死んだふりは有効か
死んだふりは有効か岡山大学教授 宮竹貴久 多くの動物に見られる行動死んだふりをする動物は、多い。ほ乳類ではオポッサムの死んだふりが有名です。ほかにも、鳥類、両生類、魚類、爬虫類、甲殻類・ダニ類、昆虫類で死んだふりが報告されています。中でも昆虫に関する報告は多いです。彼らは天敵に襲われた時、食われないための行動として、対捕食者戦略として死んだふりをすると考えられてきました。しかし、本当に戦略として有効なのか、どのような仕組みで死んだふりの行動が起きるのか、そんな死んだふりに関する四半世紀にわたる研究について知ってもらいたく、『「死んだふり」で生きのびる』(岩波化学ライブラリー)を出しました。死んだふりとの出会いは1997年のこと。沖縄で害虫駆除の研究をしている中でサツマイモの害虫、アリモドキゾウムシがけったいなポーズで死んだふりをすることに気づいたのです。当時、死んだふりに関する先行研究は少なく、非常に面白い分野だと感じたのが、今まで続けている理由になっています。その後、岡山大学に移り、コクヌストモドキを使い研究を行っています。コヌストモドキは、体長3㍉ほどの甲虫で、公害のコイン精米機の米ぬか貯蔵庫に行くと、いくらでも採取できます。しかも世代交代の期間が1カ月半と短く、モデル生物としてゲノム配列が公開されているというメリットもあります。 長短の2系統を育種し比較自然界から採取したコクヌストモドキは、死んだふりをする時間は数秒から1分程度が大多数。そこから長く死んだふりをする個体を選んでロング系統として、また、逆のものをショート系統として育種。すると10世代ぐらい経ると、ロング系統は100%死んだふりをするようになり、ショート系統は刺激を与えても死んだふりをしなくなります。この2系統を使って、死んだふりが生き残り戦略として有効であることを、科学的に証明。2004年に論文発表したのです。それまで、なんとなく有効なのだろうと思われていた死んだふりが科学の俎上に乗った瞬間でした。コクヌストモドキは集団で密集して生活しています。そこに天敵のハエトリグモがやって来るとどうなるのでしょうか。ある個体が死んだふりをしている瞬間に、ハエトリグモの興味は他の動く個体に移ってしまいます。その間に死んだふりをしていた個体は、覚醒してその場から去っていくのです。彼らは、捕食者がハエトリグモの場合は死んだふりをしますが、コメグラサシガメという捕食性カメムシの場合には別の行動をとります。サシガメが近寄ってくると、身動きせず通りすぎるのを待つのです。ハエトリグモは目が良く、動く獲物に襲いかかって捕食しますが、サシガメは待ち伏せ型。鎌の中にエサが入ってくると興奮を突き刺し、1発で仕留めるのです。こうなると死んだふりは意味がありません。したがって、その前段階の、近づいて触れた時に、フリーズして身動きしなくなるのです。 捕食者の種類で異なる戦略 動くモードでは逃げ出す中には、死んだふりをしている間にアリに連れて行かれてしまったなどの話も聞いたことがあります。長時間死んだふりをしていればよいわけではないのです。昼間に目で見つけるハエトリグモなどには有効かもしれません。しかし、夜になると臭いで嗅ぎつけるネズミなどが捕食者になります。彼らには死んだふりをしても意味がありません。また、長時間、死んだふりをする個体は、普段からあまり動きません。動かないことで敵から見つかりにくくなりますが、異性との出会いもなくなります。繁殖できなければ、生存戦略としてはマイナスになってしまいます。死んだふりをする昆虫は、あまり動かない。いろいろな研究者に聞いたところ、他の昆虫についても同じ傾向があるようです。例えば、クワガタムシは死んだふりをしますが、カブトムシは死んだふりをしません。よく飛ぶカブトムシは死んだふりをしないのです。これまでの研究で、死んだふりは、生物の動きと連動していることがわかってきました。生物には、動くモードと動かないモードがあり、動くモードの時に襲われると、逃げたり歯向かったりします。動かないモードの時には、死んだふりをするのです。今後、さらなる仕組みの解明と、運動との関連性、パーキンソン病治療などへの応用が期待されています。 =談 【文化Culture】聖教新聞2023.1.26