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L'art de croire             竹下節子ブログ

フリージャーナリストのジャック・デュプレシーが司祭だったこと

ジャック・デュプレシーJacques Duplessyは、ウクライナ問題に強いジャーナリストだという認識だった。 彼とウクライナとのかかわりは1992年のウクライの独立直後の人道支援から始まった。今もウクライナのNPOと共同して特に医薬品の提供を助けている。もとは新聞社に勤めていたが、フリーになり、ウクライナ戦争勃発後も現地で取材活動を続けている。フリーのジャーナリストが連帯できるEXTRA MUROSという組織があることもフランスの強みだ。

彼は、ロシアがウクライナ内のロシア語話者やロシア人を救うために国境を越えたという言い訳が完全にプロパガンダだという。彼の知っているすべてのロシア語話者が絶対にプーチンの「ロシア人」にはなりたくないと言っているそうだ。必死にウクライナ語を学んでいる人もいる。

ベルギーやスイスにはフランス語話者が住んでいて、フランス人とルーツを共有し、言語によって文化も共有しているが、それは「国籍」とは関係がない。ウクライナのロシア語話者もそれと同様だ。

プーチンの「侵略」によって、ウクライナのナショナリズムが目覚め、ウクライナのアイデンティティが強化されたことは事実なのだろう。

一方で、アゾフ大隊によるドンバスでの「戦争犯罪」をプーチンがネオナチとの戦いだと言って、介入し、併合にまで至ったことも多くの人が「解説」している。


デュプレシーは、ヨーロッパがもっと武器を与えているべきだった、と、ロシアとの抗戦にこだわっているし、言っていることに全面同意はできない。でも、彼が、熱意をもってウクライナはもちろん、各地での戦闘の犠牲者のために全力を尽くしているのは大したもんだと思っていた。


で、その彼が、れっきとしたカトリックの神父だとは最近知った。

普通の著者紹介などの分には全く載っていない。


でも、カトリックのサイトやカトリック系の放送局でのインタビューなどでは、(司祭でジャーナリスト)とはっきり書かれている。カトリック系のサイトでの質問の答えでは、自分の活動を支えているのは「祈り」だとも言っている。


カトリックの神父でありながら、フリー・ジャーナリストとしてここまで自由な活動を繰り広げられるというのは、フランスのカトリックの「懐の深さ」というか、いったいどういう所属でどういうスタンスなのだろうと驚く。


日本で、思想家や活動家が、僧籍を得るとか、もともと寺の出身だったとかいうのと違って、ヒエラルキーのシステムがはっきりしていて、司教会議や教会法にも縛られるカトリックの聖職者でも、このように活動できるのだ。

いろいろ考えさせられたのでメモ。



# by mariastella | 2024-03-28 00:05 | フランス

反ユダヤ主義について過去記事を読んでみた

今から16年前、公式サイトの「考えるタネ」に書いた記事を、最近読み返して、考えさせられるところが多々あったので、ここに再録することにした。毎日のニュースに煽られて何ごとも近視眼的に見てしまう傾向にあったので、自戒の意味も込めて。

以下、長いのでご注意。


イスラエル建国60周年


685月革命40周年と同じように、今年は、イスラエル建国60周年に関する記事も多い。やはり21世紀に入っていること、そして911以来の世界情勢の不穏や、イスラエル=パレスチナ関係の悪化やイスラム原理主義の台頭が原因なんだろう。

一昨日アルテ(独仏共同TV)の番組で、ヒトラー『わが闘争』の出版と流通をめぐる話、その後で、『シオンの長老の議定書』と言われる有名な偽書の流通の話を見て、今さらながら、言論の自由とタブーについて考えさせられた。
『わが闘争』の著作権はヒトラーの住民票があったババリア州が所有している。そしてすべての出版と流通を禁止している。

1945
年までに何百万部と出回っていた本が古書として売買されるのはかまわない。しかし、当時のドイツ人家庭ではこの本は一家に一冊の聖書のようなものだったので、多くの家庭では、敗戦後廃棄するのをためらって、庭に埋めたり、屋根裏に隠したりしたのだそうだ。
その後のタブーがすごかったので、第二世代の中には、それを発見して興奮した人も少なくないようだ。1998年にはネオナチのグループが地下出版している。しかも、ネット時代の第三世代となると、ネットで全文をダウンロードできるということで、広くネオナチのバイブルになっているようだ。

こうして結果的に野放しなのにかかわらず、北ドイツの大学の歴史教授は、この本の一部をコピーして教室で配布したら、ババリア州から注意を受けた。最近の話だ。

ババリアの担当者は、禁止の理由を取材され、ちょっと待ってくれと言ってブレーンと相談し、「犠牲者のリスペクトのため」と答えた。それを受けたユダヤ人歴史学者(ホロコーストの生き残り)は、「むしろ積極的に研究すべきである。現代人は簡単に影響されないほどには成熟している」と語った。
私が初めて知ったのは、戦前にすでにいろいろなヴァージョンがあったことだ。政治的に公正でないところをいろいろ削除したり改定したりしていた。
私がフランスに好感を持つのは、オリジナル版では、フランスがヒトラーから蛇蝎のように嫌われてるところだ。ひどい言辞を浴びせて、フランスを地図から抹殺してやる、と言ってる。
で、『わが闘争』が多くの言葉で翻訳されたにもかかわらず、ドイツはフランス語訳を嫌がった。しかし、原書を読んで危険を察知したカルチエラタンの書肆が、完訳して700頁の本にして、『すべてのフランス人の必読』と書き込んだ。1936年のことだ。ドイツはすぐに著作権裁判を起こし、勝って、在庫を破棄させた。しかしその前に、Sorlot(訳者)は、5000部を、当時のフランスのオピニオンリーダーに送りつけた。
彼らはなんと言ったか。
その本は、ヒトラーが権力の座につく前に書いたものだから、状況が変わった今は脅威ではない、と言ったのだ。つまり、穏健になってるはずだと。実際、ヒトラーはこの件について、フランスからインタビューを受け、「あれは迫害されていた若者(彼はこれを獄中で書いた)の行き過ぎで、(それ以来)私は変わった」と答えた。要するに若気のいたりだったから、といった訳だ。
ヨーロッパ諸国はこの言葉を信じたかった。いや、『わが闘争』の思想を信じたくなかったのだろう。1938年にミュンヘン協定が交わされ、英仏は「ヒトラーが変わった」ことを認めた形となり、今度は大手の出版社Fayardから、『わが闘争』の改定訳が出た。フランスへの憎悪は削除されていた。

1939
年、オリジナル版の訳が再び登場、そこにも『全フランス人必読』というコピーも復活した。しかし、時すでに遅く、翌年フランスはドイツに宣戦布告、その後は占領されたり、国内ユダヤ人狩りに進んで協力したり、まあ、いろいろあったわけだ。
そういえば、サルコジ大統領も最近、バッシングを受けた後、「私は変わった」とか言ってたなあ。

アメリカが参戦したとき、プロパガンダに使われたのも、『わが闘争』の中の黒人に対する一節だった。当時、アメリカでも黒人はしっかり差別されていたんだが、そこは建前の自由平等があり、ピューリタンの偽善もあり、公けにはそういう言辞はタブーだったろうから、『わが闘争』の「ユダヤ人も黒人も劣等」という言葉にアメリカの黒人は義憤に駆られた。多くの黒人兵がヨーロッパの前線に送られて命を失ったわけだ。

当時ドイツと同盟国だった日本でのこの本の翻訳史はどうなっているのだろう。アーリア人種の優越は、削除されていたのか? 日本にいた頃の私のイメージでは、この本は、なんだかマキャベリの『君主論』と同じような感じだった。「小さい嘘は見破られるけれど、大きい嘘は見破られない」みたいなフレーズが、一代で財を成した立志伝の人物の処世訓みたいな感じで語られていて、「ヒトラー=悪の化身=歴史のタブー」みたいなイメージはなかった気がする。

日本と同盟を結ぶにあたり
「原日本人であるアイヌはコーカソイドの白人だった。だから日本人は白人の仲間」
という説をでっち上げたのもナチスだとアイヌ関係の研究書で読んだことがある。日本側もこんなことを暗黙に納得していたんだろうか。

で、今日的な問題は、ドイツでのネオナチの台頭ではなく、中近東における『わが闘争』の流通ぶりだそうだ。エジプトやパレスチナでは、反イスラエルの補強としてこの本がもうずっと前から広まっているらしい。ヨーロッパには目を光らせていたババリア州も、事実上お目こぼしの状況だったのが、2005年にはトルコで9万部のベストセラーになったということで、ついに干渉したそうだ。しかし、去年も10万部の売り上げということで、これって、なかなか怖い。反イスラエルのバイブルになってるわけだ。

これに拍車をかけるのが、『シオンの長老の議定書』という偽書だ。これは1863年のフランスでナポレオン3世に反対して書かれたモンテスキューとマキャベリの架空対話小説を下敷きに、マキャベリをユダヤ人に 置き換えて、ロシアでボルシェビキ革命の緊張緩和のために創られた偽書だと分かっている。(著者もゴロヴィンスキーという名が分かっている。1990年に 明らかになった。)7人のユダヤ人の長老の世界征服プランが、ロシアの内乱を招いたという読み方をねらっているわけだ。

ところがこの本も、その後、「世界の悪はすべてユダヤの陰謀」、「ここにすべてが書いてある」という、『ノストラダムスの大予言』みたいな万能本として流布した。ナチスにももちろん利用された。それがパレスチナ政府の憲章にも引用されているというから驚きだ。で、彼らは、それが偽書だと言われても、全然平気なのである。

ヒトラーが本音を書いても、信じようとしなかった人がたくさんいる。一方で、ある国である政治状況の対策として生まれた偽書だと分かっている本なのに、信じようとする人がたくさんいる。この本はまたロシア語に戻って、ロシア正教原理主義の聖職者に支持されてたりするのだ。でも一番、出回ってるのはアラビア語版だろう。怖い。

『わが闘争』を禁じるヨーロッパでは、この本も一般には禁じられているのだが、ギリシャでは流通しているらしく、アテネでネオナチのフェスティヴァルが開かれた2005年夏には、出回っていたようだ。ギリシャ正教の一部も反ユダヤ主義の温床になっているらしい。

人は、都合の悪いことが起こるとすべて誰かのせいにするのが好きだ。あるいは、「すべてはすでに定められている」と諦めるのも好きだ。それが「人生の知恵」につながるのか、悪の連鎖につながるのか、一概には言えないだろう。

しかし、普通の人にも「歴史を学ぶ」情報が与えられている時代だからこそ、自分の身の回りの不都合や不快感の解決や解消だけではなく、俯瞰的な視座に立って、やはり、少しでもましな世界を目指したいものだ。

その文脈の中では発禁本があっても当然だ。言論の自由と言うものも、大きな善(すべての人が生のサイクルを安全にまっとうできるようにする)を視野に入れて考えなくてはならない。

『わが闘争』を書いた人の病やルサンチマンも、『シオンの議定書』に助けを見出そうとする人の気持ちも、知らず知らずのうちに「ユダヤ人排斥」や「黒人差別」に慣れていった人の気持ちも、私には決して他人事には思えない。
「私は私の隣人よりも偉い」と思う気持ちと、「私の不幸は私の隣人のせいだ」と思う気持ちは、表裏をなして心の影にぴったりはりついているんだろう。
「汝の隣人を愛せよ」というシンプルな指示は、永遠の挑戦みたいなものである。
(2008.5.9)



# by mariastella | 2024-03-27 00:05 | 歴史

スイスのこと 追記  畜産農業政策など

この前の記事を読んで以来、スイスの話題が以前より良く耳に入ってくるようになった。
特に、農業の問題。スイスのジャーナリストが話しているのを聞いた。(細かく裏をとったわけではないのでエラーがあるかもしれない)

フランスは、EU基準と人件費の高さで、農業専業で食べていける人がどんどん減っている。農畜産業者の大規模な抗議運動があったばかりだ。今フランスの農製品で国際的な競合力があるのは登録商標のある一部のチーズ製品だけなのだそうだ。

スイスは、高地なので、平坦な農地は極端に少ない。
それでも、スイスの農畜産業者は健在だ。
何もしなければ、どんな農地や牧草地だって、建設業者に売る方がはるかに金になるし、その後の経済効果もある。それをしないように、スイスは、農業者が、国民を文字通り「養ってくれる」「エコシステムを守ってくれる」という「奉仕」に対して給料を支払うのだそうだ。

明快だ。

この200年でアメリカ化して、今は最盛期の五分の一の農産品しかないという過去の「農業大国」フランスとはえらい違いだ。

まあ、シンガポールのシステムもそうだけれど、シンガポールのように600万人もすいすのように900万人規模の人口しかない国とはいろいろ事情が違うとはいえ、今のフランスが自分が主導権を持っていると信じてきたEU体制で自分の首を絞めているのは明らかだ。

スイスはヨーロッパの真ん中にあるので、各国別にいろいろな合意、条約をしているけれど、EUとは交渉しないし、EUに加盟しようともしない。
ドイツはスイスを毛嫌いしているのだそうだ。
前の前の記事で書いたように、戦争経験者である私の両親にとってスイスは憧れの国だった。日本人一般のスイスのイメージも、「エーデルワイス」的なお花畑だと思う。

スイス銀行の匿名口座も有名だけど、外交的にも、産業的にも、イメージ操作的にも、「小さな大国」だなあ、とあらためて思った。




# by mariastella | 2024-03-26 00:00 | 時事

『イエスがスイスに戻ってきた』読後に考えたこと

前回の記事を書いたのは2/24だが、やることがたくさんあったのに、結局、その後、一気読みしてしまった。

どう収拾してどういうオチになるのか知りたかったからだ。


私が最後にスイスに行ったのは1990年代だけれど、この本を読むと俄然リュトリ巡礼をしたくなった。この本にある場所を全部回ってみたいくらいだ。毎週スイスから参加しているバロックバレエの仲間ともこの本の話をしてみたい。


で、書評としては、「一気読み」してしまうほどには面白かったが、幽体離脱を量子物理学で説明するかと思えば、テレパシーやパラレルワールド(地球という場所にあるが時間は共有していない)や、タントリック、チャクラなどのニューエイジ風のエゾテリズムのワードがちりばめられているので、すべての読者に共有できるのか疑問だ。そして何より「イエスの言葉」がテーマでもあるので、日本人が読んだら「キリスト教」カラーなのだと思ってしまうリスクがある。


なるほどと思ったのは、この本で、12人の「使徒」が集められた標高1000メートル近いゼーリスベルクという場所は、1972年から1990年まで、超越瞑想運動の拠点が置かれていたということだった。このニューエイジ運動には、ビートルズ、ジェーン・フォンダ、ジョージ・ルーカス、クリント・イーストウッドなどが傾倒したことでも知られている。

インドが旧イギリス植民地だったことの流れは大きいと思うが、結局、巨大ビジネスになる運命だった。


(上の記事の引用)
1972年に、7つの目標からなる「世界計画」と呼ぶ運動を始めた。(①個人の可能性を十分に開発すること。②行政の成果を高めること。③思考の教育理念を実現すること。④人類を不幸にしているあらゆる行動や犯罪の問題を解決すること。⑤知性ある環境の用い方を最大限に行うこと。⑥個人と家族と社会に充実感をもたらすこと。⑦人類のあらゆる精神的目標を現在の世代において達成すること。)世界計画実行協議会(本部・スイス)が世界中の関連団体の活動をコーディネートし、地球上に3600のTMセンターを建設し、各センターに約100万人と計算し、1000人の教師を置き、一人当たり1000人を担当するように考えた[3]1972年に、7つの目標からなる「世界計画」と呼ぶ運動を始めた。(①個人の可能性を十分に開発すること。②行政の成果を高めること。③思考の教育理念を実現すること。④人類を不幸にしているあらゆる行動や犯罪の問題を解決すること。⑤知性ある環境の用い方を最大限に行うこと。⑥個人と家族と社会に充実感をもたらすこと。⑦人類のあらゆる精神的目標を現在の世代において達成すること。)世界計画実行協議会(本部・スイス)が世界中の関連団体の活動をコーディネートし、地球上に3600のTMセンターを建設し、各センターに約100万人と計算し、1000人の教師を置き、一人当たり1000人を担当するように考えた[3]
1972年に、7つの目標からなる「世界計画」と呼ぶ運動を始めた。(①個人の可能性を十分に開発すること。②行政の成果を高めること。③思考の教育理念を実現すること。④人類を不幸にしているあらゆる行動や犯罪の問題を解決すること。⑤知性ある環境の用い方を最大限に行うこと。⑥個人と家族と社会に充実感をもたらすこと。⑦人類のあらゆる精神的目標を現在の世代において達成すること。)世界計画実行協議会(本部・スイス)が世界中の関連団体の活動をコーディネートし、地球上に3600のTMセンターを建設し、各センターに約100万人と計算し、1000人の教師を置き、一人当たり1000人を担当するように考えた。<<


この経緯に照らして考えると、この小説での人類救済のプログラムとほぼ一致している。

ただし、エキゾチックなインド思想がビジネスに取り込まれていったことから、この小説では、やはりヨーロッパ文化は、キリスト教思想に回帰して、イエスの再臨を通して、本来の意味の普遍思想を昇華すべきだという路線なのだろう。


確かに、イエスの言葉というのは当時も今も革命的であり、まともに貫けばイエスと同じように「反体制」で粛清されるくらい過激だと分かる。「愛」も「平和」も「勝ち取る」もので、「瞑想」での「自己啓発」などとは対極のものなのだ。

平和を実現している国(3賢者やイエスの住む国)でのイエスやキリスト教などのスタンスは、悪くない。神学的にというより、福音書を公平に見てみると、納得がいく。だからカトリックの司祭の前書きが可能だったのだろう。


でも、2024年のクリスマスから始まるというこの新しい福音プランに、現実性があるかというと…。

エキゾチックな思想がビジネス化しカルト化していく一方で、世界の分断、略奪、破壊がやむことがない現状を見ていると悲観的になる。


後、おもしろいと思ったのは「使徒」としてにエコロジーを支持する若者3人が選ばれているのだが、それぞれフランス語、ドイツ語、イタリア語話者だということだ。そういえば、多言語社会のスイスには英語が含まれていないのだ。

英語が侵食するところはアメリカ式グローバリズムにも侵食されて「救済」もビジネスになる。


もうひとつは、「アガルタ」という「黄泉の国ユートピア」?の政治システムがsynarchieとされているのも興味深い。

シナキズムというのは共同ルール、調和統治、ということなのだけれど、フランス語だとナチス時代のヴィシー政権の含意もあって、エリートによる「影の統治」のイメージもあるから、もし著者がフランス在住のフランス人ジャーナリストだったら、この言葉を使っただろうか、などと考えてしまった。





# by mariastella | 2024-03-25 00:05 |

『イエスがスイスに戻ってきた  リュトリ2024』

手に入りにくかったこの本をようやくゲット。 イエスがこの世に再来して、新しい12人の使徒をどう選んでいくかという話(哲学ストーリーとある)なのだけれど、スイスを舞台にスイスの作家(ジャーナリストでフランス国籍もある。マラケシュ生まれ)がスイスで出版した。
スイスはプロテスタントというイメージがあったのだけれど、著者はカトリック。

『イエスがスイスに戻ってきた  リュトリ2024』_c0175451_00020141.jpg
少し掘り下げると、スイスほどイエス再来にぴったりの場所はないなあと納得する。
副題にリュトリ2024年とあるように、リュトリから始まったスイスは他民族多言語国家でありな民主主義で絶対中立の平和国家だ。
私の子供の頃、世界の国でどこが好き?と両親に聞くと、二人とも、いつも「スイス」だった。
第二次世界大戦を生き延びた世代だから、それに巻き込まれなかった中立国家があこがれの対象だったのだ。

以下、スイスの成り立ちについてネットからコピー。

スイス盟約同盟 リュトリ盟約

ハプスブルク家による身勝手な行動を許さないと決意した一部の住民は同じ志を持った仲間を集め、時折「リュトリ」(Rütli)と呼ばれる野原で密かに会合するようになりました。

しかし、メンバーが増えるにつれて会合の場所がハプスブルク家に知られてしまうことが時間の問題であると悟った参加者は、同盟を結んでハプスブルク家による支配から独立し、互いに協力しながら命懸けでその独立性を守ることを誓い合いました。

この出来事は一般的にリュトリ盟約(Rütlischwur)、そしてリュトリ盟約に参加した者を「盟約同志」、即ちアイトゲノッセンと呼んでいます。

上に書いたとおり、この同盟を結んだのは当時帝国直轄領であった現在の中央スイスに当たる地域のみで、皆様が知っている今日のスイス連邦のほんの一部に過ぎませんでした。

正確に言いますと、当該同盟を指すアイトゲノッセンシャフトはウーリ州(Kanton Uri)、シュヴィーツ州(Kanton Schwyz)および現在のオブヴァルデン準州(Kanton Obwalden)とニトヴァルデン準州(KantonNidwalden)に当たるウンターヴァルデン(Unterwalden)の僅か3地域間で結ばれた百姓一揆程度のものでしかなかったのです。

しかし、強い意志でハプスブルク家に対抗し、繰り返し戦争を行って勝利したアイトゲノッセンは徐々にその存在感を近隣地域にも示し始めます。

それ以降、次々とアイトゲノッセンシャフトに賛同し、当該同盟に加盟する地域が増えて現在の計26州(20の州と6つの準州)から構成されるスイス連邦を形成することになります。(以上このサイトより


しかも、イエスを再び地上に送り込むと決めたのは、Agarthaという地球の霊性の真ん中にある神秘の地下都市に住む3賢人(Mahatma Mahanga Brahatma)の一人であるマハトマがイエスをハグして「準備はできたかい?」と問いかける場面がプロローグになっている。2024年の秋、地球を滅亡から救うために、クリスマス前の6週間で12人の使徒を選ぶことがイエスに与えられた新しい使命だった。イエスは自らそれを決意した。マハトマは微笑みながら「恩寵がありますように!」という。「Le Tout Autre」はイエスと共にあり、イエスのうちにある。


マハトマという言葉を使っている時点で、著者が一神教の伝統と、オリエントとエゾテリスム、オカルトなどのアプローチを融合しながら、シンクレティックでユニヴァーサルなアプローチをしていることが分かる。神学者であるスイスのSionの司祭が前書きを書いている。


11/8、イエスの使徒探しはローザンヌから始まり、ジュネーブからジュラへと、12人の男女を「大いなる体験」へと誘う。そしてクリスマスの夜にリュトリの平原に集まって…。


選ばれたのは物乞いから、タントラ式マッサージ店で働く女性までと幅広く、彼らは、Mahatma Mahanga Brahatmaの3賢人によって「啓示」を見せられる。

12使徒が個々の特徴や属性と共に書き分けられ、それぞれの逡巡や疑問、論戦などが、今日の問題と希望に向けての課題を浮き上がらせる、というもの。

思えば、スイス型の多様性は「カトリック」の本来の形に似ている。(ローマ帝国の国教になってからの帝国型普遍主義ではない。)


まだ読み始めたばかりだけれど、スイスの特殊な成り立ちと共に、目が開かれる思いだ。

2022年の出版で、設定となる2024年のクリスマスはもう迫っているから、今から翻訳しても出版は採算がとれないだろうけれど、今の世界情勢を見ていると、なおさら必要なメッセージが詰まっているようなので、日本語でもぜひ読めるようになってほしい。




# by mariastella | 2024-03-24 00:05 |



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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