挑戦を後押しできる社会へ
挑戦を後押しできる社会へ太田肇(同志社大学教授) 経営者と社員とのズレ「失敗を恐れず、大いにチャレンジしてほしい」「新たなことにチャレンジすることを恐れず」「目標に向けて積極果敢にチャレンジを」いずれも闘将プライム企業の社長が、入社式の挨拶で新人社員に贈った言葉です。変化変化の時代にあって、社員の自律的、自発的行動は重要です。社員の挑戦なくしてイノベーションはないし、イノベーションなくして企業や経済の成長もありません。これがわかっているからこそ、各社とも意欲的な新入社員を求めているのでしょう。しかし、威勢のいいかけ声とは裏腹に、日本の平均的な会社員の意欲は高くありません。2022年に10代から60代以上の男女2077人に対して行ったウェブ調査では、社会側の期待と一般社員の意識のギャップが浮き彫りになりました。企業の成長やイノベーションのためには「挑戦」は不可欠です。しかし、一般社員は「失敗のリスクを冒してまでチャレンジすることはない」と思っている人が、ほぼ3分の2を占めるという結果に。この傾向は、人々の消極性ではなく、一人一人の打算に基づく振る舞いによるものです。全体からすると、何かに挑戦した方が得るはずなのに、個人レベルの損得勘定になり、何もしない方が得だと思っているのです。どうして日本社会がこのような状況になったのか。どうしたら脱却できるのかについて、近著『何もしないほうが得な日本』(PHP新書)にまとめました。 失敗に寛容な仕組みをつくるどうして、何もしない方が得になるのでしょうか。原因の一つに、人事評価制度があります。一般的な想定評価だと、傑出した結果を出した人よりも、無難にそれなりの得点を稼ぐ人の方が、高評価になります。リスクを冒して大きく得点を稼ぐより、減点されないことが評価のポイントになっているからです。中間管理釈の立場で考えてみましょう。いわゆるミドル層は、年齢的にも立場的にも保守的です。部下が失敗すると自分の責任になります。また、部下に無謀な挑戦をされることにもなりかねません。逆に、部下がチャレンジして成功すると、部下の存在感が高まり、自分の顔がつぶされかねません。いずれにしても部下の挑戦を多話で喜ぶわけにはいきません。その結果、ある程度の結果が出ていれば、何もしない・何もさせない仕組みが出来上がることになります。同僚同士にしても、誰かがサボると、他の仲間に仕事のしわ寄せがいき、逆に、誰かが頑張りすぎると、他の皆も頑張らなければいけなくなってしまいます。そんな状況を避けるため、サボりも頑張ることもしない、そこそこの組織が出来上がるのです。さらに、自分が頑張らないだけでなく、他人の足まで引っ張って頑張れないようにしてしまう。そんな「消極的利己主義」に陥っているのが日本社会の現状なのです。 何も支配方が得な状況ではイノベーションは生まれない 集団に大切な異分子の存在何もしない方が得な仕組みを変えるにはどうしたらいいのでしょうか。一言で言うと、何かに挑戦した方が得な仕組みに変えればいい。まず一つは、失敗しても、それが、〝最後〟にならないようなセーフティーネットを作ること。これは社会的にも、企業内にも必要です。研究・開発の分野では、「千三つ」という言葉があり、千のアイデアの売り三つが成功すればよいという意味で使われます。千三つの成功確率なのに、1回の失敗で即退城では、誰も挑戦しようとは思えません。そのためのセーフティーネットが求められます。また、ミスをゼロに近づけるという従来の考え方ではなく、新たなやりとりを続けて、うまくいったものを取り入れていく。そんな発想の転換も必要でしょう。もう一つは、組織の中の異物の存在です。たとえば、新入生の教室では、誰もがその場の空気を読み、発言を控えるもの。しかし、そこに空気を読まない帰国子女がいると、話は違ってきます。空気をもまずに積極的に発言するため、周囲も発言できるようになるのです。挑戦しやすい体制を作ること。新たな発想の人材の投入。この両輪がそろうことで、さまざまな発想が生まれる土壌ができます。さらに、成功した時のリターンが大きくなれば、これまで尻込みしていた人も挑戦するようになるでしょう。結果、新たな挑戦が生まれ、最終的なイノベーションになるはずです。=談 おおた・はじめ 1954年、兵庫県生まれ。同志社大学政策学部教授。三重大学助教授、滋賀大学教授を経て、現職。専門は組織論、組織社会学。著書に『何もしない方が得な日本』「同町圧力の正体」など多数。 【文化】聖教新聞2023.1.12