夢の中で 自分は 以前に書いた 戯曲
つまり 舞台演劇の台本を 書いたらしく
それを どこに置いたのか 忘れているらしい
本棚にも コンピューターにも 見つからない
夢の中で ああ そうだった と 気がつく
あれは 頭の中に 入れて置いたんだ と
記憶していたことを 忘れていた ということらしい
やっと 安心して 眠った そういう夢だった
本当に目が覚めた時 あれは どんな戯曲だったのか
全く 記憶にない
山田リオ
自信のない詩人、山田リオが書いた詩、作文など、いろいろです。 Copyright © Rio Yamada. Watermark テンプレート. Powered by Blogger.
■2005/08/13 (土) SAD GUITAR
■2010/07/02 (金) |
八木重吉(1898~1927)
わたしみづからのなかでもいい
わたしの外の せかいでも いい
どこにか 「ほんとうに 美しいもの」は ないのか
それが 敵であつても かまわない
及びがたくても よい
ただ 在るといふことが 分りさへすれば、
ああ ひさしくも これを追ふにつかれたこころ
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「現代詩手帖 12月号」(思潮社)の「今年度の収穫」で、詩人の須永紀子さんに、私の詩集「ときのおわり」 を取り上げて頂きました。
「病を得て悪化したころから書きはじめたという詩人の、ポエジーあふれる第一詩集。何度読んでも清々しさに魅了される。」須永紀子
また、同欄で、詩人の荒川洋治さん、岡本勝人さんも、「ときのおわり 」を取り上げてくださいました。ありがとうございました。 山田リオ
大きい山 小さい山 大きい川 小さい川
大きい人 小さい人 大きい手 小さい手
大きい窓 小さい窓 大きい空 小さい空
大きい雲 小さい雲 大きい音 小さい音
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山田リオ
遺言は もう 書いてしまった
さて 次は 何を書こうか
なにか 軽くて ユーモアのある ドルチェ? 甘いもの?
ああ でも そういうものは
軽い と言ったって なんだか 気が重い
何を書いたとしても それは 蛇の足 蛙の尻尾
みたいな気がするのは ぼくの頭が おかしいのか
それとも すべては 気候変動のせいなのか
まだ 秋が来ないうちに もう 冬が来てしまったのは 誰のせいか
そうだ 遺言の 続編を 書けばいいんだ そうしよう
そうすれば 蛇さんも 蛙さんも きっと 喜ぶんじゃないかな
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秋が くると いふのか
なにものとも しれぬけれど
すこしづつ そして わづかにいろづいてゆく、
わたしのこころが
それよりも もつとひろいもののなかへくづれて ゆくのか
姓は苗字、名は名前、英語だと、Last name and first name.
ああ、そうだ。surname, given name という言い方もある。
surname が苗字で、given name が・・
でも、「下の名前」という言い方には、なんだろう、違和感がある。
ぼくの名前の「リオ」は、ポルトガル語、またはスペイン語で「河」という意味だ。
そして、河は、海に向かって流れて行く。そう。いつか、海に出会う。
だから何だって? だから、ね、そういうことなのさ。
ところで、一生の間には、一度くらい、
この写真のような日没に出会う幸運も、あるんだよね。 Rio
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■2010/05/20 (木) |
セミの声が聞こえない夏 いつまでも終わらない夏
スイカを買おうと スーパーマーケットに行った
プラスチックの箱に入れた 細かく刻んだスイカの破片が
ほんの少し あるだけだった
それで 八百屋さんに行ったら
三日月の形のスイカがあったので すぐ 買った
八百屋さんが 「もうすぐ スイカは 終わりなんですよ」 と言う
そうか 今年の夏は 終わらないんだと思っていたら
スイカさんの世界では 夏は もうすぐ 終わるんだな
それなら 気がつかなかったけど 季節は まだ あるんだ
「そうだよ 夏は もう 終わるんだよ」 スイカさんが そう言っています
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今日は 雲の祭り なので 「雲の日」に決めました
これは 個人的な祝日です
雲が どんどん動いて行く 新しい雲が生まれる
そんな日なので わたしは 一日 空ばかり見ている
雲の祭り 雲の日
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On the Road |
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