昨年の今頃は、文部科学省が高校用日本史教科書の検定で、沖縄戦の「集団自決」における軍の強制を隠蔽する修正を行ったことが大問題となっていた。検定意見の撤回を求める声は残念ながら届かず、記述の回復も一部しか実現できなかったが、一連の過程で教科書検定制度が孕む諸問題が多くの人々に可視化された意義はあった。
この「集団自決」問題を機に、文部科学省は検定過程の見直しを検討していたが、昨日の教科用図書検定調査審議会(検定審)の作業部会で「改善」案が決定したようである。その概要が報道されている。 時事通信出版局|最新の教育ニュース:教科書検定、議事公開へ=検定調査審議会(2008/12/04 20:10)*web魚拓 http://s01.megalodon.jp/2008-1205-2005-57/book.jiji.com/kyouin/cgi-bin/edu.cgi?20081204-6 「事後公開するとしたのは▽教科別の部会や小委員会の決定事項、審議内容を記載した議事概要▽部会、小委ごとの所属委員名▽出版社に通知する検定意見書の原案として教科書調査官が作成する調査意見書-など。 一応「改善」と評価できるのは、検定終了後とはいえ、従来全く非公開だった教科書調査官による調査意見書の公表を明示したことであろう。検定申請された教科書に対する文部科学省の意見は、表向きは検定審が決定することになっているが、審議会は形骸化しており、常勤の教科書調査官の意見が事実上左右している。検定過程を第三者が検証するためにも、その公開は絶対に必要であった。また、昨年の訂正申請の際に実施した外部の専門家からの意見聴取を制度化するのも、実施基準に疑問は残るが一定の評価はできよう。 しかし、それ以外の「改善」案はあまり意味があるとは言い難い。こう言っては何だが、議事の公開が検定中だろうと検定後だろうと、検定審自体が調査官の意見書を追認するだけで形骸化したままでは、何度でも昨年のような不当検定が起こり得る。審議会委員や教科書調査官の詳細な人事情報公開も、従来から「わかる人にはわかる」状態で、肝心の人選・採用の透明化・公正化の具体案を欠いているのは問題である。 さらに、「改悪」を疑わざるをえない話も報じられている。 沖縄タイムス:検定透明化 程遠く/教科書審査改善案/途中の情報規制は強化(2008/12/05朝刊)*web魚拓 http://s04.megalodon.jp/2008-1205-2007-01/www.okinawatimes.co.jp/news/2008-12-05-M_1-031-1_001.html 「検定の途中で審査内容が申請者以外に漏れた場合、審議停止できる」 「情報規制」「審議停止」というのは物騒な話である。昨年の訂正申請の時に、一部の教科書執筆者や意見聴取を受けた専門家が、検定に関する情報を一般に公開したようなことを予防するための策としか思えない。これは主権者の「知る権利」を侵害し、検定の「密室化」を促進するものと言えよう。「審議停止」は申請教科書が検定を通過できないことを意味するから、いわば教科書会社に対するペナルティであり、文部科学省の統制強化策以外のなにものでもない。 教科書検定制度の大義名分は教科書記述の学問的合理性と客観性の担保にあったが、昨年の事件はそれが機能していないことを白日の下に曝した。私見では政府機関による教科書検定制度は廃止し、教科書発行者の責任を明確にした上で、教科書の採択の段階で何らかの方法により専門家や教員が関与できるようにするよう改めるべきだと考える。家永教科書訴訟が終結して以来、すっかり検定制度の改廃自体は問題になっていないが、関係者には改めて検定制度の廃止を検討して欲しい。 【関連記事】 教科書改竄の「黒幕」 教科書調査官の系譜~「さるのつぶやき」より 【関連リンク】 教科書検定の手続等 - 文部科学省 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/gaiyou/04060901/005.htm#z02 高等学校日本史教科書に関する訂正申請について(沖縄戦関係) - 文部科学省 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/08011106.htm #
by mahounofuefuki
| 2008-12-05 20:23
私もそうだったが、しばしば「小泉政権以降の」政策路線が「貧困と格差」を拡大したと言ってしまいがちだが、そうなると当然次のような問題が生じる。「小泉以降」ということは、「小泉以前」は良かったのか?と。同時代人のリアルタイムの感覚からすると、小泉政権時代に雇用待遇差別や社会保障の脆弱さが顕在化したのは確かだが、今日冷静に振り返るならば、企業のリストラによる雇用待遇全般の低下や非正規雇用の拡大はすでに1990年代に出そろっていたし、「就職氷河期」のピークだった1990年代末はまだ小泉政権ではなかった。小泉純一郎個人のエキセントリックなパフォーマンスに惑わされて、あたかも小泉政権が「突然変異」だったように錯覚しがちだが、実は「構造改革」というのは、少なくとも1980年代半ばからの長期的な政策潮流の帰結であったことを再認識しなければならない。
いわゆる「小さな政府」路線の源流は、1980年代の中曾根内閣の臨調路線に遡るし、大企業・富裕層への減税路線も80年代から本格化する。90年代には橋本内閣が行革と消費税増税というその後の政府を貫く政策基調を確立した。小泉政権はその延長線上に登場した。当然その潮流は一直線ではなく、その時々の経済状況や権力抗争に規定されて紆余曲折があったが、「小さな政府」路線の支持基盤は一貫して、公共事業を通した地方への利益配分を軸とする「土建型福祉国家」とも言うべき旧来の自民党の基本路線に対して不満を抱く、都市中間層が中心であった。忘れてはならないのは1980年代から1990年代にかけて、コミュニズム系ではないリベラル系の左翼はむしろ行政不信を前提として規制緩和や行政の縮小を支持したことで、「小さな政府」論は古典的なレッセ=フェールへの回帰という点で本質的に保守的であったにもかかわらず、大衆には「革新」として受け取られたという点である。そして現在も「税金の無駄遣いを減らして」という言説への支持を通して、「小さな政府」は延命を続けている。 つまり本当の意味での政策転換とは、単に小泉政権以前に戻ることではなく、少なくとも80年代以降の大企業・富裕層優遇、政府の再分配機能弱体化、社会保障での応能原則の否定、雇用待遇の引き下げ等々を全面転換することにほかならない。麻生内閣は来年度予算編成で「骨太の方針」を修正し、公共事業や社会保障の抑制路線を転換することを決定したと報じられているが、実際には「骨太の方針」を廃棄したのでも、大胆な予算配分の見直しを行うのでもない。シーリングを維持しながら外枠で財政出動を増やすというのは、いわば「景気回復」(何をもって景気が回復したと見るかは恣意的)までの暫定措置ということである。マスメディアは政策転換とか「改革の後退」と書きたてるが、これは橋本政権の緊縮路線の後、小渕政権が一時的に利益配分を増加させたのと同程度の「転換」でしかなく、本格的な政策転換からは遠い、いつでも「構造改革」路線に復帰できる代物にすぎない。 中途半端な「転換」にすぎないことに加えて問題となるのは、景気対策のための公共事業増発という方向性自体は正しいものの、単に先祖がえりのように大型開発のような利益誘導を主体とする限り、またしても利益に与れない都市中間層や貧困層の一部などが財政出動そのものへの不満を募らせ、「小さな政府」路線を欲求する可能性が高くなるということである。普遍的な社会保障の確立と公共事業の質の転換(需要の低い大型事業から生活需要に即した事業への転換)を伴わなければ、公的支出が生活に結びついているという実感を得られず、際限のない歳出削減を望み続けるだろう。そして自民党内には今回程度の「転換」をも批判する新自由主義派が健在であり、民主党が歳入の公平性を軽視して行政縮小による財源捻出に固執している現在、麻生内閣に対抗する政策路線は歳出削減路線となる可能性が高い。自民党でさえなければ何でもいいという政権交代信者にとってはそれでいいのだろうが、替わった政権が民主党+新自由主義派による歳出削減路線(しかも間違いなく軍事費のような「本当の無駄」は「聖域」となる)ではまたしても「貧困と格差」は拡大を続ける。いつか来た道である。 「共産党を中心とする政権」でもない限り(しかし現行の選挙制度と社会構造ではまずありえない)、どのような組み合わせの政権でも、当分は旧来の利益誘導路線と歳出削減路線の幅の中にとどまるだろう。小泉政権の否定にとどまらず、もっと長いスパンで過去の政治を総括し、従来とは全く異なる普遍的な福祉国家が構想されなければならないが、不況の現状はそんな猶予すらない。私の絶望が日々深くなる所以である。 #
by mahounofuefuki
| 2008-12-04 17:42
インターネット時代になった最大のデメリットは、不正確な情報が次から次へと広がりやすくなったことだと思っている。その最たるものがweb上の百科事典「ウィキペディア」で、専門家も素人も同等で参加できてしまい、執筆・編集の責任の所在が不明確なのに、それでいて検索の上位にくるので一定の権威をもってしまっており、その悪影響ははなはだしい。大学のレポート課題でウィキペディアに依拠した学生がみな同じところを誤記していたなんて笑えない話があるほどである。少なくとも学問の領域に含まれる事柄は、web上に確実性の高いソースが欲しいと思っていた。
そんな中、Yahoo!がweb上で無料のデジタル版百科事典を公開していることを最近知った。 Yahoo!百科事典 - 無料のオンライン百科事典 http://100.yahoo.co.jp/ ウィキペディアとの決定的な違いは、ベースが『日本大百科全書』全26巻(小学館、1984-1994年)で、項目ごとに執筆者の氏名を明記していることである。元が紙媒体なので文章量が少なく、当然即時性は全くないが、正確性が高く、責任の所在が明確であるのは僥倖である。とりあえず大学の専攻分野だった日本近代政治史の関連項目を適当に読んでみたところでは、執筆者は学界の大御所・第一人者が多く、記述内容も要所を押さえている。もちろん常に学者が正しくて、素人が間違っているということにはならないが、アカデミズムの専門性はやはり尊重されるべきであろう。 問題はベースの『全書』が10年以上前の刊行であるため、どうしても最近の研究水準からすれば記述が古くなってしまっている項目も少なくないことで、特に参考文献が古い場合が目に付く。無料コンテンツである以上、あまり贅沢は言えないが、少なくとも参考文献の追加は頻繁に行うことを望みたい。 【関連記事】 教科書の出典がウィキペディアでいいのか #
by mahounofuefuki
| 2008-12-03 18:01
連合が2009年春闘で8年ぶりにベースアップを要求する方針を決めたという。
連合、8年ぶりベア要求 物価上昇に見合う賃上げを – 47NEWS(2008/12/02 15:47)*web魚拓 http://s01.megalodon.jp/2008-1202-2056-40/www.47news.jp/CN/200812/CN2008120201000625.html 「方針は、08年度の消費者物価上昇率の見通しを1%台半ばと想定。デフレによる物価下落が続いた昨年までと異なり、物価上昇で賃金が目減りする恐れが強いとしてベア要求を決めた」 物価上昇率が上がった以上、その分賃金を引き上げねば実質的には賃下げになるので、賃上げ要求自体は正当である。昨日、麻生太郎首相が日本経団連など財界団体に対し、雇用の安定や内定取り消しの中止とともに賃上げも要請したことも追い風となろう。輸出産業主体の景気回復路線の下では国際競争力の強化を口実に労働者は我慢を強いられてきたが、現在はそうしたモデルが金融危機で破たんし、国際的にも内需拡大の必要性が説かれており、大義名分にも事欠かない。 とは言え、単に賃上げだけを前面に押し出すのは、労働者間の分断を促進する危険性が濃厚であることも事実である。連合の中心を占める大企業の正規労働者が賃上げを要求するほど、政府の歳出削減政策と「無駄遣い」論者に扇動された大衆のバッシングのために賃上げを望めない公務員や、昇給など口にしようものならすぐに解雇されてしまう非正規労働者や、何よりも現実に賃上げをする体力のない中小企業の労働者はやるせない思いを抱くだろう。ある民主党系の有名ブロガーが麻生首相の賃上げ要請に対し解雇を促進すると非難したそうだが、首相は「雇用の安定」も要請している以上、その非難は言いがかりにすぎないことは別として、個別の賃上げに限らず、あくまで全労働者の賃金総額の(正確には労働分配率の)引き上げをはっきりと要求しなければ、不安定な労働者から同じような反発が出るのは間違いない。 単に大企業の正規労働者の利害だけでなく、全労働者の利害を代表するためには、労働時間の短縮も強く押し出すべきである。2008年春闘の際も弊ブログは賃上げ以上に時短を重視せよと主張したが、日本の労組はなかなか時短について賃上げほど具体的な要求をしない。しかし、正社員層ほど長時間労働による過労や賃金不払い残業=「サービス残業」に苦しんでおり、これは本来喫緊の課題である。何より残業の削減は「雇用のイス」を創出する効果がある(本当の景気対策とは「労働法制遵守による雇用創出」と「消費税減税」ではないのか参照)。正規労働者の時短とその穴埋めとしての非正規労働者の正規化を要求することは、正規労働者と非正規労働者の溝を埋めるためにも必要なことである。実質的な手取りが減ることへの反発はあるだろうが、そもそも残業をはじめから想定した働き方や賃金体系自体に問題があることを認識するべきである。 労働分配率が高止まりしている中小企業については、政府の介入がなければ立ち行かない。公的支出による賃金補助を求めるべきだろう。いずれにせよ1980年代以降、連合はその前身時代も含めて「小さな政府」路線や非正規労働拡大に手を貸した前歴があり、現在も個別の加盟労組レベルでは依然として経営側の御用労組に堕している例が多い。そうした体質から脱皮して、大企業の正規労働者だけでない雇用待遇を越えた労働者の代弁者に生まれ変わらない限り未来はないと断言しよう。その点で「個別の賃上げ」だけが独り歩きしないよう注意しなければならない。 #
by mahounofuefuki
| 2008-12-02 21:11
金融危機以降、連日製造業を中心に有期雇用の派遣社員や期間社員の雇い止めが報じられ、11月22日時点で「ガテン系連帯」ブログがまとめたところでは約1万8000人余り(*)、報道されていない事例も含めると数万人単位が職を失っているとみられる。減益だ何だと騒いでいても依然として大きな内部留保を抱え、儲けを出しているにもかかわらず、容易に労働者を切り捨てる大企業のやり口は閉口させられるが、他方で恐慌となれば弱いところから打撃を受けるのは市場経済の必然的帰結でもあり、このままでは今後もますます雇用情勢は悪化の一途をたどるだろう。
*「派遣・期間工切り」1万8千人 ガテン系連帯☆ブログ http://gatenkei2006.blog81.fc2.com/blog-entry-213.html その点で場当たりでない国家的な雇用対策はもはや待ったなしなのだが、政治の世界では金融機関への予防的資金注入には熱心なのに、肝心の雇用対策・生活支援政策は全くと言っていいほど行われていない。はっきり言って今何より必要なのは、国内の雇用を増やすことと消費を増やすことであり、先の金融サミットでも内需の拡大を各国に求めていた以上、最優先で取り組まねばならない。 雇用を増やす案はすでに出ている。全労連系の労働運動総合研究所が先月末に、総務省資料を元に雇用増加と経済効果の試算を公表している。 《試算》非正規雇用の正規化と働くルールの厳守による雇用増で日本経済の体質改善を*PDF http://www.yuiyuidori.net/soken/ape/2008/data/081104-01.pdf ① 「正規雇用を希望する派遣労働者」と「正規雇用と同等の労働をする契約労働者」の正規化による360万人。 このうち、少なくとも②の「サービス残業」根絶による118万人あまりの正規雇用創出については、経済誌『週刊東洋経済』が「日本経済の足腰の強化につながる一過性ではない有望な景気対策といえる」と評しており(『週刊東洋経済』2008年11月22日号、p.26)、特段突拍子もない提案ではないという目安になるだろう。試算ではこれらにより国内生産24.3兆円、GDP2.52%の増加を見込んでいる。必要な原資は21.3兆円で、企業の内部留保5.28%を吐き出させれば難なく調達できる。 安定雇用が増えれば消費も増えるが、消費振興策としては消費税の減税も考慮されるべきだろう。イギリス政府が最近、1年間の暫定措置ではあるが、消費税率の引き下げを表明した。代替財源として国債増発のほか「年収15万ポンド超の富裕層に新たな税収枠を設定し、12億ポンドを徴収する」という(毎日新聞2008/11/24 22:40)。本当に実行するのかどうか不透明とは言え、アメリカのオバマ次期大統領も富裕層への課税強化を公約していたことを考えると、自民党はもちろん民主党も一向に大企業・富裕層への課税強化と庶民の税負担の軽減を課題としないのは、もはや怠慢を通り越して悪質である。 本当に必要な景気対策は、労働法制遵守による雇用創出と消費税減税であると強調したい。 《追記 2008/11/28》 「数万人単位が職を失っているとみられる」と書いたが、奇しくも厚生労働省が今日、今年度下半期で3万人以上の非正規労働者が、雇用契約の中途解除や更新停止などに遭っているという調査結果を公表した(*)。本格的な雇用対策はもう一刻の猶予もない。企業任せではなく、国が積極的に関与しない限り、問題は悪化するばかりであり、「無駄遣い厨」や「小さな政府」論を断固として排除しなければならない。 *東京新聞:『非正規切り』3万人 景気後退でしわ寄せ 厚労省調査(2008/11/28夕刊)*web魚拓 http://s01.megalodon.jp/2008-1128-2106-49/www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008112802000222.html #
by mahounofuefuki
| 2008-11-27 22:49
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