sacréconomie
『「呪術」の呪縛』下巻の読書ノート
image

江川純一・久保田浩編『「呪術」の呪縛』(下)リトン、2017年。

第一部 呪術概念の再検討

鶴岡賀雄「「呪術」の魅力:「永遠のオルタナティブ」の来歴と可能性についての試論」

 「マギア」を人類学的・宗教学的分析概念としてではなく西欧精神史の構成要素として見て、古代ギリシアから、中世神学、ルネサンス、近世キリスト教、現代芸術に至るまで、マギアの位置づけを跡づける。
 そこでは、マギアがつねに、公共宗教や哲学といった正統的な知や生き方に対して、劣位に置かれた人々による代替行為として位置づけられる。しかし、この民衆の低級知は正統知でないがゆえに、かえってそれを批判的に超える超高級知ともなりうるものであった。
 近世神秘神学における神的/悪魔的/自然的という三分法が、人類学・宗教学における宗教/呪術/科学の三区分に改鋳されていったのではないか、という指摘はなるほどなあと感じ。また、世間的・民衆的な低級知たるマギアがつねに物を介するというのも、フェティッシュとの関係で興味深い。
 「神秘主義」概念の検討については別稿に譲るとされているが、その「別稿」とはこれですね。→
鶴岡賀雄「「神秘主義」概念の歴史と現状」『東京大学宗教学年報』vol. 34、東京大学文学部宗教学研究室、2017年、pp. 1–24。
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/47687#
 なお、本論文の中で、サラマンカ大学の学士アマドール・デ・ベラスコが持っていたグリモワール(魔術の指南書)をめぐる事件の話が出てくるが、最近、魔術のことを考えすぎて、先日、江川さんから「grimoireとは魔術書のことなんですよ」と教えてもらう夢を見た。

山崎亮「社会学年報学派の呪術論素描」

 ユベールとモースの「呪術論」は混乱に満ちた論文であり、その一因として呪術のアポリア(呪術は私的なものであるが、社会的な性格ももつ)が挙げられる。この混乱を理論的に整理したのがデュルケームの聖理論であるが、ユベールとモースは納得していなかった。

江川純一「「magia」とは何か:デ・マルティーノと、呪術の認識論」

 イタリア宗教史学におけるマジーア概念を、特にエルネスト・デ・マルティーノの『呪術的世界』とその後の転回にしたがって明らかにする。宗教学において一般的に、「呪術」は「宗教」のネガとして語られがちだが、宗教史学はこの対比・対立を認めない。
 デ・マルティーノは『呪術的世界』において、呪術的世界は「自分の魂の喪失の危機とそこからの解放」という実存のドラマによって根拠づけられるとして肯定的に評価したが、この世界を歴史的時代であるとしたがゆえに、進化主義的宗教論と見分けがつかなくなってしまった。
 「呪術的心性と原始的心性を混同している」という師ペッタッツォーニらの批判を受け、デ・マルティーノは後年、「呪術的世界」という想定を取り下げ、神話ー儀礼の結合物としての「呪術ー宗教現象」を探究するようになる。
 注にある、「今後、20世紀の宗教学思想を振り返るときには、ペッタッツォーニ、デ・マルティーノ、エリアーデのトライアングルによる、神話ー儀礼的技術としての「呪術ー宗教」の考察が軸となるであろう」という指摘が興味深い。

 なお、A. C. ハッドンが報告したボルネオのトゥリク族の男の話(ある男は鉤形の石を頑なに手放そうとしなかった、その石は魂が自分の身体を去るのを引き留めているのだという)がラトゥールのファクティッシュのようで面白い。

第二部 事例研究:古代~中世

渡辺和子「メソポタミアにおける「祈祷呪術」と誓約:「宗教」と「呪術」と「法」」

 なかなか論争的ですごい論文であった。一言ではまとめづらいが、アッシリアの『エサルハドン王位継承誓約文書』(ESOD)の構成や文法を分析することで、誓約と儀礼、「言うこと」と「すること」の宗教的な結びつきを考察する。
 アッシリア学者の重鎮オッペンハイムは、西洋人として祈りと儀礼が結びつくことに耐えられず、「メソポタミア宗教」は書かれるべきではない、とまで言う。また、ESODの誓約と儀礼という形式こそが、契約(誓約)宗教としての一神教の成立と後のキリスト教の成立にも影響を与えたという。

高井啓介「その声はどこから来るのか:腹話術の魔術性についての考察」

 叙述がトリッキーで面白い。腹話術が古代の神学者たちによって魔術として扱われ、近代に脱魔術化していった過程が示される。旧約聖書サムエル記上の「降霊術」がギリシア語に翻訳される際にἐγγαστρίμυθος(腹話術)と訳されたために腹話術の魔術化が始まった。
 降霊術が腹話術と見なされることで、腹話術師は腹の中に悪霊をもつことになり、霊媒は魔女扱いされるようになる。しかし、腹話術の魔術性を否定し、単なるトリックだとしたのが、『百科全書』で数学に関する項目を多く書いているジャンバプティスト・ドゥ・ラ・シャペルの『腹話術』であった。

本伸一「カバラーにおける神名の技法と魔術の境界」

 ユダヤ教のカバラーにおいて、正当な呪術と禁じられた魔術の境界は不分明である。このことを15世紀のカバラー文学、ルネサンスの自然魔術の影響下のカバラー、18世紀のエムデン=アイベシュッツ論争という3つの事例に即して考える。
 15世紀スペインのカバラー文学の共通点は、主人公であるカバリストが終末とメシア来臨を促すために悪魔を追放しようと立ち上がるも、悪魔に騙されて取り逃がしてしまい、逆に魔術に手を染めた悪人として非難される、という物語。中2っぽいというか、『進撃の巨人』(デビルマン)フォーマットだなと。

青木健「ゾロアスター教神官マゴスの呪術師イメージ:バビロニア文化の影響と呪術師イメージの由来」

 マゴスには「呪術師」「神秘主義の達人」「放蕩」といったイメージが付与されるが、ゾロアスター教の神官の職能を検討してみると、実態は王朝に仕える官僚であり、吉凶暦や蛇占いといった副業の方がイメージの形成要因となったと考えられる。
 青木健『古代オリエントの宗教』は、渡辺論文の注で、紀元前2世紀から13世紀までのオリエントの宗教史を扱うものなので、「書名と内容が一致していない」と批判されていた。

毛利晶「古代ローマにおける凱旋の儀式:トリウンプスに関する最近の研究動向を中心に」

 ローマで戦争で勝利を収めた将軍が行う凱旋の儀式トリウンプス(triumphus)。そこでユピテルの扮装をする凱旋将軍の役割は神か王か。近年の論争を踏まえて、著者は元々ユピテルの儀式であったものが後に将軍自身を讃える儀式へと変化していったと推測する。
 凱旋式挙行の要件が、①命令権(imperium)、②鳥占権(auspicium)、③軍隊指揮(ductus)、④幸運(felicitas)の4つだったというのが、統治(王)・呪術(宗教)・軍事の三権が一人に集中しているようで興味深い。

野口孝之「近代ドイツ・オカルティズムの「学問」における「魔術」」

 19世紀後半から20世紀初頭に展開されたオカルティズムにおける「魔術」の位置づけを、キーゼヴェッター、エスターライヒ、シュティルナーという3人の思想を中心に検討する。
 ドイツの代表的なスピリチュアリスト、カール・ドゥ・プレルの概念das transzendentale Subjektを「超越的主体」と訳しているけど、「超越論的主観」では。このドゥ・プレルの理論を援用するキーゼヴェッターはオカルティズムをGeheimwissenschaftと呼び、先人としてスウェーデンボルグを挙げている。
 ちなみに、スウェーデンボルクを批判したカントの『視霊者の夢』の第一部第二章のタイトルはgeheime Philosophie(オカルト哲学)である。

寺戸淳子「「呪術ではない」祭儀:「秘義」としての聖体拝領」

 大変勉強になった。キリスト教の「聖体拝領(聖餐)」「実体変化」「神秘的肢体」といったややこしい話を基本的なところから丁寧に教えてくれるので、これらの神学的議論に関心がある人におすすめの入門的論文。
 12世紀に「実体変化」の教理が確立したのと同時に、「神秘的肢体」(Corpus mysticum)論も確立していった。Corpus mysticumは元々、食べる方の「聖体」を意味していたが、秘義的ニュアンスがよろしくないため、それまで「教会」を意味していた「キリストの体」Corpus Christiと呼ばれるようになった。
 12世紀に「実体変化」の教理が確立したのと同時に、「神秘的肢体」(Corpus mysticum)論も確立していった。Corpus mysticumは元々、食べる方の「聖体」を意味していたが、秘義的ニュアンスがよろしくないため、それまで「教会」を意味していた「キリストの体」Corpus Christiと呼ばれるようになった。
 逆に、教会はCorpus mysticumと呼ばれるようになった。つまり、聖体と教会の呼び方が入れ替わったのである。この教会を指す「神秘的肢体」がやがて法人のような擬制的人格一般を指すようになっていった。カントーロヴィチぽいなと思ったら、カントーロヴィチが参照されていた。

佐藤清子「19世紀合衆国における回心と「呪術」:チャールズ・G・フィニーの新手法擁護論とその批判を中心として」

 きわめて明晰な論文。19世紀アメリカの第二次大覚醒の時代を代表する牧師フィニーは「新手法」と呼ばれる礼拝方式を導入して革新をもたらしたが、それは回心を意図的・合理的に促す手法であり、限りなく呪術に接近していく。
 フィニーはスコットランド啓蒙思想の影響の下、自然法則の学習・応用という方法論を採用し、自らの回心の方法を「科学」あるいは「哲学」であると称した。他方で、呪術・宗教・科学の三区分で知られるフレイザーもまた、同じくスコットランド啓蒙の思潮に影響を受けていることは興味深い。
 フレイザーは呪術を稚拙な科学であるとしたが、もし仮に「回心」を心理学的な技術によって達成できるようになったとしたら、それは科学なのか呪術なのか。実は科学と呪術の区別は、その知識や技術の程度の差異によるのではないのではないか。
 フィニーの「祈り」についての議論も面白い。回心は聖霊の働きによるが、人間は聖霊をコントロールできないがゆえに、回心も究極的には神に委ねられている。しかし、フィニーは回心と聖霊の間に「祈り」という人間の行為を介入させる。とはいえ、人間は祈りによって神を操作できるわけではない。
 フィニーによれば、祈りはそもそも聖霊の働きによって可能になるのだから、祈ることができること自体がそれが叶えられる可能性があることの証拠となる、という。ここには、祈りのアポリア(祈りは効果があるならば、祈りにはならず、効果がないならば、祈る必要がない)を解く鍵があるように思われる。

久保田浩「近代ドイツにおける「奇術=魔術」:奇術とスピリチュアリズムの関係に見る〈秘められてあるもの〉の意味論」

 19世紀ドイツで機械仕掛けの奇術を行う奇術師は、トリックを説明(klaeren)可能なものとしながら、それを驚嘆すべきものとして提示する者であり、スピリチュアリストの種明かし(erklaeren)をして詐欺を暴く啓蒙(Aufklaerung)の意義も担っていた。
 奇術師がスピリチュアリストを科学的に暴いたり、宮廷からお墨付きを得た「宮廷奇術師」が登場したりと、『鋼の錬金術師』が好きな人にお薦めしたい論文。スピリチュアリストが、奇術師は本人も気づいていないけれど実は霊媒であり、本人が奇術だと思っているのも霊媒現象なのだと主張する話が面白い。

上まどか「ロシアにおける呪術概念の検討」

 前半が現代ロシアの事典や概説書における「呪術」概念の分析、後半が16世紀に編纂された『百章』における「呪術」の用法について。「準備的覚え書き以上のものではなく」という著者の言葉通りの文章であった。
 『金枝篇』の著者名が「D. D. フレイザー」となっていて、目を疑った(ロシアだとJもGもDなんですか)。それ以外にも本書は誤植が非常に多い印象。上巻目次のタイトルからして既に間違っている。

西村明「呪術としてのキリスト教受容:ミクロネシア・ポンペイ島を中心に」

 最終章でいよいよ真打ち「マナ」登場。ミクロネシアのポンペイ島における宣教でキーワードとなった「マナマン」から、マジックワードとしての「マナ」概念の歴史的形成の議論へ。
 まず、宣教師は植民地主義的視点で現地の宗教的・呪術的実践を裁断するが、しかし、その視線は一方向的なものではなく、現地民もまた、自分たちの価値体系の中にキリスト教を位置づけて理解する。ポンペイ島で、二つの異なる価値体系を通訳した概念が「マナマン」であった、という話が面白い。
 さらに後半、この「マナマン」(ミクロネシア)と同族語である「マナ」(メラネシア・ポリネシア)という概念が辿った数奇な運命が論じられるが、これも面白い。
 「マナ」とはそもそも、コドリントンが『メラネシア人』(1891)において初めて学術的議論に導入した語で、その後、超自然的力を指す普遍的な概念として人類学・宗教学で多用されていった。しかし、コドリントンが現地調査したモタ島とバンクス諸島は、当時、ポリネシア人と宣教師の影響を受けていた。
 メラネシアの「マナ」が形容詞や動詞としての含意があったのに、ポリネシアでは名詞として用いられた。メラネシアの宣教師たちは先にポリネシア語に通じていたために、「マナ」を名詞的に理解してしまった。こうして、コドリントンがやってきた頃には、既にバイアスのかった「マナ」となっていたのだ。
 このように、「マナ」とは、ポリネシアとメラネシア、現地民と宣教師、そして世界各地の多様な宗教間といった、異質な価値体系を通訳=通約する概念として強力な力をもつようになっていったのである。異質な体系の間の界面に生じる通約的概念という意味では、「フェティッシュ」にも似ているように思う。

『「呪術」の呪縛』上巻読書ノート

image

江川純一・久保田浩編『「呪術」の呪縛』(上)リトン、2015年。

 今、呪術がかつてないほど注目されている。近代西欧に成立したreligionに対して、劣位に置かれるmagic概念を所与のものとして前提とすることなく、改めて問い直し、概念史や各国の事例研究といった観点からその諸相に光を当てる書。

 以下、所収論文についての読書メモ。

江川純一・久保田浩「「呪術」概念再考に向けて:文化史・宗教史叙述のための一試論」

 全体の導入論文。日本語の「魔法」と「呪術」、学問的概念としてのmagic、西洋文化史におけるmagic、そして、本書の背景と構成が論じられる。「魔法」(1474)が室町中期に現れているのに対して、「呪術」は『続日本紀』(699)に言及がある。
 とはいえ、「呪術」は近世・近代において人口に膾炙しておらず、20世紀後半にフレイザーのmagicの訳語として定着した(それ以前は「魔法」)。また、学問的概念としてのエティックな次元と日常言語としてのイーミックな次元の区別の重要性が指摘される。
 学問的概念としてのmagicで要注目なのはタイラーとフレイザーであり、特に後者のmagic→religion→scienceという図式が重要。その後のmagic研究の系譜はある意味ですべてここから始まった。他方で、イーミックな次元で見れば、magicの語源は古代ペルシア語に由来するギリシア語のμάγοςに発する。
 すなわち、magic概念には、そもそもペルシア由来という他者性が付与されており、つねに地理的他者(非西洋)、歴史的他者(古代)、宗教的他者(異教)という含意がある。近代的なreligionとscienceは、他者にmagicという名を与えることで、自己を正当化してきた歴史的経緯がある。

第一部 呪術概念の系譜

藤原聖子「アメリカ宗教学における「呪術」概念」

 ウェーバー以来、ピューリタンは「世界の脱魔術化」として位置づけられてきたが、1980年頃からピューリタンも呪術を実践していたとする研究が盛んになった。これらの研究を島薗進の新宗教研究(呪術と近代化は背反しない)と比較対象する論文。
 アメリカにおけるピューリタンの呪術実践研究では、呪術と近代化の関係は問題とならず、呪術の感情面が重視され、信仰と理性の対立図式、すなわち、アメリカの知性主義対反知性主義というナショナル・アイデンティティの問題へと引きつけて理解されている。
 たしかに考えてみれば、アメリカのホラー映画は、魔女、魔法、霊、占い、ゾンビと呪術に事欠かない。むしろ合理性の反作用としての呪術に取り憑かれているようにさえ見える。それはアメリカという国のアイデンティティに関わる問題で、非常に興味深い。
 ちなみに、アメリカの呪術総決算的なホラー映画として「キャビン」おすすめです! この『呪術』論集は、「宗教」概念批判を経た後で、「宗教」周辺の重要概念をアプリオリに前提とせず、反省的にその概念の意味を問い直すという点で、『ニュクス』第5号「聖なるもの」特集と双子のような存在ですね。

竹沢尚一郎「イギリスとフランスにおける呪術研究」

 エヴァンズ=プリチャードのアザンデ研究における妖術論とグリオールのドゴン研究における占い論の検討を通じて、呪術を複雑な世界の「縮減」(ルーマン)の仕組みであるとする仮説を提唱する。

 注で触れられている、レイモン・ファースの師マリノフスキーへの問い「もしすべてがすべてに結びついているとすれば、どこで記述を終えたらよいのでしょうか」は、いかにもラトゥール的な問いのように思える。

横田理博「ウェーバーのいう「エントツァウベルンク」とは何か」

 この論文は何度読んでも面白い。ウェーバーのEntzauberung(脱呪術化、魔術からの解放)は有名な概念で、様々な論者によって援用されるにもかかわらず、ウェーバー自身はこの概念を定義しないために、その内容は実は不明確である。
 著者は丁寧な読解によって、「脱呪術化」が『プロ倫』における「救いの手段としての呪術の否定」と、『職業としての学問』における「世界の意味づけの否定」という二つの意味をもつことを明らかにする。また、前者が呪術から宗教への移行であるのに対して、後者は「世俗化」を意味する。
 ちなみに、私が『現代思想』のウェーバー特集に寄稿した「世界に魔法をかける」の元ネタはこの論文です。「脱呪術化」という概念でひとつ気になるのは、この語はつねにEntzauberung der Weltと「世界の/世俗の」という言葉を伴っていること。この点も「脱呪術化」を援用する論者に見落とされがちだ。

高橋原「初期の日本宗教学における呪術概念の検討」

 日本の宗教学の歴史の中でmagicの訳語としての「呪術」が定着していった過程を跡付ける。明治時代はmagicの訳語として「呪術」は用いられていなかったが、日本の宗教学の確立とともに大正時代にフレイザーの影響の下、「呪術」が定着していった。

谷内悠「呪術研究における普遍主義と相対主義、そして合理性:分析哲学と認知宗教学から」

 「呪術は合理的である」と言われるときの「合理性」について、タンバイアの普遍主義/相対主義の議論を批判的にアップデートさせることで解決しようとする。概念図式/メタ概念図式の議論はガブリエルの「意味の場」の議論を想起させる。
 ただ、普遍主義と相対主義の対立をメタ概念図式によって解決するというのは、問題を一段先送りにしただけのような気もするし、最後に出てきた「生物的合理性」は素朴な自然主義のように思えて、正直なところ、肩透かしの感がある。

第二部 事例研究:アジア

鈴木正崇「スリランカの呪術とその解釈:シーニガマのデウォルを中心に」

 スリランカで最も呪力の強いとされるデウォルについての神話と実際の呪術実践から、呪術の特徴を探る。呪術は「外来」「異人」といった境界的状況に対する意味付与・統御として発生するのであり、現在のグローバル化による変動もまた呪術が力をもつ場である。
 たしかにマゴスの語源的意味にしても、フェティッシュにしても、文化的・地理的・時間的な境界において、あるいは、他者との界面において、「呪術」(なるもの)は発生するように思われる。個人的には、障り、罪、穢れ、害、悪を意味するシンハラ語の「ドーサ」という概念が面白い。

木村敏明「プロテスタント宣教師の見た「呪術」と現地社会:ヨハネス・ワルネック著『福音の生命力』をめぐって」

 スマトラのバタックに宣教したヨハネス・ワルネック『福音の生命力』に基づいてキリスト教から見た呪術の意義と効用を検討する。ワルネックは、インドネシアの宗教をアニミズムとして特徴づけたが、その評価は両義的である。
 著者はこれを「世界観としてのアニミズム」と「エートスとしてのアニミズム」に分類し、前者が称賛されるのに対して、後者は現世利益を追求する自己中心的な呪術実践であるがゆえに非難されるとする。しかし、ヨハネスはこうした呪術を逆手にとって宣教が可能となるとして、利用価値も認めている。

池澤優「中国における呪術に関する若干の考察:呪術という語の呪術的性格」

 面白かった。呪術を「非人格的な法則性に基づく宇宙の操作」と定義すると、人間の作為が宇宙の経営に関与するという点で、陰陽五行説のみならず、古代中国思想全般が「呪術」になってしまうが、これは概念の使い方として非生産的である、という。
 古代中国宗教研究における「呪術」の用例として、『詩経』研究が取り上げられ、そこではおおむね「呪術」が素朴な宗教を指す語として用いられ、特に言霊信仰のようなものが想定されている、と指摘される。
 私は特に、グラネ『中国古代の祭礼と歌謡』の解釈が面白かった。詩は個人の感情を歌ったものではなく、慣習によって定められた集団の感情を表出したものであり、慣用句は「興」という強制力をもって、自然を循環させる力をもつ、という。詩はいわば礼のような宇宙の形式なのだろう。

川瀬貴也「近代朝鮮における「宗教」ならざるもの:啓蒙と統治との関係を中心に」

 朝鮮における近代化、日本の植民地支配という観点から、「宗教」と「宗教」ならざるもの(呪術・迷信)との区別が何を意味しているかを示す論文。特に、今村鞆、村山智順による植民地下の民俗学的調査の視線が見つめる「迷信」が興味深い。
 近代化・啓蒙によって退けられた「巫俗」が宣教師たちによって朝鮮宗教の本質と捉えられ、さらに、朝鮮民族のナショナリズムへと結びつき、現代韓国社会において伝統と見なされるようになった、という指摘が面白い。この辺りの話はどうしても「コクソン」を思い出さざるをえない。

第三部 事例研究:日本

井関大介「熊沢蕃山の鬼神論と礼楽論」

 近世日本儒学における鬼神の問題を、白石・徂徠・蕃山を中心に、主に「礼」の観点から検討する。蕃山にとって、祭祀儀礼の意義は、人心を無意識裡に統御し、社会を統治することにあったが、それは天人相関論によって宇宙の運行を正しく経営することでもあった。
 蕃山によれば、鬼神祭祀の礼は、社会が経済的に豊かになって人心が堕落し始めたとき、富の余剰を有益無害な仕方で蕩尽させるために整備された、とのことだが、これはまんまバタイユの社会的蕩尽の理論と同じですね。

一柳廣孝「魔術は催眠術にあらず:近藤嘉三『魔術と催眠術』の言説戦略」

 明治期の催眠術ブームのベストセラー、近藤嘉三『心理応用魔術と催眠術』にしたがって、明治期の「魔術」イメージを検討する。近藤によれば、魔術とは心の中の霊気を通じて感通する手法であり、睡魔術と醒魔術に分けられ、前者は催眠術からは区別される。
 魔術は、感通によって、施術者の意思が被術者へと影響を与えることであり、催眠術とは睡魔術のの導入部分にすぎず、近藤は催眠術による治療は有害であるとさえいう。ここら辺は黒沢清の「CURE」っぽい話ですね。

宮坂清「科学と呪術のあいだ:雪男学術探検隊、林寿郎がみた雪男」

 これは面白い。1959~60年の雪男学術探検隊に参加した動物学者林寿郎の記録から、雪男に関する科学的視点と呪術的視点の関係を問う。学者が探求していた「雪男」とシェルパにとっての「イエティ」が、実は同じではなかったことが判明する件がハラハラして特に面白い。
 日本の雪男ブームの出発点は、今西錦司(1952年のマナスル登山隊が雪男の足跡を目撃)だったんだね。知らなかった。あと、雪男探検隊って、川口浩探検隊みたいなものかと思ってたら、ちゃんとした科学的調査隊が派遣されていたのも知らなかった。

今井信治「「魔法少女」の願い」

 1960年代の『魔法使いサリー』『ひみつのアッコちゃん』から現代の『魔法少女まどか☆マギカ』まで、魔法少女アニメを時系列順にたどりながら、そこで描かれている「魔法」表象があとづけられる。
 東映魔女っ子シリーズが女子の人気を博したのは、当時、女子向けのテレビ番組がなかったからで、別に魔法でなくてもよかったとの分析だが、そうはいっても「セーラームーン」の継続的な人気や、映画「マジカル・ガール」を見ると、やはり女の子にとって魔法は特別な意味をもっているようにも思われる。

堀江宗正「サブカルチャーの魔術師たち:宗教学的知識の消費と共有

 アニメやライトノベルで人気の「魔術」を分析することを通じて、データベース消費型のサブカルチャーがその消費者にとって「宗教」よりもリアリティをもつようになった現状を明らかにする。
 「魔術」関心層は20~30代の男性であることと、魔術・宗教的語彙をもったメディア作品の受容者は自分を能動的に魔的キャラクターを使役する存在(つまり魔術師)として同定しているという分析を組み合わせると、なかなかに痛い実態が見えてくるような気がする。

 魔術を扱った代表的な作品として『とある魔術の禁書目録』が挙げられているが、現在(2023年)に改めて同様の問題を扱ったら、おそらく代表的な作品は『呪術廻戦』が挙げられることだろう。また、作中では錬金術はあくまでも「科学」であって「魔法」ではないとされるが、実態としてはどう見ても「魔術」を扱っている『鋼の錬金術師』がまったく言及されないのは不思議。


追記

藤原聖子「「呪術」と「合理性」再考:前世紀転換期における〈宗教・呪術・科学〉三分法の成立」『思想』No. 934、2002年、120-141頁。

 呪術は、科学と比べて「非合理的」とされる場合(フレイザー)と、宗教と比べて「合理的」とされる場合(ウェーバー)があるが、これは両者で「合理性」の意味が異なるためである。著者によれば、さらに第三の失われた合理性概念がある。
 すなわち、呪術は、理論ー合理的な科学に対して、理論ー非合理的であるが、実践(合目的的)ー非合理的な宗教に対しては、実践ー合理的である。この2種の合理性に加えて、呪術には「ゾッとさせる」という意味での「実体的非合理性」が含意されている(デュルケーム、オットー)。
 奇跡論においては、古代末期か~中世末期、奇跡は「聖」に結びついていたが、19世紀末には「超自然」と結びつくようになった、という話(マリン)が面白かった。つまり、キリスト教では奇跡が聖人の業として呪術に対置されていたが、近代以降、科学と対立するがゆえに超自然と結合した、ということ。

バタイユ:エコノミーと贈与
image

佐々木雄大『バタイユ:エコノミーと贈与』講談社メチエ、2021年

◆目次

序 章 バタイユのエコノミー論

第一章 エコノミー論の生成
 1.一九四五年九月二九日付ガリマール宛書簡 2.松毬の眼 3.消費の概念

第二章 エコノミー論の軌跡
 1.異質学 2.聖社会学 3.有用なものの限界

第三章 エコノミー論の探究
 1.知/非 知 2.可能なもの/不可能なもの 3.限定エコノミー/一般エコノミー

第四章 エコノミー論の展開
 1.贈与 2.エロティシズム 3.〈聖なるもの〉 4.至高性

終 章 バタイユの贈与論

補 論 エコノミー概念小史

◆書評

哲学の25年
image

エッカート・フェルスター『哲学の25年:体系的な再構成』三重野清顕・佐々木雄大・池松辰男・岡崎秀二郎・岩田健佑訳、法政大学出版局、2021年

◆目次


プロローグ 哲学の一つの始まり
第一部 「カントは帰結を与えたが……」
第1章 カントの 「思考様式の変革」
第2章 批判と道徳
第3章 AからBへ
第4章 人はいかにしてスピノザ主義者になるのか
第5章 一から三が生じる
第6章 「批判の仕事」──完?
第7章 批判の仕事──未完

第二部 「……なお前提が欠けている」
第8章 フィヒテの 「思考様式の完全なる革命」
第9章 道徳と批判
第10章 精神即自然?
第11章 直観的悟性の方法論
第12章 哲学は歴史を有するのか
第13章 ヘーゲルの「発見の旅」──未完
第14章 ヘーゲルの「発見の旅」──完
エピローグ 哲学の一つの終わり

訳者解説
文献一覧
人名・事項索引

◆書評

  • 『図書新聞』3536号、2022年3月26日号。内田浩明氏評:「単なる哲学史の解説書とは一線を画した著作の翻訳――カントとドイツ観念論の体系構築のありさまを浮き彫りにする」
  • 『フィルカル』vol. 1、no. 1、2023年。 「フィルカル・リーディングズ2022」 飯泉佑介氏評

◆ブックトークイベント: 人文学の学校KUNILABO 2021 秋のブックトークシリーズ vol. 3 エッカート・フェルスター『哲学の25年:体系的な再構築』

  • 日時:2021年11月27日(土)19:00 - 21:00
  • 登壇者:三重野清顕(訳者、東洋大学)、池松辰男(訳者、島根教育大学)、八幡さくら(東洋大学)、司会:佐々木雄大
  • Youtube:https://www.youtube.com/watch?v=NhxMvmJwzHo
Νύξ(ニュクス)第5号発売
image

『nyx』第5号、堀之内出版、 2,000円+税、2018年9月20日発売

【目次】

【第一特集「聖なるもの」 主幹:江川純一×佐々木雄大】

〈聖なるもの〉という概念は人間や社会、宗教にとって重要な意義をもちうるのだろうか。それとも、単なる虚構にすぎず、捨て去られるべきなのか。宗教学を軸に、さまざまな分野で語られることば〈聖なるもの〉を問い直す。

  • 佐々木雄大 序文「〈聖なるもの〉のためのプロレゴメナ」
  • 江川純一×佐々木雄大 対談「〈聖なるもの〉と私たちの生」
  • 馬場真理子「空虚な「聖なるもの」」
  • 桑原俊介「オットーの聖なるものと魂の根底(Fundus Animae, Seelengrund)――ドイツ神秘主義と近代認識論(心理学・論理学・美学)の系譜から」
  • 江川純一「ペッタッツォーニの「サクロロジア」」
  • 佐々木雄大「堕天使と悪魔の諍い――カイヨワとバタイユとの〈聖なるもの〉の差異」
  • ミルチャ・エリアーデ、奥山史亮 訳「原始神話体系」
  • 奥山史亮「原始神話体系」解題
  • 溝口大助「沸騰、贖罪、死――デュルケム学派宗教社会学における「聖なるもの」」
  • 橋本一径「イメージと聖なるもの」
  • 藤井修平「宗教認知科学(CSR)における脱神秘化された「聖なるもの」」
  • ドミニク・ヨーニャ=プラット、小藤朋保 訳「聖――形容語から実詞」
  • ダニエル・エルヴュー゠レジェ、田中浩喜 訳「社会学者と聖なるもの」
  • 鶴岡賀雄「「聖なる(もの)」という言葉を使うために」
  • 鴻池朋子×江川純一 対談「アート・魔法/呪術」

【第二特集「革命」 主幹:斎藤幸平】

近年の世間において「革命」は「主流に反対を唱えるだけの時代遅れな野蛮なもの」程度に軽んじられているように見える。しかし革命は自由と平等を論じる際に不可欠な役割を果たしてきたのみならず、革命は主権、暴力、民主主義をめぐる様々な問い誘引してきた。その自由や平等をめぐる問いを改めてここに再構築していく。

  • 深井智朗「宗教改革は「革命」なのか」
  • 鳴子博子「ルソーの革命とフランス革命――暴力と道徳の関係をめぐって」
  • 石川敬史「収斂としてのアメリカ革命」
  • 斎藤幸平「革命と民主主義――マルクス対ポスト・マルクス主義」
  • 塩川伸明「ポスト社会主義の時代にロシア革命とソ連を考える」
  • 酒井隆史「各人はその能力に応じて、各人にはその必要に応じて――コミュニズムはなぜ「基盤的」なのか? 

【単発記事】

  • 飯田賢穂 レポート「なぜ、哲学なのか? 発言する哲学、越境する哲学」 

【マルクス・ガブリエル来日関連記事】

  • 千葉雅也×マルクス・ガブリエル 対談 「新実在論」「思弁的実在論」の動向をめぐって
  • マルクス・ガブリエル、加藤紫苑 訳 「なぜ世界は存在しないのか――意味の場の存在論と無世界観」
トーテミズムに関する資料集
「聖なるもの」を知るための基本文献

「聖」概念についての書誌一覧(リンク先からpdfダウンロード可)

R. Courtas, F.-A. Isambert, “La Notion de « sacré ». Bibliographie thématique”, Archives de sciences sociales des religions, 44-1, 1977, pp. 119-138. 

やや古いですが、「聖なるもの」概念について知るための基本文献がまとめられています。

以下に日本語で読めるものを抜粋します。

  1. メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』 塚本利明訳、ちくま学芸文庫、2009年。
  2. デュルケーム『宗教生活の基本形態』(上・下)山崎亮訳、ちくま学芸文庫、2014年。
  3. フロイト『トーテムとタブー』須藤訓任・門脇健訳『フロイト全集』第12巻、岩波書店、2009年。
  4. ロベール・エルツ『右手の優越―宗教的両極性の研究』吉田禎吾・板橋作美・内藤莞爾訳、ちくま学芸文庫、2001年。
  5. ユベール/モース「呪術の一般理論の素描」有地亨・伊藤昌司・山口俊夫訳『社会学と人類学I』弘文堂、1973年。
  6. ユベール/モース『供犠』小関藤一郎訳、法政大学出版局、1993年。
  7. R. R. マレット『宗教と呪術―比較宗教学入門』竹中信常訳、誠信書房、1964年。
  8. ロバートソン・スミス『セム族の宗教』(上・下)永橋卓介訳、岩波文庫、1941年。
  9. カイヨワ『人間と聖なるもの』塚原史・小幡一雄・守永直幹・吉本素子・中村典子訳、せりか書房、2004年。
  10. エリアーデ『聖と俗―宗教的なるものの本質について』風間敏夫訳、法政大学出版局、1969年。
  11. エリアーデ『宗教学概論』久米博訳『エリアーデ著作集』第1~3巻、せりか書房、1974年。
  12. ルネ・ジラール『暴力と聖なるもの』 古田幸男訳、法政大学出版局、1982年。
  13. ジュール・モヌロ『シュルレアリスムと聖なるもの』有田忠郎訳、 吉夏社、2000年。
  14. オットー『聖なるもの』久松英二訳、岩波文庫、2010年。
  15. ファン・デル・レーウ『芸術と聖なるもの』小倉重夫訳、せりか書房、1980年。
  16. バンヴェニスト『インド=ヨーロッパ諸制度語彙集 2 王権・法・宗教』 前田耕作・蔵持不三也他訳、言叢社、1987年。

追記

上記のリストには入っていないが、その他の日本語で読める基本文献。

  1. ヴィンデルバント『歴史と自然科学・道徳の原理に就て・聖―「プレルーディエン」より』 篠田英雄訳、岩波文庫、1929年。
  2. ファン・デル・レーウ 『宗教現象学入門』田丸徳善・大竹みよ子訳、東京大学出版会、1979年。
  3. シェーラー『倫理学における形式主義と実質的価値倫理学』吉沢伝三郎・飯島宗享・小倉志祥訳『シェーラー著作集』第1~3巻、白水社、1976~1980年。
  4. フランツ・シュタイナー『タブー』井上兼行訳、せりか叢書、1970年。
  5. ゼェデルブローム『神信仰の生成―宗教の発端に関する研究』(上・下)三枝義夫訳、岩波文庫、1942年。
  6. バタイユ『宗教の理論』湯浅博雄訳、ちくま学芸文庫、2002年。
  7. ドゥニ・オリエ編『聖社会学』兼子正勝・中沢信一・西谷修訳、工作舎、1987年。
  8. レヴィ=ストロース『野生の思考』大橋保夫訳、みすず書房、1976年。
  9. レヴィナス『タルムード新五講話 新装版: 神聖から聖潔へ』内田樹訳、 人文書院、2015年。
    エマニュエル   (著), Emmanuel L´evinas (原著), )
  10. トーマス・ルックマン『見えない宗教―現代宗教社会学入門』 赤池憲昭訳、ヨルダン社、1976年。
  11. トーマス・ルックマン『現象学と宗教社会学―続・見えない宗教』 ディヴィッド・リード・山中弘・星川啓慈訳、ヨルダン社、1989年。
  12. ピーター・L・バーガー『聖なる天蓋―神聖世界の社会学』薗田稔訳、新曜社、1979年。
  13. パーソンズ『宗教の社会学―行為理論と人間の条件第三部』 徳安彰・油井清光・富永健一・挟本佳代・佐藤成基、勁草書房、2002年。
  14. アガンベン『ホモ・サケル 主権権力と剥き出しの生』 高桑和巳訳、以文社、2007年。
  15. タラル・アサド『世俗の形成――キリスト教、イスラム、近代』中村圭志訳、みすず書房、2006年。
  16. 金子晴勇『聖なるものの現象学―宗教現象学入門』世界書院、1993年。
  17. 藤原聖子『「聖」概念と近代―批判的比較宗教学に向けて』 大正大学出版会、2006年。
  18. 江川純一『イタリア宗教史学の誕生: ペッタッツォーニの宗教思想とその歴史的背景』勁草書房、2015年。
  19. 湯浅泰雄「聖なるものと人間の生」『湯浅泰雄全集』第2巻、 白亜書房 、2000年。
  20. 『岩波講座 日本の思想 第8巻 聖なるものへ』岩波書店、2014年。
  21. 『岩波講座 現代社会学 第7巻 〈聖なるもの/呪われたもの〉の社会学』岩波書店、 1996年。
  22. ジャン=ジャック・ヴュナンビュルジェ『聖なるもの』川那部和恵訳、文庫クセジュ、2018年。
  23. 華園聰麿『宗教現象学入門:人間学への視線から』平凡社、2016年。
自分の身体は自分のものか

 「アガンベン『いと高き貧しさ』のための補足」のための補足その2。

 『いと高き貧しさ』で主題的に扱われている「所有せずに使用する」ことに関する議論の狙いは何か。それは具体的に何を使用することなのか。そもそもアガンベンが「生の形式」という言葉で言い当てようとしているものは何か。これらはなかなか掴みづらい。おそらくその導きの糸となるのが、次のような記述ではないだろうか。

まさしくスコラ神学が練りあげられる過程で意志が”dominus sui actus”〔自己の行為の支配者〕として人間の自由と責任を定義することを可能にする装置になっていたとき、フランチェスコのことばのなかでは、これとは逆に、小さき兄弟たちの”forma vivendi”〔生きる形式〕こそが、ものとの関係だけではなく、自分自身との関係においても、無所有、そして「自己の意志」という観念自体を拒否する様式に立脚して自らを維持する生にほかならないのだった。(pp. 187-188)  

 私たちは通常、自由の根拠を自己所有に置いている。自分の所有物の扱いは、自分の意志によって決めてよい。ところで、自分の精神と身体は自分の所有物である。したがって、自分のことは自分で決めてよい、すなわち自由である、というわけだ。こうした自由についての考え方の根底には、自己所有と自己決定権(とその裏面の自己責任)との結託が存している。 

 近代的な所有権を基礎付けたロックの「労働所有論」もまた、あらゆる所有権の源泉を自己所有に求めていた。労働所有論とは、簡単にいえば、労働の所産には自己の労働が含まれており、労働とは自己の所有物である身体の使用であるから、労働の所産もまた自己の所有物である、という考え方のことである。例えば、自分の所有物である豚が子豚を産んだら、その子豚もまた自分の所有物であると主張できる(これに対して、「貨幣は貨幣を産まない」から貨幣からの利子は不当であるというのが、徴利(usura)禁止の根拠の一つであった)。それと同様に、自分の所有物である身体から産まれた労働の結果もまた自分の所有物と主張できる、ということだ。

 自然法の議論の文脈に据えれば、ホッブズやプーフェンドルフは、imperium(君主の人や土地に対する統治権)からdominium(家長の物に対する所有権)を天下り式に導出しようとした。これに対して、ロックは、個人の身体および労働を所有権と結びつけることによって、国家権力によらずして、いわば下から個人の権利を保障したのだと解釈することができる。

 それはともかくとして、近代的な自由の根底には、こうした意志・所有・使用の不可分な関係が存しているのである。これに対して、アガンベンによれば、フランシスコ会は、自己の意志を否定し、所有と使用とを分離した。これによって、「所有せずに使用する」とは、単に物の所有を放棄するのみならず、自己自身の所有をも放棄することになる。自分の身体は自分のものではない。それはただ使用しているにすぎない。それゆえ、自分の生は自分の意志によって決定されるものではない。このような「生の形式」をフランシスコ会は求めたということになるだろう。

 こうして、最初の疑問に答えることができる。何を所有せずに使用するのかといえば、あれこれの財産をではなく、自分の生をである。また、「所有せずに使用する」という議論の射程は、近代的な所有や消費の問題は勿論、自由と責任をひとつの理念とする現代社会の問題にまで及ぶ。そして、アガンベンが「生の形式」という言葉で言い当てようとしているものとは、自分の生が自分のものではないように生きるという生き方なのではないだろうか。

貨幣も経済も資本主義もない中世

前回のエントリー「アガンベン『いと高き貧しさ』のための補足」のためのさらなる補足。

 本書は、ちょうどフランシスコ会が清貧論争を繰り広げていた13世紀を中心として、西欧中世社会における「貨幣」と「経済」の実態を明らかにしている。本書の主張をごく簡単にまとめるならば、西欧中世には「貨幣」も「経済」も「資本主義」も存在しなかった、ということである。また、ル=ゴフは、フランシスコ会が「市場社会」のために着想を与えたという近年の議論、とりわけオリーヴィの影響力の再評価に関しては懐疑的である。それはなぜだろうか。

 ル=ゴフによれば、中世にはラテン語でも俗語でも、現代的な意味での「貨幣」を指す言葉はなかった。勿論、あれこれの硬貨や現金を指す言葉はあったが、当時の人は「富」を特権的に意味するような、統一的・抽象的な何かを指す概念を持っていなかった。というのも、当時流通していた貨幣は、地域や階級によって限定的だったし、また、中世はそもそも「貨幣不足」(p. 26)の時代であった。さらに言えば、当時の社会で貨幣はキリスト教の「愛徳」(calitas)の中に「埋め込まれて」いたからである。

 中世において貨幣が最盛期を迎えたのは、「長い13世紀」(1160年代~1330年代)においてだった。この時期、商業と都市の急激な成長によって経済活動が活発化し、貨幣に対する需要が高まったからである。この貨幣需要の高まりが鉱山開発を推し進め、また、貨幣を鋳造する貨幣工房は、新興工場制手工業の典型となり、経営の「合理化と計算」を発展させた。こうした貨幣流通の増大によって、二つの注目するべき現象が生じる。それが国家の誕生と高利貸しの問題である。

 まず、国家の誕生について見ておこう。確かにいわゆる近代国家が確立するのは、18世紀以降のことである。しかし、ル=ゴフは、「国家は特に、13世紀に貨幣が特に重要性を帯びた分野、すなわち税制という分野において誕生した」(p. 111)とする。国家は、税の財務管理を通じて、君主権力を確立していき、法律と行政機関を発達させていったのである。特に早かったのはイングランド王室で、12世紀にはすでにヘンリー2世(1157-89)が「財務府」を設けていた。とはいえ、当時の国家財政は、「経済」の問題として認識されていなかった。例えば、ヘンリー2世の国務評定官であったソールズベリのジョンは、その政府論『ポリクラティクス』において、税制を正義の問題として扱う。ル=ゴフいわく、

彼〔ソールズベリのジョン〕にとって税制とは経済問題――そもそも当時はこのような考え方は存在しなかった――ではなく、正義の問題であった。国王は自分の利益のためにではなく、王国のすべての臣民の利益のために貨幣流通を保証し、管理しなければならない。重要なのは、政府の富ではなく、すべての臣民に利する良き政府なのである。君主制における税制は政治的倫理の問題であって、経済問題ではないのである。(pp. 114-115)

 次に、高利貸しの問題を見てみよう。中世のキリスト教において、財産から利子をとること、すなわち「徴利」(usura)はいくつかの理由で禁止されており(その理由は前回確認した)、高利貸しは救済されず、地獄行きが約束されていた。「高利貸しとは死に等しかった」(p. 135)のである。高利貸しにとって、この地獄堕ちを回避する唯一の方法は、徴利で得た財産を払い戻すことであり、払い戻しは遺言によって死後になされるのでもよかった。

※ル=ゴフは、商人や高利貸しの利益を正当化するための論拠として、生活の必要のための「有用性」、「労働」の位置づけの上昇、そして「リスク」に対する代償という3点を挙げている。特に三つ目の「リスク」について、ドミニコ会士ペナルフォルトのライムンドが「海上融資」に関して、resicum(「リスク」の語源)という語を用いたことで、この概念がスコラ神学に組み込まれるようになったという指摘は興味深い。

※なお、中世における高利貸しを巡る葛藤は、同じ著者の『中世の高利貸――金も命も』(渡辺香根夫訳、法政大学出版局、1989年)で、より詳しく論じられている。

 貨幣流通の増大に伴って登場した、高利貸しのような「新たな富」に対置されるのが、「新たな貧困」すなわちフランシスコ会のような托鉢修道会である。フランシスコ会は、イエスの生に倣うために「自発的貧困」あるいは「意志的貧困」を選び、その規則には「金銭の取得の禁止」が書き込まれた。他方で、それは、「新たな富」から貨幣の寄進を引き出し、また、フランシスコ会自身も貧者のための融資機関を設立した(詳しくは大黒俊二『嘘と貪欲』を参照)。しかし、ル=ゴフによれば、こうしたフランシスコ会の貨幣との格闘は、経済的なものではなかった。

しかし、中世には経済というものが認められないだけではなく存在しなかったのだから、フランシスコ修道会の考え方および振る舞いには別の意義があり、そしてまた、別のものを目指していたと言えよう。意志的貧困は経済的性格を備えてはいなかった。この意志的貧困はある倫理観に限定することも出来ないと思われる。それは、既に聖書と伝統が、神の怒りを買わないための、そして天国に居場所を確保するための行いをキリスト教徒に教え示している領域内での考え方、特に、神の目の前での態度なのである。〔中略〕意志的貧者に対して求めるべきは経済的態度ではなく、生き方、そして考え方なのである。(pp. 261-262)

 このように、フランシスコ会の「意志的貧困」は、経済的態度を表しているのではなく、「生き方」の問題だったのである(アプローチは全く違うが、修道会の貧しさに「生の形式」を見て取るという点で、アガンベン『いと高き貧しさ』と共通していることは興味深い)。

 以上のように、国家財政にせよ、高利貸しにせよ、意志的貧困にせよ、問題となっているのは、つねに経済ではない。というよりも、中世の人々にとって「経済」というものはそもそも存在していなかった。当時、それらは正義と愛徳の問題として認識されていたのである。ル=ゴフはポランニーを参照しつつ、これらの問題を「経済的なもの」として受け取るとすれば、それは我々が現代の経済観念をレトロスペクティブに中世へと当て嵌める時代錯誤にすぎない、という。それゆえ、フランシスコ会の議論を市場社会の先駆と見たり、オリーヴィの商人利益擁護論を過大評価してはならない。中世においては「貨幣」も「経済」も「資本主義」も存在しなかったとは、このような意味においてである。

アガンベン『いと高き貧しさ』のための補足

 「ホモ・サケル」シリーズの第4巻にあたる本書は、修道院における徹底的な規則の遵守と、そこに見出される「生の形式」がテーマとなっている。修道院における生活とは共住生活(coenobium)すなわち「共同の生」(koinos bios)である。そこでは、祈りや詩編といった聖務日課が時間毎に正確に決められており、修道士たちは規則を厳密に守りながら生活しなければならなかった。こうした修道院における生活は、フーコーが産業革命期に見出した規律の装置(学校や手工業)の先行形態、それももっと厳密な形態とも言える。アガンベンはまず、この修道院規則と法の関係を問うことから始まる。

 たしかに修道院規則は拘束力をもち、それに違反すると罰則があるという点で、あたかも法的な性格をもっているかのように見える。実際、スアレスのように、修道院規則は「真の意味での法律」であるとする立場の神学者もいた。しかし、 トマスも書いているように(S. T. II-II, q. 189, a. 9) 、修道院に入るための誓願を見るならば、それは「規則を守ると約束する」ことではなく、「規則に従って生きると約束する」ことである。すなわち、そこで誓われているのは、何らか実質をともなった法を守ることではなく、規則に従って生きるということそれ自体である。それゆえ、規則とは修道士にとって単なる法ではなく、「生の形式」だったのである。

修道院生活の決定的な中心はあるひとつの実質や内容ではなく、あるひとつのハビトゥスまたは形式である。(p. 78)

 さて、この修道院における規則と生について、アガンベンが特に取りあげるのは、「清貧」で知られるフランシスコ会である。フランシスコ会は、アッシジのフランチェスコによって13世紀に創設された修道会であり、その理念は、キリストの生を模範として、その形式に従って生きることであった。それは、「絶対的に法権利の諸規定の外にあって人間としての生活と実践を実現しようとする試み」(p. 147)であり、より具体的に言えば、修道会による共同所有も認めない、所有権の全面的な放棄である。とはいえ、所有権を放棄するといっても、いかなる物も使用しないのであれば、そもそも人は生きていくことすらできないだろう。そこで、フランシスコ会士たちは、「所有」と「使用」を分離し、いわば「所有せずに使用する」という議論を展開した。例えば、オッカムの場合、フランシスコ会士たちはあらゆる所有を放棄したが、自然的権利としての使用権は放棄しえないと主張し、この「自然的使用権」(ius utendi naturale)を「極限の必要に迫られた場合」にだけ持っているとした。こうして、フランシスコ会は、アガンベンのいう「例外状態」を逆転させようとするのである。

実定的権利が人々に与えられている通常の状態においては、彼らはなんの法権利ももたず、たんに使用の許可だけをもつ。が、極限の必要性に迫られた状態においては、彼らは法権利(実定的ではなく自然的な権利)との関係を取り戻すのだ。(p. 153)

 すなわち、一般的な法と人民との関係の場合、通常の法権利は戦争などの「例外状態」においてこそ停止される。これに対して、フランシスコ会の議論では逆に、通常状態においては法権利の外に締め出されているが、「極限の必要性にせまられた状態」すなわち「例外状態」において、一般的な法権利が発動されるということだ。

 フランシスコ会士たちの理論は、所有の放棄を疑問視するアヴィニョンの教皇庁からの攻撃(例えば、ヨハネス22世(1249-1334)は使用と所有は不可分とした)に対する防御戦略として練り上げられていった。そのため、使用の概念は――否定的な仕方ではあれ――法権利の議論に巻き込まれてしまい、結果的に、本来あるべき「生の形式」やハビトゥスとの関係が絶たれてしまった。しかし、アガンベンは、オリーヴィ(1248頃-98)の「貧しき使用」(usus pauper)という概念の中に、「生の形式」の可能性を見ようとする。すなわち、「貧しき使用」と「法権利の放棄」との関係を形相(形式)と質料の関係と類比的に捉えるオリーヴィの議論から、法権利の外にある生が「貧しき使用」を通じて「生の形式」となる、という可能性が得られるのである。

 では、オリーヴィの「貧しき使用」とは一体どんな概念なのだろうか。また、『いと高き貧しさ』では、あまり詳細には説明されていないオリーヴィの思想とは、どのようなものなのだろうか。この問いに答えてくれるのが、次の著作である。

 本書は、伝統的なスコラ学による「嘘と貪欲」という否定的な商業観から、「必要と有益」に基づく商業擁護論への移行を視軸として、西欧中世の経済観を論じたものである。まずは、「貧しき使用」について、本書にしたがって確認することにしよう。

 1280年代前半、フランシスコ会は「清貧」の解釈をめぐって、会を二分する論争が繰り広げられた。これを「清貧論争」という。オリーヴィは、清貧の厳守を説く「聖霊派」(Spirituales)の主要な論客であり、ある程度の財産所有を容認する「修道院派」(Conventuales)と鋭く対立した。 まさにこの論争において、オリーヴィによって展開された議論が「貧しき使用」である。 すでに見たように、フランシスコ会では「所有」と「使用」を分離することで、所有の放棄を理論化したが、オリーヴィによれば、それではまだ清貧であるには十分ではない。というのも、所有権を放棄したとしても、もしその使用の仕方が贅沢であれば清貧とは言えないからである。それゆえ、本当に清貧を実践するためには、使用そのものが貧しくなければならないのである。

日々の生活で真に必要なものだけを最小限使用すること、その都度必要の範囲を見極めて限定的に使用すること、これが「貧しき使用」である。(p. 84)

 しかし、この「貧しき使用」には問題点が二つある。それは第一に、貧しい使用と贅沢な使用の境界線が曖昧であること、そして第二に、この境界線が不明確である限り、フランシスコ会士は (『いと高き貧しさ』の解説で見た) 規則の遵守という誓願に違反してしまう危険性が常にあるということである。

 これに対してオリーヴィは、貧しい使用と贅沢な使用、必要と過剰とを分ける一律の基準などなく、使用する物によってそれぞれ判断するべきだと答える。例えば、托鉢で得にくい野菜の保存は問題ないが、托鉢で得やすいパンやワインを保存することは余分な「蓄財」に当たる。このようにフランシスコ会では、所有せずに使用(usus)するがゆえに、「必要と有益」(utilitas)が重視され、この観点からそれぞれの物の使用の当否が判断されるのである。しかし、「必要と有益」の重視は他方で、余分や無用なものの排除を意味する。そして、オリーヴィは、無益なものを否定することを通じて、貨幣の使用に対して新たな意義を与えることになった。というのも、貨幣は使用されることによって有益になるのであり、それは単に所有するだけでは無意味だからである。そのため、商人が貨幣を使用すること、そして、それによって利益を得ることは、当然擁護されなければならない(フランシスコ会士は貨幣に触れることすら禁じられてはいたのだが)。こうして、厳密な清貧を説くオリーヴィの「貧しき使用」は、その見かけに反して商業利益の肯定へと道を開くことになるのである。

 とはいえ、キリスト教では伝統的に貨幣から利益を生み出すこと、すなわち「徴利」(usura)は禁止されてきたのではないか。たしかにオリーヴィもまた、貨幣の貸与による徴利を否認する。なぜなら、金貸しは貨幣を使用せずに所有するからである。では、このように貸与による徴利は否定しながら、どうして商人の利益は肯定されるのだろうか。

 まず、キリスト教において伝統的に徴利が禁止される理由を確認しておこう。その根拠は四つある。

  1. 聖書の記述。例えば、「汝らそこからなにものも望まずして貸し与えよ」(ルカ6:35)。
  2. 時間の売買。時間とは神にのみ属するものであり、神によって万人に等しく与えられたものである。ところで、貸借期間を理由に利子を得ることは、時間を売買することである。したがって、貨幣の貸与から利益を得ることは、神の所有物を私物化することを意味する。
  3. 所有権と使用権の区別。物件には、所有権と使用権を分離できるものとできないものがある。後者(例えば、パン)の場合、使用とはすなわち消費であり、所有せずに消費することはできない。だから、それを貸すことは所有権も同時に移動することを意味するのだから、使用料を徴収することはできない。そして、貨幣はこの後者に属している。
  4. 貨幣不妊説。貨幣は貨幣を生まない。それゆえ、貨幣から利益が生じることは「不自然である」(アリストテレス)。

 さて、オリーヴィが狙いを定めるのは、第4の論点、すなわち貨幣不妊説である。オリーヴィは『契約論』において、次のように述べている。

所有者がなんらかの可能的利益を生み出すために用いようと固く決意しているものは、単なる貨幣ないしものとしての性格に加えて、利益を生み出す種子のごとき性格を有している。我々はこの性格を通常「資本」(capitale)と呼んでいるが、この種子的性格ゆえに、[返還に際しては]単にその貨幣ないしものの価値だけでなく、余分の価値を返還しなければならないのである。(p. 52)

 貨幣は、その所有者が「固い決意」を持つことによって、「種子的性格」を持つことになる。この利益を生み出す性格は通常、「資本」と呼ばれる。そして、この種子的性格のために、返還の際には「余分の価値」をも返還する必要がある。簡単にいえば、貨幣はそれを投資しようという決意によって資本へと転化し、そこから生じた利益は元の持ち主のものとなる、ということである。こうして、「オリーヴィにおいて貨幣は石から種子となった」(p. 57)のであり、資本の投資から得られる利益は正当化されることとなったのである。このように、オリーヴィにおいては、厳密な清貧の実践と資本の利益の正当化は、その根底において「貧しき使用」というひとつの概念から引き出されたものだったのだ。

 最後に簡単にまとめておこう。アガンベンは、所有せずに使用するという、オリーヴィの「貧しき使用」に、法権利の外の生が「生の形式」をもつ可能性を見出した。それはいわば、現代の大量消費社会に生きる我々の生に対する、ひとつのカウンターパートとなるはずのものである。しかし、まさにそのオリーヴィの「貧しき使用」論こそが、資本から利益を得ることを正当化する議論の根底にあったものなのである。だとすれば、現代の我々の生こそがある意味では、「貧しき使用」の帰結だったのではないだろうか。