2024年5月22日水曜日

解離への対応に関する覚書 2

・相談すると人に迷惑をかける、ということばかり考えている当事者さんたちへのアドバイスは?

先ず迷惑をかけるという心配をする必要がなく話せる相手を見つけることが第一歩ではないでしょうか?カウンセリングとかで、話し方の練習を始めるのが一番でしょう。ただし人に気を使う、というのは習い性ですので、それを直そうという感覚は最初は持たない方がいいかも知れません。特に遠慮を感じたり圧をかけられたりする人との関係を持たないということが一番大事かもしれません。

・周囲の人の気を付けるべきことは?

その様に心がけるだけでも随分違うでしょう。人間関係におけるベクトルを常に考えて下さい。どちらがどちらの顔色を窺っているのか。それによりベクトルが成立します。相手が自分の顔色を窺っているような関係には気を付けて下さい。自分では気がつかないものです。「あの人なら気楽に話せる」とこちらが思えている時、相手はとても気を使っている可能性があります。解離を持つ方は大抵は、周囲のすべての人の顔色を窺うことで生き抜いてきた方です。こちらがそのことを考えるだけでも当事者に対する姿勢としては大切だと思います。

・別人格に関わると却ってよくない、という意見については?

「交代人格を相手にしてはダメ」というのは都市伝説です。何らかのメッセージがあってそこにいると考え、それを聞き取ることが第一です。大抵は治療者が解離の症状について問うた場合に患者さんがそれについて話すと、治療者が引き出してしまった、という感覚を与えるという問題があります。これが医原病という考えです。これには古い歴史があり、このために解離については触れるな、という暗黙の掟、ないしは都市伝説があります。私達はそれに戦っていかなくてはならないのです。

●医療施設が数少ないという現状で、患者さんたちはどのように生き抜いて行ったらいいのでしょうか?

私は患者さんたちの間の自助グループのようなものが必要だと真剣に考えています。今や解離について一番知っているのは、実は当事者の方々であるという現状があるのです。


2024年5月21日火曜日

解離への対応に関する覚書 1

 医療者とのコミュニケーションについて。うまく伝わらない場合はどうしたらいいのか。

やはりご自分の体験を何らかの文章にしてまとめることは必要でしょう。クライエントさんは医師の前で思いつくままに語るのではなく。初診の時点で文章にしていらっしゃるといいと思います。少なくとも医師にとってそれは非常に役に立ちます。しかし「はい、これを読んでください」ではいけません。医師の方はただでさえ限られた時間でそれを解読し、場合によっては書き写すのは負担です。それをもとにご自分の言葉で大事なところから順番にお話をしてください。起きたことをバラバラに伝えるのではなく。それが一番相手にも伝わるのです。医師といえども人間です。人に話す時、どのような順番で話せば一番伝わるのかをお考え下さい。

覚えていないことが多いが、それをどう伝えたらいいか。
 だからこそ整理して伝えるのです。そして覚えていないのはどの様な部分なのかについても、つまりそれについて説明するつもりでいらしてください。つまり何が分からないか、というマイナス情報を示すということになります。例えば小学校の高学年の頃が一番記憶に残っていません、とか今でも時々数時間の単位で記憶がなくなります、とか。知らないうちにどこかに行っていたなど。これらはとても重要な情報です。

・解離の治療は最近は進んでいるのでしょうか?薬物療法は意味があるのでしょうか。

基本的には臨床診断、つまり聞き取りが一番大事です。ただDESなどはスクリーニングとして役に立つということがあります。薬については、ベンゾジアゼピンやお酒で悪化することだけは覚えておいてください。抗うつ剤はもちろん役に立ちます。解離の方がなかなか良くならないのは、その方が置かれている人生のストレスか、あるいは合併症だと考えています。そちらの治療が大事であるとお考え下さい。

2024年5月20日月曜日

「トラウマ本」 トラウマとパーソナリティ障害 加筆訂正部分 5

 CPTSDとBPDの関連性 -その再考

   以上Herman により提唱された「BPD寄り」のCPTSDの概念について述べたが、ここで再び問おう。ICD-11によるCPTSDとBPDとの関連性については、結局どの様に捉えたらいいのであろうか。
 ICD-11が発表された後に、CPTSDがPTSDとBPDの合併症と区別されるべきかという問題がさかんに論じられるようになった。そして「自己組織化の障害」はCPTSDとBPDに共通しているというのが概ねの見解であるようである(Ford & Couerois, 2021)。しかしCPTSDのパーソナリティ傾向とBPDのそれはやはり異なるものとしてとらえるべきだという見解もある。
  Cloitre (2014) は、「自己組織化の障害」はCPTSDとBPDに見られるとしているが、その上でBPDの場合にはそれ以外にも、以下の4つが特徴的であった点を強調する。それらはすなわち見捨てられまいとする尋常ならざる努力、理想化と脱価値化の間を揺れ動く不安定で激しい対人関係、著しくかつ持続する不安定な自己イメージや感覚、衝動性、である。
 そしてこれらはCPTSDでは低かったという事である(Cloitre, et al. 2014)。また自殺企図や自傷行為はBPDでは50%だったが、CPTSDやPTSDでは15%前後だったという。すなわちCPTSDとBPDとの関連性はそれほど高くないということになる。
 改めてCPTSDに描かれた、「自己組織化の異常」として表されるパーソナリティ傾向を考えると、それはBPDに比べて「地味」であり、他罰的ではなくむしろ自罰的であると言えよう。その意味では上記のCloitre の結論は納得出来るものだ。長期、特に幼少時にトラウマに晒された人々が悲観的で抑うつ的、自罰的なパーソナリティ傾向を有することは臨床場面でも見て取れることであり、それはBPDの典型像とは異なる。そして「自己組織化の異常」はそれを比較的うまく表現しているように思う。
  ちなみにBPDの特徴と捉えるための概念として、私は最近提唱されているいわゆる「hyperbolic temperament」説に注目している。ボストンのZanarini グループが1900年代末に提唱した説であり、ボーダーラインの病理のエッセンスとして、いわゆる Hyperbolic temperament による心の痛みが特徴であると説いた(Hopewood, et al. 2012)。これを字義通り「誇張気質」と訳すと誤訳扱いされかねないので「HT」と表記しておくことにする。このHTとは次のように記されている。「容易に立腹し、結果として生じる持続的な憤りを鎮めるために、自分の心の痛みがいかに深刻かを他者にわかってもらうことを執拗に求める。」(Zanarini & Frankenburg, 2007, p. 520).
 これはDSMのBPDの第一定義、すなわち「他者から見捨てられることを回避するための死に物狂いの努力」(DSM-5)とほぼ同義であるように思う。ただしHTは「気質temperament」、すなわち生まれつき、遺伝子(というよりはゲノム)により大きく規定されている、と主張している点が特徴だ。
 以上のことから本章の一応の結論を述べよう。HermanのCPTSDの概念の提案は確かに偉業であった。慢性のトラウマを体験した人々の精神障害についてのプロトタイプとして掲げられたCPTSD概念には大きな意義があり、ICD-11への掲載により、この問題に対する啓発という目的は達成されたのだ。
 ただしHermanのCPTSDの概念にBPDが含みこまれていたことは、BPDの病理を把握することの難しさをかえって際立たせたという側面を持っていたかもしれない。そしてこれらの考察が示唆するのは、CPTSDに見られるトラウマ由来のパーソナリティ傾向は、ボーダーラインパターンのみではとらえられず、あらたにPDに追加されるべきものではないかということである。

2024年5月19日日曜日

CPTSDと解離 6

 DESについて。この28項目からなる尺度(ここでは省略)は、解離の三つの構成要素について問うているとされる。それらは没頭、離人、健忘である。

健忘については、以下の項目。 3, 4, 5, 6, 8, 9, 10, 24, 25, 26
没頭については 1, 2, 14, 15 ,16, 17, 18, 20, 21, 22, 23
離人については 7, 11, 12, 13, 19, 27, 28 

このうち赤字で示した項目は合計8項目で有り、taxon すなわち病的なものということになる。それを以下に示す。

没入
22 場所が変わるとまったく別の行動をするので、自分が二人いるように感じてしまう。
健忘
3 気がつくと別の場所にいて、どうしてそこまで行ったのか自分でも分らない。 
5 自分の持ち物の中に新しい品物がある。しかし自分では買った憶えがない。 
8 友達や家族の見分けがつけられない時がある。
離人
7 自分の近くに立っていたり、自分が何かするのを眺めたりして、まるで他人を見るように自分を外から見ている
12 周囲の人間、事物、出来事が現実でないように感じる。 
13 自分の体が自分のものではないと感じる時がある。
27 何かするように命令したり、自分の行為を批判する声が、頭の中から聞こえる。

さてここで検討してみよう。これらは本当にtaxon なのだろうか。だいたいそれに該当するように思える。ただし12などは、正常範囲でもある程度は体験されるのではないか、という気はする。またこの8つには採用されていないものの中にも、通常は起き得ないような、つまり taxon っぽいものもある。私の主観であるが。たとえば・・・・

6 見知らぬ人から別の名前で呼ばれたり、以前に会ったことがあると言われる。

25 自分に記憶がないが、何かを実行した形跡がある。  

26 自分に記憶がないが、明らかに自分が書いたメモ、絵、文章などを発見する。

2024年5月18日土曜日

CPTSDと解離 5

先日紹介したこの論文、実はネットで読めることが分かってさっそくダウンロード。

 Hyland P, Shevlin M, Fyvie C, Cloitre M, Karatzias T. The relationship between ICD-11 PTSD, complex PTSD and dissociative experiences. J Trauma Dissociation. 2020 Jan-Feb;21(1):62-72.

その冒頭に書いていてある事に考えさせられた。こう書いてある。traumatic stress researchers have debated whether dissociation is dimensional or a taxon (Brewin,2003) 訳すると、「トラウマの研究者の間で意見が分かれている問題がある。解離はディメンジョナル(次元的)か、タクソンか」。
 最初は意味が分からなかったが、それは私が解離の議論に関してこれまで関心を向けていないことだったからだ。
 この文章はすなわち、すなわち解離とは病的な特性として抽出できるようなものなのか、それとも誰にでもあるものがその度合いが高くなることにより病的になるのか、ということだ。例えば「憂鬱気分」はディメンジョナルだ。なぜなら軽い憂鬱分は誰でも体験するが、深刻になるとうつ病と診断される。その意味では「不安」もディメンジョナルだ。
 タクソンとしては例えば「幻聴」が挙げられるだろう。特殊な病気で生じ、それが見られることは diagnostic (診断的)である。「意識発作を伴うような痙攣発作」もそうだ。つまり「昨日軽い幻聴があったけれど、すぐよくなった」とか「昨日電車の中で軽い痙攣発作が起きたけれど、いつものことだから気にしなかった」ということは普通はない。「悪性腫瘍」もタクソンだ。「大学時代、梅雨の頃になると軽い悪性腫瘍が出来たが、医者に行くまでもなく直ぐによくなった」ということはないだろう。
 さて解離はどうか。軽い(健康な範囲でも起きうる)解離症状と病的な解離症状とに分かれるのか。難しい問題だが、いわゆるDES-Taxon はこの理屈に沿ったものだ。


2024年5月17日金曜日

CPTSDと解離 4

 もう一つ適切な論文を見つけた。これも抄録からまとめてみる。

Fung HW, Chien WT, Lam SKK, Ross CA. The Relationship Between Dissociation and Complex Post-Traumatic Stress Disorder: A Scoping Review. Trauma Violence Abuse. 2023 Dec;24(5):2966-2982. 

二つの大きな学術的データベースであるWeb of Science and Scopus databases及びProQuest を用いて、3つの問いを検討した。1.CPTSDは解離症状と関連しているのか? 2.CPTSDの診断を満たす人の解離症状はどれほど見られるのか? 3.CPTSDにおける解離症状の相関 correlates は何か。26の研究のうち10において、CPTSDの患者はそれ以外に比べて高い解離スコアが得られたと報告している。そして11の研究において、CPTSDと精神表現性/身体表現性解離 psychoform/somatoform dissociation scoresとの間に正の相関が見られたと報告している。CPTSDの患者のうち解離症状がどの程度多いかについては殆ど研究がないが、かなりの割合で(例えば( 28.6-76.9%))顕著な解離症状が見られる可能性がある。CPTSDにおける解離は合併症状(DSM-IVにおける第二軸症状、恥、身体症状)も多い。このテーマに関する更なる研究が必要である。

結局どれも面白くない。数値が出て来るだけである。CPTSDと解離の関係については、自分の頭で考えていくしかない。

2024年5月16日木曜日

CPTSDと解離 3

このテーマに関して二つの論文の抄録を読んでまとめてみた。

Hamer R, Bestel N, Mackelprang JL. Dissociative Symptoms in Complex Posttraumatic Stress Disorder: A Systematic Review. J Trauma Dissociation. 2024 Mar-Apr;25(2):232-247.

ICD-11にCPTSDが掲載された。しかしCPTSDの評価の際にどのように解離が関係しているかについては明らかにはされていない。そもそも解離とCPTSDの関係性自体が不明である。この問題に関する17の論文を検討した。CPTSDの程度を推し量るうえで最も頻繁に用いられているのが、ITQである。また解離症状の程度を評価するのに用いられる尺度は12あり、その中でももっともよく用いられるのが、DSS(Dissociative Symptoms Scale)とDESである。それによるとCPTSDと解離の相関は中等度 moderate ~強度 strongであるが、研究にばらつきも見られる。CPTSDにおける解離の程度を決定する上で最適な尺度を見極めなくてはならない。


Hyland P, Shevlin M, Fyvie C, Cloitre M, Karatzias T. The relationship

between ICD-11 PTSD, complex PTSD and dissociative experiences. J

Trauma Dissociation. 2020 Jan-Feb;21(1):62-72.


本研究は英国において深刻なトラウマを経験し、トラウマ的なストレスと解離体験に関する尺度を記入してもらった患者106人の患者である。大部分(69.1%)がCPTSDの診断基準を満たした。CPTSDの基準を満たす患者は、PTSDのみないしは診断のつかない患者に比べて、より高い解離傾向を示した。(Cohen's d がそれぞれ 1.04 と1.44)CPTSDの3つの症状クラスターが多変数的に解離と関連していた。それらは「感情調節不能 Affective Dysregulation」 (β = .33)と「今ここでの再体験 Re-experiencing in the here and now」 (β = .24)と「 関係性の障害 Disturbed Relationships」 (β = .22)であった。解離がCPTSDのリスク要因なのか、あるいはその結果なのかを知るためには縦断的な研究が必要になろう。