地元版の朝日新聞に持ち込み写真が載りました( ^ー^)b!

 私事の自己満足みたいな日記で恐縮なんですが…
地元版の朝日新聞に持ち込み写真が載りました

( ^ー^)b!

原版写真は本文下↓)

昨日、もうひとつの本業の店の近くで火事があり、直ぐにカメラをセットして現場にかけつけました。
駐車場にある車庫として使われていた建物から出火。 約一時間程で鎮火されました。

この火事で150ccバイク三台と50cc一台が焼失。
幸い怪我人等はありませんでした。

半分ほど消火された頃に撮影しはじめたので、炎がでてるところは撮れませんでしたが、黒煙がモクモクたちこめていました。

…とまぁここまでは、新聞報道でも報じているので、新聞で報じないところを暴露します(^^ゞ
実は火元の車庫にはガスも電気も備わっていない火の気の無いところ。

なのに火事ですよ。

おかしいと思いませんか、皆さん。

バイクが四台燃えたと言うところにヒントがあります。

燃えたバイクの使用者は、地元で爆音族として住民に迷惑をかけてる奴等なんですよ。

で、出火原因も恐らくはタンクからガソリンを移し替えしようとしていたのではないかと思われます。

何せ出火時に車庫の入り口外に置いていたバイクが全焼してますからね
でも、こいつらのバイク(しかも、改造バイク)が無くなって地元住民は清々しています。

春になって暖かくなると出没して、夕方以降の時間に、とにかく空吹かしで爆音をたてて走り回る。沿線住民はえらい迷惑。交差点ではスピードこそ落とすものの信号は無視。
車を使ってる身からすれば、いつか車と衝突事故起きるんじゃないかと、走ってても冷や汗もんです。
(こういう場合でも車を運転してる側は罰せられますので)

今年の始め頃から火事のあった駐車場にたむろしてるのを、何度か目撃してましたが、まさかそこの車庫を借りてるとはおもいませんでした。

この火事の話を人に話していると、

「バチが当たったんだわ」

と皆さん口を揃えておっしゃいます。

変な形に改造されて、人に迷惑をかける道具と使わて酷使された挙げ句に、燃やされてしまったバイクたちも可哀想です、ホントに。
こいつら爆音族は車庫の建物の弁償や仲間のバイクまで全部失ったので、ほぼ爆音族として復活は無理だと思われます。

こういう連中が今後出てこないことを願うばかりです。

新聞に載った写真の原版写真です

フォトアルバム作りました、ご覧になりたい方はこちらへ↓
2011-5-13 火事現場Scoop写真 一部始終

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『青空と葉桜と桜の花』

2011年の清滝溶岩流まつりは、午前中に雨が降ったかと思ったら
その一時間後にはすっかり晴れて、透き通るような青空
マウンテンパーカーを最初は着ていましたが
晴れてからは、暑くて脱いでいたほど。
さて、その晴れた青空の下、清滝の大桜は人の背丈部分が咲いていたと先日の記事で書きました。
丸太ベンチに腰掛けて、咲いた桜を愛でていると、そのバックにはすっかり葉桜になった枝が見えています。
そして、さらにその背景には綺麗に晴れた青空が見えています。
今年の桜をあらわしているかのような光景に1枚パチリ。
 
上のほうだけ全部葉桜なんて普通はないんですよ

『清滝の遅咲き桜』

今年の桜は咲くのが全般的に遅いところが多かったですね。
原因は、冬に大量に降った雪
清滝のある日高町神鍋では、通常の倍はふったかと思われます。
そのせいで、桜の咲くのも1~2週間遅く、いつも清滝溶岩流まつりのころには、葉桜になっている清滝の大櫻たちも、高いところはすっかり葉桜になのに、人の背丈の低い部分だけ綺麗に咲いていました。
 
身近に目の前で桜を愛でることが出来ました。
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『おっと!』-第10回清滝溶岩流まつり(2011)-④

今年で第10回を迎えた清滝溶岩流まつり
毎年、恒例になっているのが「鱒のつかみ取り」です。
四角い即席プールにブルーシートをかぶせて、水を張り
その中に地元の綺麗な水で養殖している鱒を放します。
そして、始まりの合図と同時につかみ取りのスタートです。
子供たちは靴を脱いで、裾を捲り上げて、プールの中へ
そして、鱒と追っかけっこ。
捕まえようとした子供が「おっと!」
つかまれかけた鱒も
「おっと!つかまってたまるかい」
といっているようでした(笑) 
 
壮絶な(?)バトル
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『スーザフォンを吹く少女』-第10回清滝溶岩流まつり(2011)-③

皆さんは、吹奏楽の楽器の中で一際大きい
「スーザフォン」
と言う楽器をご存知でしょうか?
マーチングバンドとか、吹奏楽隊の一番後ろを歩いている
大きな開口部のベルをもつ楽器です。
最近では全て金属製のものだけではなく、大きな開口部の
ベルの部分をFRP製にした軽量タイプがありますが、それでも
その重さは、9kg以上、全て金属製は12kg以上もあります。
さて、このスーザフォンはその輪の中に体を通して
肩にベルの部分を載せて吹奏しますが、
流石に身長のある程度大きな子でないと、
こんな楽器を支えられません。
背筋をピッと伸ばしてふくそのりりしい素顔は
かわいい中学生の女の子でした。 
重いだろうなぁ(苦笑)

『バンソウコウ』-第10回清滝溶岩流まつり(2011)-②

日高・清滝溶岩流まつりは、地元の子供や生徒たちの
成果の発表の場でもあります。
日高中学校・吹奏楽部の生徒たちの練習の成果を
きているお客さんの前でお披露目です。
大きなチューバを担いでいる女の子
ピストンを押す中指にはバンソウコウが…
練習をたくさんして、肉刺(まめ)でも出来たのでしょうか
そんなことを思いながら、見ていました。 
一生懸命に吹いていました。
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『お披露目』-第10回清滝溶岩流まつり(2011)-①

今年で第10回を迎えた日高町清滝でおこなわれた清滝溶岩流祭り。
地元・清滝幼稚園の園児たちによる踊りのお披露目です。
両腕に先生お手製のお花のぽんぽんを付けてての登場です。
円陣体制になると音楽とともに踊り始めます。
その後姿をパチリ。
やはり、小さい子供のお遊戯は見ていてもかわいいですね。
 
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『おいで、おいで』

出石の辰鼓楼の袂には、お堀の池があります。
色鮮やかな鯉が泳いでいますが、女の子が身を乗り出して、
麩菓子のえさをちぎってはいれ、ちぎってはいれ。
周りから鯉たちが集まってぱくついています。
女の子は、鯉が自分のところに集まってくれるのが楽しそう。
よく野良猫や動物などにえさをやるのが問題になることがありますが、
人間と言うのは、こういうのが嬉しいのかもしれませんね。
 
おいで、おいで
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[『町屋のある風景』

兵庫県北部にある出石町は城下町です、
出石城跡が今でも残り、毎年3月には初午大祭、11月には出石お城祭りが行われます。
出石は「但馬の小京都」と呼ばれるくらい町並みも町屋造りが残る建物も多く、リフォームする場合も同じような作りにするおうちもあります。
実は、出石の地にこのような町屋がたくさん残るようになったのには理由があります。
1925年(大正14年)5月に発生した北但大震災で、現在の豊岡市の当たる町村は大きな被害を受けました。
出石も例外ではなく、当時の町屋作りの家の多くは損壊にあいました。

豊岡と城崎は倒壊とそれと同時に発生した火災などにより町並みを失うことになったため、震災復興再開発事業で町並みを再建する大掛かりな復興で町並みが震災前とは大きく変わることになりました。

 

しかし、出石は町並みは倒壊よりも損壊のほうが多く、そのまま建物を修繕して使う家屋が多かったのと、当時の出石には明治時代からの大工職人も多かったため、このような町屋造りのままで再興していったのです。

 

出石は今でこそ出石蕎麦や出石城で結構世間様に知られるようになりましたが、昭和の時代は同じ但馬にありながら、町は寂れ、観光客も城崎に大きく負ける状態でしたが、地元の方々の努力によって観光客を呼ぶ施策が実施され、現在の賑わいを得ました。

 

こういう町屋造りをみると、町屋には住んだことのない自分でさえどこか懐かしさを感じてしまいます。

 

奥に見えるのはだんじりの一団です。
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『辰鼓楼とだんじりー古から続く光景ー』ー2010・出石秋祭りー(1)

10月10日、昔は体育の日だったこの日は
出石では秋祭りが行われ、名物の喧嘩だんじりがおこなれます。
.出石城跡の麓(ふもと)にある広場は、各地区の連のだんじりが集結します。
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真っ赤な半被の川原区のだんじりは神社へのお参りも済ませ
待機場所である辰鼓楼の袂へやってきます。
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昔から続くこの行事、古のお侍が闊歩していた時代にも
このような光景がみられたのでは、と思わせる一幕でした。
 
でも、昔の辰鼓楼には時計は付いていないですけどね(笑)
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