。その結果が、漁獲量の直線的な減少です。事態に改善が見られるならまだしも、年々酷くなっている状況で、これまで通り何もせずに、変化が自然に起こるのを待つべきという主張は無責任でしょう。漁業者の自主規制が機能する前に資源も漁業もなくなるでしょう。

キンメダイのような自主管理が可能な資源でも、千葉以外は減少傾向です。一部の例外を除いて、漁業者の自主規制の枠組みは機能していないのです。千葉のキンメ漁業のような例外的な成功事例があるからといって、現状を放置して良いわけではないのです。このように、数多くの事例の中から自らの論証に有利な例外的事例のみを選び、恣意的な結論を導くのは、チェリーピッキングと呼ばれる詭弁の一種です。

まとめ

番組制作者には、事実誤認が多く、漁獲規制の基本的な事が理解できていません。あたかも自主管理がバラ色の解決策であるかのごとくミスリードして、漁業者をリスペクトしてしばらく様子を見ようという間違えた結論を導いています。テレビには影響力がありますので、事実関係を確認した上で、まともな番組を放映していただきたいものです。

 

追記:

漁獲枠自体が悪いのではなく、その運用の仕組みに問題あるので、その点を改善する必要があります。
具体的には、次の2点:

  • 定置や釣りへの漁獲枠の配分が少なすぎる
  • 定置が漁獲枠を超過した場合に、全体のつじつまを合わせる仕組みを作る

定置網への漁獲枠配分が不当に小さいです。巻き網ばかりを優遇せずに、沿岸小規模漁業の生存のために必要な漁獲枠を確保すべきです。定置や一本釣りに獲らせて、枠が余ったら、巻き網に獲らせるぐらいでちょうど良いと思います。巻き網に潤沢な枠を配分するのは、資源が回復してからでも良いでしょう。

また、定置が獲りすぎるケースは当然想定すべきであって、その場合に、どこかから枠を融通できるようにしておくべきです。十分な枠を持っていて、マグロを捕るか捕らないかを選択できるのは巻網だけなので、現状では巻網の枠を使うことになるでしょう。定置が獲りすぎた分は、巻網の枠を当てることにする。モラルハザードにならないように、超過分の売り上げは国が回収し、巻き網に配分するような補償措置は必要かもしれません。

K値による予測を使うべきでない理由

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K値というものが物理学者によって提唱されて、大阪などでは利用されているようです。7/6のテレビ東京ワールドビジネスサテライトでは、K値によるコロナ感染者の予測が紹介されていました。

K値予測では今週がピーク!?
コロナとの共存を進める中、大事なのが今後の予測です。
https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/wbs/newsl/post_205596/

番組では、7/9には、感染者は減少に転じるという予測が示されました。これを見た人は、コロナがすぐに勝手に減るから、心配はいらないという誤った印象を持ったことでしょう。行動変容もしていないのに、コロナ感染者がひとりでに減ることは無いというのは、その後も感染者は着々と増えて、現在に至っていることからも明らかでしょう。こういった楽観的な予測が一人歩きをすると、本当に必要なコロナ対策の妨げになりかねないので、K値による予測を使うべきでない理由を解説します。


K値理論の基礎は、こちらの論文です。
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.06.26.20140814v2

3500の国や地域の感染者のデータを解析したところ、感染者の増加率は一定ではなく、徐々に下がっていく傾向があり、指数関数よりもゴンペルツ曲線の方が当てはまりが良かったという内容です。

少し説明をすると、指数関数というのは一定の比率で増加していく関数のことです。コロナ感染者の場合は、10日で倍ぐらいのペースで増えたりしますが、このように一定の倍率で増えるのが指数関数です。
ゴンペルツ関数は、指数関数の増加率が、時間経過とともに徐々に下がっていく関数です。最初は指数関数とほぼ同じなのですが、徐々に増加が鈍っていき、やがて減少へと転じます。図にするとこんな感じですね。

コロナウイルスの感染は、まずノーガードのところにウィルスが入ってきて、指数関数的に拡大します。ある程度感染が広まってくると、人々がハイリスクな活動を自粛したり、政府が活動を規制したりするため、増加率は時間経過とともに減少していき、対策が上手くいけば、感染が縮小していきます。一般的に感染者の増加率は時間の経過とともに減少をするのですが、その減少ペースが一定だった場合には、感染者の数の推移はゴンペルツ曲線と近い挙動を示すことになります。

元論文の内容は、「時間遅れで対策が強化されるために、コロナウイルスの感染者の数の推移が、結果としてゴンペルツ曲線に近い挙動を示す場合がある」と解釈をすれば、おかしな話しではありません。


では、新規の感染者の推移がゴンペルツ曲線とどの程度一致するかを実際のデータから見ていきましょう。

ゴンペルツ曲線を片対数グラフでかくと、こんな感じになります。

 

一方、実際の新規感染者のデータはこちらです。

最初の山のピークを過ぎたあたりまでは、「ゴンペルツ曲線に近いかな」という国がいくつかありますが、正直、それほど当てはまりが良いとは言えません。全く当てはまらない国も多く存在します。増加率が一定の割合で減少していくというゴンペルツ関数の仮定が満たされるとは限らないので、当てはまりが良くないのは、当たり前と言えば当たり前です。

また、ゴンペルツ曲線に従うなら、感染はそのまま収束していくのですが、実際はそのようになりません。多くの国で、行動変容のストレスが限界に達して、元の生活が再開されて、感染が再拡大するような事態にもなっています。なので、第一波を凌いだ後の挙動については、人間社会が行動変容の強度を維持できるかが重要であり、時間の経過とともに対策が強化されていくとは限らないので、ゴンペルツ曲線の出番は無さそうです。

と、普通に考えれば、これで終わりの話しなのですが、日本の一部の人たちはゴンペルツ曲線が予測に有用だという風に勘違いをしてしまったようです。


私がこの記事を書こうと思ったきっかけのテレビ番組に戻りましょう。図を見ればわかるように、過去のデータ(赤点)にゴンペルツ曲線(青線)を当てはめて、将来予測を行っています。K値による予測とありますが、実際にはゴンペルツ曲線を当てはめているのです。

この予測には二つの大きな問題があります。
① 現在始まりつつある第二波がゴンペルツ曲線に従うとは限らない。
② 現在の限られたデータから、ゴンペルツ曲線のパラメータを推定しても精度は低い

①についてはすでに述べたので、②について考えてみましょう。現在、我々が持っているデータは、感染増加初期の立ち上がりの部分だけです。ここから曲線全体を推定するのは、山の裾野をみて、山の全体図を予測するようなもので、統計的な難易度が高く、推定精度が低いのです。

下の図の青の線もオレンジの線もゴンペルツ曲線ですがパラメータが異なります。

山の大きさは全然違うのですが、曲線の立ち上がりの部分はほぼ重ねっています。山の裾野だけを見て、山の形が青なのか、オレンジなのかを判別するのは困難です。新規感染者数は、クラスターが発掘されるかどうかで毎日の値は大きく変動します。もし仮に、感染者数がゴンペルツ曲線に従うとしても、ノイズが多い感染初期のデータだけを用いて、曲線の全体図を正確に把握するのは、ほぼ不可能です。

今後のコロナ感染者の推移は、行動変容によって、感染拡大をいかに抑えていくかが鍵になります。感染拡大がいつ止まるかは、我々が行動変容をいつ行うかにかかっています。人間社会を無視して、これまでの感染者の推移だけをみて、将来を予測しようというK値による予測の考え方には、そもそも無理があると思います。人間社会に目を向けていれば、行動変容もしていない7/6の時点で、7/9にピークアウトするという素っ頓狂な予測はしないでしょう。


このような予測がメディアによって広められるのは、望ましいことではありません。何もしなくても、勝手に新規感染者が減少するという根拠のない楽観論を植え付けて、本当に必要な感染症対策を難しくするからです。このような情報を提供した研究者にも、十分な検証をせずに放送したテレビ局にも責任があると思います。テレビ番組のウェブサイトには、今でもこの予測が表示されているのですが、ミスリードしっぱなしで良いのでしょうか。

アカデミアの中に、いろんなことを考える人がいるのは悪くないことです。そのような多様性こそが長い目で見て科学の進歩に繫がるものです。しかしながら、K値とそれを用いた将来予測は、十分な検証がされておらず、現状で予測に使えるようなものではありません。また、実績がある疫学モデルに対する代替案として取り上げるようなものでもありません。そういった良識を、政治や報道に関わる人には、もっていただきたいものです。

【論点整理】クロマグロの規制を議論する国際会議が始まりました

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クロマグロの漁獲規制について議論をする中西部太平洋マグロ類委員会の年次会合が、フィリピンで開催されています。昨年は規制が甘すぎると日本が集中砲火を浴びたのですが、今年はどうなるのか。論点を整理します。

つづきは、こちら

ヤフーニュース個人に投稿しています。

オリンピック調達方針のパブコメが今日まで

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オリンピック水産物の調達方針(案)が先日公開されました。ロンドン以降のオリンピックでは第三者が透明性を持って、持続性を確認した食材のみを提供することになっていたのですが、東京大会は「国産の水産物は漁協の自己チェックでOK」という驚愕の内容になっています。このままでは日本は水産物の持続性に関心が無いということを世界に示すことになりかねません。この件についてのパブリックコメントが今日の17時まで受け付けられていますので、本文を読んで共感された方は、是非投稿してください(投稿用の例文は文末に準備しました)。

背景

「なぜ、オリンピックで水産物の持続性なのか」という背景から説明します。ロンドン以降のオリンピックでは、レガシーという概念が重視されています。オリンピックのような大規模イベントは、どうしても環境に負荷を与えてしまいます(下図の緑線)。しかし、大会をきっかけに人々のライフスタイルが改善できれば、長い目で見れば環境にプラスなイベントにすることが可能です(下図の赤線)。つまり、レガシーとは、オリンピックが、未来の世界に対して有益なイベントになるためには不可欠なのです。

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ロンドン大会のレガシーの中には、水産物の持続性も含まれています。ロンドン大会以前は、英国における持続的な水産物は単なる言葉だけのものでした。だれも魚の生産プロセスに関心を持っておらず、公共設備や高級レストランを含む至る所で、絶滅危惧種の魚が提供されていました。

ロンドン大会では、持続的な漁業や環境負荷が小さな養殖業に由来する水産物のみを提供することにしました。未来に続いてくような漁業を応援し、それをサポートする文化をレガシーとして残そうとしたのです。そして、ロンドン大会をきっかけに、英国では持続的な水産物が一気に普及しました。

ロンドンオリンピックの持続的な水産物の基準を英国全体に広げるために「持続的水産物都市」という新しいプログラムが立ち上げられました。消防署など多くの公共機関の食堂で、持続的な水産物が提供されることになった。交通局400万食、警察500万食。これは始まりに過ぎない。主要なケータリングサービスで、オリンピック基準が採用された。学校、刑務所、軍隊など多くの場所で持続的な食が提供された。これらを合計すると2億食になる。2012年のフードレガシーは現在でも至る所で実感できます。

リオ大会でもロンドン大会を踏襲し、透明性が高く世界的に評価が高いMSCのエコラベルを調達方針としました

これまでの議論

魚食大国の日本はどのようなレガシーを東京大会で残すのか。世界の注目が集まっています。私も日本の消費者が水産物の持続性に関心を持つきっかけになれば良いと期待をしていました。つい先日公開された調達方針(案)は、輸入についてはこれまでどおりMSC認証を要求する一方で、国産については漁協の自己申告でOKにしようという明らかなダブルスタンダードです。

問題点についてはこちらに整理しました。

外部のサイト(シーフードレガシー)ですが、こちらも良くまとまっています。

水産物の調達基準(案)は、以下の点において、持続性が示されたもののみを提供するというIOCの基本理念に反しています。

1)加工品については、主原料すら調達基準が適用されない
2)国際基準に準拠しているとは言い難い国内の業界団体認証(MEL/AEL)を採用している
3)認証がない水産物であっても、漁協や行政の自己チェックのみで調達可能としている

私としても、東京大会は国産の食材でおもてなしをしたいという気持ちはあります。だからといって、これまで五輪が培ってきたレガシーを無視して良いことにはなりません。オリンピックは国際イベントですから、国際的な基準を尊重する必要があります。国産品が調達しやすいように恣意的にハードルを下げたならば、日本全体のイメージダウンは逃れられません。

パブコメ例文

このままでは、後に残るのは負の遺産ばかりになってしまいます。このままではまずいと思う人は、パブコメに意見を送ってください。(パブコメの詳細はこちら

エクセルファイルで提出をしないといけないので、こちらで記入済みのものを準備しました。

パブコメ例文ファイル:ダウンロードはこちら

御自分の名前と連絡先を記入したうえで、メールに添付して、sustainability@tokyo2020.jpまで送ってください。メールの件名は、「持続可能性に配慮した調達コード(案)に関するご意見」と記載ください。

私たちの声で、東京五輪をより良い大会にしましょう!

なぜ、巻き網やトロールは、魚が減っても漁獲が維持できるのか。そのメカニズムを解説

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巻き網やトロールでは、資源が減っても魚をとり続けることが出来ます。一方、釣りや定置などは、資源が減ると漁獲量が減少し、毎年の漁獲量の変化が大きくなります。それはどういう理由なのかを説明します。

サバやタラなど、多くの魚は群れをつくって回遊します。群れの大きさや密度は資源状態にかかわらず一定ということが知られています。魚が半分になると群れの密度が半分になるのではなく、群れの数が半分になるのです。下の図で言うと右側ですね。

弱い魚が群れるのは、捕食者に襲われたときに、群れの一部が補食されているうちに、残りが逃げられるようにするためと考えられています。捕食者だって、一度に食べられる量には限界があるので、逃げられる確率が増します。産卵群の場合は、有効な精子と卵子の密度を維持するためにはそれなりの個体数が必要です。つまり、生物にとって最適な群れの大きさがあり、その群れの大きさが維持される傾向があります。これは長い年月、進化の過程で培ってきた自然の知恵です。この生物の知恵が、ここ100年で急速に発達した人間の漁獲に対しては、裏目にでています。

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巻き網やトロールは高性能の魚探やソナーで遠くの群れを発見して、群れごと一網打尽に出来ます。最近は、衛星写真や無人ヘリなどのテクノロジーも投入されいます。資源が減少しても、群れを探す時間が多少増えるだけで、漁獲の効率はそれほど落ちません。一方で、群れを見つける能力が低い漁法や漁場が限られている沿岸漁業は、資源量の低下が漁獲量の低下に直結します。また、狭いエリアに群れが来てくれるかどうかで、その年の漁獲量が大きな影響を受けることになります。沿岸漁業でも、狭い海域で一時的に水揚げが急増して、「近年にない豊漁」と大々的に報道されたりするのですが、広範囲で継続的に水揚げが増えていない場合は、資源の増加を意味しないと考えた方が良いでしょう。

日本の巻き網船団は、日本海の産卵場に卵を産みに来たクロマグロの群れを一網打尽にしています。こういう漁法なら、資源量が低下しても、漁獲が維持できるので、低水準資源に甚大な影響を与える危険性があります。大西洋のタラ資源は、産卵群をトロールで漁獲していたのですが、資源が崩壊する直前までトロールの漁獲効率はほぼ一定でした。今のテクノロジーだと、漁法によっては、本当に獲り尽くすまで、魚が効率的に捕れてしまうのです。

これまでクロマグロを生業としてきた沿岸漁業は、水揚げが落ち込み、年による変動も大きくなっています。巻き網団体の「産卵場の巻き網は水揚げがあるから、資源には問題が無い」という主張には無理があります。実態は、「巻き網ですら産卵場でしか獲れなくなっている」という危機的な状態なのです。また、大型巻き網の漁獲は温存しながら、沿岸漁業ばかり熱心に規制をする水産庁の方針は本当に国益に適うのか。大いに疑問を持ちます。数ばかり多くて漁獲量が少ない釣り漁業より先に、大型巻き網漁業の産卵場での漁獲を規制すべきです。

ハタハタの不漁は海洋環境が原因という説を検証

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秋田県沿岸のハタハタが不漁です。「ハタハタは豊富にいるけれども、海洋環境の影響でたまたま沿岸に来なかった」ということになっているようです。「沖では獲れているので資源は豊富であり、漁獲枠を増やすべきだ」という声が漁業関係者から上がっています。本当にそうでしょうか。

季節ハタハタ漁、男鹿中心に低調 「本隊接岸の実感ない」
秋田県の今季の季節ハタハタ漁が低調だ。県水産振興センターによると、13日時点の漁獲量は約240トンで漁獲枠480トンのほぼ半分。漁は既に終盤だが、男鹿市沿岸を中心に水揚げが振るわず、市内の漁業関係者は「大きな群れが来ないまま終わってしまうのか」と困惑している。
http://www.sakigake.jp/news/article/20161219AK0005/

ハタハタ資源が豊富な時代は、秋田県でも1万トンを超える水揚げが安定してありました。また、年による凸凹はあるにしても、漁獲量が比較的安定していました。資源が豊富だった時代と比べて、現状の資源状態が悪いことに疑問の余地はありません。

確かに、獲りやすい場所に、魚の群れの密度がまとまるかどうかで、毎年の漁獲量は変動します。問題は、近年は変動のベースとなる水準があまりに低いことです。また、魚の量が減ると、分布が狭まり、年による当たり外れが大きくなります。環境条件がかみ合わないと漁獲量が激減すること自体が、魚が少ないことの証なのです。ハタハタ資源は依然として低水準であり、漁獲枠を期中改定して増やすような状況ではないと考えます。

(http://www.pref.akita.lg.jp/www/contents/1226650318985/files/hatasuii.pdfより引用)%e3%82%ad%e3%83%a3%e3%83%97%e3%83%81%e3%83%a3

 

沖合トロールで水揚げがあるからといって、資源が豊富とは限りません。研究によって、群れを作って回遊する魚は、資源量が減ると群れの大きさを維持したまま、群れの数が減ることがわかっています。巻き網、トロールのように、魚探やソナーで魚群をピンポイントで一網打尽にできる漁業は、資源が減ってもその影響をあまり受けません。とくに県をまたいで広範囲の漁場を利用できる沖合トロールの場合は、船頭の腕が良ければ、本当に魚がいなくなるまで、水揚げをすることが出来ます。一方、漁場が限定された沿岸漁業は、資源が減った影響はまともに被ることになります。沿岸漁業者は、漁獲規制を恐れて「今年はたまたまとれなかっただけで魚はいる」と主張し、規制に反対するケースがほとんどです。規制が導入されない結果として、大規模漁業が魚を獲り尽くすのをアシストし、自分たちの獲り分を減らしているのです。

資源の持続性を考えると、最低でも初期資源の20%程度の水準は維持したいところです。本来であれば、秋田県でも3-5千トンぐらいは安定してとれる水準までは、資源の回復を優先すべきです。予想より魚が多いのであれば、今すぐに獲ってしまうのでは無く、資源回復に回すべきです。トロールでまとまった水揚げがあるたびに漁獲枠を増やしていたら、いつまで経っても資源は回復しません。

漁業者からの増枠の要求があったにもかかわらず、秋田県水産振興センターは、資源回復のために漁獲枠を増やさないという判断をしました。妥当な判断だと私は思います。とはいうものの、他県や沖合トロールが水揚げをしているのに、秋田の漁業者だけが我慢をするのは難しいことも、同時に理解できます。秋田県水産振興センターは調整に大変なご苦労をされただろうし、それを受け入れた漁業関係者にしても苦渋の決断であったでしょう。最大の漁獲県として、率先して規制をするという姿勢には頭が下がります。

本来であれば、日本海のハタハタの資源回復は、資源を利用している全都道府県の漁業者が、共通の枠組みで行うべきです。県をまたぐ回遊資源の規制は国(水産庁)の役目です。国が音頭を取って、長期的な回復計画を策定し、一時的な減収補償をしつつ、スピード感と強制力をもって漁獲規制をすべきと考えます。

持続性を無視する東京五輪の水産物調達方針

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ロンドン以降の五輪では、ホスト国は持続的な水産物を提供することが期待されています。オリンピックのスタンダードからすると日本の漁業は持続性に問題があるという話はすでに指摘したとおりです。2020東京大会での調達基準(持続可能性に配慮した水産物の調達基準)の(案)が公開されて、パブコメにかけられています。「国際的なハードルが高いなら、日本漁業が現状でもクリアできるような国産の基準を作ればよいじゃないか」ということで、思いっきりハードルを下げてきました。

https://tokyo2020.jp/jp/games/sustainability/opinion-sourcing-code/data/fishery-products-code-JP.pdf

細かいところまで指摘していると切りが無いので、大きな穴について指摘していきます。

1.本調達基準の対象は、水産物の生鮮食品(※)及び水産物を主要な原材料とする加工食品とする。
サプライヤーは、生鮮食品については、本調達基準を満たすものを調達することとし、加工食品については、主要な原材料である水産物が本調達基準を満たすものを可能な限り優先的に調達することとする。

「生鮮食品については、本基準を満たす」というのは当たり前ですが、問題なのは加工品です。「本調達基準を満たすものを可能な限り優先的に調達することとする」となっており、単なる努力目標です。「努力はしたんだけど…」といえば、主要な原材料ですら基準を満たす必要が無いのです。「調達基準を満たさない食材でも、混ぜて加工すればOK」ということです。加工食品には、多くの食材が少量含まれるようなケースもあり、その全てにおいて持続性の証明が難しい場合もあります。ロンドン大会やリオ大会で採用されたエコラベルMSCは、加工品については水産原料の95%以上が持続的であることを要求します。

(改善案)
1.本調達基準の対象は、水産物の生鮮食品(※)及び水産物を主要な原材料とする加工食品とする。サプライヤーは、生鮮食品については、本調達基準を満たすものを調達することとし、加工食品については、水産物由来の原材料の80%以上が本調達基準を満たすものを調達することとする。

二番を見てみましょう。

2.サプライヤーは、水産物について、持続可能性の観点から以下の①~④を満たすものの調達を行わなければならない。
①漁獲又は生産が、漁業関係法令等に照らして、適切に行われていること。
②天然水産物にあっては、科学的な情報を踏まえ、計画的に水産資源の管理が行われ、生態系の保全に配慮されている漁業によって漁獲されていること。
③養殖水産物にあっては、科学的な情報を踏まえ、計画的な漁場環境の維持・改善により生態系の保全に配慮するとともに、食材の安全を確保するための適切な措置が講じられている養殖業によって生産されていること。
④作業者の労働安全を確保するため、漁獲又は生産に当たり、関係法令等に照らして適切な措置が講じられていること。

①と④は当たり前なので、「関係法令等を遵守していること」と簡潔にしても良いでしょう。

②と③は実に曖昧な書きぶりとなっていて、科学的な情報を踏まえて計画的に乱獲を継続している漁業は日本国内にいくらでもあります。「科学的」「計画的」などという単語が何を意味するかは、判断をする人間の解釈次第となります。当事者・関係者が甘い基準で判断すればなんでもOKになります。

オリンピックは国際的なイベントですから、FAOの「責任ある漁業の行動規範」や「天然水産物のエコラベリングに関するガイドライン」などの国際的な基準に準拠している水産物を調達する必要があります。エコラベルが本当にFAOのガイドラインに準拠しているかどうかをチェックするGSSIという国際機関があります。GSSIに認定された水産エコラベルで認証を受けた水産物をつかっておけば間違いないでしょう。ついでに、トレーサビリティについても入れておきましょう。

(修正案)
2.サプライヤーは、水産物について、持続可能性の観点から以下の①~④を満たすものの調達を行わなければならない。
①漁獲及び生産などすべてのプロセスが、関係法令等に照らして、適切に行われていること。
②The Global Sustainable Seafood Initiative (GSSI)がFAOの水産エコラベルガイドラインに準拠していると認定した水産エコラベルの認証を取得していること。
③個々の漁船や養殖場までさかのぼれるトレーサビリティを確保すること。

さらに続きます。

3 MEL、MSC、AEL、ASC による認証を受けた水産物については、上記2の①~④を満たすものとして認める。このほか、FAO のガイドライン注に準拠したものとして組織委員会が認める水産エコラベル認証スキームにより認証を受けた水産物も、上記2の①~④を満たすものとして同様に扱うことができるものとする。

MSCとASCは、世界的にも実績がある透明性が確保されたエコラベルであり、ロンドン大会、リオ大会でも調達基準として利用されてきました。これらのエコラベルを調達基準としても海外の理解は得られるでしょう。同列に並べられているMELとAELは、日本の業界団体による審査の緩い認証制度です。例えば、MELは、日本海の産卵場で絶滅危惧種のクロマグロを一番多く獲る巻き網船団を認証しています。産卵期のクロマグロが、持続的な水産物として東京オリンピックで提供されたら、世界の人々はどう思うでしょうか。輸入水産物についてはMSCという極めて厳格な認証が要求されるのに対して、国産水産物については業界団体の甘い審査でOKというのは、明らかなダブルスタンダードです。

MELについては、「業界団体ラベルだからダメ」ということではありません。オリンピックまでに大幅な改善をして、GSSIのベンチマーキングをパスすれば、調達方針に含むことは可能です。ただ、現状ではFAOのガイドラインから逸脱しているのは明白なので、現段階でMELを含むべきではありません。国産・輸入にかかわらず、持続性については同じハードルを設定した上で、国産原料を優先して調達するのが筋だと思います。

指定されたエコラベルの認証を得ていなくても、「組織委員会がFAO のガイドラインに準拠したと認めた水産エコラベルならOK」ということですが、こういう記述が出てくること自体がFAOのガイドラインを理解できていない証拠です。FAOのガイドラインは細かいところまで決められていて、準拠しているかどうかをチェックするのは、専門家がかなり時間をかけて丹念に作業をする必要があります。GSSIの場合は、チェックの仕方をBenchmarkというドキュメントにまとめているのですが、300ページ以上のボリュームで専門用語が満載であり、組織委員会に対応できる内容ではありません。日本国内にはベンチマーキングのノウハウがないので、GSSIのような国際機関に透明性を持ってチェックしてもらう必要があるのです。

持続性に関して、国内外でダブルスタンダードな調達基準を設けるのは不適切です。3番は削除して、改善案2②に示したように、「The Global Sustainable Seafood Initiative (GSSI)が、認定したFAOの水産エコラベルガイドラインに準拠した水産エコラベル」で一本化するのが適切です。

とどめの大穴が4番です。

4.上記3に示す認証を受けた水産物以外を必要とする場合は、以下のいずれかに該当するものでなければならない。
(1)資源管理に関する計画であって、行政機関による確認を受けたものに基づいて 行われている漁業により漁獲され、かつ、上記2の④について別紙に従って確 認されていること。
(2)漁場環境の維持・改善に関する計画であって、行政機関による確認を受けたも のにより管理されている養殖漁場において生産され、かつ、上記2の④につい て別紙に従って確認されていること。
(3)上記2の①~④を満たすことが別紙に従って確認されていること。

国産についてはハードルを下げまくったのですが、そのハードルすらクリアできなくても、「行政(1,2)と漁協(3)が認めればオッケー」ということです。確認プロセスについては何の記述もありません。透明性も、第三者性も、説明責任も、ことごとく欠如しています。まさに、何でもありですね。

さらに進みます。

7.サプライヤーは、使用する水産物について、上記3~6に該当するものであるこ とを示す書類を東京 2020 大会終了後から1年が過ぎるまでの間保管し、組織委員会が求める場合はこれを提出しなければならない。

書類の保持が1年って短すぎますよね。あと、サプライヤーが組織委員会に書類を提出できるようにするだけでは不十分です。組織委員会は、世界の人々に対して、東京オリンピックの食材の持続性に関する情報発信すべきです。4年後の次の大会に、東京大会が参考になるように、最低でも4年はウェブ上に情報を残してはどうでしょうか。

(改善案)
7.組織委員会は、サプライヤーから、使用する水産物が本調達基準を満たしているものであることを示す書類を収拾し、東京 2020 大会終了後から5年が過ぎるまでの間、ウェブ上に公開する。

この原案を読む限り「国産の水産物はなんでもOK」ということになると思います。ロンドンでは、オリンピックをきっかけに持続的な水産物の消費が拡大しました。リオ大会も同様の効果が期待されています。2020東京大会は「持続性よりも国産」ということで、オリンピックが培ってきたレガシーを捨て去る選択をするようで、実に残念です。

WCPFC(マグロの国際会議)への識者の声

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今回のWCPFCでは、日本の水産外交のこれまでのやり方がひっくり返されました。日本の水産外交は大きな転機を迎えているといえます。そのことを指摘する識者のコメントを転載します。真田さんは、会議に実際に参加されたので、誰よりも一次情報をおもちです。そして、井田さんは長年この問題をフォローされている国内メディアでの第一人者です。

WCPFCオブザーバー 真田さん

【WCPFC所感】
中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)にオブザーバーとして出席しましたが、いろいろ感ずるところがありました。
まず、非常に驚いたのが、WCPFCで日本側の提示する科学的見解にクレディビリティが問われる場面を少なからず見ました。近年日本近海でカツオが獲れない現象が続いていることから、日本はカツオの資源保護をWCPFCで訴えています。
しかし、WCPFCの下で行われる科学アセスメントでは、資源は悪化していないとされています。そこで日本はそうとは言えないとの対案を提示しています。この対案は中国と台湾も支持しています。ところが、WCPFCでこの日本の対案資源評価に対する支持の声を、私は思い出すことができません。
なぜこのようなことが起こったのでしょうか。それは日本側の提示する資源評価(特に太平洋クロマグロ)が余りに自国に都合の良いような手前勝手な解釈を行っている、と捉えられているからだと思われます。太平洋クロマグロなど北部太平洋資源については、ISCという資源評価グループによって行われていますが、これは事実上日本の水産庁の関連機関である組織を中心に構成されています。確かに現在の親魚資源量が初期資源量比2.6%と劇的に少ないとの資源評価を行ったのはこのグループで、こうしたアセスメントはWCPFCでも受け入れられています。しかしでは今後どうしたらよいのか、ということなどについては、現在の資源管理措置でも資源は当初の暫定資源回復目標を達成すると判断される評価を行うなど、日本の主張を概ね擁護するものとなっています。こうした日本の方ばかり持つかのような姿勢に対して、各国は多大な疑念を持っているではないかと思われます。
そもそも、現行の管理措置でも大丈夫だと日本側が強弁する太平洋クロマグロの初期資源量比は2.6%、これに対して現行の管理は不十分だと日本側が訴えるカツオは初期資源量比で58%、日本側の提示する対案資源評価でも41%です。これをダブルスタンダードと言わずして、何をダブルスタンダードと言うのでしょう。
自らの主張の科学的正当性を主張するなら、まずそれが科学的に公正中立であると各国から尊重されることが必要不可欠です。しかし、現在のところ、悲しいかな、WCPFCにおいて日本はそう見られていません。WCPFCで日本の利害と類似している国は中国・台湾・韓国など少数派で、数では勝てません。科学はWCPFCで日本が使うことができる、ほぼ唯一と言ってよい非常に貴重なカードです。残念ながら、少なくとも現在のところWCPFCで日本側は、この唯一のカードを自らへし折って捨てているように見えます。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1145041818941897&set=a.108469785932444.16403.100003082693313&type=3&theater

国際漁業問題に詳しい共同通信の井田さん

太平洋中西部のクロマグロ資源管理を議論する中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)の本会議は、下部組織の北委員会に
1)遅くとも2034年までに初期資源の20%まで資源を回復させる保存管理措置
2)加入量の著しい低下が発生した場合に緊急的に発動する緊急措置を来年の年次会合での採択することを目指すよう要請した。
って書くと大したことないように思うが、WCPFCの本会議は北委員会の決めたことをほぼそのまま承認していただけにこれは非常に大きく、重要な展開だ。
日本が実質的に仕切っている北委員会の取り組みが不十分なことに本会議のメンバーが業を煮やして、トップダウンで新たな宿題をやってくるように命じたことを意味する。日本がWCPFCに加盟したのは、自分で議論をリードできる北委員会の決定が本会議でも尊重されるめどが立ったからだったのだが、太平洋のクロマグロに関しては日本が仕切る北委員会の歩みの遅さに各国がダメ出しをした形になった。
長期管理方策について、2030年までの次期中間目標を、来年の北委員会で作成することと、そのために必要となる科学的な検討を行い、その結果を議論するための関係者会合を、来年春に日本で開催することも決まった。真面目に宿題に取り組んできちんとした回答を持っていかないと日本が世界からさらなる袋だたきに会うだろう。 水産庁のリリースからはそんなことは読み取れないが・・・。
https://www.facebook.com/ida.tetsuji/posts/1476019769092372?pnref=story.unseen-section

マグロの国際会議で日本がフルボッコにされたようです

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大変なことになりました。マグロの国際会議で日本がフルボッコにされたようです。

12月5日~9日に、フィジーで西太平洋のカツオやマグロの漁業管理を議論する国際会議WCPFCが開催されました。そのなかで、クロマグロの決議が前代未聞の紛糾をした模様です。

クロマグロについては日本が中心となり、北小委員会という独立した組織で協議した内容を本会議で承認することになっています。北小委員会は、議長も事務局も科学委員も全部日本が仕切っています。これまでのWCPFCでは、日本が北小委員会を仕切って決めたことが、ほぼ自動的にWCPFC本会議で承認される仕組みになっていました。

今年の北小委員会では、米国が中長期的な回復計画をたてようと提案したのに対して、過去最低の稚魚の加入が3年連続しない限り漁獲にブレーキをかけないという日本が対立し、新たな規制が何ら合意できませんでした(詳しくはこちらをご覧ください)。この北小委員会の決定に対して、本会議では非難囂々のようです。リンク先にある記事を書いたのはParties to the Nauru Agreement(PNA)という、ミクロネシア、ナウル、パラオ、パプアニューギニアなどの島嶼国の巻き網漁業の団体で、自然保護団体ではありません。他国の漁業団体から見ても論外な状況なのです。

http://www.scoop.co.nz/stories/WO1612/S00041/refusal-to-address-northern-bluefin-tuna-collapse.htm

水曜日に、北小委員会の代表(水産庁)は、「北太平洋のクロマグロ漁業には何ら制限しないことを勧告した」と報告した。Forum Fisheries Agency(全てのPNAメンバーが含まれる島嶼国漁業の団体)の代表は、行動の欠如を強く非難した。WCPFC本会議が、北小委員会に、委員会の懸念を反映したクロマグロ漁業の保全措置を勧告するように再調整することを求めるという、前代未聞の事態になった。

Representatives of the Northern Committee reported Wednesday that they recommended taking no action to limit fishing in the northern Pacific bluefin fishery. Representatives of the Forum Fisheries Agency, which includes all members of PNA, strongly criticized this lack of action. In an unprecedented action, the WCPFC directed the Northern Committee to reconvene to address the concern of the Commission that conservation measures be recommended for this fishery.

日本が主導で「何もやりません」という方針をつくり、本会議で報告したら、他の参加国からフルボッコにされて、「そんなもん、通るかっ。やり直し」となったのです。まさに、前代未聞ですがどうなったのでしょうか。「わが代表堂々退場す」になってないと良いのですが…

月曜日には、詳しい情報が入ってくると思うのでご期待ください。

現在のクロマグロの漁獲規制は、普通の漁業国から見ると「何やっていない」に等しい状態なのですが、国内メディアは、日本が主導で素晴らしい規制をしているという論調の報道をしてきました。水産庁の自画自賛をそのまま報道するという、戦中の大本営発表と同じ構図になっています。今回の会議の内容も「日本が主導で厳しい漁獲規制を提案した」という風に日本国内では報道されるのでしょうか。

中国の領海拡大にくさびを打つデュテルテ比大統領の妙手

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フィリピンのデュテルテ大統領が、中国との間で領土問題なっている海域を禁漁区にする構想を習近平国家主席に提案したそうです。これは実に上手いやり方で、デュテルテ氏はフィリピンの国益に配慮した戦略的なカードを切ったと言えます。

【緊迫・南シナ海】禁漁区構想でドゥテルテ比大統領「漁業資源維持が狙い」 – 産経ニュース.

中国は、補助金で遠洋漁業を拡大しているのですが、その背景には漁業既得権を突破口にした領海の拡大があると見られてます。まず漁船を派遣して操業実績をつくります。乱獲で資源がなくなれば、他国の漁船は消滅し、燃油も氷も全て補助金でまかなわれている中国船だけが残ります。そうすれば「中国漁船しか使っていない海域だから、中国のものだ」と実効支配しやすくなるという仕組みです。紛争海域を禁漁区にするというのは、主権を明確にせずに、中国漁船の進出を牽制する妙手です。産卵場を保護区にするというのは、国際的な支持が期待できるし、中国としてはNOという姿勢を示しづらい。海洋保護区にしてしまえば、中国のお家芸の「埋め立てて基地を造る」もできなくなります。中国の領土拡大の橋頭堡を造らせないうえで、効果的なカードなのです。

もちろん、その海域で操業するフィリピンの漁業者は反対するでしょう。では、規制をせずに放置しておけば、フィリピンの漁民が守られるかというとそうではありません。これらの海域が、中国漁船に実効支配されて、資源も漁場も失ってしまうのは時間の問題でしょう。そのことは東シナ海の漁場も資源も失った日本の現状を見れば明らかです。自国の漁民が反対したとしても、禁漁区にした方が長い目で見て自国の漁業のためにもなるのです。この点からもデュテルテ大統領が単なるポピュリストではなく、長期的な戦略眼とリーダーシップをもった人物であることがわかります。「肉を切らせて骨を断つ」というのは、言うのは簡単ですが、実行するのは困難です。

 国内調整しか考えず、フィリピンとは逆のことをして、漁場と資源を中国に譲り渡してしまった日本の失敗について振り返ってみましょう。

日本と中国の間に広がる東シナ海はかつては豊穣の海でした。戦前から日本のトロール船が乱獲していたのですが、1980年代ぐらいから、中国船が進出し、資源をほぼ獲り尽くしてしまいました。

複数の国の200海里が重複する場合は、陸地からの中間線を排他的経済水域の境界とすることになっています。日本と中国では離島の帰属で合意できていないケースが多く、日本は中国に対して200海里の宣言をできませんでした(韓国に対しても同じ)。そこで、中国との漁業のルールは二国間交渉で決めました。それが日中漁業協定です。領土問題で合意できない海域を暫定水域として、双方が操業できることにしました。「合意できないことについては棚上げする」ということで、グレーゾーンをグレーにしたまま、漁業活動の継続を優先させたのです。現在も下図のような広範な暫定水域が残されています。

◆漁業協定の暫定水域等略図海上保安庁のサイトから引用

暫定水域では、双方の国の漁船は相手国の許可無く、自国の法に基づいて操業が可能です。相手国の違反を発見した場合は、注意を喚起すると共に相手国に通報することは出来るのですが、強制力を持った取り締まりはできません。つまり、中国船は中国の法律に基づいて自由に操業できるし、日本政府はそれを取り締まれないのです。日本漁船も同じ条件で、中国政府から取り締まられないのですが、中国が一方的に境界線ギリギリまでやってきて、ほぼ排他的に操業しているのが現実です。

なぜ日本は、このような自国に不利な条約を締結してしまったのでしょうか。歴史をひもといてみると、実は大きな暫定水域と操業の自由を要求したのは、むしろ日本の側であったことがわかります。初期の協定が結ばれた当時(1950年代)は、日本が一方的に攻める立場で、日本側漁船の中国沿岸における乱獲, およびそれに伴う資源枯渇が問題になっていたのです。当時の状況についてはこちらにまとめました。
1970年代からパワーバランスが中国よりにシフトとしていく中で、日本は守りに入らざるを得なくなる。そうなると、暫定水域を狭めると共に、規制を強化する方向に舵を切るべきでした。その最大のチャンスが、1997年に日中間で締結された日中漁業協定です。残念ながら、戦略性を欠いた日本は、抜本的な変化を避けて、問題先送りしてしまいました。その結果が、資源が枯渇し日本漁船がほぼ消滅した東シナ海の現状です。

日中漁業交渉についてはこちらが詳しいです。
http://www.geocities.jp/fematerials/etc/jcf.html

もし、1997年の時点で、日中暫定水域が禁漁区になっていたら、今頃どうなっていたでしょうか。まず、日中漁船の衝突は起きていません。相手国の違法漁船の取り締まりも容易です。そして、暫定水域の豊富な水産資源がにじみ出すことで、どちらの国の漁業も利益を得ていたはずです。そして、暫定水域を越えて漁船を進出させられないので、中国が領海を広げるのは極めて困難になります。禁漁区が領海問題における紛争を未然に防ぐ非武装地帯として機能するのです。

今回のフィリピンの提案は、日本の失敗をよく学んだ結果だと思います。日本を反面教師にして、東シナ海での失敗を南シナ海では繰り返さないで欲しいと思います。

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from 18 Mar. 2009

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