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広告代理店の業務
片岡義朗(マーベラスエンターテイメント エグゼクティブ・プロデューサー)
「GU−GUガンモ」「タッチ 背番号のないエース」「ハイスクール!奇面組」「こちら葛飾区亀有前派出所THE MOVIE」他多数。
 
 片岡―私は57歳ですが、自分ではまだ少年だと思っています。アニメーションのキャラクターは人を純真にさせると思うからです。
 私は、アサツーDKコーポレーションという大手公告代理店で、1982年から2000年9月まで働いていました。アニメーションビジネス部門でテレビアニメーションなどのプロデューサーを務め、プロデュースしたテレビと劇場用アニメーションの作品は90に上ります。また、アニメーションのストーリーを元にしたミュージカルが10あります。手がけたアニメーション作品は「遊戯王 デュエルモンスターズ」「こちら葛飾区亀有公園前派出所」「タッチ」などがあります。現在はマーベラスエンターテイメントで働いていて、オリジナルビデオシリーズの「ハンター・ハンター」を作っています。
 きょうのこのクラスのテーマは、日本のアニメーションビジネス、特にテレビアニメーションについてですが、この短い時間で理解してもらうのはとても難しいテーマなので、その基礎についてお話することにします。
 現在、日本では週に75本のテレビアニメーションが放送されています。1本を制作する費用はだいたい1000万円かかるので、週に7億5000万円、1年は55週として年間の制作費は約400億円になります。そのほか劇場用アニメーションを含めると、日本のアニメーション産業全体では600億円から700億円ほどになると思います。
 日本のアニメーション番組を放送するうえで、重要な関係者が4つあります。放送局、スポンサー、制作会社(プロダクション)、そしてアメリカにはない仕組みですが、日本では広告代理店が非常に重要な位置を占めています。アメリカでは、ディストリビューターあるいはシンジケーターと言われる人たちが、日本の広告代理店に近い存在です。
 アニメーション番組を放送するのに必要な費用は、放送局が広告代理店を通じてスポンサーから集めます。この仕組みが「新世紀エヴァンゲリオン」を転換点として相当変わってきました。私は、「エヴァンゲリオン」のプロデューサーではありませんでしたが、広告代理店の責任者として放送局や制作会社と交渉して成立させた1人でした。まず、「エヴァンゲリオン」以前の仕組みを説明しましょう。
 例えば「ワンピース」という作品を、フジテレビの日曜夜7時半から30分間放送するのに必要な費用は1ヵ月で9000万円になります。アサツーDKは、スポンサーから9000万円を集めて放送局に納めます。スポンサーから集めるお金は、コマーシャルを放送する時間を買うという名目です。30分番組には30秒のCMを6回放送するチャンスがあります。そのうち1回を使うと、1ヵ月では4.3回放送できる計算になりますが、それに必要な費用は1500万円です。フジテレビは、制作の東映アニメーションに対して、1本あたり約1000万円、1ヵ月では4300万円を支払います。9000万円のうち残りの4700万円がフジテレビの懐に入ります。
 「ワンピース」のような仕組みを僕はアンシャンレジーム(旧体制)と呼んでいますが、「エヴァンゲリオン」は、これとは違う方法で制作されました。「エヴァンゲリオン」の制作費は1ヵ月約2500万円でした。それは放送局にお金を渡さないで済む方法をとったからです。「エヴァンゲリオン」では、制作委員会という組織を作り、そこに放送局を通さずにスポンサーから直接お金を集める仕組みにしました。
 テレビアニメーションをスポンサーしても制作著作権を持てないのがアンシャンレジームで、「エヴァンゲリオン」以降主流となった方法はスポンサーが制作著作を持てる仕組みです。例えば、「ワンピース」では、バンダイはスポンサーとして3000万円ぐらい出していますが、制作著作権は一切ありません。「エヴァンゲリオン」では、セガ・エンタープライズがスポンサーになり、著作権も持っています。
 制作著作権を持つことによって、何が違ってくるのでしょうか。アニメーションをテレビ放送した後のいわゆる二次利用収入の一部は、制作著作権者にリターンされます。二次利用とは、キャラクター商品のマーチャンダイジング、ビデオ化、そして海外版版権が主たるものです。
 「エヴァンゲリオン」は、英語圏(北米、オセアニア等)、中南米、ヨーロッパに、1話1万ドルで売れました。「エヴァンゲリオン」は26話ですから26万ドルになり、セガにはその一部が戻されます。「ワンピース」は今、イタリアで爆発的にヒットしていますが、そこから得られたお金は、バンダイには1円も入りません。
 「ワンピース」の方法では一般的にスポンサーに非常に大きいリスクがかかります。「ワンピース」はヒットしたので、バンダイはおもちゃの販売で利益を得ています。しかし、すべての作品がヒットするわけではないので、多くの場合損をするスポンサーが出ます。「エヴァンゲリオン」のように二次利用収入から番組提供費を回収できる仕組みになっていると、リスクが下がります。
 「メダロット」というテレビアニメーションシリーズも私がプロデューサーを務めましたが、日本ではあまりヒットしませんでした。しかし、アメリカでは「メダボッツ」という名前で放送されてヒットし、GIジョーを販売しているハズブロがキャラクター商品を出しています。「メダロット」の日本における主要なスポンサーであるイマジニアというゲームメーカーは、日本では損をしなかったという程度でしたが、「エヴァンゲリオン」方式による著作権を持っていたので、アメリカでのヒットによって儲けることができました。
 以上のような放送の新しい仕組みの中で、広告代理店の仕事は基本的に二次利用の様々な権利をどこが持つかを仕分けすることです。
 「エヴァンゲリオン」のヒットによって、同じ仕組みをとる作品が多くなりました。ヒットするかどうかを予測するのは大変難しいので、スポンサーはリスクを下げるため、日本でヒットしなくても海外でのヒットによって二次利用収入を得られる方式を好むのです。
 日本のテレビアニメの歴史を3分間でご紹介しましょう。1963年に日本最初のアニメーションである「鉄腕アトム」の放送が始まり、その後40年間でアニメーション番組の数は75本まで増えました。「エヴァンゲリオン」はテレビ東京(TX)で1995年10月から1996年3月まで放送され、その1年後ぐらいからテレビアニメーションの番組数は急に増えました。あたかも生物が爆発的に増えたカンブリア期のようです。
 日本のアニメーションは、番組数が飛躍的に増えたことによって、作品の質も向上しました。その理由は、単にスポンサーの経済的リスクを減らしたことによって、作品を作りやすくなったというだけではありません。「エヴァンゲリオン」は、日本で初めてのクリエーター・オリエンテッド・ワークスだったのです。監督の庵野秀明さんと、クリエイティブなプロデューサーである大槻俊倫さんの2人が、クリエーター・オリエンテッドな作品に作り上げたのです。 「エヴァンゲリオン」が成功したことによって、クリエーター・オリエンテッドな作品は大ヒットするという認識が生まれました。奇妙に思われるかもしれませんが、「エヴァンゲリオン」以前に、一人の監督の創作でテレビアニメーション作品を作り上げようとしたことはありませんでした。
 すなわち、「エヴァンゲリオン」の成功で経済的な面でテレビ放送しやすくなったことと、優秀なクリエーターに作りたいように作らせることで、よい作品が生まれることが証明されたこと、の二つの理由によって、日本のアニメーション爆発的増加を見せたのではないかと思います。
 「エヴァンゲリオン」がアメリカでは1話1万ドルで売れたと言いましたが、これはそれ以前のアニメーションの販売単価よりも遥かに高い金額でした。これに勇気づけられて、日本のアニメーションを高く売ろうとする動きが出てきて、最近では「ラーゼフォン」という作品が6万ドルで売れました。それだけの値段で売れるとなると、日本で1000万円かけて番組を作っても、リスクはほとんどありません。
 「エヴァンゲリオン」や「ラーゼフォン」のようないわゆるオタクアニメでなくても、「ポケットモンスター」「デジタルモンスター」「ドラゴンボールZ」「ガンダム」「メダロット」のような作品が、アメリカのテレビアニメで高い視聴率をとるようになっています。日本の幅の広いアニメーションシリーズが世界で高い視聴率がとれることが証明されました。
 また、ハズブロ、マテルのようなアメリカの大手玩具メーカー、あるいは大手ゲーム会社が日本のアニメーションに対するスポンサーシップをとろうと考えるようになりました。フォーキッズ社、パニメイション、サバンなど、日本のアニメーションを積極的に買おうという会社がいくつも出てきています。今や日本のテレビ・アニメーションシリーズは、企画、制作の段階から、世界に出て行くことを前提にして作業されるようになっています。
 「エヴァンゲリオン」という作品は、内容が非常に難解でしたが大ヒットしました。それはまた、アニメーションビジネス上の転換点でもあったことをぜひ記憶しておいてください。そして、それ以後、ポケモンやデジモンの力もあって、日本のアニメーションは世界商品になったのです。
 
■質疑応答
 学生―「エヴァンゲリオン」の前と後で、作品をプロデュースする視点はどうちがうのでしょうか。
 
 片岡―「エヴァンゲリオン」より前の作品は、基本的にはテレビ局のプロデューサー、広告代理店のプロデューサー、あるいは制作会社のえらい人が発案することがほとんどでした。そのときには、テレビ番組として高い視聴率がとれるかどうかという視点から企画を見ます。もう一つの視点は、キャラクター商品がたくさん売れるかどうかです。キャラクター商品が高く売れるか高い視聴率がとれれば、スポンサーは自分が売る商品などでテレビ番組のスポンサー料を償卸することができるからです。
 「エヴァンゲリオン」ではキャラクター商品やビデオがたくさん売れるとは考えていませんでした。キングレコードの大槻さんは、庵野監督がどうしても作りたい作品があるというので、売れる売れないに関わらず、その制作費を出してリスクを負うことにしたのです。私はセガ・エンタープライズに行き、提供費が二次利用収入から戻るシステムについて話して、スポンサーになるようにお願いしました。
 
 学生―広告代理店が集める9000万円の中に代理店のマージンが入っていないようですが。
 
 片岡―入っていますが、話を単純化するため広告代理店や制作会社のマージンは抜いて話しています。9000万円のうち11.5%が広告代理店のマージンになります。
 
 学生―広告代理店は何社ありますか。
 
 片岡―最も大きいのは電通、2番目が博報堂、3番目がアサツーDK、4番目が東急エージェンシー、5番目がダイコーです。
 
 学生―OAV(Original Animation Video)作品の制作コストはどう賄うのですか。
 
 片岡―傾向としては、テレビアニメーションシリーズのほうがOAVよりも制作コストは安いですが、制作費はピンからキリまであるので、ここでは話を単純化するため30分OAV作品でも1話1000万円で作られると仮定します。1枚に2話入っていますから、2000万円です。その制作費の回収は次のようにしてされます。まず、DVD1枚の小売価格が6000円、卸価格が3000円とします。オーサリング、パッケージング、宣伝費などのコストが800円、プロフィットが1200円です。DVDが1万枚売れれば2000万円の利益があります。国内だけで1万枚売るのは簡単なことではありません。「遊戯王 デュエルモンスターズ」のDVDは4000枚ぐらい売れました。「ハンター・ハンター」は2万枚売れました。
 
 学生―OAVのほうがコストがかかるということなので、テレビシリーズのほうが主流になるのでしょうか。
 
 片岡―私はOAVというやり方はだんだん少なくなると考えています。テレビというメディアを通さずに売るOAVでは、知名度が上がらず売り方が難しいからです。今、テレビで、深夜の時間帯にOAV作品を放送するようになっています。その時間帯はテレビ局の費用も大変安くなっています。
 
 学生―広告代理店の役割は、「エヴァンゲリオン」の前と後でどのように変わりましたか。
 
 片岡―いい質問です。そこに私がアサツーDKを辞めた理由があります。アンシャンレジームでは広告代理店の役割は明確でした。しかし、「エヴァンゲリオン」方式では、その役割をインディペンデントなプロデューサーがすることができます。つまり、企画を発案してテレビ番組を仕立て上げる仕事が、広告代理店でなくてもできるようになりました。それもまた、テレビアニメーションの作品数が増えてきている理由の一つです。







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