FTMのお客様


1.
ここは日本有数の資産家で実業家でもある旦那様のお屋敷。

厨房で仕上がったポワソン(魚料理)をワゴンに載せて晩餐ホールへ運ぶ。
配膳担当のメイドは私を含めて2名。
ホールの扉の外に立つメイドが2名。そしてホール内に控えて様々なお世話をするメイドは4名。
今夜は旦那様のプライベートなディナーでお客様はお一人だけだから、私たちメイドも最小のチーム構成で対応している。
各国政財界の要人をお招きする公式の晩餐会なら数十名から100名近いメイドが働くことも珍しくない。

扉を開けて90度のお辞儀。ワゴンを押して中に進む。
本日のホールにはオブジェが飾られていなかった。
「オブジェ」は観賞用に女性を緊縛した作品のことで、その意図はお客様へのサプライズ、あるいは旦那様の趣味だ。
縛られるのはもちろん屋敷のメイドで、私たちは日頃からそのための訓練を受けている。
大抵の晩餐ではたとえお客様が女性の場合でもオブジェを飾るのが普通だから、今夜のように何もないのは珍しい。

お食事のテーブルには旦那様と向かい合ってお客様が座っておられた。
「・・失礼します。こちら焼津沖の真鯛のポワレとヴァンブランソース、アスパラガスのエチュベ添えでごさいます」
「ありがとう」
お客様から明るいご返事をいただけた。
黒髪のナチュラルショート。お召し物はネイビーのスーツ、チェック柄のボタンダウンシャツ。
ラベンダーのネクタイとポケットチーフがよくお似合いだった。
よく見るとスーツの胸元が膨らんでいるのが分かる。腰もほんの少し括れているように見えた。
今夜のお客様は女性だった。

この方は作家の天見尊(あまみたける)様。
大学在籍中の22才でSF文学新人賞を受賞し、26才の今は次代を担う若手SF作家のホープとまで呼ばれている。
FTM(生物学的に女性、性自認は男性)のトランスジェンダーで、それを秘密にせずブログやSNSで公開されていた。
旦那様はいろいろな方を招待されるけれど FTM トランスジェンダーのお客様は初めてのはずだ。

「・・ではもう長らく男性ホルモンを?」旦那様が聞かれた。
「はい。19のとき GID 診断を受けまして、その翌年から投与を始めました」天見様がお答えになる。
「いずれ手術もお考えですかな?」
「そうですね。なかなか決心がつかないのが困ったものですが」
「いやいや、お悩みになるのが当然です」

旦那様はずいぶん熱心に質問なさっている。
これでオブジェを置かない理由も理解できる。
今夜はお客様を驚かすよりも、ご自身の好奇心を満たしたいのだろう。

「その、ホルモンを使うと、本来女性である身体にはどういった変化があるものですかな?」
「変化ですか? 声が低くなったり、他にもいろいろありますが」
「例えば月のモノがなくなるのが嬉しいと、どこかで聞きましたが」
「それはありますね。実は僕の場合・・」

私は前のお料理のお皿をワゴンに回収し、頭を下げてテーブルから離れた。
旦那様は会話がお上手だ。
相手を機嫌よくさせて、普通なら口にするのを躊躇うような話題でも聞き出してしまう。
そうしてご自身が満足されたら、今度はお客様への心遣いも疎かになさらない。

・・ヴィアンド(肉料理)かサラダの後で始まるわ。心の準備をしておいて。
私はワゴンを押して出て行きながら、ホールの壁際に控えるメイドたちに目配せする。
彼女たちも無言で相槌を返してきた。
このお屋敷に勤めるメイドなら皆が分っている。
旦那様がなさるであろうこと、そして自分たちがすべきことを。

2.
アヴァンデセール(デザートの一品目)をお出しするときに旦那様が仰った。
「そろそろメイドの緊縛は如何ですかな?」
「は?」
天見様は一瞬驚いた顔になり、すぐに落ち着いて応えられた。
「なるほど、これが噂に聞くH邸のサービスですか」
「ご存知でしたら話は早い。作家である貴方なら見ておいて損はありますまい」
「拝見します。いえ、拝見させて下さい」

待ち構えていたメイドたちが走ってきて横一列に並んだ。全部で8人。
「好きな娘を選びなされ。この中から何人でも」
「僕に決めさせてくれるのですか」
「もちろん。お望みなら裸にしても構いませんぞ」

旦那様はとても楽しそうにしておいでだった。
天見様はメイドたちを見回し、そして一人を指差した。
「この人をお願いします。裸は・・可哀想なので服を着たままで」
選ばれたのは私だった。
「務めさせていただきます。どうぞお楽しみ下さいませ」
私は両手を前で揃え180度の辞儀をする。
お屋敷直属の緊縛師が道具箱を持って入って来た。

両手を背中に捩じり上げられた。
肩甲骨の位置で左右の掌を合わせ、その状態で縄を掛けられる。
後ろ合掌緊縛という縛り方だった。
柔軟性が必要といわれるけれど、私たちメイドにとって特に無理なポーズではない。

旦那様と天見様の前で1回転して緊縛の状態をご覧いただいた。
それから私は靴を脱がされてテーブルに上がった。
本来なら晩餐のためのテーブル。
テーブルクロスを敷いた上にうつ伏せに寝かされる。

右足を膝で折って縛り、その足首に縄を掛けて背中に繋がれた。
さらに左の足首にも縄が掛けられ、左足がほぼ真上に伸びるまで引かれた。
背中に別の縄が繋がれた。口にも縄が噛まされる。

足首と背中、口縄。全部の縄を同時に引き上げられた。
私はふわりと宙に浮いた。
支えのない腰が深く沈んで逆海老になった。
口縄に荷重のかかる位置が耳の下なので、首を横に捩じった状態で吊られる。

image

するすると引き上げられて、天井から下がるシャンデリアと同じ高さで固定された。
床からの高さは約3メートル。
すぐ下に旦那様と天見様のテーブルが見えた。

私は無駄に動かないように努める。
これは空中で女体を撓らせて見せる緊縛だから、あらゆる関節が固められている訳ではない。
もがこうと思えばもがける。
でも今夜のお客様に対して、激しくもがく緊縛は旦那様の意図ではない。
私に期待されているのは静物。
感情を表に出さないこと。耳障りな喘ぎ声や鳴き声をこぼさないこと。
お人形のように動かないこと。
動くなら、ときどき手足の筋肉に力を入れて無力であることをお見せする程度がよい。

私の中には縄に自由を奪われる切なさとやるせなさが既に芽生えている。
でもそれをお客様に知られるのはNG。
被虐の思いは自分の中で密かに楽しもう。
女として生まれメイドとしてご奉仕できることを感謝しながら、この時間を過ごそう。

テーブルではお二人がコーヒーを楽しんでおいでだった。
ときおり天見様は感嘆の表情で私を見上げられた。
そして旦那様はその様子を満足気にご覧になっているのだった。

お二人の歓談が終わるまで約2時間。その頭上に私はオブジェとして吊られ続けた。

3.
客室の扉をノックする。
「失礼いたします」
中から扉が開いて天見様が顔を出された。
「君は・・」
「伽(とぎ)に参りました」「え、伽」
「よろしければ朝まで一緒に過ごさせて下さいませ」
「知っていると思うけど僕の身体は女だよ」
「存じております。私どもはどんなお客様にもご満足いただけるよう教育されてますからご心配ありません」
「へぇ、面白いね。じゃあどうぞ中へ」
お部屋に入れていただいた。

天見様は客室に備え付けのスリーパー(丈の長いワンピースタイプのパジャマ)の上にナイトガウンを羽織っておられた。
お立ちになると身長166の私より10センチは小さい。
でもお身体はスーツをお召しのときよりがっしりして見えた。着痩せするタイプね。

「コーヒーか紅茶でも入れよう。ミニバーにお酒もあるみたいだけど」
「それは私にやらせて下さいませ。お飲み物をお出しするのはメイドの仕事です」
「じゃあ、お願いするよ」
「ご希望はございますか? ここにない品でしたらすぐに持って来させますよ」
「それなら暖かい紅茶をストレートで。言っておくけど君も一緒に飲むんだよ」
「分かりました。今ここにはインドのダージリンとアッサム、ニルギリがございますが」
「アッサムがいいな」
「承知いたしました。しばらくお待ち下さいませ」

ケトルでお湯を沸かす。
ティーカップのセットを2客とポットを出し、お湯をかけて温めた。
温まったポットに茶葉を量って入れる。
ふつふつと沸騰したお湯をポットに注ぎ、きっちり4分間蒸らす。

「丁寧に作るんだね」
「ごく普通の淹れ方ですよ。・・さあ、どうぞお召し上がり下さいませ」
「ありがとう。立ってないでここに座って」「はい」
小さなテーブルに向かい合って座った。
「うん、美味しい」「恐れ入ります」
「その手」
「はい? ・・あ」

天見様が見つめる私の手首には緊縛の痕跡がくっきり残っていた。
「これはお見苦しいものを・・。大変失礼いたしました」
「見苦しくなんかないさ。名前があるんじゃなかったかな、それ」
「『縛痕(じょうこん)』と呼びます。肌に刻まれた縄の痕でごさいます」
「いいねぇ。君が縛られた証拠だね」
「はい」

「えっと、君の歳を聞いてもいいかな?」
「私は19才でございます」「そうか、若いなぁ」
「お食事のときは私が一番年上だったのですよ」「え?」
「他に控えていたメイドは15から17才でした。もっと若い娘をお選びになると思っておりましたのに」
「15の女の子を縛っていいの?」
「もちろん構いません。もしお客様が15才のメイドを選んでおられたら今頃はその者が伽に参ったはずです」
「15の子が僕に?」
少し驚かれたようだった。

「どうして私を選んで下さったのですか? よろしければ教えて下さいませ」
「それはね、君が初めて好きになった子に似ていたからだよ」
「まあ、それは光栄です」
「中学2年生だった。・・女の子同士の同性愛だと思ってたんだ。でも彼女を抱きたいって思うと自分が女の身体であることが気持ち悪くてね。ずっと悩んでた」
いけない。無邪気に質問して嫌なことを思い出させてしまった。
「あの、ご不快な思いをされたら申し訳ありません」
「いいんだ。今となっては懐かしい思い出さ」
天見様はそう言って笑って下さった。

「僕はね、君に感謝したいんだよ」
「感謝、ですか?」
「だって僕のために緊縛を受けてくれたじゃないか。話に聞いてはいたけど、ああいうのを直接見たのは初めてなんだ。女の子を縄で縛って吊るす。・・すごいと思った」
「お楽しみいただけたのですね。よかったです」
「どうやら僕は女性をあんな目にあわすことに興奮するらしい。サドだね。こんなことを本人の前で言ったら嫌われるかもしれないけど」
「とんでもございません。男性が若い女性の緊縛に興味を持たれるのは自然なことです。天見様は立派な男性でいらっしゃいます」
「ありがとう。・・うわ、やっぱり僕、とんでもないことを告白しちゃった気がする」
天見様は急に立ち上がると頭を掻きむしられた。
その姿が可愛らしい。笑っては失礼だから微笑むだけにしていたけれど。

このお客様なら嗜虐プレイも大丈夫ね。
きっとお悦びいただけるだろう。
私は備え付けの道具を頭に浮かべつつ提案することにした。

「天見様。もう少し、次はご自分でお試しになっては如何でしょう?」
「試す? 何を?」
「少々お待ち下さいませ」
クローゼットを開けて一番下の引出しを手前に引いた。
そこには様々な拘束具や縄束、責め具がきちんと整理して収められていた。
「そんな物まであるのか、ここには」
「H邸の客室でございますから」

私は短鞭(たんべん)と呼ぶ棒状の鞭を取り出した。
乗馬鞭の一種で長さ50センチ。先端にフラップという台形のパーツがついていて正しく打てば大きな音が鳴る仕掛けになっている。

「これでしたら初めての方でも比較的使い易い道具です」
「柄の長いハエ叩きみたいだね。おっと君はハエ叩きを知らないかな」
「存じております。これでハエではなく女の尻をお叩きになって下さいませ」
「女というのは、もしかして」
「はい」
私はにっこり笑う。
「今、女といえば私だけでございます」

4.
天見様が短鞭を持って素振りをされている。
「そうです。手首のスナップを利かせて、先端の平らな部分が対象に平行に当たるように」
「えっと、鞭を打つ練習用の台みたいなものはないのかな」
「ございません。練習でしたらメイドの身体をお使い下さいませ」

手錠を2本出してお渡しした。
私は床のカーペットにお尻をついて座り込み、右の手首と右の足首、左の手首と左の足首をそれぞれ手錠で連結していただいた。
そのまま前に転がって膝をついた。
右の頬をカーペットに擦りつけ、天見様に向かってお尻を高く突き上げる。
これでメイド服のミニスカートの中に白いショーツがくっきり見えているはず。

「私の下着を下ろしていただけますか?」
「でも」
「構いません。どうか私に恥ずかしい思いをさせて下さいませ」
天見様は両手でショーツを下ろして下さった。

「ここは僕と同じだね。でも僕よりずっと綺麗だ。それにいい匂いがする」
「ありがとうございます。・・でも、そんなに顔を近づけて匂いを嗅がないでいただけますか? 恥ずかしいです」
「恥ずかしい思いをしたいと言ったのは誰だっけ」
「あ、私でした」
二人揃って笑う。少し空気が和らいだ。
「では始めて下さいませ」
「本当にいいんだね?」
「どうぞ、天見様」

鞭を持って大きく振りかぶり、・・ぺちん。
控えめな音がした。
「もっと思い切って当てて下さいませ」
ぱち。
「もっと強く」
バチッ。
ビシッ!!
鋭い音が出た。臀部に痛みが走る。
「あぅっ」
「ごめん! 痛かったかい?」
私は顔を向けて微笑んで見せた。
「今の打ち方で合格でございます。その調子でお続け下さいませ」
「やってみるよ」
「あの、」
「?」
「私この後も声を上げるかもしれません。お聞き苦しくないよう努めますので、どうぞお愉しみ下さいませ」
「・・分かった」

深呼吸。それから連続の鞭打ちが始まった。
ビシッ!! ビシッ!!! ビシッ!!!
「あっ」「あっ」「ああっ!」
鋭い痛み。被虐感。
お尻から頭までじんじん響く。
このお客様、筋がいい。

ビシッ!! ビシッ!!
「はぅっ」「はん!」
天見様は私のお尻だけを見つめて鞭打っておられた。真剣な表情。
もうお任せして大丈夫ね。
私も自分を解放しよう。
そっと性感を放流した。胸の中、子宮、身体の隅々へ。
少しずつ、少しずつ。・・とろり。

ビシッ!! ビシッ!! ビシッ!!
「あああ!」「はあん!!」「は、あああっ」
痛みの部位が移動するのが分った。
右側、左側。太もも。
同じ個所を打ち続けないように気を遣って下さっていると理解した。
まんべんなく打ち据えられる。
嬉しい。
とろり、とろーり。

ビシッ!!
「はぁ、はあぁ・・ん!!」

鞭が止まった。
はぁ、はぁ。
天見様は鞭を握ったまま立ち尽くし、肩で息をなさっている。
額に汗が光っているからお拭きしてさしあげたいけど、今、私にその自由はない。

「辛くないかい?」
「辛いです。でも嬉しいです」
「それは君がマゾだから?」
「はい。それもありますが」
「?」
「同じ個所を何度も打たないようご配慮いただきました」
「気がついたのか」
「もちろんでございます。それからもう一つ」
「まだあったっけ」
「私、我慢できずに下(しも)を濡らしました。天見様もご一緒にお感じになって下さいませんでしたか?」

天見様の驚く顔。
今、天見様の目には赤く腫れた私のお尻、そしてその下にぐっしょり濡れてひくひく動く膣口が見えているだろう。
これは演技でやったことではない。
私は本当に官能の中で濡れてさしあげたのだった。

お客様のご満足のためにご奉仕する、それがH邸のメイドの役目だ。
メイドが醒めていたらお客様はお楽しみになれないし、逆にメイドだけが乱れてお客様を置いてきぼりにすることも許されない。
だから私たちはお客様を導き、お客様と一緒に高まるように訓練されている。
たとえ拷問を受けるときでもお客様の気持ちを測って苦しみ方を変える。

「・・うん、興奮した。僕が打つ鞭が君に痛みを与えている。その度に君が喘ぎ声を上げてくれる。たまらなく興奮したね」
天見様は仰った。
「もし僕が男の身体だったら絶対に勃起してるね。いや、男の身体で君を打ちたかったと心底思ってる。・・ん、ふぅっ」
その指先がご自身の下腹部を押さえていた。
天見様?
「ありがとう。・・これで終わろう」

5.
拘束を解いていただいた。乱れた髪と服装を整える。
ニーソックスの後ろが破れたので手早く交換した。
「お尻は大丈夫かい? 赤くなってるみたいだけれど」
「どうかご心配なく。この程度の腫れでしたら明日には消えるはずです」
本当は4~5日ってところ。
「そうか、酷くなくてよかったよ」

このお屋敷では、接待にあたるメイドの負傷はある程度避けられないとされている。
だから接待プランやお客様の嗜好データに基づいてAIがリスクを予測している。
例えば今夜の天見様ご接待の予測値は 10-20。
これはメイドが全治 10 日の軽傷を負う可能性 20% という意味になる。
予測値が高い接待では相応のスキルがあるメイドを割り当てたり、最初から大きな怪我をする前提でシフトが組まれたりする。
まれに 90-90 といった拷問そのものの接待があって、担当するメイドは命の覚悟をして臨むことになる。
当然ながらこれはお屋敷内部で管理される予測値だ。
お客様にお伝えすることは決してない。

二人並んでベッドに腰かけた。
私は自分の両手をそっと天見様の手に乗せる。
天見様が仰った。
「テストステロン(男性ホルモン)を使うとね、声が低くなったり生理が止まったりするけど、他にも変化があるんだ。それは性欲が強くなること」
そう言って先ほどと同じように指を下腹部にお当てになった。
「だからオナニーが増えたよ。女の身体が嫌なはずなのにクリを使ってね。・・実は今も触りたくて仕方ない」
「お気持ちお察しいたします。でも天見様は他の女性にご興味がおありではないですか?」
「うん。僕は FTM のヘテロ(異性愛者)だから、自分以外の女性は異性として好きだよ」
「それでしたら私も女です。私にお慰めさせて下さいませ」

私は床に降りて正面に膝をつき、天見様のスリーパーの裾を持ち上げた。
天見様は FTM 用のボクサーパンツを着用されていた。
パンツの上から触れただけで突起が分った。
「んぁ!」
「優しく触ります。どうぞお任せ下さいませ」
「ありがとう。君を、信じる」
ボクサーパンツを下ろしてさしあげた。
わずかに香る匂い。
膝を左右に開かせ、ベッドに座ったまま開脚していただいた。

そこにクリトリスが生えていた。
その長さは外に出ている部分だけで4~5センチ程度。
男性ホルモンは女の陰核をこれほど肥大化させるのか。
真上からそっと指を当てる。
「ん、あぁ」
「我慢しないで、感じるままに声を出して下さいませ」
「くぅっ、んあぁ!!」

根元を押して包皮を引き下げ、露出した亀頭を唇に挟む。
反対の手の指を膣口に挿し入れた。
そこは既に愛液で潤っていて、中指がするりと吸い込まれた。
軽く噛んで先端を舌で転がし、同時に挿入した中指の第二関節を折って内壁を刺激した。
「ひっ、・・あああっ!!」
さらさらした液体が噴出して私の顔と腕を濡らした。
あっという間だった。
この方はきっとGスポットでも自慰をなさっていると思った。

天見様は2度、絶頂を迎えられた。

6.
明け方。
私は天見様とベッドにいる。
天見様は裸の上にスリーパーだけを纏っておられた。
私は全裸で天見様に抱かれていた。

「ね、もう一回抱きしめてもいいかな」
「はい。力いっぱい抱いて下さいませ」
ぎゅう!!
強く抱きしめられ、その間息ができなかった。
「ごめん、苦しかった?」
「いいえ。でもすごいお力」
「テストステロンは筋肉が付くんだよ。でも放っておくと腹だけ膨らむから、ジムで筋トレしてるんだ」
「そうでしたか」
「・・生まれて初めて裸の女の子の抱き心地を堪能したよ。君のおかげだ。僕はここで人生最初の体験を重ねてる」
私も初めてでございました。FTM 男性との体験は。

「そういえば、君の名前を聞いてなかったね」
「私の名前はお客様がご自由につけて下さいませ」
「僕と君の間だけの名前か。面白いね。・・それなら『キツネ』ちゃんはどうかな?」
「まあ私はキツネですか?」
「君の髪がキツネ色だから」
「そんなに明るい色ではございませんよ。でもありがとうございます。可愛いお名前、私も大好きです」
「調子がいいねぇ。本当に思って言ってる?」
「あら天見様、私、商売柄調子のいいことを言いますが、嘘は申しません」
天見様はにやりと笑われた。
「いいねぇ、その返し。・・君には人を騙す尻尾が九本あるかもしれないな。あの玉藻前(たまものまえ)みたいに」
私も妖しく笑う。こういう返しは得意でございます。
「あいにく誰かに憑りついて生気を吸い取ることはしないよう努めております。前に一度やって主人に叱られましたので」
「・・ほぅ、知ってるのか」「はい、レキジョですから」
「え、本当?」「嘘です。天見様を騙しました」
「ぷ」
二人で声を出して笑った。

「君には感心したよ。賢くて機転が利く。察しがよくて心配りも行き届いてる。今どきこんな子がいるとはね」
「恐縮でございます」
私たちは皆そういうふうに躾られているのですよ。

「君なら僕がベッドでも服を脱がない理由が分かっているんだろう?」
「はい。・・ご自身の胸が目に入るのを避けておいでではありませんか?」
「そうだよ。できるなら見ないでいたいモノだ、自分の胸なんて。君はあれだけ僕の性器を刺激してくれたのに胸には一切触れなったね。女同士なら真っ先に乳首を触ってもおかしくないのに」
「天見様」
私は天見様の手を取った。それを自分の裸の乳房に当てる。
「女同士ではありません。男と女です。どうぞ男性としてこの女の胸を弄んで下さいませ」
「そうだね、僕は男だった」

きゅ。
乳首を摘ままれた。電流が走る。
「きゃん!」
天見様は悪戯をした男の子みたいに笑われた。
「自分のものでなけりゃ女の子のおっぱいはいいよね。顔を埋めたくなるよ」
「もう!」
私は身を起こし、仰向けになった天見様の上にのしかかった。
「それなら存分に埋めさせてあげます!」
乳房を顔面に押し当てて体重を乗せた。これでも一応Dカップ。
「うわぁっ」
「どうですか? 嬉しいですか?」
「て、天国」
「エロ親父ですか」

7.
作家の天見尊様がお泊りになってから4か月が過ぎた。
私は誕生日を迎えて20才になっていた。
メイドの一人が誕生日だからといって特別な行事がある訳ではない。
せいぜい仲間内でささやかなお祝いをする程度だった。

その日の午後は外出の命令があった。
お屋敷の用務かと思ったら、外部のお客様への接待だという。
本来、私たちメイドのご奉仕の対象は旦那様が招かれたお客様に限られる。
無関係な人や組織への接待は滅多に行われない。
仮に行う場合は相手に対して法外な対価が求められる。
昔、外務省からの緊急要請で同盟国の高官にメイドを派遣したとき、旦那様が要求なさったのは中央アジア某国でのレアメタル採掘権交渉を日本政府が支援することだった。
H邸に勤める者の間では今も語り継がれる伝説だ。
仮に現金で支払う場合はメイド1名に数千万円から数億円が請求されるらしい。
いったい私はいくらで派遣されるのだろう?

指定されたホテルまでお屋敷の車で送ってもらった。
ロビーでお待ちになっていたのは。
「天見様!」
「やあ、キツネちゃん! 二十歳の誕生日おめでとう。お祝いにデートしようと思ってね」
「あの、メイドの誕生日は公開されていないはずですが、どうやってお知りになったのですか?」
「電話で聞いたら教えてくれたよ」
「・・」
「とても親切だったね。君をレンタルしたいって頼んだら料金も良心的で」
「あのあの、それはおいくらか、よろしければ教えていただけますか?」
「1時間ごとに 1113円。それ東京都の最低賃金だから、せめて 2000円くらい取ればいいのにね」
「・・」
旦那様、絶対に面白がっておられる。

「さあ行こうか」
「どちらへ?」「僕に任せてくれるかい」
ホテルを出て歩道を歩き出された。
「天見様、お車は?」
「持ってないんだ。タクシーも苦手だし、地下鉄で行くよ」
「あ、あの」
「どうしたんだい?」
「私、地下鉄に乗ったことがごさいません」
「本当かい? はははは」
大きな声で笑われてしまった。

8.
自動改札機がどうしても通れなかったので、天見様が別に切符を買って通らせて下さった。
お屋敷のIDカードでは改札機の扉が閉まることを初めて知った。
カードを手で擦って暖めたり、ひらひらさせたり、いろいろ工夫してみたのだけど。

ようやく電車に乗って連れてきていただいたのは英国ブランドのブティックだった。
「せっかくのデートにそんな地味な服は駄目だよ」
私は薄いグレーのワンピースを着ていた。確かに地味かもしれない。
対して天見様が着こなしておられるのは鮮やかなワインレッドのカラーシャツと黒のカジュアルパンツ。
小柄な身体にオーバーサイズを着けているから胸の膨らみも目立たない。

天見様は私にホルターネックの真っ白なミニドレスを選んで下さった。
キュートだけどバックレスになっていて背中が腰まで開いている。
上から覗いたらお尻の割れ目まで見えてしまうのではないかしら。
「よく似合ってるね。これを君にプレゼントするよ」
「あの、もう少し身体を隠すドレスの方がよろしいのでは」
「却下。僕の好みに従って下さい」
「・・はい、天見様」
これを着て帰ると伝えたら、それなら髪を上げた方が、それならお化粧も変えた方が、とお店のお姉さんたちが集まってきてあっという間に変身させられてしまった。
この人たちも絶対に面白がっていると思った。

お店を出て天見様と並んで歩いた。
髪をアップにされた上にハイヒールも履かされたから、私の方が30センチは背が高い。
でも天見様はそれをいっこう気になさる様子はなく、笑って左の肘を差し出された。
私は少しだけ溜息をつき、それから笑ってその腕にすがって密着した。

「駅は反対側ではありませんか?」
「少し歩いて見せびらかそう」
はぁ?
すれ違う人々の視線が痛かった。
露出した首筋と肩、そして背中。
まだ風が冷たい季節ではないのにぞくぞくした。
お屋敷のパーティではこんなセクシーな衣装の女性をよくお見掛けする。
思い切り肌を晒して見られるのを楽しむセレブの美女たち。
でも今、見られるのは私だった。
せめて何か羽織るものをお願いすればよかったな。

「頬が赤いよ、キツネちゃん」
「天見様!」
「前は一番恥ずかしい場所を僕に見せてくれたのに?」
「知りません!」
「でもさ、僕は落ち着き払っている君よりも今の君の方が可愛いから好きだね」
ああ、もう。
可愛いと言ってもらえるのは嬉しいけれど。

9.
プラネタリウムで星座を見て、湾岸の公園で夕日を見て、オーガニックのレストランでお食事。
庶民的なデートコースだった。
天見様はセレブじゃないものね。
でも15才でお屋敷に入って以来ほとんど外に出たことのない私にとっては珍しい場所ばかり。
お食事の後はスター○ックス。
抹茶クリームフラペチーノにストローを2本挿して二人でくすくす笑いながらシェアする。
何て楽しいのだろう。
セクシーな衣装にはすっかり慣れてしまった。

気がつくと天見様の手が私の肩に乗っていた。
しばらく一緒に歩いてから指摘する。
「あの、踵を上げたままお歩きになると大変ではありませんか?」
「そう思うなら君の方で何とかしてくれないかい」
仕方ありませんね。
私はその場でハイヒールを脱ぎ捨て裸足になった。
どうですか? これでずいぶん低くなりましたでしょう? 私の肩。
「おー、ちゃんと届くようになった」
「ご命令でしたら、この後ずっと裸足でおりますが」
「ふふふ、それもいいねぇ」
「ただし水溜りがあったら私を抱き上げて下さいませ」
「え?」
「よろしいですか?」
天見様はにやりと笑ってお答えになった。
「約束しよう。じゃあ今からキツネちゃんは裸足だ。・・これはもう要らないね」
脱ぎ捨てたハイヒールを拾うと自分のパンツのポケットに片方ずつ突っ込まれた。

「ところで、たまたま偶然思い出したんだけど、近所に僕のマンションがあるんだ」
「あら、それは偶然ですこと」
「来てくれるよね」「はい、天見様」
私は素直に従う。
もとよりそのつもりだった。
お屋敷で指示された内容は「お客様のお住まいでご奉仕」だったのだから。

二人並んで歩き出した。
私だけが裸足。天見様は私の肩をお抱きになっている。
「すぐ近くですか?」
「ん-、電車で20分、いや30分くらいかな」
「怒りますよ」

10.
天見様がお住まいのマンション。
玄関横の表札プレートには『徳山誠一』とあった。
天見尊はペンネームのはずだからご本名?
もちろん余計なことは詮索せず、天見様について中に入る。

上がり框(かまち)のところで天見様が振り返って言われた。
「まさか本当に裸足で歩くとはね」
私はすまして応える。
「どこかに水溜りがあればと期待しておりましたのに」
ここへ来るまでの間、私は電車の中でも裸足を通したのだった。

天見様の行動は速かった。
私はその場で抱きしめられた。
むき出しの背中を天見様の手が撫でる。
私より小さいお身体なのに、前と変わらない、いえ前よりさらに強い力で抱かれた。
「んんっ」
天見様の右手がドレスの脇から侵入して乳房に覆いかぶさった。
「だ、駄目です。・・私の足、まだ汚い」
「後で拭けばいいさ」
ゆっくり揉みしだかれた。
「あぁ・・」
官能が湧き起こる。
この間は初めて女の子を抱いたって仰っていたのに、どうしてそんなに上手に揉むのだろう。

「君のレンタルを申し込んだときにね、聞きたいことはあるかと言われたからいろいろ質問したんだ」
「はぁ・・ん」
「君に何をしてもいいのかって。・・そしたらOKだって」
「んぁ!! ・・ああ」
「酷いことをしてもいいのか。苦痛を与えてもいいのか。怪我をさせてもいいのか。・・全部OKと言われたよ」
「あ、・・あん!!」

天見様の愛撫は執拗だった。
気持ちいい。このまま身を任せてしまいたい。
でもちょっと放っておけないことを口にしてらっしゃるわね。
少し脳みそをクリアにしなきゃ。

はぁ、はぁ。
激しく喘いでさしあげながら、天見様の表情を横目でチェックする。
大丈夫。自制なさっている。
これ以上暴走する危険はないわね。
おそらく今日のデートは入念に計画されたのだろう。
この後も何かご計画があるはず。きっと私への嗜虐行為だろう。
では今必要なことは? 私がすべきことは?
・・理解していただくこと、そして安心していただくことね。

「天見様」
ゆっくり呼びかけた。
「ご安心下さいませ」
「え」
「天見様のご満足のためでしたら何も拒みません」
「・・キツネちゃん?」
「ご奉仕させて下さいませ」
「そうか、君は知ってたんだね」
「はい。私をお好きなように扱って下さいませ。酷いことでも苦しいことでもお受けいたします」
私を押さえる手から力が抜けた。
「本当にいいのかい?」
「はい、天見様」
「悪かった。乱暴なことをしてしまったね」
「いえ、どうかお気になさらず」

ご理解いただけた。
ほっとすると同時に官能が戻ってきた。
とろり。下半身が熱い。
もしあのまま押し倒されていたら、どうなっていたかしら。
ああ、私きっとエロい顔をしているわ。

11.
天見様のマンションはリビングダイニングのお部屋の奥に階段があって、その上が吹き抜けのロフトのようになっていた。
メゾネットだよと教えて下さった。
浴室は階段の隣。

私はまずシャワーをお願いして、浴室を使わせていただくことにした。
服を脱いで裸になってから、ご一緒に如何ですかと聞いたら天見様も来て下さった。
裸になってから自分の胸を隠し恥ずかしそうになさっている。
もちろん私はそこに目を向けるようなことはしない。

天見様のお身体は贅肉がほとんどなくてよく締まっていた。
特に腕と背中にはアスリートのような筋肉がついて逞しかった。
股間には肥大したクリトリスが突き出していた。
それはまっすぐ立っていても見えるほどだった。

お背中を洗ってさしあげた後、当たり前のように正面に跪いた。
そしてそれを口に含んでご奉仕・・しようとしたらずいぶん慌てられてしまった。
前にもしてさしあげましたのにと指摘すると、あのときはもっと優しくて情緒的だったと抗弁された。
はっとした。
口でご奉仕、いわゆるオーラルセックスは男性のお客様にも女性のお客様にもお悦びいただけるスタンダードなサービスだけど、トランスジェンダーのお客様にはセンシティブだった。
これは失敗。お屋敷でやらかしたら罰を受けるレベルね。
胸の方は直接見ないように注意していたのに。

失礼をお詫びして、もう一度心を込めてご奉仕させて欲しいとお願いした。
その最中は私に何をなさっても構いません。
よろしければ私の手をお縛りになりますか、と言うと天見様の眉がぴくりと上がった。
本当に何をしても構わないんだね? と聞かれて私は頷いた。

私は浴室の床に跪き、後ろで揃えた手首をタオルで縛っていただいた。
その気になれば自分で解けてしまうような拘束だけど、解くつもりは絶対になかった。
顔を斜め上に向けて天見様のクリトリスを口に含んだ。
唇と舌ででご奉仕する。
それは私の口の中でびくんと震えた。

頭の上からシャワーのお湯が注がれた。
シャワーヘッドが目の前に迫り、ほんの数センチの距離からお湯を浴びせられた。
流れるお湯で視界が覆われる。
唇と舌のご奉仕は止めない。
天見様のそれは明らかに硬さを増して大きくなった。

天見様の片手が後頭部を押さえた。
顔面にシャワーを浴びせられたまま、髪をぐしゃぐしゃにかき乱される。
前髪を掴んで引き寄せられた。目と鼻を恥丘に強く押し当てられる。
鼻孔が塞がれて空気が入ってこなくなった。
すぐに胸の酸素が尽きて私はもがき、お湯が気管に入って激しく咽(む)せた。
慌ててそれを口に含み直す。必死の思いでご奉仕を続けた。
きっと私シャワーの中に涙と鼻水をぐずぐず流してる。

シャワーのお湯が背中に移動した。背中が暖かくなる。
と、お湯がいきなり冷水になった。
ひっ!
私は震えあがり、その瞬間、クリトリスの先端に露出した亀頭を歯で扱(しご)いてしまった。
絶対に噛まないよう細心の注意を払っていたのだけど。

天見様が小さな声を上げて絶頂を迎えられた。
しばらくしてから、最高だったよ、と言われてご奉仕は終了した。

12.
ぐったりされている天見様のお身体をお拭きしバスローブを羽織らせてさし上げた。
幸福感に満ちたお顔。女性のイキ顔だと思った。
これが男性のお客様なら精を放たれて醸し出されるのは満足感や征服感。
これほど幸せそうな表情はなさらない。

「・・とてもよかったよ。やる前はあんなプレイのどこが楽しいのかと思ってたんだけどね」
「それは何よりでございました」
「ねぇ、キツネちゃんは男の客が相手のときにも、あんなご奉仕をするんだろう?」
「それは本来お答えしかねるご質問です。でも天見様だけにはお教えしますね。イエスです」
「ありがとう。もう一つお答えしかねる質問だけど、いいかな」
「何でしょう?」
「相手が射精したら、君はそれを飲むとか顔で受けるとかしてくれるのかい? ・・うわっ、ごめんっ。怒らないで!」

「・・天見様は男性の射精にご興味がおありなのですか?」
「そりゃそうさ。僕には絶対に叶わないことだからね。でも今興味を感じたのは射精そのものじゃなくて、女の子が口で奉仕することなんだ」
フェラチオに興味ですか?

「人間には手があるのにそれを封じてわざわざ口で尽くしてくれる。しかも飲むんだろう? あんな扇情的な行為はないね。・・強制されてすることもあるだろうけど、僕はそれを女性が自分の意志でやってくれることに感動するよ」
自分語りのスイッチが入ったみたい。
私は黙って拝聴する。

「・・考えてみれば男の快楽のために女が奉仕するってのは尊いね。暴力的なプレイまで進んで受けてくれる。まさに君たちの仕事だよ。実に興味深い」
接待で二人きりのとき語り始めるお客様は珍しくない。ほとんどが男性。
そういうときに大切なのは、すべて聞いてさしあげること、小難しい話でも理解に努めること、適切なタイミングで相槌を打つこと。

「キツネちゃんはさっき顔面シャワーを受けてくれたよね。髪の毛を掴んで振り回されるのはどんな気持ちだろう。やはり惨めなものかい?」
「はい。でもそういう思いを甘受するのもメイドの務めでございます」
「ものすごく嗜虐的な気分になるね。もう一回ご奉仕して欲しいくらいだよ」
終わりそうにないわね。
そろそろ後のご予定を伺わないと。

「天見様、きちんとしたお召し物をお着け下さいませ。お風邪をひきます」
「ああ、そうだね」
「今夜は何かご計画があったのではありませんか?」
「え」
「私を使って嗜虐プレイをなさると思っておりましたが」
「どうして分かったんだい?」
分りますよ。
私に抱きついてさんざん “苛めたい” オーラを放っておいて、分からない方がおかしいです。

13.
天見様は壁際に置いてあった手提げケースを大事そうに持って来られた。
「あれからSMバーに通って一本鞭の練習をしたんだ。人並には打てるようになったよ」
ケースの中にはSMプレイ用の一本鞭が入っていた。
グリップ(持ち手)の先に皮を編んだ撓(しな)やかな本体が繋がっている。
長さは1.5メートルくらいか。

私はお部屋を見回してチェックした。メイドの習性だ。
吹き抜け部の天井高さは4メートル以上。広さは 2.5×3.5 メートルってところ。
大丈夫、ここなら長縄を使えるわね。

吹き抜けには梁が一本通っていて、そこに小さな滑車が取り付けられていた。
滑車からフックのついたロープが下がっているのが見えた。
「天見様、あれは?」
「ああ、あの滑車は僕が付けたんだ。安物だけど人は吊るせるよ」
「ということは、私、あそこに吊られて鞭を打たれるのですか?」
「そうだよ。・・君を宙吊りにする技術はないから、両手を吊るだけのつもりだけどね」
天見様はそう言ってにやりと笑われた。
「どうかな? 怖いかい?」
「怖いです、天見様」
「嬉しいね。そう言ってくれると」

わさわざ私の誕生日のために準備して下さったのか。
きっとそうね。あの滑車とロープは新品だわ。
ご自分で掴まってテストするくらいのことはなさっているだろう。
お一人でぶら下がっている姿が浮かび、心の中でくすりと笑った。

天見様はジムでお使いのトレーニングウェアを着てこられた。
私は生まれたままの姿で、お借りしたバスローブを肩に掛けているだけ。
下着を着けてもいいと言われたけれど、私は自ら全裸を選択した。
ほんの4か月の練習ではブラやショーツを鞭で飛ばすテクニックはおそらく無理。
であれば、最初から肌をすべて晒して鞭打たれる方がお愉しみいただけるはず。
それにこの方は女が惨めな姿であることを好まれる。先ほどの会話で分ったことだ。

天見様が頭上の滑車からフックを下ろされた。
私はバスローブを床に落として前に立つ。
「両手を前に出して、キツネちゃん」
「はい、天見様」
この先はあらゆるご命令が絶対。私は絶対に逆らわない。

お屋敷を出るときに伝えられた今回のリスク予測値は 14-30 だ。
プレイの内容が不明なので信頼性の低い参考値と言われた。
でもここまで来たら私でも予測できる。
14-50 か 20-30。
私は今から打たれる。
無事でいられるかどうかは天見様の腕次第。
・・ぞくり。
押さえていた被虐の思いが頭をもたげる。

前で揃えた手首に革手枷を締められた。
手枷のリングにフックが掛かって、床から踵が離れるまで吊り上げられた。
私は両手を頭上に伸ばし、爪先立ちの姿勢で動けなくなった。

「綺麗だね」
天見様が私をご覧になって仰った。
「ありがとうございます。・・どうぞ私をご自由に扱って下さいませ」
「じゃあ、お尻を打つから向こうを向いて」
「はい、天見様」
言われた通り身体を回して、天見様に背中を向けた。
「よーし」
鞭を持って構えられた。深呼吸。
「・・」
「?」
「一回練習する」

天見様は向きを変え、ソファのクッションに向かって鞭を打たれた。
ひゅん! ばち!
鋭い音がした。
鞭は全然違う方向に飛んで床を打っていた。
「あれ?」

訂正。
30-50 ね。

14.
天見様の鞭はとても速かった。
肘を曲げて素早く振り下ろす上級者の打ち方をマスターされていた。
ただしコントロールが悪かった。

天見様は真っ赤な顔をして何度か振り直された。
3回目でようやくクッションが跳ねた。
「待たせたね」
「いいえ、天見様。・・あの、まことに差し出がましいことですが」
「何?」
「一度ごゆっくりお座りになられては如何でしょうか。お座りになって、私をご覧になって下さいませ」

天見様ははっとした顔をされた。
ソファに腰を下ろし、一本鞭をテーブルに置いてから私に顔を向けられた。
「ありがとう、落ち着かせてくれて」
「とんでもございません」
笑顔で仰った。
「よく考えてみれば、いきなり鞭を打つなんて勿体ないことだね」
私も笑顔で応える。
「はい。今、天見様はこんな美少女の自由を奪って飾っておいでなのですよ?」
「本当だ。・・今どさくさに紛れて美少女って言ったね? もう二十歳のくせに」
「しまった。二十歳までは美少女の範囲でございます」
「あはは」「うふふ」

それからしばらく天見様はにこにこ笑いながら私をご覧になるだけで何もなさらなかった。
両手を吊られているからどこも隠せない。
天見様の視線が胸や股間に向いているのを感じる。
嫌ではなかった。
・・乳首が尖るのが分かった。天見様はお気付きになったかしら?

10分ほども過ぎただろうか。
天見様がお立ちになった。
「もう大丈夫。・・覚悟はいいかい? キツネちゃん」
「はい、天見様」

15.
ひゅん! ばち!
衝撃が走る。
私は身を捩って耐える。

ひゅん! ばち!
ひゅん! ばち!
ひゅん! ばち!

お尻。背中。太もも。
肌を切り裂かれる感覚。
お上手です、天見様。

ひゅん! ばち!
ひゅん! ばち!!!
「ひぁっ!!」
声を出してしまった。
サービスで上げた悲鳴ではなかった。
ひゅん! ばち!!!
「ああーっ!!」

「キツネちゃん! 大丈夫かい!?」
天見様が駆け寄ってこられた。

はぁ、はぁ・・。
私は両手吊りのまま天見様に寄りかかった。
慌てて支えて下さるその腰に右足を回して掛ける。
太ももの内側を擦りつけるようにして絡みつかせた。
「!」
天見様が驚かれた。
私の右の内ももは股間から染み出た液体で濡れていた。
左の内ももにも粘液がふた筋、み筋。
はぁ、はぁ。

「お、お願いがございます、天見様」
天見様の耳元で話しかけた。
「私に、猿轡、をしていただけませんでしょうか?」
「さるぐつわ? いったいどうして」
「女の悲鳴は高く響きます。ご近所様に聞こえると天見様にご迷惑をおかけするかもしれません」
「・・」
「ご安心下さいませ。猿轡をされても私の味わう苦痛は変わりません。お耳に届かなくても私の悲鳴は天見様に伝わると信じております」

天見様はわずかに溜息をつかれたようだった。
「君はそんなことまで気遣ってくれるのか。そこまで濡れておきながら」
「メイドの務めでございます」
私はできるだけ艶めかしく見えるよう微笑んだ。
「どうか、思う存分お愉しみ下さいませ」

「・・本当にいつも君には、」
天見様はそこまで言いかけてお止めになった。
「それで僕はどうしたらいいんだい?」
「はい、とても簡単でございます。ハンカチなどの柔らかい布をできるだけたくさん口の中に含ませて下さいませ。私が嘔吐(えず)く寸前までぎゅうぎゅうに詰めていただいて構いません。それからダクトテープ、なければガムテープでも結構です。耳まで覆うほど長く切ってしっかり貼って下さいませ。2枚切って口の前でX(えっくす)の字に交わるように貼っていただければ、より剥がれにくくなります」
一気にまくしたててしまった。少し面食らってしまわれたかも。
「わ、分かった。・・ハンカチとガムテープだね? 取ってくるよ」

お願いした通りの猿轡を施していただいた。
口腔内に大量のハンカチが充填され、声も空気も通らなくなった。
鞭打ちが再開される。

ひゅん! ばち!!!
「んっ!」
ひゅん! ばち!!!
「んんーっ!!」
鞭が空を切る音。一種遅れて肌に当たる音。
衝撃が脊髄を抜けて脳天を貫く。

ひゅん! ばち!!!
「ん、んんっ!!」
鞭の当たる部位が識別できなくなった。
どこもかしこも腫れているのだと思った。
後半身はそろそろ賞味期限。まっさらな肌をご提供しないと。
私は少しずつ身体を回す。

ひゅん! ばち!!!
「んんっっ!!!」
脇腹を打たれた。

ひゅん! ばち!!!
「んんーーっ!!」
おへその下の柔らかい部分。

ひゅん! ばち!!!
「んんんんっっ!!!」
乳房。
赤い筋が浮かび上がるのが見えた。

私は両手吊りになった身体の全周をまんべんなく打っていただいた。
ときどき爪先で体重を支えきれず、手首に体重を預けてゆらゆら揺れた。
吊られた雑巾みたいに揺れた。

天見様はただひたすら鞭を振るっておられた。
どんなお顔をなさっているのか、見ようとしてもうまく見えなかった。
ぼろぼろ流れる涙が滲んで見えないのだと気付いた。

16.
「キツネちゃん・・?」
目を開けると、ソファの上だった。
私は天見様の膝に頭を乗せて寝ていた。
手枷と猿轡は外されていて、身体にシーツが掛けられていた。

下半身にどろどろした感覚があった。
無意識に股間に手をやると、そこにはまだ性感がマグマのように溶けて渦巻いていた。
あぁ!!
びくんと震えた。全身に痛みが走って顔をしかめる。
自分がどうなっているのかよく分かっていた。
鞭で打たれた箇所が赤い痣とみみず腫れになっているのだ。
血が滲んで流れたところもあるはず。

「まだ寝てた方がいい。疲れ果てているだろう?」
天見様が仰った。
「出血の場所は洗浄スプレーで洗ったから心配しないで。後で起きたら洗い直してキズパッドを貼る、・・でいいんだよね?」
私は何も言わずに微笑んでみせた。
傷の手当くらい心得ておりますよ。

髪の生え際を撫でられた。
不思議と嬉しくなった。
「よく尽くしてくれたよね。・・嬉しかったよ、ありがとう」
あれ、どうしたんだろう。
また涙が出そうな感じ。
「ん? メイドとして当然の務めでございます、とか言わないのかい?」
「もう、天見様ぁ」
「キツネちゃんでも泣きそうな声を出すんだね。可愛いよ」
からかわないで下さいませ。
本当に泣いちゃいますよ。

天見様の指は髪から首筋に移動した。
人差し指と中指でそっと押さえられる。
エクスタシーが優しくさざ波のように広がった。
どろどろしていたモノが柔らかくなった。
「ああ、気持ちいいです」
「ここはね、僕がオナニーするときに好きだったポイントさ。テストステロンを始めてからは何も感じなくなったけどね」
私は黙って両手を差し伸べ、天見様の首に子どものようにしがみついた。
少しだけ甘えさせて下さいませ。

しばらくして天見様が仰った。
「・・君は女性を鞭で打つ愉しさを僕に教えてくれたね」
「はい」
「自分にこんな嗜好があったなんて、以前の僕には想像もできなかったことだよ。・・それで今日分かったことがあるんだ」
自分に言い聞かすように仰った。
「僕は SRS(性別適合手術)を受けようと思う」

天見様はご自身の嗜虐嗜好を認識して以来、女性の身体で女性を責めることに違和感を感じたと教えて下さった。
その違和感は男性ホルモンの投与だけでは緩和できず、それまで踏み切らなかった SRS を真剣に考えるようになられた。
「鞭の練習をしながら考えてたんだ。キツネちゃんをとことん責めて、僕が本当に求めていることを確認しようってね」

天見様の首にしがみついたまま質問した。
「では、私はお役に立てたのですか?」
「もちろんだよ。キツネちゃんが鞭で打たれて苦しむとき、その前にいるべきは男の身体の僕だ」

・・私はお役に立てた。
どろどろの澱みがなくなり、雪解けの水のように流れ去った。
「ありがとうございます!」
天見様の上によじ登った。頭を抱きしめる。
全身の鞭痕がずきずき悲鳴を上げたけど、気にしないことにした。

「・・ん、んんっ」
天見様の声がくもぐって聞こえた。
「ねぇ、もしかしてわざとやってる?」
私は全裸で、天見様の顔はDカップの胸に埋もれていた。
「はい。痣だらけの胸でございますがお尽くしするのが務めと考えました。・・ご迷惑ですか?」
「迷惑だなんてとんでもない。キツネちゃんのおっぱいは天国だよ」
「お粗末様でございます」

17.
マンションの玄関にあった『徳山誠一』は天見様のご本名ではなく私生活での通り名だった。
天見様のご本名は『徳山聖子』だと教えていただいた。
「SRS を受けて性別変更したら戸籍名を『誠一』にするつもりなんだ。そのときはまた招待してくれると嬉しいね」
「主人に申し伝えます」
「約束する。次は男性の身体でキツネちゃんを責めてあげるよ」
「はい!」

朝になって私は迎えの車でお屋敷に戻った。
鞭痕は全治20日と診断された。
全身の痣が赤から紫に変わり、数日の間、私は七転八倒することになった。

18.
天見様が再びお客様としてお越しになったとき、私は24才になっていた。
この年、天見様はSFではなく歴史小説で文学賞を受賞された。
同時に MTF トランスジェンダー女性との結婚も発表されて文壇の話題となっていた。

晩餐ホールに呼ばれて伺うと、旦那様と向かい合って天見様ご夫妻が座っておられた。
SRS を受け戸籍上も男性となられた天見様は4年前より一層筋肉のついた男性らしいお身体になっていた。
奥様は色白でとても綺麗な方だった。

「キツネちゃん!」
「お久しぶりにごさいます、天見様。ご結婚と文学賞受賞お祝い申し上げます」
「ありがとう。キツネちゃんはメイドを引退するんだって?」
「はい」
私は横目でちらりと旦那様を伺う。
「構わんよ、話しなさい」
「はい。・・婚約しました。来月結婚いたします」
「え、それはおめでとう! 聞いてもいいかな、相手は?」
「アメリカで会社を経営されています」
「そりゃすごい!」

婚約者は旦那様の事業のお相手だった。
何度かご奉仕をしてさしあげた後、先方から私を “購入” したいとのご希望があった。
表向きは結婚という体裁になる。
その金額がどれくらいなのか私は知らない。
人身売買のようだと思われるかもしれないが、彼は優しく誠実な人だ。
私は彼を愛している。
ちなみに彼の嗜好はエンケースメント(閉所拘束)。
結婚したら月の半分は妻として務め、残り半分は樹脂の中に密封されて過ごすことになる。
実は彼も FTM であることを知る人は、このお屋敷では旦那様の他数人だけだ。

「・・ところで、」
旦那様がおごそかに仰った。
「そろそろメイドの緊縛は如何ですかな?」
「え」
天見様は一瞬驚いた顔になり、それから奥様と顔を見合わせて微笑まれた。
「是非お願いします。・・ここにいる女性の中から誰を選んでもよいのですよね?」
「もちろん」
「それでは彼女を、キツネちゃんを縛って下さい。服は脱がせて全裸で、できるだけ厳しくて可哀想な緊縛をお願いします」
「ふむ!」

私は天見様に選ばれる前から前に進み出ていた。
お約束を果たすために来て下さったのですね。
今夜、私は天見様ご夫妻のお部屋に伺って責められる。
天見様と奥様が鞭打って下さるのだろうか。
それでも私と奥様が天見様から鞭打たれるのだろうか。
それは多分、このお屋敷で私の最後のご奉仕。

私は旦那様と天見様ご夫妻に向かい、両手を揃え180度のお辞儀をした。
「謹んで縄をお受けします。どうぞお愉しみ下さいませ」

────────────────────

~登場人物紹介~
キツネちゃん: 19才。H氏邸のメイド。
天見尊(あまみたける): 26才。作家。FTM(生物学的に女性、性自認は男性)のトランスジェンダー。

2年半ぶりのH氏邸です。
確認したら前々回と前回の間も2年半開いていました(笑。

今回はトランスジェンダー界隈の情報ネタをストーリーに取り込みました。
私自身は FTM でも MTF でもありませんが、これらの方々が抱く嗜虐/被虐の思いには大変興味があります。
そこでH氏邸に招かれた FTM トランスジェンダー男性がメイドさんの接待を受けて、それまで潜在的に持っていた嗜虐嗜好に目覚めることにしました。
目覚めた嗜好が理由となり SRS(性別適合手術)を決心する、という設定ですが、これは作者(私)のファンタジーです。
現実世界にそんな人はおらんやろと思っていますが、さてはて・・?

なお私は、この界隈に関してネットで得られる以上の知識がありません。
トランスジェンダーの皆様の苦痛や悩み、ホルモン治療と SRS の詳細について不適切な記述があるかもしれないこと、あらかじめお断りしてお詫びします。

さて、メイドさん側の心理行動はこれまでのシリーズを踏まえて描いています。
よくあるドジっ子メイドとは正反対の超優秀なメイドさんです。優秀だけど立派なM女です。
現実世界にそんな女の子はおらんやろと確実に思っています(笑。

次に挿絵ですが、久しぶりにAIを一切使わずに手作業で描きました。
細かい手順をすっかり忘れてしまい大変苦労しましたが、対象をイメージ通りに描くなら手書きも便利と思いました。
これからも定期的に手描きを続けることが必要だなと痛感した次第です。

最後にシリーズの今後について。
長く続いた『H氏邸の少女達』ですが、次回で最終話にしようと考えています。
サイトへの掲載はずいぶん先になると思われますが、気を長くして待っていただければ幸いです。

それではまた。
ありがとうございました。

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