TwinTrip
2005年09月02日

ハッカビーズ
「幸せあります」
「幸せってなんだろうね」

河川敷で横になって空を見上げながら君が呟く。

「"おいしいご飯にぽかぽかお風呂"じゃない?」

同じように空を見上げて僕はテキトーに答える。

そのまま気がつくと居眠りをしていた僕ら。
起きたら日が沈みかけていたので買い物をして
一緒に住み始めたばかりの2LDKに帰った。

「希望と絶望の真ん中にあると思うのよね」
「どういう意味?」
「んんー!美味しい!!」

答えずにすき焼きを食べる君。
僕の誕生日だったから奮発して霜降りだったね。
あれから10年。
今日は僕の誕生日。
すき焼きは用意出来たけど君はいない。

何か分からないものが希望と絶望の真ん中にある。
僕もあれからいろいろ考えた。
たとえば不幸の位置ってどこなんだろう。

独りで食べるすき焼きは霜降りでも美味しくない。
一切れ食べただけで夜風に当たろうと外に出た。
どこに行くでもなく歩いていたら建物と建物の間に
薄汚れた奇妙な看板があった。

「幸せあります」

ただ一言、それしか書いていない看板。
君に届くなら教えてあげたい。

幸せって定食屋と銭湯の間にあるみたいだよ?
− ユウジ -
「幸せあります」
丁寧な手筋で「幸せあります」と書かれたその紙は
橋を渡ればもうすぐそこは銀座というような立地のにぎやかさと
両隣、向かいも全てビルに囲まれ 
そこだけ取り残されたようにぽつんと建つ
古い一軒の駄菓子屋のガラスの引き戸に貼られていた。

通勤や営業の行き帰りに店の中を見るともなしに
覗いて見ると ゆがんだガラス越しに
なるほど懐かしい駄菓子の類が並んでいるようだ。

この幸せありますってなんだろう
流行りの菓子の名前か?
んな訳ねぇか。

店に入って聞いてみたい気もするが、営業先への行き帰り
そんな時間も、心にも、余裕はなく時は過ぎていった。

春も夏も秋も冬も、
古びた駄菓子屋はそこにあり
手書きの文字もそこにあった。

僕は見るともなしにそれを見続け
ほんの時折思い出したように、
幸せありますってなんだろう
と、考え、
そしてすぐ忘れた。

ある朝、きれいさっぱり駄菓子屋はなくなり
木の柵に囲まれているだけの更地になっていた。

僕は「幸せあります」を、もう確かめることができない
それどころか、店のガラス戸を開けようともしなかった

なんだか心の底にぼんやりと、でもしっかりとした重みで
残念な気持ちが宿った。

そしてすぐ忘れた。
− ワタル -
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