近 況 報 告  2024
 三浦 佑之 / MIURA SUKEYUKI
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【2024年03月】
 年度末という多忙な時季から離れて何年も経ちますし、最近は3月に特別な感覚をもってはいないのですが、今年の3月はなんだか仕事が立て込んでいます。一つ片づけるとすぐに次の仕事があったりして落ち着きません。つい先日も、ある雑誌で古事記特集をするので手伝ってほしいという連絡があり、あまり気乗りしないままに編集者さんに会って話をしているうちに、なんだかやらなければいけないという強迫観念というか、プライドというか、義務感というか、そういう気分になって、忙しい思いをしました。まだゲラを確認などあって仕事は済んでいないので、詳しい情報は後日お知らせします。そんな中で、奥歯に入れていたインプラントが根っこから抜けてしまって歯医者さんに行きました。13年前、3・11の最中に造っていた歯で、余震かなんかのときも歯を削っている最中で、歯医者さんといっしょに表に飛び出したのを覚えています。その歯が、13年経って抜け落ちました。寿命だったようです。インプラントというのも永久にもつわけではではないと歯医者さんは言ってました。高いものなのにね。それで治療ということになったのですが、骨が退化していて新たなインプラントを植え込むのは無理だと言われ、入れ歯を造ることになり、昨日は型を取りました。何回か通って出来上がるそうで、保険が効くのでお値段はお手頃でよと言われています。ただ、インプラントのように違和感なく食べ物を咀嚼できなくなりますよとも言われていて、着実に老化が進んでいることを私の肉体が身をもって教えてくれています。しかし、今少し、それに抗いながらやらなければならないことを粛々と進めたいと思っています。 (26日)

 16日(土)「朝日新聞」朝刊に『手塚治虫の歴史教室』の書評が出ました。あまり期待していなかったので取りあげてもらってうれしかったです。評者は作家の澤田瞳子さんです。手塚治虫の取りあげる歴史は、「常に国家や権力に虐げられる弱者から物語を紡いでいる」という点を指摘し、変わる歴史観と変わってはならぬ歴史観、その双方について学ぶきっかけともなる一冊」であると評価していただいています。本文はこちらで読むことができます。 (16日)

 9日に義理の弟の三回忌があったので三重県の田舎に行っていました。奈良県境に近い山中なのでかなり寒かったのですが、天気がよく、妹、姪と甥の配偶者、そしてその子たちと会って話が弾みました。一泊して、10日は名古屋に出て、そのまま帰るのも残念だったので、中央西線で松本に出て、松本から中央東線で新宿に出るという電車旅をして家に戻りました。松本の町を歩いたのは学生の頃山をやっていた時以来ではないかと思います。松本城を初めてみました。お昼に食べたお蕎麦もなかなか美味でした。 (10日)

 いつもの年より1日多い2月でしたが、それでもほかの月に比べると1日か2日少ない2月が終わりました。あまり何もできない一か月だったなと反省。原稿も1本書いただけかな。外にも出なかったし、講座も朝日カルチャーの月例会が1月からなくなったので、外に出ることがめっきり減少してしまった感じがします。あまり家に籠もってばかりだと、ことに老体にはよくありません。そんななかで、収穫は、劇団カムカムミニキーナの「かむやらい」(高円寺・座)が収穫。神武東征をあんなふうに演じられるというのはとても凄いことです。芝居をやっている頃にこんな芝居がやれればおもしろかっただろうなあ、思いつきももしなかったことだけれど。あとは、久しぶりに、昔の研究会の仲間と、主宰者Kさんの家でおでんパーティー。集まったのはKさんを入れて6名ですが、80代2名、70代後半3名、60代1名(研究会のメンバーではなくオブザーバーのような人)ですが、酒を飲むのはわたしとKさんだけで、あとは舐めるだけ。前はそうではなかったのですが年のせい。医者にとめられたり病気で自主的にやめていたり。糖尿なのにしっかり飲んでいるなんて、ちょっとまずいよなと思いつつ、おでんに酒がなくて、どうすんの。「蘭奢侍」なんていう名のめずらしい酒も買っていったことだし。Kさんの家には、おでん屋さんのような大きくて四角い本格的なおでん鍋(?)かあって、味も本もののおでん屋さんの味なのです(奥様、ありがとうごさいます)。
 というわけで、2月はすっかり休憩月ということになりましたが、3月はそうはいきません。古い本の化粧直しと、新しい本の制作にかからないといけないので、本気を出さないと窮地に陥ります。その前に、細かな約束と確定申告をしなければなりません。ああ、なんだかやる気を出したのに、急激に憂鬱になってきた。  (1日)
【2024年02月】
 12日(月)「朝日新聞」朝刊1面下のサンムツに『手塚治虫の歴史教室』(いそっぷ社)のカラーの広告が掲載されました。すべての本社版で同じ広告が出ていますから、かなり宣伝効果は大きいと思います。そのお蔭で、WEB書店を確認するとどこも売上がアップしているようで、品切れになっているところもいくつか出ています。ぜひ皆さま、よろしくお願いします。 (13日)

 『手塚治虫の歴史教室』のアマゾン価格ですが、出版社のほうから申し入れたら、すぐに訂正されました。現在は、正しい1870円で販売されていますので、安心してご利用ください。 (1日追加)

  釈然としないままに1月が終わり、4年に一度の閏日のある2月になりました。締め切りに追われていたりすると、一日得したような気になる月です。『手塚治虫の歴史教室』は24日に店頭に並んで1週間過ぎましたが、あまり動いている感覚はありません。ただ、下に書いたように、わが書肆こじおた房では2冊買ってもらいましたし、外注もありましたので、それなりに本を出したという実感はあります。そのなかで残念なのは、アマゾンの扱いで、定価が1870円(本体1700円+税)なのに、アマゾンでは、正規の取り扱い定価が2057円になったまま売られています。予約の時からずっと2057円なので気になっていたのですが、本が納品され、在庫がいっぱいあって確認できるはずなのに正規の定価になりません。アマゾンには、在庫が切れると値段をつり上げて利鞘稼ぎをするゴミ業者がたくさんいるのはよく知っていますが、アマゾン本体が定価を間って表示し、そのまま販売しているというのは初めてみました。予約の段階から、何人もの人が買ってくれているのは順位が変動しているのでわかるのですが、そういう人たちに対して、定価ではない値段で売っているとしたら、詐欺行為ではないかと思います。買ってくれた人が気づいてクレームをつけてくれればいいのですが、そのままカードで引き落とされて気づかないというようなこともあるのではてはないかと心配しています。それよりも何よりも、変な定価になっているお蔭で、買おうと思っている人も買えない出いるというのが癪ですね。
 もし、この記事を読んでくださっている方のなかで、『手塚治虫の歴史教室』をアマゾンで買ったという方がいらしたら、マイページなどをご確認ください。どのように差額の返金を請求すればいいのかわかりませんので、お手数ですがお調べください。 (1日)
【2024年01月】
 長かった1月もあと一日。能登のみなさんの苦しみはこれから先も容易には改善されそうにありませんし、時間をかけなければ解決できないというのも当然ですが、3・11の福島とは違って、時間と費用をかければ復興できるという点では、希望が持てるというふうに考えるしかありませんね。亡くなられた方も多いのですが、天災の多い日本列島に住んでいる限り、このような事態が出来するというのは避けられません。いかにリスクを少なくするか、いったん災害が起きたらどれだけ迅速に復興へと動き出せるか、そのことはきちんと計画を立てて準備しておく必要があることを実感しました。今回の場合のように、あれだけ道路が寸断してしまった時、どのように救助ルートを確保できるのか、それぞれの土地の地形や環境に応じて綿密に考えなければなりません。しかし、それを隈なく行き渡らせるには日本列島は多様すぎますし、準備もできていませんでした。都会の場合と地方の場合、半島や島嶼、人口減少化のなかでの共同体の作り方、どのような未来図を描いていけばいいのでしょうか。
 1月は自分の仕事はさっぱり進まなかったように思います。地震を理由にしてはいけませんが、かなりショックを受けたのは事実です。そのなかで、わが書肆こじおた房は久しぶりに順調な売れ行きでした。20日に見本ができた『手塚治虫の歴史教室』が2冊売れましたし、『「海の民」の日本神話 古代ヤポネシア表通りをゆく』は3冊も買ってもらいました。おそらく能登半島のことをかなりの分量をとって書いているので、興味を持ってもらえたのではないかと思います。そういう点では、読み手の感覚というのはすごいな、と改めて感じたことでした。それ以外にも、『増補新版 昔話にみる悪と欲望』『平城京の家族たち』『古事記を読みなおす』『浦島太郎の文化史』など、いろいろとお買い求めいただきました。また、外注でも『手塚治虫の歴史教室』ほか何冊かをまとめて買ってくださった方があって、発送作業なども行いました。送料を負担していただく必要がありますが、メールでご注文いただければ地方発送も可能ですのでどうぞお申し込みください。来月は2月、二八はものが売れない月ですが、どうでしょうか。いつもよりは1日多くくなるのでその一日に期待しましょう。 (30日)

 手塚治虫の漫画のなかで、歴史を扱った作品を選んで抄録した本『手塚治虫の歴史教室』(いそっぷ社、1870円)の「解説」を担当したのですが、その見本が届きました。全体で7つの作品が治められ、それぞれの作品について、歴史的にどう読めるかというようなことを書いたものです。なかなか楽しく仕事ができましたし、本自体も300ページ超の、カラー版も多い充実した内容になっています。書店に本が並ぶのは、24日以降になると思いますが、出ましたら、どうぞご覧になってください。お買いもとめいただければうれしいです。詳細は、こちらを見てください。  (15日)

 心配していましたが、やはり能登地震の全容はなかなか掴めないようです。というのは、奥能登は、海岸線に小さな集落がいくつもあって、それを結んでいるのは、半島の海岸線を縫うように通る道路だけだからです。片側は海、片側は崖ですから、崖崩れが起きると、その先には進めません。しかも、今回の地震ではそのような崖崩れがあちこちで起きてしまったので、救助隊が荷物を積んでトラックでとはいかないのです。海から入るにしても西側の海岸線は上陸できるところが限られていますし海も荒れているでしょうから、輪島市と珠洲市の被害の全容が掴めないのは、能登半島の地形が大きくかかわっているだろうと思います。三陸沿岸の場合も同様でしたが、今回も同じ困難さが待っています。三陸も、大きな重機を運ぶ道が限られていて、遠野が重要な支援基地になったのを思いだします。能登にはそうした基地となる場所があるのでしょうか。半島の内陸にある能登空港は、滑走路が地震で使えないようで閉鎖ささています。そうすると、空からの大量輸送は期待できないわけで、ヘリコプターによって離れたところから小さな拠点に運び、そこからは、使えるところは車、あとは自衛隊員などの人海戦術となると、緊急支援物資の輸送だけでたいへんなことになります。そうなると、道路・電気・ガス・水道といったインフラの復旧はいつになることやら、計画も立てられません。多くの方が地震の犠牲になり、家屋の倒壊や火災が起こり、電気・水道のなどのインフラも壊滅状態。一日も早い復旧をと思いますが、能登半島が以前と同じ穏やかな生活と美しい景観を取りもどすのは容易なことではなさそうです。わたしも、死ぬまでにはもう一回、能登半島をゆったりと一周できることを願っていますが、それはいつのことになるでしょうか。わたしにはあまり時間は残されていませんし、最優先すべき地元の人びともそんなに長く待ちつづけることはできないでしょう。 (11日)

 それにしても、元日16:06の能登半島巨大地震、二日17:50頃の羽田空港日航機大炎上、どうなっているのでしょう。おそろしいできごとが続きました。ここ2年ほと、能登半島の先端では地震が続いていましたので、地震が起こることは想定内だったかもしれませんが、これほど大きな地震が来るとは思っていませんでした。しかも津波をともなっているとは。何度か出かけて気に入っている能登の、あちらやこちらはどうなっているでしょうか。知り合いの一家は、家はやられたものの無事に避難をしたとのことで一安心ですが、一刻も早い復旧を祈るばかりです。そして、この地震がなければ、日航機と海保機との衝突事故は起きなかったかもしれません。海保機は救援物資を運ぶために新潟航空基地に向かおうとしていたようですから。避けられない自然災害の地震と違って、こちらは、どちらかのパイロット、または管制官のいずれかの判断ミスだと考えざるをえませんが、それでも救われるのは、379名もの乗客乗員がほんの数分のうちに全員無事脱出できたということですね(海保機の乗員5名は脱出できなかったようですが)。どのようにして無事脱出できたかは、今後の大きな教訓になると思うので、きちんと検証してほしいものです。そして、自分がその場にいたらどんなふうに行動したか、想像するだに恐ろしい限りです。それにしても、なんとも激動の2024年の船出になりました。心を鎮めて、前を向くしかありません。 (3日 0:26)

 あたらしい年を迎えましたね。あと何回元旦がくるのか、と考えると湿りがちになりますが、また元旦にめぐり合えた、と考えると晴れやかな気分になります。この年になると、新年の抱負などというものはとくにありませんが、今までの生活が持続できればという願いは切実です。とくに去年は、白内障手術(両眼)、座骨神経痛の悪化、補聴器の装着など、いろいろと身体上の不具合が発生したので、とにかく無事にと願うばかりです。といいながら、運動一つしないのですから、まあ、願いが叶うのは難しいかもしれません。一方、仕事では、1月下旬に、『手塚治虫の歴史教室』(いそっぷ社)というおもしろい本が出ますし、そのほかにも、進行中の本や企画中の本などもあって、頑張らなければなりません。なんとか予定通りに進めようと思っていますので、ご期待ください。とともに、どうぞよろしくお願いいたします。  (元旦)





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