21歳、就職活動をしていた時、とある予備校の採用説明会で個人ワークがあり、配布されたシートに沿って自己分析をすることになった。
そのシートは生まれてから今までの年表を描くというものであったが、その時私は今まで自分で気が付かなかったことに気付くのであった。
小学校の記憶がまるでない。
嬉しかったこと、辛かったこと、頑張ったことなどを年表に落とし込んでいくのだが、周囲の人は塾や習い事、家族のことについて次々にイベントを書き込んでいくのに対して、私といえば、学校からの帰り道に仲の良かったはずの友人の母親に声を掛けられ、「貴方は性格が悪い」(※詳細はマジで忘れた)というようなことを言われ、自分の親には秘密にしたまま、恐くて一人で泣き崩れていたことを思い出し、苦しくなっていた。
結局その母親は家にも押し掛けて来て、私の母親に対しても私への愛情が不足しているだなどと貶して傷付けた。更に、この親にしてこの子ありという感じで、その娘からもあらゆる嫌がらせをされた。私も私で気が強かったからお互い様なところもあったけど、それでも私は悪者にされ過ぎていたと思う。半沢直樹どころの騒ぎではなかった。相手が大切にしていると思うものを片っ端から壊し合うような、11歳同士とは思えない破滅的な関係が1年以上続いていた。
中学に上がってからも、その親子の他人への嫌がらせは止まらず、他校へ飛ばされた教師もいた。私以外にも被害に遭ったという同級生の話も聞いた。
ただ、私は自分の身に起こった出来事を運が悪かっただけと片付けられず、深い傷を負ったまま、無意識のその記憶を封印することで大人になっていったように思う。
中学校3年生の時のイベント、「第1志望の高校に合格」。そこから始まる、私の年表。人事の人が心配そうに「何でも良いんだよ。友達と喧嘩したとかでも。」と声を掛けてきたが、辛いことはわざわざ思い出すことも、他人に話す必要もないと思ったので、やはり小学校時代はブランクのままシートを提出したような気がする。
こんなことを突然ブログに書こうと思ったのは、私のこの過去の出来事が、今の自分の他人と深く関わろうとしないパーソナリティの形成に大きな影響を与えているのではないかと思ったからなのだが、多分違います。もっともっと別なこと。原因は別にあるような気がします。
いつから、なんで、こんな自分なんだろうか。整理してみたい。
そのシートは生まれてから今までの年表を描くというものであったが、その時私は今まで自分で気が付かなかったことに気付くのであった。
小学校の記憶がまるでない。
嬉しかったこと、辛かったこと、頑張ったことなどを年表に落とし込んでいくのだが、周囲の人は塾や習い事、家族のことについて次々にイベントを書き込んでいくのに対して、私といえば、学校からの帰り道に仲の良かったはずの友人の母親に声を掛けられ、「貴方は性格が悪い」(※詳細はマジで忘れた)というようなことを言われ、自分の親には秘密にしたまま、恐くて一人で泣き崩れていたことを思い出し、苦しくなっていた。
結局その母親は家にも押し掛けて来て、私の母親に対しても私への愛情が不足しているだなどと貶して傷付けた。更に、この親にしてこの子ありという感じで、その娘からもあらゆる嫌がらせをされた。私も私で気が強かったからお互い様なところもあったけど、それでも私は悪者にされ過ぎていたと思う。半沢直樹どころの騒ぎではなかった。相手が大切にしていると思うものを片っ端から壊し合うような、11歳同士とは思えない破滅的な関係が1年以上続いていた。
中学に上がってからも、その親子の他人への嫌がらせは止まらず、他校へ飛ばされた教師もいた。私以外にも被害に遭ったという同級生の話も聞いた。
ただ、私は自分の身に起こった出来事を運が悪かっただけと片付けられず、深い傷を負ったまま、無意識のその記憶を封印することで大人になっていったように思う。
中学校3年生の時のイベント、「第1志望の高校に合格」。そこから始まる、私の年表。人事の人が心配そうに「何でも良いんだよ。友達と喧嘩したとかでも。」と声を掛けてきたが、辛いことはわざわざ思い出すことも、他人に話す必要もないと思ったので、やはり小学校時代はブランクのままシートを提出したような気がする。
こんなことを突然ブログに書こうと思ったのは、私のこの過去の出来事が、今の自分の他人と深く関わろうとしないパーソナリティの形成に大きな影響を与えているのではないかと思ったからなのだが、多分違います。もっともっと別なこと。原因は別にあるような気がします。
いつから、なんで、こんな自分なんだろうか。整理してみたい。