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評価 4.9

毎年の終わりに読んでいて、こういう映画があったなあとかこういう本があったなあとか、プラス中野さんの日常みたいのも読んでいた。
今年、コロナの年だったので実に貴重な読み物になっている。

なぜなら、ダイヤモンドプリンセス号の時に確かに私たちは他人事だった。
大変そうだなとは思ったし助かってほしいとも思ったが、あれはあそこだけのものと思っていた。
すごくすごく遠くのものと思っていたコロナウィルスがあっという間に世界に広がり、あっという間に緊急事態宣言に至るまでがここには記されている、そういう意味で普通の人の視線で見た重要な読み物だと思った。
映画とか本にも触れられている、でも折々に、相撲の無観客、や映画界での出来事とどこもかしこもコロナの影響を受けていくさまが読んでいて悲しい。
東京オリンピックもいつの間にかなくなったというか延期されたのも、あっという間だったというのもわかる。

現在の視点で読んでいるので、過去に誰も予測しえなかった(した人もいるのだろうが、それすらも曖昧で断言はできなかった)
第二波、第三波、はくるのかしら?という一文にも胸打たれた。来た・・・
また今と決定的に違うのは、初期のころは
「あら、大変なことが起こった、でもすぐに終わるでしょ」
という意味のない希望的観測だった。
これが今はない。
ほとんど誰も希望的観測はしていない。
本当に恐ろしいことだと思う。
2020.12.29 欺瞞の殺意


評価 4.5

細かい部分も含めて大変良くできているミステリだと思う。
書簡体で全てを明らかにしていくというのもまた魅力的だ。
一旦罪を認めた男が実は自分は犯人ではない、と言い始める姿もまた鮮烈に脳裏に焼き付く。
が。それらを加味しても申し訳ない、合わなかった。
多分、私が超本格好きとかではないからだろう。


昭和41年夏地方都市の有力者楡家のお屋敷が、舞台である。
そこには多くの姻戚関係が集まり、当主の死去に伴った法事の後の一服という場だった。
そこで殺人事件が起こったそれも二人。
一人は、当主の長女の澤子、もう一人は亡き長男の息子の芳雄だった。
二人は急変して病院搬送されたが死亡、チョコレートに入った毒での毒殺だった・・・


旧家、当主の死亡、とあるので、当然のごとく相続の話にも移行していく。
そしてこのミステリは、簡単に犯人がわかりそして認め、彼が出所して、今でもその楡家の屋敷にいる一人の女性にあてた『手紙』のやり取り、が主体をなしている。

書簡のミステリなので、大いに期待したのだが・・・

なんせ家族が込み入っている、離婚して再婚するもの、死別で子供を抱えるもの、またそこと結婚しようかと目論むもの・・・
最初の家族一覧を何度見たことか。
私にはここがとてもハードルが高かった。

また、書簡そのものは、殺人犯として服役していた元弁護士が仮釈放後に送った書簡、なのだが、書簡というのもまた難しい。
両方の話を読み解いていかなければならないから。
全体に長いので、死亡事件がどうでもいい、という気持ちにすらなったのだった。
最後確かに驚きはあるのだが・・・


以下ネタバレ

・老人同士の書簡体のやり取りが私にはなんだか薄気味悪い、これがまだ40代くらいならともかくも。

・犯人とされた弁護士のポケットの中のチョコレートの包み紙がとても重要なアイテムとされていて、誰かがいれた誰かが入れないが繰り返されるのに辟易。このあたりでも、もうどうでもいいじゃないと思ったりした。そしてこれはラストまで続く・・・

・最後、二人が心中のように見せかけて、また新たな手紙がやってくるという趣向に大喜び、という人もいるのだろうが・・・
ここもまたもうどうでもいいじゃない・・・と思った・・・
ここは、正直見えていたことではなかったのか?
2020.12.29 流浪の月


評価 5

はっとさせられた一冊だった。
そして読ませるし面白い(というと語弊があるが・・・

一種、歪んだ愛の形と外側から見えても、当人たちにとっては何ら不思議のない関係。
それを描き切っていると思った。
また、どう言ってもわかってもらえない辛さのようなものも。
同時に、現実的には、子供への虐待、犯罪者への偏見、など社会的な側面からの視点もまたあるのだ。

更紗は風変わりな母と優しい父と好きなものに囲まれて幸せな少女時代を過ごす。
しかし父が亡くなったことで生活は一変し、母が恋人と出て行ってしまう。
一人になった更紗は、やむなく叔母の家に引き取られるのだが待っていたのは、従兄からの性的虐待であった・・・


孤独にさいなまされ、公園で本を読むしか居場所のなかった更紗は、行き場所をそこだけに見出す、ここもぐっときた。
なんていう孤独な逃げ場なのだろう。

そしてそこで雨の中一人の大学生佐伯文という男子大学生に声をかけられるのだ。
うちにくる?
その一言で更紗は家についていく・・・・


佐伯と更紗の二人の時間は二ヶ月で終了する、またとない二人の濃密な時間で更紗は叔母の家の虐待から逃げたに等しかったのに、人はそれを誘拐と呼んだ。
このあたりの常識との線引きが非常に難しいとも思った。
常識的に考えればアウトな事案だ。
でも彼らにとってみればなんら不思議のない行動だからだ。
しかも更紗は孤独であり、性的虐待を受けている、引き取られた叔母の家で。ここで帰れば同じことが始まるのは目に見えている。それでも帰らざるを得ない更紗の孤独と絶望が手に取るようにこちらに伝わってきた。
そしてまた、更紗によって、佐伯文も徐々にではあるが変わっていっているのが読み取れる。
彼もまた裕福ではあったものの家庭に問題を抱えていたのであった。
更紗という一人の少女の出現により、彼が徐々に開いていく感じも読んで取れた。

・・・・・・・・・・・・・・・・
2ヶ月後に出た崎で保護された更紗が警察官に抱きかかえられて泣き叫ぶ場面は拡散されていく。
このあたりの描写が本当にうまい、こうして彼女は
『ロリコンの変態に連れ去られ傷物になった可哀想な少女』
というレッテルを嫌でも貼られることになる。
長い間そのレッテルは彼女にのしかかっていく・・・・

・・・・・・・・・・・
そして年月が過ぎての二人の再会が始まる、ここがまた読ませる。
養護施設の後勤めに出るが、どこでもこの誘拐の話はついて回る。
亮という恋人ができたが彼はまた暴力を奮う独占欲に強い男であった・・・
彼の暴力から逃げて再び文のもとに・・・・

24歳になった更紗は偶然佐伯文と再会していたのだ。
文は気づいていないと思っていたが彼もまた気づいていた、彼も抑圧された家庭で暮らし、母からの呪縛から逃れられず、身体的な欠陥を口に出すことすらできなかったのだ。
それでも更紗のことは忘れたことがない・・・

当然彼らが再び会うようになれば、世間は指弾し始める・・・

自分にとってそれが正しい事であってもまた心地良い事であっても、世間の眼からは逃れられない。
特にこのネット社会であっては・・・
そのあたりの厳しさが痛いほど伝わってきた。
なぜなら彼らの行動が、誰も予測しえない常識外の行動だからだ、誘拐犯と再び出会い・・・というのが。

しかし更紗と文との関係性が世間から見ると、被害者と加害者であるのに対して、二人は切実にその人だけを求めあっている。
それはそれは狂おしいほどに。
この強烈な二人の結びつきに心打たれたのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・

以下ネタバレ

佐伯文が幼い更紗を誘拐し(たという形になっ)て、そのあと性的なことがあればこの話全てがアウトになる。
ここはずうっと読者が?と思っていたところだと思う、何も描写がないから。
もしかしてそうかもしれない、もしかしてそうではないかもしれない、と。

彼がそういうことができないという設定がかなり後半になって出てくる。
ここで、読者は、(あ、佐伯文は潔白だったんだ、ただ純粋に彼女の世話と遊びに付き合ってあげていたんだ)というのがわかる。
また更紗の側は、従兄の性的虐待でそういうことに興味が持てない。
だからこれから、この二人が性的なことを超越して暮らしていける、という普通から見たらここもまた歪つな関係を保っていける、というのも用意周到な話だと思った。


『明日死ねたら楽なのにとずっと夢見ていた。
なのに最期の最期になって、
もう少し生きてみてもよかったと思っている』


評価 5

大変心に響いた本。
特にコロナのこの状況下だと臨場感が半端ない。

一ヵ月後に地球に小惑星が衝突し、世界中の人類が滅亡することがわかった。
もう避けようのない状態だ。
その一ヵ月は何をするのか。
どう生きるのか。
無軌道に、そして犯罪に生きるのか、それとも自分の最後に何かを成し遂げようとするのか、誰かのために尽くすのか。



人類滅亡というのを軸とした連作短編集だ。
ゆるやかに話は繋がっていて、こういうことだったんだ!という繋がりがまた読んでいて楽しい。
話の作りとしては伊坂幸太郎の『終末のフール』をどうしても思い出す、でも切羽詰まり具合として数年後に滅亡、とあと一ヵ月で滅亡だったら、一ヶ月の方がずうっと切羽詰まっている。
そのあたりの緊迫感もこちらに伝わってきた。

冒頭出てくる、いじめられている高校生男子の友樹の姿がとても好ましい。
学校で使い走りをさせられ、馬鹿にされ、上位グループから理不尽にいじめられている友樹。
彼はひそかに片思いしているのだ。
自分には手の届かない存在と思っている女の子藤森雪絵へのその想いが可愛らしい。
小学生の頃に、東京に行こうとしていた藤森と偶然接触した覚えがある友樹の姿がここにある。
学校一の美少女とうたわれている藤森は藤森で彼女の家の事情を抱えている。
彼女は血のつながらない両親と暮らすという環境の中で過ごしていたのだ、よくしてもらっているのだがそこには彼女なりの小さな違和感があった。

また藤森の愛する歌手Locoの物語もまたある。
彼女の話も非常に読ませ、普通の人が芸能界で成り上がっていく過程で彼女が見たこと、また彼女が味わったことが描かれている。
更には、人を殺したやくざの信士の物語もある。
信士は信士で、人を殺す状況に陥ったその過程をまた反芻しているのだ。

この友樹、藤森雪絵、信士、Locoの4人の物語が開幕し、それぞれがラストの時間の地球で奇妙に結びついていくところが大変読ませた。
そして重要な友樹の母・・・もまた・・・
彼らばかりではない、彼らの後ろにいる多くの名もなき普通の人々の姿もまた想像ができる。

途中、荒廃していく人々の姿が描かれていた、そこではもう略奪も行われ、無法者が勝つという場になりつつあったのだ。
滅びゆく運命の中で、まだ真摯に生きようとする人たちの生きる意味とは、そして彼らの幸せとは、というのを考えざるを得ない。
2020.12.28 誓願


評価 5

大変面白く読んだ。
侍女の物語の続編ということだが、侍女の物語よりはるかに読みやすく、エンタメ寄りになっている、何しろ後半は活劇(!)に近いのだから。
そしてこの話、こちらから読んでも全く問題がないと思った。
前のを前日譚として読めばいいだけのことなのだから。

途中まで、
小母、侍女、マーサ、妻と色々な言葉が出てくるのでいっとき混乱する。
これはどういう位置なのかというのが途中までわからないからだ。
読んでいく内に徐々に、
1.小母はいわば特権階級でありこの国の女性で唯一読み書きを許されている女性
2.支配層の男性もしくは平民の男の妻か、妻候補。支配層の妻の方が当然権力的には上
3.女中にあたるマーサ、は子供を産む見込みはなく手が器用
4.侍女は最下層であり、ふしだらな女でしかし子供を産む機械のようなもの
というのヒエラルキーがあることがわかる。

リディア小母の回想と司令官の娘のアグネスと、カナダのトロントで古着屋の夫婦のもとに育ったデイジーの三視点で語られていく。
ギレアデの中にいる、最初の二人は異質な存在だ。
しかしデイジーは自由な国カナダにいるので、私たちが考えつくような普通の生活をしてたし現代の普通の考えを持っている、そのあと巻き込まれるのだが・・・

リディア小母は彼女自身がギレアデ創世期で激しい拷問を受け、そこから司令官に服従していき侍女たちの統制をとっていくのだが・・・
アグネスは普通に結婚(この世界では13・14歳)するはずだったのだのだが・・・
そして平凡な古本屋の娘と思っていたデイジーはある日両親が襲撃に会い、人生が一変する・・・

侍女の物語から15年後のギレアデ共和国の世界。
そこで侍女をはじめ女性を厳しく指導していたのは、小母リディアだった。
男性中心のこの世界で女性は無垢なうちに早く結婚して子供を産むことを望まれる。
字は全く教えられず、無知なまま女性は従順さをひたすら求められるのだった・・・


現代でも全く同じような状況の国があるのでそこはなんとも読んでいて辛かった。
小母がどういうもので成り立っていたのか、司令官の妻と娘の果たす役割とは何だったのかこのあたりも非常に読ませる力がある。

以下ネタバレ

リディア小母が冷酷無比な女性ではなく、なんとかこの世界から再び女性の地位を取り戻そうと画策していた人物というのがわかってくるにつれ、どんどん話に引き込まれていった。


評価 4.9

とても良かった。
社会派ミステリなのだが、この場合の社会派は親の虐待、貧困問題ということに焦点が当てられている。

冬野ネガ(とうのねが)は神奈川県川崎市の中学二年生だ。
彼女は同級生の春日井のぞみを殺害した容疑で逮捕された。
殺害したと言うことは認めたが、なぜという理由については黙秘して語らない。
二人の刑事真壁巧と女性の仲野蛍がこの調査にあたることになった。
二人はなぜトラブルを起こしたのか。
そもそも接点がなさそうな二人は知り合いだったのか。


可愛げのないネガが人を殺しておいて平然とした姿をしているので冒頭の方で慄然とした。
しかし読み進むにつれ・・・

ネガの家庭環境がいかにひどいものだったかというのが徐々に明らかになってくる。
築40年の狭い狭いアパート、おなかが減っても家に食べ物がない状態、母親が働いているのだが食べるにも事欠く状態、それていて生活保護が受けられな状態、そんな中でも、ネガはなんとか高校進学を夢見ているのだ、昔アパートに暮らしていたお姉さんに教わって。

一方春日井のぞみは裕福な家でフルートを習っている。
誰からも愛されて誰からも憧れの的で見られている。
母は死別しているものの、父と仲良く暮らしていて、吹奏楽部の先輩と恋仲になりそうな気配さえ漂っている。

そんなのぞみはなにくれとなくネガに話しかけるのだが・・・
ネガは上から目線だと思って拒絶している、ところが・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・
途中であっということがわかる。
そこから一気呵成に物語が進んでいく、このあたりが本当に読ませるしお見事だ。
そうだったのか!!!という目からうろこがたくさんあり伏線のようなものもちりばめられている。
そして解き明かされていく過程で、なぜネガが何も理由を言わないのかがわかる、その時にもああっと思ったのだった。

外側からはわからない家庭の事情。
ここが虐待などで非常に難しい箇所だと改めて思ったのだった。

ラスト、唇を動かして、真壁がネガにかけた言葉は何だったのだろう?
これを考えてみたい、と心から思ったのだった。



以下ネタバレ

・ネグレクト虐待をネガは母親から受けていた。
働く気の亡くなった母親の代わりに、中学生なのに居酒屋で深夜働くという実情だ。
ネガが自分とは違う世界にいると思った春日井のぞみは、偶然その居酒屋で働いていて顔を合わせる。
のぞみもまた、表面上は取り繕っていたが、父親の鬱病発症から仕事が続かず、彼の代わりに居酒屋で働いていたのだった。

二人は居酒屋で働いた後の深夜に、防音室のある空き家を見つけそこで深夜からフルート練習をしたり、勉強をしたりする生活が始まったのだった。
同じような境遇だった二人は急速に仲良くなる。
そして、生活保護を受けることに決まったのぞみは、フルートが練習できなくなるのに絶望して自殺しようとする。
時を同じくして、ネガもまた高校へ行けと明るく教えてくれた憧れのかつてのアパートの女性に会い、彼女が実社会で高卒は役に立たず今は風俗で働いていると言うことを知ってショックを受ける。
この二人が心中しようと思うまでには時間がかからなかった。

・しかし現実に練炭自殺を図ろうと練炭を買ってきたネガが見たものは
のぞみの遺書のある首つり死体だった。
それは誰かが殺したということだったのだが、ネガは自分が犯人ということにしないと捜査してくれないと思い、そう名乗り出る、心中のことも伏せたまま。

・犯人は、同級生の男子の母親だった、この母親は今は、貧困問題のライターとして名を馳せているのだが、かつては自分たち自身が貧困だった。
男子は片耳が不自由だったが、これは病気のためと母親は公言していたが、実は暴力で聞こえなくなっていたのだった。
これをのぞみが知っていることに気づき殺した。

つまり貧困と虐待問題で苦しんでいた(かつても含め)人は三組いたのだった。

・しかし、なぜ遺書の一部が見つかったのか。
遺書そのものの全文が見つかると、のぞみは一人だけで自殺しようとしていたことがわかる。
ネガに希望を託して。


評価 4.6

5編入っているミステリだ。
今年の直木賞候補作。

どの話もいわゆるイヤミスの範囲にあると言えよう。
それぞれがものすごく強いインパクトをもってこちらに迫ってくる。
金銭のもつれというのが全体を覆っていたか。
始まりは大変小さなことから始まっている。
それを糊塗しようとしたり、ごまかそうとしていつしか運命の罠にからめとられていく・・・そこには金銭が絡んで、人間の欲望もまた見え隠れしている・・・・

最初の話は、余命いくばくもない女性が夫の作業場の近くにいる場面から始まる。
夫が過去に犯した罪の告白が重い、妻が死ぬ前にそれを引き受けてくれると言うのだが・・・

一番面白かったのは、埋め合わせだった。
うっかり排水バルブを閉め忘れプールの水を放出してしまってその穴埋めをしなければならない小学校教諭の右往左往ぶりが読んでいて大変面白かった。そして後半出てくる別教諭の悪辣ぶりがまた際立っていた。一見関係ないようなことがどんどん繋がってきて、悪い方悪い方に転がっていくのが快感だった。

忘却は、認知症の妻がいてアパートに暮らしている夫の話だ。
アパートの近くの老人が死んだ、ということと、妻が認知症だ、というのがとても重要なファクターになってくる。
臭いが立ち上ってくるような描写がすぐれていると思った。

お蔵入り、は、実際の芸能界でこういう薬物疑惑で作品がお蔵入りあというのを見ているだけにとても真に迫っていた。
もし映画の誰かが薬物を使っていることが分かったら・・・から始まる話だ。

ラストのミモザは悪い方向に転がっていくということにおいては、埋め合わせととても似ている。
あることを押さえようとして何かをすると、それが悪手でさらに悪い方向に転がっていく・・・
料理研究家の女性が本のサイン会で昔の不倫関係の男に出会ったことから始まっていくのだが・・・
最初の段階でお金を貸す、というのが自分がそういうことができる証明の気持ちというのがなんとも痛々しい。

・・・・
全体に読ませる。


ただ、運が悪かっただけ/埋め合わせ/忘却/お蔵入り/ミモザ
2020.12.27 ワトソン力



評価 4.6

設定にのけぞった。
なぜなら、『その人がいると周りの人の推理能力が一段と高まる』能力なのだ。
人を輝かせてどうする!と突っ込んで笑っていた。

ワトソン役の和戸宋志(わとそうじ)の事件記録だ。
彼は目立った手柄もないのになぜか捜査一課にいる、それは彼がいると100パーセントの事件の解決があるからだ、彼が何をしているわけではないのだが・・・
7つの殺人の記録があり、それぞれに出てくる和戸の近くにいる人がもりもり推理力がアップし、それをワトソン力という・・・
能力がアップした各自が推理合戦を始める。
そこには意識していない推理力がアップした人だらけで、にわか探偵があふれ出す・・・


設定がこのように特殊なのだが、中身は本格だ。
短いものが大半だがその中できちんと本格の体をなしている。
ダイイングメッセージ、雪の日の犯罪、バスジャック犯が出たバスの中の死体、そして飛行機の中の死体、と様々な趣向が凝らされている。
プロローグで、和戸がそもそも監禁されているという状況で誰が犯人かもわからない。
今までの事件を回想する・・・という話の流れになっている。

軽く読めるのだが、案外深い。
設定のワトソン力に乗れれば吉、の作品だ。
(私はそこに目が行き過ぎて、肝心のミステリ部分がおおいに楽しめた、というところまで行かなかったのが正直なところだ)


プロローグ/赤い十字架/暗黒室の殺人/求婚者と毒殺者/インタールード1/雪の日の魔術/インタールード2/雲の上の死/探偵台本/不運な犯人/エピローグ


評価 4.9

なんだろう、この読み心地の良さは。
するするっと読めてしまうのに、自分の心の中に何か明るいことのある予感、のようなものを植え付けてくれる。
東京創元社から出ているだけあって多少の謎はある、けれどそれが限りなく日常に近い場でのほんの小さな違和感、のような謎なので私たち自身にも起こりうる話として読めるのだ。
年齢、性別、場所も違う白野真澄さんたち。
彼らの生き方というのをそっくり受け入れられる自分がいた。
また名前が女性でも男性でも通じる名前、白野真澄だけあって、ジェンダーに関する話も入っている。両性花の咲くところは、両親の話が入っているがこれは全く気付かなかった。そしてこうやってすっと提示されると、こういうのもありなんだなあーとここでも受け入れられる自分を発見できたのだ。


話は、白野真澄さんという別人の話が5編入っている。
どの白野真澄さんも男女問わず、一生懸命生きているのにちょっぴりずれていて頑固なところがあって譲れないところがありでもいじわるではなく、不器用に生きている人たち、を慣れたタッチで描いてくれている。
また人間なので誰でも小さな小さな秘密がある。
その秘密を優しい目でそっと描いてくれている。
わかるなーと思うところが多々あったのだった。

最初の福岡のクリニックの助産師の白野真澄には誰にも言えない秘密があった。
それをモデルで自分とは違った美人さんの妹に告げるところが一番心打たれた。
私だって生きているのよ素敵な人生を送ったことだってあるのよ、あなたほどきれいではなくても、という小さな呟きだ。



モデルの美しい妹を持つ姉の秘密、駆け出しイラストレーター、結婚して白野姓になった主婦、二人の男の間で揺れる女子大生、繊細な小学生・・・・・・・・・・・
どの話も心に残ったのだった。


評価 4.9

最初読めるかなあ・・・と思ったがそれは杞憂だった。
とても面白く読んだ。
不安だったのは、この話が、そもそも天使がいる、という設定が普通に出てきたからだ。
天使?
天使天使?
しかも、この天使が悪魔っぽく(普通天使だったら天国なんじゃないのか?)、一人殺すまでは許す(許すってなにさま?)、でも二人殺したら地獄行きという勝手なルールを作ってくれている。
天使の造型も気持ち悪くて、可愛らしいエンジェルパイの天使とかそういうのではなく顔色悪くグロテスクに飛んでいる。
そして、何よりおえっと思ったのは天使を食すというのもあり、それも大しておいしくはないそうだが・・・そもそも食べるという発想に至るのがものすごい。
特殊設定ミステリの一冊と言えるだろう。

まずしばらく前から世の中には天使がいる、
天使は一人殺すまでは許す、
二人以上だと地獄に落とされる、
という世界になっている。
この世界観とこのルールがあるので、ここが呑み込めないとこの小説楽しめないと思う。
疑問は多かったが、とりあえずここをクリアーして特殊設定のこの話に乗ってみると・・・・
次は
お決まりのクローズドサークル、離島に閉じ込められる設定になっている。
しかも天使がうろうろ羽ばたいているような島だ。
ここで連続殺人が起こる、ここというのは、天使に魅せられている実業家常木の持ち物の一つの孤島だ。
そこには天使が舞っている。
ここに探偵青岸焦が招待されていた・・・

医師、やる気のほぼない料理人(でも飛び切り料理はうまい)、常木を常に探っている記者、その他招待客と使用人たちが島に集結する中あるはずのない連続殺人が起こっている・・・

途中で探偵青島の輝ける三年間の探偵事務所時代が描かれていてそこが青春小説のようで楽しいし清涼剤になっている。
かけがえのない仲間を失った青島の喪失感が浮き彫りになっていてなかなかいい味を出している。

・・・・
この話、途中から誰が犯人かとかトリックとかのミステリ部分も面白い事さることながら、この設定そのもので天使が繰り出す不条理さというのは、今の世界でも通じるなあとそこを興味を持って読んだのだった。
人が死ぬというのは実に不条理なことだからだ、そもそも。
ここにもあるが、一人殺して大丈夫なら一人殺さねば損と考える人が出てくるのも当然だし、また二人以上は何人でも同じというのだったら、できるだけ大きい人数を殺すのも二人も同じなのだから多く殺すテロが流行る(流行っている、この世界では)というのも実にわかる感情だからだ。
それをくっきりと天使を使って描き出した作品、なかなかに侮れない作品だと思った。