8/23/2021

母親失格

 08/07/2021










数日前、無事に帰国。
帰国、というのは、この国に帰って来た、という意味だ。
何ヶ月か前に、「帰国することにした!」と宣言したときのは、当然ながら自分の国、日本に帰ることになった、という意味で、でもこうして、住んでいる国、米国に帰ってきた、というワケ。
わざわざどうしてこんなことを書くのかと言うと、年々、「帰国」という言葉が自分の中で曖昧になってきている感じがするから。
日本に帰ることも、こちらに戻ってくることも、今ではもうほぼ同等に感じている不思議。
どうするよ、自分。


辻仁成氏の日記をいつも読んでいる。ということは以前にも何度か書いた。
日本にいる間も、まぁそれなりに読んでいた。
何がそんなに・・と自問すると、彼と息子の関係に、自分自身と娘を重ねて見ているせいだろうな・・と、思った。息子だし、男親だし、あちらは(ある時から)シングルファザーだから、わたしたちの関係とはちょっと違う。
でも、海外で子育てをしているということ、親が完璧な現地語(彼の場合は仏語、わたしの場合は英語)を話せないということ、が同じ。
そう、言ってみれば、親として非常に「情けない」ところが似ているのだ。


少し前、「父親失格」というタイトルの日記があった。
心が痛む。わかるよ、、、と思う。わーかーるー。なんて軽い感じではなく。
重い。
非常に、重い。
タイムリーな内容であった。


帰国前、娘と衝突した。
ここ数年、よく衝突している。
彼女が成長している証しだ。
親として、耳が痛い。核心を突いている。返す言葉もない。
でも、こちらも黙っていられなくなり言い合いになる。話し合いではなく、言い合い。
嫌だねー。本当に嫌だ。

本音の言い合い、なのかどうか?こうして後から考えると、わからなくなる。
感情に任せての言葉が本心とは限らない。
それは娘もわかっていることだろう。

わたしがもっと大人になれたら、と思う。

情けないわたしは、このとき、夫にSOSを送った。
夫は娘に電話をし、彼女の言い分を聞いてくれた。らしい。

その後、わたしたち母娘は、ぎこちなくも、なんとなく「仲直り」をした。
彼女にはまだまだわたしに対する「わだかまり」があって、それはずっと消えることはないだろう。
でも、だからと言って「喧嘩別れ」になってしまっては、お互い後悔するだろう。






・・・

というところで終わっている。
中途半端な独り言。もう2週間以上前のものだ。
なんとなくだけど、ここに残しておくことにする。
















12/21/2020

ドレミの歌

 







ドーナツの

レコードから

みんなの

ファンファーレ

空高く

ららら響けば

しあわせが

どこからか


どうしたの

白い世界

ランプの灯り

そっと揺れて

ファンタジー

見つめてる

ハレルヤ

どこまでも





知ってる人いるかな?

ドレミファソラシド、ドシラソファミレドのメロディーの歌


この時季になるといつも思い出しては歌っている









12/17/2020

grief

 







Bevoが階下のドアの前で待つようになった。でも鳴かない。吠えない。わたしが来てドアを開けるまでじっと待っている。CosmoやDeweyとはそこが違う。Speak upしない。でも、これまではドアの前にも来なかった。わからなかったのか、それとも期待することを知らなかったのか、よくわからない。


他にBevoに起きた新しいこと。Frisbeeに興味を示した。散歩の時にわたしのオーダーに従おうとする。否、従う。まだ完全じゃない。でも、わたしが止まるとびぃ坊も止まる。そして、わたしのところに来る。この2,3日でほぼ確信できた。Bevoはもの凄い集中で学習している。


もっと大事なことがあった。2日前、Bevoが窓に駆け寄って吠えた。Backyardにりすでも見つけたのだろう。以前はよくCosmoと一緒になって吠えていた。でも、Cosmoが虹の橋に行ってから、Bevoはそれをしなくなった。窓に近付かない。いや、窓から外を見ても、何も見ていなかった。或いは、見えていなかった。Bevoはかなり大人しくなった。鳴かない。吠えない。要求しない。


Bevoは悼んでいたのだと思う。Cosmoがいなくなって、ずっと。そして、見送ったのだ。BevoはCosmoにさよならしたのかもしれない。



そんなBevoを見ていたら、なんだよくよくよしてんじゃないよ、と思った。へなちょこになってる場合じゃないだろが、と思った。

Bevoを見ていて、そう思った。










12/16/2020

無題

 





家の中いたるところにDeweyとCosmoがいる。

買い溜めしたCosequinはデューちゃんのためだった。2年くらい前からコジにもあげ始めた。そしてデューちゃんが逝ってからはコジのために使った。毎日、食餌に混ぜて、いつまでも元気でいてね、と話した。

Dog bootsも何足もある。デューイは後脚が悪かったからもう何年も履かせていた。コジは冬の間、雪が深い時や凍っている時に履かせた。デューちゃんがいなくなってからは、デューイのブーツをBevoに履かせた。びぃ坊は初めての体験に戸惑ってはいたけれど、難なく履いてくれた。あまりにも自然で、まるでデューちゃんが戻ってきたようだった。BevoとDeweyの色はてんで違うのに、それでもびぃちゃんはデューイの面影を見せてくれた。日に日にそれは増していった。デューちゃんを亡くした悲しみはびぃちゃんの無垢な魂が癒してくれた。


Rose waterのボトル、Golden raisinsの袋、Detergent、何もかも開ける度、使い始めるたびに月日を書き込む癖が悔やまれる。あぁこの日まだCosmoは元気だった、まだ生きていた、、、そんなことばかり思う。なんで気付かなかった、なんでもっと見てあげなかった、なんでなんで、とばかり思う。



辛い時も苦しい時も悲しみの中にある時も書くのだ、と某作家は言った。それが作家たるものだ、と。書くことで立ち向かえる、だったと思う。わたしはもちろん作家なんかじゃない。悲しかったことを思い出したくない。家中のあちこちにあるD&Cの小さな面影にさえ顔を背けたくなるへなちょこだ。


11月27日はPookieの誕生日だった。お願いぷーちゃん、まだ連れて行かないで、と祈った。27日はぷーちゃんの誕生日のままでいさせて、と祈った。













12/15/2020

good husband

 






昨夕、夫が帰宅した。5日ぶりくらいか。

帰宅するなり、彼は洗濯を始めた。わたしは夕飯の支度をしていた。仕事の作業着などが主で、大した量ではなかった。そのうち、washing cycle終了のブザーが鳴り、作業用パンツやhoodie sweaterが階下に向かう柵のところにかけられた。いつものことで、夫は乾燥機を嫌う。縮むのを防ぐため、らしい。家中あちこちに洗濯物を吊るされるのは正直あまり好きではないけれど、まぁいい。ダイニングチェアーの背もたれにそれぞれかけられた時にはいささか辟易するが、命に関わることでもなし、目を瞑っている。


大きなものを干し終えた夫は、寝室に行き、ちょっとよれたbounce(dryer sheet)1枚を携えて出て来た。ん?なんだ? と、思う間もなく、夫はそのよれたシートをドライヤーに放り込んで乾燥を開始した。乾燥機には下着と靴下、バスタオル1枚程度のほんの少量である。あ、、、、、思わず、笑いがこみあがった。が、笑わない。ぐっと我慢した。夫はそんなわたしを横目に、リビングへ戻りリクライナーに腰かけTVを見始めた。


だだだだだーーーだからか!!!だから、だったのかーーーー!!と、心の中で叫ぶ。ばらばらのパズルがピタッとおさまった感。その瞬間、笑いを抑えきれなくなった。ひひひひひひひひひひ、最初は声を殺しながら、そのうちたまならくなって声を出して笑った。それからその場に座り込んで、ゲラゲラと笑った。笑っても笑っても止まらない。とにかく、笑った。長い間、笑った。こんなに笑ったのは、コジが逝ってから、初めてだ。コズモ、あなたのダディは本当におかしいね。


夫のdrawersの最上段は下着と靴下が入っている。彼は自分の洗濯を自分でするのだが、仕事で出来なくなった時にはわたしがしている。わたしの衣類の畳み方と彼のそれとは少し違っていて、それらが混ざった状態。そんな中、左端のほうに何枚かのdryer sheetsが入っているのは随分前から知っていた。なんでこんなものを?とも思ったが、香りつけか???と思う程度で、そのままにしていた。たまに、こんな何枚も入れておく必要があるのか?とも思ったが、わたしのものじゃなし、気にはしなかった。


あれか!!と、思った。夫は、あのシートを使い回していたのだ。まさか!と信じられなかったけれど、そうに違いない。香りつけなんかじゃなかった。ゴミ箱に捨てるのを面倒臭がっていたわけでもなかった。「取っておいた」のだ。「保管」していたのだ。妻に捨てられぬように。


以前、わたしが(自分の洗濯をしていた際)乾燥機にシートを入れ忘れたことがあった。普段2枚は入れてるのに、なぜに忘れたのか???乾燥機から取り出すときの静電気が激しくて気付いたのだが、わたしがぶつぶつ言ってたのが聞こえたらしい夫が、今から1枚入れて10分くらいサイクル回せば静電気が取れるよ、と言う。おおお!あなたはなんて頭が良いのー!お礼を言いながら、早速シートを1枚入れて10分でスタートさせた。らば夫が「ちょっと待って」と言った。が、もうスタートさせていたのを見ると「あ、いい。なんでもない。」と言った。あのとき、何?と思ったが、別に気にもしなかった。10分後、しっかりと静電気が取れたふわふわの状態で完了し、わたしは"It worked!"と大喜びで夫に再度お礼を言った。夫は"That's good."と言っていた。

あのとき、夫は古いシートをわたしに持ってこようとしたのだろう。たったの10分、静電気を取るために最適なシート。もちろんわたしはそんなことは知らない、知らなかった。


パズルが合わさった。それがおかしくて、笑った。なんてことだ。わたしがいつも2枚使っている中、彼はシートを使い回していた。多分彼はわたしが2枚使っているのを知らない。と、思う。知ったら、どう思うのだろう。呆れるか?憤るか???

笑ってくれ、と願う。笑い飛ばしてくれ。あなたには無駄なことかもしれないけど、わたしにはあなたのその不可解な行動が無駄だと思う。でも、おかしい。おかしい、でいいじゃないか。まったくもっておかしい。あっちがこうでこっちがこう。節約と無駄とでバランス上等。




夫よ、You are a good husband. (good husbandという言葉には「締まり屋」という意味があるらしい。わはははは。)







12/09/2020

どっちもどっち

 






思いがけず夫の帰宅が早まった、と連絡が入った。何か買ってくるものはあるか、と訊かれたので、特にないと答える。が、夕飯のために何かピックアップしようか、と言う。まだ作ってはいないけれどと準備はしていると返すと、チキンを買おうかと思っていたと言う。そういうことならsounds good, thanks.とお願いした。夫の中ではもう決まっていたことなのだ。それならそれで良い、助かります。


何か言いたいことがあるのだろうと思っていたら案の定。レスキュー担当の女性に電話をすることになっていると言う。「明日、Bevoとマッチングテストをして・・」と言うので慌てて遮った。ちょっと待って、考えさせて欲しいって、わたし言ったよね?

夫の中ではもう決まっていたことなのだ。でもこのことに関してはそう安易に「それならそれで良い」とは言えない。険悪なムードになった。I understand, と口にしていたが、いーや、あんたはなーんもわかっちゃいない、わかるもんですか。


結果から言うと、明日の「マッチング」は先延ばしとなった。今週は無理そうです、早くても来週に、と言っていた。そうなのか、来週に連れて行くんですか、と思う。その後、夫と少し話をした。わたしにまだ心の準備が出来ていないことをあらためて伝えた。Cosmoが逝ってしまってから、本当はまだ心の整理はついていない。ずっと整理はつかないのかもしれない。でも、まだ、そういう気持ちにはなれない。なりたくない。


Deweyが逝ってしまって、割と早いうちにBevoを迎え入れた。あの時はなぜかすぐに決心出来た。Cosmoのためにも必要だと思えた。でも今回は違う。Bevoに必要なのは、わたしたちとの時間だ。彼はまだ学習の途中なのだ。新しい犬を迎え入れるのはその先で良いのではないか。

あなたはBevoのためにって言ってたけど違うと思う、あなたはあなたのために新しい犬が欲しいのよ。

夫はその言葉に傷ついたようだった。半分は当たっているのかもしれない。でも、Bevoにとって良い犬を探したつもりだ、それは本当だ、Bevoを一番に考えて探した、と言っていた。紹介された犬は確かにそうだった。この子なら、と思った。でも、どこか踏み切れない。




夫はその後、Bevoを連れて散歩へ出かけた。散歩はもう済んでいたけれど、歩きたかったのだろう。歩きながら、考えたかったのだろう。


夫の落胆ぶりを見ているとこちらまで辛くなる。夫の中ではもう決まっていたことなのだ。それをわたしが覆したのだ、という気分になる。もういいよ、好きにすればいいよ、と口にしてしまった。が、夫もわたしの気持ちが痛いほどわかるようだ。いや、君がそういう気持ちじゃないのなら仕方がない、と言っていた。もしかしたら夫の中でもまだ決まっていたことではなかったのかもしれない。わたしの後押しを待っていただけなのかもしれない。



夫の買ってきたchicken tenders、いつもみたいに美味しく感じられなかった。







12/03/2020

11月のクリスマス

 






今年のクリスマスデコレーションは、かなり早いうちに始めた。

いつだったかと言うと、11月7日。

いつもならどんなに早くてもわたしの誕生日が過ぎてから。なので1週間は早い。その理由は簡単。何かしたかった。身体を頭を動かしたかった。そして、出来るだけ明るくしたかった。コズモが帰ってきたときのために。そして、ホントの本当の気持ちを白状してしまうと、コズモが帰ってくる前に出来るだけのことをしておきたかった。もしかしたらそんな気持ちにならないかもしれない、と思った。そして、そういう予感を拭いながら、デコレーションに励んだ。クリスマスメドレーをBGMにして。




暖炉の上にNativity Setを飾った。ツリーを立てるのにカウチの位置を少し変えた。コズモがいつも駆けてっては眺める窓のところ。ここだとコズモは困るだろうか。


去年はクリスマスのお祝いをした2日後にデューちゃんが逝ってしまった。あれからまだ1年も経っていない。コーちゃん、ダメだよ。まだです。デューイ、まだコズモを連れてかないで。お願いだよ。


11月のクリスマス。かき乱される心を抱きしめながら過ごした。