白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

テンダラーの転換期

大型の演芸特番でテンダラーが漫才を披露している姿を目にすることがある。スラッとした体型でスーツを着こなし軽妙に動き続ける浜本と、どっしりとした中年体型で年相応の威厳を放っている白川による、特定のシチュエーションを何度も何度も繰り返すスタンダードな漫才。軽やかなのに重厚、しなやかなのにハードパンチャー。その漫才師としての堂々とした佇まいからは、芸人特有の色気が滲み出ている。そんな彼らを見ていると、不思議な気持ちになる瞬間が訪れることがある。思うに、テンダラーがかつて、漫才よりもコントに力を入れていた時期を知っているからだろう。もっとも、その頃にしても、彼らは漫才の手を抜いていたわけではない。『M-1グランプリ』では、第一回大会からラストイヤーにあたる第四回大会までの四年間、常に準決勝進出を果たしているほどには評価されていた。ただ、『爆笑オンエアバトル』などの番組を通じて、若かりし日の彼らの漫才をリアルタイムで見ていた当時の自分には、他の漫才師に比べて物足りなさを感じさせられることが多かった。面白くないわけではないのだが、コンビならではの明確な個性が感じられない……そんな印象の漫才だったのである。2008年にリリースされたテンダラーの初の映像作品『$10 LIVE ベストコントヒッツ!?』の特典映像には、ちょうど漫才師とコント師の狭間にいた時代のテンダラーの漫才ネタが収録されている。テーマは、なんとあの『必殺仕事人』である。この時点で既にスタイルそのものは完成されているが、『THE MANZAI 2011』で披露されたバージョンほどに洗練された印象を受けない。この僅か三年弱の間に、彼らがはっきりと漫才に向き合うことを決意する瞬間があったのだろうか。その辺りの心境の変化は分からないが、彼らの現在の漫才スタイルの源流として、一度は見ておいた方が良い映像かもしれない。きっと今のテンダラーの漫才の技巧に改めて唸らされることになるだろう。

最強のベスト盤。

お笑い芸人の代表作を一枚にまとめているベスト盤の中で、最も完成されている作品といえば、今も昔も『おぎやはぎ Best Live「Jack Pot」』(2004年12月発売)である。過去に行われた単独ライブの中から厳選されたネタを再演するライブの模様が収録されているのだが、【副音声コメンタリー】【マルチアングル機能】【ドランクドラゴンアルファルファとのユニット“東京ヌード”によるコントの再演】など、非常に充実した機能と特典が搭載されている。中でも【マルチアングル機能】は優れモノだ。DVD鑑賞用に編集された【3アングル編集バージョン】と、単一カメラによる舞台映像の【フルサイズバージョン】の2パターンを選択が出来るため、編集された映像では見られなかった演者の動きをチェックすることを可能にしている。個人的には、もっと芸人のライブ映像作品で取り入れられるべき機能だと思っているのだが、残念ながら本作以外の作品では一度もお目にかかったことがない。予算の問題なのだろうか。

そんなベスト盤としては大変に完成されている本作なのだが、肝心の内容はというと、かなりクセの強いものになっている。例えば、おぎやはぎといえば漫才師のイメージが強いが、本作に収録されているネタはすべてコント。『M-1グランプリ』決勝で披露していたような漫才を期待しながら鑑賞すると、肩透かしを食らうことになるだろう。また、コントの内容も、ゲイやロリコン教師のような、やや観る人を選んだテーマになっている。ことによると「まったく笑えなかった」という感想を抱かれるかもしれない。とはいえ、今やテレビを主戦場としているおぎやはぎが、かつて若手だった時代に単独ライブでどのようなネタを披露していたのかを観ることが出来るという意味では、大変に意義のある作品といえるだろう。根本的にやっていることは今も昔も変わらないし……。

第二回「THE SECOND ~漫才トーナメント~」ファイナリスト決定!

ガクテンソク(吉本興業/昨年ベスト32)
金属バット(吉本興業/昨年ベスト8)
タイムマシーン3号太田プロダクション/昨年ベスト16)
タモンズ(吉本興業/昨年ベスト32)
ザ・パンチ吉本興業/初出場)
ななまがり(吉本興業/初出場)
ハンジロウ(マセキ芸能社/初出場)
ラフ次元(吉本興業/昨年ベスト16)

結成16年以上、『M-1グランプリ』『THE MANZAI』などの全国ネットの漫才賞レースでの優勝経験がないコンビを対象とした『THE SECOND』第二回大会のファイナリストが決定しました。昨年のファイナリストのうち、今年も決勝戦へと駒を進めたのは「金属バット」のみ。それ以外の七組も、ほぼほぼ劇場を中心に活動しているテレビ露出の少ない芸人たちばかりで、かなり渋いラインナップといえます。一般にも知られているコンビは「タイムマシーン3号」ぐらいじゃないですかね。

ラインナップは渋いですが、いずれも哀しい歴史を背負っているコンビばかりというのも興味深いですね。例えば「ガクテンソク」は、賞レース時代の『THE MANZAI』で三度も決勝進出を果たしています(当時のコンビ名は「学天即」)。特に2014年大会は、予選を1位で通過していたにもかかわらずグループ戦を勝ち上がれず、爪痕を残すことが出来ませんでした。「ザ・パンチ」は『M-1グランプリ2008』ファイナリスト。オードリー、ナイツ、U字工事モンスターエンジンといったショートネタ時代の猛者たちとともに決勝の舞台に立つも、まったく波風を立たせることなく最下位という結果に終わってしまいました。「ハンジロウ」は2009年に放送を開始したフジテレビの若手番組『ふくらむスクラム!!』『1ばんスクラム!!』のレギュラーに選ばれ、かまいたちやニッチェらとともに将来の活躍が期待されていたにもかかわらず、翌年には番組が終了(当時のコンビ名は「しゃもじ」)。鳴かず飛ばすの日が続いていましたた。「タモンズ」「ラフ次元」もお笑いファンには知られている存在ではありましたが、世の中に出るきっかけは掴めずにいました。

そんな中で唯一、最も勢いづいているのは「ななまがり」。賞レースの記録としては、『キングオブコント2016』決勝進出という結果しか残していない彼らですが、2019年に出演した『水曜日のダウンタウン』の企画で勢いをつけて、森下さんの奇妙なキャラクターや初瀬さんの大ハクリョクのツッコミが注目されるようになりました。先日も、『水曜日のダウンタウン』の中で開催された、30秒のネタで競い合う企画【30-1グランプリ】で優勝を果たしています。この勢いのままに、彼らが優勝を勝ち取ってしまうのでしょうか。

勝戦の模様は5月18日にフジテレビ系列で放送予定。楽しみですね。

以下、ノックアウトステージの結果となります。

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『Rahmens 0001 select』の思い出とか。

映像ソフトがVHS(ビデオテープ)からDVD(ディスク)へと移り変わろうとしていた時代のことである。芸術家肌のコント師として注目され始めていたラーメンズが、自身初となるベスト盤をリリースした。タイトルは『Rahmens 0001 select』(2002年8月発売)。過去に開催された単独公演の中から、観客投票によって選ばれた10本のコントが収録されているものだった。興味深いのは、本作がラーメンズにとって初めてのDVDによる映像作品(『爆笑オンエアバトル ラーメンズ』のような番組のソフト化は除く)であり、本作のリリースからたった一ヶ月後、既にVHSとして販売されていた彼らの近年の単独公演をパッケージしたDVD-BOXがリリースされた点だ。つまり、この『Rahmens 0001 select』は単なるベスト盤ではなく、彼らについてあまり詳しくないVHS版未所有のお笑いファンでもDVD-BOXの内容に興味を持たせるための一種の釣り餌だったのである。この戦略にまんまと引っ掛かってしまった人間がいる。私である。明けて2003年の春、大学生になったばかりのウブな私は、偶然にも進学先のDVDショップで本作を発見し、これを興味本位で購入。速攻でラーメンズのコントにどっぷりとハマッてしまい、まんまと数日後には同じ店にDVD-BOXを買い求めてしまったのであった。サブスクリプション全盛とはいえ、少しずつ映像ソフトのメインがDVDからBlu-rayへと移り変わろうとしている昨今、たまに当時のことを思い出す。今、あの時のラーメンズと同じ戦略を、どの芸人が打って出たら成功するのだろう。シソンヌとかやってくれないかな(←シソンヌのBlu-rayのベスト盤が欲しいだけ)。

絶対に許さない話

Xでのつぶやきが拡散されると、知らない人から引用リポストが飛んでくることがある(“引用リポスト”がどういうものか分からない人は各自で調べてほしい。真面目に説明しようとすると大変にややこしいので)。私のつぶやきを受けて、感じたこと・考えたことについて持論が展開されていることが多い。私自身、感じたこと・考えたことについてつぶやいていることが多いので、「そういう考え方もあるのか」「それについては一度考えたんだよな」などのように参考にさせてもらっている。このような意見の照らし合わせはSNSの醍醐味といえるだろう。その一方で、私のつぶやきに対して、「こんな気持ちの悪いことをいうヤツがいる」という旨の言葉を添えて、引用リポストしてくるような人もいる。私が感じたこと・考えたことに対して拒否反応を示すと同時に、自らのフォロワーに対して「こいつは気持ち悪い」と私のアカウントを晒し上げる行為である。はっきり言って下劣である。私の考え方を否定したいのならば、「私はそうは思わない、何故なら……」というように自らの意見や主張を添えるべきだろう。そうすることによって、こちらも「そういう考え方もあるのか」などと、自分とは異なる意見に対して理解を深めることが出来るかもしれない。少なくとも、話の主体はつぶやきそのものであって、私に矛先が向けられることはない。しかし、つぶやきの内容に対して不快感を示すどころか、わざわざ引用リポストという形で「こんな不快なつぶやきをしている人間がいる」と自らのフォロワーに晒し上げる行為には、何の生産性もない。そこに生じるものがあるとするならば、「気持ち悪い」というバイアスをかけられた私と私のつぶやきに対する偏見の助長と、それによって起こり得るネット炎上という名の人権侵害運動である。無論、私のつぶやきが失言の類いである可能性も否定は出来ないが、勘違い・言い間違いの類いは誰にでも起こり得ることで、ひとつのつぶやきの内容だけで人間性まで判断されるべきではない。このような引用リポストを受け取るたびに、「この人は引用リポストのリスクについて、どれほど自覚的なのだろう?」と思いを馳せてしまう。きっと相手の気持ちなんて考えてもいないのだろう。自らの性格の悪さを棚に上げて、赤の他人を「気持ち悪い」の一言だけでお手軽に断罪することで満たされる正義感だか自己承認欲求だかの快感に飲み込まれているのだろう。知らんけど。知りたくもないけど。

【企画】日本の名字ランキングを見ながら芸人を思い出そう!

売れる芸人の特徴として「名字だけで個人を思い出せるかどうか」があるような気がしている。例えば、“浜田”という名字の芸人といえば【浜田雅功】、“三村”という名字の芸人といえば【三村マサカズ】、“有吉”という名字の芸人といえば【有吉弘行】、といった具合である。……ということは、日本人に多い名字の芸人は、その競争率の高さから売れっ子になりにくい傾向にあるのではないだろうか。

というわけで、今回の記事では「マイナビニュース」が公開している日本の名字ランキングのベスト30位に入っている名字のリストをざっと眺めてみて、個人的に最初に思い出した芸人の名前を並べる遊びを敢行することにした。当ブログを読まれている奇特な読者の皆さんも、本記事を読む前に実際に自分でもやってみると楽しいかもしれない。

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#漫画家が描いたお笑い芸人DVDジャケット

少し前にX(旧・Twitter)で「漫画家が描いたCDジャケット」というハッシュタグが流行した。文字通り、漫画家がジャケットのイラストを担当しているCDのパッケージを貼り付けることで、実質的なアーティストとのコラボレーションデザインを皆で鑑賞しようという目的のものである。その様子を見ていて、ふと「お笑い芸人のDVDにも漫画家がパッケージを手掛けているもの」がいくつかあったことを思い出したので、さくっと探してみた。以下、そのラインナップである。

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植田まさし『かりあげクン』の記憶。

子どものころに読んだ植田まさし四コマ漫画かりあげクン』に、講習会で「人の嫌がることを率先してやろう」という話を聞いたかりあげクンが、同じ課の人間にイタズラを仕掛けて「アイツは人の嫌がることしかやらないな」と陰口を叩かれる、というネタがあった。他にも色んな四コマが掲載されていて、それらにも目を通しているはずなのだが、やたらとこれをはっきりと覚えているということは、当時の自分にとってよっぽど衝撃的なネタだったのだろう。確かに、言葉遊びとしては非常に良く出来ている。「人の嫌がることを率先してやろう」という発言が意味しているのは、本来なら「人が嫌がってやろうとはしない面倒な作業を率先してやろう」というものだが、かりあげクンは「人に嫌悪感を与えるようなことを率先してやろう」というニュアンスで受け取っている。ここに生じている齟齬が笑いに昇華されている。アンジャッシュのコントを彷彿とさせるような、巧みな着眼点である。そして今や、このネタは風刺的でもある。昨今のインターネット界隈には、このネタにおけるかりあげクンのように、印象的な言葉だけを鵜呑みにして、本来の文脈を無視して自分勝手な理論を展開し、他人に迷惑をかけるようなことをやらかしてしまう人たちが少なくない。しかも、次から次へと話題が転換するインターネットの世界においては、それが正されもしないままになってしまうこともしばしば起こっている。ことによると、単なる勘違いどころか、敢えて言葉を歪曲して受け取ることで、他人に迷惑をかける際の免罪符にしている可能性もある(本編におけるかりあげクンも、件の発言をイタズラの免罪符としているフシがある)。真に優秀なネタは時に人間の本質をうっかり突いてしまうものだ、ということなのかもしれない。知らんけど。