国星は、わすれる

それは、とおくにあって。


ずっと、とおくにある。気がついたのは、最近のこと。

とおくにあった。とおくのほうで、ずっと手を振っていた。とおいまま、手を振っていた。

とおくで、かすんでしまいそうなほど、とおくのほうで、

あのまま消えてしまうんじゃないかってほどの距離で、遠くで。ずっと手を振っていて、気付いて、

『とまっては、だめよ』って目で、こっちを見ている。

何か、“見覚えのあるもの”に、向かって、手を振っていた。

認識できないほどの距離で、こっちを見ているんじゃないかって、手を振り続けていた。

それが、お前、だとも知らずに。

『とまってはだめよ、目を閉じて』


あるとき、大きな声で、呼んでいるのがわかる。大きな声で、『     』って呼んでいるのがわかる。

はじめて、それが声を持った生き物だ、ということがわかる。

辺りがあかるみはじめ、はじめて、そこに営みがあった、とわかる。はじめて、わかる。


-おかあさんあのね、今日は帰りに猫を見つけて。そしたらね、じぃっとこっちを見ていたの。青い猫。

 妹は、そのままおとなりのミィちゃんと、お船で遊びにいっちゃって。

 おねえちゃんが、赤い実を見せてきた。おちてきたんだって。けど、どこにあるか、教えてくれないの。

 ねえ、おかあさん。今日の夜ごはん何?-     『あなたにとって、それは、まがいもの』


声は、かすれている。砂ぼこりと、長い間、呼び続けていたみたいに。古びた家に、当たってはじけた。

声が、とどかない。撃ち落とされた、飛行機みたいに。

何度も、何度も呼んでいるのに、街が賑わっているせいで、とどかない。

『おんなのこが、声を荒げてはだめよ』って教わってきたから、これ以上、大きな声を出せない。

そこにある、大きな家が邪魔だった。

街は、にぎわっている。母と子が歩く。知らない人の影をつけて、歩く。

何年も前から、そうだったみたいに。ここが、街になる前から、きっと、そうだったみたいに。

街のにぎわいに、声が落とされる。静かな場所を目指す。知らない場所に、たどりついてしまう。

ある正しさの中で、ずっと、そうだったみたいに。

かすれた声は、とおくにあって。さっきまで、手を振られたほうであって。

たったそれだけ、とがった先端の上にあって。街の音も、気づくと、明るさとともにとおくなって。

『あ、もうすぐ、おわる』って気づく。ずいぶんと離されてしまったみたいに、

ここに落ちたんだ、って気づく。自分の力、ではなく、何かが勝手に。

それだけで、『あ、もうすぐ、はじまる』って気づく。せんそうがはじまる、って気づく。

それだけで、気づいてしまった。なにか、知らない何かが、

『このままでいいのよ、このままではだめよ』って言っていて、

そのとき、わたしはおもわず『     』の名前を呼ぶ。呼ばれた気がして、顔を上げる。

呼ばれた気がして、振り返る。国が、広がっている。星が、降る。交わらないものが、広がっている。

国が、燃える。国、だったかもしれない、国。あなたは国、だったかもしれない。

せんそうの、おわった国。国としての、役目がおわった国。せんそうなんて、始まっていない。

これから、はじまるんだから。


お前は、…おかあさん?


これからうまれる、知らないはずの国、あなた。

わたしは、忘れないようにと、“国星”と名付けた。

『寄辺なき、愛の』
葉山、城ヶ島、板橋にて撮影
オフショット

『寄辺なき、愛の』
葉山、城ヶ島、板橋にて撮影
オフショット

『寄辺なき、愛の』
53min/デジタル/アメリカン・ビスタ

菊地敦子
君島大空
南奈緒美
赤崎翔太

賀来庭辰
坂口美月
佐土原風香
千田良輔
原啓仙

脚本・監督・撮影・編集
青木思穏

『荒野、ひかりの王国』
愛知県瀬戸市にて撮影
オフショット

『荒野、ひかりの王国』
photo by 馬込将充

thanks
志村萌
菊地敦子
磯野大
朝倉千恵子
佐土原風香

板屋緑

与志子

与志子