2012年 03月 03日
ファインマンの壁 |
雑誌『アエラ』の記事に、私の研究室の「ファインマンの壁」の写真が掲載されていたので、補足説明をします。
私たちの研究室は、建物の最上階にあります。エレベーターを出ると、すぐ前にファインマン図を描いた壁が広がっています。
研究室の改装工事をしたときに、設計を担当して下さったフレデリック・フィッシャーさんが、Caltechの素粒子論に関係するデザインを取り入れたいとおっしゃるので、ファインマン図を使うことを提案しました。
描かれたファインマン図のいくつかを説明しましょう。
ファインマンさんは、1948年の会議でファインマン図による計算方法を始めて発表しました。左は最も基本的な図で、二つの電子が電磁相互作用をしている様子を表しています。ファインマンさんに題材をとった劇『QED』でも、黒板に描かれていたのはこの図でした。
この図は、上の図と同じように見えますが、右側の矢印が逆転しています(クリックして、拡大して見て下さい)。すべての粒子には、質量が同じで電荷が逆の値を持つ「反粒子」というものがあります。ファインマンさんは、粒子が過去に向かうと反粒子になると指摘し、ファインマン図でも、逆向きの矢印によって反粒子を表しています。
この図は、電子とその反粒子である陽電子が相互作用をしている様子を表しています。陽電子はケンブリッジ大学のポール・ディラックさんによって理論的に予言され、Caltechのカール・アンダーソンさんによって宇宙線の中に発見されました。
ファインマン図の方法は、水素原子のエネルギー準位がずれる現象 ー ラム・シフト ― を説明するために開発されました。日本でも、朝永振一郎さんは、占領軍の図書館で読んだ『ニューズ・ウィーク』の記事でラム・シフトのことを知って、直ちにご自身のくりこみ理論を応用されたそうです。
左のファインマン図は、ラム・シフトの説明のために使われたもののひとつです。
ファインマンさんは、アインシュタインの一般相対論を量子化しようとすると、物理的には観測できない仮想的な粒子の効果を計算に入れる必要に気がつきました。
今日ではこのような仮想的な粒子は、「ファデーフ‐ポポフのおばけ」として知られ、ゲージ理論の量子化にもなくてはならないものです。
陽子や中性子などのいわゆるハドロン粒子が、クォークと呼ばれる粒子からできていることを提唱したのは、Caltechのマレー・ゲルマンさんでした。同じくCaltechにいたジョージ・ツバイクさんも、独立に同様の模型を提唱しました。
彼らの模型は、この図に描かれたような、ハドロン粒子と電子の衝突実験によって直接検証されました。
Caltechのディビット・ポリツァーさんと、現在カリフォルニア大学サンタバーバラ校のデイビット・グロスさん、MITのフランク・ウィルチェックさんは、ゲージ理論の漸近自由性を発見して、場の量子論が素粒子の模型の基本言語であることを確立しました。
左の図は、この発見に使われたもののひとつです。
左の六角形の図形は、Caltechのジョン・シュワルツさんとケンブリッジ大学のマイケル・グリーンさんが超弦理論のアノマリー相殺機構の発見に使ったものです。彼らの発見は、1984年の[第一次超弦理論革命」の発端になりました。
私は、1984年に大学院に入学しました。その年の夏にグリーンさんとシュワルツさんの発見があって、「超弦理論革命」のさなかに放り込まれたので、この六角形の図形はとりわけ思い出深いものです。
この「ファインマンの壁」の背景は、黒板の色と同じにして、エレベーターを出ると、すでに研究室の中にいるような雰囲気になるようにしました。
建築家のフレデリック・フィッシャーさんも、ファインマン図を使うアイデアを気に入って、よいデザインに仕上げて下さいました。
先日、研究室を訪問されたある先生は、「この壁のデザインは、研究者の相互作用を促進したいという気持ちを表しているね」とおっしゃっていました。
デザインに負けない研究をしていきたいと思います。
by planckscale
| 2012-03-03 16:24